Slipknot
アメリカ出身のヘヴィメタルバンドで、俺も大好きなバンドだ。
色んなスタイルを融合させたヘヴィなミュージックを得意としてて、メンバーがそれぞれ不気味なマスクを被ってることでも有名だ。
日本では最大の敬意と特徴を表して“猟奇趣味的激烈音楽集団”ってキャッチコピーが付けられてて、日本以外にも世界中にファンがいるぞ。
ちなみにバンド名のスリップノットは直訳すると『引き結び』って意味らしいな。
山王学院は滋賀県に存在する小中高一貫の総合学園だ。
彦根城のお膝元に位置するこの学校は、偏差値は中の上程度で、不良が多いわけでもなく、かと言って底辺校でもない、本当に平々凡々とした学校だ。
一応、体育会系のクラブ活動で何度か表彰はされているが、大して有名なわけでもない。
卒業生が有名国公立大学に入った、という話も全く聞かない。
そんな中途半端ながらも平和でのんびりとした雰囲気を湛えた山王学院の屋上。
コンクリート造りで中々にがっしりとした校舎の、高校棟の屋上に、その少年はいた。
自分の腕で枕を作り、スマートフォンから伸びるイヤホンで音楽を聴きながら横になっている少年の名は、水晶颯[みずき はやて]。
深緑の髪に、あまりやる気のなさそうな眠たげな目つきが特徴だ。
「……あー、暇だわぁ……」
春の暖かい日差しが優しく降り注ぎ、全身を照らす。
それが気持ち良くて、大きな欠伸をしながらゆっくりと伸びをする颯。
「お兄ちゃーん」
と、遠くから聞こえる声に颯は閉じていた目を薄ら開き、声のした方に顔を向けた。
颯の目線から見れば地平線のように見える向こう側の屋上入口から、山王学院のセーラー服を着た少女が近づいて来る。
少女の名は、水晶楓[みずき かえで]。
彼女は颯の双子の妹だ。
栗色の髪をショートヘアにし、動く度に揺れる巨乳、ニーソ、お兄ちゃんっ子を始めとする諸々の要素を詰め込んだ存在である。
「やぁやぁ、あれこそは、楓ちゃんでござるるる〜」
颯はふざけたように唄いながら、右耳からイヤホンを外した。
楓と呼ばれた少女…水晶楓は、すたすたと颯の近くまでやって来た。
「またお兄ちゃんは屋上でお昼寝なの?」
「そーだよぉ。ぼかぁいっつも眠くて眠くて仕方ないんだよぉ」
と、颯は何だかふざけた口調のまま、楓の方を見た。
この時、楓は颯の顔を見下ろすように立っていたので、颯はスカートの中を否応なしに見せつけられる事になった。
「……楓ちゃんのおぱんちゅはおそらいろ〜」
「ちょっ!?お兄ちゃんてば!!どこ見てるのよぉ!!」
と、慌ててスカートを押さえて遠ざかる楓。
それを見てにへら、と笑いながら颯はむっくりと起き上がった。
……決して変な意味ではなく、そのまんまの意味でだ。
「なぁ、楓。この暇すぎて仕方ないのをどうにかできねぇかな」
颯はイヤホンを外しながら、妹に心境を吐露する。
「暇ったって…お兄ちゃん部活には入ったりしないの?」
「あぁ、一応見て回ったけどさぁ……ぶっちゃけ、どこもかしこもあんま楽しくなさそうだしなぁ……」
言いつつ、近くに貼ってあった「恋も部活も青春だぜ!」とクサい文句が綴られたポスターを一瞥しながら颯は大きな溜息を吐く。
「まぁ、そんな事言わないで…一応どこかの部活に入れば、そこそこ楽しい高校生活送れると思うよ?」
と、宥めるように言う楓。
「楓は基本受け身だからな…でも俺はそうじゃない。皆と同じ事はやりたくねぇんだよ」
颯はコールタールのようにドロついた視線をフェンス越しに見える彦根城に向ける。
彦根城っても、毎日毎日見てたらどうでもよくなってくるな、と颯は思った。
「じゃ、新しい部活でも作る?」
「……まぁ、それも良いかもなぁ……」
「もぅ……ここ最近お兄ちゃん変だよ?」
と、楓は颯の横にちんまりと体育座りした。
そこへ吹いてきた春風が、水晶兄妹の前髪を揺らす。
「何でそう思う?」
「だって、前までは自分から進んで色んな事やってたのに、今は何かエンジンが切れちゃったみたい」
「そーゆー事もあんの。つか、あれは全部俺がやりたいと思った事をやってただけだ。俺の素はこんなもんさ」
言いながら、颯はイヤホンの選曲ボタンを操作して曲を切り替えた。
数秒間の沈黙を経て、ヘヴィメタルの重低音が流れ出す。
「あ、スリップノットだ」
と、いつの間にか右耳側のイヤホンを片耳に嵌めていた楓が言う。
「スリップノットって良いよな」
「んー、私はリンキンパークの方が好きだな。だってスリップノットは重すぎるもん」
「…まぁ、リンキンも確かに悪くはない」
春の麗かな午後、水晶兄妹は耳の中に凶暴なサウンドを響かせながら、のんびりと空を見上げた。
「「あぁ〜、暇…」」
そして、二人同時に呟いた。
※ ※ ※ ※
数時間後。
放課後、学生達が一日の仕事から解放される時間。
皆、各々の部活動や委員会に精を出したり、やる事が無い者は家路に就いている。
「……うん、つーわけだからさ、俺今日は飯いらないよ…うん」
人もまばらになり、夕陽が差し込んで来る教室の一角。
一人の生徒が、携帯で誰かと通話していた。
「うん…ごめんな。じゃ、俺も忙しいし切るぞ?」
ワックスで整形した灰色の髪に、マスクで顔の半分を覆ったその少年は携帯の通話モードを切った。
そして、大きく溜息を吐くと電話帳から所定の番号を指定し、電話をかけた。
6回目のコール音でやっと繋がる。
「もしもし」
『おぅ、剣持っつぁんか?調子どうよ?』
声色から、電話の相手は若い男のようだ。
剣持と呼ばれた少年は、相手の問いをそのまま無視して続けた。
「今夜の予定は?」
『や、俺の質問は無視かよ!?…まぁ、良いやな。今夜は7時から12時までのタイムテーブルだ』
「あぁ、そうすか……あの、もう少し時間短くしてくれると嬉しいんすけど…」
『アホか、駄目に決まってんだろ』
即答だった。
「…あの、こっちにもこっちの生活があるんすけど……」
『んな事は知ってる。だが、雇われてる奴はちゃんと仕事をするのが社会のルールってもんだぜ?別に俺はお前の仕事時間減らしても構いやしねぇさ。でもな、それで困んのはお前だぞ?あぁん?』
と、相手の男はまるでどこぞのブラック企業の上司のような事を言う。
「……もう良いです、分かりました。今から行きますんで」
『そーそー。分かりゃ良いんだよ。あ、あと---』
剣持は相手の言葉を最後まで聞かずに携帯を切った。
「……あのクソ店長め……」
舌打ちしながら携帯をポケットにしまい、剣持は毒づいた。
このまま、サボってやろうか、いやむしろもう二度と出勤しないでやろうか、とも思った。
しかし、それでは給料を減らされてしまう。
「行くしかないか……」
再び溜息を吐き、剣持は通学用にしては無駄に大きな鞄を肩に掛け、教室を出た。
※ ※ ※ ※
一方その頃…
「ふぁ〜、今日もつまんねぇ一日だったな…」
「お兄ちゃん、最近そればっかりだね」
所変わって、山王学園近くの商店街。
学校帰りの学生達で賑わう中に、水晶兄妹の姿があった。
「だって本当につまんねえんだもんよ。あぁ〜、何か面白い事でも起こらないかなぁ」
言いながら、颯は近くのコンビニで買ったフライドチキンにかぶりつく。
「言うだけなら何も起こらないよ?お兄ちゃんは何かしてみようとは思わないの?」
楓はそんな兄を見ながら、小さく溜息を漏らす。
「できる事があるならとっくにやって……ん?」
と、ここで颯は立ち止まった。
すぐ横にあった電気屋のテレビに釘付けになっている。
テレビの画面には音楽番組だろうか、演奏を終えたバンドが何やらインタビューに答えている。
「お兄ちゃん?どうしたのいきなり…」
「…これ、見てみろよ楓…」
「へ?何が?」
楓はテレビの画面、そして兄の顔を交互に見た。
兄はテレビを食い入るように見ている。
…この時妹は悟った。
自分の兄が、何か新しい事を始めようとしている事に。
「楓、俺決めた」
「…何をかしら?」
「……バンドやるぞ」
「……マジで?」
「……俺に二言はない」
続く?
キャラクター紹介 No.1
水晶颯
(イメージCV.吉野裕行)
【挿絵表示】
illustrated by かにかま(http://syosetu.org/?mode=user&uid=42805)
主人公。
メタル好きな滋賀県立山王学院高校の1年生。
平々凡々としすぎな高校生活に飽き飽きし、何か新しい事を始めようと妹と共にメタルバンド・ギプノーザを結成する。