やはり彼女たちのアイドル活動はまちがっている 作:毛虫二等兵
比企谷八幡 ~マクドナルド~
どうにか精神的安定を取り戻し、無事マックにたとりついた俺であったが、矢澤にこの罵声と共に迎えられた。ふむ、いたっていつも通りだ。しかしこうなることはわかっていたので、園田海未に好物だとことを聞いた俺は ポテトL×3 という手段でその場を納めた。
怒っているのか嬉しそうな、複雑な表情をしながら、彼女はポテトを食べ始めた
そのあとすぐに争奪戦になったのは、いうまでもない。
その間に、俺は説明役(?)である絢瀬絵里に、呼び出された理由について説明を受けた。
「二週間後のライブを合同で…か」
今回の呼び出しを由比ヶ浜さん風にまとめると
新曲の発表を見に行ったらA-RISEのリーダー 綺羅ツバサ に拉致され、場所が決まっていないのなら場所を貸してくれるとの提案を受けた。どうしよう。
ということらしい。発表以外のことはすべてやってくれると言えば聞こえは良いが、とんとん拍子というか、なんとなく悪徳業者に似たものを感じる、それとも王者の余裕というやつなんだろうか。
「そう、そのことについて、比企谷君はどう思ってるのかなって思って。私たちはもちろん参加しようと思っているんだけど・・・私たちだけではなく、あなたの客観的な意見が聞きたかったの」
絢瀬絵里が言葉を言い終えると、ポテト争奪戦を終えたであろう面々の視線が俺の方を向いた。
ダンス出来ない、作詞も作曲も出来ない俺が、このメンバーの役に立てること。それは彼女達の意見をまとめ、アドバイスをするくらいしかない。
以前材木座に聞いたμ's関する情報と、いままで調べてきたネットでの彼女達の評判、人気の推移などを元に、これから話す内容をまとめていく。まとまったら、あとはこのことを話すだけだ。
「悪くはない提案だと思う。 ミューズ 側のメリットは、場所の提供だけじゃない。注目度が高いA-RISEとの共演で、多くの人に みゅーず が復活したことをアピールできることだ。上手くいけば、新規ファンを作ることや、一度離れてしまったファンが戻ってくれるかもしれない」
一度離れてしまったファン という言葉に、彼女たちの顔が少し暗くなったように見えた。本人たちもどこかではわかってはいたことなのだろうが、これもまた事実だ。いつもなら文句を言ったであろう矢澤にこも、この時は黙っていた。
「2つ目、場所と最新の機材、人員を貸し出してくれること。ライブ映像の配信機材もこっちで準備する必要はないし、事前の打ち合わせで擦り合わせていくこともできる。設備に関して言えば、UTX学園には勝てる学校はそうそういない。つまりμ'sはアピールを最大限活かせる最大の機会を貰ったと考えていい」
「いいことばっかりだにゃ~!」
「そう喜んでばかりもいられませんよ、凛。相手は前年王者のA-RISE…しかも同じ土俵で戦うことになるんですから…」
園田海未の言葉を聞いた途端に、星空凛の表情に緊張が走ったように見えた。ほかのメンバーの表情をみる限り、星空凛以外にも同じことが思っているようだ。
A-RISEの経歴や実力に関してはわざわざ説明する必要はないだろう。このことに関しては、俺より彼女達の方が理解しているはずだ。
「園田海未の言う通り。一見してみれば、活躍の場を与え、しかも無償で貸してくれるっていういい条件なのかもしれない。だが、A-RISEにとってはライバルを蹴落とす最大のチャンスでもある」
「蹴落とす…」
浮かない表情で、小泉花陽が呟いた。アイドル好きは伊達ではないらしく、矢澤にこと、小泉花陽の二人は既に察していたようだ。
「前年出場手前まで言った高校がもう一度出場を決めるともなれば、前年の王者としては潰しておきたい所だろう。今回は予選だから直接は関係ないが…間違いなく映像を見た人は比較するだろう。だが、問題はそこじゃない」
メンバーは疑問に満ちた表情で、こっちを見た。
「復活ライブは大勢の人が見る、当然、今までファンであった人もいるっていうのはさっきも言ったが、それがアンチとなって現れる可能性もある。もし仮にA-RISEを越えることが出来たとしても、一度失望したものに、もう一度期待しようなんて思うほどファンは甘くないだろう」
傷を掘り返されて嬉しい人がいるわけがないのは、彼女達であっても例外ではない。この話題が彼女たちにとって、触れてほしくない部分なのもわかっている。
だが、彼女たちは理解しなければいけない。さっき園田海未が告げた弊害も、彼女たちがこれから進むうえでのほんの一部でしかないこと、彼女たちがこれから進むためには、覚悟が必要なことを。
「事情はどうあれ、μ'sは直前でラブライブの参加を放棄した。この事実は変わりはない、失望した人も多いはずだ。これから…」
次の言葉を言おうとした時だった。 バンッ! と机を勢いよく叩く音に俺の声はかき消されたのだ。机を叩いたのは、星空凜だった。これ以上は我慢できないといった鋭い眼つきで、彼女は俺を睨みつける。
「あの時はどうしようもなくて…!ああするしかなかったんです!」
「凜ちゃん!」
「落ち着きなさい凜!」
強い怒りのこもった罵声と共に、星空凜は胸倉を掴む勢いでこっちに迫ってくる。小泉花陽と、西木野真姫が引き留める。全員の視線が、刺さってくるのもわかる。
「それでも!だって…ひどいよ…凜たちだって辛かったのに…どうしようもなかったのに…!」
「・・・落ち着いて、凛ちゃん」
「凛、一回落ち着きなさい。それってどういう意味かしら?」
花陽は凜を座らせ、失意の星空凛もゆっくりと身体を預ける。西木野真姫もすかさずフォローにはいっていた。
もし彼女達が辞退した理由が「誰か」のせいであったのなら、これはたちの悪い犯人探しで、原因である人物にとっては遠回しに「お前のせいだ」と聞こえる言葉でしかない。
だからこそ、仲間意識の特に強い星空凜は余計に耐えられなかった。ほかのメンバーだってそうだろう。
しかし、俺は続けなければならない。例え耳が痛かろうとも、いずれ必ずぶつかる問題のはずだ。ライブの後か、それとももっと先か、それは断言することはできない。
でも俺はそのことを彼女たちに伝える必要がある。もし自覚しないままいけば、彼女達はいままでとは違う、競争社会というただ非情なだけの世界、冷たい目や飛んでくる嘲笑という現実に打ちのめされることになる。
純粋な彼女たちは、それだけでつぶれてしまうかもしれない。どうしてもそれだけは避けなければならない。
「以前のように、暖かく迎え入れてくれるほど優しい状況ではない。それでも…」
「凜、落ち着いて聞ききなさい」
矢澤にこが俺の言葉を遮って、矢澤にこは失意の星空凜にむかって淡々と話し始めた。声は少し震えていて、その拳を強く握りしめている。
このままではまずい と思ったが、 割り込むな という強い意思を持つ彼女の瞳が、俺を睨みつけ、話すことも、動くこともできない。そうして矢澤にこは淡々と語り始める。
「出場を辞退した後、私たちの動画がランキングに載ったわ。もちろん、悪い意味よ。いい?『誰が悪い』とかじゃあないの。事情はどうあれ、ラブライブに出場できなかったのにしなかったこと事態が問題なの。私たちからしたら、あのまま出たっていい結果は出せなかった。それは私も理解しているわ。でもね、ファンにとっては簡単に納得できる世界じゃないのよ。努力を踏みにじられたって考えるスクールアイドルもいるの、そういう世界なのよ。いい、あの場所は…」
矢澤にこは最後にそっと俯き、口を閉ざした。一瞬だけ見えた彼女の表情は、悔しさや後悔の色がにじみ出ているような、そんな表情だった。
「あの場所を目指しているスクールアイドルは、全国に数えきれないほどいた、しかし、私たちは自らその場所に行く権利を捨てた」
あの言葉の先はこう続いたのかもしれない。しかしそれだけは、アイドルである彼女の口から言うことが出来なかったのかもしれない。
「にこっち…」
「触らないでよ…ばか」
「ごめんな…」
隣にいた東條希がゆっくりと肩を抱き、矢澤にこの頭を撫でる。
もうすでに、俺は取り返しのつかないミスを犯してしまっている。
当時を知っている彼女の言葉は、俺の言葉とは比べ物にならないくらい重い。メンバーに与える傷も俺以上に深く、傷を抉るだけのものになってしまっている。
これから先はこういう環境だから気を付けるように と警告するだけのはずだったのに、
このままでは彼女たちに深い傷を与えただけで終わってしまう。
これから先の思いつかないわけではない。だが今の俺が何を言っても、これから大会に向けて頑張ろうとしている彼女たちにとっては意味のない言葉だ。
思い返せば思い返すほど、自分の見通しの甘さやを痛感する。今更ながら、考えが甘かった。
あの言葉は、俺が言うから意味があったはずだ。重みがない分、彼女たちに与える傷も最小限で済むと考えていた。このままでは、もしかしたらいつのまにか解散させてました、なんて最悪な展開になってしまう。
彼女たちを解散させずに、もう一度まとめる方法、この手の問題は、時間を置いたらますます深刻になる、そうなる前に、俺は彼女たちをつなぎとめる必要がある。謝ってどうにかなるものでもない、肯定してもどうなるものでもない、だとしたら何が残る。どうすればなかったことにできる。
「矢澤にこの言う通り、ファンからしてみればその行為は裏切り以外の何物でもない」
苦し紛れに思い付いたたったひとつの方法。なんど思考を巡らせても、ほかに出来ることはなかった、つまり俺は、俺のやり方でやるしかないのだ。
「ラブライブ本戦の出場を目指しているスクールアイドルは、全国に数えきれないほどいたはずだ。だが、お前たちは自らその場所に行く権利を捨てたんだ。多くのアイドルやファンが、失望したはずだ。期待が大きければ大きいほど、裏切られた時の失望は大きなものになる、それだけのことをμ'sはしてしまった。もしこれから続けるのなら、そんな最悪な環境のなかでやっていなきゃいけない。それが出来るか?」
躊躇うことがない なんていうのは嘘だ。俺が今やっているのは夢をかなえようとしている子供に向かって、どれ程難しいのかという現実を突きつけているに等しい。抗えない現実という壁を突きつけられて、ショックを受けないものなどいない。
でも、これが俺に出来る、この場で彼女たちを繋ぎとめるための最善策だった。「メンバーではなく、蒸し返した奴が悪い」ということにしておけば、傷も浅く済むはずだから。見通しの甘さも、考えの未熟さも、俺のミスから始まったことだ。
一触即発の空気を孕んだ重苦しい空気の中、彼女の鋭く睨み付けるよう眼差しが、俺の身体に刺さるように感じている。この空気は、学校で起こる気晴らし程度のいじめなんてものじゃない。そんなものが比にならないくらいの、怒りのこもった感情。今この瞬間、俺は彼女たちにとっては“敵”になった。
「はいっ!みんなちゅうも~く!!」
そんな空気を断ち切るように、一人の少女の明るい声がフロアに響いた。こんなにギスギスした重たい空気の中でも、高坂穂乃果は笑顔で、全員に向かって語り掛けている。
「比企谷君も、にこちゃんも!今私達が置かれている現状とか、いろいろ考えててくれて本当にありがとう!厳しい言い方だったけど、穂乃果たちはそれを理解しないといけないって思ってる。でも、そんな空気を変えるのは、穂乃果達なんだよ!たとえみんなに睨まれて、嫌われていたとしても、私たちはその倍の笑顔で返したい、笑顔にしていきたい…その為に、今できる精一杯をやっていこうよ!だから、私たちが暗くなって、喧嘩しちゃ駄目だよ!」
重く沈んでいた空気が、少しだけ和らいだ。あれだけ険悪だった空気を高坂穂乃果は変えようとしている。そして変わり始めた空気を察知し、絢瀬絵里が動いた。
「みんな、今日は解散して、一旦頭を冷やしましょう」
「…うん、そうだね」「そうね」「わかったわよ」「みんな、気を付けてな」「いこう、凛ちゃん」「…わかったにゃ」
そこから、俺とほとんど会話はなく、全員は早足でこの場を去っていった。
さっきまでの重苦しい空気なんて嘘のように、静寂に包まれたフロアの中に俺はいた。机の上に残っているごみを集め、ゴミ箱に入れていく。怒り心頭なのもいいが、片付けはやってほしいものだ。
あの瞬間、高坂穂乃果を中心にメンバーの意識が一気に繋がっていくのを、俺は空気を通して感じた。
いい風に言えば常に前向き、悪くに言えば楽観的。でもあの時、彼女は確かに変えたのだ。沈んで、ばらばらになってしまうかもしれないメンバーを繋ぎとめた。俺のような歪んだやりかたではなく、ただ真っ直ぐに主張をぶつけた。だが、そんなやり方があったのだとしても、俺は俺のやり方を取るだろう。
ただ、メンバーの中でただ一人だけ、俺を気遣うような、なにかを心配しているような表情をしている人いたような気がしたのだ。 助けてほしい という俺の心が産み出してしまった幻覚なのかもしれない。それだけのことといえば、ただそれだけのことだ。
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家に帰宅した俺は身体中に倦怠感を感じ、部屋に戻って愛しの布団でごろごろしていた。この倦怠感例えるなら、学校があるにもかかわらず徹夜でゲームをしてしまい、一睡もしないまま体育の授業を受けた後みたいなものだろう。しばらく天井を眺め、ボーっとしていた。しばらくして、携帯の着信音が鳴っている事に気づいた。相手は、大体検討がついている。
「もしもし」
(こんばんは、園田海未です)
心の中で ああ、やっぱり と思っていた。あんなことがあった後だ、おそらく電話の一本でも来るんじゃないかとは薄々思ってはいた。
(あれから、比企谷君の伝えたかったことを一人で考えてみたんです。あれは・・・私たちがいずれ向き合わなければいけない問題だった。でも、あんな言い方以外でなく、もっと別の言い方があったのではないでしょうか?)
決して怒鳴ったりしているわけではない。静かに、丁寧な言葉づかいだ。それでもはっきりと、園田海未が怒っているのが伝わってきた。
「…あの場はああするしかなかった」
(穂乃果の助けがなかったら、あなたの居場所がなくなっていたのかもしれないんですよ?)
園田海未の口調に、少しだけ強くなった。少し驚いたのは、彼女は問題を起こしたから怒っているのではなく、俺のやり方について怒っているという事だった。もし相手が普通の女子なのだとしたら、あんな問題を起こしたことに激怒し、感情的になると思っていた。俺もそれでいいと思っていた。
しかし、彼女が俺のやり方を認めることはないだろう。これは、ほかのメンバーも同じことが言える。
なぜなら、彼女達は全員 μ's として活動していく中で、常に前を向いている高坂穂乃果のやり方に従ってきた。もし、今日あの感覚が高坂穂乃果のやり方なのだとしたら、それは俺のやり方とは根本的に相容れることはない。
仕方ないと切り捨てる排他的な考え方と、みんなで頑張ろうと夢を見続ける理想的な考え方では、一緒になれるわけがないのだ。
「その時は仕方ない」
(仕方なくなんかないです!私はあなたと、比企谷君と一緒にμ'sを始めたいと思ったんです!それなのに…あなたは違うのでしょうか?これは私の…私の思い違いなのでしょうか…?)
言葉を重ねるごとに、電話越しの園田海未の口調は弱くなっているように聞こえた。
誰かに必要とされること、それは素晴らしいことだとは俺も思う。でも、俺に与えられた役割はそうじゃなかった。全員を繋ぎとめるためには、ああするしかなかった。相容れないやりかたであったとしても、俺はあれが最良の選択肢であったのだと信じている。
「俺のせいで誰かを傷つけたり、迷惑をかけるのは筋が通らない。責任を取っただけだ」
(…そこに比企谷君は入らないんですか?私は嫌です!迷惑をかけても、それでも前を向こうとする人を私は知っているから。それでは・・・それでは駄目なのでしょうか?)
高坂穂乃果のように、俺は人を引き付けることはできない。なぜなら彼女と俺は、考えの根本も、人を惹きつける人としての魅力、何もかもが違う。
カリスマを持ち合わせている人材と、そうでない平凡な人間を比べるのは、そもそも間違っている。
「解散させないために仕方なかった。それだけのことだろう。俺が勝手に傷ついたとしても、それは自己責任だ。それに、俺は彼女(穂乃果)のようには出来ない。俺と彼女は、生まれ持った才能も、考え方も違う。あれが俺に出来た、μ'sにとっての最善策だ」
(…そんなの絶対に間違ってます!)
静かな怒りを籠った、そんな言葉だった。いつのまにか、通話が切れたことを伝えるビジートーンが耳元で鳴っている。それがわかったのは、少し後のことだった。おそらく、あまりの勢いに俺の頭がついていけなかったのだろう、だが、これでよかったのかもしれない。
あのとき心配そうな表情をしていた少女は、園田海未だったのだ。
でなければ、こんな電話も、ましてや考えることなどしないだろう。だとしたら、俺の言葉は彼女にとって毒でしかない。理想主義者と現実主義者が相容れないように、彼女達と俺は一緒にいるべきではないのだ。彼女達は彼女達らしく、俺は俺らしく生きていけばいい。
そうすることでμ'sは俺という足枷から解放される。
どこか釈然としないもやもやとした気持ちを感じているのは、久しぶりに怒られたからなのかもしれない。泣かれたことはあったが、同年代の女の子怒られるのは人生のなか数えるほどしかない。そのほとんどは俺に対する敵意からくるもので、今回のは俺を心配してくれていたから怒った という本当にありえないケースだ。
なんともいえない気持ちを抱えたまま、俺は目を瞑り、眠りについた。
園田海未 ~自宅~
あのマックでの口論から一日が経った。このままではいけないと思った私は、一度全員と話し合いをするために、linkの一斉通話機能で話し合っていた。もちろん。彼はそこにはいない。
(で、これはなに?)
(にこちゃん落ち着いて…)
(・・・落ち着いてるわよ。でもね、さっきから話が全く進んでないから言ってるんじゃない!これから先、どうするかってのを話し合うんじゃなかったの?)
わかってはいても、なにをどうしていいのかがわからない。話は結局、結果の出ない平行線のまま続いていた。電話越しで、しびれを切ら始めているにこと、それを治めようとする花陽の声が聞こえてくる。それも無理はない。話し合いを始めた良いが、誰も話そうとしないからだ。15分その状態が続いているのだから、怒るのも無理はない。
しかし、にこが喝を入れたとしても、携帯電話のマイクから聞こえてくるのはため息ばかりで、誰の声も聞こえてこなかった。
(あれから一日たったから、もう大丈夫だよね。みんなは比企谷くんについてどう思う?)
沈黙を破ったのは、穂乃果だった。彼女の真剣な問いかけにも、みんなは答えようとしない。
各々抱えている感情があって、理由はいろいろある。もしかしたら、私のようにただ答えを言い出すのが怖いだけなのかもしれない。
(じゃあ、海未ちゃんはどう思ってる?)
「・・・どうして一番最初が私なんですか?」
(海未ちゃんが比企谷くんと一緒にいた時間が長かったからだよ。もしかしたらこの中で一番彼を理解しているのは、海未ちゃんなのかもって)
「確かに一緒にいる時間は多いかもしれません。でも・・・理解しているのなら、最初からこんなことになどなっていないではありませんか」
そう、私のせいだ。彼はあのとき、何かを言おうとしていた。でも、それが何かわからない。わからなくても、悪意はなかったはずだ。それなのに、揺らいでしまっている自分がいる。
彼の言っていることは、いつか私たちが考えるべき問題だった。
ただ、どうしてこのタイミングで言ったのだろう。それとも私が勝手に思っているだけで、彼は悪意を含めてあの言葉を言ったのだろうか?私たちの事が嫌いなのではないだろうか?
「・・・わかりません」
(頭の中で止めちゃだめ、考えてる事とか、思ってる事、みんなに話してみて。海未がちゃんは、きっと答えを出しているはずだよ)
「だからなぜ私なのですか!私だって・・・わからないんです」
(待って穂乃果、どうしてそこまで海未から聞こうとするの?海未だって、わからないことくらいはあるわ)
(絵里ちゃん、穂乃果はね、こうなっちゃった原因を聞きたいんじゃないよ)
(どういうこと?)
「・・・どういうことですか?」
(イミワカンナイ・・・)
(みんな、海未ちゃんは比企谷くんと一緒に帰ったり、彼のことを一番理解しようとしてた。海未ちゃん比べてうちらはまだ彼について知らない所が多すぎる。だから、一番最初に海未ちゃんに聞きたかった。そういうことでええの、穂乃果ちゃん?)
(うん。ありがとう希ちゃん。それにね、喧嘩しちゃってたとき、海未ちゃんはすごく心配そうな顔をしてたんだよ)
「え・・・」
(やっぱり、気付いてなかったんだね。すごく寂しそうな、悲しそうな顔をしてた。だから、きっと海未ちゃんはならきっと答えを出せるって、穂乃果は思ってる)
初めて部室に来たとき、彼は自分に悪意を向けさせることでその場を収めた。その場は収められたとしても、それは自分が傷つくんじゃないだろうか。今までもそうなのだとしたら、彼は多くの自分を犠牲にしているんじゃないだろうか。
だとしたら、そこに悪意はないはずだ。
まだまだ、私は「比企谷八幡」という人を知らない。
でも、不器用だけど、優しい人だと、私は信じたい。勝手な思い過ごしでもいい。
私は彼を支えると決めた、だから彼と手をとって、もう一度だけ前に進むと決めた。この思いは、曲げてはいけないものだ。
「・・・比企谷君は、とっても優しい人だと思います。確かに言い方は悪かったですし、彼のやりかたは褒められたものではないかもしれない。でも、彼にアドバイスを頼んだのも、求めたのも私たちで、彼の言っていた問題は、いつか私たちが考えるべきことでした。今回は、それが早く回ってきただけだと思います。私の意見は以上です」
私の言葉が否定されても構わない、例え間違っていても、私は彼を含めたみんなで、もう一度一緒に始めようと決めたんだ。これだけは、絶対に曲げることはできない私の意思だ。だから、否定されるのなんか恐くない。
(みんなはどう?はっきりしないものでもいい、思っていること、これからやりたいこと、一人一人話していこうよ。提案を受けるかどうかは、きっとそれからでも遅くはないから)
穂乃果のその一言を皮切りに、みんなが動き始めた。一人一人、自分の言葉で、思いを話し始めた。