ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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18.ばいにんテール(七)

18.ばいにんテール(七)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:10

 

 

 南一局一本場

 【東家】花田 煌  :35800

     チップ:±0

 【南家】宮永 照  :27800<割れ目>

     チップ:-2

 【西家】須賀 京太郎:37900

     チップ:-2

 【北家】宮永 咲  :-1500

     チップ:+4

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:10

 

 

「ふぅ」

 

 と、花田煌は深呼吸する。ようやくの和了で人心地つきたいところではある。トップを射程距離に捉えることもできた。

 

(とはいえ、だからこそ、まだ息を切らすわけにはいかない)

 

 各人から回収した点棒を手元の収納に叩き込みながら、花田は自動卓中央のボタンを押した。うろに流し込まれた牌を余さず呑んで、卓上に次局の山がせり上がる。力強くボタンを押下する花田の指の先で、踊った賽の目が5・1(右六)を示した。

 此度の割れ目は宮永照である。

 

(ここで、稼がないことには――)

 

 意気もあらたに、花田煌は山を割る。きっかり14枚を手元で開いて、

 

(お――)

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 配牌

 花田:{三三四五六七九⑥⑥⑧245東}

 

(――すばらじゃないですか)

 

 想像以上の好配牌に、けれども彼女はやや面相を厳しくした。ドラを含む典型的なタンピン手である。嫌う要素は何もない。もちろん花田も内心は素直に喜び勇んでいる。ただ常日頃「表情がわかりやすい」と言われている彼女は、近ごろ牌の巡りが良いときには渋い面持ちをつくってしまうのだった(それはそれでわかりやすいことには気づいていない)。

 

(こういう手をアッサリ蹴られることに慣れてるだけに……手にホレて散家のみなさんへの注意をおこたらないようにしないと、ですねっ)

 

 三方を見渡して、花田は牌をまっすぐ河へ打った。

 

 打:{東}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:10

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 配牌

 照:{五②④⑥⑥⑦⑦15567南}

 

 宮永照は、点棒を確認する。何度見ても結果は変わらない。南一局一本場における彼女の順位は3位である。10000点以上の差をつけていた花田に、逆転を許したのである。

 

(綾は京太郎の大明槓――)

 

 照は、前局、食い損なった{②}を思う。鳴き三色を確定させる副露を完全に潰された。次巡花田が打つであろう{6}で2000点を和了ることが、前局における照の絵図であった。京太郎にとって何らキーとなりえないはずの{②}が、まさかあのタイミングで喰い取られるとは思っても見なかった。

 まったく、あの瞬間に限っては、京太郎の意趣も有効に機能したと言わざるを得ない。それが自身の和了に結びついていない以上はただの閃きでしかない。けれども、照は、一杯を食わされたことを素直に認めた。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 1巡目

 照:{五②④⑥⑥⑦⑦15567南} ツモ:{4}

 

 打:{1}

 

 牌を自摸り、河へ打つ彼女の動作に変調はない。

 表情も常どおり変わらない。

 ただ彼女の指が触れた牌だけが、奇妙な熱を持っている。

 その熱には、照自身も含めて、まだだれも気付いていない。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:10

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 配牌

 京太郎:{一二八九①③④4東南西西白}

 

 愚形まみれの4向聴の配牌を与えられて、京太郎は方針を定める。今局、この牌姿で真っ直ぐに和了を目指すのはあまり現実的ではない。まずは照に代わって2位に迫っている花田の親を蹴る必要がある。けれどもそのために次の親である照をアシストすることはできない。必然的に、かれの目は下家の咲に向いた。

 常道であれば、折りよく下家である彼女の援護に徹する局である。

 が、

 

「うん?」

 

 と、目を瞬く咲を一瞥して、京太郎は手牌に目線を戻す。

 

 照と異なり、咲の実力の程を京太郎は正確には知らない。序盤の放銃から、少なくともあの時点では照ほど硬い打ち手ではないということしか判らない。照から直撃を取り、仕掛けた照に先んじて和了って見せた手際も、たんなる偶然と切り分けることは難しい。

 やや背高の椅子に深く腰かけて、咲は両足をふらふらと中空で揺らしている。いつの間にか脱がれたソックスが縮れて床に落ちていた。危なげない手つきで理牌する仕草から、ダンラスの焦燥はまるで斟酌できない。

 

(へんなやつ)

 

 照ほど浮世場慣れしているわけではない。

 月子ほどエキセントリックでもない。

 片岡優希ほど自信過剰でもない。

 池田華菜ほど()()()()()()があるわけでもない。

 学校の教室を見回せば、似たような見目の少女はすぐ見つかるような気がする。

 しかしそれでも、彼女はこの場にいる。卓を囲み、麻雀を打っている。京太郎の知る限り、ありふれた少女はいくら誘われたからといって金銭を賭す遊びに早朝から参加したりはしない。さしたるためらいもなく京太郎の招きに応じた時点で、宮永咲は見た目通りの少女ではない。

 

(まァ、みんなどっかへんではあるけど)

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 1巡目

 京太郎:{一二八九①③④4東南西西白} ツモ:{發}

 

 打:{東}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:10

 

 

 胸が疼いた。

 

(――?)

 

 宮永咲は突然、息苦しさを覚える。疼痛と呼べるほど明らかな感触ではない。ただ喉元に何かが詰まるものを感じた。胸に迫るものがあった。

 右方で、土俵際の粘りで見事に和了を攫った花田煌が嬉しそうに頬を緩めていた。それはまったく無心の喜色である。金銭の遣り取りが伴うこの半荘戦ではあるけれども、花田の笑顔はそうした泥臭さとは縁遠いものにさえ見える。単純に際どい勝負を制したことを喜ぶその表情が、咲に何かを感じ入らせる。

 

(楽しそう……)

 

 照に機先を制された前々局、京太郎の感覚的なものとしか思えない妨害を受けた前局と、咲にとっては不自由な展開が続いた。思い描いていた絵図と局面は、徐々に乖離を始めている。咲はもどかしさを覚える。恐らくは照による最大限の警戒が、咲の調()()を妨げる最大の要因ではある。それは間違いない。地力において、宮永照は宮永咲の先を行く。

 

 ただそればかりでもない。要所において花田や京太郎は、それぞれの立場から照や咲を利用しようと立ち回っている。それは今のところ、全てが成功しているとは言いがたい。とはいえ何もかも無為に終わっているわけではない。照の力量は突き抜けているけれども、警戒や絞りを徹底的に受けても意に介さないほど懸絶しているわけではない。

 咲も照もこの卓にいて打っている。

 花田も京太郎も勝利を目指して打っている。

 

(麻雀って、こんなんだっけ)

 

 きょう、咲は自宅以外の場所で、生まれてはじめて麻雀を打った。

 今のところ、特筆すべき感想はない。

 対面には照がいる。金銭を賭している。負ければそれなりの痛手を被る。そうした要素はかつてと何ら変わるものではない。

 赤牌やチップの有無、ドボンや割れ目といったルールには初めて触れる。けれどもそれは咲の考える麻雀の本質が損なわれるものではない。牌に触れて感じることができるのであれば、枝葉末節がどのような形態をとっていようとそれは()()()()()()()

 

(麻雀って――どんなんだっけ)

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 配牌

 咲:{赤五六⑧⑨13378北北南中}

 

 かすかに漫ろな咲をよそに、各家は山を割って手牌を揃えていく。咲も半ば反射的に上家である京太郎の動作に追従する。牌を自摸る。13枚を手元に並べて理牌する。その最中で、彼女は己の心が細く尖っていく心象を脳裏に思い描く。卓上の隅々にまで気遣いを行き届かせる。曖昧でしかない感覚を予知めいた確信にまで引き上げる。

 そうでもしなくては、とても宮永照とは渡り合えない。

 

()()()()()

 

 と、咲は思う。

 言葉の響きに不思議な皮肉を感じる。彼女は決して対手と正面から組み合おうとはしていない。誰もが頂点を目指す中で、彼女だけは異なる方向を向いている。それは痛みを避けるための処方である。しかしいま、彼女が座る卓でその処方が必要なのかといえば、そうではない。咲もそのくらいのことは心得ている。ここには照がいるけれども、彼女たちの家ではない。この麻雀では金銭の遣り取りが発生するけれども、それは単純な約束事のうえに成り立つルールである。卓上においても卓外においても打ち手の関係性は平坦でしかなく、そこに政治的な力学は存在しない。

 今日、この場所で、咲はどんなふうに打っても良い。

 恐らく、勝っても負けてもその結果自分が不快になるようなことにはならない。

 なぜならば、

 

(わたしは、遊びに来てるんだから。お姉ちゃんと。すがくんと。ほかのひとも)

 

 胸が疼く。

 痛みではない。

 

(麻雀で)

 

 それは衝動に近い。

 

(遊ぶために、わたしは、ここにいるんだよ)

 

 旧い馴染みの衝動である。しばらく前に咲はその気持ちと別れを告げた。名前も忘れてしまった。思い出す必要性もなくなって、時間が経った。咲はそれから、無難に日々を過ごしてきた。生活は問題なく送ることができた。不自由はなかった。むしろ円滑に回った。角逐を避け丸みを帯びることで、軋轢を回避することができる。咲は幼くして不条理を学んだ。ゆえに不条理を回避する術も学んだ。それは成長である。誰に指弾を受ける筋合いもない。咲は胸を張って主張することが出来る。彼女の選択は正しかったし、誤りではない。仮にそれが何かを傷つけていたのだとしても、自分が傷を負い続けるよりは良いと、そう判断したのである。それはだから、咲にとっては成長だった。

 けれども喪失でもあった。

 忘却も兼ねていたかもしれない。

 そしていま、失ったもの(あるいは失くしたと思っていたものが)が咲の肩を叩いている。

 

(麻雀って)

 

 咲は自問する。

 

(どんな顔して打てばいいんだっけ――)

 

 その答えが、すぐ傍にある。

 

花田さん(このひと)

 

 親の花田が意力を乗せるような牌を打つ。劈頭は{東}である。自風を真っ先に切り落とす彼女の牌勢は、どうやら悪くない。曲げて自摸ればこの半荘の決定打になりかねない。

 

(楽しそうだなあ)

 

 眉間に寄った眉や、頬の力み具合から、花田が口角を噛んで緩みを堪えているのだと、咲はなんとなくわかった。年上の彼女のそんな仕草が妙に微笑ましかった。

 胸の疼きがまた増した。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 1巡目

 咲:{赤五六⑧⑨13378北北南中} ツモ:{2}

 

 打:{南}

 

 花田を真似て、口角を吊ってみた。

 不思議と、蒙が啓かれたような気がした。

 ()()()()()()()と咲は思った。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 2巡目

 花田:{三三四五六七九⑥⑥⑧245} ツモ:{⑤}

 

 打:{2}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 2巡目

 照:{五②④⑥⑥⑦⑦45567南} ツモ:{三}

 

 打:{南}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 2巡目

 京太郎:{一二八九①③④4南西西白發} ツモ:{6}

 

 打:{①}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 2巡目

 咲:{赤五六⑧⑨123378北北中} ツモ:{7}

 

 打:{中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 3巡目

 花田:{三三四五六七九⑤⑥⑥⑧45} ツモ:{六}

 

(フム? 塔子(ターツ)オーバー)

 

 打:{九}

 

(……一気通貫(イッツー)はむよう)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 3巡目

 照:{三五②④⑥⑥⑦⑦45567} ツモ:{8}

 

 打:{⑥}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 3巡目

 京太郎:{一二八九③④46南西西白發} ツモ:{2}

 

(生牌なら、役牌は先に処理しとくか)

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:11

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 3巡目

 咲:{赤五六⑧⑨1233778北北} ツモ:{北}

 

(1向聴だけど――)

 

 打:{⑧}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 4巡目

 花田:{三三四五六六七⑤⑥⑥⑧45} ツモ:{赤5}

 

(こ、これは……ブックブクの予感ですっ)

 

 打:{⑧}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 4巡目

 照:{三五②④⑥⑦⑦455678} ツモ:{四}

 

 打:{5}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 4巡目

 京太郎:{一二八九③④246南西西發} ツモ:{發}

 

(何週遅れてんだ、こいつは……)

 

 打:{南}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 4巡目

 咲:{赤五六⑨1233778北北北} ツモ:{四}

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 5巡目――。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 5巡目

 花田:{三三四五六六七⑤⑥⑥45赤5} ツモ:{八}

 

 照、咲の両名に一歩遅れて、花田もまた1向聴に漕ぎ着けた。

 

(あとひとつ――下家さん()の{⑥5}の被せぶりからして、もうかたちはそうとう決まってる。打牌候補は{⑥}か{5}か。目に見えてる枚数じゃ優劣はないですけども)

 

 花田

 河:{東2九⑧}

 

 照

 河:{1南⑥5}

 

 京太郎

 河:{東①白南}

 

 咲

 河:{南中⑧⑨}

 

(甘い打牌には、いまにもロンの声が掛かりそうな……)

 

 花田は、とくに目立つ南家()の河を推知する。

 

(萬子の染め手という線もありますが、たぶんそれよりも多面受けの形を決めて絞ったっぽいですね。とすると、どーせ{⑥}も{5}も最低あと一枚は持ってるのかなー。……なら)

 

 打:{5}

 

(――こっちでいってみる)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 5巡目

 照:{三四五②④⑥⑦⑦45678} ツモ:{⑦}

 

「……」

 

 打:{⑥}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

(当然の、)

 

 すかさず、花田が吼えた。

 

「ポン!」

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 6巡目

 花田:{三三四五六六七八⑤4赤5} ポン:{⑥⑥横⑥}

 

 打:{⑤}

 

(聴牌取りです!――この5800も、もらう!)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 6巡目

 照:{三四五②④⑦⑦⑦45678} ツモ:{③}

 

(――今度は、邪魔させない)

 

 打:{⑦}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

花田さん(対面)照さん(上家)は、たぶんもう……)

 

 序盤から中盤に差し掛かるというタイミングで、早くも京太郎は退路が断たれつつある事を察知した。花田、照ともに聴牌気配が濃厚である。そしてこの巡目では、安全牌も十分に蓄えられていない。

 

(これはきついぞ)

 

 そして、

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 6巡目

 京太郎:{一二八九③④246西西發發} ツモ:{9}

 

(……どっちにも完全にアウトだな。{147と369}は満貫手でも聴牌()らねーかぎり絶対打てない)

 

 両名に対する本線の牌を引き当てて、京太郎はオンリを決心した。

 

(ちっくしょー)

 

 打:{發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:12

 

 

 そして、咲もまた、

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 6巡目

 咲:{四赤五六1233778北北北} ツモ:{1}

 

 同巡に聴牌を果たした。

 

(――ん)

 

 打{8}で嵌張待ち――打点5200の聴牌である。場には{5}が二枚見えている。恐らくは赤を含む残り二枚も照と花田の手の内だと咲は察した。下の三色か、あるいは雀頭にでも据えられていなければ、さほど悪い待ちではない。

 

 打:{1}

 

 それを、咲はノータイムで自摸切った。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:12

 

 

 月子が、弱った顔で池田に助けを求めた。

 

「解説。おねがい」

「たまには自分で考えてよ……」池田がげんなりと嘆息した。「まあ、教科書的に考えると、{69}の受けがなくなって危ないからじゃない? まァでもあたしならあれは聴牌とるな。{2}は2枚見えとはいえ、少なくとも親は引いても切るだろーし」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 7巡目

 花田:{三三四五六六七八4赤5} ポン:{⑥⑥横⑥} ツモ:{北}

 

(――くさいところだけど、気にしないっ)

 

 打:{北}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

(――ここ)

 

 咲は、

 

()()

 

 と、いった。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 7巡目

 咲:{四赤五六1233778北} ポン:{北北横北}

 

 打:{7}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:13

 

 

 月子が、更に弱った顔で池田に助けを求めた。

 

「いけださん。なにあれ」

「あたしもアレはわかんねー……」

 

 池田が両手を挙げた。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 8巡目

 花田:{三三四五六六七八4赤5} ポン:{⑥⑥横⑥} ツモ:{白}

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 8巡目

 照:{三四五②③④⑦⑦45678} ツモ:{⑦}

 

「…………」

 

 打:{⑦}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 8巡目

 京太郎:{一二八九③④2469西西發} ツモ:{9}

 

(だから……うてねーっての)

 

 打:{發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 8巡目

 咲:{四赤五六123378北} ポン:{北北横北} ツモ:{3}

 

(まず、いっかい)

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 花田:{三三四五六六七八4赤5} ポン:{⑥⑥横⑥} ツモ:{4}

 

(あ、あぶらっこーい!)

 

 打:{4}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

(受け損なった)

 

 上家の打牌を見るともなく見届けて、照は冷静にその結果を評価した。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 照:{三四五②③④⑦⑦45678} ツモ:{一}

 

(さっきの{北}ポン――)

 

 猜疑の眼差しを、照は咲に向ける。

 勘所においては、ときに照さえ驚かせる冴えを見せる咲である。

 先刻の副露が、たんなる役牌の一鳴きだとは考えられない。

 とはいえ、

 

 ――この手が止められるわけがない。精々、1、2巡の延命でしかない。

 

 と、照は考える。待ちの広さや枚数などは二の次である。照の中の確信が、和了を確かに見通している。

 山に{369}は確実にいる。

 そして照は程なく自摸り、和了る。

 

 既定の結末は、咲といえども変えられない。

 

 打:{一}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 京太郎:{一二八九③④24699西西} ツモ:{2}

 

(……{2}? 通りそうではある。花田さんには安牌だ。でも、照さんにはどうか――どっちにしろ、かんたんには切れない。もう現物も残り少ない。……)

 

 打:{一}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:13

 

 

 胸が疼く。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 そして咲は、その牌を引いた。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 咲:{四赤五六233378北} ポン:{北北横北} ツモ:{3}

 

(これで、二回)

 

 先刻の{北}ポンによって花田の自摸筋を喰い取った――というほど、咲は各自の自摸を強く意識しているわけではない。彼女の感覚はそこまで明確に山を見通しているわけではない。特定の領域においては照を上回る精度を発揮することはあっても、総体的な鋭敏さでは、やはり照には及ばない。仮に{1233377}の形で受けていれば、照はその気配を察して8巡目に受けを替え、次巡花田の打{4}で和了っていただろう。

 

(これが、いまのわたしの、限界)

 

 そして、独力による抵抗はここで潰える。

 同巡、照は{9}を引く。そして勢いに乗って南場の親番を迎える。そして勝負はそのまま決する。

 このままであれば、その結末は避けられない。

 

(あとは、――賭けてみるしか、ないかな)

 

 咲は呼吸を整える。

 ただの一打に、これほど胸を弾ませるのはいつ以来か、ついぞ記憶が思い当たらない。

 

(いつか、そうしてたみたいに)

 

 咲は、その牌を河に置く。

 大仰な仕草や、わざとらしい目線は決して使わない。

 それをすれば、とても大切な何かが損なわれると感じていた。

 

 打:{2}

 

(また――わたしも)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 ためらいの半秒があった。

 花田の手が山へ向かった。

 咲は少しだけ眉を下げて、結果を受け入れる準備を整えた。

 

 ――現実はこんなものだと、彼女は自分に向けて呟いた。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

「……ポン」

 

 と、京太郎が鳴いた。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 京太郎:{二八九③④4699西西} ポン:{22横2}

 

(隠してる心算でも、顔に出てるんだよ)

 

 迷いの末に、態々安全牌を2枚もどぶに捨て、京太郎は何の意味もないように見える牌を叩いた。

 内心には渋味と苦笑がある。けれどもかれは、その気色を億尾にも出さない。

 

(ポーカーフェイスもできねーくせに麻雀は強いとか、冗談じゃねえぞ)

 

 散々毒づきながら、

 

 打:{4}

 

 といった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 胸の疼きが甘い。擽られているような感覚が、咲の腰骨から背筋を駆け抜ける。それは興奮に近しい感情である。咲は戸惑いながらも、その感覚を受け入れる。破れかぶれの祈念が見事に通じたその瞬間の快感が、思考を焼きつかせる。

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六})

 9巡目

 咲:{四赤五六333378北} ポン:{北北横北} ツモ:{9}

 

「カン」

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六}) 槓ドラ1:{二}(ドラ表示牌:{一})

 咲:{四赤五六789北} ポン:{北北横北} カン:{■33■}

 

 リンシャンツモ:{赤⑤}

 

 王牌から、咲は花を摘む。

 咲いたのは紅い花だった。

 それは太陽に向けて咲く紅い花だ。

 

「――カン」

 

 南一局一本場 ドラ:{七}(ドラ表示牌:{六}) 槓ドラ1:{二}(ドラ表示牌:{一})

 咲:{四赤五六789赤⑤} 加カン:{北北}{横北}({横北}) カン:{■33■}

 

 リンシャンツモ:{赤⑤}

 

「ツモ。――北、赤3、嶺上開花。2100・4100の3枚オールです」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:14

 

 

 【東家】花田 煌  :35800→31700(-4100)

     チップ:±0→-3

 【南家】宮永 照  :27800→23700(-4100)<割れ目>

     チップ:-2→-5

 【西家】須賀 京太郎:37900→35800(-2100)

     チップ:-2→-5

 【北家】宮永 咲  :-1500→ 8800(+10300)

     チップ:+4→+13

 

 

 


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