ハリーを殺し損ねた。
今回の一番の目的は残念ながら失敗してしまった。
そもそも私が何故こんな死ぬかもしれないリスクを、ほんの少しとは言えど冒したかなのだが、事故に見せてハリーを、より正確に言うならばハリーの中にある分霊箱を彼ごと今ここで確実に消しておきたかったからなのだ。
さて、解りやすいように順に話をしているとしようか。
Qヴォルデモートが反射した自分自身が放った「死の呪文」を喰らいながら生き延びているのは何故か?
Aホークラックス、つまり分霊箱と呼ばれる幾つかの魔法の品々により、死を誤魔化しているから。
Qではその分霊箱は幾つあるのか?
A答えは六つ。
今回ティアとハリーの二人で破壊した『トム・リドルの日記』、ダンブルドア校長がグリフィンドールの剣で破壊した『ゴーント家の指輪』、ロンが彼自身の恐れと対峙して壊した『スリザリンのロケット』、それからハーマイオニーにバジリスクの牙を突き立てられて破壊した『ヘルガ・ハッフルパフのカップ』、そしてゴイルが偶然とはいえ、『悪霊の火』で焼いた『レイブンクローのティアラ』、最後にネビルによりグリフィンドールの剣で斬り殺された『ナギニ』。
Q否、個数は間違っていないが種類が間違っている。
Aというと?
Qナギニは未だ分霊箱になっていないはずである。現時点ではハリーが六つ目のそれなのだ。
Aそれから導き出せる答えは?
Qハリーをバジリスクの毒で殺害することができれば残る分霊箱は後四個になり、更に残り全てを一年以内に破壊することができれば、ヴォルデモート復活を阻止できて今後の犠牲者も減らせるのではないだろうか?
A……論理的には間違っていない。
とまあ身も蓋も無く言えばそういうことである。
より実際的に言うならば、だ。
私が今回行動した結果、起こる物には大きく分けて四つのケースが考えられていたのである。
① ハリーが死ぬ。分霊箱も破壊される。
② ハリーが死ぬ。分霊箱は破壊されない。
③ ハリーが生きる。分霊箱は破壊されない。
④ ハリーが生きる。分霊箱は破壊される。
①は今回バジリスクの毒でハリーが死んだ場合の事だ。ハリーの肉体が死に、分霊箱も確実に葬り去れる。ハリー一人の犠牲に目を瞑れば(今後の犠牲者のほぼ全てを確実に救うことのできる)ベストのケースである。成功さえしていれば口八丁手八丁で、どさくさに紛れて分霊箱全ての破壊に持っていける勝算が実はかなりあった。最大のチャンスなのだし、私は殺ればできる子ではあるのだから狙わない方が間違っていると思う。
②は肉体が死んでも分霊箱の機能が残される場合についてだ。仮にハリーが死の呪文で殺せたとして(彼の母親の死の呪文に対する「保護」はヴォルデモート以外に効果があるのかもしれないと思うと迂闊に試すわけにもいかなかった)もそれで確実に分霊箱まで破壊できるか分からない。ハリーを殺せたとしても、の機能の方が残された場合は意味が無いどころか、目も当てられないことになってしまうのである。私は逮捕(友人Bから聞いた魔法界の法律事情から推測するに私は犯罪者の娘と言うことで話すら聞いてもらえないだろう)され、アズカバンに収監されてしまうはずだ。確実に最悪のケースと言える。
③は今回「起こりつつ」あるケースだ。今後の犠牲は一つも解決されない私の行動が無意味になると言う意味では非常に悪いケースである。
④は多分ヴォルデモートにしかできない。今のところ分霊箱の作り方に関する本を読んだことが無い以上確かなことが言えないのだが、おそらく作った本人なら壊すことも容易くできるのだろう。しかしそれは一度あいつを復活させることをも意味してしまう。私にとっては良くも悪くもないケースで、結果だけ見れば正直③とまるで変わらない。
ハリーの偽杖を二本用意したのも、直前にすり替えておいたのも、トムを冷静にさせないために馬鹿にしつづけたのも、ハリーに全身金縛り術を掛けたのも、ダンブルドア校長の不死鳥を一度殺したのも、全ては今の時点でのハリー抹殺の為だった。
私の死の呪文で確実が望めない以上、バジリスクにどうしてもハリーを殺してもらう必要があったのだから。
ちなみに目隠しは純粋に趣味で制作した物であり、都合の良い物しか見えないような特異な魔法の効果などがあるわけではない。正式名で言われるのは親しんでもらえないような気がするし、キラキラネームみたいで嫌だったので普段はティアと呼んでくれと言ってはあるのだが、ユースティティアと言えば「目隠し」なのだ。無力な正義の女神に相応しいだろうと思って、半分冗談半分皮肉で作ってみたのだが意外と出来は気に入った。これからは夜寝るときに役に立つかもしれない。
さて話を戻すことにしようか。
ハリーはおそらく目が見えない以上、私が魔法に関してはノーコンになってしまったと解釈しているだろう。だが今回に関していえば、私は間違いで呪文の数々を失敗したわけでは無いのだ。
前世で「心眼」を習得した私にとって、眼を瞑ったまま狙い通りに呪文なり投げナイフなりを当てるのは決して難しいことでは無いのだから。
というのは流石に大嘘である。
心眼なんてオカルトな物を私が持っているわけないじゃないか(今生で魔法学校に通っておきながらオカルトとか言うと何か失笑モノな気がしなくもないが)。
百発百中の魔法の秘密は単に私が「とある上級呪文」を使用していたから、という理由である。
ではその呪文は何か? それは所謂「超感覚呪文」という奴だ。
開心術が人の記憶、思考を読み取るものならば、超感覚呪文はある意味でそれとは正反対の呪文であると言えるだろう。
超感覚呪文、それは自らの感覚を強め、眼に依らずとも一定の範囲内の物体の動きを察知することができるとても役に立つ呪文のことだ。例を挙げれば、視界の外から向かってくる物に気付いたり、複数の物が迫ってくる中で何処を通れば何も当たらずに通っていけるかの答えがまさしく感覚で分かったりするようになるのである。
他にも別の効果として眼に感覚の強化を集中させれば、たとえ相手が透明マントを使って隠れていても察知することが可能になったりするし、更に強化すれば物体を透過して物を見ることもできるようになる便利極まりない代物なのだ。
勿論こういったこと(の一端)はある程度までマグルのスポーツ選手や武術家、もしくは狩人の類ならばできるのかもしれないが、これは多分それの発展版に当たるのだろう。
きっと集中した状態なら光の剣を使って、飛んでくる光線銃の弾ですら跳ね返したりできるようになるに違いない。
故に必要の部屋で、私を囲むような位置に自動で動くピッチングマシンを複数設置し、目隠しした状態で相当なスピードの出たボールを避けたり、打ち返したりする訓練をして確実にできるようになった私に隙なんて無い……はずだった。
これの弱点はと言えば、集中する必要があること、何かに気を取られていると感知可能範囲が縮まったり、失敗したりしやすいことが挙げられる。他には普段の行動と併用するのが難しい点だろうか。具体的には使い古された例えで申し訳ないが左手で三角を描きながら右手で四角を遣り続けるような感じだ(私は前世の時からできるが)。
今回何が悪かったかと言えば、不死鳥の再生速度、及び動きの速さを私が見誤っていたことともう一つ。
ハリーが自分の命よりもジニーの命を優先できることに対する動揺で、意識に僅かな空白ができてしまったことだ。
その数秒の間にフォークスが復活し、その恩恵を最大限ハリーが受けてしまった。
確実に此処で始末しなければいけなかったのに一番肝心なところで失敗してしまうとは……。
私もまだまだ精神面で未熟だったと言うことなのだろう。
魂の故郷に居た老人達の中でさえ、何十年と言う年月を無駄に重ねていても精神面では問題があり過ぎる人を何匹かは見ていたのだ。
中の私を省みても三十幾つかしか生きていない私には荷が重すぎたのかもしれない。
と言うのも私見ではあるのだが、幾つかの上級魔法になればなるほど、その習得と使用条件に関してはどうも精神の成熟具合、もしくは使い手の想像力などが影響してくるみたいなのだ。
そして私には一つ苦手としている上級呪文がある。
守護霊の呪文の場合は「幸せな記憶」を留めて置くだけの意志の力。
調べるだけで今のところ習得の準備をまるでしていないのだが、分霊箱を破壊できる程強力な呪文である「悪霊の火」に関しては、出すことに関しては対象を「破壊するという明確な意志」、どういったビジョンで対象を破壊するかという具体的な想像。出してからは破壊すると言う自らの意志に加え、それを如何にして冷静に制御するのかという持続する「鉄の意志」の二つを同時に併せ持つことが必要になってくるのだ。悪霊の火は二つの意志の均衡が破れれば燃える力が拡大し続けて破壊をまき散らしてしまうし、本人以外が消す場合にしたってそれと同等の魔法の力を直接ぶつけない限り消えはしないのだ。
それなりに有名な「グブレイシアンの火」に関しては、本人の技量に加え、さながら職人や一流の芸術家のように制作にかなりの時間集中していることが求められる。魔法を使うと言う感じとはまた少々違った毛色の閉心術に注目してみても、やはり上級魔法に関しては個人の精神面での資質、あるいは意志力の鍛錬が重要なのだと言わざるを得ない。
長々と連ねたが要するに何が言いたいかと言うと、人一人殺すこと、あるいは見捨てるなんて元から私にはできなかったのかもしれないと言うことなのだ。
その直前までは想像もシミュレートもできていたのに、ハリーのその一言を聞いただけで決意が霧散してしまった。人一人が生きていた、その感覚を知ってしまうとどうしてもそれに気を取られてしまっていた私が居たことに私自身が驚いたよ。
ハグリッドから無断拝借した鶏に関しては、必要の部屋で出した斧でその首をぶった切れたのに。
……まあ、あの時はお腹が空いていたこともあるのだが。
誰かを殺したり、痛めつけたりする為に喜んで呪文を使用できるかと言われれば、多分私はできない。
その根拠はと言えば、許されざる呪文の中に、不得意とする物があるからだ。
私なりの解釈なのだが、魔法を武術に例えれば、その「心技体」で言うなら技と体の方なら私は整っているというか高いレベルにあると自負している。
庭小人のグランピーに服従の呪文を掛けてみたら、かなり複雑で難しい命令でさえも成功させることができたし、死の呪文に関しては初めから失敗したことが無く、最近では十発や二十発くらいなら余裕で放つことができるからだ。おそらく前者は技、後者は体(自身の意志の問題では無く、内に在る魔法の力を如何に集中できるかの問題だと思う)を象徴しているのだろう。
だが磔の呪文だけはどうにも苦手だった。正直に言えば使うことも、喰らってしまうことも怖くてたまらない。
本気になって使う必要があるとは今生のママンの名言だったと記憶しているが、庭小人のスニージーが顔芸を見せながら本気で苦しんでいるのを見ているだけでも心が痛むのに、人間に対して使うことなんて絶対にできるわけがないと私は既に確信していたのだ。
ちょっとした悪戯や洒落で呪文を使うならともかく、他者を本気で苦しめることを私は楽しみたくなんてないのだから。
例えば実験動物に「磔の呪文」を使っているところなら想像することは容易い。どうしてもやらなければならないなら、私に危害を加えた人や私を殺そうとした人にもやれるだろうとは思う。
だけどもう既にある程度近しくなった人や無関係な人に、それを使っているところだけは断じて想像できなかった。
生物に備わった生来の抵抗力を減じられるとして、私がハリーに使用したことが発覚するリスクを考えなかったとしても、磔の呪文は使えなかっただろう。
好きで彼をぶち殺すわけでも、無駄に苦しめるつもりもなかったわけだし。
バジリスクの毒が廻るまで眺めているだけの簡単なお仕事のはずだったのだが……。
全く、この世界に運命の神様なんてものが居るなら酷く残酷である。もしも神様に愛されている結果がこの様なら、私から言うことはただ一つだ。
そんな愛は要らない、と。
これ以上何か面倒くさいことが降りかからないよう、元の世界で信じていた神様にでもお祈りしておこう。
ちなみに私が信奉しているのは「暗黒神ファラリス」と「水の女神アクア様」である。
自分自身に正直になるには最高の神様だと思うからなのだが。
そんなアレなことを思いながらつらつらと「ちょっとした作業」をしていたらジニーが目を覚ました。
起きてから直ぐ傍に居たハリーと話している間の彼女は、疲れている様子が見えるもののトムに有った毒気が、影も形も見当たらないような普通の女の子だったように思う。悪い影響などはあまり残っていなさそうだ。
こちらが可哀想に思えてくるほど狼狽しきった彼女は、深い後悔と恐怖とを湛えていた。
「ごめんなさい……ティア。貴女にも酷いことをしちゃって」
「私は気にしていませんよ、ジニー」
ジニーの事を優しく抱きしめながら私はそう言った。
少々危ない目には合ったが生(というには鮮度がいささか落ちているか?)トムを見ることができたこと、それ自体は良かったし。
何よりこの場では失敗してしまったが、全てを上手く行かせる方法に気付くことができたのは私がバジリスクに狙われてからだったのだから。
それにしてもあんな腹黒い「イケメン」王子様が、数十年後には萎びた「逝け面」お爺様になるなんて時の流れと闇の魔術は残酷である。
多分両方とも用法と容量とかを守らないといけない代物なのだろう。
そしてそれから幾らもしないうちにロンがロックハート先生の手を引いてこちらに走ってきた。
ハリーが心配になって穴を開けるのを急いだらしい。
全く私がハリーに対して酷いことなんかするわけが無いだろう?ハリーに酷いことを直接するのはトムやバジリスクの方なのだから。ハハッ☆
フォークスに捕まりつつ秘密の部屋を出た私たちは、マートルの女子トイレへと戻っていた。
さりげなくジャスティンの元に行くから別れようとした私は、やんわりとハリー、ロン、ジニーの三人に引き止められてしまった。
あの油断でき無さそうなお爺さんと顔を合わせたくはないし、私はできれば彼の元に駆け付けたいのだが。
え?当事者の一人だし、君も来なきゃ駄目だって?……ですよねー。
フォークスの先導の下、導かれた先にあったマグゴナガル先生の部屋の中に入ると校長、副校長、それから知らない顔が二人(後で確認したがウィーズリー夫妻だった)にタヌキが私を出迎えてくれた。
もう一度言おう。タヌキである。
……ごく最近何処かで見たような信楽焼のタヌキがこちらをアレな目付きで見つめていやがったのだ。
私が……もとい怪しげな商人さんが売っていたと言われるそれにそっくりである。
なんでこんなところに居るのか甚だ謎だ。
「ミス・レストレンジ。その置物が気になるかのう?」
感動の再会を済ませている赤毛の家族を尻目に、部屋のほとんど全員の注目を浴びていない時に、ダンブルドア校長は普段と同じような捉えどころのない表情を向けたまま、私へと問いかけた。
「ええ、とても珍妙な物なので」
それ以外にも理由はいくつかあるが別に答えなくても良いだろう。
「うむ。東洋の置物らしいのう。私にそれを渡してくれた者の話によれば、持っていると願い事が叶うそうじゃよ」
何と混同されているのか不思議だ?達磨?
「まさか」
「実際にわしの願い事の一つは叶った。さて、ミス・レストレンジ。君なら何を願う?」
その効果のほどは疑わしいが、此処で本当のことを言うわけにもいかない。
「無限にお金が湧き出る呪文が知りたいです」
「……ミス・レストレンジらしいのう」
あれ?冗談で言ったことが本気にされている!?
「いえ、もちろん冗談なのですけど」
「そうとは思えないのじゃが」
「そんな、まるで私の事を良く知っているような言い分ですね」
「時折、叔母上殿から手紙を貰っていてのう。君の事を大層心配しておったようじゃ」
あの叔母なら確かそんなことをしていたかもしれない。一応、私は彼女の前では一切本性を見せていなかったはずだが……?
「さて、わしとミス・レストレンジの個人的なやり取りは置いておこう。ウィーズリー夫人、こちらユースティティアというハッフルパフ生なのじゃが、どうやら今回ポッターやご子息と同様に事態の収拾に尽力してくれたようじゃ」
ファッ!?思わず目を見開いて驚いてしまった。ドーラやテッド叔父様、ドロメダ叔母様以外の人にいきなり抱きしめられたのだから、当然の反応だ。
「貴女も、だったのね。本当にありがとう」
……止めて欲しい。
顔と体を離してから真剣にそう思った。私はひょっとしたら、貴女の息子さんの一人の死を確定させてしまったかもしれないのだから。
私は少なくとも今のところは自分自身の命を賭けてまで誰かを助ける予定なんかないし、命を賭けないでも誰かを救えるような強さがあるなんて思っていない。今回の事は偶々であり、あまりにも美味しいチャンスだったから手を出して見たに過ぎないのだ。
色々な意味で、リスクに見合わないことなんて私はできない。
「お気になさらずに。私はただ何もしないでは居られなかっただけなのです」
結果はこの様だったが。
その後は日記とバジリスクの牙を差し出したハリーが、一連の事件の経過の説明をたどたどしく説明し、私が時折補足すると言う感じで進行していった。
……おっとマグゴナガル先生。私は校則破りの問題児の類とは無関係ですよ?
ジニーやウィーズリー夫妻、マグゴナガル先生が医務室に行き部屋を去った後にハリー、ロン、そして私にホグワーツ特別功労賞なるものの受賞が決まった。
去年と違って特に驚きは無いし、欲しがったことなどない代物に対する感想なんてもっとない。人に注目されたい、認められたいという欲求ならそもそも今生の私には存在しない物なのだから。
ロンとロックハート先生も医務室に行ったようだが
「わしはハリーとティアとで話し合いたいことがある」
はて?私は特に無いのだが……。
二人が去った後でダンブルドア校長はハリーと私に向き直った。
「ハリー、わしに何かリドルの事で話したいことは無いかな?」
「ダンブルドア校長、ぼくは……」
そしてハリーの告白、いや告解とでも言うべき内容が語られた。
組み分け帽子に自分がスリザリンを薦められたこと、トムに自分と似ていると言われたこと。
自分はスリザリンに入るべきだったのではないかと思っていることなどを、だ。
……まあ、心無い他者に傷つくこともあるだろう。
「ミス・レストレンジ。どう思うかね?君はハリーがグリフィンドールに相応しくないと、そう思うかね?」
何故私に振るのだろうか?
ダンブルドア校長の方を見ると、キラキラとした眼で私のことを見つめていた。
おそらくは私が言うまで続けるつもりなのだろう。
「ハリーはグリフィンドール生に相応しいと思います」
「でも、僕は……」
咄嗟に出てきたのは先ほどの光景から思った言葉だった。
「貴方は自分が死に掛けている時にジニーの事を頼むと私に言ったじゃないですか。自分が死に掛けている、正にその時に」
「そうだけど、あれは」
「自分の娘や息子の為にそうできる大人は居るかもしれません。でもそうでない人で他の人の為に、自分の命を投げ出せるような人は同じ年代の子供たちの中には居ないと思います。スリザリンにも、レイブンクローにも、私の所属するハッフルパルにも、です。
貴方はグリフィンドールに入ることを望んで、グリフィンドール生らしい勇気を示せたのだと私は強く思います」
その言葉に何故か彼はいたく感動しているようだった。
誰かに違うと言って欲しかったのか、あるいは認められたかったのか。そのどちらか、あるいは両方なのかは分からないが、つまりはそういうことなのだろう。
「ミス・レストレンジ。わしの言いたかった言葉をありがとう。君の方は何かわしに聞きたいことはあるかのう?」
特に無いと言いかけて気が付いた。
「ダンブルドア校長の叶った望みと言うのは何ですか?」
「こうして君と話す機会を得られたことかのう」
私はその言葉を聞いた後で、念のために構えることにした。
フォークスにも反応されない程ゆっくりと、ポケットの中に入っているとある物を何時でも投げられるよう用意したのである。ちなみにそれはバジリスクの毒を、つい先ほど塗ったばかりの小鬼製の銀で鍛えられた短剣だ。
「ええと、どのような意味でしょう?」
「何、去年から君とは一度じっくりと話したいと思っていたのじゃよ」
やはり、か。
緊張感のあるやり取りなんて二度目の生を受けてから滅多にしたことが無いのだが、去年の事ははっきりと思い出せる。
「流石にこれだけ年の差があると男女のお付き合いというのは……」
「そういった話ではないのう」
できるだけ平和裏に惚けようと思っていたのだが失敗してしまったようである。というか年上好みの私と言え、爺様を相手にする気は毛頭ない。
「あのう……私ジャスティンの元に早く行きたくて……」
「その前に一つわしからお願いがあるのじゃよ。何、とても簡単なことでのう」
話を聞いてみたところ、さして問題は無い。だけどそれに応じる理由も同時に無かった。
ただ、そう言ったところ私の願いを一つ聞くと校長先生はおっしゃったのが非常に気になっていたのである。
私は好奇心からそれに応じ、そしてその時が来た。
「準備は良いかのう?」
「はい、もう既に大丈夫です」
ハリーも何故かこの場に残されていた。私たちの間の異様な雰囲気を感じ取っているようで、短い間のやり取りに対して何度も口を挟もうとしていたのを覚えている。
「では」
「はい、行きます」
そうして私が魔法を放つのと全く同じタイミングだった。
「「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」」
赤い閃光が正に同時に放たれた。一つは私の杖から、そしてもう一つはダンブルドア校長の持っている杖からである。
二つの赤の光はマグゴナガル先生の部屋の、二つの杖の丁度中間地点で混ざり合った。
その現象に私は目を見張った。
ダンブルドア校長の様子をその瞬間に確認する余裕は無かったことが悔やまれる。
私達二人の杖から放たれる光は、私が殺した目の潰れたバジリスクの像を出し、直ぐに消えたフォークスの像を出し、そしてその直前に出したルーモスによる白い光を見せた。
とてつもなく長いようで、おそらくとしか言い様が無いのだが、お互いの感覚という感覚が伸ばしうる限界まで引き伸ばされた結果だったのだろう。
磁力よりも遥かに強大な力場という物を双方に感じさせ、繋がり合った光は他の何者をも寄せ付けないだけの古く、原始的なそれを思い起こさせる。
かつて前世の私の友達の声が聞こえたことに驚き、ふと見てみるとダンブルドア校長もまた私と同じような、いやそれ以上に激しいであろう驚愕の表情を見せていた。
ハリーは何が何だか分からないという顔で、フォークスはと言えば綺麗な歌声を響かせるだけの、有体に言えば混沌がこの場に齎されていたのだ。
やがてどちらともなく光の「糸」を切った。
私達はこの「事実」に耐えられなかったのだろう。
あまりにも計算違いであったのだから。
暫くの間私も、それからダンブルドア校長先生も何も口にしなかった。
そしてややあってから私は口火を切ることにしたのだ。
「まさか私の杖がかの『ニワトコの杖』と『兄弟杖』だったなんて思いもしませんでしたよ」
それは紛れも無く最悪の一つの形。
夏なので怪談風味に……いえ、展開それ自体はもっと前に考えていたのですけどね。
後一話で秘密の部屋編終了です。