沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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(ほぼ)デュエルなし。


『光と牙』

「くっ……」

 

タッグデュエルの勝敗が決し、北斗と刃が悔し気に膝を着いた。

 

「はっはっはーん! 見たか、このネオ・ニュー沢渡の力を!」

「ふん……後は好きにすれば」

 

高笑いを上げる沢渡を他所に”詠歌”はつまらなそうにそう言って、心の内へと戻った。

 

「……! 沢渡さん!」

 

肉体の主導権を再び譲り受けた詠歌はすぐさま沢渡へと駆け寄る。

 

「今のデュエル、私も見ていました! やっぱり沢渡さん、いいえ、ネオ・ニュー沢渡さん、最高っすよ!」

「当然だ。今の俺はLDS最強のデュエリストなんだからなあ」

 

新たなデッキで勝ち取った勝利と、それを際限なく褒め称える取り巻き。その二つが揃った事で沢渡のテンションは最高潮へと達する。

 

「まさか沢渡にやられるとはな……」

「ってかお前、どうやってペンデュラムカードを……」

「ふっ、赤馬零児直々に託されたのさ、LDSのペンデュラムカードを完璧に使いこなせるのはこの俺しかいないとな」

「赤馬社長に……流石です、沢渡さん!」

 

瞳を輝かせ、羨望の眼差しで沢渡を見上げる詠歌に、沢渡のペンデュラムカードの出所以上に、デュエルの時と雰囲気が一変している事に北斗と刃が顔を見合わせた。

 

『ちょっと、怪しまれてるよ』

「誰のせいですか……え、えーと」

「久守、お前もよくやった。この俺のペンデュラムを引き立てる、完璧なエンタメだったぜ」

「は、はい! 心苦しかったですが、沢渡さんのご期待に沿えて何よりです!」

 

沢渡のフォローに「そういう事か」と二人は納得する。それも平時の詠歌と沢渡を知ってるが故だろう。

 

(まさかその為に沢渡さんにあんな態度を取っていたなんて……!)

『いや全然違うから』

 

ただ一人、詠歌だけが内に眠る”詠歌”に驚愕していたが、呆れた口調で否定された。

 

「それで? お前らは何を揉めてやがったんだ?」

「はっ、そうでした!」

 

今のデュエルの本来の目的を思い出し、詠歌は二人へと向き直る。

 

「過程はどうあれ、デュエルを行って勝利したのは私たちです。……志島さん、刀堂さん、光焔さんの事は私に任せてもらえませんか……? 光津さんを傷つけられ、我慢ならない気持ちは百も承知です。ですが、私も光津さんに頼まれました。そして私も光焔さんを信じたいんです」

「……分かったよ」

「刃、いいのか?」

 

渋々、しかし頷く刃に北斗が尋ねる。

 

「久守の言う通り、沢渡の乱入があったとはいえ、先にデュエルで決着を着ける事を提案したのは俺たちだ。デュエルで決まった事に異論はねえよ」

「……そうだな。久守、光焔ねねの事は君に任せる」

「二人とも……!」

「だが、君に託す以上、必ず光焔ねねを僕たちの前に連れて来い。どんな事情があったとしても、真澄にした事の謝罪を聞くまでは彼女を許す事は出来ない」

「はい、必ず!」

 

光焔ねねに何かがあったのか、それとも真澄を甚振り笑う、あの尊大な態度こそがねねの本性なのか、それは誰にも分からない。

それでも詠歌は真澄に託された。融合使いとして、そして同じ人形たちを使うデュエリストとして、ねねの真意を解き明かすと誓った。

 

「だから結局、何があったんだよ……」

 

一人蚊帳の外となっていた沢渡がぼやくと、ついでと言わんばかりに沢渡を交えて、二人は自分たちが見た光景を詠歌に説明した。

今のデュエルでも姿を見せた女神と、アルカナたちの事を。

 

「アルカナフォース、ですか……?」

「ああ、その様子だと君も知っているようだな」

「ええ。ギャンブル性の高いカードたちですよね。少し意外です。そういったカードを使うようには見えませんでしたから」

「それと妙な事も言っていた」

 

――『すぐに知る事になりますよ。私の名を。あなたたちだけじゃない。この街、この世界の人間全てが』

 

ねねが言った言葉に、詠歌の表情が曇る。

 

「一体何をやろうしてるのかは分からねえが、ロクな事じゃないのは間違いねえ」

「いや単純にもうすぐ始まる舞網チャンピオンシップの事を言ってるんじゃないか?」

「何ぃ? この俺様を差し置いて大会で目立とうってのか?」

「……」

 

腹立つ沢渡の隣で、詠歌は静かに考え込んでいた。

 

(アルカナフォース……いえ、でもまさか……)

『何か心当たりがあるの?』

(……一人、それを使うデュエリストを知っています。でも彼はこの世界には存在しないはず……)

 

詠歌の脳裏に過ぎるのはかつて見た、とある物語。まだ彼女がこの世界に来る前の記憶。

 

『何の事かは分からないけど、そもそもあなただって本当ならこの世界には存在しない人なんだから、不思議はないんじゃない?』

(……そうかもしれません。だけど、もしそうなら……事態は深刻です)

 

詠歌の想像が真実ならば、自分一人でどうにか出来る問題なのか。

自分という異物に、彼を止めたあのデュエリストのような真似が出来るのか。

 

「久守? どうした、黙り込んで」

「い、いえ! とにかく、私は光焔さんを探します! 刀堂さんたちは光津さんをお願いします!」

「おう」

「沢渡さん、今度は私とデュエルしてくださいね!」

「ああ。お前も病み上がりなんだから無茶すんじゃねえぞ」

「はい、それではまた!」

 

詠歌は三人に別れを告げ、LDSを飛び出した。

 

『それで? 一体どうするつもりなのさ』

「とにかく光焔さんを探します。……私が感じていた嫌な気配、それが光焔さんに関係しているのだとしたら、絶対に止めなくちゃなりません」

『ふーん、そう』

「……止めないんですか?」

 

他人事のように言う”詠歌”に思わずそう尋ねる。

 

「危険が伴うかもしれません。それも、以前沢渡さんを襲った襲撃犯とのデュエル以上に」

『あれね。確かに酷い目に遭ったよ。あなたの恐怖がわたしにも伝わってきた。わたしの体に怪我までさせて、わたしの人形たちの事まで怖がって』

「……」

 

”詠歌”の言葉に暗い表情で沈み込む。あの時以上の危険があるかもしれない。もしもまた心が折れる事があれば今度こそもう二度と、立ち上がる事が出来なくなるかもしれない。

 

『でも、いいよ』

「えっ……?」

 

けれど、”詠歌”は何の躊躇いも気負いもなく、頷いた。

 

『あなたが望むなら、その通りにすればいい。もしもあの時のように無様に折れそうになったなら、その時はわたしが支えてあげる』

「どうして、そこまで……」

『さあ? わたしにも良く分からないや』

「……ふふっ、なんですか、それ」

 

どちらからともなく、二人の詠歌は笑い合う。

沢渡とも、他の取り巻きたちとも、友人たちとも違う、二人の詠歌の距離感。いつからかそれを二人は心地良いと感じていた。

 

「なら行きましょう。光焔さんを助けに、そして友達になりに!」

『ま、あなたの勝手な妄想で、光焔ねねがすっごく性格が悪いだけかもしれないけどね』

「それを言わないで下さいよ……私も少し、あの襲撃犯との件で考えすぎてる自覚はあるんですから……」

 

今回のこれも杞憂ならばそれで良い。だが、軽口を叩き合いながらも感じていた。あの嫌な感覚は考え過ぎなどではないと。

 

『でも勇んで飛び出したのは良いけど、アテはあるの? もうすっかり夜になってるけど』

「ええ、まあ。多分そろそろ……」

 

詠歌が何かを言おうとした瞬間、デュエルディスクが着信を告げる。

 

「来たみたいですね。はい、久守です」

『私だ』

 

通話が繋がり、通話口の向こうから男性の声が聞こえてくる。

 

「急な頼みで申し訳ありません、中島さん」

『まったくだ。君に依頼した襲撃犯――黒咲の件は解決したというのに、本来であればLDSの一生徒である君に情報を与えるのは好ましい事ではないが……社長の許可があっての事だ。感謝するように』

 

通話相手、中島はそう前置きして、会話を続けた。

 

『君に頼まれた、光焔ねねという生徒の居場所が分かった。F-28地区のカメラがそれと思しき姿を捉えた』

「F-28? 其処は確か……」

 

つい先日まで、詠歌は赤馬零児の依頼を受け、襲撃犯確保の為に行動していた。結果として詠歌は襲撃犯に敗れはしたが、赤馬零児が襲撃犯、黒咲隼と接触するまでの時間を稼ぐ事に成功し、依頼は完遂された。

その依頼の為にこの舞網市のマップを頭に叩き込んでおり、今中島から告げられた場所に思い当たる。

 

『ああ。我がLDSに次ぐナンバー2と呼ばれているデュエル塾、梁山泊塾の傍だ。光焔ねねが梁山泊塾から出てくる所を補足した』

「梁山泊塾で光焔さんは一体何を……」

『塾内部の様子までは監視出来ない。だが、捕捉する直前、かなり高い数値の融合召喚反応が検知された。最近になって梁山泊塾でも融合召喚反応が検知されてはいたが、それとは比較にはならない。恐らく光焔ねねによるものだろう』

「梁山泊塾でデュエルを……? 道場破りでもしているんでしょうか?」

『分からん。だが熟成同士ならばともかく、他の塾と勝手に諍いを起こすなど大問題だ。LDSとしても光焔ねねから話を聞く必要性が出て来た。社長は君に一任すると仰っている。必ず見つけ出し、LDSまで連れて来るように』

「分かりました。お手柔らかにお願いしますね?」

 

それから二、三言言葉を交わし、中島との通話は途切れた。デュエルディスクには監視カメラの情報と連動しているのだろう、舞網市のマップに赤いマーキングが施され、ねねの居場所を示していた。

 

『随分過激な事をやってるね?』

「ええ。やはり、今の光焔さんが自分の意思で行動しているようには思えません。直接確かめる為にも、急ぎましょう」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

梁山泊塾。LDSに次ぐナンバー2と評されるデュエル塾内は数分前まで騒然としていた。

だが今となっては言葉を発する者は二人しかいない。

 

 

「……この梁山泊に殴り込みとは恐れ入る。貴様、一体何者だ?」

 

その内の一人、梁山泊塾のエースにして舞網チャンピオンシップ、ジュニアユースクラス優勝候補と謳われる勝鬨勇雄は倒れ伏す塾生たちの中でただ一人、立って侵入者を睨みつけていた。

 

「あなたたちには理解できませんよ。この私の崇高な目的は」

 

常人であれば竦み上がってしまいそうな勝鬨の眼光を真っ正面から受けながら、それを意に介さずにねねは淡々と告げた。

 

「崇高な目的だと?」

「ええ。あなたたちには私の目的の為の駒となってもらいます。LDSとこの梁山泊塾を落とせばこの街は手中に収まったも同然。その後、手をさらに伸ばし、世界へと向ける為のね」

「ふん、世迷言をッ。貴様は此処で終わりだ!」

「終わるのはあなたの方です。あなたは此処で終わり、新たな始まりを迎えるのです」

「ほざけッ! LDSで融合を学び、のぼせ上がったのだろうが甘い! LDSの生温い融合など俺の敵ではない! 俺はフィールドの地翔星ハヤテと天昇星テンマを対象に、手札の魔法カード、融合を発動!」

 

勝鬨の叫びと共に一時停滞していたデュエルが動いた。

 

「天駆ける星、地を跳び、今一つとなって悠久の覇者たる星と輝け! 融合召喚! 来い、覇将星イダテン!」

 

KACHIDOKI

LP:2600

 

覇将星イダテン

レベル10

攻撃力 3000

 

NENE

LP:2200

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

「バトルだ! イダテンでエルシャドール・シェキナーガを攻撃!」

 

中華風の武人。梁山泊のエース、勝鬨が持つに相応しい融合モンスター。

それに対するは影人形たちの女王を超えた女神。だが、その攻撃力ではイダテンには及ばない。

 

「イダテンの効果発動! イダテン以下のレベルを持つモンスターとバトルする場合、相手モンスターの攻撃力は0になる! 当然、レベル10同士でも効果は発動する! いけ、イダテン!」

 

その効果によって女神は成す術もなく破壊されるだけのはずだった。

 

「シェキナーガの効果発動。手札から影依融合を墓地に送り、特殊召喚されたモンスターの効果の発動を無効にし、破壊する」

「何ッ!?」

「もうあなたに手は残されていない……私のターン、シェキナーガで直接攻撃。カタストロフ・エンド……!」

「ぐぁぁぁぁぁあああ!?」

 

KACHIDOKI

LP:0

 

WIN NENE

 

振り下ろされた銀の機殻の足に吹き飛ばされ、勝鬨は壁へと叩きつけられる。

 

「ば、馬鹿な……アクションデュエルでもないのに、この衝撃は……!?」

「アクションデュエル、あれは中々に面白い遊戯でした。力を持たぬ者たちでも強大なモンスターを操り、破壊を齎す事が出来る……だが私にはそんな小細工などなくとも容易い事です」

「くっ……」

 

這い蹲る勝鬨の意識が遠退いていく。最後に見た光景は眼前へと迫った、ねねの澱みに満ちた瞳だった。

 

「こんな所ですか。後の一つ、LDSは蒔いた種が内から咲くのを待つだけ……ふふふふっ」

 

妖しく笑い、ねねは倒れ伏した梁山泊の塾生たちに目も向けず、梁山泊を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「はっはっ……はっ……! 前、からっ、思ってたんっ、です、けど!」

『何さ?』

「”詠歌”っ、あなたのっ、身体、貧弱っ、すぎますっ」

 

梁山泊塾を目指し、再び全力で走る詠歌が息も絶え絶えに訴えた。

 

『うるさいなっ。わたしの時はまだアクションデュエルだって今ほどメジャーじゃなかったし、やった事もなかったんだから仕方ないじゃないっ』

「だとしてもっ、これじゃあっ、昔の私と、大差ないですよっ」

 

手足は自由に動くが、残念ながら体力は常人以下しかなかった。涙目になりながらも詠歌は止まる事無く走り続ける。

落ち着いたら、将来の為にも体力づくりをしっかりしよう、と心に誓いながら。

 

『ほら、もうすぐじゃないのっ?』

「はぁっ、はぁっ、そうっ、ですね……この、辺りのはず、です……ふぅ、ふぅ……」

 

マップにマーキングされた地点の傍まで来ると立ち止まり、息を整えながら周囲を窺う。

周囲に明かりはほとんどなく、夜の闇が広がっている。

 

「おかしいですね、この近くに居るはずなのに……」

「誰を探しているんですか?」

「っ!?」

 

突然背後から掛けられた声に驚愕し、振り向く。

其処には探していた少女、ねねがいつの間にか立っていた。

 

「光焔さん……!」

『……成程ね。今ならわたしにも分かる。確かにこの子、普通じゃなさそう』

 

二人の詠歌は目の前に立つねねの発する異様な雰囲気を感じ取る。それは黒咲隼と同等、いやそれ以上に凶悪な意思の力だ。

 

「光焔さん……いえ、あなたは一体何者ですか」

「おかしな事を言うんですね、久守さん」

 

ねねは笑うが、纏う雰囲気が変わる事も、詠歌たちの警戒が解ける事もなかった。

 

「私が何者か、なんて。あなたと同じLDSで、同級生の光焔ねねですよ。もっとも、あなたにとって私はLDSでも学校でも眼中にない生徒だったんでしょうけど」

「っ、そうですね。私は今日まで、光焔さんの事を知りもしませんでした。でも今は違います! 私はほんの少しだけど、あなたと話しをしたっ、光津さんからあなたの話を聞いた! だから分かります、今のあなたは本当の光焔さんじゃない!」

「へえ? だったら私は誰だと言うんですか?」

 

他人を馬鹿にし、見下すねねの笑み。それは昼間見た、誰かに脅え卑屈な笑みを浮かべていたねねとは違う。

 

「猿芝居を……!」

「酷い言い草ですね。それにそんなに震えて、怖がる必要なんてないんですよ?」

「っ……」

 

ねねの言葉通り、詠歌の体は震えていた。ねねの背後に在る、強大な力。それを感じ、そしてそれを知っているが故の恐怖心。

もう詠歌の疑念は確信へと変わっている。やはり今のねねは――

 

『情けない姿を見せないでよ。今のあなたは久守詠歌なんだよ?』

「”詠歌”……」

『それにその子の言う通り、怖がる必要なんてない。あなたもわたしも、一人じゃないんだから』

「……そうでしたね。一人で塞ぎ込んでいた久守詠歌()はもういない。私はもう二度と、逃げ出したりしない! 自分の過去から、そして他人からも!」

 

詠歌の震えが止まる。彼女一人では駄目だった、目の前の恐怖に立ち向かう事は出来なかっただろう。

けれど、今の彼女は一人ではない。二人でならば恐怖に打ち勝つ事が出来る。互いの弱さを知っているからこそ、それを克服しようと努力できる。もう、弱いままでいたくはないから。

 

「光焔さん……いいえ、正体を現したらどうですか――『破滅の光』!」

 

あまりにも強大な力、宇宙すらも破滅へと導かんとする滅びの力、その名を詠歌はついに呼ぶ。

 

「……」

 

『破滅の光』。その名を呼ばれ、ねねは沈黙した。だが、それも一瞬。

 

「まさか、この宇宙に、この世界に我を知る者が居ようとは」

 

次にねねの口から発せられた声は、彼女の物ではなかった。

重苦しい重圧を秘めた声。未だかつて、聞いた事のない声だった。

 

「やはり、お前は……!」

「そう。我こそは破滅の光。この宇宙を滅ぼし、再生させる光の波動」

『破滅の、光……?』

 

”詠歌”が聞いた事のない単語に、しかしその大仰な名が伊達ではない事を理解して繰り返し呼んだ。

 

「ええ。私も詳しい事は分かりません。ただ分かるのは、このまま放っておけば世界は、宇宙は滅びてしまうという事だけです」

『それはまた……随分とスケールの大きい話だね』

「貴様は――いや、貴様らは何者だ。貴様の内からは別の魂を感じる。だがそれはあの忌まわしきN(ネオスペーシアン)共ではないな。この世界に奴らが存在しない事は既に分かっている」

(やっぱり、こいつは本来この世界には居ないはずの存在……そして『破滅の光』と戦い、勝利した”彼”やHEROたちもこの世界にはいない……)

 

ねねの背後に蜃気楼のように生じた『破滅の光』と相対し、背中に汗が伝うのを感じる。

覚悟はしていた。だが、本当にこの世界に”彼”はいない。今、『破滅の光』の存在を知っているのは二人の詠歌だけだった。

 

「見える……貴様の内に宿るもう一つの魂が。あの”男”とその内に宿った精霊のように、魂を一つにしたのか……いや違うな」

 

『破滅の光』は二人の詠歌の存在を認識している。超常的な存在であるが故に、未だ確信が持てないでいる二人の詠歌の関係性をも見抜いているのだろう。

 

「完全に一つとなっているのではない。異なる魂を闇の、カオスの力で一つの器へと注ぎ込んだのか」

『へえ、分かるんだ。わたしの事も』

「カオス……成程」

 

詠歌は『破滅の光』の言葉に納得を得ていた。

二人の詠歌が一つの体に宿った原因、それは『満たされぬ魂』となった二人の魂を繋いだ『方舟』によるもの。

そして元を辿れば『破滅の光』の言うようにそれはカオスの力だ。そしてそのカオスは人々に受け入れられた。かつて進化を求めて切り捨てられたカオスは認められ、正しさを得た。

即ち、

 

「『正しき闇の力』……なんて、こじつけ過ぎですかね」

 

自分にそこまでの器はない、と自嘲するように笑い、しかしそれでも詠歌に退く気はない。

 

『ちょっと、何一人で分かった気になってるのさ』

「ふふっ、いいえ。何にも分かりませんよ。ただまあ、そういう風に考えれば少しやる気も出るってものですよね」

『何を言ってるんだか……やらなきゃまずいんでしょ? なら、やるだけだよ』

「ええ、その通りです! 『破滅の光』、その体を、光焔さんを返してもらいましょう! そのついでに、この世界からも消えてもらいます!」

「愚かな……貴様らも否定しようと言うのか。宇宙は生まれ、やがて滅びる。破滅と再生、それは決して覆る事のない宇宙の真理、その崇高な営みを邪魔する事は何人にも出来はしない!」

 

『破滅の光』の神の如き言葉。事実、見ようによっては神に近い存在なのだろう。だが今の世界を生きる彼女たちにそれを受け入れる事は出来ない。

 

「宇宙の真理だとか、世界の成り立ちだなんて良く分かりません。私たちの生きてきた世界は狭く、そんな風に世界を見る事なんてできませんでした」

『でも今、わたしたちの世界は少しずつ広がってる』

 

二人の詠歌の脳裏に過ぎるのは、それぞれが過ごした牢獄のような部屋の光景。

一人が思い浮かべるのは無機質で純白の病室。

一人が思い浮かべるのは無価値で朽ちた部屋。

 

二人が今、思い描くのは可能性で満ちる、外の世界。

 

「だけど本心と肖りを込めて、こう返しましょう」

『だから本心と憤りをありったけ込めて、こう言うよ』

 

二人の詠歌は息を大きく吸い込んだ。たとえ神が相手だろうが、いいや、神が相手だからこそ、自分たちを救ってくれなかったという行き場のない身勝手な怒りの八つ当たりの相手に相応しい。

 

「――うるっせぇんですよ! せっかく与えられたチャンスを、この命を、今を!」

『お前みたいな奴に、終わらせられちゃたまらないのっ!』

 

「ほざけ! 貴様ら如き蛆虫のような存在に、我が行いを否定する権利などない! 否! 再生した後の世界を生きる資格すらない!」

 

「どうせその後また滅ぼす癖に、偉そうな事を言ってんじゃありません!」

『わたしたちが生きる資格はお前にもらうものじゃない! そんな資格、とっくにお母さんたちにもう貰ってるんだよ!』

「いきますよ、”詠歌”!」

『いくよ、詠歌!』

 

二人の詠歌は互いを鼓舞するように呼び合った。もしかしたら、こんな共闘はありえないものだったのかもしれない。

もしかしたら、最後の最期まで、彼女たちは分かり合えない。そんな関係だったのかもしれない。けれど今、二人の心は一つだった。

 

「神だろうと何だろうと、この世界に生きているなら、デュエルで決着を着けましょう!」

 

詠歌はデュエルディスクを腕に装着し、『破滅の光』へと向けた。

 

「ふ、ふふふふっ! この私とデュエル? 貴様ら如き、この私が直接手を下すまでもない。驕るなよ小娘共、多少の闇の力を持っていたところで、そんなものは光の前では影一つ残さず消え去るのみ。それを証明してやろう」

 

しかし『破滅の光』はデュエルディスクを構える事無く、その腕を天へと掲げ、指を一度鳴らした。

 

「……! この人たちは……」

 

その合図と共に、詠歌を無数の人影が取り囲んだ。それは詠歌たちの背後、梁山泊塾から湧き出るように躍り出た、塾生たち。

 

「既にこいつらは我が下僕。我が光を受けし者共。貴様らもその光を受け、我が忠実な僕となるが良い」

 

『破滅の光』とのデュエルに敗れ、その支配下に置かれた塾生たち。流石はナンバー2の塾といった所か、その数はあまりに多く、『破滅の光』とねねは塾生たちの影に隠れ、ただ声だけが響いてくる。

 

「『光の結社』の再結成という所ですか……」

「ほう、それも知っているのか。一体何所でそれを知ったのか、それも我が僕とした後で話してもらうとしよう」

「私も、お前がどうしてこの世界にいるのか、聞きたいですね。出来るなら一度、私も元の世界に戻って、みんなに報告しておきたいですし」

「ふん。ではまた会おう。その生意気な口を叩けなくなった後でな」

 

その声も、やがて遠ざかり、聞こえなくなっていった。

 

「っ、待て!」

『まずはこいつらをどうにかしないといけないみたいだね』

「そのようですね……」

 

既にデュエルディスクを構えた塾生たちはじりじりと詠歌を囲む輪を縮ませながら迫って来ている。彼らを無力化しなくては、追う事は出来ない。

 

「『破滅の光』が仲間を増やそうとしているなら、LDSも危険です。……それに多分、光津さんも既に……」

 

思わず詠歌は歯噛みした。ねねを操っているのが『破滅の光』だともっと早くに気づいていれば、真澄への対処も出来ていたはずなのに、と。

 

『それは心配しなくてもいいんじゃない? だって、あの子の事は志島北斗や刀堂刃……それに沢渡シンゴに任せたんでしょ?』

「……そうでしたね。なら今考えるべきは、どれだけ早く此処を突破するかだけです!」

『そういう事。いくよ!』

 

”詠歌”の叫びに呼応し、再び闘志をその瞳に宿した。

だがしかし、その闘志が此処で解放される事はない。

何故なら――

 

「――漆黒の闇より、愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ!」

 

紫電と共に夜の闇を切り裂き、ソレがその姿を現したからだ。

 

「エクシーズ召喚! ランク4、ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」

 

詠歌の、塾生たちのさらに向こう側にその反逆の牙は現れた。

 

「これは……!?」

 

塾生たちは騒めき、背後を振り向いた。

黒竜を従える、黒マント。忘れるはずもない、その姿。

 

「あなたは……!」

 

詠歌の友人の一人、あの榊遊勝の息子にしてペンデュラムの始祖、榊遊矢と同じ顔を持つ、エクシーズ使い。

そして何より、沢渡シンゴを侮辱したあの男が、其処に立っていた。

 

「どうして、あなたが此処に……」

「……俺は以前、君の大切な人を侮辱した。そしてそれが原因で君を傷付けた。これで謝罪になるとは思ってはいない。これは俺の自己満足に過ぎない……行けッ」

「っ……!」

 

詠歌は言葉に詰まった。黒マントの男――ユートに対し、詠歌は複雑な感情を抱いている。

沢渡シンゴを侮辱した事、それは決して許せる事ではない。だが、その復讐のデュエルで詠歌はユートによって救われている。

もしもユートが詠歌を止めなければ、その振り下ろした拳を受け止めてくれなければ、癇癪を起こした子供のように暴れ、大切な友人すらも傷つけ、詠歌は取り返しのつかない事をしていた。

未だ彼の目的は分からない。ただ分かっているのは、今LDSに居るであろうもう一人の男、黒咲隼の仲間であると言う事だけ。

彼らが何をしようとしているのか、そこまでは赤馬零児から聞いてはいないのだ。黒咲と零児を引き合わせた時点で、詠歌に依頼された仕事は完遂されたのだから。

 

「くっ……」

 

故に、詠歌は言葉に詰まる。何と返せばいいのか分からなくなる。

 

『ああもう!』

 

そんな彼女を見かね、”詠歌”は苛立ちの声を上げた。

そして北斗と刃のデュエルでしたように、強引に肉体の主導権を奪い取る。

 

「お礼を言うよ! それと、沢渡シンゴの件は気にしないで! 元々最低な事をした奴だし、良い薬だったよ!」

『ちょっ、”詠歌”!? 何を勝手な事を! 確かに彼には借りはありますが、それとこれとは話が――!』

 

詠歌は非難の声を上げるが、それが取り合われることはない。

 

「……」

 

ユートは様子の一変した詠歌に僅かに目を細めるが、ドラゴンを従えて塾生たちへと向かっていく。詠歌の道が作られていく。

 

「君にもやるべき事があり、守りたい人たちが居るのだろう……なら必ず守り抜いてくれ。君自身も、仲間も。俺とのデュエルで見せたあの力を使ってでも」

「うん、必ず!」

 

”詠歌”は作り出された道を走り抜ける。

 

「俺の仲間を――隼を頼む。今の隼には、心を許せる仲間が必要だ」

 

すれ違い様、ユートはそう呟くように言った。

 

「わたしに出来るか分からないけど、覚えとく!」

 

”詠歌”はそう返し、振り向くことなく夜の舞網市を駆け抜けた。

 

「ふっ……」

 

残ったユートは”詠歌”の言葉に微笑む。

かつてのデュエル、大切な人の為に自らを犠牲にしてまで自分に立ち向かってきた少女。そんな彼女が、そう返してくれた。それだけで十分だ。

彼女ならきっと、大切な者を守り切る事が出来る。そしてその先の理想も叶えてくれるはずだ。

 

「デュエルで笑顔を……」

 

今の自分には、故郷を守り切る事の出来なかった自分には、その理想を謳う事しか出来ない。

けれど彼女や他の誰かなら、その理想を現実にしてくれる。

 

「『アカデミア』でない君たちに恨みはない。だが……たとえ操られていようとも、デュエルで誰かを傷つけようとしているのを見過ごすわけにいかない! 俺が相手だッ!」

 

漆黒の闇の中、どんな光にも決して消し去られる事のない反逆の牙が、咆哮を上げた。

 

 


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