十三話です。どうぞ。
レイドリーダーディアベルの死は、レイドのプレイヤー逹を震撼させるには充分過ぎたようだ。
武器を握り、目を見開き、誰も動こうとしない。
俺は『撤退』か『戦闘続行』かを考えていた。
普通なら、レイドリーダーの死、ボスの事前情報の違いの二つで即撤退だが、当然リスクもある。
さっきの範囲攻撃で十人、いや、下手するとそれ以上がディアベルの二の舞だ。
そんなことになったら、《ソードアート・オンライン》はクリア不可能だという認識になってしまうだろう。
二つの音が俺の意識を戦場に戻す。
一つは、動き出した《コボルドロード》の攻撃による金属音と悲鳴。
もう一つは、隣で膝をついているキバオウの声だ。
「………何で……何でや……。ディアベルはん、リーダーのあんたが、何で最初に……」
……ボスのLAボーナスを取ろうとしたからだ。
そう告げるのは簡単だ。一言いえばいい。
しかし、キバオウは知らないだろう。ディアベルがベータテスターだということを。
自分がキリトのアニールブレードを買い取る仲介者をした見返りとして、ベータテスターを糾弾する機会を与えてもらった。
恐らく、俺に邪魔をされたから、予定通りボス攻略が進んでいたら、反省会みたいな時に、また糾弾するつもりだったのだろう。
つまり、キバオウはディアベルがベータテスターだとは微塵も思わなかったのだろう。
反ベータテスターの代表者だと信じ、期待していた。
……そして、キバオウは知らないが、その期待は裏切られている。
………裏切られ続けた俺はわかる。
……いつだって勝手に期待して、勝手に裏切られたと思い込んで、勝手に失望した。
……いつだったか、雪ノ下雪乃は嘘を吐かないと思い込んだ俺自身に失望した。
……だからだろうか、コイツを見ていると、昔の俺を見ている様でイライラする。
戦線は総崩れ。なら、俺のやるべきことは、戦線を持ち直させることだ。
「ヘタってる場合か!このグズ共!!」
「な、なんやと?」
意外なところから声があがったからか、キバオウは呆けた声を出す。
「呆けたアホ共は消えろ!邪魔だ!!」
俺は更に声を張り上げる。
「死にたいなら勝手にやれ!俺は――」
一拍おいて、悪どい笑顔で言い放つ。恐らくベータテスターだと思われるであろう一言を。
「――ボスのLA取りに行くぞ」
ディアベルが最期に遺した言葉は、『撤退』ではなく、『死戦』だ。
ボスの方へ走って行こうとした時、キリトとアスナが俺の左右に立つ。
「……わたしも行く。パーティーだから」
「初見じゃカタナスキルの相手は辛いでしょ?手伝うよ」
正直、ソロで戦うには、キツいどころの敵ではないので助かる。
「……別にいいが、見返りは何もやらんぞ?」
今度こそ広場の奥に走り出す。
奥のプレイヤーは、平均HPが半分を切っており、ディアベルが率いていたC隊に至っては、二割を切っている奴もいた。
ボスと戦うには、パニックを鎮めなくてはいけないが、ソロプレイヤーである俺には当然無理だ。
その時、左隣を走るアスナが邪魔だと言わんばかりにローブを引き剥がす。
麻栗色の髪が松明の炎を反射して、キラキラと光る。
まるでその髪から粒子が出ていて、ボス部屋を照らしているかのようだ。
長い髪をなびかせて走るアスナは、まさに『流星』だ。
恐慌状態のプレイヤー逹もその美貌に目を奪われ、押し黙っている。
一瞬訪れた静寂を逃さず、キリトが叫ぶ。
「全員、出口方向に十歩下がって!ボスを囲まなければ、範囲攻撃は来ないから!!」
その言葉にようやく正常に戻ったプレイヤー逹は行動を開始、キリトのいう通りにする。
さて、そんなことをしている間に、敏捷が一番高い俺が、そろそろボスのところに着く。
ボスの方を見ると、野太刀から左手を離し、左の腰だめに構えようとしている。明らかにソードスキルの前兆だ。
――落ち着け、俺にはあのスキルの情報はない。なら、動きを見て避けるしかない。
ボスの構えた野太刀が緑色に光る。
剣速は速い、が避けられない程じゃない!
俺はそのソードスキルの軌道を読んで回避、更にボスに《バーチカル》を叩き込む。
僅かに体勢を崩し、隙を見せるボスにアスナの《リニアー》が炸裂、更に追撃でキリトの《スラント》をボスは喰らう。
隙を作るにはパリングが確実だが、俺では次にくるソードスキルが分からない上、筋力値が足りずにダメージを喰らってしまう。
だから俺は、その役割をキリトに任せることにした。
「キリト!ボスのソードスキルのパリング頼む!俺とアスナで攻撃する!」
「うん!」
まだまだ気は抜けないが、一先ずこれが最善だ。
キリトがベータ時代の知識を活かして攻撃を弾き、俺とアスナが攻撃する。
しかし、集中力は無限に続くものではない。
十五、六回攻撃を弾いたところで、キリトが失敗する。
「あっ……」
――まずい、完璧に相殺できていない時もあったため、キリトのHPバーは、グリーンとイエローの境くらいだ。
あんなHPで攻撃を喰らったら……………死ぬ。
だから、俺の取るべき行動は決まっていた。
ボスの野太刀とキリトの間に割り込む。
体が上空に打ち上げられ、ディアベルを殺したソードスキルのライトエフェクトが見える。
一発目――上段の突きは、無理矢理体をひねって回避。
二発目――下段の突きは、《ホリゾンタル》で相殺。
三発目――一拍溜めての突きを防ぐ手段は、俺には、もう、ない。
――――死。
それがもう間近にある。
このまま刺されてHPバーは全損、死ぬんだろうなと思ったが、そうはならなかった。
「ぬ……おおおおっ!」
野太い声が聞こえたかと思うと、ボスが体勢を崩し、三発目の攻撃は繰り出されなかった。
野太い声の正体はエギルさんだった。
……どうやら助けられたらしい。
「あんたがPOT飲み終えるまで、俺達が支える。ダメージディーラーにいつまでも壁をやられちゃ、立場ないからな」
「……うっす、ありがとうございます」
そう言いつつ、POTを取り出して、イエローゾーンにまでなったHPを回復させた。
俺は視線で「無事だ」と伝えると、二人――特にキリトは安堵の表情を浮かべる。
「キリト、タンク役の人逹に指示してきてくれ」
キリトは二つ返事で引き受けてくれ、ボスの方へ向かう。
俺は――――死に恐怖していた。
クッソ……手が震える。怖い、死にたくない。
ポーションによる時間経過回復を待ちながら、死の恐怖を押さえつけていた。
ようやく手の震えが収まってきて、ボスの方を見ると、C隊のプレイヤーのHPを半分以上削った範囲攻撃の予備動作に入っていた。
キリトがそうはさせまいと跳躍、 右手の剣が黄緑色の光を纏っている。
「届……けェーーーッ!」
剣が光のアーチを描きながら、《コボルドロード》の左腰に当たる。
クリティカルヒットを表す、特有のライトエフェクトが辺りに拡がる。
《コボルドロード》は、竜巻を生み出すことなく床に叩きつけられる。
「ぐるうっ!」
そんなボスの威厳もない声を発し、《コボルドロード》は手足をバタバタさせる。
――あれは確か転倒(タンブル)状態――
「全員、最大攻撃!!囲んでもいいよ!」
その声に一斉にソードスキルを叩き込むプレイヤー逹。
勿論、HPが回復した俺も一斉攻撃に参加する。
しかし――
(削り切れない……っ!)
キリトもそれを察したのか
「削り切れない…っ!アスナ!最後の《リニアー》一緒にお願い!!」
最後に削り切ろうとするキリトが《バーチカル・アーク》、アスナが《リニアー》を発動。
しかし、僅か一ドット残る。
「キリト!アスナ!逃げろ!!」
しかし、二人は技後硬直のため動けない。が、ボスは容赦しない。
(――まずい!)
俺はアニールブレードを逆手に持ち、刃の先端をボスに向ける。
そして――
「行けえええええ!」
俺は三つ目のスキルスロットに入れておいた《投剣》スキル――《シングルシュート》を発動。
アニールブレードは真っ直ぐボスに飛んでいき、ボスの人間でいう心臓の位置に突き刺さり、ボスのHPを削り切る。と同時に、役目を終えたと言わんばかりに、丈夫さを強化していなかった俺のアニールブレードは、ポリゴンとなって消えていった。
俺の視界には、【You got Last Attack!!】というシステムメッセージが写っていた。
次回は『ビーター』と『体術スキル』をやりたいです。