少女、黒。   作:へるてぃ

4 / 6


 俺は滅多に会社を休まない。仕事の相棒(パートナー)が極度の怠け者で、技術はあるのに役に立たないというのもあるが、自ら仕事を休んで手持ち無沙汰だらけの(いとま)をつくるというのが嫌だったというのが、一番の理由だ。

 有給休暇がとれるような余裕があっても、そんな中で体調を崩しても、本当に(つか)えない相棒の所為で少々鬱気味になっても、俺はよっぽどの事がない限り、会社を休むつもりは無い。

 別に自分が勤める会社で日々真面目に働き、貢献したいという情熱的な志を持っている訳でもない。単に、自分の意思で手持ち無沙汰を覚えるような、無駄な時間を作りたくないだけなのだ。

 ほとんど邪魔でしかない相棒の所為で苦労の日々を送っていて、それでも平日の早朝から会社へ足を運び、独りで昼食をし、そして他の会社員もまばらになる時間帯まで残業を続ける。それを土日を除いた、毎日続ける俺は、当然の事ながら有給休暇が余りに余っていた。

 

 そんな俺が、今日は珍しい事に、有給休暇をとっている。

 理由は当然、家に黒が居るから。黒の内心に残る不安を少しでも取り除くためにも、傍に居てやらなければならなかったからだ。

 有休をとる、と俺に申請された時の上司の驚きっぷりは、正直滑稽な気もした。かといって込み上げてくる笑みに肩を震わせて耐えなければならないほど、面白かったという訳ではないが。今までは意地でも休もうとしなかった奴が、何の前触れも無しにいきなり有休をとると言い出せば、そんな反応になるのも分からなくはないが。

 

 少しの間、黒の傍にいる事にした俺は、ただ話しかけて黒を安心させる事だけに時間を潰した。──訳ではない。

 ただ俺が近くに居座ったところで、暗闇に満ちた黒の心が癒される訳がない。そんな黒の心に根付いた恐怖を解決してやるのは、黒が見た例の光景、例の出来事、その真実を明らかにすることだろう。

 その為に、黒から何かを聴き出そうと、俺は彼女に思いつく限りの質問を投げかけている。しかし、記憶喪失とは思った以上に厄介なもので、必死に謎を解き明かそうとする俺がする色々な質問に対する彼女の回答は、大半、いやほぼ全てが『分からない』だった。

 黒の家を調べてみれば何か手掛かりが得られる可能性があるかもしれない。悩みに悩む中で俺がそう踏んでも、それへの彼女の答えは。やはり。

 

「──…………………………わからない」

 

 

 

・・・四話 『月』

 

 

 

「…………………………かえで、かえで?」

 

 一人暮らしで体に染み付いた生活リズムによる早朝の起床、そして朝食。朝飯も食べ終わって、さっさと皿洗いを済ませ、リビングのど真ん中に置かれた卓袱台に肘を付き、俺はいかにもな仏頂面を浮かべていた。

 朝っぱらから不機嫌な俺。ダンボールに入ったままずりずりと俺の真横まで移動してきた黒が、そんな俺の肩を軽く揺すっていた。しかし態度から俺が怒っていると感じたのか、俺の肩を掴む彼女の手の力は弱々しい。

 

「…………」

「…………………………かえで……?」

 

 どれだけ声を掛けられても肩を揺すられても、俺はそれに呼応せず、無視を決めつける。昨晩までは優しく構ってくれていたのが、急に相手をしてくれなくなったのを、辛く、不安に感じたのか、俺に呼びかける黒の声は段々と泣きそうな声になっていく。横目でこっそりと黒を様子見したところ、心なしか彼女の瞳も潤んでいる。

 何故俺が怒っているのかどうしても気になるらしい黒は、泣きそうになりながら、それでも俺に声を掛け続けてくる。

 遂には、俯いて俺に謝っていた。

 

「……………………………………………………ごめんなさい」

 

 俺の肩を掴み、揺すっていた手が、俺のシャツの袖を弱々しく握りしめる。おそらく今になって、俺が不機嫌である原因を察したのだろう。俺がここまで怒っているので、それだけ自省しているのかもしれない。

 

 ちなみに、何故俺がここまで怒っているのか。その原因は、昨晩の出来事にある。

 シャワーを浴びようと脱衣中の俺。そんな俺が居る浴室へと、「背中を流したい」と着替えを抱えて来た黒。びっくり仰天な事に、彼女は俺を女だと勘違いしていたのだ。

 確かに俺は、"楓"という女みたいな名前だし、顔もよく女みたい──中性的と言われるし、まともに鍛えてない体はそれなりに細い。小さい頃からそうだったので、学生時代はよく『男の娘』とからかわれ、囃し立てられていた。俺が学生の頃を思い出したくない要因としては、殆どがそれにある。

 かといって俺は、自らそれを笑いのネタにしていた訳ではない。男にしては高めの地声をなんとか低くしようと頑張ったり、小学生の頃までは"僕"だった一人称を"俺"で定着させたり、いかにも男らしい服装や態度を意識したりと、苦悶の日々の中で密かに努力を続けていた。男らしくなろうと、汗を流していた。

 しかしそんな俺の願望は叶わず、いざ大人になってみりゃこのザマ。女顔よりの中性的な顔は変わらず、声だって成人男性にしちゃ大分高い。

 鏡を覗き、特殊な趣味を持つクラスメイトによく『女装が似合いそう』と言われる自分の顔を見る度、泣きそうになっていた学生時代の涙も、今となっては枯れてしまった。

 

「…………」

 

 冷静に考えてみれば、今さら女と勘違いされたところで、それは仕方がないのかもしれない。

 それに黒は子供だ。子供が何かを間違えたり、勘違いしたりするのは致し方がないだろう。それだけ子供は知識を持たず、世間を知らないのだから。そんな黒が河野楓を女だと間違えれば、それは河野楓本人であるこの俺が、苦笑いを浮かべながら事実を教えてやればそれでいい。

 子供に勘違いされただけで機嫌を損ねる俺こそ、生まれて二十数年経った今でも自分の外見を受け入れられていない俺こそ、子供だと笑われるべきなのだろう。

 

 黒には、無駄な涙を流させてしまった。謝らなければ。

 

「…………………………っ……、かえで?」

「……ごめんな、俺の方が子供だったよ」

 

 俺は控えめに苦笑いしながら謝罪し、黒の頭を撫でる。すると一瞬だけ安心したような笑みを浮かべた黒は、すぐにまた反省の念を込めた涙を瞳に浮かべると、大きく首を横に振った。

 

「………………………………わたしが、かえでをおんなのこっていったから」

「つぎ間違えてくれなきゃ、それで良いよ」

「…………………………うん」

 

 黒は少し安堵したように鼻を鳴らすと、 壁を背凭れにする俺と肩を並べて座り、ついでに俺の肩に自分の頭が触れるように少し首を傾ける。

 

「…………………………す~……」

 

 そして、寝た。

 実際に、黒の目の前で両親が死んだという日から、まだほんの数日しか経っていない。精神的にとても辛い体験をしてからさほど時間が経っていないのだから、彼女としても、未だに恐怖に体が震え、夜も眠れない部分があるのだろう。

 俺が見る限り、夜十時にでもなれば黒はすんなりと就寝しているように思えるが、それは俺の主観でしかない。もしかしたら、俺も寝静まった時間帯つまり真夜中は、不意に目が覚めるとそれから中々眠りに落ちることができずに、不安にオッドアイを濁らせる黒が居るのかもしれない。

 しょせん他人でしかない俺は、黒の傍にいるだけで、彼女の不安を根本から解消させられるような存在ではない。出来る限り二人で行動し、時には頭を撫でてやり、それにより黒に一時的に薄っぺらい安心を与えてやる程度しかできないのだ。

 

 それでも良い。

 少しでも、黒に"一人で生きる勇気"を与えられるのなら。

 少なくとも、黒が"自殺"という概念を覚えることがなければ、俺はその程度の存在で良い。

 

「頑張ったな、黒」

 

 家族の死を目撃しておきながら、家族の後を追って自ら死のうという気持ちを持たなかっただけ、彼女は偉い。身内が死んだだけで生きる気力を失い、自殺を決意する人間はこの世にいくらでもいる。

 それを悪いとは言わない。死んだ相手を、死んででも追いかけようとするのは、その人にとってその相手はそれだけ大事な存在なのだろう。

 

 しかし、人が自分を追って死んだことを知れば、その相手はどう思う?

 誰もが必ずしも、そんなに大事に想ってくれてたなんて、と喜ぶだろうか。中には、自分の死のせいで誰かに勝手に自殺されたことを知って、それを迷惑に思う奴や、責任を感じる奴だっているかもしれない。

 大事な人を想って自殺を選ぶくらいなら、最初から心中でもしていればいい。極端だろうが、要するにそういう事だ。

 止むを得ない場合は別に良い。自分、もしくは家族が誰かに命を狙われ、先に家族が殺され、その後に自分にも死が迫っていたのなら、家族を追って死ぬのも仕方のない事だろう。

 でもそうでないのなら、死んだ人が自分の想い人であるからこそ、必死に生きるべきだ。その人の形見を肌身離さず身に着け、共に壁を越えるべきだ。

 

「…………」

 

 ──少なくとも、俺はそれを選んだから。

 

 実のところ、俺も成人しない内に、親を亡くしている。実際に親を亡くした時は、いまの黒より成長しており、高校生の頃だったが。

 とはいえ、高校生の俺でも、親の死というのはかなり堪える出来事だった。このような、ある意味卑屈な性格になったのも、それの所為かもしれない。何故なら、兄弟も姉妹ももたない一人っ子だった俺としては、両親の死というのは、家族全員の死と同等だったから。

 その後は祖父母に引き取られ、祖父母からはまるで腫れ物にでも触れるかのような扱いをされて育てられたが、引き取られる直前に家で発見した、父親の小さな手帳と母親の使い古された髪飾りを形見として自分の懐に収め続けておくことで、辛い日々をなんとか過ごしてこれた。

 

 今となっては、学生時代の俺を育ててくれた祖父母も天国へと旅立ち、両親の形見も、どこかへと失くしてしまったのだが。

 それでも俺は、今を生きている。

 

 横にいる、黒のように。

 

「…………………………く~……」

「ほら、寝るなら布団で寝ろよ」

 

 俺は卓袱台を壁に立てかけてスペースをつくると、そこに布団を敷きなおして黒を寝かせた。掛け布団から顔と小さな両手だけを出して静かに眠る黒は、瞼を閉じてオッドアイが隠れているために、この姿を観察する限りは、どこにでもいる普通の女の子のように思える。

 ただし、子供にしては整った目鼻立ちと、やや大人びたその綺麗な容姿を除けば。

 そんな黒の綺麗な寝顔を眺めていると、不意に俺はこう思ってしまった。

 

 ──……アイツがこれ見たら、天使とか言って騒ぎだすんだろうな。

 

 もっとも、もうとっくに、俺とソイツは接点を無くしているのだが。

 

「ん?」

 

 不意に、寝ていたはずの黒が、布団から出したその小さな手で俺の手を掴んだ。

 いや、たしかに寝ている。黒は無意識に、人肌のぬくもりを求めているのだろうか。いつでもその機会を与えてくれる、一番身近な存在は、既に消えてしまったから。

 

「…………………………………………お、とう、さん……、おかあ、さん……」

 

 その証拠に、彼女は、寝言でも未だにその存在を求めている。

 

「…………………………かえ、で……」

 

 その代わりが、この俺だ。

 

「……分かってる」

 

 俺がそう言って、片手で黒の手を握ったまま、もう片方の手で黒の頭を優しく撫でてやると、黒の寝顔は、心底安心したような表情(もの)へと変わっていった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 同日。時刻は夜の八時過ぎ。

 とりあえず夕食を済ませた俺は、黒がいつでも寝れるようにあらかじめ布団を敷いたあと、自分は部屋の窓枠に腰を下ろし、暗闇に満ちた空にぽっかりと浮かぶ三日月を眺めていた。どうやら黒は俺が一緒に寝るまで布団に入るつもりはないらしく、俺のすぐ隣で、テレビで最近の人気番組を観ていた。この角度からじゃ、画面見えにくいだろうに。

 でもそれを指摘することはなく、隣にて無言でテレビを観続ける黒と同様、俺も夜空に堂々と居座っている大きく欠けた月を、黙って見上げる。都会であるここは、さほど空気も澄んでいるとはいえず、空も月の周りを分厚い雲が覆い、星はまったく見えなかった。

 

 俺が酒好きかタバコ好きか、またはそのどちらも好きだったのなら、ここで酒を飲み、タバコを吸っていただろう。ところが生憎、俺は酒が苦手で、タバコは尚更なのである。なので、開け放った窓から吹き込む生ぬるい風を楽しむくらいしか、俺にはできない。

 こうやって月を眺めていると、俺はふと、祖父母と暮らしていた頃の自分を思い出した。祖父母の家はド田舎だったので、月はもちろん、星もたくさん見る事ができた。かといって、その綺麗な星達に、学生時代(そのころ)の俺が目を輝かせていたのかと問われれば、そうでもないのだが。

 

「…………」

 

 思わず過去の記憶にまで振り返りそうなった自分の思考を、俺は首を振ることで追い出した。親が死んでからの記憶なんて、忘れられなくても思い出したくない記憶だ。それらは決して、"思い出"と呼べるようなものじゃない。

 

 まず両親を亡くして、友達を捨ててまで祖父母の家にお世話になって、大人になった頃にはその祖父母も亡くして。転校先じゃ、両親を亡くした根暗で女みたいな奴に、自ら関わろうとするお人好しなんているわけもなくて。

 気が付けば、友達と呼べる関係の近しい人間なんて一人もつくりなおせぬまま、俺は大人になっていた。社会人という言葉に相応しくない社会人となっていたのだ。

 

 それでも死にたくはなくて、孤独な人生を頑張って生きてりゃ、自分と同じく両親を失った少女を拾うことになるなんて、思いもしなかった。しかもその少女は、この世のものとは思えない『なにか』に、父母を殺されたというのだ。

 

「…………」

「…………………………」

 

 俺も黒も、運が無いのにもほどがある。

 なんでもかんでも頭に残っている俺はまだマシだ。黒なんて、自分の個人情報についての記憶を失くしてしまっている、謎の記憶喪失少女と成り果ててしまった。名前や歳、自そのうえ自分の家の住所も忘れてしまったのだから、黒の家を調べて、彼女が体験した出来事についてなにか手掛かりを得る事さえ叶わない。

 

 俺はともかく、黒については、何もしなくても手詰まり状態なのだ。朝も昼も夜も家の電気が点かない黒の家を不審に思った近隣の住民が通報するまで、少なくとも一週間以上は間があるはずだ。

 いや、そもそも、黒や黒の両親が、近隣の住民と接点があるのかさえ分からない。もし黒の家族が、近所において一切の存在感を示さない陰の家族だったとすれば、失踪届が出されるまで数か月かそれ以上──下手すれば、数年掛かる可能性だってある。

 どうやらこの謎の解決は、時の流れに任せようとしてもそうはならないらしい。

 

 それに、黒の両親が死亡したのは、この世のものとは思えない『なにか』ではなく、両親に何かしらの恨みを抱いた人間、人物による殺人とも考えられる。黒い『なにか』というのは、単に黒の見間違えか、犯行に及んだ犯人が黒ずくめの服装をしていただけ──という可能性はあるといえるだろう。むしろ、妖怪ましてや幽霊や宇宙人の存在も確率されていない現代じゃ、あきらかにそっちの可能性の方が、数字は大きい。

 しかし、疑問が残る。

 たとえそれが人間の犯行だったとして、なぜ犯人は、黒の両親を殺したあと、それを目撃していた黒を殺さなかったのか?

 たまたま近くで事件、事故現場を目にしていた子供の証言で犯人を逮捕できたという話は、いくらか耳にしたことがある。ならば犯人は、実際に両親を殺された現場を目撃していた彼女を、殺すか金目的として人質にするはずだ。なのにソイツは、黒の両親を殺したあと、それを眼前にしていた黒を放置し、彼女の両親を連れてどこかへ消え去った。

 

 黒の両親の死亡の原因を人間の犯行と仮定しても、結局は謎だらけだ。いやまず、黒の目にした黒い『なにか』が、彼女の見間違えだと断定するわけにもいかない。

 一つ一つの可能性を、確証ももたずに信じるのは、切り捨てるのは、どちらも間違いだ。とりあえずは、やはりなにか手掛かりを探りたいところ。かといって、そんな大事な情報がそこら辺の道端にでも転がっている訳がない。黒の両親を殺した『なにか』にとっても、自分を見つけられる手掛かりとは、ゴミ捨て場にでも安易に捨てられるようなものじゃないだろう。

 

 ……どうすればいい?

 黒が覚えている限りの情報は、昨日と今日とで彼女自身が話していた分の内容で全てだろう。

 きっと、その中に、一つくらいは手掛かりがあるはずだ。

 だとしたら、それは何なんだ?

 分からない。もう、訳が分からない。

 今まで他人の事について悩んだことのなかった俺は、やはり、事件らしき何かを解決できるような頭脳は持ち合わせていないという事か。

 

「…………………………かえで?」

 

 自覚しない内に頭を抱え、唇を噛みしめて頭を痛める俺を、黒が心配そうな表情で見つめていた。

 黒を不安にはさせまいと、俺は強張っていた表情を和らげ、彼女の頭に手を置く。

 

「なんでもない、心配すんなよ。

あぁ、そういえば月が綺麗だし、お前も見ると良いぞ。こんな都会じゃ、普通、夜はほとんど雲だらけだからな」

 

 俺が月のあった方向を指差すと、すぐに黒は窓枠に身を乗り出し、月を探した。月が見つかると、黒は少し感嘆の息を漏らした。

 

「………………………………まんげつ、きれい」

「そうだな、綺麗な満月だよ──って、えっ満月?」

 

 黒の呟きに驚いて月を見上げると、先程までは三日月に欠けていたはずの黄色い月が、たしかに丸い満月になっていた。三日月のはずが、見紛うとことなき満月となっていたのだ。

 

「……ハ? あれ、たしかさっきまでは、三日月だった……」

「…………………………?」

 

 元から満月だったのが、さっき俺が見ていた時までは、月の一部が雲に隠れて綺麗に三日月っぽくなっていただけなのか?

 いやそれはない──筈。間違いなく三日月だった、先程までは。それがこの短時間で、真ん丸な満月様になっている。俺が知らないだけで、こういう事はしょっちゅう起きるものなのか?

 

 少し困惑する俺を、そんな事は露知らない様子の黒が怪訝そうな瞳で見ていた。

 

「…………………………あっ」

 

 不意に、月を眺めていた黒が、なにかを思い出したように声を出した。

 

「…………………………かえで、ちょっとだけ、おもいだした、きがする」

 

 どうやら、なにかを思い出したのは本当らしい。気がする、というのは、思い出している途中、ということなのだろうか。それとも、思い出した記憶自体が元々、曖昧でうろ覚えな記憶だったのか。

 この際、なんでもいい。思い出したのなら、それを言ってくれればそれでいい。

 俺は若干喰い気味に、黒にこう訊いた。

 

「なにを、思い出したんだ?」

 

 すると黒は、夜空にぽっかりと浮かぶ満月を指差した。

 

「…………………………あれ」

「満月が、どうかしたのか?」

「…………………………『なにか』がでてきたのも、あれのよるだった」

 

 

 

 ──突然、部屋が闇夜に包まれた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。