ああ、憂鬱である。
犠牲者が二人いっぺんに出たその日、ホグワーツには戒厳令が敷かれてしまったのだ。
より詳しく言うならば、問題は六時以降談話室の外には出られないこと。集団で行動させられることを義務付けられたことか。
我が寮においてはスプラウト先生が告げてくれたそれは、私の行動を著しく阻害してくれていたのだ。
こんなことでは日課だった必要の部屋通いも満足するほどできないし、何よりジャスティンのお見舞いにもいけないじゃないか。
正確には彼の元には一度行っては見たのだが、危ないことさせられないとマダム・ポンフリーに拒否されてしまったのだ。
正しくはあると思う。特に私に関しては非公式とはいえ、継承者に実際に狙われてしまったのだから。明らかにできないことではあるけれど、でも既にバジリスクが来たところで私に通じるはずが無い、と分かっている身としては何とも歯がゆい物がある。
さて、私に実際的に関わる話以外だと一連の騒ぎの容疑者としてハグリッドはアズカバンに送られ、これまでの責任を取る形でダンブルドア校長も停職させられてしまった。
凄まじく機嫌が良くなったフォイフォイからの手紙では、そのことに対する喜びで一杯だったのが、印象的ではある。
こちらに余波が来てしまう以上、プライベートが何よりも大事な私としては彼ほど嬉しがることはできないのだが……。
しかし悪いことばかりでは無かった。
一人で考える時間が増えた結果、ジャスティンのお見舞いに何故私が拘っていたかが判明したからだ。
尤もそのことで私は別の意味で憂鬱になってしまったが。
そもそも答えに行き着いた切っ掛けはと言えば、ロックハート先生の授業でふと考えたそれはくだらないことだった。
普段行っていた医務室通いができなくなった私は、聞く価値の無い授業よりも頬杖をついて思索に耽ることが多くなっていたから。
その日、私は
先生、性格が悪いので医務室に行ってきます!
と授業中にボンクラ先生に言おうとして……やめたのだ。
一人でボケ倒すこと程つまらない物なんてないのだから。
もしもジャスティンが目の前に居たら
「ティア、貴方の性格の悪さはきっと医務室に行ってマダム・ポンフリーに見て貰っても治らない気がしますよ」
と素で言い返してくれることだろう。
もしもハーマイオニーが目の前に居たら
「そう。きっと少しはティアの性格も良くなるわよ。うん、小さじ一杯分くらいだったら! 」
と控えめな感じで、それでも確かな期待を込めて言い放ってくれるだろう。
皮肉をどんな時でも忘れない、正しい感じのエゲレス人だと思う。
……あいつらをちょっぴりぶん殴りたくなったのは秘密だ。
そう、離れてみた今だからこそわかった。
私は良い友達(と言う名のツッコミ)を得ていたのだ。
と言っても前世でのそれと比べたら大分修業が必要だとは思うが。
ちなみにそれと言うのも、彼等では皮肉は充分だが毒が足りていない気がするからである。
思えば決して彼等との会話は苦では無かった。
ジャスティンに魔法界についての大嘘を信じ込ませたり、ハーマイオニーに存在しないようなでたらめ呪文を言わせて悦に浸ったり(娯楽が少ないから仕方がない)彼らと関わることは退屈では無かったのだ。
これまで彼等との間で交わした会話を思い出して、ようやく彼らを認められそうな気がしてきた。
何だ、私はあの子たちの事が憎からず思っていたんじゃないか。
そうして、それまでとは比べられない程落ち着いた状態で彼らのことを考え、石になったジャスティンを見下ろしていた時に何時も感じていた既視感の正体を知った。
何かに似ているとは思っていたのだ。お見舞いに赴き、彼をただ眺めていたその時はそれを分析できる程考えを働かせることができなかったが。
そう、犠牲になった彼を見て、虚しさと後悔とが交互に押し寄せていたあの感じ、あれは
――
前世の自分の死体を見下ろしていた時の嘆くことしかできなかった喪失感。あれに限りなく似ていたのだ。
それに気が付いた後で、頭の中に幾つもの答えが、まさしく湧いてきた。
ジャスティンは私だったのだ。
それは彼と私が同一人物だとかそういう変な意味合いでは断じて無い。
要するに彼は私と同じように不慮の事故(というには両方ともいささか人の悪意が介在し過ぎている気がするが)の犠牲者なのだ。
継承者の悪意によって石にされてしまった彼。通り魔の悪意によって未来を断たれてしまった私。
ジャスティンと私との差異なんてものは、彼が周りの友達と過ごせたであろう青春を半年以上失い、私が一生分を喪ったという単なる大小でしかないのだ。
いや、勿論言葉にすれば当然大きな差ではある。実際に「喪う」こと以外で、その大切さや、それをどれだけ愛していたのかということを本当の意味で理解できたりはしないのだろう。
ただ問題なのは私がそれに関しては納得しつつもある程度仕方ないと認識しているのに対し、彼はそんなことを思える境地に無いことである。
と言うのも中身を含めて三十年以上の時を生きて来た私と違い、彼は未だマグル生まれの純朴な十二歳の子供に過ぎないのだ。
この世で死喰い人同士の子供として生を受け、正しく生まれた時から彼等の子供としての自分の運命を覚悟(幸か不幸か今の今まで魔法界最悪の犯罪者夫婦の娘としての立場で咎められるようなことはなく、誰かからそのことで悪意の籠った「攻撃」を受けることも無く学校生活を送らせてもらっていたわけだが)していた私と比べてあまりにも、そうあまりにも覚悟ができていなかっただろうに。
更に言えば私には解決しがたい一つの疑問があったのだ。
ジャスティンの命に別条はない。とはいえ、石になっている間の寿命にまでそれは適応されないのか?最悪の場合、本来過ごせた時間を奪われ、そのまま戻ることが無いのではないのか?
尤もそれは仮説にすぎないし、そうだとしてもその件に関しては私が責任を負う必要もないし、負うべきではないと思う。
だってジャスティンを石にしたのは私では無いのだから。
理性ではそう結論付けるも、あるいは防げたかもしれないのではないかという可能性が私に私自身の罪を囁く。
失われてしまったものと言うのは戻らないのだという悲しみ、罪悪感、後悔が確かにこの胸の内に在ったのだ。
それなのに、それをただ放置した私は何なのだろう。
ジャスティンに降りかかった被害は、私がその気になりさえすれば避けられたかもしれないのに、結局のところそれを見殺しにしてしまった。
私は秘密を幾つか抱えているだけのか弱い女の子でしかない以上、眼にする全てを救うことなんて無理だし、メリットも無い以上は継承者との敵対は避けたい。
今の今までそう考えていた。
でも私は誰かに「奪われる痛み」を誰よりも知っていた、そのはずだったのに。
最初気付かなかったとはいえ自分を見捨てるような、恐らくは(私のようなエゴイストにとっては)何よりも罪深い真似を平然としてしまっていたのだ。
そしてそれに気が付いた時、私は前から考えていた「ある計画」を実行に移すことを決意した。
バカのバーバナスが酷い目に遭っているタペストリーの前で、私は少しの間立ち止まって状況を整理する。
これから私がすることに必要となる物は「とある内容が書かれた手紙」と「ちょっとした工作」の二つ。
故にこれからの私は必要の部屋で鋸、金槌、鉋などの大工道具を用意した上で、昼休みなど短い時間を使いつつ作業に勤しむことになる。
いずれ訪れるであろう、その時の為に。
私は幾つかの準備を開始する為に必要の部屋の扉を開いた。
それは多分後戻りのできない道筋。
成功率はあまりにも低いが、しかし私は望む結果の為、再び自分の命をチップとしたギャンブルに手を出すことに決めたのだ。
時を置いて、グリフィンドールとの薬草学での合同授業の時の話である。
それは麗しい仲直りの合図の後、具体的にはアーニーが、ハーマイオニーが継承者に襲われたことにより、彼の疑いが完膚なきまでに晴れて、ハリーへの謝罪をした後の話だ。
何やら話し合っているロンとハリーに、私は近づいて行き、予め認めておいた封書を手渡した。
「グリフィンドール寮に帰ったら読んでください」
彼ら二人にしか聞こえないよう。私は囁いた。
「ティア、これは」
「速くしまってください」
察しが悪い彼らにそう促した。
あまり注目されて良い内容ではないのだから。何よりアーニー、ハンナに加えて私と一緒に作業をしていた二人までこっちを注視している。
「ティア、今の何?」
「ラブレターじゃないわよね?」
こちらの動きに注目していたエロイーズとスーザンが私に尋ねた。
恋文の類では断じて無ない。
「そんなに色気のあるものではありませんよ」
むしろ危険なデートのお誘いの部類に属するだろう。
手紙の中身を読んだであろう二人は、翌日には私のことを今までとは違う目付きで見ているのに気が付いた。
そう、此処からが本当の始まりなのだ。
私がやっていた秘密の作業は基本的に量が多くは無かったので、皆の眼を盗んで僅かな時間必要の部屋で過ごすだけで十分だった。
だから私は、正確には私達は待つことが主な仕事だったように思う。
連絡の取りようが無いので、薬草学の授業で一緒になった時間も言葉を交わすことは無く、ただ視線のみでやり取りするだけだったのだ。
尤も私がやっていることについて、ハリーとロンの二人は、その存在すら知ってはいないのだが。
これはもしかしたら不要なものかもしれないが、あった方が何かと便利な代物なのだ。
私は完成したそれを「二つ」ともいつも使っている鞄の中に入れて、後はただ計画に漏れが無いか(不確定要素が多すぎて計画とはとても呼べないかもしれないが)の最終チェック、それから今までやってきたことの全てを確認した。
さて、話は変わるがハッフルパフ寮では寮生は皆、消灯までの数時間を談話室で過ごすことが多かった。
六時以降は寮の外に出られない以上、まあ仕方がないだろう。
まあ、彼らは大きく分けると三つのグループに分かれていた。
一つめがゴブストーン、魔法界のチェス、勝手にシャッフルするトランプなどと言った室内で遊べるゲームで暇をつぶす者たち。
二つめが知り合い同士で集まり、話し込む者たち。
三つめが授業の確認、勉強などで暇な時間を潰す者たちという三種類である。
そんな中で私たちはと言えば二つめか、三つめに属していた部類に含まれていた。
言うまでも無く、一つめはどうしても面子の中で、その姿を見せなくなってしまったジャスティンのことを思い出してしまうからである。
「やれやれ、僕たちの寮のシンボルは穴熊だけどこうもこんなところに押し込められていると息が詰まるな」
とアーニー。ちなみに今は来年度から始まる選択授業についての考察(と言う名前の駄弁り)を行っている最中である。
勿論私たちは復活祭の休暇中に決めてはいるが、しかしそれでも未来の事について想いを馳せるのは若者の特権だ。
それを口実に暇を潰しているだけとかそういう正論は要らない。
「まあ、こんなことはそうそう無いのではないでしょうか。今年が異常なのであって、来年以降は平和ですよ、きっと」
超大嘘ではあるが。
なお私たちはと言えば、ハッフルパフの上級生の持っている教科書を幾つか見せて貰った上で自身の進路を決めている。
頼めば快く見せてくれてくれるのだから、うちの寮の人たちは本当に優しい人ばかりなのだと改めて確信した。
なお私は「古代ルーン文字」、「数占い」、「魔法生物飼育学」の三つを来年から受けることになっている。
昔の技を再現できるかは別として、幾つかの強力な道具を作るのに古代ルーン文字に関する知識は必要だし、先輩方の話に出た「占い学」よりは「数占い」の方が魅力的だったのだ。それに聞いてから思い出したが、数占いは宿題が無いらしい。魔法生物飼育学に関しては確か後の年代にならないと無理だったように思うが、生ユニコーンを是非とも見てみたいのだ。
ハンナやエロイーズは「占い学」と「マグル学」で行くとのことだった。スーザンは「魔法生物飼育学」の代わりに「マグル学」を取得していること以外は私と被っている。アーニーはスーザンと全く同じだ。
……何故かザカリアスと私の科目が全て被っているのが気になるが。
「でもジャスティンは来年何を受けるのかな」
ハンナは心配そうに言って、その一言で私たちの間に沈黙が降りた。
彼が何を受けるのかは、目覚めて見なければ分からないことだからだ。
それ以外にも、もうすぐ彼が石から元に戻ると言うニュースが、最近スプラウト先生から聞かされたことを思い出したからでもある。
聞けば応えてくれると言うのもあるが、寮監が薬草学の先生だからか、私たちの間ではマンドレイクの育ち具合は逐一広まっていた。
もうまもなくなのだ。
私達は今やっていることとは別の意味で未来が待ち遠しかった。
そして五月も終わりに入り、期末試験まで二、三日になったある朝のこと。
マグゴナガル先生が朝食の席で、マンドレイクの収穫が可能になったことを知らせてくれたのだ。
思い起こせばこれまでがとても長かった。
マンドレイクでザカリアスを気絶させたり、マンドレイクがスプラウト先生の手によりマフラーを巻かれていたり、マンドレイクが思春期に入ったり、マンドレイクがお互いの植木鉢に入り込もうとしたらどうたらこうたら。
何だかちょっぴり卑猥だ、という私の感想は一先ず置いておくとしよう。あれは一応人間じゃないはずだよな?
実はマンドレイクは知的生命体と言えるような生物なのだろうか?
ひょっとしたら奥が深いのかもしれない。
単なる醜いだけの、聞いたら死ぬような悲鳴を上げる不思議植物じゃなかったのか。などという無駄な思考はそこまでにしておいた。
ちらっとグリフィンドール寮のテーブルの方を見てみれば、ジニーがハリーの傍に腰掛けて真剣な顔をしていた。
ややあってから、確かパーシー・ウィーズリーだったかが多少なり雑事に関することを彼女に話し、ジニーは席を立った。
……既に秒読みだな。
やがて昼食になる直前の頃だ。突如、マグゴナガル副校長の声が学校中に響き渡った。
生徒は全員寮に戻ること、教師は全員職員室に集まること。
ハッフルパフ寮に戻ったら中は大混乱だった。
「誰が襲われたんだ!」
「きっと先生方よ」
という上級生たちが居れば
「マンドレイクで治るってスプラウト先生言っていたよね」
「大丈夫のはずじゃなかったの!?」
下級生たちも不安そうな顔で互いの顔を見ていた。
しっかりと事情を知っていなければ、私自身も取り乱していてもおかしくはないような空気が蔓延しているのだ。
ハンナやエロイーズは下級生を宥めており、スーザンやアーニーは黙って考え込み、ザカリアスは頭をしきりに掻き毟っていた。
やがて数分、あるいは数時間経った後で、ホグワーツが閉鎖されるかもしれないという新しい噂が寮内で蔓延した。
全校生徒が明日の朝一番に生徒たちが自宅に帰されると言う話が、スプラウト先生から私たちに告げられたからだ。
しかし談話室で重苦しい静寂が立ち込める中、少し他の人が目を離した隙に私の姿は寮の中から消え失せていた。
ロックハート先生の元に私は赴いていたからだ。
勝手知ったる先生の私室で荷造りを手伝いつつ、全てが終わった後で二人分の紅茶を入れた。
そういえばロックハート先生がホグワーツを去る時、幾つかの希少な品々を頂く約束をしたことを「覚えて」いる。
彼も私もその約束についてはきちんと覚えており、実際私もかなりの数の稀覯本や金目の品を形見分けのように頂くことに成功した。
まあ、彼はこの学校を去ることを私には明かしてくれたわけだし、その点では問題無い。
何故そんな約束をしたのかは、私たちの両方とも忘れてしまっていた。
錯乱の呪文に忘却呪文(あれは一応記憶修正の為に良く使われるので)を使用すれば行けなくはないと思うが。
その場合の手順は要するに
① ロックハート先生に忘却呪文を掛け、私に譲る約束をした記憶を植え付ける。
② ロックハート先生に私に対し、同じ内容で忘却呪文を掛けるよう錯乱させる。
③ ロックハート先生が私に対し、譲る約束をしたと言う記憶を植え付け、尚且つ私が二つの呪文を掛けた記憶を消してもらう。
と言ったところだろうか。
私にその記憶が無い上に、確認する方法は他の人にはもう無いと言っても良いのだが、この方法なら真実薬を使われても、開心術を使われて記憶を強引に手に入れようとされても大丈夫なはずである。
もっとも私がこんなことをしでかしたのかどうかは今の時点では定かでは無い。
記憶が無い故に推定無罪は適用されるはず……だ。
そんなことを考えながらお茶請けと紅茶のお代りを頂いていたら、ロンとハリーがようやくこの部屋にやってきた。
先生の足止め、及びこれからすることの盾が必要なので私自身もこの場に留まっていたのだが……二人が来た後でロックハート先生と二人の間で秘密の部屋に行く、行かない、の口論が始まってしまったようだ。
彼が忘却呪文を使用しようとして、ハリーが武装解除の呪文で杖を取り上げ、やっと三人の間の終わってくれたようだった。
「ティア、君も来るんだろう」
ハリーに声を掛けられ、私も彼ら三人に付いて行った。
関わりたくないと言ったがこれからすることの為にはどうしても行かなければならない。
そう、多分これが最後の冒険。
マートルのトイレに辿り着き、私が予め見つけておいた蛇の印にハリーが話し掛ける。
三人が先に入り、そして
「ティア、大丈夫だ!」
ハリーによって下までの間の安全を確認してもらった後。
その後で私は下へとおもむろに口を開いた。
「それが眼鏡の最後の言葉になろうとは、その時の私には知る由も無かったのです」
ややあってから下の方から声がした。
「君も早く来るんだよ!」
どうやら降りている最中に私の独り言が聞こえていたらしい。
……怒られちゃった。てへっ☆
そして私もまた、彼らの後を追っていった。
……後から考えれば私は今まで証明して来たとおり、それなりに妙な知識や技術の持ち合わせはあっても、決して賢明な思考を有している方では無かったのだ。
エゴイストであることそれ自体に対する躊躇いも罪悪感も無いが、これから行った行動の後、反省するべき物があるとしたら、まずはそこだったのだろう。
その点だけは後に激しく後悔することになると、その時の私は未だ知らなかった。
残すところ、このお話を除いて後三話です。
全部のお話を読み返していると色々と雑なところばかりが目についてもう何と言って良いのやら。
秘密の部屋編が終わり次第修正していきます。
※秘密の部屋終了まで後三話ということです。
うわぁ、誤解させるような後書きをやっちまいました><