インフィニット・ストラトス ~ダークサマー~ 作:kageto
友人のほとんどを失ったオルコットはさておき、授業は順調に経過した。
放課後、先ほどまで雑談していたクラスメイト達を見送って、帰宅の準備を始める。
ノートだけ持ち帰れば充分だろう。教科書まで持ち帰っていたらかばんがすぐにだめになる。
机の上に教科書をまとめて、その上に教科書だけ置いていく旨を書いたメモでも書いておけばいいだろう。
今日は見世物パンダの気分だった。休み時間や、昼休みの学食でクラスメイト達と談笑していた俺を、他のクラスや学年の女子(女子しかいないが)が遠巻きに眺めて、こそこそと話していたからな。
「さて、と。来週から寮生活だから、今週中に食材使い切らないとな」
俺の部屋の準備ができるのが来週らしいからな。それまでは自宅通学だ。それに、一人で暮らしてたとはいえ食材は結構あるんだよな。ある程度は使ってあるんだが、使いきれてない分がまだまだある。今週中に使い切れないだろう、バターなどを含めたいくつかは弾のところか数馬のところにでも譲ればいいだろう。
さて、と。遅くなりすぎるまでに帰るか。
「織斑くん。よかった。まだ教室にいてくれて」
かばんを肩に引っ掛けた俺の目の前に現れたのは山田先生だった。急いできたのか、呼吸が整っていない。荒い呼吸に合わせて揺れる双丘は眼福の一言に尽きる。
ある程度整ってきた呼吸を、一気に沈めるために深呼吸をすると、双丘が下から上にブルンとゆれる。
「おぉ。すげぇ」
「はい?どうかしましたか」
「いえいえ。なんでもないです。それで、なにかありましたか?」
ちょこんと首をかしげながら向けられる無垢な瞳に、顔をそらしながら話題(というか意識)もそらして、用件を聞く。
「えっとですね。織斑君の寮の部屋が決まりましたので、今日からそちらに入るようにということでして」
部屋番号の書かれた用紙と部屋のキーを差し出してきた。
IS学園は完全全寮制を取っている。IS学園に入れるということはエリートの証と言っても差し支えはないだろう。それに学園にはかなりの数の留学生がいる。そういった生徒達を、世界の後ろ側から守る目的もあるらしい。
俺に関してはもう少し複雑なんだが、簡単に言ってしまえば、世界で唯一の男性IS操縦者をわが国に。という世界各国の勧誘をカットしたいんだろう。
だが、
「俺の部屋、まだ準備できてないから、一週間は自宅からの通学という話でしたが?」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的に寮の部屋割りを変更してでも寮に入れるということになったらしいです」
少し申し訳なさそうに言ってくるところから考えると、山田先生のあずかり知らぬところで決まったようだ。
「政府特命ということらしいんですけど、そのあたりのことって何か聞いてます」
ぱらぱらと残っているクラスメイトに聞こえないように、顔を寄せて聞いてきた。
ぎりぎり腕に当たる胸の感触に、役得と思いながらも首を横に振る。
「むしろ一週間は家から通ってくれって言われてるんですけど。政府から」
国家から自宅通学を依頼される高校生。言葉だけ聞くと異常だよな。
「専用の部屋ができるまでは政府が自宅警護するとか何とか。そっちのほうがいろいろと抑えやすいみたいで」
ニュースが流れた直後とかは、やれマスコミだ某国大使だと電話が鳴り捲って、極め付けにどこぞの遺伝子工学の研究所から『生体調査させろ』と来たあたりで政府が専用の電話回線を通してくれた。
それ以外にも、入学までの生活を安全にできるようにいろいろと手配してくれているので、下手な保護施設より自宅のほうが安全だったりする。
「だったらいったいどういうことなんでしょう?」
首をかしげる山田先生に合わせて、俺も首をかしげる。と、
「なんだ、まだこんなところにいたのか。早く割り当てられた部屋に行かんか。私が政府に掛け合ったんだ。ありがたく思え」
なんてのたまいながら、織斑先生が教室に入ってきた。
「そもそも、この学園に入学した以上は必要以上の特別扱いは認めん。来週には個室ができるのだから、それまではこちらが用意した部屋に入れ」
そう言って俺の前にかばんを放り投げた。
「荷物は私がまとめてきてやった。これだけあれば十分だろう」
見覚えのある鞄だと思ったら、クローゼットの奥にしまっていたはずの”使わなくなった”鞄だ。溜息が出る。
「あなたは馬鹿ですか?」
「なに?」
「寮に入るということはです。家を長期間空けるということですよ?今日の今日ですぐにその準備ができるわけないじゃないですか。あと一週間は自宅から通学するということだったので、それにあわせて食材の使用計画やガス水道電気といったライフラインの一時停止連絡。町内会への連絡や交番への定期見回りの依頼に警備会社への通達とか、いろいろあるんですよ?ただでさえ馬鹿二人のせいで世界規模で有名になってしまったんですから、いきなり家に帰らなかったら近所の方々が心配するに決まってるじゃないですか。あなたも年齢的にはいい大人のはずなんですからそれくらいは理解してください」
怒りの表情を浮かべていた織斑先生も、これだけのことを一気に言われたらさすがに気圧されたのか、一歩下がった。
俺の横で山田先生がおろおろしているのが小動物的で心を癒してくれる。今度から織斑先生と話すときは山田先生の近くにいよう。
「さらに言わせてもらえば。俺の自室には鍵がかかっているはずなんですが、どうやって俺の部屋の、さらに鍵のかかったクローゼットの奥にあった鞄を持ってこれるんですかね?知ってました?家族間であっても器物破損で訴訟起こすことって可能なんですよ。証拠と証言をそろえるのが面倒らしいですけど、織斑先生はその辺気にする必要ないくらいありますからね。証拠と証言」
怒りか羞恥か顔を真っ赤にしている織斑先生を無視することにして、山田先生に告げた。
「政府のほうには俺が自分で連絡しておきますので、予定通り一週間は自宅からの通学ということで」