悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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 今話よりロベルタ再来編。


029 舞台は整い、役者は集う

 ――――冷たい雨が降る。どこまでも暗く、静かに。

 

「どうしてこんな……」

「あんなに優しい人が」

「爆弾テロだなんて、一体誰が……」

 

 言葉の端々に感じられる哀しみも、その表情から感じられる悲嘆も、女の耳には届いていなかった。

 

「ガルシア様はまだお若いというのに……」

「……ご当主様……」

 

 丘の上に建てられた一つの墓を囲うようにして、喪服に身を包んだ人間たちが無言で神父の言葉に耳を傾けていた。粛々と聖書を片手に告げる神父の表情も、心なしか痛ましげである。

 神に仕える身である神父ですらその死を悲しむ程、殺害されたディエゴ・ホセ・サン・フェルナンド・ラブレスは愛されていた。南米十三家族に名を連ねるラブレス家の十一代目当主として、紳士の鑑というべき男であった。

 

「……父さん」

 

 徐々に激しさを増す雨の中、消え入りそうな声でポツリと呟く。

 女に背中から抱かれるような状態で、少年は俯いたまま言葉を重ねた。

 

「父さんは、悪いことなんて何もしてない……。してないのに……」

 

 女のメイド服の袖を弱々しく握り少年、ガルシアは目尻に涙を溜めた。

 いつも優しく、時に厳しくガルシアを育ててくれた敬愛する父は、今は冷たい土の中で眠っている。彼くらいの年齢の子供であれば、場所を選ばず泣きじゃくっていても何ら不思議ではない。事実、ガルシアの瞳は揺れ、溜まった涙が零れないよう、必死に声を押し殺している。

 少年が寸前の所で涙の決壊を抑えられているのは、己が南米十三家族の人間であるという誇りと、男としてのちっぽけな意地だった。

 そんな少年の胸の内に渦巻く哀しみが、抱きすくめる女には手に取るように分かる。分かってしまう。きっとガルシアはこの哀しみを押し殺し、今後自身が当主として振舞うべき姿を作り上げていくのだろう。悲しむ暇など与えてはもらえない。父が残したラブレス家を、ここで根絶させるわけにはいかない。そう考えるに決まっている。

 ガルシアのことはよく知っているのだから。

 これまで一番近くで見てきたのだから。

 

 だが、それでは少年は救われない。

 

 押し込めた哀しみは消える訳ではない。負の感情は、いつまでも心の内側にへばりついて離れない。

 なんと報われない。没落したと言われたラブレスの家を、やっとの思いでここまで立て直したというのに。

 これから少年を苛むだろう苦痛を思い、女は僅かに唇を噛んだ。

 

「……ご当主様は、とても立派な方にございました……」

 

 ガルシアを抱く腕に力を込め、女は語り掛ける。視線はガルシアの父が眠る墓地へ向けたまま、優しい声音で。

 

「若様は、あのご当主様の血筋です。何も不安に思うことはありません。我々も全てを以て、若様をお助け致します」

「……ありがとう、ロベルタ」

 

 掠れた声が雨音に溶けて消えていく。

 少年のその声を聞き、ロベルタはギシリと歯を噛み締める。ともすれば噛み砕かん程の力を込めて、しかし今の表情を決してガルシアに見られないよう、少年から顔を背けて。

 

「……絶対に、絶対に」

 

 大人になることを急かされる少年は、このままでは絶対に救われない。心のどこかに暗い感情を押し込めたまま、これから先の未来を歩んでいくことになる。

 そんな姿を見たくない。そんな人生を歩ませるわけにはいかない。彼にはまだ、輝かしい未来を歩めるだけの可能性が残されているのだから。

 

(――――その為ならば、私は)

 

 どこまでも。どこまででも。

 この身を深く、暗い闇の底へと堕としていこう。全ての泥は己が被ろう。どんな罪も罰も、この身に背負う覚悟を持って。

 元より先代に救われた命。ラブレス家の為に、ガルシアの為に使うことが出来るなら、微塵も惜しくはない。

 

 ガルシアを優しく抱いたまま、ロベルタは決意する。

 体内の血液が急速に冷えていく。やがて彼女は表情すら失い、ドス黒い瞳を灰色の空へと向けた。

 

 ――――冷たい雨が降る。

 徐々に勢いを増す雨は、大きな嵐を予感させた。

 

 

 

 1

 

 

 

「……っだぁぁ、クソッタレ。まだ頭ン中でシンバルが鳴ってやがる」

「珍しいな。そんなに飲んだのか?」

「ボスと飲むと毎度のこった。カリビアン・バーにゃ高級な酒がずらりと並んでやがるが、その分度数がハンパじゃねえ」

 

 迎え酒がしてえ、とぼやいて額を押さえるレヴィを横目に、ロックはチャルクワンの市場を目指して歩く。隣を歩くレヴィは二日酔いのせいか足取りが重たいが、それでもロックの横から離れることは無かった。

 

「ベニーに頼まれた買い物をするだけだから、別に事務所に居てもよかったのに」

「なんとなくだよ、気分転換てヤツさ」

 

 言いながら煙草を咥える。ん、と不躾に目の前に差し出された火を前に、ロックも胸ポケットから取り出した煙草を咥えた。

 二人して煙を燻らせ、目的のパーツ屋へと歩を進める。ロアナプラで手に入るPCパーツなど以前東京で手に入れたものとは比べるべくもないが、無いよりはマシだと安物のパーツを買い漁っているのだ。替えはいくらあっても足りないとはベニーの言である。

 

 他愛のない会話を交わしながら、二人は中央通りへと繋がる道を歩いていく。

 澄み渡った空を見上げながらロックは思う。ここ最近のロアナプラは平和だと。

 暴行や強盗なんかがすぐ近くで発生することに慣れてしまったロックの平和の基準が若干ズレてきていることは確かであるが、それでもここ数週間のロアナプラは平穏と表現していいものだった。

 組織間の抗争もナリを潜め、勘違いしたイカレ野郎が黄金夜会に噛み付くようなこともない。ラグーン商会に舞い込んでくる仕事もキナ臭いものはなく、極々普通の荷物運搬である。

 全くもって平和、ともすればここが悪党の巣窟だということを忘れてしまいそうになる。

 

「……嫌な予感がするな」

「あ? 何か言ったかロック」

「いや……、何でもないよ」

 

 この平穏がまるで何かが起こる前触れのような気がして、思わずロックはそう零した。

 

「早いとこ用事を済ませよう。トゥンナンの炒飯が売り切れる前に」

 

 胸の内で燻る思いを掻き消すように(かぶり)を振り、ロックは歩く速度を少しだけ早めた。

 

 

 

 2

 

 

 

 タイの南部、その港街と言われ、現地の人間が真っ先に思い浮かべるのはロアナプラに違いない。他にも幾つかの港街はあるものの、良い噂など一つも聞かないロアナプラが知名度としては頭一つ抜けていた。

 そのあまりの噂の恐ろしさ故に、観光客はおろか現地人含めて殆どの人間は近づこうともしない。そんな街に行きたがるのは余程の凶悪犯か頭の狂った死にたがりくらいのものだろう。

 だからこそ、そんな港街へ向かう船に乗り込んだ小さな少女に周りの男たちは訝しげな視線を向けていた。

 

 ロアナプラへ向かうことを知らないわけではない。何故ならその少女はこの船が出向する直前、行き先を聞いてきた。ロアナプラへ行くのはこの船かと、確かに船長にそう問い掛けたのだ。

 それ故に男たちは疑問の視線を向ける。年端も行かぬこんな子供が、どうしてトランク一つであんな物騒な都へと赴こうとしているのか。

 

 だがそんな周囲の男たちの視線を一切気にすることなく、少女はただ甲板からずっと遠くを見つめていた。

 その視線の向かう先には、悪徳の都、ロアナプラがある。

 

(……婦長様)

 

 瞼を下ろし、優しい笑みを浮かべた女性を思い浮かべる。

 少女、ファビオラ・イグレシアスは小さく息を吐いた。急いたところで状況が好転することはないと己に言い聞かせ、静かに心を落ち着ける。

 これから足を踏み入れようとしているのは世界中から悪人が集う悪虐の街。警戒を怠るなど間違ってもあってはならない。何の為に自身が先んじてあの街へと乗り込もうとしているのか。それを胸の内で反芻し、ファビオラは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。

 

「待っていて下さい。必ず、必ず私と若様で……」

 

 決意に満ちた瞳は、遠く海の向こうに霞む港街をはっきりと見据えていた。

 

 

 

 3

 

 

 

「……今何て言った?」

「え? いえ、街の人たちが言ってるんですよ」

 

 買い出しを終え紙袋を抱えた雪緒が帰ってきたと同時に放った言葉は、俺に少なくない衝撃を与えるものだった。思わず沈み込むように背を預けていた椅子から姿勢を正すくらいには。

 

「メイド服の女を見たって」

 

 それがどうかしたんですか、と続ける雪緒に曖昧な返事をして、再び背もたれに体重を預ける。

 ロアナプラに住む人間たちにとって、メイドという単語は一種のタブーだ。約一年程前にやって来たあの女中を誰もが思い浮かべるだろう。俺だってそうだ、出来れば二度と会いたくはない。厄介事をカルガモの親子のようにぶら下げてくる女である。誰が好んで関わろうとするのか。

 

「メイドねぇ……」

「知り合いなんですか?」

「いや、顔見知りってだけだよ」

 

 ともすればこの街の人間以上に、俺と彼女との関わりは深い。

 初めて顔を合わせた、戦場で出会ったのはこの街が初めてではないのだから。昔の記憶なので細かな所は忘れているが、俺は間違いなく過去ロベルタと銃口を突きつけ合っている。コロンビア革命軍の拠点のひとつを潰してきてくれと張に頼まれ、ベネズエラへ飛ばされたときのことだ。熱帯地方特有のスコールに巻き込まれ、数メートル先の視界も確保できないほどの最悪な天候の中で俺と彼女は撃ち合った。その正確無比は狙撃は今でも覚えている。持っていた武器(エモノ)からして違うので無理からぬことだが、リボルバーなんかで百メートル以離れた相手に当てられる筈もなく、周囲の木々を盾にしながら無闇矢鱈に撃ちまくっただけだったが。

 それでもこうして俺が生きていられるのは、向こうも視界が悪かったことと、俺の逃げ足が早かったからだろう。

 前回遭遇した時も思ったが、アレは本気で化物だ。いやバラライカの方がおっかないけれど。

 

 そんなメイドが、再びこの街に現れた。 

 現時点ではメイド服の女というだけで、同一人物でない可能性もある。しかしこの街でタブーと化しているメイド服を好き好んで着る輩なぞいるだろうか。

 

「一応探りだけはいれておこうか」

 

 そう言って携帯電話を取り出し、登録されている連絡先の中から一つを選択する。

 

「……もしもし、俺だ。ちょっと調べて欲しいことがあるんだが」

 

 この街一と言って過言でない情報屋を相手に、俺はそう切り出した。

 

 

 

 4

 

 

 

『で? 今何処にいるわけ?』

「バンコク。ここからはバスか何かで移動することになるな。あ、トゥクトゥクでもいいけど。経費で落ちんのかなコレ」

 

 目の前を走る三輪タクシーを目で追いながら、ヨアンは能天気にそう受話器越しに呟く。

 タイ、バンコクに建てられたドンムアン空港を出て道なりに歩くヨアンは、周囲にタクシーやバスなどを探しながら口を開いた。

 

「それで? どうだったクラリス」

『ダメね。五年前のデータまで洗ったけどMP7と長物両方を使用する殺人者はヒットしなかった。というか範囲が広すぎるのよ、調べるのに四日もかかったじゃない』

「四日で調べちまうお前はやっぱ規格外だよ」

 

 本部の一室で五台のパソコンを前にしているであろう彼女、クラリス・ベルトワーズに対して、ヨアンは素直に賞賛を送った。彼女はヨアンの知る限り世界最高のハッカーである。基本的に本部に在中している彼女がヨアンと同じく他国の内政に干渉する権利を有していると聞けば、ICPO内の最上層に位置する人間であることは理解出来ることだろう。それは(ひとえ)に彼女のクラッキング技術の高さ故だ。クラリスにとってはEUの最重要機密が保管された最高峰ネットワークセキュリティすら片手間で突破できる程度のものでしかない。

 逆に彼女が一から構築したICPOのセキュリティは、どんなクラッカーでも突破不可能と謳われる要塞と化していた。

 この世界に調べられないモノなど殆ど存在しないと豪語してみせるそんな彼女が掴んだ情報を元に、ヨアンはタイを訪れたのだった。

 その情報というのは。

 

「しっかしあの星条旗の連中(スターズ・アンド・ストライプス)まで出張ってくるとはねぇ」

 

 拾った三輪タクシーを南へと向かわせながら、ヨアンは気怠そうに呟いた。

 

「その情報は確かなんだろうな」

『あら、私の腕を疑うの?』

「まさか」

 

 世界でお前の情報より確かなモノはないよ、と思っても口には出さない。出せば調子に乗ると分かりきっているからだ。

 暑さからシャツのボタンを二つ程外しながら、先程クラリスより告げられた情報を思い返す。

 

「ベネズエラで起こった政治活動妨害工作。それがこんな辺境の地にまで拡大してくるとはね」

『向こうも相当揉めてるでしょうね。多分秘密裏に独断で行われた作戦だもの』

「巨大組織ってのはいつでも主権争いに必死なのさ」

ICPO(私たち)みたいに?』

 

 そんなクラリスの言葉に、ヨアンは小さく笑う。

 

「全く、現場組は辛いね」

『好きで飛び回ってるくせによく言うわよ』

 

 呆れを多分に含んだ声が届く。

 それに苦笑しつつも、内心は思考を巡らせていた。

 ベネズエラで発生した爆弾テロ。そしてそれに関連している合衆国。それぞれの点が重なり、線となって最後に到達する場所は。

 

「悪徳の都、ロアナプラ」

 

 世界中の悪党どもが巣食う穢れた別天地。悪意に満ちた地獄の入口。ICPOが所有するブラックリストに掲載されているBランク以上の犯罪者の実に三割が、何らかの形でこの街と関わりを持っている。

 そしてヨアンの追う男、ウェイバーもその街に居る。

 

 集う。集う。

 悪党が。合衆国が。ICPOが。

 黄金夜会の牛耳る縄張りへ。

 

 全ての点は、たった一つに集約される。

 その全てが重なる時、待っているのは――――。

 

 

 

 5

 

 

 

 ――――何のつもりですか?

 

 ――――ハッ、何の為にこの村でその(ガキ)だけ生かしておいたと思ってるんだ。

 

 ――――今更西部の男パラディンでも気取るつもりですか?

 

 ――――ねぇ、ガチョウ(アビー・グース)少尉殿。

 

 聞くだけで虫唾が走る男の声が脳内を埋め尽くしていく。

 その不快感に耐え切ることが出来ず、シェーン・J・キャクストンは目を覚ました。

 ベタついた汗は肌着はおろかシーツすらも濡らしており、全身を酷い倦怠感が襲う。掌で額を押さえ、ゆっくりと上体を起こした。

 ブラインドの向こうから差し込む光に僅かに目を細め、汗を吸って重たくなった肌着を脱ぎ捨てる。鍛え抜かれた屈強な肉体が外気に晒されるが気にせず、キャクストンは寝室を出る。

 

「おはようございます少佐。今コーヒーを淹れましょう」

「ああ、ありがとう」

 

 簡素なリビングの中央に設置された丸テーブルに掛けていた口髭の男が立ち上がる。台所から戻ってきた男の淹れたコーヒーを受け取って、キャクストンは静かにテーブルに着いた。

 

「……嫌な夢を見た」

「夢ですか」

「ああ、ヴェトナム(ナム)に居た頃の夢だよレイ」

「…………」

 

 キャクストンの呟きに、レイと呼ばれた男は僅かに俯いた。

 その頃の話は、彼ら二人にとって血腥い忌まわしき記憶でしかない。出来ることなら一生思い出したくはないほどの。

 ここ数年はこの事を夢で見ることなど無かった。だというのに、突然どうして。キャクストンは目覚めてからずっとその理由を探していた。

 半分程になったコーヒーに映り込む自身の表情を見つめながら、やがて彼は思い至る。

 

「……似ているんだな」

「はい?」

「この街だよレイ。あの頃のあの街にそっくりなんだ」

 

 顔を上げ、ブラインドの隙間から窓の外を見渡して、キャクストンは言った。

 その言葉に、レイも同調する。

 

「俺もそう思いますよ少佐。ココはあの頃のサイゴンと瓜二つだ」

「なんと言ったかな、この街は」

「ロアナプラです少佐」

 

 窓の外は、一見して何の変哲もない港街のようにも見える。

 しかし、二人にはとてもそんな風には見えなかった。視界には捉えることのできないナニカが蠢いている。そう感じてしまうほど、ロアナプラという街は彼らに不気味に映っていた。

 

「そういえばレイ、続報は?」

「よくありませんね。もうしばらくココに留まることになるかもしれません」

「当初の作戦計画からかなりズレが出ているぞ。このままでは」

「ええ、分かっています少佐。しかし現状待機以外には……」

 

 渋面をつくるレイに、キャクストンは小さな溜息を零した。

 キャクストン率いる部隊がこのロアナプラに潜入して数日。これといった進展のないまま、だらだらと時間だけが過ぎ去っていた。同じ地に長居することを良しとしない彼らの部隊は、一刻も早く任務を遂げなくてはならいのである。

 が、現実とは非情なもので、上層部から待機命令が出て以降、音沙汰が全く無い。

 このままでは作戦の中止も視野に入れなければならない。そんな所まで来ていた。

 

 もう一度、キャクストンは天井を見上げて溜息を吐き出す。

 

「勘弁してくれ。「鷹の爪作戦(オペレーション・イーグルクロウ)」や「空白の四秒(デッド・フォー)」のような二の舞は御免だぞ」

「イランとパナマですか」

「ああ。酷い作戦だった、今思い返しても」

「私は戦線に出ていませんでしたが、「空白の四秒」の噂なら聞いていましたよ」

 

 冷めたコーヒーを一口含んで、レイはこう呟いた。

 

「完璧な包囲網の中、煙のように現れて消えた人間が居たって――――」

 

 

 

 6

 

 

 

 人は何を思って人を殺すのか。

 そこに何の意味があって、意義があって、意思があって。

 他者は他者を殺めるのだろうか。

 凶悪な連続殺人鬼は、あるいは一時の激情に駆られた人間は。殺める瞬間、何を思っているのだろうか。

 

 ……思うことなど、何一つとして無い。

 

 感傷も、感情も、感想も無い。

 彼らはただ無感情に殺すのだ。

 何故ならそれが彼らにとっての常であり、世の理も同然なのだから。

 

 居るよりは居ない方が何処かの誰かにとって都合が良い。そんな理由で、人間はいとも容易く他者を殺めることが出来る。

 これまでその人が歩んできた人生を、積み重ねてきた実績を。金銭か、欲望か、そんなものと引換に否定する。

 そんなことが出来てしまうのだ。人間という生き物は醜悪だ。

 それを、彼女(・・)はよく知っていた。

 

「――――生者のために施しを、死者のためには花束を」

 

 憎悪に染まった瞳が怪しく揺らめき、その奥で漆黒の炎が燃え上がる。

 

「正義のために剣を持ち、悪漢共には死の制裁を」

 

 これは復讐ではない。仇討ちなどと言うつもりもない。

 そんなことを言える資格は、持ち合わせてはいないのだから。

 

「しかして我ら、聖者の列に加わらん。サンタ・マリアの名に誓い、」

 

 

 

 ――――全ての不義に、鉄槌を……!!

 

 

 

 亡者の彷徨う大地を踏みしめ、ロベルタは歩き始めた。

 目指すは以前、あの男と出会った酒場。

 

 やけに生暖かい風が、街中を駆け巡った。

 

 

 

 

 




 導入話のため若干短め。
 ウェイバーの過去もこの辺で詳細を書き切る予定です。

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