Fate/zero 混沌より這い寄る者たち   作:アイニ

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 投稿遅くなりました、申し訳有りません。
 長い休日が終わったので毎日は無理になるかもしれませんが、それでも投稿していこうと思います。
 どうぞ、ご覧下さい。


007

 宝具の群れが暴れまわる。投擲された武器は立ち並ぶコンテナに牙を向き、鋼鉄の巨大な箱を貫き、砕く。一つ一つが必殺の威力を誇る刃たちは、地面ごと容赦なく破壊していく。

 だがしかし、アーチャーの武器たちは本来の獲物――――狂戦士のサーヴァントには届かない。

 バーサーカーの戦う様は、在り得ない。その一言に尽きた。

 嵐の如く、ゲリラ豪雨に勝る攻撃を、バーサーカーは全て凌いでいく。手に持った剣で防ぎ、弾き飛ばし、回避し、掴み取る。理性なきバーサーカーに理性はない。あったとしても、音速に近い速さで降り注ぐ攻撃に一々考える暇などない。

 反射神経でそれをしているのだ。

 体に染み付いた感覚だけで、英雄王の蹂躙から身を護っているのだ。

 まったくもって、在り得ない。

「英雄王は宝具の数が自慢らしいが、だとするとあの黒いのとの相性は最悪だな。黒いのは武器を拾えば拾う分だけ強くなる」

「手にした武器を自分の物が如く使いこなすのが、彼の特技なんだよ。ギルガメッシュ王は、ちょっと頭に血が昇っちゃってるみたいだねぇ。融通が利かなくなって、深みに嵌っていっちゃってるよ」

 ウェイバーを挟むように並んでいる二体のサーヴァントが、各々に分析した内容を口にする。それを聞いていたウェイバーは、不意に爆音が止んだのと風切り音が響き渡るのを耳にした。不可解さに、眉を寄せる。

 二つの不可解さの理由は、すぐに分かった。爆音が止んだのはアーチャーが出した武器が無くなったから、そして風切り音は手にしていた剣をバーサーカーがアーチャー目掛けて投げたからだと。

 クルクルと回りながら飛来する刃は、アーチャーが足場とする街灯の柱部分を両断した。ずるりと崩れ落ちる足場から跳び、彼は地面に着地する。

 黄金の鎧を纏っているとは思えぬ俊敏さを見せたアーチャーは、鎧がガシャリと鳴る程身を震わせた。

「痴れ者が……っ」

 零れたのは怒りの言葉。

「天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に立たせるかッ!」

 顔を上げた眼は見開かれ、ありありとした怒りの炎が燃え滾っている。

 全身から立ち上る怒気は、ライダーの言葉に不快感を見せたセイバーやランサー以上のものだ。

「その不敬は万死に値する。そこな雑種よ、もはや肉片一つ残さぬぞ!!」

 彼が叫んだ途端、先ほど以上の数の宝具が展開される。

 そのあまりの多さに誰もが息を呑んだ。そうでないのは「あーあ」と、どこか愉快げに呟いたキャスターだけだ。ライダーですら、目を見張るほど在り得ない光景ということだろう。

 英雄王ギルガメッシュ。

 世界中の宝をその手に収め、己の庫に納めたという最古の王者。その逸話は知っているが、それでもこの宝具の数は異常だ。威力も異常だ。

 桁の違い、というものを思い知らされる。

 あんな数が投げられるのか、と身を強張らせていると――――アーチャーがピタリと身動きを止めた。

 それから、機嫌悪く吐き捨てる。

「貴様如きの陳言で、王たる我の怒りを鎮めろと? 大きく出たな、時臣」

 不満ではあるが、納得はしたのだろう。アーチャーは展開した大量の武器を消し、鼻を鳴らしながらバーサーカーを一瞥する。

「命拾いしたな、狂犬」

 同じ大地に立っていようと、アーチャーの傲慢不遜な態度は変わらない。彼は己のとバーサーカーを除いた、他サーヴァントたちへと視線を投げかける。

「雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。我とまみえるのは真の英雄のみで良い」

 英雄王はどこまでも尊大に言い放つと、霊体化してこの場から去った。

 呼吸すら奪うような威圧感が一気に掻き消され、ウェイバーは大きく息を吸い、乱れた呼吸を整える。

「フム。アレのマスターは、あやつほど剛毅な性質ではなかったようだな」

「その分、お間抜けで甘ちゃんだけどねー」

 こいつらの心臓には毛が生えてるのだろうか。ライダーとキャスターはニヤニヤ笑いながら暢気そうに告げる。

「何笑ってるんだよ! まだバーサーカーが残ってるんだぞ!?」

「心配するな、坊主。次の相手は、どうやら決まってるようだぞ」

「え?」

「というより、今の彼には彼女しか見えてないんじゃない?」

 ……彼女?

 ウェイバーの頭の中に、女に分類されるサーヴァントは一人しかいない。残るサーヴァントは何れも男だ。キャスターは性別不明だが、奴の口振りから『彼女』はキャスターではなさそうだ。

 見やれば、紫紺の狂戦士は、兜を被った顔をセイバーへと向けている。奥でギラギラと輝く双眸は、最初からお前が狙いだと言わんばかりに姫騎士を見つめている。

 聞こえる唸りはか細く、地を這うが如く低い。ゾッと背筋を冷たくさせるような、掠れた亡霊の声音。

 そう思っていた途端、立ち止まっていたバーサーカーが行動を再開させた。素早く手に取ったのは、二メートルほどの長さの鉄柱。先ほど切り落とされた街灯の柱部分だ。

「A――urrrrrrッ!!」

 咆哮。

 それと共にセイバーへと振るい降ろされる金属柱。

 片手が使えぬセイバーは突如として襲い掛かる攻撃に目を丸くしながらも、重い一撃を目に見えぬ剣で防いだ。

 本当の意味での、狂戦士の暴走が始まった。

 

  ◇◇◇

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、口元を綻ばせて笑った。

 隠すべき真名を晒したライダー、圧倒的知力を発揮するキャスター、最強の英雄たるアーチャー、卓越した武芸を見せるバーサーカー……予想外の人物たちにより場は二転三転としていたが、現状は好ましい方向に進んでいた。

 最優と謳われているセイバーは現在、単身で暴れ狂う狂戦士と打ち合っていた。バーサーカーとは思えない程洗練された攻撃を凌いでいるが、ランサーの宝具で左手を封じられ、腕一つで戦うしかないセイバーの勝率は低い。手負いの状態で勝てるほど、あのサーヴァントは弱くない。

 どうやらあのバーサーカーは、手にした物を擬似的に宝具化させる力を持つらしい。ただの鉄柱一本で、セイバーを押している。あのアインツベルンの召喚したサーヴァントが、不利に陥っている。御三家のひとつが初日にして脱落せんとしているのだ。ケイネスの口元は自然と釣り上がるのもさもありなんというところだろう。

 アーチャーはマスターの命令で撤退し、ライダーとキャスターは傍観する姿勢を見せている。御三家とはいえ一介のマスターでは、ゲイ・ボウによる傷を治すこともバーサーカーを戦闘不能にすることも出来まい。セイバーの敗北は決定されているようなものだ。

 だというのに、それを邪魔するものが一人、現れる。

 激しく打ち合う両者の間に入り込み、そいつは卓越した槍捌きを用いて、狂戦士の攻撃を弾き飛ばした。

 

 体の線に沿った深緑の衣に、必要分だけの防具。

 ややウェーブがかった髪を後ろに撫でつけ、右目の下に呪いの黒子を持つ秀麗な男。

 

「悪ふざけはそこまでにしてもらおうか、バーサーカー。そこのセイバーにはこの俺との先約があってな。これ以上つまらん茶々を入れるつもりなら、俺とて黙ってはおらんぞ」

 

「ランサー……ッ!!」

 絶好の好機を崩さんとする不届き物。

 それはよりによって、己が召喚したサーヴァントだった。

 ディルムット・オディナ。彼の美しき騎士は伝承通りの高潔さを持つ。だがそれは、ケイネスにとっては余計なものでしかなかった。

 ケイネスにとってサーヴァントは使い魔。主の命令に従い、主のために行動すべき存在だ。それが人としての心、まして騎士道などというものを持っていることは邪魔でしかない。

 そもそも、ケイネスはランサーを信用してはいなかった。ディルムットは主君の妻を寝取り、裏切った男だ。ソラウという愛しの婚約者を持つケイネスに、異性を魅了する黒子を持つランサーを信頼する余地などない。彼の掲げし忠義や騎士道すら、信じられるかどうか。

 ケイネスは声帯に指先を宛がい、潜伏場所がバレぬように魔術で声の拡散を行う。

『何をしているランサー。セイバーを倒すなら、今こそが好機であろう』

「……っ!」

 現在の主の言葉に、ランサーは息を呑んだ。

 それからすぐに、その秀麗な面を上げて進言する。

「セイバーは、必ずやこのディルムット・オディナが誇りに掛けて討ち果たします! 何となれば、まずはそこな狂犬めを先に仕留めてご覧に入れましょう」

 ディルムット・オディナはどこまでも高潔で澄んだ心をしていた。

「故にどうか、我が主よ! この私とセイバーとの決着だけはどうが尋常に……ッ!!」

 ランサーは声を震わせ、己が主君に乞うた。

 好敵手と認めた相手には、最大の敬意を示す。ランサーは騎士王たるセイバーをサーヴァントの中で一番の好敵手と認めていた。

 だからこそ正々堂々刃を交え、誉れ高い一騎打ちにて決着をつけたいのだ。

 このような結果で、セイバーから勝利を手にしたくはないのだ。

 それは最も忠義に飢え、誠実かつ真摯でありたいディルムットの数少ない願いであり想いだった。

 だがそんな騎士としての思いなど、魔術師たるケイネスが知ったことではない。ケイネスは序盤で使うのは惜しいと思いながら、手の甲を見やる。

『ならぬ。ランサー、バーサーカーを援護してセイバーを殺せ。令呪を持って命ずる』

 告げた途端、手の甲に刻まれた赤い紋章の一角が消える。

 魔術で視力を強化し、ランサーの顔を見やる。女を惑わす甘い美貌には無念そうな表情が浮かぶ。槍を手にセイバーへと襲い掛かる様を見て、ケイネスの溜飲が少しばかり治まった。愛する婚約者を誑かすかもしれない男への同情など、ケイネスには欠片も思い浮かばなかった。

 そうして、ランサーとバーサーカーは並び立つ形で、セイバーとの距離を少しずつ縮めていく。二対一となったセイバーの可憐な顔に、苦々しさが覗き見えるようになった。

「……アイリスフィール、この場は私が食い止めます。その隙に、せめて貴女だけでも離脱して下さい。出来る限り遠くまで」

 淡々としたセイバーの言葉は、けれど自分達の状況が切迫していることを証明していた。ケイネスは勝利が確実な物になったと確信する。

 

 そのとき、

      ぞくりと、

           言いようのない怖気を感じた。

 

「……ッ!?」

 今まで感じたことのない、純粋かつ強烈な悪意を感じ取り、ケイネスはいきなり谷底へ叩き落されるのに似た恐怖を覚える。

 全身に絡みつく毒蛇のような、禍々しい視線。一体どこから差し向けられたものかと、視力を強化して出所を探る。

 だが、探るまでもなかった。

 その眼差しは、どこまでも自然に、そして堂々と向けられていた。

「キャスター……!!」

 ライダーの戦車の手摺にもたれる、極彩色の子供。男とも女ともつかぬ奴は神々しい美貌に嘲笑を乗せ、ケイネスに向けて手を振っていた。

 左右で色の違う大きな瞳には、姿を隠しているケイネスがハッキリと映し出されている。

 

 ――――まさか、居場所が見抜かれている……!?

 

 そんな馬鹿な、とケイネスは小さく呻いた。

 ケイネスの魔術迷彩は完璧だ。アインツベルンでさえ居場所を知れぬよう、隠蔽魔術を幾重にも施している。ランサーに命ずる時にも、魔術を用いて声の出所が分からぬようにした。それを見つけ出されるはずがない。

 だがしかし、相手はキャスター……英霊として呼び出されるほどに秀でた才を持つ『魔術師』だ。現代ではない、今よりも神秘の強かった時代から召喚されしサーヴァントである。いくらケイネスが優れた魔術師であっても、見破られる可能性はなくもない。

 どちらにしろ、まずい、とケイネスは思った。

 最大の刃であり盾であるサーヴァント……ランサーは、令呪を用いてセイバーに差し向けた。今のケイネスはほぼ無防備に等しい。今の状態でこちらの居場所を見抜いているキャスターから攻撃されれば、まともな防御が使えない。例え使えたとしても魔術迷彩が解け、他の参加者にも居場所が知れる。一気にこちらが不利になる。

 かといって、防がなければ確実に死ぬ。ウェイバー……不肖の教え子の言葉通りなら、キャスターの魔力はEXだ。サーヴァントの対魔力Aを持ってしても防ぎきれぬ、桁違いの魔力。そんな威力を浴びせられれば、一溜まりもない。

 もしやキャスターはただ傍観していたのではなく、この瞬間を待っていたのだろうか?

 そう考え、悔いるも遅い。後悔が先に立たずとはよく言ったものである。有利な状況になったことに浮かれ、冷静さを欠いた不覚にケイネスは歯噛みした。

 それでも三秒に満たぬ速さでどうするべきか考え、退却することを選んだ。そして決断に移ろうとする。

 が、

 

「遅いよ?」

 

 キャスターは鈴の鳴るような澄んだ声音で、ケイネスに言い放つ。

 途端、腕と脇腹に言い表せぬ激痛が襲い掛かり、肉の腐る悪臭が鼻粘膜を刺激した。

 


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