比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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……再びすいません。今、リアルが凄まじく忙しくて……
これからももしかしたら零時過ぎちゃうかもですが、毎日更新は続けていきたいと思っているので、どうかご容赦を。


桐ケ谷和人は正道を進み、比企谷八幡は邪道を貫く。

 

 ラジオ体操が流れ、ガンツの光沢のある表面に、今回の標的(ターゲット)が表示される。

 

 ……ゆびわ星人。画像を見る限り、どこら辺がゆびわなのかさっぱり分からないが、まあそれはそれとして、少し予想外だった。

 

 桐ケ谷にはああ言ったが、今回のミッション……俺はあの黒服達が標的(ターゲット)になる可能性は、かなり高いと踏んでいた。

 奴等は相当ガンツについて深く知り尽くしていたし、俺等や桐ケ谷のように現実世界で狙われている――言うならば、“この”ガンツにもかなり近いところまで踏み込まれているということだ。

 

 直接的に命を狙われている俺達にとってはもちろんだが、ガンツ自身にとっても奴等はすでに一刻も早く排除したいレベルの敵だと思ったのだが……。

 俺達じゃ、まだ勝てないとでも? ――いや、ガンツはそんなことを考慮してくれる奴じゃない。

 

 ……まぁいい。俺如きがガンツについて全てを理解できるはずがない。元々コレは規格外の存在なんだから。

 

 玩具は黙って、言われた通りに――殺すだけだ。

 

 ドガンッ!!!! と、ガンツが三方向に飛び出し、俺等に武器を提供する。

 

 さぁ、戦争をしてこい、と。俺等を地獄に送り出す。

 

 望むところだ。

 

 待ち望んでいた。

 

「あ、比企谷さん!」

 

 新垣の声が後ろから掛かるが、俺は取り合わずに左部に飛び出したラックへと向かう。

 

 スーツとXガンは既に身につけているから必要なのはYガンとXショットガン――と、俺が武器を物色していると、ガンツが突然開いたことに驚き恐怖しているのか、すぐ傍にガタガタと震えている涙目の……制服を着ているからおそらくは中学生の女児がいるのに気付いた。

 

 ……先程、俺は天使姉妹と会ったばかりだが、それでも、なぜかこの女児を見て、真っ先に思い出したのは、俺が追い込んだあのぼっちの小学生だった。

 

 少女(姉)と違ってこの少女が髪を染めていたりしていることから、どこか大人っぽいアイツを連想したのかもしれない。

 

 ……そういえば、あいつも今頃は中学生なんだよな……。

 

 と、そんなことを思っていると、その時、その中一(おそらくは)少女は顔を上げ、俺と目が合った。

 すると少女は――驚愕し、恐怖で染まっていた顔を更に絶望に染め、ついには涙を浮かべて叫び出した。

 

「い、いやぁッ!! いやぁぁあああ!!」

 

 少女の絶叫に、部屋の人間達の目は一斉に俺に集まった。……何もしてねぇよ。強いて言うなら目か? 腐った眼で徘徊してごめんなさいね。

 

「比企谷さん、どうしたんですか!?」

「……こいつと目が合っただけだ」

「……あ~」

 

 あ~って、なんだ、あ~って。ですよねぇ~みたいな顔してんじゃねぇよ。

 新垣はそのまま少女をあやそうと膝を折ってしゃがみ込んだので、俺はさっさと退散しようと武器を調達する――が。

 

「……あ、あやせ、ちゃん?」

 

 座り込んだ新垣は、その声を聞いて体を硬直させ、視線の先――部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた高校生か大学生くらいの男を見て、瞠目する。

 

「……な、なんで……どうして……あなたが、ここにいるんですか?」

 

 冷たく、乾いた声色。

 今日一日、新垣という女と行動していて、時々に垣間見えていた――新垣が抱えている何か。

 その暗く、昏い、何かを込めた、ゾッとするような呟き。

 

 明らかに新垣は、この男に対して好意的ではない何か――もっと恐ろしい何かを抱いていた。

 

 だが、男は新垣を見て、露骨に安心感を露わにする。

 

「……よかった……よかった! 生きてたんだね、あやせちゃん!」

 

 その言葉と共に、男は新垣に向かって立ち上がろうとするが――

 

「――生きて、いた?」

 

――反対に、新垣は、その男の言葉に対し、何かが切れたような反応を見せた。

 

 そして――

 

「――ひ、ひぃッ!?」

 

 男が立ち上がるよりも先に、新垣は男を見下ろすようにして立ち上がった。

 俺からは新垣の背中しか見えないが、新垣に見下ろされている男は、相手は女子高生にも関わらず、心の底から恐怖し、怯えているようだった。

 

 新垣が一歩距離を詰めるごとに、男は尻餅を着きながら必死に後ろへと下がってく。

 その間も新垣は、冷たく、無感情な声色で、男に淡々と言葉をぶつける。

 

「――ふざけないでください。逃げないでください。誤魔化さないでください。……あの日、わたしは、確かにあなたに殺されたんです。あなたは……わたしを殺したんですよ」

 

 そして、ついに壁際まで追い詰められた男に対し、新垣は、バンッ!! と壁を殴りつけるようにして距離を零にし、男を見下ろす。

 

「ひぃぃ!! ひぃぃいいいいい!!!」と、先程の少女よりも情けない悲鳴を漏らす男に、新垣は、最後に一言、吐き捨てるように、こう告げた。

 

「――わたしは、あなたを切り捨てます。見捨てます。嫌悪して、拒絶します。わたしは、あなたの味方ではありません。……この、ストーカーっ!!」

 

 そして、新垣はゆっくりと壁から離れ、男に背を向ける。

 

 こちらを向いた新垣の表情は、恐ろしい程に無感情だった。元々、美人で整った顔立ちなので、それはまるで血の通わぬ人形のようだった。

 

 ……なるほど。なんとなく、新垣の“死因”が見えてきたが、そんな相手とこの部屋で再会させるなんて、ガンツも中々えげつないことをする。

 

 すると男は、まるで現実から逃避するように、狂ったように新垣の背中に向かって喚き散らした。

 

「な、なんでだ!! どうして僕を拒絶するんだ!! ふ、ふざけるな! ふざけるな、偽物め!! あやせちゃんは!! 僕の天使はこんなことを言わな――」

「――わたしが偽物だというのなら」

 

 男の絶叫に、新垣は一切動揺することなく、冷たく、淡々と――まるで、俺がかつて憧れた少女のように容赦なく、氷の女王たる風格で、ただ細めた瞳だけをストーカーに向けて、こう言った。

 

「あなたが愛した――縋って、創った、『新垣あやせ(げんそう)』は――あなたが殺したんですよ、ストーカー」

 

――もう二度と、わたしに近寄らないでください――この変態。

 

 そう、宣言通り男を切り捨てた新垣は、そのまま少女に向かって再びしゃがみ込み、男を視界から完全に外した。

 

 男はわなわなと口元を戦慄かせ、ぷるぷると腕を新垣に向かって伸ばしていたが、やがてこと切れたかのように、がっくりと頭を落とした。

 

 ……それを見て、俺は、新垣あやせという人間について思考していた。

 これは、新垣という人間が、元々持っていた一面だったのだろう。だが、それをこんな場面で、堂々と表に出すような、出せるような、そんな人間だったのか?

 

『助けて、ください……ッ』

 

 前回のミッションの時、俺の目から見た新垣という少女は、異常な戦場に恐怖し、死に対して怯える、ごく普通の少女だった。

 そんな少女が、普通の少女が、かつて己を殺したストーカーと相対し、ここまで容赦なく打ちのめせるような、そんな所業が出来るだろうか。

 

 ならば、誰が、何が、新垣をここまで変えたのか?

 

――それは、この部屋か、あの戦争か。

 

『勝ってください! それが無理なら――逃げてください!!』

 

 それとも――

 

「――新垣さん。……その子の“着替え”、お願いしてもいいか?」

 

 桐ケ谷が、ふとそんなことを新垣に言った。

 新垣は首を傾げていたが、俺の服装を見て気付いたらしく、「分かりました」と頷いた。

 

 ……始めるのか。

 

 俺は武器類を身につけて、そのまま部屋の端へと――ガンツから遠ざかるように移動する。

 その際に、すれ違い様に桐ケ谷と目が合う。桐ケ谷は、一瞬俺の方を向くと、すぐに目線を外し、俺とは逆に、ガンツの方へと一歩、踏み出した。

 

 そして、俺が壁に背をつけてガンツの方を――桐ケ谷の方を向くと、桐ケ谷はガンツを背に、そして部屋の中を見渡すようにして、声を張り上げた。

 

 

「――今から、状況が分からずに混乱している人達にも、ここがどういう場所か、俺達が今、どんな事態に巻き込まれているのか。それを説明したいと思う!」

 

 

 俺は「……ほう」と、呟いた。

 

 ……そうか、桐ケ谷。

 

 

 お前は、“そっち”を選ぶのか。

 

 

「今から言うことは、信じられないだろうが全部事実だ! 全員、生きて帰る為にも、俺達に協力して欲しい!」

 

 桐ケ谷の言葉に、中年の男が、バンダナの男が、ストーカーの男が、怯える少女が、五人の不良達が傾聴し、注目する。

 

 この意味不明な状況で、自分達を導いてくれるリーダーの言葉に、耳を傾ける。

 

 ……だが、お前等は、桐ケ谷が語る荒唐無稽な絶望に対し、信じて強く立ち向かえるか?

 

 そして、桐ケ谷。お前は、そんな奴等を根気強く説得し、導き――その命を背負えるか?

 

 俺は逃げ出した。その重荷を放棄した。

 だからこそ、お前のその行動を邪魔するつもりも、笑うつもりもない――間違っているとも思わない。実に正しい行動だ。

 

 だが俺は、俺の選択を後悔していない。間違った選択肢を選んだことを、間違っていないと確信している。

 

 かつて、お前と同じ行動した――選択をした人間を、俺は知っている。

 その男は――その重荷に耐え切れず、自らの在り方を歪め、押し潰された。

 

 俺は止めない。桐ケ谷が新人達を引き受け、纏めてくれるなら、俺は思う存分単独行動に専念できる。奴等が――お前等が、一体でも多く星人を倒してくれたら儲けものだ。

 

 桐ケ谷和人。SAO生還者(サバイバー)で、初ミッションでボスを撃破した男。

 

 アイツはきっと、葉山や雪ノ下、そして陽乃さんといった、選ばれた側の“強者”なんだろう。

 

 だが、この部屋は、ガンツミッションという戦争は、ただ強い奴が生き残れるほど易しいものじゃない。

 

 このデスゲームは、強い者に、優しくない。弱者にはもっと優しくないんだが。

 

 葉山は死んだ。雪ノ下は壊された。そして――陽乃さんも、殺された。

 

 桐ケ谷。お前が選んだ選択は正しいよ。

 

 だが、その選択は、いつかお前を殺すかもな。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 和人は、そんな八幡の腐った眼差しを受けながら――決意していた。

 

(……分かってるさ。この行為が愚かなことくらい。……本当に生き残ることを最優先に考えるのなら、全てのリソースを自己の強化に費やすべきだってことくらい)

 

 現に、三年半前――デスゲームSAOの開始時、和人は――『キリト』はそれを選択し、開幕スタートダッシュに成功して、攻略組のトッププレイヤーとしての地位をゲームクリアまでの二年間確保し続けた。

 

 その手に入れた力は、獲得したステータスは、キリトの命を守り続けた。

 ソロプレイヤーとして活動し続けたキリトにとって、そのステータスは文字通りの生命線であり、身を守る術であり、鎧であり、剣だった。

 結果として、あの日の選択はキリトの命を守り通したことから、間違ってはおらず、正しかったのだろう。

 

 だが、それでも――生きるために死力を尽くすことを誓った和人は、このデスゲームガンツに真摯に向き合い最善を尽くすと誓った和人は、八幡と、そして『キリト』と、異なった選択をすることに決めた。

 

 己の時間と労力を他人に費やし、新人(ニュービー)を教え導き、彼等の命を背負う選択をした。

 

 SAO時代――終ぞ、一度も担うことのなかったリーダーの役割を、和人は自ら背負うことを決めた。

 

 理由は、ただ一つ。

 

(――これが、俺が出した、ガンツというデスゲームの……最も効率のいい攻略法の答えだからだ)

 

 和人はこのゲームの――デスゲームの目的が、ガンツが優れた戦士を育てることであると判断した。

 一〇〇点メニューの二番――前回の時、このメニューについては話題には上らなかったが、和人はその選択肢を見逃さなかった。

 

 強い武器の購入。本来なら、とても選ぶ者など皆無だと思われる、その選択肢。

 だが、このメニューこそが、ガンツの一番の狙いだと、和人は理解した。

 

 SAOという前例を経験している和人には分かる。

 

 デスゲームとは、人を変える。

 自分が強くなることに酔い、力に溺れ――変貌する人間が、必ず出てくる。

 

 この部屋に――ガンツという存在に、憑りつかれる者が、必ず出てくる。

 そして、そんな者達は、一番の解放ではなく――二番の強化を選ぶだろう。

 

 更なる強さを、求めるのだろう。

 

 そうして、強い戦士を育てることが、おそらくはこのガンツの目的だ。

 

 その理由までは、まだ分からない。

 

“星人”を狩り尽したいのか、それとも単純に強い兵隊を作ることが望みなのか、その目的までは分からない。これも全てただの深読みで、単純に自分達のような死人を使ってその命を弄びたいだけなのかもしれない。

 

 だが、それでも、こんな仕様にしているのだから、ガンツは少しでも多くの強い戦士(キャラクター)の誕生を望んでいるはずだ。

 

 もし、たった一人の最強を育てたいのなら、見込みがある人間を一人確保し、そいつを重点的に育てればいいのだから。――例えば、八幡のような戦士(キャラクター)を。

 

 それでも、毎回このように新たな新人を蒐集(スカウト)してくるということは、ガンツは質と共に量も――数も求めていることになる。

 

 ならば、その意図に乗っかることが――支配者(ゲームマスター)の意図に沿うことが、このゲームの正しい攻略法の筈だ。

 

 

 それに第一、単純に考えて、一人よりも多数の方が、強いに決まっている。

 

 

 前回のミッションで、思い知っている。

 

 敵は強大だ。決して楽に勝てる相手ではない。

 SAOでのフロアボスのような化け物と、毎回、殺し合わなくてはいけないのだ。

 

 ソロプレイでは、いつか必ず限界が来る。

 SAOでも、単独でボスを撃破したことなど、数えるほどしかない。――それも毎度のように、生き残れたことが奇跡のような綱渡りのギリギリの戦いだった。

 

 だからこそ、安定した力を持つ攻略ギルドを作る。

 それが、このガンツミッションという戦争において、最も勝率の高い攻略法だと信じて。

 

(……俺は、もう、死ぬ訳にはいかない。……生きる為に、最善の方法を尽くす)

 

 

 

――そして、ここまでは、八幡も同様の結論に達している。

 

 だが、それでも八幡は、新人を見捨て、ソロプレイに拘ることを選択した。

 

 理由は、単純。

 その方法は、言う程簡単なものではないからだ。

 

 その正解を――その理想論をクリアするには、数々の問題点が、山程の乗り越えなければいけない壁がある。

 

 例え、この部屋のルールを一から丁寧に教授して、武器やスーツの使い方をレクチャーして、出来得る限り自分が前に出て敵星人を引き受けても――――それでも、生き残る新人は、ほんの一握り。零ということも十二分に在り得るだろう。

 

 そして、その死んだ新人の命の責任を、リーダーは背負わなくてはならない。

 

 死んだ奴が弱かったんだ、俺は出来る限りのことした――そんな風に開き直ることが出来る人間など、いやしない。

 

 お前のせいで死んだ――それはリーダーとして率いても、ソロプレイに従事し見捨てても、等しく浴びせられる怨嗟だろうが、ソロプレイと違い、リーダーは、明確に彼等の期待を受けている。

 

 この人についていけば助かる――そんな無責任な期待を引き受け、希望を与え、その上で刈り取るのだ。

 

 その違いは――致命的に大きい。

 

 正しいのは前者だ。人として、戦士(キャラクター)として、戦争(ゲーム)として、正しいのは明確に前者だ。

 

 だが、正しさを貫くのは、正義の味方を気取るのは――間違いを享受し、悪役に堕ちるよりも、はるかに厳しく、辛い。

 

 そして八幡は、その道のりを歩むことを放棄し、間違いを選んだ。

 そして和人は、その道のりを歩むことを決意し、正しさを選んだ。

 

 和人の脳裏に過るのは、一人の、あの青髪の騎士――

 

(――ディアベル。俺は、あんたのように出来るかは分からない。……それでも、まだ一つの階層も突破出来ていなかったあの状況で、初めての攻略ギルドのリーダーを買って出たアンタは、間違いなく英雄だった)

 

 確かにあの騎士は心の中に策略を抱え――そして結果として、攻略組の初めての犠牲者になってしまったけれど、それでも。

 

 彼が動いた行動が、踏み出した第一歩が――あのデスゲームSAOのクリアへと繋がったのは、確かだから。

 

(……俺はあの時、同じβテスターなのに、その重荷を背負うことなど、考えもしなかった)

 

 誰かがやってくれるのを待っていた。

 

 だが、ここには――それを出来るのは、自分しかいない。

 

(俺はアンタのようになるよ、ディアベル。そして、アンタのようにはならない。アンタがやりたかったことを……できなかったことを、実現させる。――必ず俺は、生き残ってみせる)

 

 全ては生き残る為。

 

 同じ目的の為に、同様に全てを費やす二人の戦士は、全く異なる道のりを選択した。

 

 

 比企谷八幡と桐ケ谷和人。

 

 

 この二人を、一匹のパンダと、一つの黒い球体が、ただ静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ふざけんなッッ!! そんなこと信じるわけねぇだろ!!」

「堪忍や……ほんま堪忍してくれや……なんやねんそれ……なんやねんこれ……なんでワシがこないな目に……」

 

 案の定、桐ケ谷は新人育成に苦労しているようだった。

 まぁ、今回は中々相手が悪いな。経験上、ああいった不良連中や、社会的地位をそれなりに持っていそうなおっさんは、こんなふざけた絶望的状況を中々受け止めようとしない。

 

 ……というより、こんな状況を受け止められる方が異常なんだ。

 

 ミッションに送り込んで嫌でも現実を――地獄を突きつければ信じざるを得ないが、この時点である程度受け止めてもらわないとスーツを着てもらえない。そしてスーツを着なくては、ほぼ一〇〇%生き残るのは不可能だ。

 

 俺は既にスーツを着ているので、武器を確保した今は、ほぼ転送を待つだけの状態だ。

 

 なので、桐ケ谷のお手並みを、自分のことを棚に上げて腕を組んで背を壁につけ上から目線で拝見しているのだが――

 

「――ん?」

 

 その時、あの水色髪の少年――確かガンツのニックネームは『性別』だった。あの称号は本来、戸塚にこそ相応しい。なぜなら戸塚の性別は戸塚なのだから――確か、渚だったか? アイツが俺の横を通り、奥の部屋に入っていった。……確か、そこは何もないはずだが。

 

「…………」

 

 俺は桐ケ谷のお手並みよりも、そっちの方が気になり、渚に続いてその部屋に侵入した。

 

 

 

 ………………なんだ、これは?

 

 部屋に入って真っ先に目についたのは、二台の……おそらくは乗り物だった。

 

 近未来SFものの映画とかに出てきそうな……バイク、か?

 巨大なタイヤの中にシートがあり、中にはハンドルとモニター……前が見えるように、ってか。新しいのは不便なのか分からねぇな。

 

 ……だが、確かなのは、今までこんなのはなかったってことだ。少なくとも俺が一人で戦っていた頃には。あったなら、俺がこんなのを見逃すはずがない。

 

 ガンツが追加したのか? 一体、どういう意図で?

 

 ……………分からない。ガンツの考えていることは、何一つ俺には理解できない。

 

 案外、何も考えていないのかもしれない。思いついたことを、思いついたときに実行しているのかも。――そう考えてしまえれば楽だが、それは思考放棄と一緒だ。頭を使うことを止めた弱者の末路は、速やかな死だけだ。……分からないなりに考え続けるしかないんだろう。あぁ、面倒くせぇな、ガンツ。なんだよ、俺かよ。

 

 そういえば、渚はどこだ? バイクの所にはいない。なら、まだ別の何かが、この部屋にはあるのか?

 

 そして俺は部屋の中を進む。この部屋は電気が点いていなくて妙に薄暗い。まぁ、電気を点ける気になれば点けることは出来るんだろうが、なんとなく暗いままで進む。いや、ほら、急に部屋に明かりが点いたら、こっちに注目が集まって桐ケ谷の邪魔になるかもだし。別に後ろから渚に近づいて脅かしてやろうとか、そんないたずら心は湧き起こってない。いや、マジでマジで。

 

 そんな男の子の憧れの未来マシーンを見て内心で訳の分からないテンションになっている俺は、割と近くにいた渚の姿を発見した。

 

 ………クローゼット、か? どうやらその中のものを物色しているらしい。

 クローゼット……と、なると、服飾品か何か、か? このガンツスーツ以外にも、特別なパワードスーツが用意されているとか――

 

 僅かにそんな期待をしながら渚の背後に回り込み、その開かれたクローゼットの中を覗き込むと――その中身は俺の予想と当たらずとも遠からずだった。

 

 そこにあったのは、漆黒のカラーリングで統一された武具の数々だった。

 槍やトンファーや三節根、棍棒や特殊警棒、果ては盾や斧に至るまで。

 

 特殊武具――そんな扱いに技術がいるような武器群が、クローゼットの中に所狭しと並んでいた。

 

「………隠しアイテム、か」

「うわあッ!?」

 

 突然後ろから聞こえた声に驚いたのか、渚はその小さな体で飛び上るようにして俺の方を向いた。

 

 そして俺の顔を(いや、目か?)を見て、びくりと体を再び震わす。……いや、驚かすと言っても、ここまでする――というか、そこまで驚くとは思ってなかったんですけどね? 一応、初対面ってわけでもないですし?

 

 ふと見ると、既に渚は漆黒のナイフと特殊警棒のようなものを腰のベルトに差し込んでいた。……やはり渚はここのことを知っていた。つまり、この装備が用意されたのは、前回のミッション時――こいつ等が加入した時、か。

 

 そして渚は更に手にケースのようなものを持っていた。中には、様々な形の金属の塊が――八種類。まるで宝石のように仕舞われていた。……これも、何かの武具なのか?

 ……じっくり見てみたいが、いつまでも目の前でビクビクされるのも鬱陶しいというか心が痛むので、俺は渚にこう言った。

 

「……武器を確保するのもいいが、それよりもスーツに着替える方が先決なんじゃないか? 既にいつ転送されてもおかしくないはずだ」

「――ッ!! は、はい!!」

 

 そう言って渚はケースを胸に抱えるようにしてリビングへと戻っていった。

 ……別にそんな急いで逃げなくても食ったりしねぇよ。草食動物かお前は。

 

 そして俺は、そのままこの謎のクローゼットに向き直る。

 確かに、ここの武具はより取り見取りだが、こうして“無料”で手に入る以上、性能(スペック)上の強さではXガンやYガンとそう変わらないのだろう。

 

 だが、何物も使いようだ。使えないものを使えるようにするのが、弱者の腕の――知恵の見せ所だ。

 さっき渚が持って行った金属塊のように、まだまだ未知数のものはあるはずだ。

 

 面白い、ガンツ。お前からのプレゼント、喜んで使わせてもらう。

 

 さぁ、宝探しだ。

 

 掘り出し物を掘り出してやるぜ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 渚は息を切らせながら、隠し部屋からリビングへと戻った。

 

 思わず膝に手を突いて、呼吸を整える。

 喉に唾がへばり付き、息苦しさが中々消えなかった。

 

(……なに、あの人? ……………あんな、“顔色”……見たことない)

 

 ヒステリックを体現するような感情の振れ幅が大きい母親と十四年間暮らしてきた渚は、人の感情というものについては、それがある程度に突飛なものでも、それなりの理解はあるつもりだった。

 

 大抵の悪感情や憤怒や殺意にも怯まない。もちろん恐怖も感じるし、それに対し好悪な感情も抱きはするけれど、それでも大抵の感情に対し、それと向き合う耐性のようなものは持っているつもりだった。

 

 だが、それでも、意識の波長が見えるようになった今、あの感情と相対して、渚は冷静な状態でいられなかった。

 

(…………見えなかった。一瞬、あまりに暗くて、真っ暗で、真っ黒で――比企谷さんの顔が、一瞬、まるで見えなかった………ッ)

 

 和人のそれも相当だった。あやせも、真っ直ぐ見たわけではないが、かなり深い暗さだった。

 

 でも―――それでも、比企谷八幡のそれは、深度が違う。密度が違う。濃度が違う。

 

 あんなにも恐ろしい“顔色”を、あんなにも壊滅的な精神状態を、渚は見たことも感じたこともなかった。

 

 一体、どうして――

 

(――あんな状態で、あんな意識状態で、あんな精神状態で………“まとも”でいられるんだろう?)

 

 そんなのは、どう考えても――“まとも”じゃないのに。

 

 渚は一度、隠し部屋の方を振り返る。

 薄暗いその室内で、彼は一体何をしているのだろう?

 

「……………」

 

 渚は唇を噛み締め、そのまま八幡に言われた通り、スーツに着替えるべく和人の元へと向かった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ……さて、と。いつ転送されるか分からなかったから隅から隅まで物色出来たとは言い難いが、それなりに収穫はあった。まぁ、あんまり持ち出し過ぎても動きづらいだろうからこんなもんだろう。

 

 バイクに関しては、少し迷ったが持ち出さないことにした。たぶん転送時に触れていれば持ち出せるんだろうが、あいにく俺は乗り物の類はチャリしか運転経験がないので、使いこなせる気がしなかったからだ。星人の前で二輪車教習なんてやっていればその場でぶち殺されるだろう。

 

 ……星人か。あの画像は当てにならないことで有名だが(特にかっぺ星人はひどかった。ブラキオとは言わないがせめて恐竜の画像を表示しろよと思った)、今回は特に意味が分からないな。何なんだ、あの無駄に格好いい画像は。……そこは現場で臨機応変に対応するしかないか。

 

 そんなことを考えながらリビングに戻ると、みんな仲良くお着替えしていた。

 

 ……桐ケ谷の奴、説得出来たのか。第一関門クリアってとこか。やはり葉山等と同様に、人を惹きつけ引っ張る主人公タイプの男なんだろうな。

 

 まぁ、いい。別に俺は桐ケ谷の失敗を願っているわけじゃない。それが正しい道である以上、成功するに越したことはない。べ、別に劣等感なんて感じてないんだからねっ! 勘違いしないでよね! どうでもいいけど、ツンデレもそろそろ食傷気味だよね? お淑やかな心優しいヒロインの時代が来ることを願う。え? 俺ガイル(おまえ)が言うな? はは、ちょっと何言ってるか分からないですね。

 

 そんな桐ケ谷は既にスーツに着替え終えて、今は東条をスーツに着替えさせている。……おう。ついにスーツ東条の降臨か。……もう、全部あいつ一人でいいんじゃないかな? まぁ、一応は味方である以上、心強い限りだ。

 

 周りを見渡すと他のメンバーも――渚も含め――着替え終わっている。ここに居ないのは新垣と、そしてあの中一か。おそらくは廊下側で着替えているんだろうな。

 

 不良達の「ぎゃははは!! なんだ、お前ら超カッコいいぞ! いい具合に色々と台無しだ!」「ちょ、リュウキだって真っ黒ボディじゃねぇか!」と下卑た笑い声でじゃれ合っているのをウザったく聞き流していると(いや、ホントうるさい。なんでお前等服だけでそこまで盛り上がれる訳? 生きてて疲れないの?)、ふと一人、挙動不審な男を見つけてしまった。

 

「……はぁぁ……はぁぁ……あやせちゃぁん……ラブリーマイエンジェルあやせたぁん……」

 

 …………え~。まだ懲りてないのぉ。そして、それどっか聞いたことあるぅ。めっちゃ地雷じゃぁん。俺、それで首根っこを片手で掴まれて吊り上げられたの、まだ根に持ってるからね。

 

 先程、新垣に滅茶苦茶冷たく切り捨てられたストーカー君が、あまりにショックでトチ狂ってしまったのか、息を気持ち悪く荒げつつ(でもちゃっかりガンツスーツは着てる)ゆっくりと四つん這いに歩きながら、玄関前の廊下――つまり新垣達が着替えているであろう場所に繋がる扉に向かって進んでいた。

 

 いやはや、ここまでくれば最早逆に天晴というクズっぷりである。俺が言うんだから相当に終わってるぜ、お前。こんなことをお前が言うなと言われることは承知の上で言わせてもらうが、死んで当然というレベルの性根の腐敗っぷりである。

 

 …………面倒くさいなぁ。

 

 ここで止めてもいいし、別に止めなくても新垣はスーツを着ているだろうから今度こそ殺されて終わりな気がする。アイツの本性は思っていたよりも攻撃的なようなので、案外躊躇なく――そうでなくてもカッとなって殺してしまうような気がする。

 

 別にこんなクズ野郎は遅かれ早かれ死ぬだろうから、俺としては本気でどうでもいいのだが、この場合の影響が桐ケ谷や新垣といった割と今後も生き残りそうなメンバーにどんな風に及ぶのか……ああ、ウザッ。なんであんなストーカー野郎の行動に一々頭を使わなくちゃいけないんだ。心からウザッ。

 

 もういいや、(ころ)すか。じゃなくて止めるか。――と、俺が動き出す前に、地面を這いつくばるストーカー野郎の進行を妨げる奴がいた。

 

 ダンっ! と壁を蹴り、その大して長くもない脚を見せびらかすように、不良A(確かリュウキ君だったか。クソっ。覚えたくもないのにバカみたいに声がでかいから覚えちまったぜ。国語学年三位の頭脳が今ばかりは恨めしい)が壁ドンを行い、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、ストーカーを見下ろした。

 

「おいおい、何をやってるのかなぁ? イケないな~。これはれっきとした犯罪だよう?」

「ギャハハハ、さすがリュウキ! 優しさの塊ぃ!」

「正義感で生きてるぅ!」

「wwwwwww惚wwwれwwwるwwww」

 

 草、多!

 あまりにも耳障りなので顔を顰めてしまったが、不良B(名前は意地でも覚える気はない。リュウキ君すら脳内から消したいくらいだ。脳細胞の無駄遣いとはこのことだぜ)の言う通り、行動自体は優しい正義感に溢れていると言えよう。

 

 まぁ、古今東西、こんな不良な俺マジアウトローとか思っていそうな奴等がそんな行動をただ起こすわけもなく――

 

「まぁ聞け、キモオタ。俺は何もお前を責めようってわけじゃないんだ。綺麗な女の裸を覗きたい。それは男が抱いて当然の欲望だ。だろう?」

「は、はぁ……」

「なら。そんな美味しいサービスシーンを独り占めしようとなんてしちゃあいけねぇよ。楽しみはみんなで分け合おうぜ。俺達――仲間、だろ?」

 

 そう言ってリュウキ君は、ストーカーの首に腕を回し、そんなことを耳元で下卑た笑いを浮かべながら言った。

 ……へぇ。あのリュウキって奴、見た目ほどバカじゃなさそうだな。いや、バカはバカなんだろうが、思ったよりもセンスはある。

 

 桐ケ谷にどんなことを言われたのかは知らないが、仲間という言葉を使った以上、まぁ、そんなことを言われたんだろう。

 

 そして、その中で、このガンツミッションに挑むチームの中で、自分のグループの勢力を確保する為に、ストーカー野郎を懐柔するべく動いたのだ。自分達の――そして自分の、この部屋における確固たる地位を獲得する為に。

 

 まぁ、それが実を結ぶか、この期に及んでも有効な行動かというのはさておき、いきなりこんな状況に巻き込まれて、それでも後ろ向きだろうと前を向けるのは、それなりに見所はある才覚だ。てっきりモブキャラだと思ってたぜ。仮面ライダーの名を持つだけのことはある。平成で一番面白いよな、龍騎。

 

 まぁ、見所があろうとなかろうと、ひとまず名前を与えられて上位モブキャラの位置に上り詰めようと、残念ながら、それでもモブキャラはモブキャラだ。

 

「――おい。お前等、何してるんだ?」

 

 本当の主人公クラスのキャラクターには、残念ながら手も足も出ないって相場は決まってる。

 モブは、主人公のカッコよさの引立て役にしかなれないって、現実は決まってるんだぜ、リュウキ君。

 

 お前は、仮面ライダーにはなれねぇよ。

 

「――あぁ? テメェ、さっきから調子こいてんじゃねぇよ! 俺が! いつ! テメェの下に着いたんだ? あぁ!」

 

 リュウキ君は桐ケ谷を威圧するように、そのよく分からない不良独特の恫喝方法である顎を限界まで上に挙げて私あなたを見下していますぜなポーズで睨み付ける。首疲れるでしょ、それ。

 

 そして、案の定といえば案の定、桐ケ谷は一切動じずに、廊下へと繋がる扉の前に立ち、逆に無言で睨み付けることで、リュウキ君達を威圧する。更に一瞬鋭く下を見下ろし、滑稽にもゆっくりと懲りずに前進していたストーカー野郎を牽制するように威圧する。

 

「ひいっ!」

 

 決まったな。やはり役者が――登場人物(キャラクター)としての、格が違う。

 

 人間は皆、平等である。――なんてのは、この世の誰もが欺瞞だと知っている詭弁だ。

 

 なんせ、生物としての基礎であり根幹であるDNAからして違うんだから。個々人で異なり、千差万別なんだから。犯罪捜査で決定的証拠になっちまうくらい、決定的に違うんだから。

 

 それが無限に集まって構成された完成形に、違いを無限に集めて出来上がった完成体に、個々体によって致命的に差が出て至極当然だ。

 

 そして、差が出るということはイコールで優劣が出るということであり、格が生まれるということである。

 

 優れたものと、劣ったもの。選ばれしものと、選ばれないもの。

 

 勝者と、敗者。主役と、脇役。

 

 

 人間は、皆が皆、不平等だ。

 

 

 いるんだよ、リュウキ君。世の中には、この世界では、物語の中心を歩く為に生まれてくるような、そんな役割を生まれながらに背負うような、世界がそいつの為に存在しているかのような、そんな劇的なキャラクター性を持った、カリスマ性を持った選ばれし人間って奴がさ。

 

 

 特別な人間は、存在する。

 

 

 リュウキ君は、桐ケ谷の眼光に気圧されたかのように、チッと舌打ちをしてずこずこと引っ込んだ。これでお前の出番は終了だ。お前は、主人公の引立て役という自らの役割を立派に果たした。

 

 桐ケ谷和人。おそらくこいつの『特別』さは、葉山隼人をも凌駕する。

 ……こいつなら、葉山よりも優れたリーダーになれるかもしれないな。

 

 それくらい、こいつは『特別』な人間だ。

 

 それが幸せなことだとは、全く思わないが。

 

 なぜなら、特別だということは――常人が太刀打ち出来ないような苦境を打破しなければならないという、重過ぎる役目を背負わされているんだから。

 常人よりも遥かに困難で、理不尽で、尋常ではない状況をひっくり返すことを、宿命づけられているんだから。

 

 ご愁傷さまだ。主人公(ヒーロー)ってのは大変だな、桐ケ谷。

 

 今、俺は、おそらくは、それこそ桐ケ谷とは真逆の、悪役のように腹の立つ、性格の悪い笑みを浮かべているのだろう。

 

 物語の主軸はお前に任せるさ。精々、頑張ってストーリーを進めてくれ。そんで最終的には世界とか地球とか救えばいいさ。

 その傍らで、隅っこの端っこの方で、俺はちまちまと、やりたいようにやりたいことをやらせてもらう。

 

 大きな野望とか壮大なストーリーとか知ったことか。そういうのは主人公(おまえら)が好きなようにやればいい。

 

 俺みたいな弱者は、俺みたいな脇役は、精一杯に自分の人生(ストーリー)を、自分の為だけに生きるさ。

 

 そうだろう、ガンツ。

 このキャスティングだけは、たぶん、お前の意図を理解できたぜ。

 

 ……なるほど、ね。

 

 あの白いのが言っていたことも、そう言うことか。

 

 

 近いんだな。

 

 

 

 終焉が。

 

 

 

 ガチャッと扉が開き、新垣達が姿を現した。

 

「……あれ? どうしたんですか、皆さん」

 

 扉を開けた途端に自分達に注目が集まった故か、困惑した様子を見せる新垣。

 桐ケ谷はそんな新垣に苦笑しながら「なんでもない」と首を振る。

 

 そんな二人の足元から、一人の少女が現われる。

 そして俺と目が合うと、ビクッと体を震わせ、新垣の足にしがみ付いた。

 

 ……子供には好かれないとは分かっているが、ここまで露骨だとやはり凹むな。

 留美やら天使姉妹らがやはり特殊例なのか。おい、新垣、桐ケ谷、苦笑顔を俺に向けるな。

 

 

 そして、そんなほのぼのとしたやり取りを最後に――――平和な時間は終わりを告げた。

 

 

「な、なんなんだよ、これぇ!!」

 

 まず転送されたのは、黒い全身スーツ状態は恥ずかしかったのか、ガンツスーツの上から元々身につけていた衣服を纏い、こだわりなのかやっぱり頭にバンダナを巻いていた若い男。まぁ、俺も心の中でバンダナ君と呼んでいたから助かるのだが。

 

「大丈夫だ! 外に転送されるだけだ! さっき説明した通り、転送されてもその場をあまり動くな! 星人がいた場合は、頭の中のアラームが鳴らない方向に逃げろ! 大丈夫だ! すぐに俺達も向かう!」

 

 混乱するバンダナに向かってすかさず桐ケ谷の檄が飛ぶ。

 

 人体消失現象に恐怖する新メンバー達を落ち着かせようと幾度となく声を張り上げる桐ケ谷。

 これからの展開を理解しているからこそ、また違った種類の恐怖に表情を硬くする渚、新垣。

 獰猛な笑みを浮かべ、拳を鳴らして闘争心剥き出しの東条。

 

 経験者たちが四者四様のリアクションを見せる中――ふと、新垣がこちらを見て、強張った、笑みを向けた。

 

「…………」

 

 そして、新垣も消えていく。

 

 一人、また一人と、姿を消していくガンツの玩具達。

 

 

 俺は、一つ、大きな呼吸をして――心を冷たく、落ち着かせた。

 

 

 一呼吸で、戦闘において最適な精神状態になる。この特技を身につけたのは、果たして何回目の戦争の時だったか。

 それが、今回、ついに一つ、実を結ぶ。

 

 

 九十九点――それが俺の、これまでの戦争で稼いだ点数。俺が今まで殺してきた星人の分だけ積み重ねてきた点数。

 

 一体でいい。今回、たった一体殺すだけで、遂に――俺は届く。

 

 

 案の定、部屋の中に最後に取り残されたのは俺だった。

 

 俺に光線が照射され、頭のてっぺんから消失していく中、俺は真っ直ぐ黒い球体を――ガンツを睨み据えていた。

 

 待っていろ、ガンツ。俺は必ず、一〇〇点を手に入れてこの部屋に帰還する。

 

 その時はお前の番だ。散々、今までお前の我が儘(ミッション)をこなしてきてやったんだ。

 

 今度はお前に――俺の願いを叶えてもらうぞ、黒い球体。ドラゴンボールのようにな。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

【いってくだちい】

 

 

【1:00:00】ピッ

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 転送されて、最初に耳に入ったのは――悲鳴と、絶叫だった。

 

 

「くそぉおおおお!!! どうなってんだよぉぉぉおおお!!!」

「ひぃぃぃいいい!! ひぃい!! ひぃい!! ひぃいいいいいい!!!」

「なんでやぁぁああああ!! なんでワシがこないな目に遭うんやぁぁあああ!!!」

 

 リュウキ君と、ストーカーと、おっさんが叫びながら逃げ惑っている。

 

 

 そして、彼等を追い回すのは――十メートル級の、巨大な騎士。

 

 禍々しい漆黒の巨馬に跨り、殺傷力の高そうな斧を振り回す騎馬軍団。

 

 

 これが、ゆびわ星人か。

 

 

「落ち着けッ!! 新人達はとにかく殺されないように逃げろ!! 渚と新垣さんは新人達のガードを頼む!!」

 

 そして、そんな中、桐ケ谷が声を張り上げて指示を出す。

 

「俺と東条――そして比企谷は、あいつ等と戦う!! 行くぞ!!」

 

 言われるまでもない。

 

 ここは戦場で、これは戦争だ。

 

 

 戦う為に――俺はここにいるんだよ。

 

 




次回からミッション――の前に、一話、閑話を挟みたいと思います。

その後、主要メンバーそれぞれの視点のゆびわ星人との戦いをお送りします。

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