比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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タイトルは迷った末にこれにしました。少年とは誰を指すのか、本編を読んで確かめてください。


少年は、己の才能を示すべく、冷徹な殺意を纏い、恐竜と対峙する。

 深夜の路上を一台の近未来風のモノホイールバイクが疾走する。

 そのドライバーはこれまたSF風の漆黒全身スーツを纏った美少年。

 もし彼らの姿が一般人に視認可能ならば、目撃者はハリウッド映画の撮影なのかと誤解したかもしれない。

 

 だが、だとすれば、彼を追いかけるその存在は、あまりにも不似合だった。ジャンル違いだった。

 

 追跡者は、近未来風の彼とは異なり、時代をはるかに逆行した存在――恐竜の王、T・レックスなのだから。

 

「――くッ!?」

 

 和人は初めて乗るその乗り物を巧みに乗りこなしている。これは数々のVRMMOを経験して、色々な乗り物を乗りこなしてきたことが大きいだろう。GGOでも熟練のプレイヤーですら乗りこなせないような三輪バギーを一発で乗りこなしていたし、現実(リアル)でも彼はマニュアル中型免許を持っている。

 

 それでも、初めて動かす乗り物を操縦しながら、自分を食い殺そうと猛追してくるT・レックスから逃げ惑うのは、和人にとっても十分に修羅場だった。

 

 幸い今は深夜で他に走っている車両のいない公道を使わせてもらっているが、いつまでもこのままというわけにもいかない。

 

 恐竜というのは、その化石から元の生態を逆行して推測するので、新たな情報が見つかるとそれまでの仮説が一気に引っ繰り返り、まるで別の生き物のように変わることもある。それはT・レックスという、恐竜の代名詞のような有名な種でも、いやむしろ有名な種だからこそ、色々な説がある。

 

 ゴジラのように尻尾を引き摺っていただとか、一般的な爬虫類のように変温動物だったのではないかだとか、鳥のように羽毛が生えていたに違いないだとか。

 そんな中でもT・レックスはその移動速度、走る速さについても過激に議論されている。そもそも走るのが困難で常に歩いていたのではという説もあるくらいだ。

 

 だが、残念ながらご覧のように、少なくともこのT・レックス型の星人は、およそ時速五十キロ近くの猛スピードで、和人が乗るモノホイールバイクを闘志剥き出しのギラギラとした瞳で追い縋ってくる。

 

 それは、恐怖以外の何物でもない。

 

 しかし、その両者の距離は徐々に広がっていく。

 単純な話として、和人が乗っているこのモノホイールバイクは、時速五十キロよりもはるかに速いスピードが出せるのだ。しかもまだまだ余裕がある。バランスも、和人のように初めて乗るドライバーでも、こんなフォルムにも関わらずまったくぶれずに安全運転が出来ている。

 これは和人の操縦が上手いからなのかもしれないが、それを含めてもやはり和人が一目見て思った通りとんでもないテクノロジーで作られている。まるで仮想世界のアイテムのようだ。現実感を失う。T・レックスに追いかけられている状況で今更だが。

 

 そんなことを考えられる程に心に余裕が生まれた、その瞬間、そんな和人を窘めるように、その音が脳内に鳴り響いた。

 

ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

 奇妙なその音に一瞬困惑する和人だったが、すぐに思い至る。

 

『……さっき、僕達みたいにあの部屋からここに送られてきた人達が、帰ろうとして駅に向かって走っていったんです。……そしたら、頭の中に着メロみたいな音楽が流れて……』

 

(エリア外への警告音かッ!)

 

 和人はすぐにバイクのスピードを落とす。が――

 

「GYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「――ッ!!」

 

 後方から轟く咆哮。奴は依然として猛スピードで和人を捕食せんと迫ってきている。

 

 だが、これ以上進めば、いつ頭が吹き飛ぶか分からない。

 

 和人はちょうど交差点へと差し掛かったところで、車体を大きく傾ける。

 

「――っ、ぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

 ほとんどUターンのような形で、和人は反対車線へと移動する。膝を擦らんばかりに強引に曲がりきり、この窮地からの脱出を図る。

 が――

 

「ギィャァァァアアア!!!」

「!!」

 

 T・レックスは律儀に交差点など使わず、その巨大な一歩で路側帯を飛び越え、和人の前へと躍り出る。

 

 突如目の前に現れる暴竜。和人の腕程の大きさの牙が何十本も生え揃った咢を、和人を迎えんばかりに大きく開く。

 

 和人は渾身の力でアクセルを回した。

 

 流星のような軌跡を描く加速だった。間一髪でT・レックスの股の間を抜け、再び九死に一生を出る。

 

 T・レックスは再び天に向かって咆哮し、猛スピードで追撃を再開する。

 

 和人は落ち着くために少しスピードを落として、大きく息を吐きながら、思考する。

 

 このままではいつ捕まるか分からない。そして、このまま逃げ続けたとしても、根本的な解決にはならない。

 和人は道を変え、展示場の周りをぐるりと回るようなルートに出る。そこは長い直線になっていて、そこを真っ直ぐに走りながら一旦落ち着いて作戦を考えようとした。

 

(……俺の武器は、今の所これだけ)

 

 和人はハンドルを片手で持ち、もう片方の手でXガンを取り出す。

 

 このバイクを運転しながら出来る攻撃手段としては、射撃だけだ。もとより肉弾戦に自信があるわけでもない。剣もない。ならば、残るは(これだけ)だ。

 

 だが、バイクの運転はまだしも、銃撃はまるっきり専門外だ。はっきり言って苦手といっていい。あのT・レックスから逃げながら、この未知の機体を操縦しながら、果たして撃てるのか?撃てたとしても当たるのか?

 

 和人は後ろを振り向く。速度を落としたと言っても、先程の逃走から探ったT・レックスの走行速度から考えて一定の距離を保つ程度の速度は残しているはずなので、追いつかれてはいないはずだが――

 

「――? なんだ?」

 

 後ろを見ると、T・レックスの足が止まっていた。

 だが、諦めたという様子ではない。和人の背筋には、長年の経験が危険を告げるように冷や汗が流れていた。

 

(……なんだ、一体なに――ッ!?)

 

 T・レックスの口腔内に、眩い黄色の光が灯った。

 

 

 次の瞬間、このモノホイールバイクと同等サイズの燃え盛る弾丸が、和人に向かって一直線に射出された。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 渚とあやせは階段の裏のスペースへと駆けこんだ。

 

「ゴァラァァアアア!!!」

「ひっ!」

「っ!」

 

 間一髪。遮二無二にその空間に飛び込んだことで、なんとかT・レックスの追撃を逃れることが出来た。

 T・レックスはそのスペースに大きな頭部を突っ込み、グルルルと喉を鳴らしながら、ギラギラと血走った肉食獣の瞳で、歯の間から異臭漂う唾液を垂れ流しながら、文字通りの目と鼻の先にいる渚とあやせを睨みつける。

 

「……や……いや……」

「――あ、新垣さん。立てますか、もっと奥に」

 

 渚はパニックで喚きたい衝動を、怯えるあやせを見て必死で抑え込み、なんとか立ち上がる。

 そして、あやせを引っ張り上げながら、T・レックスに背を向ける。

 

 この階段裏のスペースでは、自分達が駆け込んで、今はT・レックスが頭部を突っ込んで塞いでいる左側とは反対の右側から脱出することが出来る。そこは道路へと繋がっていて、ここに出ればもっとT・レックスから離れられる。

 そう思い、ガタガタと震えそうになる膝を必死で動かして向かおうとすると――

 

――その先から、グチャ グチャ という、咀嚼音が聞こえた。

 

 異様な水音に、渚達は思わず足を止める。

 

 そして、その音が止むと、ペタン ペタンというゆったりとした足音と共に、それは姿を現した。

 

「ギャァァウス!!」

 

 T・レックスのそれよりも重みや迫力には欠けるが、か弱い渚達にとっては十分に背筋を凍らすに足る甲高い啼き声だった。

 

「っ!」

「そ、そんな……」

 

 安全なはずの反対の道路側から現れたのは、小型の恐竜――ヴェロキラプトル。その口元を真っ赤に染めた姿が、命を貪り蹂躙した証として、渚達に生々しい恐怖を与えた。

 幸いにも一頭だけだったが、これで完全に逃げ道を塞がれてしまった形だ。

 

 硬直する渚を尻目に、あやせが一歩、前に出る。

 

「新垣さん!」

「だ、大丈夫です。わたし、さっきも倒せましたから。一体くらいなら――」

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」

 

 背後から、ブリザードのような咆哮が轟く。

 それは、あやせや渚に対して俺の存在を忘れるなという警告だったのか、それとも突然現れた闖入者(ヴェロキラプトル)に対して渚とあやせ(コイツラ)は俺の獲物だから手を出すなという威嚇だったのか。

 

 少なくとも、前者に対しては効果は覿面だった。

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 あやせの必死の思いで振り絞った闘志(ゆうき)は、完全に恐怖で上書きされた。

 涙を流し、膝を、肩を、ガタガタと震わせて、ペタンと内股に力無く地面に座り込んでしまう。

 

 だが、後者に対しては効果は薄かった。

 渚達を挟んでいたが故か、それとも普通の恐竜よりも知能が高く、T・レックスの現状を把握したのか。

 自分よりも食物連鎖において確実に上位に君臨するであろう王の威嚇にも、目の前のヴェロキラプトルは動じずに、再び嘶く。

 

「ギャァァアアアアウス!!!」

 

 そして、渚達が隠れる階段裏のスペースに侵入する。

 

 その時、渚はそのヴェロキラプトルが、自分達が先程まで戦っていた個体よりも一回り大きいことに気付いた。

 なによりも特徴的なのが、その頭部の大きな鶏冠(とさか)

 もしかしたら、この個体はヴェロキラプトルのリーダー的な存在なのかもしれない。渚は恐怖で混乱する中で、妙に冷静にそう観察した。

 

「……な、渚くん」

 

 あやせが潤んだ瞳で、渚を見上げる。

 彼女は、必死に作った、痛々しい笑顔で、こう言った。

 

「わたしを置いて……逃げてください」

 

 渚は愕然とし、一気に乾いた喉から言葉を絞り出す。

 

「な、なにを――」

「……動ける餌と、動けない餌だったら、きっと後者(わたし)を狙うと思います。……だから—―」

 

 あやせは美しく、悲愴な微笑みと共に、言った。

 

 

「――(わたし)が、殺さ(たべら)れてる間に……渚くんだけでも、逃げてください」

 

 

 それは、その言葉は、その微笑みは。

 

 渚の心を、そして渚の何かを、激しく、静かに――冷たく、揺さぶった。

 

『アイツは任せろ。渚、この嬢ちゃんを守ってやれ』

 

(――あれ。なんだ、この感じ)

 

『大丈夫だ。お前なら出来るさ』

 

(ダメだ、そんなの。そんなの、ダメだ。死んだらダメだ。新垣さんが死ぬなんてダメだ。だから—―)

 

 渚は表情を消し、瞳から感情を失くして――――それを纏った。

 

 

(――()られる前に、()らないと)

 

 

 渚は静かに歩み出す。

 

 目の前の、一際凶暴な怪物(ヴェロキラプトル)に向かって、淀みなく、迷いのない足取りで。

 

 あやせは再び感じる渚の豹変に一瞬呑まれながらも、引き留めようと叫ぶ。

 

「ダメッ! 渚く――」

「大丈夫です」

 

 対して渚は、まるで気負わない、普段よりも普段通りの、静かな口調で。

 

 一瞬だけ振り返り、あやせに微笑みかけた。

 

「僕だってきっと、()れば出来る」

 

 

 E組に落ちてから、誰も見てくれなかった。

 

 親も、教師も、友達だったはずのクラスメイト達も。

 

 期待もされず、信頼も失った。認識さえも、されなくなった。

 

 ずっと思っていた。焦っていて、燻っていた。

 

 いつか、どこかで見返さなくちゃ。やれば出来ると、認めさせなきゃ。

 

 

 それは、きっと、今、この瞬間だ。

 

 

『――あんな簡単に自分の命を投げ出さないでください』

 

 自分を認識し(みつけ)てくれた、この人を助けたい。

 

『大丈夫だ。お前なら出来るさ』

 

 自分を信頼してくれた、あの人の期待に応えたい。

 

 今こそ、自分の才能(かち)を証明する。

 

 やれば、出来ると。

 

 ()れば、出来ると。

 

(――僕でも……違う。……僕なら、()れる)

 

 渚は音もなく、ナイフを腰のベルトから引き抜く。

 

 あやせはその背中に、目を奪われていた。

 

 

 間違いなく、その小さな背中は――鋭い殺気を纏い、放っていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 この展示場は恐竜の模型だけでなく、川や草原など景観の再現にもこだわっていて、恐竜達の大きさがよく分かるようにこれらも実物サイズで作られている。

 

 そして俺は、そんな中の背の高い森の中に隠れていた。

 当然、ステルス機能も作動してある。

 

 その俺の、目の先。

 奥のエリアへと繋がるどデカい穴から現れ、荒野のパノラマの中をゆっくりと歩みを進めているのは、ブラキオサウルス。

 

 俺が先程完膚なきまでに殺害した個体の、おそらくは成体。

 子供の方もそれなりに大きく強かったが、目の前の個体はそれよりも更に一回り大きく――その戦闘力は桁違いであることは容易に見当が付く。

 

 だが、今の俺の思考は極めてクールだった。さっきの子供の時は、会話をしてみたかったこともあったから――結果忘れてたけど――ステルスを解いて真っ向勝負を挑んだ。だが、こいつ相手にはやろうと思わない。

 

 そんな余裕を持てる相手ではない。

 

 俺はXショットガンをリロードし、大樹に身を隠しながら、砲身を奴に向ける。

 

 この距離なら、十分にスナイパー作戦が有効だ。

 この半年間、この作戦で手始めに殺せる相手を殺し尽くして数を減らしてから白兵戦というのが流れだったから、大分狙撃の技術は上がったと思う。剣と違ってこっちはいくらかセンスがあったらしい。まぁ、ぼっちには向いている(ジョブ)だとは思う。

 

 ……まぁ、一撃で殺せるような相手ではないだろう。狙うなら頭だが、さっきの子供は首を吹き飛ばしても死ななかったからな。やはりコイツの弱点も心臓なのか? ……だが、ここからでは狙えないし、無闇に近づくのも――

 

 そんな風に手をこまねいてしまい、なかなか先手が打てないでいると、奴はゆっくりと――俺が殺した、子ブラキオの死体に辿り着いた。

 

 その長い長い首を地面近くまで下ろして、子供の亡骸を至近距離で見つめる。

 奴はしばらく呆然としていると、重く、低い声が響いた。

 

「……許すまじ」

 

 ……やはり親の方も言葉を発するのか。子ブラキオよりも流暢に、すらすらと言葉を発する。

 その憎悪の篭った、暗く、昏く、重い呪詛を吐き出す。

 

「……許すまじ……誰だ……我が子をこんなにも……こんなにもッ! 惨く殺した悪魔は誰だっ!!」

 

 親ブラキオはその長い長い首を伸ばしきり、天井に向かって吠えるように叫ぶ。

 

「許すまじ! 許すまじ! 許すまじ! 許すまじ! 許すまじっ!!!」

 

 ……大事な存在を理不尽に殺された、その叫び。

 

 己の心がズタズタに切り裂かれ、奪った存在への真っ黒な憎悪に魂を侵食されていく、その痛々しい姿。

 

 ()ぎる。これまでのガンツミッションで、幾度となく見せられ、突きつけられてきた、その真っ暗なで真っ黒な感情。

 

 決まって俺が加害者だった。その憎悪のターゲットだった。

 

 この手で、そんな被害者達を、俺は量産してきた。

 

 

 だから、なんだ?

 

 

 甲高い発射音が響く。青白い閃光が瞬く。

 

「ぬうッ!?」

 

 親ブラキオはこちらに向かってその小さな顔を向けるが、その時には俺は移動している。

 ステルスヒッキーを舐めるな。足音を立てずに移動するなど朝飯前だ。存在感溢れるお前には一生かかっても習得出来ないであろう俺の奥義だ。本気で気配を消す気になれば、俺は絶対に見つからない。

 子ブラキオの時は正直あんなとこに敵がいるとは思わず、スーツのステルスも作動していたのもあって油断していたが、スーツのステルス+ステルスヒッキーの併用ならば、俺は本気で幽霊(ファントム)になれる。

 

 そして移動した先で再び俺は奴にXショットガンを向ける。

 

 かつて俺は、そのあまりに生々しい感情の瀑布に呑みこまれてしまったことがあった。怯んでしまったことがあった。

 

 そのせいで、その俺の弱さのせいで、取り返しのつかない事態を招いた。

 

 たくさん傷つけ、たくさん失った。

 

 たくさん、かけがえのないものを奪った。

 

 だから、俺はもう揺るがない。

 

 恨むなら恨め。憎むなら憎め。

 

 その憎悪の全てを甘んじて受け止めよう。そして、その上で、お前も殺してやる。

 

 これも、このミッションへと適応なのか。俺は強くなったのだろうか。

 

 これが強さかどうかは分からない。正しいのかも分からない。

 

 だが、例え間違った強さだろうと、強さに見えた弱さだろうと、このミッションを生き抜く上で使えるのなら、それでいい。

 

 思う存分、使わせてもらおう。

 

 親ブラキオの長すぎる首の表面が破裂する。さすがに一発だとそれほどのダメージにはならないか。

 まぁいい。今のは奴の心を乱すための陽動のようなものだ。

 

「誰だっ!? 姿を現せッ! 卑怯者がッ!」

 

 誰が見せるか。これは殺し合いだ。

 

 お前のその言い分は、真っ向から何者にも立ち向かえる強者の傲慢な言い分だ。

 

 こちとら弱者だ。最弱だ。弱くて弱くてたまらない。

 

 だから逃げる。だから隠れる。

 こそこそ動いて、背中から卑怯に狙い撃つ。そうやって生き残ってきた、無様な敗者だ。

 

 それでいい。

 

 勝負に負けても、相手より弱くても、敵を殺して生き残れば官軍だ。

 

 殺せば、勝ちなんだ。

 

 親ブラキオがその長い首を伸ばして高い視点から俺の姿を探しているその眼下で、俺は姿を消すスーツのステルスと気配を消すステルスヒッキーを併用する幽霊(ファントム)モードを発動しながらロックオンし、移動するを繰り返す。

 

 このレントゲン機能から、やはり奴にも内臓のようなものがあることが分かる。おそらく心臓も。そしてそこを弱点だと仮定する。

 

 だが、心臓は奴の腹の下に潜り込めなくては撃てない。

 奴の攻撃手段――おそらくは子ブラキオと同じように首の鞭、そして頭部の刃による斬撃だろうが、他の攻撃手段、もしくは何か切り札のような奥の手、その存在の有無がはっきりしない以上、文字通りの敵の懐に飛び込むのは、奇策を通り越して、ただの蛮勇というものだろう。

 

 だから、とにかくまずはダメージを蓄積させる。致命傷には至らなくとも、少なくともダメージとなり、動きも少しは鈍るだろう。

 

 ロックオンによる、一斉射撃。普段は複数の敵に対する攻撃方法だが、一体に対する連続攻撃にも使用できる。そし――

 

「ギャァァァォォオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 その時、咆哮と共に、このエリアに満身創痍のT・レックスが乱入した。

 

 俺はマップを確認する。すると、先程まで二体だった隣のエリアの赤点が消えていて、一体がこちらに侵入してきている。……どうやらトリケラサンとT・レックスの決闘はT・レックスに軍配が上がったらしい。

 

 だが、それほどまでに激しい戦いだったのか、こちらに乱入したT・レックスは完全に興奮状態で、周りが見えていない。がむしゃらに吠えて、無茶苦茶に走り回っている。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」

 

 一際大きく吠えると、その口腔内に炎が灯った――ッ、まさか!

 

 俺はすぐに距離を取り、一応刀を準備する。こんにゃくは斬れないけどいつもつまらないものを斬っている剣士みたいに出来るか分からないけれど、それでもXガンやYガンじゃ防げないだろう。こちらに飛んできて避けきれない時はやるしかない。自信ないけど。

 

 そして、T・レックスは、発射した。強烈な火球が、まっすぐに――親ブラキオに向かって飛んでいく。

 

 よっしゃ、ラッキー! さすがティガさん(違う)! と内心拍手を送っていると――

 

 

「邪魔だ」

 

 

 空間が、裂けた。

 

 そう感じてしまったほどに鋭く、真横に一閃が走った。

 俺は反射的に身を伏せた。それでも肩の当たりを持って行かれそうになったので無我夢中でガンツソードを、軌道を少しでもずらす様に差し込んだ。

 

 キィン! 剣がくるくると上空に打ち上げられる。

 

 それを思わず目で追っていると、ズズーンッ! と重たい物体が地面に倒れ伏せる音が響く。

 

 そちらに目を向けると、あの巨大なT・レックスが大きな二つの肉塊に変わり果てていた。

 あのT・レックスが、たったの一撃で。

 

 まるで見えなかった。防げたのも奇跡だった。子ブラキオの首の鞭など、ただの児戯に感じるほどに明確な――レベルの、ステージの差。

 

 これが、ボス。

 

 強い。圧倒的に、恐い。

 

「貴様か、見えなき者よ。……我が息子を、ここまで凄惨な骸へと変えたのは」

 

 奴は、ボスは、親ブラキオは、こちらに向かって、剣がくるくると舞う方向へと目を向け、語りかける。

 

 途轍もない憎悪が見え隠れする口調で、途方もない膨大な殺意を込めて。

 

「逃がさぬ。決して許さぬ。必ず見つけ出し、滅してくれよう。この身が(ほろ)びるまで、我が刃は振るい止まぬ」

 

 親ブラキオは、ゆらゆらとその首を揺らす。

 

 

 そして――

 

 




 今回の戦いはどの戦場も前半戦です。次回、後半戦です。

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