お茶会をして、しかし前世でも今生でも好きな時に寝られるし、起きられる特技を持つ私は、その翌日も何時も通りの時間に起きて朝食を食べて、お昼前のハンナたちの帰省を見送った。
「さてと」
私は例によって例のごとく必要の部屋に向かった。
まあ、クリスマスも近くなったことだし、宿題もあるし、暫くはゆっくりゆるゆると色々な作業を進めていこう。
不言実行しながら、忍びの地図(ハリーのそれを作る為に使われていた魔法ごと完全にコピーした物、以後忍びの地図『妹』と記す)をお昼頃見ると、仲良し三人組はハグリッドの小屋に行っていた。
はて、何かあっただろうか?
良く分からないまま、とりあえず昼食をいただいて、それから作業の後の一杯(午後のお茶)を大広間で楽しんでいたところ、ハーマイオニーに襲撃された。
どうやらハグリッドが、以前フォイ君を初めての授業で怪我させてしまったことに対しての通達が文書で届いたらしい。
良い知らせはハグリッド自体にはお咎めは無いことで、悪い知らせは代わりにバックビークというヒッポグリフ(頭は大鷲、胴体は馬の魔法界の生き物)が処刑されなければいけないということだ。
事情を(強制的に)聞かされた私はこう言わざるを得ない。
「それはまた最高のクリスマスプレゼントでしたね」
「面白くないわよ、ティア」
わざわざこんな時に送って来るなんて、魔法省もえげつないなぁ。
私には到底そのえげつなさを真似できる気がしない。
「私達はバックビークが無事で居られるよう、何か調べてみるつもりだけど」
言外に貴女はどうするの?と尋ねられ、
「……私は止めておきます。多分、そこまで助けにならないでしょうし」
「一応私達だけでも今回は大丈夫と思うし、なら仕方ないわね。あ、でも一つティアに聞いておきたいことがあったわ」
「何ですか?」
まさか、私のスリーサイズでは無いだろう。
「ティアって『守護霊の呪文』を身に付けているのよね?」
「ええ。闇祓いの従姉に教えて貰いました」
「それってハリーや私に教えることはできない?」
ああ、なるほど。そっちか。
「難しいですね」
「何で?」
「まず私では環境を整えられないこと、次に人に物を教えられるほど修めていないこと、最後はルーピン先生が吸魂鬼の対策を教えてくれると言っていたことですね。
十中八九、対策とは守護霊の呪文のことでしょう。丁寧に教えて貰うなら、専門家の方が良いですよ?」
生兵法は大怪我の基であることは言うまでもないだろう。
そう、決してハリーに教えるのが面倒くさいからでは無いのだ。
「後はそう。私は自分自身の守護霊の形を気に入っていないので、簡単なデモンストレーションで見せるのも嫌なのですよ、ええ」
「ティアの守護霊がピクシー妖精だって言うの、私は凄く納得できたけど」
それが嫌なんじゃないか。
「まるで私が悪戯好きみたいじゃないですか」
「実際、そうでしょう?」
クスクス笑いながら言わないでくれるかな、もう。
「ほんのちょっぴりだと言うのに、そんなことを言われなければいけないなんて……」
お姉ちゃんは悲しい。
「まあ、何にせよ、良かったじゃないですか。やることができて。忍びの地図を贈った時は良い考えだと思っていたのですけどね……」
「三本の箒で、シリウス・ブラックがハリーのご両親の仇みたいなことを聞くなんて思わないじゃない。ティアのせいじゃないわよ」
……まあ、振りなのだけど。
「では幸運を」
「ええ、ありがとう」
その後、クリスマス当日になるまで私達は遭わなかった。
お互いにとても忙しい身の上だったから。
クリスマスの朝なう。
数日前から飾り付けが美しかった校内は、その当日になると更に美しく感じられた。
ドーラやハッフルパフ寮の皆からもクリスマスプレゼントが届いていたし、ドロメダ叔母様からは美味しそうな焼き菓子が届いていた。
ああ、勿論のことだが私も例年通りドーラや皆にはプレゼントを贈らせてもらった。
それにしても叔母様から贈られたお菓子は保存用の魔法が効いているせいか、まるで焼きたてのような香ばしい匂いがする。
ホグワーツ校内はクリスマスの飾り付けが進んでいる最中にも、学校中に中々に美味しそうな匂いがしていたわけだけれど、それに勝るとも劣らない。
これは大切に、大切に食べるとしよう、そうしよう。
今か今かとわくわく待ちながら、昼頃にクリスマスの御馳走を食べに大広間に行くと、生きているテーブルが一つしか無かった。
どうやら残っている人数があまりにも少ないため、先生方やフィルチさんと一緒に生徒たちも食べることになったらしい。
寮監の四名の先生方に、ダンブルドア校長、フィルチさん、他三人の生徒が居り、それから食器が十三人分置いてあった。
しかし、こんな錚々たる面子だと緊張して味が分からなくなってしまうような子も居るのではないだろうか?
私? 勿論緊張とは無縁である。
そんなことを考えながら見ていると、一年生らしい男子二人はがちがちになっていた。
微笑みかけると顔を赤くされた。おお、初々しい。
そう、私にもこんな時期が……あれ、無かったような気がする。
考えてみれば一年生の頃から、私は自分の目的を如何に悟らせず、遂行するかしか考えていなかったような。
むう、悪いことを企み過ぎだろうか?
嫌な事実に気が付いた私が、頭を悩ませていると、ようやくハリー達が来た。
とりあえず、この思考は置いておいておき、童心に帰ってクリスマスの御馳走を楽しむことに腐心しようと思う。
遅れて来た三人に私は小さく手を振り、ダンブルドア校長は口を開かれた。
「メリークリスマス!」
さあ、宴の始まりだ。
スネイプ先生がクラッカーを引っ張られて、出て来た大きなハゲタカの剥製をてっぺんに載せた魔女の三角帽子をダンブルドア校長に押しやった後、私達はそれぞれクラッカーを引っ張って行った。
なお私がクラッカーを引くと、何故かタヌミミ付きのカチューシャが出て来た。
何の疑問も持たずに装着。
しっとり温かい。
何だかほっこりする、と思いながら他の人たちを見ていると肝が冷えた。
ハリーが出したのは黒い●耳が二つ付いた帽子、ロンが出したのは大きな象耳が付いたそれで何故かふわふわ羽ばたくようにして浮いているのだから。
こ、こんなところを誰かに見られたら私の人生がエタってしまう……!
スネイプ先生の時と言い、ダンブルドア校長は狙ってこれらの帽子をクラッカーの中に仕込んでいたのだろうか?
私の疑問は尽きない。
明らかに「別に貴女の事を呼んでいないのだけど」と言いたくなるような先生が訪れたのは私がスペアリブを頂いている時の事だった。
ド派手な格好の眼鏡先生、確か教職員用のテーブルを盗み見ている時に数回しか眼にしたことのない先生だ、が滑る様な動きで入って来るなりダンブルドア校長が立ち上がり
「シビル、これはお珍しい!」
「ああ、校長。貴方が最初に立ち上がってしまうなんて!」
儚そうに、悲しそうにその女性は言った。
その先生(名前忘れた)曰く、十三人が食事を共にする時、最初に席を立つ者が最初に死ぬとのことだ。
最後の晩餐ではないのだからそんなことは起きないと思うのだが。
ふとそこまで考えて、イエスと十二人の可愛いお弟子さんたちが食事している光景に、考えてみれば似ていた。
この場合はユダがスネイプ先生なのだろう。
私はマグダラのマリアだろうか?
いや、まあ考えてみれば私のそう言った知識はかなり摩耗しているから、詳しくは覚えてはいないのだけれども。
それでも確かこの中で最初に死ぬのはダンブルドア校長だった気がする。
とすると、インチキっぽいことばかり言っていたように記憶しているこの眼鏡先生も存外当たっているのかもしれない。
私が感慨深げに考えていると、ハーマイオニーがこっそりと
「トレローニ先生よ。誰かが死ぬ予言をすることで有名らしいわ」
と打ち明けてくれた。
占い学に対する愚痴は何回か聞かされていたのだが、素で名前を忘れてしまっていたことに気が付かれたようでちょっとドキッとしてしまう。
なお、クラッカーから出た白いウサミミカチューシャ(何故か×印のマスクも一緒に同封されていた)を付け、ウサギガンティアとなっていたハーマイオニーを見てみると本気で眼鏡先生を嫌っている様子だった。
マグゴナガル先生も先ほど、校長が一番初めに死ぬ宣言されて怒っていたけれど、グリフィンドール出身の聡明な女性は彼女のことを嫌いになる法則でもあるのだろうか?
何はともあれ、十三人のままこの場を放置して置くわけにも行かない、みたいなことを言ってトレローニ先生も参加することになった。
あ、この先生、シェリー酒臭いですね。
いやあ、美味しかった。
二時間ほど食べて、飲んで、話して。
すっかり楽しんでしまった。
ルーピン先生も参加できなくて可哀そうに。
寿命が長くない、と言ったニュアンスのことを眼鏡先生が言っていたが、ダンブルドア校長により直ぐに否定された。
まあ、教師生命に関しては長くは無いはずだ。
後、トレローニ先生がルーピン先生を占ってあげようとした際に見せた水晶玉が、彼が一番怖がっている満月に見えて仕方が無かったのだろう。
「ただ、わしの見たところ最近他に気懸かりなことがあるようじゃった」
一瞬、ダンブルドア校長がこっちを見たのを、他の誰もが見過ごした中で私だけは見逃さなかった。
まるで私が何か悪いことをしたように言うのは止してもらいたいものだ。
私はただサインを強請っただけだと言うのに。
あ、どうでも良い話だけどねだるとゆするは漢字にすると一緒だった。
私がやったのは当然前者である。
やって良いことと悪いことの区別くらい付いている私が、ルーピン先生をゆすったりするわけがないじゃないか。
前世の祖父も良く生前言っていた。
この世にはやって良いことと、やって楽しいことしか無いのだ、と。
ルーピン先生にやったことより正確に言うならば、丁寧にお願いしたという方が表現としては合っていたかもしれない。
そんなことを考えながら、食堂を後にしてふらふら歩いていると一度彼らの談話室に行ってきたロンとハリー、それからハーマイオニーに出会った。
ウサミミに付いていた×印マスクを早速活用しているようだが何かあったのだろうか、というかそんなことより彼ら三人が中々に臭い。
凄まじい臭いがするのでそれについて問いただしたら、毎年来ていたシュールストレミングの箱が、今年は何時もの倍届いていたらしい。
グリフィンドールの談話室でプレゼントを開けていたらいきなりプレゼントが爆発して、三人ともそれの臭いをまともに浴びてしまったし、嗅いでしまったとのことだった。
やあ、吃驚だ。
贈った人も贈られた人もストレスに塗れているに違いない。
ファブリー……消臭呪文を彼らに掛けてから私はその場を後にし、必要の部屋へと向かっていった。
到着して私が最初にやったのは独り言をぶつぶつ呟きながら練り歩くことである。
「必要の部屋、必要の部屋、お酒が入ってくれたら出しておくれ」
そう言って現れた扉に見覚えがあった。
ホグワーツ城の新旧の住人達の隠し物で一杯の部屋である。
「アクシオ、お酒! お酒よ、来い!」
果たして飛んできたのは、割と高そうなシェリー酒であった。
シェリー酒……眼鏡先生……うっ、頭が。
何だか隠されていたこのお酒、持ち主が分かったような気がするけど気にしない。
アル中の疑いのある人の肝臓を助ける私の行動はジャスティスに違いないのだから。
元はと言えば今日と言う日くらいは呑みたくなったので、物は試しに厨房に行って「申し訳ないですが規則で生徒たちにお酒は出せないのです」と答えて来た屋敷しもべ妖精たちが悪いと断言しよう。
どうして私にこのお酒が手に入ったのか……慢心……環境の違い。
味はあまり好きではない、と言うか前世のエゲレス人の性格が大変よろしくなかった知り合い曰く、この酒はこちらの学会などでそれを片手に報告や研究発表の時に口にする代物だったとのことだが、酔えれば今日くらいはこのそこまで美味しくない味に我慢しても良い気がする。
ちなみにエゲレスでは十八からお酒を呑んでも良い(魔法界は十七からである)し、親の同意があればそれよりも下の年齢からでも飲酒OKである。
十二月はドサクサで酒が呑める……!
のだがドロメダ叔母様の下に居た時に飲酒がクリスマスであろうと許可されたことは無い。
何時呑むの?今でしょ!
まあ要するに、私も自由の味という奴を賞味したい気分になっていたのだ(詩的表現)。
持ってきたチョコレートやキャンディーを肴にかけつけ一杯。
ぷしゅー。
お酒を片手にリラックスした私は今後の予定を確認した。
ルーピン先生を脅……通じて手に入れた今年度の禁書閲覧券で稼げる時間はと言えば、おそらく半年くらいのものだろう。
来年度以降は同じような手で禁書を必要の部屋以外で閲覧することが難しくなるし、試験勉強や友達付き合い等も加味するとだいたいそれくらい。
フォイ君などの有力な魔法族の家になら普通にあるような秘術書の類でも私では手に入れるのが難しい。
故に今年度中に「とある手段」を講じなければならないのだ。
その為に必要の部屋の私のラボにて今年作成した、使用を躊躇っていた魔法薬はあるのだし、わざわざ件の二名に接触したのだから。
今年読んでいる禁書も私の目的に沿う物が二冊、後は全て誰かに知られても問題無い、もしくは誰かに知られても私の目的を攪乱する為のダミーである。
と言っても『奈良梨取考』や『3人の母』など、思わずタイトルからして気になるから借り出してしまった物も幾つかあるのだが。
特に前者はジニーには絶対に読ませちゃいけない代物だ。
ふと気になって表紙だけ見たのだが未だ読まれた形跡が無かったし、読みたくなるような不可思議な引力と言う物を感じたので逆に怖くて開いていないのだが、一体全体何故このような危険文書が存在するのだろうか。
この前は人の皮で作られていそうな書物を見つけたような気がするし、やっぱりこの学校の図書室はおかしい。
もう何だか呑まなきゃやっていられない感じである。
以上の理由により私はバックグラウンドミュージックも準備して、今日という日はもう半分ヤケになりつつも精一杯楽しむことに決めた。
そうとも、現実と戦うには現実逃避が最も重要なのだ。
前世の子供の頃に好きになった『くるみ割り人形』の『行進曲』、それから定番のヘンデルの『メサイア』、ベートーベンの『第九』も外せない。
だけど私の一番のお勧めは『カルミナ・ブラーナ』をイヤホン装着して最大音量で聞くことである。
耳に心地よい音を楽しみながら、「第二の条件」が満たされるところを想像した。
もう間もなく、私がそれを達成できる時が来るのだと私には分かっている。
実際に使ってみなければ分からない魔法薬も、タイミングが合うかのリアルラックも満たさなければならないが、成功した場合のメリットは確かな物だし、手順もはっきりと確立しているのだという自信があった。
キーとなるのはやはり「あの寮」の三人か。
何処か浮かれながらも、トリガーとなる出来事とそれから私が行うべき一つ一つの作業を冷静に確認して行った。
なお数日後、占い学の某先生がまるで何か大切な物を失くしたかのような顔をして呆然としていたようだが当方とは一切関係は無いのである。
立てば災厄、座れば爆弾、歩く姿は毒の華。