まあ全然勉強してませんけど(笑) 最近思うことはあれですね、息抜きがしたい。なんか他の作品原作のやつを書きたいってことですね。
圏内事件のせいで八巻の表紙が見るのも嫌になりながら書いた話をどうぞ。
遂に眼前に現れたグリムロックを前に、俺は一層警戒を高める。逃げるにしても、筋力、敏捷力ともに俺達三人よりかは低いだろうが、まだ何か手を残している可能性も捨てきれないし、転移結晶で逃げるつもりかもしれない。
さっきは遠くで見れなかった顔は、鍛冶屋のイメージとしてこびりついているドワーフ的な厳つい感じは思ったほどではなく、どちらかと言えば柔和そうなイメージを持たせる。細い顔に、優しげな目尻。まあだからと言って、警戒を緩める気はサラサラないが。いつでもニコニコしている人ほど腹に一物を抱えてるからな。ソースは……あれ? ない? ああそうか。俺ににこにこしてくる人なんかいないもんな。戸塚と小町とキリトは天使だから例外だし。
衝撃? の事実を知ってしまったが、思考を切り替え、グリムロックを拝見する。ようやく現れた男は俺から三〜四メートルほど距離を取り、シュミット、ヨルコさんとカインズ、最後に苔に覆われている石――あれがグリセルダさんの墓だろう――を一瞥してから口を開いた。
「やあ……、久しぶりだね、皆」
この緊迫した状況に余りにそぐわぬ、なんてことない挨拶。だが、その言葉は張り詰めた空気を更に重々しくさせた。
グリムロックの発声から数秒後。今度はヨルコさんが声を出した。
「グリムロック……さん。あなたは……あなたは、ほんとうに…………」
グリセルダさんを殺し、指輪を奪い、挙げ句の果てには自分達三人を殺害しようとしたのか、という意味合いを含めた慟哭。
その沈黙に込められている意味を、ここにいる誰もが、本来無関係の俺でも理解している。ならばグリムロックも理解しているはずだ。
しかし――音にはならねど確かな悲痛の問いかけに、元黄金林檎サブリーダーにしてリーダーの夫、そして現在は鍛冶屋のグリムロックは直ぐには答えなかった。
その眼鏡男の後ろに立っている白衣と黒衣を身に纏った女剣士は、それぞれウェストタイプとショルダータイプの鞘に、これまた白銀と漆黒の剣を収めた。そしてそのまま移動し、なぜか俺の左右に立つ。その様子を見ていたグリムロックは僅かな微笑を滲ませたまま唇を動かす。
「……誤解だ。私はただ、事の顛末を見届ける責任があろうと思ってこの場所に向かっていただけだよ。そこの怖いお姉さん達の脅迫に素直に従ったのも、誤解を正したかったからだ」
……今の言葉で第一印象をマフィアから往生際が悪いやつだと改める。おいおい、そんな不屈(笑)の精神で容疑を否認しても、無冠○五将の鉄心にもはなれないぞ。いいとこ一回使われてポイ捨ての探偵漫画の犯人くらいだ。
「嘘だわ!」
鋭く反駁したアスナさんの声で、なんも悪いことをしていない俺の胸が跳ねる。一瞬不真面目なことを考えたことを読心されたのかと思ったぜ……
年下女性に一喝されて身を縮こませるなんて情けないと思うだろうか? 俺は全く思わない。母親が強いからかかあ天下ができるし、女性の方が仕事ができるから女性の社会進出が進んだ。元来男というのは、女の尻に敷かれる存在なのである。今時亭主関白な方がマイノリティだ。でも仕事ができる女性が増えることは専業主夫志望の俺にとってはいいことなので、バンバン増えちゃって下さい。っと、イカンイカン。事件はまだ完全収束してないのに、ついつい思考がずれてしまう。
そんな俺の気を引き締めるようにアスナの怒声が飛んだ。
「あなた、ブッシュの中で
あ、キリトが
「仕方がないでしょう、私はしがない鍛冶屋だよ。このとおり丸腰なのに、あの恐ろしいオレンジたちの前に飛び出していけなかったからと言って責められねばならないのかな?」
あくまで平坦に、穏やかに言い返し、俺の布製とは違う革製の手袋に覆われた両手を広げた。
元黄金林檎の三人は、黙ってグリムロックの言葉を聞いていた。いくら俺からグリムロックが半年前の事件の犯人だと聞かされようとも半信半疑なのだろう。自分達のサブギルドリーダーが、凶悪極まるレッドにリーダー殺害を依頼した、などと。
再度何か言い返そうとするアスナを左手で制す。冷静に返す相手に感情論で返そうとも意味がない。
「……初めまして、グリムロックさん。俺はエイトっていう……まあ、部外者だな」
今更ながら部外者の俺が首を突っ込んでいいのだろうかと思ったが、本当に今更なので、まあいいかと思い言葉を続けた。
「……確かに、あんたとレッドの繋がりを決定付ける証拠はない」
実際にはグリムロックのウインドウを可視化し、フレンドリストを見たら、レッドの暗殺依頼窓口用プレイヤーの名前があるだろうが、情報屋でもない俺達は判断がつかない。
だが、今回の殺害未遂は兎も角、半年前の事件は言い逃れはできまい。そう確信し、口を開こうとしたが、キリトに先制される。
「でも、去年の秋の、ギルド《黄金林檎》解散の原因になった《指輪事件》……これには必ずあなたが関わっている、いや主導しているはずだよ。なぜなら、グリセルダさんを殺したのが誰であれ、指輪は彼女とストレージを共有していたあなたの手元に残ったはずだから。あなたはその事実を明らかにしないで、指輪を密かに換金して、半額をシュミットに渡した。これは、犯人にしか取り得ない行動のはずだよ。だから、あなたが今回の《圏内事件》に関わってた動機もただ一つ……関係者の口を塞ぎ過去を闇に葬ること……」
俺は少しだけ驚愕した。その発想が出てくるということは、キリトも半年前の事件、そして圏内事件のトリックに気づいたということだ。
俺が内心で驚いているのとは対称的に、荒野の丘は静寂に包まれていた。
やがて月明かりに照らされたグリムロックの唇が歪み、僅かに温度が下がった口調で言った。
「なるほど、面白い推理だね、探偵君。……でも、残念ながら、一つだけ穴がある」
「え?」
呆けた返事をするキリトをよそに、別の可能性……グリムロックが言う『穴』を考える。と、一つの可能性に行き着く。
俺の考えをトレースしたかのようにグリムロックは鍔広帽子を右手で引き下げ、言った。
「確かに、当時私とグリセルダのストレージは共有化されていた。だから、彼女が殺されたとき、そのストレージに存在していた全アイテムは私の手元に残った……という推論は正しい。しかし」
銀色に光沢する丸眼鏡のレンズの奥から鋭い視線を放ち、長身の鍛冶屋はさっきとは違い、あまり抑揚がない声で先を口にした。
「もしあの指輪がストレージに格納されていなかったとしたら? つまり、オブジェクト化され、グリセルダの指に装備されていたとしたら……?」
「「あっ…………」」
二人がかすかな声を漏らした。
そうなのだ。オブジェクト化されたアイテムは、それを装備するプレイヤーがモンスターまたは他のプレイヤーに殺された時、無条件にその場にドロップする。だから、グリセルダさんが指輪を装備し、レッドに殺害されてその場にドロップした指輪はレッドが持ち去った……という論法は成り立つ。
追い詰めていたはずが、逆にこちらが追い詰められているという状況を自覚してか、グリムロックの口角が憎々しく持ち上がった。が、すぐにその表情は消え、次には悼むような動作をしていた。
「……グリセルダはスピードタイプの剣士だった。あの指輪に与えられた凄まじい敏捷力補正を、売却する前に少しだけ体感してみたかったとしても、不思議はないだろう? いいかな、彼女が殺されたとき、確かに彼女との共有ストレージに格納されたアイテムは全て私の手元に残った。しかしそこに、あの指輪は存在しなかった。そういうことだ、探偵君」
……確かにその主張を論破し得る材料は、ない。しかし、グリムロックがまだ少しでも亡き妻を愛しているという設定ならば、その言葉にはささいな、しかし黄金林檎メンバーにとっては重要な、リーダーへの嘲りが生じる。それは『被害者』としてのグリムロックが言うには矛盾が生じる。
だが、俺がそれを指摘し、事件が解決しようとも死者を冒涜することになる。しかも、否定されたらもうどうしようもない。だが、俺が持ち合わせているカード、今使えるカードはそれしかない。
故に、俺は――――
「……待てよ、グリムロック」
――――立ち去ろうとするグリムロックを引き留めた。
次回!『八幡の尋問』です!