沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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『沢渡さんの取り巻き

「柚子は私にアカデミアの本当の姿を知るきっかけをくれた。……我らが正義を掲げながら、実際にはどれ程酷い事をしていたのか。――柚子がもしアカデミアに捕えられているのだとしたら、私は彼女を救い出す為に全力を尽くす。ランサーズの一員として、私もアカデミアと戦う」

 

……LDSの理事長、赤馬日美香さんによって大会の中止とランサーズの結成が宣言された後、セレナさんはそう榊さんに告げた。

 

「……榊くん、僕もお嬢様と同じだ。柊柚子や、カードにされた人たち……僕がカードにしてしまった人たちを元に戻す為に、アカデミアと戦う。きっとアカデミアの技術者たちならその方法を知っているはずだ。いや、たとえ知らなかったとしても、必ずその方法を見つけ出す」

 

そして逢歌もまた、榊さんにそう告げた。

 

「詠歌。……この男はお前の友人だったのだろう」

「ッ……!」

 

赤馬社長からカードを受け取り、セレナさんは私にそれを見せた。そこに描かれていたのは……二回戦で不戦敗となっていた、志島さんだった。

 

「この男をカードにしたのは私だ。スタンダードに来てすぐ、エクシーズの残党と疑ってデュエルし、そして……。すまない。彼を救う為にも、私もお前たちと共に戦う」

 

「セレナさん……」

 

セレナさんは私を見ながら、そう言った。

 

「……はい、お願いします」

 

力強い彼女の瞳と言葉に、私は頭を下げた。柊さんが信じた彼女を、私も信じたいと思った。

 

「久守詠歌」

「はい」

「明日の朝、LDSに来てもらおう」

「分かりました」

「……それまでにやりたい事は済ましておく事だ」

「ええ、お心遣い、感謝します」

 

赤馬社長にも頭を下げ、去っていく赤馬社長とセレナさんを見送った。

 

「……行こうか」

 

セレナさんから返された柊さんの服に視線を落として佇む榊さんに掛ける言葉が見つからないまま、私と逢歌もその場を跡にした。でも信じています、あなたがまた立ち上がり、笑顔を取り戻す事を。

 

 

 

逢歌と共にセンターコートの外に出る。既に観客たちは誘導され、自宅へと戻った。振り返ったセンターコートは大会中の熱狂が嘘のように静まり返り、夕日に照らされたその姿が酷く寂しく見えた。

 

「――よお」

 

暫くの間その場でセンターコートを見ていると、声が掛けられた。振り返った先に居たのは松葉杖をつく刀堂さんと、光津さんだった。

 

「大変な事になっていたみたいね。……どうしてあなたがバトルロイヤルの会場に居たのかは知らないけれど」

「光津さん……すいません」

「何で謝るのよ」

「……光津さんに無理はしないように言ったのに、また私が無茶な事をしてしまいましたから」

「分かってるじゃない。……あなたが私を助けようとしてくれたように、私もあなたを助けたいと思ってるのよ」

「俺も真澄も一回戦敗退で、沢渡の奴みてえに社長に声を掛けられた訳でもねえ……力不足だってのは分かってる」

「そんなこと……!」

 

刀堂さんの言葉に私は声を上げる。それは違う。光津さんも刀堂さんも、決して弱くなんてない。

 

「だから、先に行ってろ」

「え……?」

「私たちも必ず追いついてみせる。目的が変わっても、名前が変わっても、LDSはデュエルの腕を磨く場所に変わりはないわ。今よりも強くなって、私たちもランサーズになってみせる」

「光津さん、刀堂さん……」

 

同じ瞳だった。セレナさんと、或いは逢歌と。

 

「刀堂さん」

「んだよ」

「……私は結構本気で、あなたが兄みたいだって思ってたんですよ?」

「はあ?」

「ぶっきらぼうに見えてすごく優しくて、面倒見が良くて、私の紅茶を美味しいって言ってくれて……私に兄はいませんでしたが、刀堂さんみたいな人が兄だったら、って……本当に……」

 

突然の私の告白に、刀堂さんはそっぽを向いて、頬をかきながら口を開いた。

 

「あー……俺はお前の兄貴じゃねえし、お前を妹だと思った事もねえ……けど、それで何かが変わるわけじゃねえ。俺はこれからも変わらねえよ。お前の茶ならいくらだって飲んでやるし、美味かったら美味いって言う。優しいとか面倒見が良いとかは分かんねえけどな。それが当たり前だろ……ダチなんだからよ」

「刀堂さん……」

「いいか、俺よりも先にランサーズになったんだ、あの時みたいな無様なデュエルしたら承知しねえぞ!」

「はい!」

 

照れ臭そうに振り返り、竹刀を向け刀堂さんは八重歯を見せて笑った。

 

「光津さん」

「何よ、私にも何か言いたい事があるの?」

「はい。ずっと伝えたかった事です。光津さん……私に声を掛けてくれて、ありがとうございました。沢渡さん、あまりいい評判がありませんでしたから。LDSに入ったばかりの私が一緒に居るのを見て、心配してくれていたんですよね」

「……別にそんなんじゃないわよ。私はただ、強いデュエリストがあんな奴の取り巻きやってるのが我慢出来なかっただけ」

「光津さんが声を掛けてくれたから、私はLDSがもっと好きになりました。沢渡さんだけでなく、光津さんたちに会うのが楽しみで、毎日わくわくしながら通っていました。光津さんは私の世界を広げてくれた人なんです」

「……一つだけ訂正しておくわ」

「……? 何ですか?」

「今ならあなたたち、結構お似合いよ」

 

私は僅かに目を見開いて驚く。光津さんからこんな風に沢渡さんを素直に認める言葉を聞くのが初めてだったからだ。

 

「……ありがとうございます!」

「無駄だと思うけど、あんまり甘やかし過ぎない事ね。あいつはどこまでも付け上がるんだから。あなたがしっかりと手綱を握っておきなさい」

「えへへ、努力しますね!」

「はいはい」

 

呆れたように微笑む光津さん、刀堂さん。私たちは笑い合った。

 

「それとあなた」

「僕かい?」

「ええ。この子たちの事、頼んだわよ」

「……どうして初めて会った僕に? しかも詠歌のそっくりさんだ。怪しいとか思わないのかい?」

「この子よりもしっかりしてそうだからよ。この子、あいつが絡むと途端にアレだから」

「違いねえな。誰かが見とかないとならねえんだよ。俺も真澄も、それにあの取り巻きの奴らも暫く見てらんねえからな」

「あなたが誰なのか、なんて関係ない。……私の友達をよろしく」

「……分かったよ。任せてくれ」

 

逢歌は二人の言葉に頷き、笑った。

 

「さあて、まず俺は怪我を治さねえとな。そしたらすぐ特訓だ」

「ふふん、あんたがもたもたしてる間に私がランサーズになっちゃうかもね?」

「はっ、言ってろよ。こんな怪我すぐに治してやるからな」

「そう? だといいけど。――それじゃあね、頑張りなさい」

「じゃあな。頑張れよ」

 

なんてことないように、いつものお別れのように、二人は軽く手を上げた後、背を向けた。

 

「――真澄さん! 刃さん! ……また!」

 

私の叫びに二人は足を止め、もう一度だけ振り返った。

 

「おう! 行ってこい、詠歌!」

「いってらっしゃいっ、詠歌!」

「はい!」

 

そして今度こそ、二人は振り返る事なく去って行った。

 

「……良かったのかい、これで」

「ええ。あの二人も志島さん……北斗さんの事は気づいているはずですから」

「そうじゃないよ」

「……良かったんですよ。当たり前じゃないですか」

 

私は笑う。曇りのない笑みで。そう、これでいいんだ。

 

「さ、行きましょうか。私の部屋に泊まるんですよね?」

「そうだね。セレナお嬢様と違って僕に部屋は用意してくれなかったみたいだから」

「気を使ってくれたんじゃないですか? せっかくの姉妹水入らずですし。でも大変ですよ?」

「だから姉妹じゃないって……で、何がだい?」

「まずは人が住める環境に戻す所からですから。寝る場所は私の部屋で大丈夫でも、食事を作るキッチンが……あはは」

「……僕、スタンダードの外食ってしてみたいなあ」

「遠慮しないでいいんですよ。昔はお互い病院食ばかりでしたからね、これでも食にはうるさいんです。人に振舞う時は特に!」

「……っはあ、仕方ないな。付き合ってあげるよ」

 

 

 

――日が完全に暮れ、暫くした頃、私たちは食事を終えた。

 

「はい、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 

食後の紅茶を淹れ、一息つく。

 

「どうでしたか?」

「美味しかったよ。やっぱり動いた後だからかな」

「手伝わせて悪いとは思っていますよ」

「嫌味で言っているわけじゃないよ。ただ、食事が美味しいなんて感じたのは随分と久しぶりだと思ってね。アカデミアではそんな事気にもしなかったし」

「ランサーズが向かうのは多分シンクロ次元でしょうけど、向こうでもしっかりと食べられるといいんですが」

「どうだろうね。一体どんな世界なのか、想像出来ないよ。エクシーズ次元……ハートランドもアカデミアによって滅ぼされた。僕たちが知識として知っている世界とは何処も違う」

「当然ですよ。此処は、現実なんですから」

「そうだね。それが当たり前だ……そして現実なら、自分たちの手で変える事が出来る」

「そういう事です」

 

紅茶に口をつけ、窓の外に広がる舞網の街を見下ろす。犠牲は多かった、けどそれでも、私たちが守った街。私の第二の故郷。……明日、此処に別れを告げる事になる。

 

「ねえ逢歌」

「なんだい」

「いつか、平和になってこの街に戻ってきたら、一緒に遊びましょう。ケーキを食べて、服を見たり、映画を見たり、今まで出来なかった事を、一緒にしましょう」

「……そうだね、それは素敵だ。あの子たちが見れなかったものを、あの子たちの分まで見に行こう」

 

叶うかも分からない夢を、しかし逢歌は否定しなかった。……必ず、叶えましょう。

 

「さて、と……行ってきなよ」

 

紅茶を飲みながら、逢歌は私を促す。

 

「僕に構ってくれるのはありがたいけど、そんな気遣いは無用だよ。たとえ二度目の生だとしても僕たちは子供なんだ。自分の欲望に正直になりなよ」

「……」

「その気持ちが依存なんかじゃないなら尚更ね。我慢なんてしないで、それに従えばいい。今の僕たちには自由に動く手足がある。気持ちを伝える為に動く口がある。君には心の内から溢れ出す想いがある。……そうだろう?」

「……ええ。そうですね」

 

紅茶を飲み干し、私は立ち上がる。

 

「朝帰りになってもいいよ?」

「まだ子供ですから!」

 

からかう逢歌に赤面しつつ言い返す。

 

「戸締りはして下さい! あ、後寝るならちゃんと歯を磨くんですよ!」

「分かったから早く行きなって……」

 

逢歌に注意してから、私は外へと続く扉を開いた。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

ひらひらと手を振る逢歌に見送られ、私は外へと飛び出した。

 

 

 

「……ねえ逢歌。こんな僕でもこんな風に生きれるんだ。君も、もう一度生きてみないかい?」

 

一人残された逢歌は内に眠る少女に語り掛ける。返答はなかった。

 

「まだ勇気が出ないか……でもいいよ。それならその勇気が出るまで、生きたいって思えるまで、僕が見せてあげる――未来への希望って奴をさ」

 

 

 

……一度外に出たらもう、止まれなかった。急に行って迷惑じゃないかとか、家族との別れを邪魔するんじゃないかとか、そんな不安や心配が過ぎっても、私の足は止まらなかった。

 

「はぁっ、はぁっ――きゃっ!」

 

息を切らして走る途中、曲がり角で人とぶつかり体勢を崩す。

跳ね返され、地面に腰を打ち付ける直前、私の手が引かれ、抱き起こされる。

 

「はぁはぁ……すい、ません。急いでいて……」

「ったく危なっかしい奴だな、お前は」

「すいませ――」

 

もう一度謝ろうとして気づく、この声は。

 

「また怪我して入院したいのかよ。明日には別次元に出発するってのに」

「沢渡さん……!」

 

まさに今、会いに行こうとしていた人が、目の前に居た。

 

「でも、どうして此処に……?」

「お前のデュエルディスクの通信機能が壊れてたのを忘れてたぜ。だからこの俺が直々に迎えに来てやったんだよ」

「迎え……?」

「パパがお前とも話したいって言うからな。本当は止めたいけど、お前は一度決めたら考えを変えないだろうから、せめて話をしておきたいんだってさ」

「お父様が……」

 

本当に、お父様には敵わない。私の事なんてお見通しなんですね。けどそれを分かった上でやらせてくれる。

 

「ほら、とっとと行くぞ」

「はいっ」

 

沢渡さんに手を引かれ、私たちは夜の舞網を歩き始める。以前、病院から連れ出された時と同じ。でも全然違う。

ああ、そっか。光津さんが言ってたのはこういう事だったんですね。

同じ学校の制服を着て、手を繋いで並んで歩く。それだけで私の胸はこれ以上ないくらい高鳴ってしまう。

街頭に照らされた私の頬が紅潮しているのが分かる。でも、それを隠す為に俯く事は出来なかった。

だって同じように街頭に照らされた沢渡さんの横顔も、私と同じように赤く染まっていたから。こんな光景から目を反らすなんて、出来るわけないじゃないですか。

 

「……ふふっ」

「何笑ってんだ……」

「何でもないです! さあ、行きましょう!」

 

手を強く握り、私たちは歩く。握り返された手の感触を胸に刻み込みながら。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あーあ、またパパを泣かせちまったな」

「はい、でも泣きながら、笑ってくれました」

 

夜が更けた頃、私たちはまた舞網の街に居た。

 

「私たちが戻って来るまでにもっとこの街を良くして見せる……楽しみですね」

「はっ、当然だ。パパの手に掛かればすぐにでも今以上にこの街は発展する」

「そうですね。次に戻って来た時、どんな風に変わっているのか今から楽しみです。きっと今よりももっと笑顔が溢れる、そんな街になっているんですよね」

「ああ。まあそれでも笑顔になってねえ奴が居たら、この俺のエンタメで笑顔にしてやるがな」

 

お父様と同じ、自信に溢れた笑み。それを見ていると私も自然と勇気が湧いてくる。そうだ。私はこの笑みに惹かれたんだ。いつでも変わる事のないこの笑顔に。

 

「沢渡さん」

「何だ」

「少し寄り道していいですか?」

「おう」

 

こうやって送ってくれて、しかも明日には次元を越えるというのに、沢渡さんは私の我が儘に何の躊躇いもなく頷いてくれた。

 

「ありがとうございますっ」

 

沢渡さんの手を引き、私は帰り道を外れてとある場所に向かう。

 

「――此処か……」

 

暫く歩いて辿り着いたのは、あの倉庫。

ユートさんや私のデュエルで随分荒れてしまったこの場所。けどどんな姿になっても思い出の場所に変わりはない。

壊れた屋根から差す月明かりが倉庫内を照らしていた。

 

その中で未だ無事だったダーツボードを見つけ、地面に転がっていたダーツを拾う。

 

「……ふっ」

 

いつも見ていた沢渡さんの見様見真似で投げたダーツは、当然ボードには刺さらず、壁に突き刺さった。

 

「あはは、やっぱり真似だけじゃ上手くいきませんね」

「そりゃそうだ。そもそも真似も出来てねえんだよ」

 

同じように落ちていた二本のダーツを拾い、沢渡さんは私の横に並んだ。

 

「――シュッ」

 

投げられたダーツは当然のように的に突き刺さる。

 

「20のトリプルにダブルブル。ま、この俺に掛かればこんなもんだ」

「流石です沢渡さん!」

 

久しぶりに見た沢渡さんのダーツをする姿は、やはり華麗だ。

 

突き刺さった三本のダーツを取り、一本を私に手渡す。

 

「いいか、指はこうだ。そんで足を開いて――」

「こ、こうですか?」

「おう」

 

沢渡さんの直接フォームを矯正してもらう。近い、近いっすよ沢渡さん!

 

「良し、投げてみろ」

「は、はい……シュッ!」

 

沢渡さんの掛け声を真似し、もう一度ダーツを投げる。

 

「……おお」

 

先程と違い、ダーツは吸い込まれるようにボートに吸い込まれていった。

 

「19のシングル。まだまだだな」

「でも当たりましたよっ、ほら!」

「そうだな」

 

私の喜び様に呆れながら沢渡さんは笑う。

 

「むぅ……」

「ははっ、なんだよその顔」

 

頬を膨らませてむくれる私を見て、さらに笑い声が大きくなった。……女の子の顔を見て笑うなんて酷いです。

 

「……ふふっ」

 

そんな事を思う私も、笑っていた。

 

「沢渡さん」

 

ひとしきり笑い合った後、私は口を開いた。

 

「なんだ?」

「私、決めました」

 

約束を果たすために。

 

「……そうか」

「はい。私は――――」

「待ちな」

 

私が告げようとした瞬間、沢渡さんがそれを止める。

 

「お前の答えなら、こいつで聞く」

 

そして、沢渡さんはデュエルディスクを構えた。

 

「……はい!」

 

私も同じようにディスクを取り出し、構える。沢渡さんが相手ならば――デュエルで。

 

「以前は有耶無耶になってしまいましたからね……今度こそ決着を着けましょう」

「はっ、結果は分かり切ってるぜ。この俺を誰だと思ってやがる?」

「ふふっ、沢渡さんこそ、私を誰だと思ってるんですか。私はもう、あの時の私じゃありません!」

「言うようになったじゃねえか」

「だって私は、沢渡さんの取り巻きですから!」

 

これ以上ないくらい明確で説得力のある台詞に、私たちは笑う。

 

「いいぜ、相手になってやる! 喜べ久守ッ、これはこの俺直々の、お前の為だけのデュエルだ!」

「っ――光栄です! なら私もそれに相応しいデュエルで応えてみせます!」

 

デュエルディスクが展開する。この手が震える理由は前とは違う。恐怖からではなく、私の内から溢れ出る、抑え切れない様々な感情。

 

「――いきますよ、沢渡さん!」

「――来な、久守詠歌!」

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

全ての想いをぶつける為、私はカードを引く。

そしてこのデュエルを、今までで最高のデュエルにする為に。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

翌日、日が完全に昇り切る前の早い時間に、私はLDSを訪れていた。

赤馬社長から話が通っていたのだろう、警備員さんが何も言わずに中へと通してくれた。

そしてその中で待っていたのは、中島さんだった。

 

「待っていたぞ、久守詠歌」

「おはようございます、中島さん。朝早くからお疲れ様です」

「なに、これから君たちに掛ける苦労に比べたらこれぐらい何てことはない」

 

中島さんの口ぶりから気付く。赤馬社長は中島さんに事情は話していないようだ。私を気遣ってくれたのだろう。

私は曖昧に笑い、中島さんの後に着いてエレベーターに乗った。

 

「私は此処までだ。社長から君と二人にするように言われているのでな」

「分かりました」

 

エレベーターから降り、社長室の前で中島さんは立ち止まった。私は頷き、社長室の扉に手を掛ける。

 

「……」

「どうした?」

 

しかし思い留まり、一度手を放して中島さんへと向き直る。

 

「中島さん、実は私、最初はあなたにあまり良い印象は持っていませんでした」

「それは私も同じだ。あの問題児の取り巻きだったからな。沢渡を利用した事で君に嫌われている事は知っていたよ」

「あはは、でも今となっては私もたくさん迷惑を掛けましたし、これでお相子です。だから……ありがとうございました」

 

そして深々と頭を下げ、驚いたように固まる中島さんを尻目に今度こそ扉を開いた。

 

「失礼します」

 

扉が閉まる。部屋は完全防音、外に話が漏れる事はない。別に漏れて困るような話をするつもりはありませんが、赤馬社長の気遣いと受け取っておきましょう。

 

「おはようございます、赤馬社長」

「ああ。朝早くにすまないな」

 

窓際に立ち、街を見渡していた社長が振り向き、互いに挨拶を交わす。

 

「ご用件は何でしょうか」

「その前に君には話しておこう、我々ランサーズが向かう目的地について」

 

本題に入る前に、赤馬社長はそう言って口を開いた。

 

「ランサーズは融合次元ではなく、まずシンクロ次元へと向かう」

「やはりそうですか」

「君には伝えていたな、シンクロは味方と成り得ると」

「ええ。昨日はデュエルがしたいという社長の頼みで榊さんには伝えませんでしたが……柊さんはシンクロ次元に居るんですね、あのユーゴという人と」

「その可能性が高い。我々の最大の目的はシンクロ次元との同盟だが、それを結ぶ過程で柊柚子を見つけ、取り戻す事も出来るだろう」

「それを最初に伝えておけば、榊さんもあそこまでの怒りをぶつける事はなかったはずです。それをしなかったのは、自分に全ての怒りをぶつけさせる為ですか?」

「いいや。私は単に彼の本当の力を知りたかっただけだ。それを引き出すにはああするべきだと判断したまで」

 

それが本心なのか私には分からない。けれど、赤馬社長から榊さんへのある種の信頼や期待のようなものを感じた。

 

「そしてシンクロ次元へと向かうメンバーだが」

「全員で向かうのではないんですか?」

「ああ。茂古田未知夫、そして大漁旗鉄平の二人にはこのスタンダードに残ってもらい、零羅を連れて行く」

「零羅くんの実力は試合でも見ていますが、何故二人を……?」

「今結成されているランサーズは先遣隊、言うなれば一番槍だ。昨日も母様……理事長が言った通り、LDSはその名前を変え、次なるランサーズの育成の為の修練の場所となる。だが講師たちは黒咲や逢歌に敗れ、ユースチームもオベリスクフォースに敗れた。今まで以上にデュエリストに力をつけてもらう為にも、実戦を経験したデュエリストの指導が必要だ」

「実戦……それじゃあ」

「ああ。今挙げた二人もオベリスクフォースと戦い、勝利している貴重な人材だ。そして君たちと同じくペンデュラム召喚を受け入れたジュニアユースクラス、彼らのような講師が居れば必ずデュエリストたちの成長へと繋がるだろう。彼らにも昨日の内に伝えてある」

「そうですか……」

 

赤馬社長や榊さん、沢渡さんたちが道を切り開き、茂古田さんと大漁旗さんが後に続く者たちを導く。そのどちらも、厳しい戦いになるだろう。

けれど大丈夫。昨日の戦いを乗り越えた皆なら、必ずその道を進んでいける。

 

「そして君を呼び出した本題だが……デュエルディスクは持って来ているな?」

「はい」

 

赤馬社長に言われ、デュエルディスクを取り出す。

 

「通信機能が壊れてしまっていますが、此処に」

「これを渡しておこう」

 

社長はデスクから私の使っているものと同じ、グリーンのデュエルディスクを取り出した。

 

「新たに開発した次元移動装置とリアルソリッドビジョンシステムを小型化し搭載したデュエルディスクだ」

「次元移動……ありがとうございます」

 

手に持ったディスクからデッキを取り出し、新たなディスクを受け取る。新たな装置を二つも組み込んであるというのに、重さはほとんど変わらない。むしろ軽くなっているような気すらする。

 

「そしてこれを」

 

次に社長が取り出したのは、カードだった。

 

「これは……?」

「君に預けていたペンデュラムカードのデータを分析し、開発したものだ。完成はまだ先になると思っていたが、君や融合次元の逢歌のデータのおかげで完成した」

 

昨日、逢歌から回収し、社長に返したクリフォート……まさかこんなにも早く新しいカードを完成させるなんて。私たちだけでなく、実戦の中で得られた他の参加者たちのデータの恩恵もあったのでしょうが、驚きです。

 

社長から受け取ったカードに視線を落とす――光の翼を持つ、二枚のカード。

 

「……」

 

しかし私はそれをデッキには加えず、仕舞った。

 

「赤馬社長、お願いがあります」

 

それを咎める事をせず、赤馬社長は私の話を聞いてくれた。

 

「このカードたちは私には相応しくありません。ですから代わりに――」

 

身勝手な頼みに社長は僅かに沈黙した後、頷いた。

 

「――いいだろう。君が望むなら、そうしよう」

「ありがとうございます……!」

 

これで準備は整った。後は、最後の決着を着けるだけ。

でも、その前に。

 

「それともう一つよろしいですか?」

「何だ」

「ランサーズの集合時間までまだ時間がありますよね。なら旅立つ前に、皆さんに紅茶を淹れさせてもらえませんか?」

 

図々しいと思いながら、最後の頼みを社長に告げる。

 

「……好きにしたまえ。設備なら下の給湯室を、何か必要なものがあれば用意させよう」

「ありがとうございます! あ、そうだ零羅くん、紅茶苦手だったりしませんかっ? 子供には紅茶の癖って苦手だったりすると思うんですが」

「……いや、零羅に好き嫌いはないはずだが。……だが念の為にジャムを用意した方がいいだろう」

「分かりました! 時間もありますし、お茶請けも用意しますね! えへへ、実は昨日の夜、いつものお店の店長さんに頼み込んでレシピを教えてもらったんです!」

「……そうか」

「はい! それでは失礼します! 楽しみにしていてくださいね!」

 

赤馬社長に一礼し、社長室を跡にする。ふふふっ、ついに私の手料理(スイーツ)を振舞う時が来ましたね! まだまだ練習中ですが、今日は今までで最高の物が出来る気がします!

鼻歌交じりに廊下を進んでいく。不安はある。でも、私の足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「良し、終わり!」

 

やはりまだまだ修行が必要です。手間取ってしまい、完成したのは集合時間が大分近づいた頃だった。

でもデュエルディスクが新しくなって、通信機能が使えるようになったおかげで冷やしている間にメールも打てたし、問題ないという事にしておきましょう。

 

「まずはもう一度社長室に行ってみましょうか」

 

設備や道具を用意してもらいましたし、まずは社長に渡すのが筋でしょうし。

用意してもらったカートにポットとティーカップ、完成した菓子を乗せ、社長室へと向かう。

 

 

 

「失礼します」

 

ノックの後、社長室へと入室するとそこには変わらず赤馬社長が居た。そしてもう一人、その弟である零羅くんが。

 

「はじめまして、久守詠歌です」

「あ……」

 

フードをかぶり、クマのぬいぐるみを手に持った零羅くんに挨拶するが、俯かれてしまった。けれど今の私には秘策がある。

カップに赤馬社長と零羅くんの紅茶を注ぎ、デスクへと置く。

 

「口に合うか分かりませんが、社長も是非」

「……ああ。頂こう」

「零羅くんも、どうぞ。お近づきの印です」

「……」

 

微笑み、零羅くんにも勧めるが一瞬私を見上げ、しかし手を伸ばす事無く赤馬社長に視線を向けた。

 

「……」

 

零羅くんの視線に社長が無言で頷くと、恐る恐るといった様子で零羅くんがカップに手を伸ばす。

 

「こっちのは苺のジャムを使ったロシアンティーです。普通のものより飲みやすいと思うんです」

「……」

 

零羅くんは答えず、けれど紅茶に口をつけてくれた。うんうん、それだけで充分です。

 

「それからこっちは自信作です。是非一緒に食べてください!」

 

カップに入った‟プティング”を二つ、同じようにデスクへと並べる。

 

「そろそろ皆さんも集まり始めていますよね、慌てて飲んでもらうのも悲しいですし、もう行きますね!」

 

二人から感想を聞けないのは残念ですが、それも私が手間取ったせい、今回は諦めましょう。

 

 

 

「……どうだ、零羅」

「…………美味しい、です」

 

 

 

社長室から出て、集合場所となっているホールへと向かう。

 

「おはようございます!」

 

挨拶と共に扉を開けると、其処には既に過半数のメンバーが揃っていた。まだ来ていないのは沢渡さんと榊さん、それに権現坂さんの三人。

 

「グッドモーニング、久守さん」

「デニスさん、おはようございます!」

 

手を上げて挨拶を返してくれた。次に月影さんと目が合うと、目礼をしてくれる。

 

「おはようございます、月影さん」

 

私も少しだけ静かな声でそう返す。

 

「おはよ、詠歌」

「おはよう、逢歌」

「それにしても酷いな、行く時に起こしてくれてもよかったじゃないか」

「朝早くで、それに気持ちよさそうに寝てましたから。朝食を用意してる音でも起きてきませんでしたし」

「……僕、少し気を抜き過ぎかなぁ」

 

逢歌と軽口を交わし、その隣のセレナさんにも挨拶する。

 

「おはようございます、セレナさん」

「ああ」

 

素っ気ないようで、でもしっかりと目を合わせてくれた。

 

「ところでその押してるのは何?」

「ふふふ、まあ何も言わずにどうぞ」

 

近づいて来たデニスさんに紅茶を注ぎ、一緒にプティングを渡す。

 

「ワオ、ありがとう。いやぁ、朝の優雅なひと時だねえ」

 

次に月影さんに近づき、紅茶とプティングを差し出す。

 

「月影さんもよろしかったら」

「……かたじけない」

 

月影さんは私から受け取ったかと思うと、目にも止まらぬ速さでそれを空にして返してくれた。……マスクの下がどうなっているのか、少し気になっていたんですが、残念です。

 

「……美味でござった」

「ありがとうございます!」

 

しかしそれもその言葉ですぐに消える。

 

「黒咲さんも、おはようございます」

「……」

 

黒咲さんだけは私と目を合わせようともせず、無言を貫いていた。

 

「これ、黒咲さんもどうぞ」

「必要ない」

「あはは……置いておきますから、気が向いたらで構いません」

 

黒咲さんのそばにカップを置いておく。期待はしていませんでしたが、少し残念です。またいつか口にしてもらいたいものですね。

 

「逢歌とセレナさんもどうぞ」

「へえ、お菓子まで作れたんだ。こんなの食べるなんていつ以来かな」

「……」

「セレナさん?」

「私も必要ない。我らはこれから戦いに行くんだ、その直前に和んでいる暇など――」

「まあまあお嬢様。せっかく用意してくれたんだからさ。それに腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない?」

「私は腹など減っていない」

「それじゃあ戦いの前に英気を養うと思ってさ」

「……分かった」

 

逢歌に言い包められ、セレナさんも受け取ってくれた。

 

「ちなみにこれは何? ティラミス? あのプティングとは違うみたいだけど」

 

逢歌の問いに私は胸を張って答える。既にその名前を逢歌は知っているけれど。

 

「ふふふ、まだ未発売の新作、名付けて‟マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード”です!」

「正直予想してたけど言うね。名前が長い。いっそティラミスにしてティアラミスの方がまだ座りが良くないかい?」

「これでいいんです!」

 

逢歌のツッコミを一蹴する。今更名前を変えるつもりなんてないんですから。

 

「言うと思った……でもま、いいんじゃないかな。美味しいよ、すっごくね」

「初めから素直に認めてください」

「……ああ、美味い」

「本当ですか!」

「僕と反応が違いすぎない……?」

 

セレナさんがポツリと零した呟きに反応すると、逢歌が納得いかなそうに愚痴を零す。

 

「でも本当に美味しいよ、これ。ちょっぴりビターな所が紅茶とマッチしてるね」

「そうなんですっ、これに一番合った組み合わせを考えて作りましたから!」

「ははは……これなら次元の先でもティータイムが期待出来そうだね」

 

デニスさんは私の勢いに少し引きながらそう言った。

 

「うーん、それはどうでしょうね……行ってみないと分からないこともありますから」

「それもそうか。残念だな」

 

「……」

「……逢歌?」

 

不自然に沈黙した逢歌を怪訝に思ったのか、セレナさんが逢歌を呼んだ。

 

「いや、何でもないよ。でも箱入り生活で舌の肥えたお嬢様の口にも合うなんて意外だな」

「アカデミアで食事を気にした事などない」

「ありゃ、それもそうか。お嬢様だもんねえ」

「どういう意味だ」

 

それぞれの反応を眺めて、私は微笑む。これからそれぞれの戦いが待ち受けているけれど、いつかまた、こうして穏やかな時間が過ごせたらいい、そう思う。

 

「――何だぁ? この俺を差し置いて随分と盛り上がってるじゃねえか」

 

「沢渡さん!」

 

扉が開かれ、聞こえてきた声に真っ先に反応し、駆け寄る。

 

「おはようございます、沢渡さん!」

「……おう――――‟詠歌”」

「はい! 沢渡さんも、どうぞ!」

「ああ。もらってやる」

 

沢渡さんが受け取ってくれたのを待ち、私も自分のカップを手に取る。

 

 

「……ねえ、ひょっとして彼女って」

「今更かい? 見ての通り彼にベタ惚れだよ」

「へえ、隅に置けないんだね、彼も」

「余計な茶々を入れないことを進めるよ」

「分かってるって。馬に蹴られたくないからね」

「馬だけじゃなく、僕も蹴り飛ばすからね」

「ワオ、こっちも彼女にベタ惚れってわけ?」

「ふんっ」

「痛い!?」

 

背後でデニスさんと逢歌が騒がしいですが、気になりません! ああ、昨日の沢渡さんも素敵でしたが、紅茶を優雅に飲んでプティングを食べる沢渡さんも素敵です! 沢渡さん、マジ格好良すぎっすよ!

 

「――っと」

 

沢渡さんに見惚れていると、その背後の扉が開き、榊さんと権現坂さんが姿を現した。

 

「おはようございます、榊さん、権現坂さん」

「ああ、おはよう久守」

「うむ、おはよう」

「けっ、随分と遅いじゃねえか。この俺を待たせるなんて十万年早えんだよ」

 

「彼も今来たばっかりなんだけどねえ」

「ああいう性格なんだよ」

 

「お二人もよかったらどうぞ」

「これは?」

「出発前に少しでも緊張が解れればと思って用意したんです」

「そっか、ありがとう。久守」

「ありがたく頂かせてもらおう」

「はいっ」

「はんっ、お前らにこいつの味が分かるのか?」

「いえ、お店で売られる予定のものですから、多少の好みはあっても誰にでも食べてもらえる味ですから」

 

沢渡さんの挑発の言葉をやんわりと濁し、榊さんと権現坂さんにカップを渡す。……ところで権現坂さんの顔の傷はどうしたんでしょうか。

 

「うん、美味いよ」

「ああ、この男権現坂、洋風の菓子を口にする事はあまりないが、それでもかなりの完成度だという事は分かる」

「ありがとうございます!」

「ふん、当然だな」

「なんで沢渡が偉そうなんだよ……」

「お前が作ったわけではないだろうが」

 

榊さんたちとのいがみ合いも、最初のような険悪なものではない。友人同士がじゃれ合うような、そんな微笑ましいものだった。

 

「――揃ったか」

 

……そして、ついに旅立ちの時がやって来た。

 

 

 

「このカードにはシンクロ次元の座標データが入力済みだ。各自ディスクにセットし、私の合図で発動せよ」

 

赤馬さんの指示に従い、配布されたカードを皆がディスクへとセットする。

 

「……」

「詠歌。……それじゃあ」

「ええ、それじゃあ」

 

逢歌に頷き、私もカードをセットする。……受け取った瞬間書き換わったカード(満たされぬ魂を運ぶ方舟)を。

 

「では出発するッ。シンクロ次元へ向けて、ディメンション・ムーバー発動!」

 

合図と共に皆の体が光となって消えていく。

 

「……いってらっしゃい、沢渡さん」

「……おう。お前も、いってこい詠歌」

 

発動し、私たちの体も光となっていく中、私は沢渡さんの手を握り締めた。

 

「沢渡さん、――――――――、です」

「な――」

 

そして、沢渡さんが完全に光となる瞬間、私はその思いを告げた。

 

ああ、駄目だな。私。最後の最後でこんなズルい真似をして。

 

 

「えへへ、ちゃんと笑えたか、分からないや……」

 

 

でもきっと笑えたはずだ。泣きながら、それでもきっと――笑顔でお別れ出来たはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

『沢渡さんの取り巻き

          -1』




次回最終回。……が文字数と話の切り的にエピローグは別になりそうです。

ここまで来て心残りなのは、アニメでの魔界劇団の出番が一度きりの為に沢渡さんとのデュエルが書けないことですね。
いつか追記したいです。

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