ジョン・メイトリックスは元コマンドーである   作:乾操

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前回何度目かの最終回を迎えたにもかかわらず投稿するカカシとは俺のことよ。
わっしーの章来月だかんね!気分良いぜぇ、昔(2014年秋)を思い出さァ!


最近はソ連でもアームレスリングが流行っている

 この日も勇者部は部室に集合していた。ただし、お姉ちゃんと大佐は日直と進路相談でちょっと遅れるらしい。

 であるから、私達は雑談に華を咲かせる。

「今日の昼休み、鬼ごっこやったんだけどね」

「あれ、今日外雨ですよね? 友奈さん、あの中で走り回ったんですか?」

「ちがうよー。私が赤鬼で、東郷さんが青鬼で……」

「えっ!? 鬼ごっこってそういう意味ですか!?」

「大佐が居てくれれば完ぺきだったのよ? 良い具合に鬼だから」

「私が黄鬼で~、にぼっしーは煮干しだったんだよね~」

「なんで一人だけ水産加工品なんですか?」

「知らない。なんか園子に決められた」

 他愛も無い会話。平和な時が流れる。

 そんな平和の園にかつてない程欲望に目をぎらつかせたお姉ちゃんといつも通り上腕筋をぎらつかせた大佐が入室してきた。

「うどん!」

 そしてお姉ちゃんの第一声がこれ。

「なんだって?」

 夏凜さんがそれに訊き返す。

「うどんよ! うどん!」

「意味わからんわ。大佐、風は何を言ってるの?」

「こうだ、『てめえのおふくろのケツにキスしろ』と」

「なに? このクソッタレが!」

「いや言ってないし! ジョンも勝手な通訳しない!」

 怒って襲いかかろうとする夏凜さんを抑えながらお姉ちゃんは慌てて鞄から一枚のチラシを取り出し、私達に見えるよう掲げた。

「うどんよ!」

 チラシは市の発行した大会の宣伝だった。そこには、『第一回・讃州アームレスリング大会』の文字が楽し気に踊っている。

「アームレスリング……腕相撲のことですね」

「その通り。それで見てよ、優勝賞品のところ!」

 お姉ちゃんが指さす通りに視線を移動する。そこには『優勝賞品・高級うどん一年分』と書かれていた。

 なるほど、讃州一の女子力を誇る(自称)としては見逃すわけにはいかない優勝賞品だ。うどんは女子力を高めるらしいから。

「……で、どうしろって?」

「もー夏凜ったら察しが悪いわね~。そんなんだから煮干しなのよ」

「うるさいわ。……要はアレね、勇者部でこれに出場して、商品かっさらおうってことね」

「そのとおり!」

 お姉ちゃんは手を打って正解した夏凜さんを褒め称えた。

 腕相撲かぁ……なんか結末が見える競技だ。この部には腕相撲に自信がありそうな人がひしめいている。学生社会人無差別の大会らしいけど、勇者部の敗退するところが誰かさんのおかげで予想できない。

「面白そうですね!」

 友奈さんも乗り気だ。友奈さんが乗り気となれば、東郷先輩も乗り気になる。そうなれば面白い展開の香りを感じて園子さんも乗り気になるし、みんなが乗り気となれば夏凜さんも受け入れざるを得なくなる。

 勇者部は大会に出場すること相なった。

 

 

 そして日曜日、大会当日。

 市のスポーツセンターには讃州に生息する文字通り腕自慢たちが集結していた。

「すごいですね、これ……」

 東郷先輩が思わずつぶやく。

 むさくるしいこの場で一介のいたいけな中学生である勇者部は一名を除いて完全に浮いていた。大佐も同類がたくさんいるからかどことなく嬉しそうに首を巡らせている。

「一応、普通に中学生高校生もいるのね……あ、同じクラスの男子もいる」

 お姉ちゃんは遠くに同級生の姿を認めたらしい。なんでも、力自慢の男子だそうだ。他にも、讃州中の生徒は認められた。

 こんな大会、勇者部は大丈夫なのかな……いや、正確には私の腕が大丈夫なのかな。他の皆さんは大丈夫だろうから心配無用だけど。

 そうこうしている内に大会のエントリーが始まった。

 

 この腕相撲大会は最大七人(なんと都合のいい数字!)のチーム戦で、各チーム先鋒次鋒と戦っていく。

 勇者部チームは先鋒が私で次鋒が園子さん、その後に夏凜さん、友奈さん、東郷先輩、大佐と続いて大将にお姉ちゃんという順番だ。たぶん、よほどのことがない限りお姉ちゃんが働く必要はないだろう。

 

「ジョンが抜かれたら実質負けなんだから頼んだわよ」

「ノープロブレム。信用しろ」

 今日もムキムキ頼もしい。

そんなことを話していると、突然お姉ちゃんが「げっ」と声を上げた。

「どうかしたの?」

有明日(ありあす)がいる」

「アリアス?」

「あそこにいる男子よ。なんか苦手なのよね」

 元大統領を連想させる名前だ。

 そんな元大統領っぽい人が、こちらに気付いたのかゆっくりと挨拶しながら歩いてきた。

「これはこれは、勇者部の方々」

 老け顔の有明日先輩はニタついた手下を引き連れている。なるほど、お姉ちゃんが苦手そうなタイプ。

「アンタ達も参加するのね」

「当然だ。我々はこの優勝を足掛かりとして、生徒会に復帰する。讃州中には強力な指導者が必要だ」

 有明日先輩はかつて生徒会長だったけど、あまりにも残虐非道な振る舞いがたたって生徒会から追放された過去があるらしい。

「三年の二学期も終わりなのに生徒会長になるって出来るの?」

 夏凜さんがもっともな質問を友奈さんに耳打ちする。

「さぁ……留年でもするんじゃない……?」

 疑問を他所に有明日先輩は自信満々の様子だ。でも、こちらには大佐がいる。ヘナチョコ元生徒会長にどうにかできる相手ではない。

 だが。

「ベネット!?」

 大佐が有明日先輩の後ろにいる男の人を見て驚きの声を上げた。

「殺されたんじゃ……!?」

「残念だったな、トリックだよ」

 そのベネットとかいう人は大佐の知り合いらしい。因縁浅はかならぬ相手のようだ。不思議と初対面な気はしないけど……とりあえず、鉄パイプで串刺しにされそうな顔をしていることは確かだ。

「有明日にいくら貰った」

「(うどん)十万玉PONとくれたぜ。だけどな大佐ぁ、お前をブチ殺せと言われたら、ただでも喜んでやるぜ?」

「大人しく手を引いた方がいいぞ勇者部の諸君」 

 そう言い残すと有明日先輩たちは去っていった。

「ぐぬぅ、相変わらずムカつく連中ね!」

 お姉ちゃんは去りゆく先輩たちの背中にアカンベーをすると私達の方へ振り向いて、

「絶対に優勝するわよ! 勇者部ファイトー!」

「お、おー」

「ああああああああ!」

 鬼気迫るお姉ちゃんに若干引き気味の私たちとは対照的に大佐は元気いっぱい応えていた。

 

 

 決勝戦以外は第一回戦、二回戦と全チーム同時に行われる。私達勇者部最初の相手は同じ讃州中学の二年生男子チーム。友奈さんたちの同級生だ。

「うどん一年分は俺達が頂くぜ!」

 一体どこから沸いているのか謎な自信を露わにする先輩方。聳えたつ筋肉を視界に入れないようにしていた。

 とにかく、対戦開始。先鋒は私、犬吠埼樹。

「頑張れ樹!」

 お姉ちゃんの声援が飛ぶ。

 でも、いくら応援されようと勝てないものは勝てないので、私はあっさり負けた。

「ぐぉら! ウチの妹に何しやがんのよ!」

「ひぃ!? す、すいません先輩!」

 お姉ちゃんの理不尽な怒りに対戦相手の先輩は思わず謝った。

 次鋒は園子さん。私が離れた席にのんびりとした足取りで近づくと、ゆらりと座った。

「よろしくね~」

「おう」

 そんな園子さんに対する先輩男子はニヤリと笑った。どうやら勝てると踏んだらしい。当然である。こんなフワフワのんびりしたお嬢様、それなりの男子なら余裕で勝てると思うに決まっている。

「レディ、ゴゥッ!」

「ふんっ……!?」

 しかし、それは開始の合図と共に裏切られた。

 二年のブランクがあるとはいえ、園子さんも歴とした勇者(コマンドー)。リハビリを兼ねて鍛えていたこともあり、並の男子に勝るとも劣らない程度の力は備えている。

「おいおいどうした、手加減しなくていいんだぜ?」

「してねぇよ! クッ、乃木の奴、予想以上に強ぇ!?」

「うふふ~……えいっ!」

 接戦の末、園子さんは私の仇を討った。

「やるわねそのっち」

勇者(コマンドー)は筋肉ってね~ミノさんの教え」

「そんなこと言ってたかしら……?」

 しかし、そんな園子さんも次に出て来た先輩に僅差で負けてしまった。

「修業が足らなかったねぇ……」

「あとはこの三好夏凜様に任せときなさいって!」

 園子さんに代わって腕をブンブン振り回しながらの登場となった。夏凜さんは自信が示す通り三人抜きの偉業を成し遂げた。

「夏凜ちゃんすごーい!」

「この私にかかればこんなもんよっ!」 

 でも、三人一気に相手したことで疲労が溜まったようで、四人目でついに敗れた。

「くぅ! 私も鍛錬が足らなかったみたいね……」

「ようし、夏凜ちゃんの仇を取っちゃうぞ!」

 お次は友奈さんだ。友奈さんの力と夏凜さんの力は拮抗しているから、良い勝負になりそうな予感がする。

「よろしくね!」

 そう言いながら席に着く友奈さん。対する男子先輩は、

「あ、あぁ! 結城、手加減はしないからな!?」

と腕をセットした。

 それにしても、夏凜さんの時はそうでもなかったのに、この男子先輩、相手が友奈さんになった途端急に照れだした。

 ……これは私的に中々美味しい展開です。

「ぬぐううう……あーっ! 負けちゃった……」

「あはは……結城も中々手強かったぞ」

 勝負は男子先輩の勝利に終わったようだ。

 少し照れくさそうに友奈さんを労う男子先輩。

 女子と筋肉しかいない部で活動していると感じることのできない、甘酸っぱい青春っぽさがその先輩にはあった。

 ただ、その先輩の前にはあまりのも巨大な胸……もとい壁が存在していた。

「次は私ですね。友奈ちゃんの仇は取らせてもらうわ」

 明らかに異様な空気を纏った東郷先輩が席に着く。男子先輩は先ほどまでの赤くしていた顔を真っ青にしてその気に圧倒されている。

「レディッ、ゴゥッ!」

 バキィッ!

 決着は、開始のゴングと同時に着いた。

 普通の腕相撲ではまず聞こえないような音が聞こえた。

「腕の骨が折れた……」

「人間には215本も骨があるのよ? 一本ぐらいなんですか」

 本当に折れたわけではないだろうけど……本当に折れて無いよね? ……あれは相当痛い。相手チームは戦慄を隠せずにガクガクと震えている。

「……どうかしたの? 早く来なさい?」

「東郷、おっかない……」

 味方のお姉ちゃんまで怖がっているのだから、相手の胸中はもう審判の日到来張りのものだろう。

 結局、男の意地をかけて戦いを挑んだ残りの男子先輩方は東郷先輩の片腕一本の前に全滅した。お悔やみ申し上げますわ。

「東郷さんかっこいー!」

「愛の力だね~」

「筋肉と愛は密接な繋がりにあるからな。それがまた証明されてしまった」

 その証明行為に費やされた犠牲は小さくはない。でも、そのへんはコラテラルコラテラル。

 

 

 一回戦を勝ち抜いた勇者部は次へ駒を進めた。

「さてと、相手は……うっ……」

 トーナメント表を見ると、私達の次の対戦相手は『ザ・バルベルディーズ』……つまり、有明日先輩たちのチームだ。

「来るべきものが来たと言う感じだな」

「大佐だけでしょ、因縁あるの」

 夏凜さんが呆れ口調で言う。が、それにお姉ちゃんが噛みついた。

「何言ってるの! 有明日が勝ち抜いたら讃州中の未来とうどん一年分が奪われてしまうのが分かんないわけ!? ひいてはそれは人類の未来に関わることってのが分かんないわけ!?」

「分からんわ!」

「でも、おうどん食べたいね~」

「見ろ、来たぞ」

 噂をすればなんとやら、件の有明日先輩一同が近づいてきた。

「私を覚えているかね大佐?」

「誰が忘れるものか、このゲス野朗」

 そりゃさっき会ったばかりだし忘れるはずもない。

「アンタ達のチーム、四人しかいないけど平気なわけ?」

 お姉ちゃんが訊く。

 ザ・バルベルディーズはただの案山子二人とベネットさん、有明日先輩の四人しかいない。私達はフルメンバーの七人だから、人数的に勇者部が有利だ。

「私の兵士は、皆愛国者だ」

「だから何よ」

「先ほど対戦した相手はフルメンバーな上に社会人チームだったが、簡単に勝てた……この意味が分かるかね?」

 なんと、予想以上に強力そうだバルベルディーズ。

「何てことないわ。案山子ごときに負けるはずないわ!」

 お姉ちゃんは強がってこう言う。

 それを受けて有明日先輩はニヤリと笑うばかりだった。

 

「な、何てこと……」

 第二回戦は当初勇者部に有利に始まった。当然のように私が敗れた後、園子さんが案山子二人を瞬殺してくれたのだ。

「想像以上の案山子っぷりに驚き桃の木山椒の木だよ~」

 ただ、その次に出て来たベネットさんが問題だった。

 このちょび髭がイカスおじさんが、これまたとんでもなく強かったのだ。園子さんを瞬殺した後夏凜さん、友奈さん、そして東郷先輩までもあっという間に片づけてしまったのだ。

「と、東郷までも瞬殺だと……?」

 お姉ちゃんが衝撃を受ける。

「申し訳ありません……」

「くぅ……ジョン! 絶対負けるんじゃないわよ!?」

「信用しろ」

 大佐は全身をムキムキ言わせながら、不敵にニヤつくベネットさんの元へ歩いていく。そして、二人は腕を組みあい、開始のゴングを待つばかりとなった。

「腕はどんなだ大佐ぁ?」

「ノープロブレムだ」

「古い付き合いだ。苦しませたかぁねぇ」

 いったい二人の間にどんな因縁があると言うのだろう。

 それはさておき、審判のお姉さんが二人が不正していないかを確認し、開始の合図を告げた。

「レディッ……ゴゥッ!」

 開始と同時、二人の組みあった腕は一気に膨張し、血管が表面に浮き出るまでに力んだ。しかし、腕は開始位置からピクリとも動くことなく、一見すると勝負が始まってすらいないように見える。

「な、なんて勝負なのかしら……」

 東郷先輩が息を呑む。

 腕は動かないが、二人とも相当のエネルギーを費やしているらしく、弾けろ筋肉、飛び散れ汗な状態となっている。

「いっつんは『エクストリーム腕相撲』って知ってる~?」

 園子さんが突然訊いてきた。

「なんですか、それ?」

「腕相撲の姿勢で殴ったり蹴ったりしてKOを奪うっていう格闘技なんだけどね~」

「もう腕相撲関係ないじゃないですかそれ……」

「うんうん~。だからね、私思うんだ~。真のエクストリーム腕相撲って、今まさに目の前で繰り広がられているアレなんじゃないかな~って」 

 なるほど、確かにそうかもしれない。

「だから何だって話だけどね~」

「いや全くそうですね」

 そんなエクストリーム腕相撲が始まって10分が経過した。戦局は相変わらず拮抗していて、初期位置から一ミリたりとも動かない。

「……テメェを殺してやる!」

 突然ベネットさんが言い出した。キリがないから口撃戦を始めたらしい。

「どうしたベネット……怖いのか?」

 それに対し大佐が煽る。

「……!? 誰がテメェなんか……テメェなんかコワカネェ!」

 煽り耐性がミジンコほども無いと見えるベネットさんは自分から振った癖にすぐに冷静さを失った。

 が。

「野郎ぶっ殺してやぁぁぁぁぁぁぁる!」

 どうやら失策だったようで、怒りによってパワーが増大したのかベネットさんの腕が凄まじい勢いで大佐の腕を押し倒そうとした!

「ぬっ!?」

「ホァっ!」

 しかし、大佐も負けじと手の甲が台座に接触する寸前で押し留まり、ゆっくりとベネットさんを押し返そうとする。

「何やってんのよジョーン!」

「くおぉぉ……!」

 状況が大佐に不利なのは依然変わらない。このままでは間もなくベネットさんが大佐を倒してしまい、うどんを奪われた挙句なんやかんやで有明日先輩が讃州中学生徒会長に返り咲いてしまうだろう。

「へへ……歳を取ったな大佐ぁ……」

 大佐はこれでも一応中学三年生である。大人びて見えるだけだ。

「テメェは老いぼれだァ!」

 ベネットさんが勝利を確信したかのように大佐を嘲笑う。

 ……だが、大佐は諦めてはいなかった!

「俺は老いぼれかもしれんが――」

 大佐の瞳がギラリと輝く。

「――ポンコツではない」

 言った瞬間、大佐はベネットさんの腕を勢いよく押し返した! そう、大佐は敢えて自らを振りに追い込み、ベネットさんが油断する瞬間を待っていたのだ!

 フルパワーの大佐に驚きを隠せないベネットさん。押し返すには脳の処理が追いつかなかった。

 大佐は押し返した腕を台座に叩きつけた。あまりの衝撃に台座は砕け散り、そのままの勢いでベネットさんは床に思いきりめり込んだ。

「ぶふぅううううう……」

 床に埋め込まれたベネットさんは少し痙攣した後ピクリとも動かなくなった。

「ミッションコンプリート」

「ジョン! アンタ最高よ!」

 後は有明日先輩を残すだけだ。

 しかし、審判のお姉さんが困惑した様子で、

「台座が無くなっちゃったわ」

と大佐に言った。なるほど、確かに台座がなければ勝負は出来ない。

 すると大佐は黙って隣のグループへ行き、「君たちの使っている台座が欲しい」と言って強奪、戻って来るやそれを設置した。

「これで出来た」

 

 大佐VS有明日先輩の勝負はあっけないものだった。

 大佐は開始の合図と共に有明日先輩の腕を全力で倒し、台座をまたも破壊した。そしてそのまま「ぶっ飛べ!」と先輩を投擲、放り投げられた先輩は悲鳴と共にスポーツセンターの二階窓を突き破って屋外追放の刑に処された。もう会うことは無いでしょう。

 

 

「有明日達を倒した今の勇者部に怖いものなんてないわ!」

 お姉ちゃんがそう高らかに笑う。

 それは事実で、この後つづいた準々決勝、準決勝と私達は余裕で勝ち進み、ついに決勝まで駒を進めた。うどん一年分まであと一歩。今夜はうどんのステーキか?

「さてさて、決勝の相手はどこのどいつだぁーっ!?」

 私達はトーナメント表で対戦チームを確認した。いったいどんなムキムキチームが勝ちあがってきているのか……。

「……えっ『さんしゅうほいくえん』……!?」

 なんと、決勝戦の相手はよくボランティアで訪れる保育園のちびっ子たちであった。

「な、なんで!? なんであの子たちが決勝まで……!?」

「もしかして、スーパー保育園児でもいるのかなぁ~!?」

「えぇーっ!? 何それ園ちゃん、カッコいい!」 

 んなアホな……いやでもここは讃州市、何が居ても不思議ではない……。

 期待と不安を胸に勇者部一同は決勝が行われる特設台へと赴いた。と、そこにいたのは。

「ししょー!」

「トロ子!?」

 トロ子……夏凜ちゃんに懐いている女の子で、本名は冨子(とみこ)ちゃん。保育園チームは冨子ちゃん以下六名の何の変哲もないちびっ子チームだった。

「お姉ちゃん負けないよ~!」

「う、うん。まぁいいけど、よくここまで来れたわね……いやホントに……」

 夏凜さんの疑問は勇者部一同の疑問でもあった。

「だってだって、私いっぱいとっくんして、ししょーみたいにいっぱいにぼし食べて強くなったんだもん!」

「煮干しすごい!」

「いやいや友奈? ……確かに煮干しは凄いけど……」

「トロ子すげーんだぜ!? ここまで一回も負けてねぇの!」

「ゆーしょーして、保育園のみんなでうどんパーティーするの!」

 同級生たちが興奮しながら話す。

 どういうことだろうか……もしや、冨子ちゃんはホントに煮干しと特訓のおかげで衝撃的なパワーを身に付けてしまったのだろうか? 

『それでは決勝戦、讃州中学勇者部チームVSさんしゅうほいくえんチームを行います!』

 司会のお兄さんがマイクで宣言した。ギャラリーからはどちらも頑張れと応援が飛んでくる。無差別大会の決勝戦が中学生と保育園児なものだから、会場は奇妙な盛り上がり方をしていた。

「樹、相手は保育園児とは言え……気を付けるのよ……」

 席に向かう私にお姉ちゃんが声を掛ける。

「う、うん。わかった……」

 対戦席にはフンスフンスと息巻く冨子ちゃんが座って……いや、背が低くて届かないからか椅子の上に立っている。

 私は向かいに座り、冨子ちゃんの小さな手を握った。思い切り力を込めたら私でも潰してしまいそうなほど小さな手……本当に決勝まで進んでこられるほどのパワーがここに秘められているのだろうか……。

『それではいきます! 先鋒戦! レディッ……ゴゥッ!』

「えーい! ふぬうう!」

 合図と同時、冨子ちゃんは私の手に全力の力を出してきた。

 ……よわっ! ていうか年相応! 

 いくら非力な私でも保育園児に腕相撲で負けるほどではない。私がヒョイと力を入れればあっという間に決着が着く……それほどの力しかなかった。

 でも。

「ふぅーん! ええーい!」

「トロ子がんばれー!」

「冨子ちゃんファイト―!」

「やああああ! とおおおお!」

 顔を真っ赤にして、必死で力を込める冨子ちゃん。そして、そんな冨子ちゃんを一生懸命応援するちびっ子たち。

 それを見ていると……。

「どうしたの樹!?」

「…………」

 ……ごめんなさい、お姉ちゃん。

 私は心の中でそう言うと腕の力を全て抜いた。

『勝負ありっ! 勝者、さんしゅうほいくえんチーム!』

「やったぁ!」

 顔を真っ赤にして、少し汗もかきながら満面の笑みで喜ぶ冨子ちゃん。

「樹! あの子はそんなに強いの……!?」

 席を離れてベンチへ戻って来た私にお姉ちゃんが尋ねる。

「まぁ、なんていうか……とりあえず、園子さん、頑張ってください……」

「えっ? う、うん、まかせて~」

 お姉ちゃんの応援を背に受け、私に代わって園子さんが対戦台へと向かう。

『それでは次鋒戦! レディッ……ゴゥッ!』

 司会のお兄さんの合図と共に勝負が始まる。相変わらず冨子ちゃんは一生懸命力を入れて、仲間たちがそれを一生懸命応援している。そして、開始から数秒後……。

『勝負ありっ! 勝者、さんしゅうほいくえんチーム!』

「なに!? 園子までっ!?」

 お姉ちゃんが驚愕する。

「くっ……保育園チーム、恐ろしいわね……!」

「まぁ、恐ろしいねぇ~……いっつん?」

「そうですね……うん、まぁ……そうですね……」

 その後、夏凜さん、友奈さん、東郷先輩が冨子ちゃんに挑んでいったが、尽く敗北。勇者部はどんどん追い込まれていった。

 そして、さすがに東郷先輩が負けたあたりでお姉ちゃんが気付く。

「まさか……アンタ達……ワザと負けてるんじゃぁないでしょうね……?」

「風先輩、あれはダメですよ……」

「なんだとー!? ちょっとちょっと、高級うどん一年分よ!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!?」

「でも風先輩、あの子たちホント一生懸命で……」

「一生懸命はこちとら一緒だっつーの! そんな情けない情に流されて、うどんを諦めていいのか!? あぁーん!?」

 私達は俯くばかりである。確かにうどん一年分は魅力的だ。でも、そのためにあの子たちの笑顔を曇らせるのは……。

「えぇーい! なんたることぉー!」

「次は俺の番だな」

 慟哭するお姉ちゃんを他所に大佐が立ち上がって対戦台へと向かった。

 大佐はまるでターミネーターみたいだが、実のところちびっ子には結構甘い。まして讃州保育園のちびっ子たちは大佐と今までたくさん遊んできた子供たちだ。筋肉オバケといえど嬢が移っているに違いない。

 私達は大佐が同様の運命をたどるであろうと確信していた。

 が、しかし。

『勝者、讃州中勇者部!』

「!?」 

 私達は耳を疑って俯いていた顔を上げて一斉に大佐の方を見やった。

「ふえぇ……負けちゃった」

「くっそー! トロ子、仇は取ってやるぞー!」

 大佐は容赦なかった。冨子ちゃんの同級生たちを(さすがにベネットさんの時と違って優しくだが)容赦なく破って行き、負けたちびっ子たちは涙目で悔しそうに次の子へとバトンタッチしては、その子もまた大佐の前に敗れる。

「た、大佐……」

「ヒデェ事しやがる……」

「ワハハ! 良いぞジョン! うどんはすぐそこよ!」

 お姉ちゃんが高らかに笑う。

 そして、保育園チームの大将。保育園児にしては体格も良いその子は園内では力持ちとして知られていた。でも、所詮は保育園児。筋肉モリモリマッチョマンの変態の敵ではない。

 決着はかつてないほどあっさりついた。

『勝負あり! 優勝は、讃州中勇者部!』

「うぅーわやったー!」

 お姉ちゃんは跳び上がって喜んだ。

 対して、保育園チームは目に涙を浮かべて悔しがる。泣かないように我慢しているのだろう。でも、その中の一人がついに泣きだしてしまう。

「うぅ……うわぁぁあん……」

 すると、まるで連鎖反応を起こしたかのように涙が伝播。七人全員が泣きだしてしまった。

 それとは他所に大喜びのお姉ちゃん。我が姉ながらとんでもない人だと思った。

 そんなお姉ちゃんに大佐は懐から取り出した麻酔銃で発砲。お姉ちゃんは笑顔のまま眠りの園へと誘われた。

「頭冷やせ」

 麻酔銃をしまいながら、大佐はしゃがみ、泣くちびっ子たちに目線を合わせた。

「人間はなぜ泣く」

「一生懸命とっくんして、にぼしもたべたのに……ひぐ……私、よわいままで……保育園のみんなに……うどん、たべさせてあげたかったのに……」

 大佐はそう言う冨子ちゃんの頭を撫でると、太い指で涙を拭ってあげた。

「トレーニングは嘘をつかない」

「ふえ……?」

「今はまだお前たちは弱い。だがそれはお前たちが小さいからだ。たゆまぬ努力と正しいトレーニングを続ければ、どんどん強くなる」

「ひっぐ……そうなの……?」

「ああそうだ」

「どうすれば、いいの……?」

 冨子ちゃんは涙をぐしぐしと拭いて、真っ赤になった目を大佐に向ける。

「好き嫌いせずたくさん食べてたくさん寝る。この手に限る」

 そう言うと大佐は立ち上がった。

「その点において、うどんは実に機能的な食品だ。エネルギーを飽きることなく、効率的に摂取することが出来るからな」

 

 

 

 

 数日後、讃州保育園。

「さぁ、まだまだあるからドンドン食べてね」

 鍋をかき混ぜながら東郷先輩が呼びかける。ちびっ子たちは「はーい!」と元気よく答え、空になった容器を持ってお代わりを求めてきた。

 勇者部特製の肉野菜うどん。それが今日の保育園のお昼ご飯。それをまかなうのは、この間のアームレスリング大会の景品で勇者部が受け取った高級うどん一年分。

「本当にありがとうございます、折角の優勝賞品をわざわざ……」

「いえいえ~、どうせ消費しきれないくらいありますから~」

 お礼を言う保母さんに園子さんが応える。いくら長期保存がきくからといっても冷静に考えて全くその通りだ。

「あたちにんじんきらい……」

「こら、好き嫌いはダメよ」

「そうだよ! 食べてみたら意外と美味しいよ?」

 夏凜さんと友奈さんは園児と一緒にうどんを啜っている。二人とも美味しそうに率先して食べるから、ちびっ子たちも真似して嫌いな食べ物も食べようとしている。

 私とお姉ちゃんは材料の切り分けをしていた。これは私の女子力修業も兼ねている。

「喜んでくれてよかったね!」

「ほんとね。いやぁ、私ったらうどんの魔力に囚われていたわ。いやほんと面目ない」

 恥ずかしそうに言いながらお姉ちゃんは切り分けた野菜を東郷先輩にパスした。

「やっぱり、うどんはみんなで美味しく食べるのが一番ね。不覚にもジョンにそれを教えられたわ」

 大佐は食べ終わった園児たちの腹ごなしの相手として教室の奥で人間アスレチックと化している。相変わらずのターミネーターフェイスだったけど、心なしか楽しそうに見えるのは、きっと気のせいでは無いと思う。

 

 

おわり

 




わっしーの章が楽しみで書いてる割に銀の登場がねぇじゃねぇか!
次に投稿するときはミノさんも出てくる話にしたいね。
まぁ次があるかは知らんけど。
完結作に未練がましく投稿するのもあれだからね。
とりあえず、 I'll be back。

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