悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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 なにこれ一体どういうことなの(戦慄)


003 隻眼の修道女

 1

 

 

 

 結論から言えば、ダッチたちラグーン商会は無事にE・O社の傭兵どもを撃滅することに成功したそうだ。

 そうだ、と俺の主観でないのは、これがバラライカから聞いた話であるためだ。

 何でもE・O社の戦闘ヘリ(ガンシップ )までもが出張ってくる事態に発展したそうだが、居合わせた東洋人によるギャンブラーもびっくりとんでも大作戦によってその戦闘ヘリを木っ端微塵にしてやったのだとか。バラライカもその現場を生で見ていたわけではないので詳細な状況説明はなされなかったが、どうもその東洋人とやらを彼女はいたく気に入ったようである。受話器越しに聞こえる彼女の声音はいつもより半音程高かった。

 何度も言うようではあるが、バラライカはこの街の実質的支配者にして生粋の軍人だ。彼女の御眼鏡に適う人間自体それほど多くない。

 昨日今日この街にやってきたばかりの人間がそれをやってのけてしまうのだから、やはり原作の主人公というのは侮れないものだと染み染み思う。俺もそんな不思議と周りに認められるような人望が欲しかったよ。代わりに手に入ったのは不思議と周りから避けられる畏怖だからな。

 なんだよこれ、ちっとも欲しくねえや。

 それにしても何て無謀な作戦を思いつくのだろうか。普通魚雷を戦闘ヘリに当てて堕とすなんて考えは頭の片隅にすら浮かばない。いくら追い込まれていたとは言えだ。

 聞く分には面白いからいいんだけれど。

 

 とまぁ、この話はこのくらいにして。

 (くだん) の事件から一夜明けた翌日。俺が営む万事屋の極々小さなオフィスに、ラグーン商会の面々が雁首揃えて立っていた。

 只でさえ大きくないオフィスだ。そこに俺を含めて五人も居座れば、当然暑苦しさや息苦しさなんてものを感じてしまう。俺は後ろの窓を全開にして、少しでも空気を入れ替えようと試みる。しかしながら今日は全くの無風であった。照り込む日差しがジリジリと首筋を熱していく。少しの気休めにもならなかった。

 諦めてデスクの椅子に座り直し、改めて正面のラグーン商会を見つめる。

 一番右からサングラスのせいで表情が読めない仏頂面の筋肉野郎ダッチ。いい加減髭の手入れくらいしろと思わなくもない金髪ベニー。今にもこちらに駆け出してきそうな、お預けでもくらってんのかと疑いたくなる程落ち着きのないレヴィ。そしてそして、妙に表情の堅い初対面の東洋人が一人。

 

「で? 直接ここに顔出した理由はなんだ」

 

 いつまで経っても会話が始まらない様子だったので、俺の方から口火を切った。

 これ幸いとダッチが頭を掻きながら口を開く。

 

「昨日の事の顛末はもうアンタのことだから知ってるとは思うが、一応礼を言っておきたくてな。ありがとよ、あの電話がなけりゃ、俺たちゃイエローフラッグで愉快な死体になってたかもしれねえ」

「冗談止せよ。あんな銃撃くらいでくたばる様なタマじゃないだろう?」

 

 実際銃弾くらいなら平気で跳ね返しそうな肉体をしているダッチである。確かにベニーやロックは当たり所が悪ければ死ぬ可能性は低くないが、レヴィが死ぬなんて今となっては考えにすら浮かばない。

 

「あのタイミングで電話を掛けてきたってことは、奇襲の時間帯まで予測してたのか?」

「まさか。偶然だよ。俺が予知能力者にでも見えるのか?」

「……アンタなら例えそうだとしても驚かねえよ」

 

 俺のジョークにしかし、ダッチは小さく息を吐きながらも真顔で答えた。おかしい、これはロアナプラジョークだというのに。予知能力なんてものは所詮空想の世界にしか存在しないのだ。そんなもの持っていれば今頃俺は一滴の血も流すことなくこの街を支配できただろう。

 ダッチと同じようにベニーも肩を竦めていることに釈然としないものを感じるが、ここで会話を止めるつもりはない。

 おそらくは今日のもう一つの用件であろう彼、黒髪の東洋人へと視線を向けた。

 

「それで? 彼のことは紹介してくれるんだろうな」

「おっとそうだった。こいつ、ロックって言うんだがな。昨日付でラグーン商会が雇うことにした」

「へぇ」

 

 ダッチの親指が指し示す先で、ロックはがちがちに緊張しているようだった。

 まさか俺の根も葉もない噂を真に受けているのではあるまいな。普通に考えれば有り得ないって分かるだろう。

 ほらロック、挨拶しろとダッチに促され、ロックは一歩前に出る。

 

「は、初めみゃ!」

 

 噛んだ。リテイク。

 

「は、初めまして。ロックといいます」

「おう、よろしくなロック。俺はウェイバー、しがない個人経営者だ」

 

 俺が差し出したその手を、ロックは幾許かの逡巡ののち取ってみせた。

 なんだろう。やはり日本人同士感じるものでもあるのか、どことなく落ち着く。実家で母親の作った味噌汁を飲む、そんな気分だ。

 

「あ、あの」

「ん、済まない」

 

 そんなほっこりとした気分に浸かっていたら、ロックが不安そうな声を上げた。どうもそのまま手を握り続けてしまっていたらしい。

 しかし許して欲しい。ああした安らぎはこの街では金塊以上に貴重なのだ。外へ出ればいつ鉛玉が飛んでくるか分からない危険度上限を振り切っているロアナプラでは、こんなにも暖かな気持ちを得ることはまず出来ない。返り血で物理的に温かくなることはあれども。

 ロックの言葉に反射的に手を離して、俺は一言謝罪した。

 少し口元をヒクつかせながらも愛想笑いを浮かべ、元の立ち位置へと戻るロック。それに代わるように、いや、押しのけるように前へ飛び出してきたのは案の定レヴィだった。人目も憚らず俺の方へ飛んだかと思えばデスクを越えて俺の胸へと豪快なダイブを決めて見せた。背中へと両腕を回され、顔をぐりぐりと押し付けられる。ご機嫌に左右に揺れている尻尾は、果たして俺の幻覚なのだろうか。

 

「会いたかったぜボォス! 何で最近は顔出しに来てくれないんだよぉ!」

「レヴィ、レヴィ。分かったから一旦離れろ、暑いしお前を見てるロックの顎が外れそうだぞ」

「知らねえよロックの顎なんか。勝手に外しときゃいいんだ。それよりもボス、今からマーケット行こうぜ」

「待て待てレヴィ、ひっ付き過ぎだ。それに今日は野暮用があってな、昼まで時間は取れそうにない」

「ええぇ?」

 

 ピンと立っていた犬耳がしゅんと垂れたような気がした。心なしか尻尾にも先程までの元気がない。

 一体いつからこうなってしまったのだろうか。気が付けばとしか言い様がないのが本当のところだが。他人には一切触れることを許さない研ぎ澄まされた刃のような鋭さを持つ彼女が、どうしてこうも俺にべったりになってしまったのか。

 一緒に過ごした三年間、それを思い返すことでその理由に近づくことができるかもしれないが、今はそれをしている時間はない。

 

「レヴィ、あんましウェイバーを困らせるなよ」

「チッ、分かってるってダッチ」

 

 そう言って渋々、かなり名残惜しそうに俺の膝の上から降りるレヴィ。ちらちらと向けられる彼女の視線は大変愛らしいが、この後に控えている野暮用をすっぽかすわけにもいかないのだ。

 

「新入りの顔見せも済んだし、俺たちはそろそろ退散させてもらう。この後も仕事が入ってるんでな」

「そうか、態々足を向けて貰って済まないな」

「アンタに足を運んでもらうほうが気が進まねえよ」

 

 小さく手を挙げたダッチは、俺に背を向けてオフィスから出て行く。それに続いて残りの三人もそそくさと部屋から出て行った。

 唯一レヴィだけが最後まで俺から視線を外さなかったが、ダッチに腕を引っ張られでもしたんだろう。四人分の階段を降りていく音が聞こえなくなったのを確認して、時計を確認する。午前十時。時間にしては些か早い気がしなくもないが、間違いなく起きてはいるだろうし大丈夫だろう。

 無造作に引っ掛けてあったジャケットに袖を通して外へ出る。

 まだ朝だというのに、今日もロアナプラは蒸し暑い。出来るだけ影の伸びているところを移動していこうか、少しでも気休めになればそれでいい。子供のようなことを考えながら俺が今日向かう先、そこはここロアナプラの中でも一等特別な場所である。

 

「行きますか。暴力教会」

 

 

 

 2

 

 

 

 ウェイバーの経営しているオフィスへ行くことをロックが聞いたのは、出発の僅か五分前のことだった。

 昨日この悪徳の都へ初めて足を踏み入れた青年は晴れてラグーン商会の一員となったわけだが、どうやらウェイバーなる人物に顔見せを行わなくてはいけないらしい。

 ダッチやレヴィ、ベニーはさして緊張している様子はない。何せ何度も顔を合わせているとのことだ。今更会うくらいどうってことないのだろう。

 だがロックは違う。勿論ウェイバーとはこれが初対面になるわけで、昨日のこの街の若者たちの表情を見るにそれはもう恐ろしい男なのではないかと想像してしまうのだ。

 そんなことはないとダッチやベニーに言われてもロックの恐怖は払拭されない。あのレヴィと行動を共に出来るだけでぶっ飛んでいる人間であることに違いはないのだ。まさか会って早々撃たれたりはしないだろうか、そんな不安が脳裏を過ぎる。

 

「心配すんな、アイツは自分のオフィスん中じゃ撃ったりしねえ。片付けが面倒なんだとよ」

「外なら撃つのか!? 片付けが無ければ撃つのか!?」

「ぎゃーぎゃー喚くな。とっとと乗れ」

 

 顔を引き攣らせたままのロックを車の後部座席に押し込み、全員が乗ったのを確認してベニーが緩やかに車を発進させた。

 ウェイバーのオフィスはここから車で十分程の場所にあるらしい。至って普通の建物だそうだ。

 

「お、俺の紹介のためだけにいくのか?」

 

 顔を青くしたロックが助手席に座るダッチに尋ねた。

 

「それもあるが本題は昨日の件だ。ウェイバーがあのタイミングで連絡をくれたおかげで俺たちは蜂の巣にされずに済んだからな。その礼を言いに行くんだよ」

「わざわざ? 電話じゃなくて?」

「アイツは仁義ってもんを大切にしてるんだ。お互い顔の見える場所で感謝を述べるってのは、大事なことだぜロック」

 

 そういうものなのか、とロックは思う。

 ダッチの話を聞く限り、ウェイバーという人間はそこまで恐ろしい人間では無いような気がする。

 しかし、ならあの酒場での人間たちの反応は何なのだ。何も無ければあんな異常な反応が起こる訳が無い。やはり彼の人間像がブレている。直接会ってしまえば、その人間像もきちんと定まるのだろうか。

 

「ねえダッチ。やっぱり彼は全部分かっててあのタイミングで連絡を寄越したのかな」

 

 正面を見て運転したままのベニーが呟いた。その問いに、ダッチは腕を組んで。

 

「だろうな、幾ら何でもタイミングが良すぎる。大方奇襲の時間帯まで予測してたんだろう、俺に連絡を入れるだけなら奴のオフィスでも出来る。道すがら連絡を入れるなんて面倒なこと普通はしねえ」

「やっぱり? 彼には予知能力でもあるんじゃないかい?」

「ま、聞いたって偶然だとか言ってはぐらかされるんだろうがな。いつものことだ」

 

 四人を乗せた車は、朝のロアナプラを北へ進んでいく。

 この時間になれば多くの人間たちは活動を開始するようで、いくつかのマーケットには多くの住人たちの姿が見受けられた。

 と、ここでようやくロックは今まで触れようか触れまいか悩んでいたことを前の二人に質問することにした。先程までとは別の意味で顔を引き攣らせたロックが、おずおずと手を挙げる。

 

「あのー」

「どうしたロック」

「さっきからレヴィが変なんだ」

「ああ、いつものことだ気にすんな」

 

 さらっと。そう返してダッチは顔を正面に戻した。

 いつものことなのか、へえそっか。と安易に納得できればそれで良かったのだが、生憎ロックは隣の女ガンマンの変貌っぷりに戸惑っていた。昨日までの彼女と180度違うのだ。どこまでも黒く、底知れない冷たさを帯びた瞳は、今は爛々と輝いている。大好きなおもちゃを前にした子供のようだ。大きく開かれていた股は女性らしくぴっちりと閉じられ、そわそわと落ち着きのないレヴィは隣のロックなど眼中に無いようである。

 そういえば、ベニーがレヴィは以前ウェイバーのところで厄介になっていたと言っていた。その所為なのだろうか。

 ロックの目には、今一瞬レヴィの頭に犬耳がついていたような気がした。

 

「着いたぜ、ここだ」

 

 車を路上に止めて降りれば、二階建ての白っぽい建物が飛び込んできた。これがロアナプラで絶対に怒らせてはいけない人物が住むオフィスだそうだ。無意識のうちにロックは生唾を飲み込む。ダッチたちに続いて、オフィスへと続く階段を昇っていく。一階は倉庫になっているらしく、彼の住処は主に二階の部屋なのだそうだ。

 階段を昇って一番奥の部屋の扉を、ダッチが軽く叩く。

 

「ウェイバー、いるか。俺だ」

 

 返事は直ぐに返って来た。

 

「開いてるぞ」

 

 ドアノブを回し、室内へと入る。

 ロックの目に飛び込んできたのは、どこにでもあるような応接用のソファとデスク、そしてその椅子に腰掛ける男の姿だった。

 

(黒髪……日本人か……?)

 

 ウェイバーなんて呼ばれているのだからてっきり屈強なアメリカ人あたりを想像していたロックである。まさか自分と同じ東洋人であるなど想像もしていなかった。

 見たところ別段際立った身体的特徴は見られない。言ってしまえばどこにでもいる普通のオジサンといった感じだ。ガタイで言えばダッチの方が全然大きい。

 本当にこの男が? そう疑問を持ってしまうのも仕方のないことだった。

 

「おはようダッチ。なんだラグーンの面子全員いるじゃないか」

 

 ウェイバーは前に並んだラグーン商会の面々を一通り眺める。

 やはりというか、その仕草に恐怖を感じるような部分は無かった。

 この時点で、ロックの中でウェイバーという男はそこまで警戒するような人間ではないと結論を出そうとしていた。彼に関する話をダッチから聞く限り別段恐れる部分は無いし、ロアナプラの若者が恐怖しているというのも噂だけが一人歩きしているのだろうと当たりをつける。

 ダッチとウェイバーが会話している横でそう考え事をしていたロックは、唐突にその会話の矛先が自身に飛んできたことで危うく心臓が飛び出しかける。

 

「彼のことは紹介してくれるんだろうな?」

「おっとそうだった。ロック、」

 

 ダッチに言われるがまま、ロックは一歩前に出た。

 なんとなく面接官を前にした就活生のような感覚を思い出す。

 自己紹介をすべく、一度落とした視線を正面に戻した瞬間、ロックは本気で息が止まるかと思った。

 

「ッ!?」

 

 ウェイバーが自身へ向ける視線が、最初と全く異なっていた。

 値踏みするような視線。ともすれば心の内側まで見透かされているような気がしてくる。どこまでも黒く、底の見えない瞳は一切の揺らぎを見せることなくロックを捉えていた。戦闘に移る際のレヴィも同じような瞳をしていたが、彼の場合はより深く、言い知れぬ恐怖を抱かせる。

 心臓の鼓動が早くなる。その音はロック自身にもはっきりと聞こえていた。張り詰めた緊張の中、意を決して口を開く。

 

「は、初めみゃ!」

 

 噛んだ。死にたくなった。

 

「は、初めまして。ロックと言います」

 

 今度はなんとか噛むことなく名乗ることが出来た。

 ウェイバーの視線は、未だ自身を捉えて離さない。と、そこで彼は一度瞼を閉じた。ほんの一瞬、ロックから視線が外れる。

 再び彼の瞼が持ち上がったときには、先程までの重圧が嘘のように霧散していた。

 

「おう、よろしくなロック。俺はウェイバー、しがない個人経営者だ」

 

 後ろに立つダッチの「なにがしがないだ」という呟きは、ウェイバーには聞こえていなかったらしい。

 極々自然に差し出された彼の手をロックは取った。ロアナプラにおいて多くの逸話を持つ彼の掌は、予想外にも至って普通だった。所々にマメはあるが、ゴツゴツしているわけでもない。

 そうロックが感じているように、ウェイバーも握手を通して何かを感じているようだった。握られた手がいつまでも離されない。肉体の接触によって、何かを読み取っているかのようだった。

 

「あ、あの」

「ん、済まない」

 

 声を掛ければ、彼はすんなりと握っていた手を離した。

 握られていた手は、いつまでも熱を帯びていて冷める気配がない。

 底が知れない。率直にロックはそう思った。同じ東洋人ということで初めはどこか親しみを覚えていたが、今はそうした親近感はどこかへ消し飛んでしまっていた。なんといっても悪徳の都の住人である。つい昨日まで陽の当たる場所で生きてきた自分とは、そもそも価値観から違うのだろう。

 彼のような人間が多数存在するというこの街で果たして生きていけるのだろうか。いきなり先行きが不安になってきた。

 

(ま、まあダッチやベニーも一緒だし、それにレヴィだって……)

 

 ラグーン商会のエースアタッカーである女ガンマンの方へ視線を移す。

 そこに、彼女の姿は無かった。

 ロックが彼女の姿を見失うのとほぼ同時に、ドスンという物音。

 音のしたほうへ視線を向けると、ウェイバーにしがみついているラグーン商会のエースの姿があった。

 

「会いたかったぜぇボォスっ!!」

 

 腕と脚をがっちりウェイバーの背中に回して、彼の胸板にぐりぐりと頭を擦り付ける。その動きに合わせて揺れる彼女のポニーテールが、ロックには犬の尻尾のように見えてしまった。

 車内でも彼女の様子がおかしいことには気が付いていたが、これは予想の斜め上すぎる。なんだこの光景は、あれが昨日見事なまでの腕を披露したガンマンなのだろうか。

 

「まーた始まった」

 

 ダッチにしてみれば見慣れた光景なのか、後頭部に手を当ててぼやくだけである。横に並ぶベニーも苦笑いだ。

 

「ダ、ダッチ。あれは一体どういうことなんだ?」

「なに、ありゃあいつものことだ。レヴィにとってウェイバーは父親みてえなもんだからな、甘えてんのさ」

「恋人じゃないってところがまたなんとも言えないよね」

「レヴィが唯一懐いてる人間だ。どっちかっつーと犬と飼い主みてえだけどな」

 

 そう言いながら笑うダッチとベニー。

 あの狂犬を飼い慣らせる人間がこの世に存在するとは思っていなかった。開いた口が塞がらない。

 ロックの驚愕など全く意に介さず、レヴィは嬉しそうにウェイバーに語りかけている。

 あんな表情もするのかと、ロックは半ば呆然と思うのだった。

 

 

 

 3

 

 

 

 リップオフ教会。

 ロアナプラで唯一武器の販売を許可されている、『暴力教会』と呼ばれている教会だ。

 俺は年期の入ったセダンから降りて、その入口にまでやって来ていた。

 目的は特に無いのだが、月に一、二度こうしてこの教会を訪れては大シスターと美味い紅茶を飲みながら世間話に花を咲かせるのだ。こういう関わりを無駄だと切り捨ててしまう人間は、様々な方面への伝手が乏しい人間だと思う。常日頃から各地の人間との関わりを持つことは極めて重要。そこで思いもよらぬ情報を手に入れたりすることもある。情報は鮮度と確実性が命なのだ。

 そしてこの暴力教会は、その情報が真っ先に転がり込んでくる場所でもあるのだ。

 正面に聳える礼拝堂には目もくれず、その奥に建てられた寄宿舎のような建物へと向かう。

 

 扉を数度叩けば、中からシスターらしからぬ女が出てきた。

 

「おはようエダ」

「おう。シスターなら奥で待ってるよ」

 

 シスターエダ。

 修道服にフォックススタイルのサングラス、口内にはガムと服装を除けばどう見ても修道女には見えない女だ。しかしこの教会の大シスターの右腕でもある。人は見た目によらないというか、悪徳の街のシスターらしい女だ。

 彼女に案内されて一室に足を踏み入れれば、大きめのソファに腰掛ける修道女の姿があった。

 隻眼でアイパッチをしたこの老女こそが暴力教会の大シスター、ヨランダである。

 

「久しぶりだね、ウェイバーの坊や」

「最後に来たのは先月だったかな。久しぶりヨランダ」

「今日はW&Mのいい茶葉が手に入ってね。飲んでいきな」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

 ヨランダの対面に座り、出されたティーカップに口をつける。

 鼻に抜けていく強い香りが良質な茶葉であることを思わせた。

 

「何か変わったことは?」

「さてねぇ。この街はいつも変なことだらけさ」

「そりゃそうだけど」

「んん、そういえば昨日だか一昨日だか、ベネズエラのヘロイン工場が潰されたとかなんとか」

 

 ベネズエラは南アメリカ北部の社会主義国家だ。

 どうしてそこの情報を知っているのかなんてことは聞かない。聞くだけ野暮だし藪蛇はごめんだ。

 

「マニサレラ・カルテルが動いたらしいけど、私にゃ関係ない話だしね」

「そうかい。ま、また何かあれば教えてくれよ」

 

 カップに残った紅茶を飲み干して、ゆっくりと席を立つ。

 ヨランダとのお茶会は毎回五分程で終わりを迎える。お互いが腹に何を抱えているのか分かったものじゃないと思っているからだろう。核心をつく発言は避け、あくまで匂わせる程度に留める。一見何の変哲もない会話の中に、とんでもない情報が紛れていたりする。教会を出て、乗り付けてあった車へと乗り込む。

 帰りの道すがら、取り出した煙草を咥えてヨランダと話した会話を心の内で反芻する。

 ベネズエラ、ヘロイン、マニサレラ・カルテル。

 何か良くないことがこの街で起こりそうな予感が胸中を渦巻く。

 そのざわつく予感を体内から吐き捨てるように、白煙と共に吐き出した。

 

 

 

 4

 

 

 

「良かったんですかい?」

「なにがだいエダ」

「さっきのヘロイン工場のこと。まだ他には漏らしてないんでしょ?」

 

 エダの発言を受けて、ヨランダはくつくつと笑った。

 

「あの坊やにはね、ある程度の情報(エサ )を与えといたほうが都合がいいのさ。そうやって縛り付けておかないと何しでかすか分かったもんじゃない」

「そりゃ経験談ってやつですか」

「そうさね。昔みたいに暴走されちゃこっちも困るんだよ。あの子が本気で銃を抜くようなことにはしちゃいけない」

 

 アンタだって困るだろう? そうヨランダはエダへと言葉を投げる。

 

「……全くです」

 

 サングラスを外して、エダは妖しく微笑んだ。

 先程までの修道女らしからぬ姿はなりを潜め、言葉遣いも淑女然としたものへと変化する。

 

「あの男の存在は我々にとっても非常に重要なものですから。ま、もう正体バレてるみたいですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作を知らない人にも分かりやすように。
 原作を知っている人には散りばめた伏線でニヤリとしていただけるように構成……できたらいいなぁ。

 次回、冥土参上。

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