楽しめるか否か。それが問題だ。   作:ジェバンニ

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書く気はあったんです。




……書く気力が湧かなかっただけで。


現在の状況について

二月が始まり、ニャーマオイニーも人間になれたある日のこと。

このユースティティア・レストレンジは色々な意味で憂鬱だった。そう、言えるだろう。

一番の原因は自分の気持ちに整理が付かなかった、それに尽きてはいるのだが。

ここ最近マイブームになっていた、実にラヴリーな状態になっていたニャーマオイニーによるアニマルセラピーで大分癒えた気はしていたのだが、そんなことは無かったらしい。

何故って私は彼がバジリスクに襲われた日から、それまでと同じように気が付いたらジャスティンの置かれている医務室に足を延ばしていたのだから。

マンドレイクの解毒剤ができなければ今の彼は単なる石像と何ら変わりがない、と分かっているはずなのにも関わらず、だ。

どうかしているとしか言いようがないのだが、何故自分がこんなことをしているのかは不思議でしょうがなかった。

はっきり言って私は情の薄いタイプだと思っていたのだがそんなことは無かったとでもいうのだろうか?

全くもって意味不明である。

こんなことをしているのがバレたら「血を裏切る者」としてスリザリンの継承者によって新しい犠牲者にされるのかもしれないのに。

一応万が一襲われた時の為に幾つかの対策は取っているのだが……。

ジャスティンに恋をしているとかそういう理由ではないのは分かり切ってはいたが、自己分析が不得意なところは私の幾つかある欠点の一つなのかもしれない。

 

さて、そんな風にお見舞いに費やしてしまう時間が多いせいか私の研究の進捗状況はあまり芳しくなかった。

閲覧禁止の棚にある本の魔法や、幾つかのN.E.W.T(いもり/めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)レベルの魔法の習得に着手はしていたのだが役に立つ上級魔法で身に着いたのは「検知不可能拡大呪文」と「もう一つのそれ」だけだったのだ。

テクニカルターム、要するに魔法界特有の専門用語に関しても理解できないものが幾つかあったし、集中が途切れがちなので結局その二つまでしかできなかった。

 

両方とも習い覚えた価値のあるだけの凄まじく役に立つ呪文ではあったのだが。

 

それでも当初の予定では「変幻自在術」に「守護霊の呪文」に関しては今の時期には既に身に着けているはずだったので私の目論見は大分外れてしまっていた。

後者に関しては特に習得が上手くいっていない代物なので遅くとも夏休みまでに必死こいて使えるようにしないといけないだろう。

結局のところ閲覧禁止の棚の本、読書許可券発行機が壊れる前に役に立ちそうな魔法に関してはメモして置いて、来年の三年生時にはとりあえず四年生や五年生の呪文を着実に一つ一つ身に着けていく他無さそうだった。

え?三年生までの呪文はどうしたのかって?

いやいや、家に居た頃はドーラの教科書を彼女が居ない間に盗み読みしていたし、最近は良いやり方を思いついてそれで自主学習をちゃんとしているのだとも。

即ち愛しのロックハート先生の本を表紙だけそのままに、中身を三年生の内容に全て変えておいて、授業中に読むって方法さ。

流石にこの方法はあの先生と、それからビンズ先生が担当している魔法史の授業でしか使ってはいないが、それなりに効率的で私には非常に合っていたのだ。

まあRPGやオンラインゲームにおける泥臭いレベル上げとか私は決して嫌いだった方じゃないし、このままでも問題は無いだろう。

私の学習スピードは決して速い方では無いのだけれど、それでも私は欲しい物は確実に手に入れる主義なのだから。

このペースで行けばおそらく六年生になった時には私の「再転生」に関する研究にも一定の成果が期待できるはずだ。

求める意志だけで辿り着けるかどうかまでは分からないが、きっとこの努力は尊いと私は信じている。

 

しかして予期せぬ問題と言うのは常に何処からともなく湧いてくるものらしい。

久しぶりに知人に会ったときの話だ。

「こんにちは、ティア」

その日、偶然出会えたパチル姉妹の妹の方と話し込んでいた私は、忍びの地図を持ってはいても、その危険人物に細心の注意を払えていなかったのだ。

故に彼女に話しかけられてやっと気づいた時には遅すぎたというわけである。

「お久しぶりですね、ジニー。どうしたのですか?」

あんたには早くどっか行ってほしいんだよ……! という本音はまるで見せず、他の人に対してするような何時も通りの受け応えを、私は彼女に対してした。

というのも何か相談を持ち掛けている人特有の気配がジニーから感じていたからだ。

最近までまるで接点が無かった私に対して一体何の用なのだろうか。

「私ね。実はティアにお願いしたいことがあって……」

そしてその前に、と前置きしたうえで彼女が幾つか体験していた奇妙な現象について話してくれた。私がまるで望んでいないにも関わらず、だ。

「なるほど。それは奇妙ですね」

パドマが直ぐ傍に居るからだろうか、理解できる者にしか理解できない程度の多少なりぼかした話までしかして来ないのだが「おそらくは彼女が操られて起こした事件に関する話なのであろうな」と事前知識の無い私でも推察できるレベルの話であった。

「それでジニー、貴女は私に何をして欲しいのですか?」

そうとも、肝心なのはそれなのだ。

自首したいのか、何か有効な手立てを教えてほしいのか?

しかしてジニーが私に頼んだのはそのどちらでもなかった。

よりにもよって彼女はとあるブツを私の目の前に両手で差し出した後でのたまってくれたのだ。

 

「ティアに何も言わずにこれを引き取ってほしいの!」

 

おいこら。私に死ねってか?

差し出された物は一冊の本。私は魔法に関して書かれた本は比較的大好きな方だ。特にこれに関しては「接し方さえ間違えなければ」という条件付きではあるものの、上手くいけば多大な情報が手に入る可能性がある。

分かってはいる、分かってはいても私にはそのリスクを冒す気が無かったのだ。

何しろその本は

 

『トム・リドルの日記』

 

というタイトルだったのだから。

眼にした瞬間に私は思わずジニーの眼を見つめ、開心術を使用していた。

もしも彼の魂が彼女に寄生していたら、逆に開心術を使われてしまって危ういかもしれない、という可能性すら考えることも無く反射的にやってしまったのだ。

『何故私にこれを渡す気になった?』

という意思を込めて彼女の感情、記憶を覗いて見た、その結果は酷い物だったと思うが。

ジニーに対して使用したそれは色々なことを私に教えてくれた。

彼女の中にある、自分自身が皆を襲っていたのではないかという「恐怖」、こんな物は早く手放してしまいたいという「想い」、そして僅かに含まれていた自分の罪を擦り付けてしまいたい、日記を私に渡すことで恋敵を一人消せるのではないかと言う仄暗い「期待」。

なるほど。私とハリーとが医務室から少し離れた処で多少なり会話していたところを目撃していたのか。

少なくとも私に少年趣味は無いので恋敵などにはなりえないのだが、未だ幼い彼女に誤解させてしまっているらしい。この辺りは彼女が自分自身に抱く劣等感故か。

「ジニー、この日記は貴女のではないのでしょう?何故、私に渡すのですか?」

彼女の眼を見つめたまま、私は言った。もう既に気付いていたとしても、それは問わなければいけないことではある。私が彼女の気持ちを見抜いていたことは知られてはならないのだから。

「ティア、貴女ならどうにかできると思って」

「ジニー、私は」

「ごめんなさい!」

そう言って彼女は日記を私の手の中に押し付けて走って行った。

「結局あの娘は何だったの?」

今までわけがわからないという目で、私と彼女のやり取りを見ていたパドマは不思議そうに訊いてきた。

「特大な厄介事を持って来ただけですよ」

「ふうん?」

いや、前世からなんだが私の周りの個性豊かな知人たちはどうしてこうも変な方向に思い切りが良いのだろうか……。

 

さて、嘆いてばかりいないで私にできることでも考えようか。

大雑把に現在の私が取れる方針は三つ。

一、 受け取らなかったことにして日記を捨てる。

二、 ダンブルドア校長先生に渡す。

三、 ハリーに渡す。

このうち、一は論外である。

何故ならハリーが秘密の部屋に関するヒントを得る可能性がまるで無くなるから。私はジニーから日記を受け取ると言う嫌なバタフライエフェクトを喰らっているのだ。これ以上のイレギュラーは問題外である。

二は私が嫌だ。ダンブルドア校長先生に渡せば安全に解決してくれるかもしれない。だけど私の事を警戒しているようではあるし、今の時点で日記に怪しいところが見当たらない以上「何で儂のところに持って来たのかの?」と藪蛇になり兼ねない。それ以上に既に色々やらかしている私のちょっぴり痛いお腹(そう、ほんのちょっぴりだ。決してクルーシオを掛けられたような感じじゃ無い。無いったら無い)を探られるかもしれない。

となるとやっぱり三、ハリーに渡すのがやはりベストそうではある。彼の元に行くべき物ではあったし、多分彼と一番合う以上、トムは彼に預けるのが良いだろう。

書き込んだ場合のリスクは多少あるものの、いきなり彼に渡しては不自然なので私は日記を開き、インクに浸した羽ペンで中の人に適当に語り掛けることにした。

 

『Aはエイミー かいだんおちた』

 

日記に刻んだ文字を構成していたインクが消えると、中から滲み出して文字の連なりを生じさせた。正体を知らなければ立派な怪奇現象である。

『こんにちは。僕はトム・リドルと言います。元々この日記を所持していた女の子ではないようですが、貴方は誰で、どうやってこの日記を手に入れたのですか?』

だから私も名を名乗ることにした。

『私の名前はゴンザレスです。ジニーと言う女の子に頼まれてこの日記を預かりました』

咄嗟に出てきてしまったゴンザレスは偽名である。本当は高校生時代、ゲリラ新聞部に所属していた女友達の使っていたペンネームだ。ちなみに盗さ……撮影担当である。

『なるほど。ですが貴方が名乗ったその名前、それは偽名でしょう?』

何これ面白い。アンドロイドの相手をしている気分になれる……!

『失礼しました。私の本当の名前はジェバンニです』

『……それも偽名ですね』

ふむ?

『何故そう思うのですか?』

『貴方が嘘を吐いている……正確には僕に対して心を開いていないようでしたから』

ああ、なるほど。本の外側の世界が見えているわけじゃないのか。

『失礼しました。叔母から「脳みそがどこにあるか見えないのに、一人で勝手に考えることができるものは信用しちゃいけない」と常々言われていたものですから』

これは本当。言われた時は単なる迷信だろうと思っていたが、あるいはこの言葉は代々魔法界で受け継がれ続けているジンクスみたいなものなのかもしれない。

『なるほど。確かに自動で文字が浮かび上がる日記をいきなり信用しろと言われても無理かもしれませんね。でもそれでも僕のことは信用して欲しいのです。貴方のあだ名のようなもので良いので教えてもらえませんか?』

あだ名か。一年ほど前は「ゴーストバスターのユースティティア」と呼ばれたものだが最近ではそう呼ばれなくなったからどうしたものか迷う。というのも私の教えを受けたパチル姉妹が、ピープズ以下ゴーストの類を追い払うことができるようになったので、このホグワーツにおいて私はあまり特異な存在としては扱われなくなったのだ。

……最もせっかく二人に般若心経を習得させたので、実験としてパチル姉妹と私の三人でマートルを囲んで「かごめかごめ」のノリで唱えてみたら、散々苦しんだ様子を三人で観察してしまったあげく、二人が彼女を憐れに思い、実験を中止してしまう程マートルが泣き叫んでしまったのは私も予想外ではあったのだが。

フォローはしたとは言え、私を見た瞬間にマートルが逃げ出すほど私達の関係が少し微妙なものとなってしまったのは実に残念である。

さて、私のあだ名に話を戻すとしようか。本当に視覚が無いのかは分からないがこれで本当のことを一部なりと教えないと逆に警戒されそうな以上は仕方がないようだ。

『私の事はティアと呼んでください』

『ようやく本当のことを書き込んでくれましたね。ありがとうございます、ティア』

その後で彼は自分が五十年前の真実を知っていること、ハリー・ポッターにこのことを伝えなければいけないことを話してくれた。

『ですがトム。貴方は本当に五十年前のことについての正しい知識を持っているのですか?』

トム・リドルと名乗ってからずっと「トム」と私は呼んでいる。

是非、リドルと呼んでくれませんか?と尋ねてきてくれたので私は親愛なる前世の祖父の遺言『人の嫌がることは進んでやりなさい』に従って彼をトムと呼ぶことにしたのだ。

なお彼の事をそう呼んだところ、彼の書き込みが何故か数分程停止してしまったのだが一体何だったのだろう?

『……ええ。信用できないのならお見せしましょうか?』

『? 見せる……?良く分かりませんが詳しい情報を頂けるようなら是非お願いします』

そうして私は彼の「記憶」を見せて貰うことに成功した。

感想、若い頃の彼のイケメン姿を見ただけで得した気分になれる、不思議!

「さて、ではハリーに貴方の日記を手渡すことにしておきますよ、トム」

「……助かります、ティア」

お互いこれで離れられることに清々していたような、そんな気が何故かした。

 

その翌日日記を受け取ったハリーは、手に取った日記を怪訝そうに見つめた。

「ええと、ティア。これは何?」

「トム・リドルの日記……以前秘密の部屋が開かれた時の犯人を捕まえた人の日記だそうですよ」

「それは本当なの?」

そんな話を聞かされては平常で居られないのだろう、ハリーは随分と驚いていた。

「ええ。トロフィー室に彼の名前が刻んであるのを私は確認しています。理由は書いてありませんが特別功労賞を受賞したそうですし、間違いないでしょう。

ハリー……気になるようでしたらそれに自分の考えなどをインクで書き込んだら色々と分かるかもしれません」

「良く分からないけどありがとう。でも何で君はこれを僕に渡してくれるの?」

「以前秘密の部屋が開かれた時に在籍していた先生方というのも未だホグワーツに何人か居ます。それなのに未だに今回の犯人が捕まっていないと言うのは前回と違うか、あるいは通常の方法でのアプローチが難しいかのどちらかだと思うのですよ。それに……」

「それに?」

言葉に詰まった私をハリーが問いかけるような視線で射抜く。

「いえ、『彼』が話したがっているようでしたから」

「まるで日記に意志があるような言い方をするんだね」

「ふふふ……」

そうして私たちは分かれた。

ブツを渡した以上、これで幾らなんでもこれ以上の厄介事はおきまい。

その時の私は未だそう信じていた。

 




じ、次回こそは今回よりは早く投稿するから(震え声)。


誤字訂正いたしました。

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