戦闘描写も拙く、読者にも弄られ……もう書く意味あるのかしらん?
さっきの思考は、俺はあまりに汚れきっていると気づかせるには充分すぎた。
俺には、あの温かな部屋に戻る――いや、最初からいる権利すらなかったのかもしれない。
敵と何合か斬り結びながらそんなことを思う。
この二年近く、
「はははあぁぁぁッ!」
喜色が混じった声で、気色悪く嗤う。相手の体力はレッド。あと一撃こちらが喰らわせたら、死ぬ。
「さっき、なぜお前の相手が、連携が杜撰なこいつらなのか、不思議そうな顔を、してたな? 簡単な、ことだ。死に対する、恐怖がない、奴らを、集めた、だけだ」
人を殺す覚悟がない攻略組に対して、なるほど確かに自らの身を盾にして攻めるのは悪くない。
もしも、ここにいるのが誰よりも誇り高い雪ノ下雪乃なら、どうしただろうか。それか、誰よりも優しい由比ヶ浜なら別の解を導き出せたのだろうか。或いは、誰とでも仲良くしようとする葉山隼人なら正しい行動をとれたのだろうか。それでも、今ここにいるのは比企谷八幡であり、他者に解答案を求めることなど許されない。
だから、俺はさっき気づいた自分……どこまでも醜く、浅ましく、最低な自分らしい解を出す。
「そうか、そうか。――けど、死んだら何も出来ないっていう点では、他の奴とおんなじだよなぁ?」
自分でも解る、低くどすの利いた声。声を物質化したような鋭い黒い
儚げな甲高い音。
それは激戦続くボス部屋の中でも響き、誰もが驚愕している。
ラフコフが攻略組を殺したのではなく、攻略組がラフコフを殺した。
「フフ、フハハ、フハハハッ! お前も、俺たちと、同類だったと、いうことか?」
「……お前らと、同類になんかすんな」
赤眼のエストックと鍔迫り合いしながら、スローイングダガーを後ろに投擲する。ダガーは後ろから襲い掛かってきたラフコフメンバーに当たったのだろうと、後ろから聞こえるガラス音で判断。そして、一言。
「……お前ら、殺されに来たのか?」
静謐な室内では、俺の低い声はよく通った。一度力を込め、作用反作用の法則を利用し後ろに飛び退く。
「今この場で、とれる選択肢は二つ。こいつらを殺さずに自分が死ぬか、こいつらを殺して自分が生きるか……俺は、こんなとこで死ぬのなんか、真っ平ごめんだ」
一人を体術スキルで蹴り飛ばして塵にし、もう二人は縄アイテムで捕縛する。
「……これで、一対一だな」
「俺に、とっては、望んだ、展開だがな」
ブン、と侍が刀についた血を払うのように剣を振り、再び構える。
一瞬の睨み合いの後――。
スピードタイプの二人の剣士がぶつかり合う。片方の突きは頬を掠め、片方の斬撃は肩を浅く斬るに留まる。
お互いの左側を通り過ぎると相手が思ったであろうときに、左足の膝を腹に叩き込み相手を後ろに吹き飛ばす。
「グッ……」
細剣系統の武器は、突くものであって斬るものではない。故に、先端部分より近づいてしまえば相手は攻撃できないのだ。
膝を着きかけたものの踏ん張るまでに留まり、そのまま向かってくる。
さっきよりも速く、頭を狙った刺突を咄嗟に左手で防いで逸らす。ビリビリとする左手の不快感に耐えながら、エストックが刺さったままの左手にも構わず右手に握った漆黒の剣を振るった。
「……ッ!」
切れ味はSAOでも随一の剣は、おぞましいほど滑らかに赤眼の右手を手首から切断した。
「うっ、うわあぁぁぁっ!」
悲鳴がした方を眼だけを動かして見、ダガーを投げ飛ばす。
呆けた声とガラスが破砕したような音。今まさに降り下ろされようとしていた武器が落ちる音が聞こえた。
心はドライアイスのように触れたら相手を傷つけるくらいに冷えきっていて、今はなにも感じない。
「……ザザ」
「ほう、戦闘中に、会話、とはな。まぁ、いい。なんだ?」
「俺は、本気でお前を殺しにかかる。隠しだても何もなしだ。――見せてやんよ、対人特化ユニークスキルを」
「なに……?」
言うや否や、俺の右手から剣が消え始める。俺がストレージに仕舞った訳でも、耐久限界を迎えて塵と化した訳でもないのに、だ。
徒手空拳となった身にも関わらず突撃してくる俺に驚愕しながらも、喉に狙いを澄ました迎撃の突きを放ってくる。首の動きだけで回避し、なにもない右手を横凪ぎ一閃。
通常ならそよ風程度を起こして終わりだが、今回は紅いダメージエフェクトをしっかりザザにつける。
「な……」
相手が狼狽えているときこそ最大の好機。現れた剣に光を纏わせ、光の軌跡で
カーソルを合わせるとザザのHPはもうレッド突入寸前のオレンジ。一応問いかける。
「選べ。投降して大人しく黒鉄宮の牢に入るか、このまま戦って俺に殺されるか」
眼前に剣を突きつけ、冷ややかに告げる。しばらく熟考してたようだが付き合う義理はないため、半強制的に縄で縛る。
しっかりと縄が手に結ばれたことを確認してから、乱戦模様の戦場に走る。
「た、たす、助け……」
呂律も回ってない攻略組が殺されようとしていたとき、再び剣が消えた右手を振るい、ラフコフのメンバーを斬り伏せる。
――《消滅剣》。
現在では他に例を見ない、俺だけが有する、恐らくヒースクリフの《神聖剣》と同じ、ユニークスキル。その性能は単純明快。
任意で装備している剣に不可視属性を付随すること。
神聖剣みたいな固有スキルは一つを除き何もない。ただ、見えなくするだけ。消滅剣、という名前だが、物質的になくなり、相手の剣や盾を透過するわけでもない。ユニークスキルにして恐らく全ソードスキル中最弱。攻撃力皆無の剣技。
それを発動したままにし、ボス部屋を走り回り、斬る。
時には今まさに人を殺そうとしていたやつを斬り、また、時には複数人で襲い掛かってきたやつを斬る。
斬った人数は、数えている暇がなかった。ただ眼前の敵を斬り伏せ、自分が生き延びるしかなかったのだ。
結局、地獄にも等しい狂宴が終わったのは、それから一時間近く経った後だった。
――その日、誰が名付けたのかは解らないが、俺に新たな名が付けられた。
縦横無尽、無い剣であらゆるものを斬り伏せる。故に、《無剣》。
その日から、俺は《無剣のエイト》と呼ばれるようになった。
「うぉえっ……」
吐き気を催しても、元々なにもない胃の中のものは出てこない。
何人斬った……いや、殺したかは正確に覚えてない。ただ、十人は殺ったことを覚えている。
十人、十人は殺した。その重みは果てしなく、重力が何倍にもなったようだ。
俺はヒロイックな人間ではない。ここがなにかの物語ならば、ご都合主義が罷り通る世界なら、俺のした行動は英雄とされただろう。勧善懲悪を貫き通し、悪を裁いたなど。だが、人を殺して英雄ぶれるほど俺は自分に酔えない。
やるせない気持ちをぶつけ、思いっきり壁を叩く。他の攻略組はもう帰り、捕縛したラフコフを連行しているだろう。
そうだ、ラフコフは壊滅した。死者は出たが、大多数を殺したのは俺の剣。他にも確かにラフコフを殺したやつはいたが、俺が間接的に唆さなければそんなことはしなかっただろう。
自己犠牲などではない。それでも責は全て一人で負う。二年近くも前、雪ノ下雪乃が自分のやり方を貫き通し、自分の力を十全に発揮し、文化祭を成功させたように、比企谷八幡が今切れる、最善で最低な手段を貫き通した結果がこれだったというだけのこと。
自分のことは自分で。小学生でも知っていることだ。
後悔してはいけない。それは過去その選択をした自分と、俺が殺したやつへの最大の侮辱だ。
雪ノ下雪乃は実は弱いのかもしれない、由比ヶ浜結衣は実は優しくないのかもしれない。
そう疑心暗鬼に駆られ、俺はあいつらに最大の侮辱をしたが、少なくとも俺なんかよりもあいつらはずっと強く、優しい。
俺は、自分が好きだ。
この腐った眼も、中途半端に良い顔も、少し跳ねたアホ毛も、他人から批判されまくる性格も、全部。
ただ、今日、高2の夏休み開け以来、俺は俺を嫌いになりそうだ。
俺は際限なく汚れている。解っていた。いや、解っていたつもりだった。ただ、どうにも俺は、俺が認識しているより遥かに薄汚かったらしい。
なぜかは判らない。前まではなんてことのないはずだったのに、今は、薄汚れている自分のことが、どうしようもなく嫌で、認めたくなかった。
俺は、いつの間にこんなに弱くなったのだろうか。
※前書きのは嘘です。ちゃんと完結まで書きます。