十二月になり、城から一望できる景色は真っ白だった。……いや、洒落じゃ無く。
ロンドンを離れて北の方にあるこのホグワーツなのだがやはり寒く、そしてそれ以上に白と言う色で覆われた森と雪と湖とで幻想的な感じを醸し出しているのであった。
一面の銀世界。それをできるだけ温かい場所から眺め、紅茶とお菓子をいただく。
クリスマス休暇中は絶対にそういう時間を多く取りたいものだ、と思いながら現在の苦行に精を出す。それが今の私の時間の過ごし方だった。
「でね、ちょっと聞いているの!?ティア!」
「聞いていますよ。続けて下さい」
必死に聞き流しているとも、ハーマイオニーのスネイプ論を。
大きく色鮮やかなタペストリーに背を預けながら、私は白い溜め息を吐いた。
溜め息を吐くと幸せが逃げるんじゃない。現在進行形で幸せが逃げているから溜め息を吐くのだ。
せっかく厨房で紅茶とお菓子を楽しもうと思っていたのに。
更に言えばスネイプ先生も可哀そうに。ハリーがリリー似の女の子だったらもう少し護り甲斐があったかもしれないし、好かれるよう努力する気にもなっただろうに。
「スネイプ先生が4階の右側の廊下、ケルベロスに護られている扉の下の何かを手にしたがっているということでしたね」
「そうなのよ!それで話しは変わるんだけどティアはニコラス・フラメルについて何か知っているかしら?」
この質問もやっぱり来たか。今後の信頼を得るべく、全てを知っている身としては不自然にならないように、その上でさりげなく答えなければならないだろう。
「ニコラス・フラメル……サンジェルマン伯爵の方が良くありませんか?」
「え?」
「いえ……だから錬金術師のニコラス・フラメルでしょう? 会って楽しそうなのは伯爵だと思いますよ」
「錬金術師……?」
「あれ? てっきりハーマイオニーのことだから錬金術に手を出そうとしていると思ったのですが違っていたのですか」
「良く知っていたわね、ニコラス・フラメルが錬金術に関係する人だったって」
「マグルの間でも有名な話だったみたいですし、ああそう。確か……」
そういって鞄を漁った後で
「貴方も知っているだろうこれにも……」
そう言って私は手提げ鞄から取り出した蛙チョコレートカードの束のうちの一枚を取り出した。
「載っているわけですよ」
しばらくの間校長先生のカードの裏の詳細を見た後でハーマイオニーは感激した様子で言った。
「ありがとうティア。でもどうして錬金術なんて知っていたの?」
「ああ、それは」
知っていることと私の「望み」に多少関係がありそうだったから、と答えるわけにはいかなかった。
「……東の島国には『小麦粉と小豆製の空飛ぶホムンクルス』が居るそうでして。それを作ってみたいな、と思ったのですよ」
だから再び当たり障りのない嘘で誤魔化すことにした。
「そんなのが居たのね」
「ええ。何でも哀と幽鬼だけが友達だとか……」
「自分の人間関係について見直した方が良さそうな人? なのね」
「私もそう思います」
ハリーとロンに話しに行くのだろう。その後で直ぐに彼女とは別れた。
忍びの地図で避けるべく努力はしていることもあってか、寮が別れているせいかは知らないが三人組とはほとんど逢わない。
ただ上手く行けばそろそろ地図は双子に返せるはずだった。そう、望んだ。
そしてクリスマス休暇である。
ハッフルパフ寮に残っている人はほとんど居なく、談話室のテーブルやソファの暖炉脇の
物も使いたい放題なのは色々と助かった。
今までは誰かに見られるわけにはいかないため地図は必要の部屋で写しをゆっくり取っていたのだがこの休暇中には完全に終わるだろう。
そうそう、必要の部屋だが思っている以上に何でもありだった。
どのくらいかと言うとホグワーツで本来使えないはずの電化製品の使用も可能なくらいには。
多分ホグワーツであってホグワーツでないこの場所特有の現象なのだろう。
学校に掛かっている魔法の干渉も、この人工異次元のようなこの場所では意味を為さないものと推察する。
おかげで通常の休日は此処に籠って映画を見たり、ゲームを楽しんだり、日本の漫画を読んだりすることが多かったのだ。
それも時間関係無く未来、過去、現在のタイトルまでよりどりみどりだった。
前世で生産中止されたあのゲームもこのゲームも普通にプレイすることができたのには驚いたものだ。
ティア、必要の部屋の子になる!と叫びたくなったのは公然の秘密である。
まあ、そんなわけで休暇中に宿題以外にも集中する物ができて助かったのだった。
私全部やることが終ったら、必要の部屋に行ってあのゲームをやるんだ……が最近の私の合言葉だ。ひと束幾らの実に安い死亡フラグである。
クリスマス当日。
サンタさんってホグワーツでも姿現しできるのかな?
ダンブルドア校長がサンタの格好をしてセストラルが引くソリで城の上を飛んでいる夢を見た私はそう思った。
さて、現在の私はと言うとクリスマスプレゼントとして叔母と叔父から送られて来たクィディッチ観戦用の魔法界の双眼鏡を手に遠くから先生方を監視しているのだった。
「それでは貴方のところにも奇妙なプレゼントが届いたのですか?セブルス」
「ええ。副校長の方には?」
「何故か高そうなキャットフードが届いていました。ダンブルドア校長の下には『貴方が望んでいるものです』という手紙と共に厚手のウールの靴下……のカタログが届いていたそうです」
「そうですか。嬉しそうでしたか?校長は」
「いえ。凄まじく微妙な顔をして読まれていらっしゃいました」
「……」
何故私は双眼鏡を使うような距離から二人の会話が分かるのか?何か魔法界の道具を使っているのか?それとも双子から伸び耳まで「借りた」のか?
どちらも違う。そんな物の心辺りは無いし、伸び耳に至っては未だ影も形も無い以上、借りようが無い。
それならばどんな手段なのか?答えは「彼らの唇を読んでいる」のである。
前世で高校生だった時分にとあるマンモス校の演劇部(ただしヒト○ーを含む独裁者の演説などによる洗脳効果やホットリーディング、コールドリーディングに関する研究と実践がメインだった)に所属していた身としてはこの程度の作業は造作も無いのだよ。
ちなみに私が高校生の頃掛け持ちしていた部活は後一つだけだが他二つと似たようなノリの活動内容だったとだけ答えておこう。ネタばれ、いくない。
おっと私の過去なんてどうでも良い、というか女性の過去を詮索とかしちゃいけないぞ。ティアお姉さんとの約束だ。女は秘密を着重ねて美しくなるそうだし問題は無いはずだ……多分。
理論武装終了、さて会話の続き続き。
「それで貴方の下に何が届いたのですか、セブルス」
「ええ、私の下には女物の字で『たまには髪の毛を洗って下さい』というメッセージが添えられたカードと共にシャンプーが届きました」
「そうなのですか」
「ええ、おかげで久しぶりに教員用の風呂を使用して髪を洗いましたな。いや、心まで洗われた様な気分になりました」
少しスネイプ先生が朗らかだった。カメラがあれば撮っていたのに。
「では」
「は?」
マグゴナガル先生の無表情ながら鬼気迫る声を聞いたスネイプ先生が胡乱そうな声を上げた。
「では何故貴方の髪の毛は『マダム・ゴシゴシのトイレ用洗剤』の臭いを醸し出しているのですか?」
私はそっと双眼鏡から眼を離した。
全く中身が入れ替えられたシャンプーを送るなんて何処の誰の仕業何だろうね、私は知らない(眼を逸らしながら)。
先生方への監視を終えた後、寮に返る途中でロンとハリーに出会った。
ロンが凄く臭かったのでどうしたのですか?と聞いたら「誰か知らない女の子からシュールストレミングが箱で何十缶も送られてきて、プレゼントの箱を開けたら一斉に開くよう魔法が掛っていた」とのこと。
ちょっと半泣きの彼を災難だなぁ、と思いながら鼻を摘まんで見ているとハリーが
「ニコラス・フラメルのこと教えてくれてありがとう」
と言ってきた。彼も律儀な物だ。自分たちでその答えに辿りつけただろうに。
私は振り向かないまま手を上げて彼らを見送った。
さて、ここからが本題だ。
今夜はクリスマス当日。そしてハリーの下には透明マント。
これらから導き出されるのは「みぞの鏡」の正確な場所の割り出しが可能、と言う結果である。
え? 何ニコちゃんのことはもう知っているんだから「閲覧禁止の本棚」に行くはずが無いって? 私がいる状態で女子トイレまで入って来た彼なら多分行くだろうという確信があった。
というか便利な道具が手に入ったのにその威力を試さない奴はいないだろう。
忍びの地図で監視しているとグリフィンドール寮の入り口辺りからハリーの名前が湧き出て来た。というのもこの地図、各寮の中までは教えてくれないのだ。
ピーターが鼠のようにこそこそ出来たとはいえ、多分そこまではしないという暗黙の了解と言うか小さじ一杯分の良心くらいは当時の四人組にはあったのだろう。
同じように此処の登場人物、ゴーストやピープズの名前、所在などは分かったものの期待していたクイレル先生の傍にあるはずの「トム・リドル」もしくは「ヴォルデモート」の名前まで確認することができなかった。
これはおそらく忍びの地図の認識力の限界を指示しているのだろう。ゴーストにも満たない存在、それから自身よりも遥かに力量のある存在(分霊箱を作った的な意味合いで)を知覚することができないのだ。
こう考えないと双子がバジリスクを2年次に察知できなかったこと(もっともあれはパイプの中まで地図が表していないという可能性もあるが)やハリーの年代が1年の時にヴォルデモートの存在を確認していなかったことへの説明が付かない。
そんなわけで予めどの辺りに獅子寮の入り口があるのかを調べておいた私は彼の存在を夜遅く確認することができたわけでした。
そうして暫く彼の動向を調べていた私だが夜に行くことは断念した。ハリーの傍にはダンブルドア校長の名前があったからだ。
ハリー、ハーマイオニーを死亡フラグその1、2とするならダンブルドア先生は「特大」とでも言うべき人だ。その魔法力、並びにヴォルデモートに対抗するための叡智は厄介極まりない。迂闊に手を出せばこっちも思わぬ被害を喰らいかねないだろうことは眼に見えていた。
そう思って昼の間に件のブツがあるであろう場所を探したら今度はそれが見つからない。
鏡はおそらくハリーに見せる為だけに校長が持ってきた物なのだろう。
そんなことを二日続けて結局クリスマス休暇中に鏡を見ることは諦めざるを得なかった。
残る手段は一つだけ、と考えると私は憂鬱で仕方がない。
残りの休暇はもう好きなように過ごすことにした。
積っていた雪を使って双子、ロン、ハリーが雪合戦をしているのを見て私には閃くものがあった
ホグワーツ式の雪祭りをやろうと。
まず初めに雪を大量に集める為のソリ(雪を大量に乗せる役割を果たす)を持って来る。
次に雪を集め校門の前で大きく固めるのだ。
そして作りたい物をイメージして整形、もしくは加工して行く。
最後に見せびらかす。そう、これが何よりも重要。
ちなみに今回製作して見せたのは「マグゴナガル副校長」、「スネイプ先生」、「管理人のフィルチさん」そして「ミセス・ノリス」の4人(3人と1匹?)である。
マウントラッシュモアよろしく並べて飾った彼らは圧倒的な存在感を示していた。なお製作している最中に双子がノリノリで参加してくれ、その次にハリーとロンも渋々協力してくれていたことを此処に記しておこう。
余談だがこれを見たフィルチ氏は怒り狂った。完成した雪像群の前でポーズを取っていた双子はこっ酷く叱られたらしい。
私? もちろん来る前に安全な場所に避難していたに決まっているじゃないか。
なおフィルチ氏が怒って見せながらもミセス・ノリスの雪像の前に来た後でこっそりとその写真を撮っていたところを私はしっかりと目撃していた。
一番の目的は果たせなかったけどかなり充実したクリスマス休暇だったように思う。
何故か壊れないように呪文が掛けられていた雪像達は、休暇終わりにホグワーツに帰ってきた生徒たちの度肝を抜くことになる。
作中に出てきた幾つかの嫌がらせですが良い子は真似しないように。
少々変更—。