沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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最後のデュエル。


『戦いの儀』

人は死んだら何処に行くのだろう。

天国や地獄、冥界へと旅立つのか。それとも姿を変え、新たな生を得るのか。それは生きている誰にも分からない。

けれど一つだけ、間違いないのは――

 

「――死者が生者を押しのけ、世界に留まり続ける事は許されない」

 

だから、終わりにしよう。

 

「――そうですよね、詠歌」

「……そうだね。その通りだよ」

 

何もない、真っ白な空間。満たされぬ魂を運ぶ方舟の中、次元と次元の狭間。

其処で私と詠歌は相対していた。

 

「わたしは死んで、あなたも死んだ。けれどわたしの体は今、確かに鼓動を刻んでる。……体は一つ、魂は二つ」

「なら、それに宿る事の出来る魂は一つだけ。あなたか、私か」

「……わたしは自分で自分の命を断った。だからあなたが望むなら、わたしの体をあげてもいい、そう思ってた――でも今は違う。わたしは……生きていたい」

「……だったら、決めましょう。どちらが生きるのか、今――」

「――此処で」

 

互いの腕にデュエルディスクが装着される。言葉だけでは決められない。それを決めるのは、互いの全力と賭した戦いの中で。

 

「おいで、わたしのお人形さんたち」

 

詠歌が掌を上へと掲げた。それに呼応し、私のディスクに収められたデッキが光輝く。

そして現れる、この世界で共に戦ってきた人形たち。

 

『……』

「行って、ミドラーシュ、みんな。……今まで、ありがとう」

 

何も言わず、彼女たちは頷いた。光となって彼女たちは詠歌のデュエルディスクへと吸い込まれていく。在るべき場所へと還っていく。

 

「――お帰りなさい、みんな」

 

そして私の下に残ったのは、ずっと一緒に居てくれた、人形たち。

 

『……』

「いくよ、みんな」

 

彼女たちもまた光となって、私のデュエルディスクへと還っていく。

 

「準備は万端、さあ始めましょうか」

「そうだね。終わらせようよ」

 

長いようで短かった、この命を。

 

互いのデュエルディスクが展開する。後はただ一言、始まり(終わり)を告げる言葉を。

 

「デュエル!」「デュエル……!」

 

EIKA VS UNKNOWN

LP:4000

 

「先攻はわたし……! わたしのターン!」

 

私は詠歌のデッキと一緒に戦ってきた。詠歌は私のデュエルをずっと見てきた。

けれど今は、互いのデッキに残されたのはそれぞれの想いが込められた人形たち。今までとは、違う。

 

「わたしは手札からフィールド魔法、影牢の呪縛を発動!」

「フィールド魔法ッ……?」

 

それを現すかのように、詠歌が最初に発動したのは私の知らないカードだった。

白の空間が怪しげな影に包まれ、黒く染まっていく。

 

「このカードがある時、シャドールたちが効果で墓地に送られる度、一体につき一つ、魔石カウンターが生まれるっ。そしてわたしは手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動! 手札のシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合!」

 

来る……! 影人形たちを総べる女王が。

 

「落ちろ天幕、影の糸で世界を包め! 融合召喚! おいで神の写し身、人形たちを総べる影の女王、エルシャドール・ネフィリム!」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

「ネフィリムの効果発動! このカードが特殊召喚された時、デッキからシャドールカードを一枚、墓地に送る! わたしが墓地に送るのはシャドール・リザード、さらにリザードの効果でデッキのシャドール・ヘッジホッグを墓地へ! そして融合素材として墓地へと送られたビーストと、ヘッジホッグの効果発動! カードを一枚ドローし、デッキからシャドール・ファルコンを手札に加える!」

 

こうして向き合って初めて分かる、ネフィリムの強大な力、全てを包み込む程の力。

 

「さらに三体のシャドールが墓地に送られた事で影牢の呪縛に魔石カウンターが三つ生まれる!」

 

魔石カウンター 0 → 3

 

「わたしはモンスターをセットし、カードを一枚伏せて、ターンエンド! さあ、あなたのターンだよ」

「私のターン、ドロー!」

 

ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとバトルする時、ダメージ計算を行わずに破壊する効果がある……本当、厄介なカードたちですね。だからこそ私は此処まで来れたとも言えますが。

 

「私は手札からフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動!」

 

広がり続ける影が、私と詠歌の間で浸食を止めた。そして私の背後の空間に、まるでお伽噺のようなお菓子の城がその姿を現す。

白い空間は黒い影と御伽の国、二つに分断され、染まる。

 

「無駄だよ、あなたになら分かるでしょう? この子がどれだけ強力か。だってこの子たちの力であなたは色々なデュエルに勝利してきた。でも今度は、あなたがこの子たちに敗北する番……!」

「詠歌こそ分かるはずです、私はシャドールたちだけじゃない。この子たちと一緒に戦ってきた! 私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚!」

「影牢の呪縛の効果! 相手のターンの間、相手フィールドのモンスターの攻撃力は魔石カウンターの数×100ポイントダウンする!」

「マドルチェ・シャトーの効果! このカードが存在する限り、フィールドのマドルチェたちの攻撃力、守備力は500ポイントアップする!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 200 → 700

 

召喚されたお菓子の子猫は影に縛られる、けれどその呪縛を自力で振り解く。

 

「知ってるよ。でもわたしの人形たちは、あなたの人形になんて負けない!」

「この子たちだって、あなたの人形たちには負けない! ミィルフィーヤの効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札からマドルチェ一体を特殊召喚出来る! おいで、マドルチェ・メェプル!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

攻撃力 0 → 500

 

「さらにメェプルの効果発動! フィールドの攻撃表示のマドルチェ一体と相手フィールドの攻撃表示のモンスター一体を守備表示に変更し、次の相手ターン終了時まで選択したモンスターたちは表示形式を変更できない! 私が選択するのはメェプルとネフィリム!」

 

マドルチェ・メェプル

攻撃力 500 → 守備力 2300

 

エルシャドール・ネフィリム

攻撃力 2800 → 守備力 2500

 

「守るだけじゃわたしには勝てない! それで良く今までデュエリストを名乗れたね……!」

「そう慌てないで下さいよ。まだデュエルは始まったばかりです……! 私はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

「すぐに終わらせてあげる、わたしとこの子たちが! わたしのターン!」

「この瞬間、影牢の呪縛の効果が終了し、ミィルフィーヤの攻撃力が変動する」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

攻撃力 700 → 1000

 

「わたしはシャドール・ファルコンを反転召喚!」

 

シャドール・ファルコン

レベル2 チューナー

攻撃力 600

 

「そしてファルコンのリバース効果! 墓地のシャドール・ビーストを裏側守備表示で特殊召喚する!」

 

シャドール・ビースト(セット)

レベル5

守備力 1700

 

ビーストのリバース効果はカードを二枚ドローし、手札を一枚墓地に送る……シャドールカードが手札にあるなら、さらに魔石カウンターが置かれる事になる……。

 

「わたしのデッキにシンクロモンスターはいない、だから今のファルコンはただの攻撃力の低いモンスターでしかない……けど、これで終わりじゃないよ」

「分かっていますよ。あなたがそんなミスをするはずがない」

 

詠歌の手札は二枚。考えられるのはやはり融合……素材となるのはフィールドのファルコンとネフィリム、そして残る一枚。

ネフィリムは一枚しかないはず、だとすれば手札がシャドールなら召喚するのはミドラーシュ。特殊召喚を互いに一ターンに一度だけに封じる強力なカード……本当、厄介な子です。

 

「……ふふっ、わたしには分かるよ。あなたが何を考えているのか」

「っ……」

「でも残念だね、あなたの思い通りにはならない! わたしは手札から神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動!」

 

やっぱり融合、ミドラーシュ!

 

「この瞬間、影牢の呪縛のもう一つの効果発動! シャドールの融合モンスターを融合召喚するとき、魔石カウンターを三つ使い、相手フィールドのモンスター一体を融合素材に出来る!」

 

魔石カウンター 3 → 0

 

「――!」

 

私のモンスターで……マドルチェたちは地属性、なら召喚されるのは……!

 

「わたしが融合するのはシャドール・ファルコンとあなたのフィールドのマドルチェ・メェプル! 融合召喚! おいで、神の写し身、世界に弓引く反逆の女神! エルシャドール・シェキナーガ!」

 

エルシャドール・シェキナーガ

レベル10

攻撃力 2600

 

シェキナーガ……ッ!

 

「そしてシャドール・ファルコンが融合素材として墓地に送られたことで、魔石カウンターが一つ生まれる!」

 

リバース効果を使ったこのターン、融合素材として墓地に送られてもファルコンの効果は発動しない……。だけど既に十分な布陣は整えられた。

 

魔石カウンター 0 → 1

 

「この子はわたしだけでも、あなただけでも生まれなかった。あなたがわたしをもっと強くしてくれた……その点はお礼を言ってあげる」

「……それは違いますよ」

 

詠歌の言葉を、私は否定する。

 

「あなたは、元々それぐらい強かった」

「ッ……それはどうもありがとう! バトル! シェキナーガでマドルチェ・ミィルフィーヤを攻撃! 撃ち抜け、反逆のファントム・クロス!」

「罠発動、ガード・ブロック! このバトルでのダメージを0にして、デッキからカードを一枚ドローする!」

「でもモンスターは破壊される!」

 

シェキナーガから放たれた光にミィルフィーヤは成す術なく破壊される……でも!

 

「ミィルフィーヤの効果発動! 相手によって破壊され、墓地に送られた時、このカードはデッキへ戻る! さらにマドルチェ・シャトーの効果ッ、マドルチェたちの効果で墓地のモンスターがデッキに戻る時、デッキではなく手札に戻す!」

 

ミィルフィーヤが手札に戻り、さらにガード・ブロックの効果で私はカードをドローする。

 

「ターンエンド……真逆だね。やっぱりあなたとわたしは全然違う。墓地に送られる事でわたしに力を貸してくれるこの子たちと、あなたの下に戻る事であなたの力になるその子たち……正反対だ」

「でも、その子たちが一緒のデッキに居てくれたから、私は今まで戦って来れた」

「良く言うよ。その子たちを捨てて、あのペンデュラムカードを使ってた癖に」

「……そうですね。私は弱かった。今も、弱いままです」

「ッ……! やめて!」

 

私の弱音を詠歌は許さなかった。

 

「あなたが弱くて、わたしが強いなら、なんで……! なんであなたは笑えたの!? 見知らぬ世界で、誰も頼れる人なんていなくて、一人ぼっちだったのに! あなたは……! どうしてあんな暖かい場所を見つけられたの!?」

「詠歌……」

「わたしには出来なかった! お母さんたちが居なくなって、何も信じられなくて! 自分の殻に閉じ籠って、全部全部壊れれば良いと思った! 最後には一人ぼっちに耐えられなくて、わたしは……! ――わたしは死にたくなんてなかった! でも駄目なんだよっ、わたしは一人で立ち上がる事なんて出来なかった!」

 

強がりを投げ捨て、詠歌は本心を叫んだ。

 

「全部諦めて、お母さんたちに会いに行こうとした! 死ぬのは怖かった、でもひとりぼっちであの部屋に閉じ籠り続けるのはもっと嫌で! それに気付いた時にはもう、誰も……誰もっ、わたしの事を気にしてくれる人なんていなかった!」

「……」

「諦めようとした……諦めようとしたのにっ! それなのに……あんなの見せられたら、我慢なんて出来ないよ!」

「……それでいいんですよ」

「え……」

 

私は沢渡さんたちと出会い、光津さんたちと笑い合い、柊さんたちと一緒に、必死に戦って来た。

それを見て、詠歌は……希望を抱いてくれた。

まだ生きていたいと、自分も、私みたいに生きていたいって。

それだけで私のこの世界での生は、意味があった。自分勝手な欲望に、詠歌は理由をくれたんだ。

 

「私のターン!」

 

来た……!

 

「私は手札からマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚し、さらにその効果で手札からマドルチェ・エンジェリーを召喚!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 400 → 900

 

マドルチェ・エンジェリー

レベル4

攻撃力 1000 → 900 → 1400

 

「そして効果発動っ、エンジェリーをリリースし、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する!」

 

天使の歌声が、私のデッキで眠るお姫様を呼び起こす。

 

「おいで、御伽の国のお菓子の姫君! マドルチェ・プディンセス!」

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5

攻撃力 1000 → 900 → 1400

 

天使に起こされたお姫様はフィールドの影の女王にも、女神にも怯むことなく毅然とした態度でフィールドに降り立つ。

 

「ッ、でもその子の攻撃力じゃわたしのモンスターは倒せない!」

「私に見栄を張ってシェキナーガを召喚したのは失敗でしたね。確かにシェキナーガは強力なモンスター、ネフィリムと合わせれば特殊召喚されたモンスター相手なら無敵……でも今のあなたの手札には恐らくシャドールはいない。シェキナーガの効果は使えない!」

 

シャドールのモンスターならさっきの融合で効果の発動しないファルコンよりもそのカードを素材としたはず。罠カードだったら伏せているはずだ。

勿論絶対の確信はない。攻撃力の低いファルコンを残すのを嫌っただけかもしれない。でも、私は不思議とそう確信していた。

 

詠歌の子供染みた見栄。私への対抗心。まったく、私と違って随分と可愛いものです、なんて、私も詠歌の事を言えませんが。

 

「くっ、でもプディンセスの効果は戦闘を行った時にわたしのフィールドのカード一枚を破壊する効果、それを使ってわたしのモンスターを倒しても、あなただって大きなダメージを受ける!」

「倒したりなんかしませんよ。私は手札から魔法カード、レベル・マイスターを発動! 手札のモンスター一体を墓地へ送り、自分フィールドのモンスターを二体まで選択し、そのモンスターのレベルを墓地へと送ったモンスターと同じにする! 私が墓地に送るのはマドルチェ・マジョレーヌ!」

 

さあ届けてマジョレーヌ、あなたの魔法を、御伽の国の住人たちへ。

 

「そして私のフィールドのプディンセスとミィルフィーヤのレベルはマジョレーヌと同じ4になる!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3 → 4

 

マドルチェ・プディンセス

レベル5 → 4

 

「レベル4のモンスターが二体……ッ!」

「私はレベル4となったミィルフィーヤとプディンセスでオーバーレイ! 人形たちを総べるお菓子の女王、御伽の国をこの場に築け! エクシーズ召喚! おいで、クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2100 → 2600

ORU 2

 

「お菓子の女王様……」

 

優雅に降り立つお菓子の女王、彼女もまたシャドールたちに怯むことはない、いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべ御伽の国へと姿を現す。

 

「ティアラミスの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、墓地のマドルチェと名の付くカードを二枚までデッキへと戻し、それと同じ枚数、相手フィールドのカードを持ち主のデッキへと戻す! 私はマドルチェ・エンジェリーとオーバーレイユニットして墓地に送られたマドルチェ・ミィルフィーヤを選択! さらにシャトーの効果でマドルチェたちは手札へ戻る! そしてあなたのフィールドのエルシャドール・ネフィリムをエクストラデッキへ、影牢の呪縛をデッキへ戻す!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ORU 2 → 1

 

「エクストラデッキへと戻せば、ネフィリムたちの効果は発動せず、墓地の融合カードを回収する事は出来ない! お願い、ティアラミス! 女王の号令(クイーンズ・コール)!」

 

ティアラミスが掲げた杖が光輝き、影の女王と空間を覆う影を打ち払った。

 

「フィールド魔法、影牢の呪縛が消えた事でティアラミスの攻撃力が戻る」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

攻撃力 2600 → 2700

 

「あ……」

「詠歌。私は何度だって言います。何度だって――あなたの強さを肯定する」

「わたしの、強さ……?」

「一度は折れた心を、立ち直らせるのはとても難しい。……私が暗く深い絶望に囚われたように。沢渡さんの言葉でさえ、私は立ち直る事が出来なかった。けどあなたは誰の言葉もなく、私の生き方に希望を見出し、一人で立ち上がろうとした。私を押し退け、もう一度生きようとした……そんなあなたは、間違いなく強い」

「違う、わたしは……」

「いいえ。だって私なんて、あなたの事が怖くてずっと目を反らして来た。私が私である為に、あなたやあなたの世界を見て見ぬふりをしてきた。でもあなたは違うでしょう? もしも私があなたに負けてあなたが再び体を取り戻していたら、そこに広がっているのは私の世界。光津さんや柊さん、沢渡さん……そんな見知らぬ人たちに囲まれて、それでも生きようなんて、本当に大した度胸ですよ」

 

わざとらしい私の言い方に、詠歌は顔を赤くした。

 

「違う! だってあなたの友達は皆優しかった! 皆優しくて、良い人で、わたしの事もきっと受け入れてくれる! そう、思って……」

 

しかし、その勢いはすぐに弱まる。

 

「……そっか。たとえわたしが生き返っても、あの人たちにとって久守詠歌はあなたなんだ……」

 

詠歌は気付く。たとえ体を取り戻しても、其処に広がるのは彼女にとっての理想の世界ではない事に。

そんな事に気付かない程、彼女は必死だった。必死でもう一度、生きようとしていた。

 

「ならやっぱり、わたしはひとりぼっちで……」

「諦めるんですか? 逢歌と一緒にあんなに私を追い込んだのに」

「……」

 

詠歌の手がゆっくりと落ちる。デュエルディスクを構える気力を失っていく。

 

「胸を張りなさい、久守詠歌!」

「っ!」

 

私の大声に、詠歌はビクリと肩を震わせた。

そして怯えた表情で私を見上げる。

 

「確かにあなたは自分で命を断ったのかもしれない。病室で生涯を終えた私のように、本来なら死に行く魂なのかもしれない! でもっ、私があなたの体を借りて作り上げたものは、出会えた人たちは! あなたが歩むかもしれなかった、あなたの未来なんだ! 一度欲しいと願ったなら、その我が儘を貫きなさい! 子供らしく駄々を捏ねろ! 泣いてしまいそうなら、笑って、その笑顔をいつか本当にして見せなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃない! あなたも私もチャンスが与えられた! 本来なら一度きりの命をっ、もう一度やり直せるチャンスが! それを無駄にするな! 私は死んでいったあの子たち分まで生きたいと願った、あなたも亡くなった両親の分まで生きたいと願え! たとえそれがどれだけ辛く苦しくても逃げるな!」

「っ……」

「それが出来ないなら、いつまでもあなたはひとりぼっちのままだ! 一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に怖がって、一人ぼっちで消えていくっ。誰も見つけてなんてくれない、誰もあなたを見てなんてくれない。みんな、あなたを無視して先に進んでいく!」

「……、だ」

「何にも変わらない、何も変えられない! 一人が辛いなら、苦しいなら、声を上げろ! 一人で居ても誰も助けてくれないんだ!」

「……や、だ」

「一人で立ち上がっても其処から動けないならっ、勇気を出して助けを求めろ! その強さがあなたにもあるはずだ! ――久守詠歌!」

「……いや、だ」

 

詠歌の手が握られる。瞳に涙を溜め、それでも詠歌が私を見上げる瞳に、強さが戻る。

 

「まったく、時間の無駄でしたね。あなたがこんな様子じゃ、デュエルするまでもない。今すぐにでもシンクロ次元へ行って、沢渡さんたちの力にならないといけません」

「――嫌だ!」

 

そして、その口が力強く叫びを上げた。

私の耳に、その叫びははっきりと届いた。

 

「嫌だ……! わたしは生きたい! お母さんたちの分まで生きたい! そして見せてあげたい! わたしは大丈夫だって、お母さんたちが居なくても、わたしは生きていけるって! 心配しないでって! あなたみたいな奴に負けないって、お母さんたちがくれた体は絶対に渡さないって、証明したい!」

「――はっ、我が儘ですね、あなたは」

「……あなただって、相当我が儘じゃない」

「否定出来ませんね。でも、叶う我が儘は一つだけ」

「あなたか、わたしか」

「そういう事です」

「ならわたしが叶えてみせる! あなたを倒して、わたしはお母さんたちの分まで……あなたの分まで生きる!」

「やってみなさい、久守詠歌!」

 

涙を拭いて、詠歌はデュエルディスクを再び構えた。

それでいい。それでこそ、このデュエルに意味がある!

 

「来なよ! たとえシェキナーガを破壊されても、今度はその女王様を倒してみせる! わたしの力で!」

「それは無理ですよ」

「ううん、無理じゃない! ネフィリムと影牢の呪縛を戻したのはミスだよ! これでシェキナーガが破壊されたら墓地の影依融合を手札に戻して、もう一度ネフィリムを呼び出せる!」

 

詠歌の強気な言葉に私はクスリと笑う。

 

「いいえ、無理です。だって‟この”女王様はお姫様に姿を変えるんですから!」

「……! そんな、だってあのカードはあなた一人の力じゃ、ミドラーシュがいないと……」

「それはどうでしょうね?」

 

詠歌、あなたが私のおかげで強くなったと言ってくれたように、私もあなたの力で強くなった。

 

「私はクイーンマドルチェ・ティアラミスでオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

ティアラミスが光となり、渦へと消えていく。そしてその中から姿を現すのは、いずれ彼女からその称号を受け継ぐ、未来の担い手。

 

「人形たちと踊るお菓子の姫君よ、漆黒の衣装身に纏い、光で着飾れ、御伽の舞台の幕上げを! エクシーズ・チェンジ! おいで――マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ランク5

攻撃力 2500 → 3000

ORU 2

 

「黒のお姫様……!」

 

詠歌の声に応え、プディンセスは一礼した。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードはランク4以下のマドルチェを素材にエクシーズ召喚できる。この子は私だけでも、あなただけでも生まれなかった。感謝してますよ?」

「……あはは、やっぱりわたし、あなたが嫌い!」

「それは残念です! マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードの効果発動! 一ターンに一度、墓地のマドルチェと名の付くカードをデッキへと戻す! さらにこのカードがマドルチェ・プディンセスをオーバーレイユニットとしている時、オーバーレイユニットを一つ使う事でデッキからマドルチェ一体を特殊召喚出来る!」

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

ORU 2 → 1

 

「おいで、マドルチェ・ホーットケーキ!」

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

「さらにホーットケーキの効果発動! オーバーレイユニットとして墓地に送られたクイーンマドルチェ・ティアラミスをゲームから除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・クロワンサン!」

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

プディンセスの声に応え、ホーットケーキがクロワンサンと共に御伽の国に姿を現した。

 

「クロワンサンの効果発動!フィールドのマドルチェと名の付くカード一枚を手札に戻し、レベルを一つ、攻撃力を300ポイントアップさせる! 私はマドルチェ・シャトーを手札に戻す!」

 

マドルチェ・クロワンサン

レベル3 → 4

攻撃力 2000 → 1500 → 1800

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 2000 → 1500

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 3000 → 2500

 

「そして手札に戻ったマドルチェ・シャトーを再び発動!」

 

マドルチェ・クロワンサン

攻撃力 1800 → 2300

 

マドルチェ・ホーットケーキ

攻撃力 1500 → 2000

 

マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード

攻撃力 2500 → 3000

 

「さらに魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動し、手札のマドルチェ・メェプルを通常召喚!」

 

マドルチェ・メェプル

レベル3

攻撃力 0 → 500

 

「そしてレベル3のマドルチェ・メェプルとホーットケーキでオーバーレイ! 黒金の鎧輝く傭兵よ、次元を越え、御伽の国を守る剣となれ! エクシーズ召喚、M.X (ミッシングエックス)―セイバー インヴォーカー!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ランク3

攻撃力 1600

ORU 2

 

「マドルチェたちの剣……!」

「まだ終わりませんよ、詠歌! インヴォーカーの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使い、デッキからレベル4の戦士族、または獣戦士族の地属性モンスター一体を守備表示で特殊召喚する! おいで、マドルチェ・メッセンジェラート!」

 

M.X―セイバー インヴォーカー

ORU 2 → 1

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

守備力 1000 → 1500

 

「さらにメッセンジェラートが特殊召喚された時、フィールドに獣族のマドルチェが居る場合、デッキからマドルチェと名の付く魔法、罠カードを一枚手札に加える事が出来る! 私はマドルチェ・ハッピーフェスタを手札に加える! そしてインヴォーカーの効果で特殊召喚されたメッセンジェラートはエンドフェイズに破壊される、でも!」

「っ、今のクロワンサンのレベルは4……!」

「そう! これでレベル4のマドルチェが二体! 私はレベル4となったクロワンサンとメッセンジェラートでオーバーレイ! エクシーズ召喚! もう一度舞台へ! クイーンマドルチェ・ティアラミス!」

 

クイーンマドルチェ・ティアラミス

ランク4

攻撃力 2200 → 2700

ORU 2

 

詠歌、私もこのデュエル、手を抜くつもりはない。私はあなたに勝つ。勝って、私は――!

 

「ティアラミスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、オーバーレイユニットとして墓地に送られたメッセンジェラートとホーットケーキをシャトーの効果で手札に戻し、さらにあなたのフィールドのシェキナーガと伏せカードをデッキに戻す! 女王の号令!」

「くっ……!」

「これであなたを守るのはセットされたシャドール・ビーストだけ……バトル! ティアラミスでシャドール・ビーストを攻撃!」

「ビーストの効果、発動……! デッキからカードを二枚ドローし、手札を一枚墓地に送る……! 私が墓地に送るのは影依の原核、その効果で墓地の影依融合を手札に戻す……」

 

伏せカードを戻すか、ビーストを戻すかは一種の賭けだった。賭けには勝てたようだ。

 

「残念ですが引けなかったようですね。ハウンドやファルコンを引くことが出来れば、まだ勝負は分からなかった。終わりです! マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで直接攻撃! 鳴り響け、スイーツ・アンサンブル!」

 

プディンセスとインヴォーカーの攻撃力の合計は4600、この総攻撃で詠歌のライフは0。私の勝ちです……!

 

「まだだよ! 速攻のかかしの効果発動! 直接攻撃を受けた時、このカードを捨てる事で攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

「――!」

 

……速攻のかかし、あなたもそのカードをデッキに入れていたんですね。

 

「焦らないでよ、まだ終わりには早い。まだまだこれからが盛り上がるんだから!」

「言いましたね、なら、見せてもらいましょう! 私はカードを一枚伏せてターンエンド!」

「終わらせない、こんな所で、絶対に……! わたしのターン、ドロー! ……ッ!」

 

ドローカードを見て、詠歌は笑った。

 

「ふふふっ、何だっけ、こういう時言う台詞があったよね――私ってカードに選ばれてる!」

「ッ、この、あなたが沢渡さんの台詞を言うんじゃないですよ!」

「だって言うななんて言われてないし。それともあなたが好きになった人はそんな事で目くじら立てるような心の狭い人なのかな?」

「なっ、そんな訳ないでしょう! くっ、やっぱり私もあなたが嫌いです!」

「あれ、前は好きだって言ってくれたのになあ?」

「……ふふふ、言いましたね。今の私は、かなり機嫌が悪いです!」

 

この小娘、もう一度泣かせてあげます!

 

「言いたくもなっちゃうよ。以前のわたしなら、こんな風にデッキが応えてくれるなんて思いもしなかったんだから。教えておいてあげるね、今ドローしたのはさっきあなたがティアラミスの効果でデッキへと戻した伏せカード。たった一枚しか入ってない、魔法カード」

「っ……読み違えましたか」

 

あの伏せカード、何かの罠だと思っていましたが……。

 

「わたしは魔法カード、ブラック・ホールを発動! 効果は説明するまでもないよね!」

「ッ!」

 

よりにもよって……! 私のマドルチェとはあまり相性が良くないから入れていなかったけれど、シャドールたちならばそのデメリットは関係ない、むしろメリットにさえなるカード、少し考えれば、入れていないはずはない。

 

「あなたのフィールドにモンスターはいない、よって破壊されるのは私のモンスターだけ……!」

 

たった一枚のカードによって、御伽の国の住人たちが吹き飛ばされていく。

……ふふっ。

 

「あははは……」

「ほら、やっぱりあなたも強いじゃない。泣きたい時にそうやって笑えるんだから」

 

勝ち誇ったように言う詠歌に、私は首を振る。

 

「あはは、違いますよ。泣きたいから笑っているんじゃありません。ただ楽しいから、素直に笑ってるんですよ」

「楽しい? せっかく召喚したお姫様や女王様たちが全部破壊されちゃったのに?」

「ええ、私は今すっごく楽しい……たった一枚で戦局が変わる、最後の最後までどうなるか分からない……だからデュエルは面白いんです!」

「あはっ、それは同感だよ! 少しだけあなたの事が好きになれそう!」

「私もですよ、詠歌! さあ、次は何を見せてくれるんですか! 私の期待に応えて見せてください!」

「言われなくたって! わたしは魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地のモンスター5体をデッキへと戻し、シャッフル! そしてカードを二枚ドローする! わたしはシャドールたちをデッキに戻す! お願い、もう一度力を貸して!」

 

マドルチェたちと同じように、シャドールたちが墓地から詠歌のデッキへと戻っていく。再び詠歌の力となる為に。

 

「……! そして手札から影依融合を発動! わたしが融合するのは手札のシャドール・ハウンドと――氷帝メビウス!」

「メビウス……!? どうしてあなたがそれを……!」

「一度はあなたを倒した人が使ってたカードだもん、入れていても不思議じゃないでしょ?」

「くっ、台詞だけでなくカードまで……!」

 

いや、驚愕すべきなのはそこじゃない。メビウスは水属性、シャドールに水属性の融合モンスターなんて……

 

「……あなたが教えてくれたんだよ。思い出は力になる。わたしも、あなたを通して見てきた。あの人の言葉を、あの人の姿を。わたしにも、勇気をくれた――だからわたしは、この思い出を力に変える! あなたがわたしとの思い出を力に変えたように、わたしも!」

 

……そうか。これは、詠歌の決意の証。

私が示したように、詠歌も示そうとしているんだ。

 

「ならやってみせなさい!」

「当たり前だよ! いくよ、みんな!」

 

詠歌の手に光が集う。暗く、けれど暖かい、シャドールの影糸と同じ光。

 

「御伽の国に夜の帳が降りた時、影に抱かれて新たな花よ! 咲き誇れ! 融合召喚!」

 

紫色の影の中、彼女は現れた。

まるで翼を広げるように、或いは花が咲き誇るように。

 

 

「おいで――エルシャドール・アノマリリス!」

 

 

エルシャドール・アノマリリス

レベル9

攻撃力 2700

 

その翼は、花は、氷で覆われていた。砕け、零れ落ちた氷が雪のように光輝く。

綺麗だと、素直にそう思えた。

 

「これが、新しいシャドール……詠歌の、力」

「ううん、これもわたしだけの力じゃない。あなたたちが教えてくれた、あなたたちが作ってくれた、わたしの思い出の結晶。これが砕ける事があったら、きっとわたしはその先の結末を受け入れられる。それがどんなものでも、逃げずに受け止められる」

「詠歌……」

「――さあ、いくよ! バトル! わたしはエルシャドール・アノマリリスで直接攻撃! 凍てつけ、インペリアル・ブリザード!」

「させないッ、罠発動! マドルチェ・ハッピーフェスタ! 手札のマドルチェを任意の数、特殊召喚する!」

「無駄だよ! アノマリリスが存在する限り、お互いのプレイヤーは魔法、罠カードの効果で手札、墓地からモンスターを特殊召喚出来ない!」

「ッ、ミドラーシュと同じ、特殊召喚封じ……!」

 

発動したハッピーフェスタは破壊され、アノマリリスの羽ばたきによって起こった氷の風が私へと襲い掛かる。

 

「くっ……!」

 

UNKOWN LP:1300

 

「ようやく一撃……! わたしはこれで、ターンエンド!」

「私の、ターン……!」

 

先程の風のせいで震える手でデッキへと手を置く。これが運命のドローになる。そんな気がする。

 

「……もうお終いだよ。お菓子の女王も、お姫様もあなたのデッキにはもういない」

「そうですね。でも私にはまだ、ライフは残っていますし、デッキも、手札もある。それでどうして終わりだなんて言えるんでしょうか」

「だってあなたと一緒に戦ってきたお姫様たちは、もういないんだよ!? わたしには分かる、あなたのデッキにはわたしと同じでアノマリリスを倒せるモンスターはいない! エクストラデッキにだって、もう……!」

 

いいや違う。たった一枚だけ、この状況を覆すカードが私のデッキには眠っている。

 

「諦めませんよ。詠歌、あなたは私を通してずっと見てきたはずでしょう。それともやっぱり、見ているだけじゃ分からないんでしょうかね……私はずっと、あの人の、沢渡さんの取り巻きをやっていたんだから!」

 

沢渡さんなら絶対に諦めない。ううん、諦める理由がない!

 

「私のターン――ドロー!」

 

そして諦めなければ、必ずカードは私を選んでくれる。

そうですよね――沢渡さん!

 

「……ははっ、詠歌。今しっかりと訂正しておきますね」

「……?」

「正確にはこう言うんですよ――私ってばカードに選ばれすぎぃ!」

 

笑う。沢渡さんのように自信に満ちた顔で。誰もが呆れてしまうような、そんな顔で。

 

「私は手札から二重召喚を発動! 通常召喚の回数を増やすこのカードなら、アノマリリスの効果で止める事は出来ない!」

「二枚目っ!?」

「シャドールたちがいない今、マドルチェたちを最大限に活かすカードを入れていて当然でしょう?」

「っ、でもモンスターを並べるだけじゃわたしには勝てない!」

「分かっていますよ! 私は手札からマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚! さらに効果発動! 手札のマドルチェを特殊召喚する! マドルチェ・ホーットケーキを召喚!」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

マドルチェ・ホーットケーキ

レベル3

攻撃力 1500 → 2000

 

「さらにホーットケーキの効果発動! 墓地のティアラミスを除外し、デッキからマドルチェ一体を特殊召喚する! おいで、マドルチェ・シューバリエ!」

 

マドルチェ・シューバリエ

レベル4

攻撃力 1700 → 2200

 

「これで準備は整いましたよ、詠歌」

「並んでもレベル3、チューナーでもないその子たちで一体――」

「あなたがネオ沢渡さんとの思い出を力に変えるなら、私はネオ・ニュー沢渡さんとの思い出を力に変えるまでです!」

「何を……っ! まさか!」

「力を貸してください、沢渡さん! 私はマドルチェ・ミィルフィーヤとホーットケーキをリリースし、アドバンス召喚!」

 

子猫と梟はじゃれ合いながら竜巻に包まれる。あのモンスターを呼び出す為、この子たちは力を貸してくれる。

 

 

「――烈風纏いし妖の長よ! 荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ!」

 

烈風と共に現れ出でる、妖たちの長。妖仙獣を総べる獣。

 

「現れ出でよ……! 魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

沢渡さんが私に見せてくれた、ペンデュラムモンスター!

 

魔妖仙獣 大刃禍是

レベル10 ペンデュラム

攻撃力 3000

 

「大刃禍是……あの人の、切り札……」

「いいえ、沢渡さんは常に先へと進んでいる。この子よりももっと先へ。まだまだ私も追いつけていませんよ。でも、いつか必ず、もう一度あの人の隣に立って見せる! 大刃禍是の効果発動!」

「ッ!」

「このカードが召喚に成功した時、フィールドのカードを二枚まで持ち主の手札に戻す! 詠歌! あなたの想いの結晶は砕けはしない! ただもう一度、花を開く時を待ってもらうだけです! お願い、大刃禍是!」

 

選択するのはアノマリリス一体。大刃禍是の咆哮と共に、その角から生み出された竜巻がアノマリリスを砕く事無く、詠歌のデッキへと運んでいく。

 

「あ……」

 

氷の欠片を残し、アノマリリスは消えた。詠歌は雪のように落ちてくるそれを見上げていた。

詠歌に残された手はもう、ない。

 

「……あはは、そっか。これで、お終い、かぁ。言った通りだね、たった一枚で戦局が変わる。だからデュエルは、面白いんだ……」

 

そして、泣きながら、私を見て笑った。

 

「――マドルチェ・シューバリエと大刃禍是で、プレイヤーへ直接攻撃」

 

EIKA LP:0

WIN UNKNWON

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

影も風も御伽の国も、その全てが消え、真っ白な空間へと戻った其処で、詠歌は倒れ、私は立っていた。

 

「私の勝ちです、詠歌」

「うん……わたしの負けだよ――詠歌」

「それはあなたの名前でしょう」

「これからはあなたの名前になるんだよ」

 

力なく笑いながら、詠歌が言う。

 

「どうしてミドラーシュを使わなかったんですか? 確かにあなたにもデメリットはあるとはいえ、融合召喚だけを使うあなたなら、エクシーズを使う私よりもそれは遥かに低かったはずです。結果も変わっていたかもしれない」

「そんなもしもの話をしても仕方ないじゃない。でも……だってあの子が一番、あなたに力を貸してたでしょ? あんな黒焦げのナニカまで作ってさ」

「あれはむしろ嫌がらせのレベルです」

「あはは……だからかな、あの子も戻って来てくれたけど、あなたと戦わせたら、きっとわたしは持ち主失格だと思って。そのおかげでアノマリリスだってわたしに力を貸してくれたんだと思うから」

「……そうですか。やっぱりあなたは強いですね、詠歌」

 

そして、優しい。

 

「だからそれはもう、あなたの名前だって」

「いいえ、違います。久守詠歌は、あなたです。あなた一人だけです」

「何を言って……」

「詠歌」

 

彼女を抱き起こし、その手を握る。

 

「生きてください。たとえどんな辛い事があっても、あなたとこの子たちなら乗り越えていける。それにあなたなら私が作ったよりももっと多くの人たちと友達になれる。みんなとも、仲良くなれる」

 

「……待って、よ。何なの、それ……!」

「だからお願いです。榊さんや沢渡さん、逢歌に力を貸してあげてください。あなたの世界を守る為に」

「待ってよ! なんでっ、勝ったのはあなたでしょ!? どうしてそんな事を言うの!?」

「そうですね。勝ったのは私です。だから、どうするかは私が決めます」

「あなたは生きたいんでしょ!? 生きたくて、世界を超えてまでわたしの体に宿った! それなのにどうして……!」

「なんでさっきよりも悲しそうなんですか、詠歌?」

 

先程よりもさらに大粒の涙を流しながら、詠歌は私の肩を掴む。

 

「だって、わたしにも分かるから……! あなたがどれだけ生きたかったのか、わたしには分かるから……! だから、どっちが勝っても、わたしはそれを受け入れるつもりだったのに……なのに何で……!」

 

振るえる彼女の体を抱き締める。

 

「ありがとう。私の為に泣いてくれるんですね」

「っ、く……だって、そんなの、おかしいよ……!」

「ううん。おかしくなんてない。だってこの世界の体はあなたのもの、久守詠歌はあなたの名前。あなたが生きるのは、当たり前の事です」

「そんな事……っ!」

「もし私があなたの体を自分の物にして、本当に生き返ったとしても、私は絶対にそれを後悔する。たとえどんなに嬉しい事があっても、絶対に幸せになんてなれない。あなたを犠牲に生きるなんて、私には出来ないよ」

「そんなの、わたしだって……!」

 

泣きじゃくる詠歌の頭を撫でながら、私は私の出した答えを告げる。

 

「だから私は誰も犠牲になんてしない。あなたも、そして私自身も」

 

それが私の答え。私の一番の我が儘。

 

「え……?」

「詠歌。私が‟戻って”来るまで、沢渡さんたちをお願いしますね」

「何を、言って……?」

「簡単な事ですよ。私がこうして此処に居る事で、魂ってものが本当にあるって分かりました。たとえ死んでも、魂は残る。そしてその魂はきっと、また新しい肉体に宿る」

 

他人の体ではなく、新しく生まれて来る命に、魂は転生していく。

 

「世界を超える事が出来たんです。私の魂は、この想いは、たとえどんな姿に生まれ変わっても変わらない。どんな壁も、世界も、乗り越えてみせる」

 

詠歌をゆっくりと寝かせ、私は立ち上がる。この魂の旅路の新たな航路を切る為に。

 

「それは……、待って……!」

「だから待ってて下さいね。‟私が私として”、もう一度この世界に来るのを」

「待ってよ! そんな簡単にいくわけ……!」

「出来ます。絶対に。だからその時まで、さようならです」

 

力が入らず、立ち上がる事の出来ない詠歌にそう告げ、私は舵を取る。

 

 

「さあ方舟よ! 私たちの魂が行くべき場所へ連れて行って! それぞれの魂が本来あるべき場所へ、新しい私の場所へ!」

 

 

「待ってよ、待って……!」

 

「――詠歌、私の事を覚えていてください。久守詠歌ではない、私の事を。それがきっと、私の道標になるから――」

 

 

――そして、私たちの意識は完全に白く染まった。

 

さようなら、沢渡さん、みんな。

必ずまた会いに来ます。

久守詠歌ではない、私として。

 

 

 

――人は死んだら何処に行くのだろう。

それは誰にも分からない、でも信じている。

きっとまたいつか、会えると。




次回エピローグで本編完結となります。

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