地が裂け、黒雲に覆われた空に雷鳴が轟く。荒々しい暴風が周囲の木端を吹き飛ばしながら荒廃した大地を駆け抜けていく。
『――駄目だね』
そんな荒野の中心に、聞く者の背筋を凍り付かせる様な冷淡な声が響き渡った。
声の主である純白の肉体に豪奢な装飾品を纏い、黄金の四本角を生やした悪鬼――狩猟民族『グロンギ』の王、ン・ダグバ・ゼバは期待外れとでも言いたげな無味乾燥した態度で、彼の背後に倒れ伏す、龍と飛蝗と人間を混ぜ合わせた様な人型――アギトに背を向けたまま語る。
『ズやメ、ゴの半数を殺したと聞いて期待していたけど……これでは駄目だね。君は、僕に挑むにはあまりにも弱過ぎる』
『……ッ……』
倒れ伏したアギトは殺意の篭った瞳でダグバを睨み付けるが、自分より弱いモノには毛程の興味も見出さないダグバは、アギトの視線に気付いていながら振り返りもせずに歩き出す。
その行き先は農耕民族『リント』の集落――即ち、アギトの住む里である。
『……待、て…………ッ!!』
潰れた喉を震わせて、血反吐を撒き散らしながらダグバ目掛けて右腕を伸ばし、指先に小さな魔力弾を生成して放つ。
高速で飛翔した魔力弾は歩き去ろうとするダグバの後頭部に命中し、身体を僅かに揺する。
『……弱者は』
立ち止まったダグバが嘆息。背を向けたまま右腕を振り上げると、その手に連動する様にしてアギトの足元の地面が隆起し、幾本もの円錐状の柱がアギトの身体を穿ち、串刺しのまま宙高くにまで持ち上げる。
『――弱者らしく死んでいろ』
ダグバが冷淡に言い捨てながら挙げた腕を振り下ろし、それに呼応して曇天からアギト目掛けて膨大な雷が降り注ぐ。何とか逃れようと試みるも、それが叶うよりも早く雷はアギトの身体を貫き、その衝撃でアギトの意識は途絶えた。
Α−Ω
《――ふ〜ん、中々見込みのありそうな子ねぇ……》
何処とも知れぬ闇の中。そこにフワフワと揺蕩いながら微睡んでいたアギトに声が掛けられる。
《――“力”が欲しい?》
不意に聴こえてきた女性の声に、アギトは思考の纏まらない頭で警戒を始める。すると、女性の声はくすくすと笑い、再びアギトに話し掛けてくる。
《――村の皆を護れるだけの“力”が欲しい? あの不条理の化身を捻じ伏せられるだけの“力”が欲しい? 貴方が望むのなら、私は貴方に“力”を与えてあげるわ》
ハッとした様にアギトは目を開き、声の主――露出の激しい服に身を包んだ赤髪隻眼の女性を見る。
真剣な表情になったアギトに、彼女は蠱惑的な声音でもって再度語り掛ける。
《――さあ、どうする?》
――リントの一族は彼を、
アギトの答えは既に決まっていた。
《――そう。良いわ、持って行きなさい》
優しい微笑みを浮かべた彼女が翳した右手から紫色に輝く光球が顕れ、スッとアギトの腹部――変身時に現れるベルトの、丁度中心の位置に収まる。
《――さあ、これで終わりよ。目覚めなさい》
言われたアギトは眠りから目覚めようとして、その直前に彼女の名前を聞いていない事に気が付く。慌てて尋ねると、彼女は穏やかな表情のままに淀みなく自身の名を答える。
《――■■■■の■■、あるいは□□の□□。何方でも好きな方で呼んで頂戴……………………………………まあ、もっとも》
彼女の名前を聞き、その名を胸に刻んだアギトの意識が現実の世界へと引き戻される寸前。彼女は思い出したかの様に付け加える。
《――コレを得た後で、まだ理性が残っていたらの話だけどね?》
そう言い終えた彼女の笑みは、先程までの聖母の如き慈愛に満ちた優しいものでは無く。
――獲物を陥れた蛇の様に冷たく、狡猾な
Α−Ω
『さて、リントの一族は……こちらの方角か。アギトは期待外れだったし、クウガはもっと出来ると……』
ダグバがそう独りごちた瞬間、濃密な
突如として発生した強大な気配を感じたダグバは弾かれる様にして背後を振り向き、降り注ぐ瓦礫と砂塵の雨を腕の一薙ぎで消し飛ばして気配の主を探し――先程討ち果たした筈の
龍と飛蝗と人を混ぜ合わせた様な生物然とした、ある種グロテスクだった緑の四体は銀を基調としてより龍に近付いた無機質な鎧と化していて、
『…へぇ。今度はやりそうだね』
『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
アギトは全身から紫の炎を立ち昇らせながら、獣の如く咆哮する。既にその橙色の瞳に理性の輝きは無く、其処に宿るのは純粋な殺意のみ。
小手調べとばかりにダグバが手を翳すとアギトの身体は赤い炎に包まれるが、それらは一瞬で紫の炎に侵食され、炎の勢いを強めるだけに終わる。
『火は効かないか……』
呟き、翳していた腕を横に薙ぐ。その瞬間曇天の空が渦巻き、その中心から大量の雷がアギト目掛けて降り注いだ。
『グルルルルルゥゥゥゥ……グガアアアアアアアアアッ!!!』
並の相手ならば掠るだけで消し炭になりかねない雷。しかし、アギトが絶叫と共に腕を振り上げると、身体を覆っていた紫炎が巨大な柱となって天へと迸り、アギトを打ち据えんとばかりに迫っていた雷を尽く飲み込み、灼き尽くす。
『ガギュグガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアッ!!』
再びの絶叫。アギトは狂気に染まった瞳でダグバを睨み付けると、前傾姿勢を取り、脇目も振らずに疾走する。
『……なるほど、
残像を作りながら迫り来る、獄炎の獣と化したアギトの腹部――賢者の石を内包するベルトに絡み付く、龍の爪を思わせる装飾。それを見たダグバは合点がいった様に頷き、愉快そうに笑いながら二度三度と腕を振るう。
一振りで大地が剣山の如く隆起し、二振りで暴風が周囲を遍く薙ぎ払い、三振りで津波の如き雨が全てを圧し流さんとばかりに降り注ぐ。
ダグバは期待に満ちた目でアギトを見据える。“さあ、どうする?”と。
『ゥゥゥゥゥゥゥッッッ………!!』
アギトは立ち止まり、迫り来る尋常ならざる異能を見据えると、低い唸りをあげて再び疾走りだす。迫り上がる大地を蹴って跳ね、吹き荒れる暴風を拳で引き裂き、降り注ぐ雨を灼き尽くして駆ける。手足が傷付こうがお構い無しに全てを力尽くで切り開く。
全ては目の前の敵を倒す為に。
『オオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!』
『ハハハッ!!』
天変地異と見紛うばかりの異能の嵐を掻い潜ったアギトは、全霊の紫炎を纏わせた拳を振り上げ、怨嗟の叫びと共に打ち出した。
しかし、音を置き去りにして放った拳が命中する寸前、ダグバの姿は煙の様に消え失せ、刹那の内にアギトの背後に現れる。
『そらっ!!』
『グゥッ!?』
喚起と共に放たれた蹴りがアギトの脊髄を踏み砕かんとばかりに打ち据えるが、アギトは痛みなど感じていないかの様に身を捩り、振り返りざまに紫炎を纏わせた拳を振るう。それを見たダグバは感心したように笑い、拳を突き出して真っ向からアギトの剛拳を向かい討った。
拳と拳が激突する。世界から一瞬音が消え失せ、次いで生じた衝撃波が周辺を根こそぎ薙ぎ払う。
『ハハハハハハハハハハハハハハッ!!』
『がッ……ア゛ア゛ア゛ァァァアアアアッッッッ!!!!!!!!』
拳をぶつけた姿勢のまま、ダグバが
拳がぶつかる度にアギトの腕は裂傷から鮮血を飛び散らせ、ダグバの拳は灼け焦げる。それでも、両者は躊躇わずに拳を振るい続ける。
方やは理性を失って尚も
方やは異能等と言う無粋なモノを使ってこの
殴る、殴る、殴る。致命打だけを迎撃し、それ以外は全て
しかし、延々と打ち合う二人の力は一見拮抗している様に思えるが、実際には違う。打ち合う度にアギトの身体は傷付いていくが、対するダグバは微々たる速度ではあるが少しづつ身体の傷が回復していくのだ。
『グ、ウウゥゥゥゥゥ……ッ!!』
数え切れない殴打の応酬の果てに、終にアギトが苦悶の声をあげながら膝を着く。
これは一重に、
ヒトからアギトに進化した者と、アギトからグロンギに変貌した者とでは、根本的な力の差が激し過ぎるのだ。その上、現在のアギトは【■■■■の■■】によって身体と魂を燃料に『※※※※』である紫炎を操っている状態。通常時とは比較にならない勢いで生命力を消耗している。
故に、こうしてアギトが倒れるのはダグバにとって想定内の事であった。
『グ、ウ……ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
アギトは最早闘う事もままなら無い程にボロボロになった身体を気力のみで起き上がらせ、絶叫と共に殴り掛かる。しかし、その拳は今までと比較すると明らかに弱々しく、殴られたダグバの身体は小動もせず。
『フフッ、楽しかったよ』
無邪気に笑って手刀を放ち、アギトの胸部を、其処にある橙色の石――アギトの力を制御するワイズマン・モノリスを心臓諸共に穿き、粉々に砕いた。
『が、あっ……』
数瞬の痙攣の後にアギトの瞳から輝きが消え、
『…さて、それじゃあ行くとしよ……』
心臓を貫いた事を感触で理解したダグバがアギトの遺骸から腕を引き抜こうとした瞬間、暗く消えていたアギトの瞳に赤い光が灯り、今まさに引き抜かれようとしている自身の胸を貫いている腕を掴み取った。
『ッ!?』
突然の
『うあぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!!』
『が、アァッ……!!?』
衝撃で吹き飛ばされたダグバが、初めて苦痛に満ちた声をあげる。見れば、ダグバの腹部に巻かれていた、悪魔の様な意匠の黄金のバックルに罅が入っている。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!!』
しゅうしゅうと、黄金の水蒸気の様なモノがダグバの身体から立ち昇り、同時にダグバの姿が徐々に変貌していく。純白であった体色は灰掛かった鈍い白色と化し、身体は二回り程肥大化、クワガタを思わせた頭部は獅子の如き厳格なものへと変わっていく。
藻掻き苦しむダグバを見たアギトは仮面の下でほくそ笑み、魂を燃やし尽くした事によって今度こそ完全なる『死』を迎えて崩れ落ち、足元から光の粒子となって空へと散って逝った。
『は、ハハ……これは、やられたなぁ……』
アギトの消え去った空を見上げ、苦痛に喘ぎながら、苦笑混じりにダグバは零す。致命的なレベルでは無いとは言え、ベルトの損傷はかなりの規模に渡る。全体の凡そ四割までに亀裂が走っている上に一割程の欠片が紫炎によって焼失しており、ダグバは完全体の姿を保てなくなっている。
戦闘力の低下は著しく、名のある神にも等しかった力は、今では最上級天使に劣る程度にまで弱体化してしまっていた。もしもこのままアギトとの闘いが継続していた場合、敗北はともかく勝利は厳しいものとなっていただろう。
『……仕方が無い。戻ってザジオにベルトの修復を……』
このままリント族に攻め討ちに行くか、ベルトを修復し万全を期してクウガとの戦いに挑むべきか。ダグバはどちらがより面白い闘いになるかを熟考し、最終的にはベルトの修復を優先する事に決めた。
『!!』
待機させていた巨馬を呼び寄せ、その背に跨がって彼が治める領域に帰還しようとした所で、不意に昆虫の羽音の様な低い音が聞こえ、見上げた空から銀の鎧を纏い紫の大剣を担いだ人型――クウガが舞い降りた。
Α−Ω
――斯くして、一人のアギトの生涯に幕が下りた。
――彼の最後の闘いについてはどの勢力の記録にも残っておらず、彼が見せた
――故に、アギトの内に巣食う“力”の正体は、かの王が討ち取られた今となっては誰一人として知る由もない。アギトの母たるリリスでさえも。
――唯一、彼に
>アナザーアギト バーニングフォーム
今作においては【■■■■の■■】によって強制的にシンカしたアギト。
※※※※である紫炎と無双の怪力、堅牢な鎧を持って立ち塞がる者を遍く捻じ伏せる。
しかし、※※※※たる紫炎はアギトの魂を燃料に燃え上がる故に、一度至れば待つのは破滅のみ。
歴代の自然発生型アギトの戦死を含めた死因の7割は、この姿に至った事による魂の消滅。
>ン・ダグバ・ゼバ
戦闘民族『グロンギ』の王である『究極の闇をもたらす者』。
今作においては死したミラージュアギトがン・ガミオ・ゼダによってグロンギと化した存在。
ダグバ(中間体)は二度と出さないと言ったが、ダグバ(完全体)を出さないとは言っていない。
え、リント語喋ってる様に見える? どう見てもグロンギ語です、心が綺麗な人にだけリント語に見えます(ぁ
尚、今作におけるグロンギやロード、アギトの強さを図で示すと
【グロンギ(ズ)<下級ロード(番組前半登場)<グロンギ(メ)≦ロード(番組中盤登場)<<ロード(番組後半登場)≦グロンギ(ゴ)<<<<ダグバ様(中間体)<<<エルロード<<<<<<<<<<<ダグバ様(完全体)】
【ギルス<<<アナザーアギト<<エクシードギルス<<翔一アギト(フレイムのみ)<<<翔一アギト(全フォーム覚醒)<<<<翔一アギト(トリニティ)<アナザーアギト(バーニング)<<<<<ミラージュアギト】
となる。
ハイ、と言う訳で断章でした。まあ、番外編と言う名の複線回みたいなモノですね、作者がネタを我慢しきれなかったとも言う(おい
今回は以前リクエストのあった歴代アギトの話、ダグバ様(完全体)と戦ったアギトの話でした。
プリム視点じゃないのは申し訳ありません、プリム視点だとネタバレがトンデモナイ事になるのです……m(_ _;)m
ホント、どうしてこうなったのやら……(初期プロット見ながら
中盤にチラッと登場した彼女の正体はまだヒ・ミ・ツ♡
あ、やめて、石投げないで……まあ、とにかくまだ秘密です(バレバレかもしれませんが……)
なので、分かっても言っちゃダメよ?
次回も一週間前後で更新します。
マシュ、教えてくれ。俺は、後何回リセマラをすればいい?
俺は後何回、「エクス↑…カリバー↓!!」やコヤストフェレスのイカれた笑い声を聞けばいいんだ?
ジャンヌは俺に何も言ってはくれない。教えてくれ、マシュ!