A 大丈夫だ、問題ない。
私は目的物の前で二人の人物を目の当たりにしていた。
一人はハリー・ポッターその人。雷マークの傷跡がチャームポイントの主人公君。
そしてもう一人が……
「そんな……クイレル先生が此処に居るなんて!」
いや、まあ分かっては居たのだが。
「おや、ポッターに続きミス・レストレンジ、君まで現れるとは」
紫のターバン先生はそうのたまった。
どうしてこんな場面に遭遇することになったのか、それを完全に説明するには数時間ばかり時を巻き戻す必要があるだろう。
それは魔法史の試験終了後暫くした時の話だった。
「これで無駄な魔法史の暗記ともおさらばだね」
付き合いのある男子ハッフルパフ生のアーニー・マクミランはそう言った。
まあ、確かに魔法史の授業なぞあまり役には立たないとは思う。
……というのも要するにあれは魔法界が所謂「小鬼」などの異種族と闘争を何度繰り広げたか、またいかに魔法界の伝統がその「特異点」と戦ってきたかの果ての無い歴史についての記録に過ぎない。おまけにそのことに関するレポートについても所詮はちょっとばかり革新的な答えよりも「模範解答」の方が持て囃される傾向がある代物なのだ。
それでは前世で通っていた中学校や高校でのそれと同じで、無駄とさえ言えるようなただの暗記の羅列に対して私は意義を見出せなかったのだ。
頻繁に提出を求められるレポートでは、何故それが起こったかの考察を強いられるが故に前世よりは遥かに覚えやすくはあるからその点に関してはマシではあるのだが……。
どちらにせよ魔法史の授業では覚えた端から忘れても良いようなことであって、特にあっても無くても一緒でしかないように見受けられたのだ。
最低限の教養として理解しておくべきではあるかもしれないが、正直これに費やす暇が有ったら実用的な科目にもっと時間を割きたいと切に願ってやまない。
さて、ではホグワーツ生が一年次に学ぶ八科目の中で他の七つについてどれが有用なのかに対する私の意見を述べるとしよう。
天体の動きについての観測や計算について知るのが天文学、小手先の技を身に着けるなら呪文学、戦闘に重きを置くなら闇の魔術に対する防衛術、物質の変成に関する深淵を学ぶなら変身術、魔法界の植物及びその扱い、育て方について学ぶなら薬草学。どのような効果を及ぼす魔法薬が作れるか、また実際に作るにはどうすれば良いかを学ぶのが魔法薬の授業である。
一年生のみ必須の飛行訓練については多くを語る必要はあるまい。あれはようするにマグル生まれの子や魔法族の中でもそれに馴染んでいなかった者に対する飛行箒の乗り方に関しての救済措置なのだ。
個人的に学んでいてもあまり役に立たないと思えるのは魔法史以外では飛行訓練(もっともこれに関しては授業中の小テストで筆記は終わったが)と天文学だった。ロマンは感じるし知識を得ることは嫌いでは無いものの、実際的な私としては実生活で役立てられなかったり新しい発見があったりしないのであまり学ぶ意味を感じられないのだ。
まあ、上に挙げた科目以外の五つに関しては実際に魔法を使えているという手応えがあるし、私がやりたいことに直結しているかもしれないから真剣にやってきたつもりだ。
最も今年度の闇の魔術に対する防衛術は先生があの人な時点でお察しなのだが……。まあ来年度以降に期待するとしよう。
「ところでこれからどうする?」
話を聞きそびれていたが、要するに試験終了後のこれから一週間は自由時間だからどう過ごすかということか。
私は私で「必要の部屋」で積みゲーを崩す作業などがあるのだが……
「やっぱり試験の答え合わせとかかしら」
「実家からお菓子届いたから一週間ずっとお菓子パーティーやろうよ」
「この機会に是非とも美の秘訣を……!」
「いや遊び倒さないと」
「寝たいですね」
「雑誌のチェックをしたいな。試験終了するまで全く読めなかったから」
個々の性格が良く分かる発言だと思う。ちなみに発言はスーザン、ハンナ、エロイーズ、ザカリアス、ジャスティン、アーニーの順である。
「ティアは?どうしたいの?」
「ああ、私は……」
「ちょっと良いかな、ティア」
ハリーが目の前にいた。
そして途端に私以外のいつもの愉快なメンバーの顔が苦々しい物を見るような目つきへと変わった。
百点を自寮から一気に下げたハリーとハーマイオニーのペアへの株価は現在大絶賛暴落中だったのだ。彼等もスリザリンが一位を逃す機会を楽しみにしていたらしい。
え、私? 正直どうでも良い。
「何の用ですか、ハリー」
「おい関わるなよ、ティア」
「そうよ。行きましょう」
アーニーとスーザンが止めてくれたが……しかしこれが鏡を見に行くというチャンスならば私は是非ともこれを受けておきたいのだ。
「大丈夫ですよ、ただ話を聞くだけなら良いじゃないですか」
そう言って私は彼らに談話室で待ってもらうように言った。
「それで、何の用ですか?」
最近試験勉強で忙しかったので彼と直接話をするのは久しぶりだ。
ハーマイオニーに関しては廊下で会ってはいても、これまで通り基本的に人目の無いところでしか話をしていない。減点事件で彼女と話をするには少々立場的にも難しくなってはいたのだから。手紙のおかげで大体の状況は把握してはいるのでさしたる不便はないのが救いではある。
全く、純血主義に理解を示しつつ、それに取り込まれないようにふらふらと蝙蝠女をやるのも楽じゃない。
「スネイプが賢者の石を手に入れるのを止めたい。そのためにティアの力を貸して欲しいんだ!」
「……彼がやっていない可能性だってあるのではないですか?」
「絶対にあいつだ。賭けても良い」
「分かりました。なら外れていたら一つだけ言うことを聞いてもらいますからね」
「それじゃあ……!」
「ええ、手伝います。貴方たち仲良し三人組だけでは不安ですし」
「ありがとう、ティア」
そう言って彼は走り去って行った。
夕食の後で可能な限り早く例の場所で落ち合うことをハーマイオニーとの手紙のやりとりによる最終確認で済ませ、この日の為に用意していた物を装備し、私は扉へと向かっていった。
ハッフルパフ寮の皆はお祝い事でもない限り、基本的には早寝早起きなのでありがたくはある。特に誰にも邪魔されることなく寮の外に出ることができたのは幸いだ。
例によって例のごとく道に迷いながらも忍びの地図により厄介な動く障害物を避け、ハリーたちよりもだいぶ早く私は到着したようだった。
「遅いですよ、ハリー、ロン、ハーマイオニー」
それから十五分してから彼らが到着するまで薄暗いところで一人ぽつねんと居るというのは少々気が滅入った。
「ごめん。途中ネビルに捕まっちゃって」
「ロングボトムが……?」
ふむ。ここら辺はそう変わらないのか。
「ネビルのことを知っていたの?」
ハリーが不思議そうに聞いてきたが今、その問いに答えるつもりはこっちにはない。
「ええ。とある縁がありましてね。さて、それより先を急ぐのでしょう?」
「ああ、うん。そうだった」
僅かに開いている扉をさらに開けて、私たちは先生方の罠と相対し始めた。
ハグリッドが飼っているという三頭犬については特筆すべきことはない。
ハリーが持っていた横笛で再び眠りに落ちてしまった間に次の扉を開けて私たちは特に何のダメージを負うことなく通過できたからだ。
続く悪魔の罠、私は前もって対策を用意していたのでハーマイオニーがその性質を言い当てた瞬間に発動することができた。
いや、特別難しいことはしていない。
単にハグリッド部屋から失敬した蒸留酒を使って火を噴いただけだ。
以前必要の部屋で試してみたのだが通常の火の魔法よりも威力があるし、何より細かい操作が可能という意味で魔法がろくに使えない時の切り札としては最適なのだ。
前世で大学のサークルの隠し芸で披露するために練習しておいて良かったぜ、全く。
「君、本当に魔女?」
と何やら情けない感じの声でロンに訊かれた。何故?
「それ以外の何かに見えるのですか?」
と言い返したら黙り込んだまま何も言わなくなった。何だったのか気になったが先を急いだ方が良いのではないだろうか?
……ハリーの「僕は何も突っ込まないぞ!」という顔とハーマイオニーのやたらキラキラした目が気にはなったが。
それ以降の罠については順当にクリアしていけたように思う。
鍵を取るために箒に乗った時も落ちたりはしなかったし、チェス駒になった時も駒が砕かれて意識を失わされるようなことも無かったのだから。
そうして魔法薬の間に私たちは駒を進めた。ロンを犠牲にして。
私たち三人が扉を通り抜けた瞬間に炎が二つの道を塞いだ。
紫色の炎が来た道を、黒色の炎が次の間へと移動する道を閉ざしたのだが、多分炎色反応は関係ないのだろうなと私はそれなりに場違いなことを思った。
スネイプ先生によって記されたであろう攻略の為の詩を読み解いたハーマイオニーは進路と退路を私たちに示してくれた。
問題はそう、一人ずつしかどちらかの道へと行けないことだ。
「ティア、君はどうする?」
それはハリーが前進して、ハーマイオニーがロンの面倒を見ること、そして何かあった時に先生方に知らせに行くことを決定した後のことだった。
「此処で待ちますよ。ひょっとしたら炎が消える可能性もなくはないわけですし」
「ティアは一人で大丈夫なの!?」
「大丈夫です。……少なくとも此処でなら迷いようは無いでしょうし」
それを聞いて二人は笑った。リラックスできたようで何よりだ。
前世で多少不可思議に思っては居たのだが、洋画の類で外人がジョークの類を乱発するのは多分こういう時冗談の一つでも言わなければ平静でいられないからなのではないだろうか。
凄まじく今更だし、今は私が所謂外人なのだが。
さて、二人がそれぞれの炎を潜った後で私は少しの間待った。
「やっぱり」
予想通りだ。ハリーとハーマイオニーが飲み干していったそれぞれの瓶はその中身を回復していた。
おそらくだが元々この場所では一人しか通行できない場所だったのだろう。
進むか引くかの違いはあるものの、万が一最後以外の罠が分かって一人で辿り着けたとしても、当代きっての大魔法使いたるダンブルドア校長が居れば容易く片は付く。
一対一ならば今現在彼に対抗できるものは魔法界の娑婆にはいないのだから。
この部屋に残っている者が居ても両方の薬を飲まなければ自動補充の魔法は発動しないというのが一番ありうるパターンだ。
想像だが三人以上で来た場合、また紫の炎から再度出入りを繰り返した時には危ないかもしれない。まあ、そのケースの場合は途中の部屋に居たトロールが紫の炎を通過した者に反応して起き上がることもありうるし、何らかの仕掛けた配備してあったことを証明するように何より今現在の壁に書かれていたヒントの詩、薬の配置(おそらくは中身さえも)はその内容を先ほどの物とは違うものに変えていたのだ。
……といっても私なら充分解けるものだったので何の躊躇いもなく正解である薬を飲んで黒色の炎へと足を向けさせてもらったが。
――そして冒頭へと至る。
目の前には「インカーセラス 縛れ」の呪文を使って縛られたであろうハリー、そして鏡の前で何やら探すような動きをしていたクイレル先生だった。
「ミス・レストレンジ、何故君は此処に来たのですか。最もあのお方に近しかった者たちの娘のくせに別の寮に入った君が!」
吐き捨てるように言ったその言葉には紛れもない敵意、そして侮蔑が含まれていたのを私は感じた。
だが本当の事や細かいことを言う義理も義務もない。
「決まっているでしょう。私の大切な友達を放っておけなかっただけです」
……何やら感動した様子でこっちを見ているハリーには悪いのだが、仮にこの言葉が真実だったとして当然ハーマイオニーの方だぞ?
「あのお方の障害となった者に対して友人などと……!」
……クイレル先生、貴方までそんなことを。
しかも酷く怒っていらっしゃる。異教(全く考えが違う別のグループに属する人という意味合いで)よりも異端(同じグループに所属している考えが以下略)の方が重い罪だとは言うがやはりそういう理由で私は憎まれているのだろうな。
「一年の時点であのような呪文まで扱える腕を持ちながら私たちの前に立ちはだかるとは」
そう言いながら私は同じように縛られてしまったが状況を未だに楽観視していた。
その最大の理由は「死の呪文」を使えるような気配をこの先生が持っていなかったことだった。
彼の事はばれないように長い間観察していたのだが、どう見てもこのターバンにそれだけの魔法を扱う腕があるように思えないのだが。
また状況からしてハリーに対する人質に使えるという意味合いで私をすぐさま殺すようなことはできないだろうと私は確信していた。
そしてその時が訪れた。
「ご主人様、助けてください!」
別の声が直ぐに響き始めた。
「その子たちを使うのだ……その子たちを使え……」
クイレル先生が私を鏡の前へと押しやり、そして私は「それ」を目撃した。
「何が見える?」
「……」
「何が見えるか言え!」
「……が」
「何が見えるんだ!」
「金銀財宝がザックザックです!」
「「「は?」」」
ハリーさえも今何言ったの?という顔をしていたのがちょっと滑稽だった。
「……数えきれない程の金貨が、私が座っているマホガニー製の机の目の前にあります。あ、高そうなお酒をラッパ飲みしながら高笑いしています!凄まじく良い笑顔していますね、よっぽど幸せなのでしょうね」
「……小僧だ……小僧を使え」
私は鏡を見るお役目を御免となり、ハリーへとバトンタッチした。
……いや、どこか呆れたようにかすれた声を絞り出しているヴォルデモート卿には悪いが、至極真っ当な願いではないかと思うのだがどうか。
そうして鏡を見たハリーが嘘を言った後、クイレル先生がトレードマークのターバンをほどき、その気色の悪い後姿を露わにした。
「そんな、ターバンの下はハゲだってザカリアスと賭けていたのに。……あれ?ある意味間違っていないような気がしますよ?」
「ティア……」
「……ベラの娘にしては随分と惚けた性格をしているようだ……が今は捨て置くとしよう……ハリー・ポッター……!」
その後は彼ら二人の言い合い、それから石を手に入れようとしたクイレル先生がハリーに襲い掛かり、声を上げ続けるハリーを尻目に、逆に吸血鬼が日の光に当たって火傷を負っていくかのようなダメージを負っていく様子のクイレル先生の最期を私は声も上げずに目撃し続けていったのだった。
両者が行動不能になりそうだったあたりでようやくダンブルドア校長が到着。
「フィニート 終われ」
の呪文と共に私の縄は解かれた。
「あ、ありがとうございました。……校長先生、ハリーを早く医務室に!」
「ミス・レストレンジ、大丈夫じゃよ。もう既にマダム・ポンフリーを呼んであるからのう……。それに見たところ衰弱こそしているもののハリーなら心配はいらんよ」
「ああ、そうでしたか。あの……ロンとハーマイオニーは……?」
「無事、保護してある。彼等も大丈夫じゃよ」
「それは良かった……あの、ロンとハーマイオニーは今どちらに?早く彼らにこのことを伝えないと……」
「まあ、待ちなさい。二人は今負傷したミスター・ウィーズリーの手当を行うために医務室に居るのじゃが……会うのは明日の方が良かろう。今夜はもう遅いのじゃから」
「ああ、そうでしたね。私つい、気が動転してしまって……」
「うむ。さてミス・レストレンジ。幾つか聞きたいことがあるのだが質問しても良いかのう?」
「あ、はい。何でしょう?」
此処で何が起こったかについてだろうか?だが彼が口にしたのは私が予想もしていない「問い」だった。
「君は……本当は『みぞの鏡』の中に何を見たのかの?」
神は言っている、ここでエタる運命ではないと……
ちょいと変更ー。