悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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明けましておめでとうございます()
前回投稿から期間が空いてしまいましたので、よく分かるあらすじを載せておきます。

【前回までのあらすじ】
洗濯機を買いに行ったら殺人予告をされたおっさん。


049 Opening of WAR

「――――――――まさか、よりにもよって彼女に情報が漏れてしまうとはな」

 

 中国人民解放軍、司令部の一室。

 軍服に身を包んだ荘厳な雰囲気を滲ませる壮年の男は、手にしていた葉巻を灰皿に擦り付けながら呟いた。

 

「よろしかったのですか? (リュウ)副参謀総長」

 

 柳が背を預ける革張りの椅子の後方に控えていた秘書官の女性が、手にした書類に視線を落としながらそう問いかけた。書類に記載されているのは中国人民解放軍、その技術偵察部に籍を置く女性の個人情報だった。女性は再び視線を目の前の男に戻すと、出自やこれまでの経歴などが事細かに記載されたその書類を柳の目の前に差し出した。

 その書類を受け取り、柳は僅かに目を細める。

 

「……親が親なら娘も娘だ。いつも私の邪魔をしてくれる」

 

 彼女、()欣林(シンリン)は知ってしまった。

 中国人民解放軍が決して外部に漏らすことなく、秘匿してきた機密事項を。

 思えば、彼女はいくらか優秀過ぎたのかもしれない。そもそもの入軍理由も、偽りを並べ立てただけだったのかもしれない。

 全ては、父の死の真相を探る為。

 

「彼女の父、李副参謀総長は勇敢で清く、そして正しい男だった。だが悲しいかな、正し過ぎたのだ」

 

 血は争えんか、と柳は続けた。

 ロアナプラでは(フォン)亦菲(イッファイ)と名乗っている下級士官を思い返し、男は革張りの椅子に深く背を預ける。

 ギ、と椅子が鳴る。

 

「あの男は我々が内々で進めていた軍事計画に勘付いた。表に出れば確実に国際条約に反する、非人道的な計画だ」

 

 さらりと、柳は国を揺るがす事実を口にした。

 当然ながら表に出すことなど出来ない計画を聞いてもしかし、背後に控える女性に驚愕の色は無い。彼女もその計画の一端を担っているのだから、それも当然のことだった。

 

「随分熱心に説得を試みていたと聞いております。私にはそのようなことはありませんでしたが」

「私はあの男に面と向かって説教されたよ。君にまで行かなかったのは、まさか秘書官にまで通じているとは思っていなかったのだろうな。全く、こうなることが分かっていたから席から外したというのに。嗅覚の鋭さはまるで警察犬だ」

 

 当時の事を思い返して、柳は僅かに眉を顰める。

 

「その正義感が我々にとって邪魔だった。故に葬ったのだよ、決して足が付かぬよう外部に依頼をして。いやはや、あれは見事だったな。施設が瞬く間に倒壊する様は爽快ですらあった」

 

 人民の命を守る軍上層部の人間の言葉とは、到底思えない言葉だった。

 柳は顎に指を添え、小さく息を吐く。

 あの一切の証拠を残さない手管で依頼を実行した男は誰だったか。確か香港経由でとある港町の殺し屋に依頼を出した筈だが。

 依頼主である中国軍にすら名前以外の詳細情報は無い。柳は当時を思い返し、件の男を記憶から掘り起こしていく。

 

「何と言ったかな。……ああ。そうだ。眼つきがやけに印象的なあの男、確か名は――――――――」

 

 そして呟かれた、男の名は。

 

 

 

 18

 

 

 

 最初に動いたのは、果たしてどちらだっただろうか。

 コンマ数秒の差など肉眼で捉えられる筈もなく、つまるところ、その行動はほぼ同時だった。

 

 ガチリ、と。

 気付けば馮の口腔と蟀谷に銃口が突き付けられていた。

 その事実を馮が頭で理解する前に、一切の温度を感じさせない声音が店内に静かに反響する。

 

「中々面白ェジョークを宣うじゃねェか中国人。今日がエイプリルフールだってンなら、アタシも腹ァ抱えて笑っただろうさ」

 

 口腔内にねじ込んだカトラスを更に押し込んで、レヴィはどす黒い瞳を馮へと向けて言い放った。

 突然口内に金属物がねじ込まれたことで目を丸くする馮に、次いで言葉を掛けたのは蟀谷にBARを押し付ける銀髪の少女だった。優し気な微笑みを浮かべながらも瞳は一切笑っていない少女、グレイはそっと馮の耳に口を近づけて。

 

「ねえ知ってる? 人間ってね、脳味噌を撃ち抜かれてもすぐには死ねないのよ。十秒以上痙攣して、カエルみたいな呻き声を出しながらゆっくり瞳孔が開いていくの。お姉さんは一体どんな表情(カオ)を見せてくれるかしら……?」

 

 ぞわりと、全身が粟立つのを馮は感じた。

 本気だ。目の前の女二人は、本気で自身を殺そうとしている。

 

 と、身の危険を今更ながらに感じている馮はさておき。

 ウェイバーとその取り巻きを前にしてあのような発言をすれば、結果としてこうなることは火を見るより明らかだった。事実メリッサは馮の身の安全よりも血飛沫で床やテーブルが汚れることを危惧している。彼女自身の優先順位がウェイバー寄りなのは置いておいて、だ。

 幸いにして店内に他の客の姿はない。しかしながら、これは馮にとって不幸だった。

 もしも他に多数の客が居たなら、先ほどの発言で一斉に店外へ飛び出す客たちに紛れて逃げることも出来たかもしれないのだが。

 

「さァて、最期に言い残すことはあるか。寝惚けた戯言抜かしたンだ、眠いンだろ? アタシが手ずからイエス様の元に送ってやるよ。生憎と片道切符だがな」

 

 動けない。僅かでも顔を動かせば目の前の二人は一切の躊躇なく自身を撃ち抜くだろう。故に視線だけを動かして、少し離れたカウンター席に座る男を見る。

 

 渦中の男、ウェイバーは口を真一文字に引き結んだまま動かない。

 一体何を考えているのか、その真っ黒な瞳からは窺い知ることは出来ない。

 と、ウェイバーの視線が馮を射抜いた。無意識のうちに身体が強張る。

 そして徐に口を開き。

 

「レヴィ、グレイ」

 

 今にも発砲しそうな二人に向けて、ウェイバーは静かに口にする。

 

「銃を下ろしてやれ。そのままの恰好じゃ会話もままならん」

「ヘイ、ヘイ。コイツが何を口走ったかまさか忘れたわけじゃねェよなボス」

「そりゃ忘れてねェが、逆に聞くぞレヴィ。そのお嬢さんが本当に俺を殺せると思ってるのか?」

 

 ウェイバーの言葉に、レヴィは吐き捨てるように声を荒げた。

 

「なわけねェだろ! そういうレベルの話じゃねェんだよボス。こいつは踏み越えちゃいけねェラインを越えやがった。余所者がオイタ(・・・)をするとどうなるか、アタシが手ずから刻み込ンでやる」

「……グレイ」

「はーい」

 

 怒り心頭とばかりに犬歯を剥き出しにするレヴィとは対照的に、グレイは馮の蟀谷に突き付けていたBARの銃口を下ろした。

 自身の命を脅かす凶器の一つが無くなったことでやや安堵の表情を浮かべた馮だったが、グレイが顔を近づけてきたことで再び身体が硬直する。

 

「……本当は撃っても良かったけど、そうするとおじさんを怒らせてしまうわ。ああ、残念。貴方の血で満たされたバスタブに浸かりたかったのに」

 

 ドッと、馮の背中から冷や汗が噴き出す。

 数センチにまで迫っていたグレイはそれだけを告げると満足したのか、銃を衣服の中へとしまい込んでウェイバーの隣へと戻って行った。

 

「雪緒」

「はい、ウェイバーさんが考えている通りだと思います」

「……そうか」

 

 何事かを確かめるように告げたウェイバーは、雪緒の答えを受けて瞼を下ろした。何かを吟味しているような、そんな印象を抱かせる様子である。

 ウェイバーは自身の狙いに初めから気付いていたのではないか。そんな考えが馮の脳裏を過る。真の目的を告げた時も一切の動揺を見せなかったことからも、その可能性は高いように思われた。

 だとすれば。

 

「レヴィ」

 

 再び、端的な言葉が飛ぶ。

 

「ボス、いくらボスの言う事でも――――」

「そのお嬢さんの標的は俺だ。ならお前が横槍を入れるのはお門違いだろう」

「…………」

「履き違えるなよレヴィ。テメエの始末はテメエでつける。当然の事だろう」

 

 数秒の沈黙。

 いっそ痛い程の静寂を破ったのは、レヴィの大きな大きな溜息だった。

 

「……オーライ、悪かったよボス」

 

 口腔内に突っ込まれていたカトラスが引き抜かれると、堪らず馮は背中を丸めて咳き込んだ。そんな彼女を横目にカトラスをホルスタへ戻したレヴィは、やや離れたテーブル席にどっかりと座り込んだ。

 機嫌は最悪ながら一旦は静観の姿勢を取ることにしたらしい二挺拳銃を一瞥し、ウェイバーはようやく落ち着きを取り戻した馮へと視線を飛ばした。

 

「さて、吐いてもらおうかお嬢さん。洗い浚いすべてだ、俺の予想と合っているか答え合わせとこうじゃないか」

 

 つい数分前に殺人宣言されたことなど歯牙にもかけない様子で、悪党はそう口火を切った。

 

 

 

 19

 

 

 

 突然の「お前殺す発言」には内心驚いたものだが、その驚きも次の瞬間には吹き飛んでしまっていた。レヴィもグレイも短気が過ぎる。グレイに関してはマジ切れのレヴィに同調して楽しんでいる様子だったが、止めるのがあと少し遅ければ馮の顔面が蜂の巣になっていたことだろう。

 

 というかである。

 ちょっとばかし状況を整理させて欲しい。

 俺を殺すとは一体どういうことなのか。面と向かって殺害宣言など数年ぶりの出来事だ。それに馮とはこれまで面識は無い。情報がまばら過ぎて話が繋がらない。

 

 なので雪緒にそのあたりの整理を頼もうとしたのだが、何故か俺が考えている通りとの返答をいただいてしまった。いや何も考えがまとまっていないから聞いたんだが。

 

 彼女をたまたま助けた際に聞いた話では、クラッキングの技術を会得する為にジェーンのチームに入ることを望んでいた筈だ。

 それがどんな化学反応を起こすと、俺を殺すという目的に変化するのか。新手の薬物でもキメてんのか。

 

 何処かで恨みでも買っていただろうか?

 ……思い当たる節が多すぎて何とも言えん。

 

 ただ俺個人を特定していることから、そこそこ大きな案件である可能性が高い。基本的に俺の受けた仕事は張やバラライカがケツ持ちをしてくれるため個人の情報が残ることは少ない。それこそ軍や組織依頼の案件が向こう側にデータとして残っていた、なんて事がない限りロアナプラにすら辿り着けない筈だ。

 そういえば、中国近辺での仕事も過去に幾つかあったような気がする。

 広東省で中国マフィアの持つ賭場を潰した件か、それとも雲南省の雪山でミャンマーのゲリラ軍と交戦した件あたりが関係しているかもしれない。

 

「……その顔、全部お見通しって顔ね」

 

 そんな事を考えていると、馮が俺を睨み付けながら忌々しそうに告げた。

 お見通しもクソもないわけだが、面の皮の厚さには定評のある俺である。あたかもそうであるかのように見せることなど造作も無い。

 

「お前の目的は、」

「あ、ねえちょっとウェイバー。これお姉さんが聞いててもいい話? 後で夜道で襲われたりしない?」

 

 訳知り顔で切り出そうとしたところ、カウンターからひょっこりと顔を出したメリッサがそれを遮る。

 頭のてっぺんでアホ毛が不安そうに揺れているが、ここはホテル・モスクワ管理の酒場である。必要であれば遊撃隊の護衛を付けることも出来るだろう。SPよりも屈強な男たちである。そこらのチンピラなど相手にもならない。故に、

 

「大丈夫だ」

「そ、そうよね。ウェイバーが居るし」

「……ん? ああ」

 

 木製のトレーを胸に抱いて安堵の息を吐いたメリッサ。

 なんとなく食い違っているような気もするが、今はそれは置いておくことにする。

 メリッサから再び馮へ視線を戻し、懐から取り出した煙草に火を点ける。

 

 肺いっぱいに取り込んだ煙を天井に向かって吐き出し、ひとまず当たり障りのない質問を投げ掛ける。

 

「俺に辿り着いたのはいつ頃だ」

 

 ぶっちゃけいつ頃の案件かも分かっていないので、この返答である程度の予測を付けようという魂胆である。

 

「……貴方の名前に辿り着いたのは、つい数か月前のことよ。軍のデータベース内にやけに厳重に隠されているフォルダがあることに気が付いたの」

 

 観念したように語り出す彼女に、嘘をついているような様子は無い。

 というか、データベースに残ってたのか。契約上すべて破棄される筈なんだが、あとで張あたりを問い詰めることにしよう。

 

「軍の情報だもの、人目に触れてはいけないような情報なんて五万とある。だから本当にたまたまよ……私が軍に入ってまで欲しかった情報が出てきたのはね」

「……ん、ちょっと待て。お前まさか、逆なのか?」

 

 馮の口ぶりから察するに、そういうことになるのではないか。

 軍に入り、網軍(サイバー軍) 設立のためにジェーンに取り入ろうと画策し、その中でたまたまこの街で俺と出会った。そう考えていたが。

 

「ええ、私はね、父の死の真相を知るために軍に入ったの。そして、貴方を殺す為にこの街にやって来た」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 これまで口を閉ざしていたロックが会話に割り込んでくる。

 

「ウェイバーさんを殺す為に? その為にこの街にってどういうことなんだ? 君は中国軍で新設される部隊の技術躍進の為にこの街を訪れた筈だ!」

「そうね」

「話が繋がらない。一体どうしてウェイバーさんの命を狙うんだ!?」

「簡単な話よ。この男が私の父の仇だから」

 

 両の眼で俺を見据えて、はっきりと馮は口にした。

 つまるところ、復讐というわけだ。

 

「私の父、()麗孝(リキョウ)は中国軍の副参謀総長だった。そして――――――――軍と貴方に殺されたのよ、ウェイバー」

 

 告げられた言葉に、ロックは大きく目を見開く。

 ウェイバーやレヴィ、雪緒は既に見当が付いていたのか驚く素振りは無く、そんな様子が馮の苛立ちを加速させる。

 

「ええ、ええ。貴方にとっては取るに足らない仕事の一つだったんでしょうね、当時建設途中だった軍の施設が不幸にも(・・・・)倒壊して、不幸にも(・・・・)視察でその場に居合わせた父が瓦礫の下敷きになってしまった。悲惨な事故と中国全土で報道されたわ」

 

 でも、と拳を握り締める彼女は続ける。

 

「不審な点がいくつかあった。副参謀総長は軍のNo.2よ、通常視察でも十人単位の護衛が付くのが普通なの。なのにその日、父には二人の秘書しか帯同していなかった。そしてその二人も建物内部の視察には付いていかず、車内待機とされていたわ」

「それは、」

「偶然と思う? その秘書二人が今の副参謀総長の傍付きになっているとしても? ちなみにその副参謀総長は当時の父と対立していた男だったわ」

「…………」

「ハッ、Dead men tell no tales.(死人に口無し)、ってトコか? 大方お前の父親は知りすぎたのさ。身の程知らずにも虎の尾を踏みやがったンだ」

 

 口を閉ざすロックの代わりとばかりに揶揄うようなレヴィの言葉に、馮は唇を噛み締めた。

 数秒して絞り出されたのは、レヴィの言葉への肯定。

 

「……そうよ。父は当時軍が秘密裏に開発を進めていた細菌兵器の使用計画を知ってしまった。山間部の農村に住む500人を実験材料にするなんていう、非人道的な計画をね」

「は?」

「オイオイ、中国軍てのは一体何と戦おうとしてンだ? 星条旗の連中(スターズ・アンド・ストライプス)

とケツの叩き合いをしてェってンなら余所でやってくれ」

 

 呆れを多分に含ませたレヴィの言葉。

 使い方次第では核にも引けを取らない兵器の登場に驚愕する。いや、顔には出さないが。

 

「父はその計画の中止を求めて上層部に進言を続けていた。きっと、それが軍には邪魔だった。だから貴方という外部勢力を使って排除したのよ」

 

 父の死後、生物兵器の研究は加速したというレポートが上がっていたわ。そう言って彼女は自嘲気味に笑った。

 

「父の死の真相を知った時、真っ先に上層部を告発しようと考えたわ。でもそれはきっと父と同じように握り潰される。だったらせめて軍にとっての不利益を、そう考えるのはおかしい事?」

「いいや、別に可笑しな事じゃない」

 

 間髪入れずにそう答えた俺に、馮は眉を顰めた。

 

「復讐上等。この街にゃそんな話がゴロゴロしてる、いかにもな安っぽい話だ」

「ッ……!」

 

 俺の言葉が癇に障ったのか椅子を倒して立ち上がり、懐に忍ばせていたらしいトカレフを突き付ける。ありゃ54式か。きっちりセーフティを外しているあたりは流石軍人といった所だ。

 が、まだまだ青い。

 銃口を突き付けて満足しているようではここロアナプラじゃすぐにあの世逝きだ。

 拳銃を掴み、構え、引鉄を引く。ここまででワンセンテンスだ。因みに0コンマ5秒を切れてようやくスタートラインである。

 

 だからまあ、そんな顔をしても無駄だ。

 彼女に殺意が無い(・・・・・)ことは瞳を見れば分かる。

 

「ふむ、よォく狙えよ。お嬢ちゃん」

「っ、私が貴方を殺せないと思ってる?」

「おしゃべりだな。銃を構えたら言葉は要らない、軍学校じゃ教えてくれなかったのか?」

 

 少し離れた席で再びレヴィが犬歯を剥き出しにしているが、視線だけを向けて動きを制する。

 雪緒とグレイは全く心配していないのか、二人してカフェオレを飲んでいるが。

 

「余所見とは余裕じゃない。目の前で銃口突き付けられているってのに」

「余所見?」

 

 馮の悪態に疑問形で答える。

 

「――――――――そりゃお前のことだな、お嬢ちゃん」

 

 ゴリ、と。

 ジャケットの内から引き抜いた鈍い光を放つリボルバーを、彼女の額に押し当てる。

 

「っ!!?」

「何だ、気付きもしなかったのか」

 

 互いが銃口を突き付け合い、視線が交錯する。

 いや、馮は最低限俺がこの程度の腕を持っていることは知っている筈だ。何せ彼女に絡んでいたチンピラ共を追い払ってやったのは俺なのだから。あの時も似たような事をした。銃を抜くだけなら早いんだよ、俺は。誇れるような事でもないが。

 

「……知っていたわよ、当然。貴方がこの街でも指折りの怪物だってことくらい」

 

 微かに震えた声で、馮が呟く。

 

「それでも我慢ならなかった。だから軍も、貴方も、父の死に関わった全てを壊す覚悟をしてこの街に来た。例え、そこらの路地裏で打捨てられたとしても」

 

 ……ああ、面倒だ。

 曲がりなりにも死を覚悟した人間に、安い脅しは通用しない。

 それに恐らくだが、コイツ、まだ何か隠しているな?

 

 仮に今この場で馮を殺したとしても、先の襲撃犯が引き返してくれる保証は無い。加えて彼女の所属する中国軍にこの事実が知れれば……ああ、そうか。これも逆な訳か。

 馮の所業は既に軍に勘付かれていた。それ故に、口封じの為に刺客を送り込んで来た。ということは十中八九あの襲撃犯と中国軍は裏で繋がっている。過去に俺というロアナプラの人間を使った際のルートがまだ残っていたということなんだろう。

 

 ったく、本当なら今ごろ洗濯機を買って帰ってる頃だってのに。

 

 

「気が滅入るな……」

 

 

 

 

 20

 

 

 

 

「……(気が滅)居るな」

 

 馮へシルバーイーグルを突き付けたままの態勢で、ウェイバーがポツリと呟いた。

 視線だけをぐるりと店内に巡らせ、小さく息を吐き出す。

 

 その一言で状況を察したのはレヴィとグレイ、そして雪緒だった。そして彼女ら三人から数瞬遅れて、ロックも置かれた状況を理解する。

 ロックがウェイバーに視線を向けられたことで咄嗟に飛び出し、馮を抱えカウンターの内側へ飛び込んだのと、天井から銃弾の嵐が降り注いだのはほぼ同時だった。

 

 耳を劈くような銃声が連続して轟く。

 天井に吊るされた電灯を粉々にしながら掃射される弾丸の雨が、ウェイバーらに襲い掛かる。

 さらに店の外からも銃撃が始まる。こちらは機関銃では無いのか間断無い銃撃ではないようだ、六発ずつの弾丸が一定の間隔で襲い掛かる。

 

 ウェイバーと雪緒は手近にあったテーブルに飛び込み、レヴィとグレイは笑みを浮かべて宙を舞った。

 まるでこれが通常運転とばかりに、その動作には一切の淀みがない。

 

「ちょっと!? 何天井穴だらけにしてくれてんのさッ!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろもっと頭下げてくれッ!!」

 

 カウンターの内側で憤るメリッサの頭を押さえつけながらロックが叫ぶ。メリッサは瞬間的に頭を抱えて蹲っていた。流石にこの街で自殺行為だと言われるバーを営むだけある。危機管理能力は一級品のようだ。

 一方で突然の強襲は本日二度目となる馮であるが、流石に一度経験したらといって慣れるようなものでもないらしい。バクバクと心臓を鳴らして両腕を抱くように縮こまっていた。

 イエローフラッグ程ではないが、このカリビアン・バーもいくらか重厚に造られている。カウンターには20ミリの鉄板が仕込まれているため、そう簡単に銃弾が貫通することは無い筈だ。流石にイエローフラッグとは違い天井まではコーティングされていなかったが。

 

「ヘイロック! あの中国人のお守はお前の仕事だ、死なすンじゃねェぞ!」 

 

 カウンターの外では既に銃撃戦が始まっていた。

 カトラスを両手に縦横無尽に駆け回るレヴィの怒号に近い命令に、ロックは顔を青くする。戦闘能力皆無なサラリーマンには難易度が些か高いミッションだった。

 

 数秒、あるいは十数秒して銃弾の嵐が止む。

 もはや天井など無いに等しい店の様相にメリッサは額に青筋を浮かべていたが、そんな彼女の神経を更に逆撫でする男の声が響く。

 

「ハッハァ! 最高じゃねェか! コイツら俺の速射(クイックドロウ)でぶち抜けなかったぜ! さっきの市場と言いますます気に入ったァ!」

 

 無遠慮に入口の扉を開いて店内に踏み入ってくるのはカウボーイハットを被った白人の男。

 男の射線を遮るように身を隠すウェイバーらは、それぞれの得物を手に静かに神経を研ぎ澄ませていく。

 先ほどの襲撃犯であることを口走るその男は気分が高揚しているのか、諸手を挙げて声高に叫ぶ。

 

「なあオイ降りて来いよパクスン! ちまちま上から撃ってたってコイツらにゃ当たンねェ!」

「それもそうだな、ロブ兄貴」

 

 バンッ、と穴だらけの天井裏から飛び降りてきた短髪黒髪の東アジア系の大男。その手には軽機関銃が握られ、先の弾幕がこの男の仕業であることを暗に告げていた。

 

「ヘイ、ロアナプラの核弾頭(ミスターアンタッチャブル)! アンタも早撃ちが得意なんだろう!? コロラドNo.1のオイラと勝負しようぜェ!!」

 

 ピクリ、と()の眉が上下する。

 

「さっき見たのが確かなら、アンタもリボルバーだろ。奇遇だなァオイラもそうさ!」

 

 くるくるとブラックホークを回転させながら笑う男、ロバートはウェイバーへの挑発を止めない。

 ロバート自身、あの男と撃ち合ってみたいという欲望が無い訳ではない。が、それはあくまで仕事を抜きにした場合の話。この場に仕事で来ている以上、報酬分はきっちり働かねばなるまい。即ち、馮の殺害。

 

 この安い挑発にあの男が乗ってくるのであればそれも又良し。

 そうでなくとも女の隠れ場所をパクスンが探す為の時間稼ぎくらいにはなる。機関銃の弾薬も無限にある訳ではない。一度目の掃射で女を殺せなかったのは今となっては少々誤算だった。それだけ周囲のボディガードが優秀だった、ということなのだろうが。

 

 などと思考を巡らせていると、木製テーブルの陰から黒髪の女が姿を見せた。機関銃の掃射があるかもしれないというのに、その足取りには迷いが無い。一直線にロバートの元へと向かってくる。

 

「あん? おお、アンタはさっきの凄腕姉ちゃんじゃねェの。オイラはあの怪物と早撃ち勝負がしたかったんだけどねェ」

「ピーチクパーチクと喚くじゃねェか赤っ首野郎(レッドネック)。ボスと勝負なンざ100年早いってンだ」

 

 両手にカトラスを握ったまま告げるレヴィに、ロブは思わず噴き出した。

 

「ッハハ! なんだよあの野郎とんだ腰抜けじゃねェの! 女の後ろに隠れてビビっちまってんのかァ!?」

 

 ピクリ、と少女(・・)の眉が上下する。

 

「お姉さん、後ろのオジサンは私がお相手するわ。だからそっちのオジサンのこと、よろしく(・・・・)ね?」

 

 弧を描く口元とは対照的に、一切笑っていない両の瞳を大男へと向け、グレイはBARを構える。

 

「お? なんだチビガキ。こっちはさっさとあの女殺していけ好かねェ中国人からたんまり金貰ってよォ、売春窟で腰が抜けるまでやりまくる予定なんだ。邪魔すんな」

 

 軽機関銃を肩に担いでグレイを睨み付けるパクスン。

 普通の少女であれば萎縮してしまうような大男を前にして、グレイは艶やかに嗤い、上唇を薄く舐める。

 

「もォっとイイものをあげるわゴリラのオジサン。忘れられなくなるくらい刺激的なやつを」

 

 続く大男の言葉は、BARの掃射音に掻き消された。

 

「雪緒ちゃん!」

 

 弾丸飛び交うカリビアン・バーのカウンター裏。

 雪緒と合流を済ませたロックは、馮の安全を確保するため、状況の把握に勤しんでいた。

 

「レヴィたちが戦っているのはさっきの襲撃犯ってことでいいんだよな!?」

 

 発砲音と建物の破壊音に掻き消されないよう、ロックは声を張り上げる。

 

「はい、今しがた確認が終わりました。彼らの通称は四重奏(ウム・カルティエート)。殺人代行組合のブレン・ザ・ブラックデスが最近飼い始めた殺し屋です」

 

 常日頃から携帯しているらしい小型のパソコンに襲撃犯の顔写真が表示される。

 四重奏、という名の割に画面に写された殺し屋は三名なのが気になるところではあるが。

 いや、というかである。いつの間に彼女はここまでの情報を手に入れたのか。

 驚きが顔に出たのか、雪緒はロックを見てニコリと笑って。

 

「秘密、ですっ」

 

 笑顔が本来攻撃的な代物であることを身を以て実感したロックだった。

 

「人種はまちまちみたいですが兄弟みたいですね。レヴィさんと撃ち合ってるのはアメリカ国籍の次男ロバート。さっき自分でも言っていましたが早撃ちが得意みたいです。合衆国内で服役経験有り」

 

 早撃ちとはまあ、何とも相性の悪い。

 ロックは自殺志願者でも見るような眼つきで、カウンターの向こう側で撃ち合う男を見た。

 レヴィが怒り狂うのも納得だ。なにせ『早撃ち』とはこの街では特別な意味を持つ。オンリーワンの称号であると言い換えてもいい。

 

 その称号を持つ男は何をしているのか、カウンターの陰から店内を見渡して、そしてロックは気が付く。

 

 いない。

 ウェイバーが、いない。

 

「ああ、ウェイバーさんならさっき裏から出ていきましたよ。一服して用を足してくると言ってました」

「はあ!?」

「まあまあ、ウェイバーさんですから。何も心配は要りませんよ」

 

 恐らくですが、と雪緒は前置きして。

 

「残党狩りってところだと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・馮の父の死(土葬)
046に伏線を仕込んでおくスタイル。

・元祖早撃ち(ウェイバー)の弟子 VS コロラドNo.1の早撃ち
・美(少)女 と 野獣
ファイッ!!

・忽然と消えるウェイバー
ロック「ファッ!?」

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