沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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感想が思ったよりもたくさん来て驚き。沢渡さん読者に愛されすぎぃ!


沢渡さん、マジ輝きすぎっすよ!

「……」

 

黒髪の少女は教室の一番端、窓際にある自分の席に座りながら、窓の外から何処か遠くを見ていた。6限目、教師の急用によって出来た自習時間によって喧騒に包まれている教室の中で少女の周囲だけは何処か別の世界であるかのような不思議な静寂があった。その静寂の空間は徐々に広がり、男子生徒の幾人かは少女の憂い気な表情に視線が吸い込まれていく。

それを気にすることもなく、少女は何処かを見つめる。少女が何を考えているのか、男子生徒たちはその難題に挑み、女子生徒たちも同性でありながら自分たちにはない神秘的な雰囲気を妬むでもなく、ただ羨むように彼女から距離を空けていた。

少女は昨年、3学期の終了間近という奇妙な時期に転校してきた。一年時のクラスメイトたちも彼女の事はほとんど知らず、今年になって彼女と同じクラスになった生徒たちも彼女の持つ物静かな雰囲気を崩す事を恐れ、今日に至るまで会話らしい会話をしたことがない者がほとんどだ。決して人当たりが悪いわけではない。言葉を送れば返り、何かに挫いた時は手を差し出してもくれる。ただそれでも彼女には何か他の生徒たちにはない壁がある、そう生徒たちは感じていた。

高嶺の花、そう表するのが一番近いだろうか。それとも枯れ木たちの中にただ一輪咲いた花だろうか、遠くから眺めるだけで摘み取る事は疎か、触れる事すら躊躇ってしまうような奇跡のような生花。

 

「久守さん」

「……はい」

 

そんな花に一人の男子生徒が近づいた。さわやかな雰囲気を持つ、優しげな少年だ。クラスにも何人か思いを寄せる生徒も居る、クラスの人気者と言える生徒だった。少女に気があるのか、それとも孤立しているように見える彼女への気遣いからか、男子生徒は少女に声を掛けた。

 

「何を見てたのかな?」

 

呼びかけに応え、少女は視線を席の前に立つ男子生徒に向けていた。同じ位置に立っても男子生徒からは窓の外には空と校庭、そこで体育の授業でサッカーを行う、あれは一組だろうか? の生徒たちしか見えなかった。少女はこの有り触れた風景から一体何を見出し、見つめていたのか。それが気になり、男子生徒は少女に尋ねた。

 

「……太陽を、作り物ではない本物の眩い輝きを見ていました」

「――」

 

問い掛けに、僅かにはにかむように口元を上げながら少女は答えた。その姿に男子生徒は思わず言葉を失い、一瞬の沈黙が流れた。

 

「――そう、なんだ……邪魔してごめんね?」

「……いえ。こちらこそ気を遣わせてしまったようですいません」

 

会話はそこで打ち切られた。申し訳なさそうに言う少女に男子生徒は自分が何かとても悪いことをしたように思えて逃げるように少女から離れ、クラスの喧騒へと戻って行った。

また少女の周囲に静寂が戻る。そして終業の鐘がなるまで少女は静かに外を見つめていた。もう、誰も声を掛ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

やっべ、沢渡さんマジやっべ! 一人で三人抜いてゴール決めるとかマジ半端じゃないっす! しかも転びながらのヘディングなんて狙って出来るものじゃないですよ! 怪我がなくて良かったです!

でもデュエルも出来てダーツも出来てサッカーまで上手いとか本当選ばれ過ぎですよ!

あまりにも沢渡さんに夢中になり過ぎて途中誰かが話掛けて来た気もするけど何て訊かれたのかも何と答えたのかも覚えてない! けど別に良いですよね! 沢渡さんを見つめ続けるこの至福の時間と比べたら塵芥も同然ですし! 体育は種目によっては男女別ですから、沢渡さんのサッカーをプレイする姿を見れるのは別クラスで窓際の席に居る私の特権ですね!

しかもこれで授業も終わり、後はLDSに直行して沢渡さんをお待ちするだけ! いやもう最高のスケジュールですね! これで沢渡さんの荷物を持ちながら一緒に行けたら最高なんですが、これ以上の幸福を望んだら罰が当たりますもんね! ああ、そうだ! 運動した後はやっぱり甘い物ですよね! 今日はやっぱりレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~ですかね! どうせ山部や柿本、大伴はそんな気回らないでしょうし! 良し、そうと決まったらダッシュするしかない! こういう時此処のノースリーブの制服は走りやすくて最高です! それにスイーツに合う茶葉も用意しなくちゃいけないですし、もう最高に充実した一日になってますね!

 

 

 

 

 

LDS。最大手のデュエル塾である此処には大勢の塾生、デュエリストたちが集う。無論、少女、久守詠歌もその一人だ。総合コースに所属しながらも複数の特殊な召喚方法を操る少女。だがしかしLDS内での少女の評判は決して高いものではない。在籍してまだ日が浅く、デュエルのデータがまだ少ない事が理由の一つだ。

現に昨日行われた光津真澄とのデュエルでも彼女は詠歌が融合召喚を扱える事を知らなかった。噂としてエクシーズ使いであるという事だけは知っていたが。だが明らかになった融合召喚も公式戦でない以上、公のデータには残らない。彼女の評価は変わらない、総合コースに所属したばかりの生徒であるというだけ。公式的なデータが揃うのはまだ先になるだろう。

そして何より彼女の評価が低い位置で停滞している理由は、同じく総合コースに所属している沢渡シンゴのグループに所属しているという事だ。もっとも彼自身、その性格と態度故に実力よりも低く他人から評価されている部分はあるが。良くも悪くも沢渡シンゴというデュエリストは目立つ。その影に隠れ、目立つことがないというのが最も大きいだろう。

しかし光津真澄を初めとし、一部の塾生たちは知っている。彼女がペンデュラム召喚の対策を練り続け、これから先のデュエルに対応していこうとしているのを。彼女はそう遠くない未来、真に実力が評価される時が来るということを。

そしてそんな塾生たちは皆、口を揃えて言うのだ。

 

「何で沢渡の取り巻きなんかに……」

 

と。

 

 

 

 

 

「あっ、沢渡さん、お疲れ様です!」

「よう、久守」

 

流石沢渡さん、いいタイミングです! そろそろ来る頃だと思って蒸していた紅茶が出来上がった所ですよ!

 

「沢渡さん! 喉は渇いていませんか! 後お腹空いてたりはしませんか!?」

 

駅前のレアチーズムースタルト~クランベリーを添えて~の用意も出来てますよ!

 

「いや、来る前に食べて来たからな」

「そうですか! 6限は体育でしたもんね!」

 

くぅー! 沢渡さんの行動が読めなかった! 差し入れするなら学校終わった直後がベストでし

た! 待ってるだけじゃ駄目ですね、やっぱり!

 

「ああ、まっ、俺はデュエルも授業もクールに決めてやったがな」

「流石沢渡さん!」

 

買って来たスイーツは後で山部たちにくれてあげるとしましょう。え、紅茶? 魔法瓶に入れて持ち帰りますよ!

 

「なあ今久守が背中に隠したのって沢渡さんが好きな駅前のケーキ屋の袋じゃねえか?」

「わざわざ買いに行ったのか、久守の奴……」

「沢渡さん絶対気付いてないよな……どうする?」

 

おい余計な事言うなよそこの三人!

何やら沢渡さんの背後の山部たちが無駄に察したようなので視線で釘を刺しておく。

もし沢渡さんが気付いて、万が一無理に食べてお腹壊したりしたらどうするんですか!

 

「それで今日はどうしますか! 総合コースの講義がいくつか入ってますけど……」

 

設置されたモニターに表示されている各コースのスケジュールと講師名を指さして沢渡さんに確認する。

 

「デュエルモンスター学に儀式召喚学、ダメージ計算論……どれも興味ないね」

「だったらいつもの場所ですか?」

 

テラバイト倉庫……ではなく海側にある倉庫で良く沢渡さんは放課後を過ごしてますもんね! 私も何度もご同伴させてもらってます! 今日もそのパターンかな? ひゃっほう! また沢渡さんのダーツが見れますね!

 

「ああ。やっぱり俺ほどのデュエリストになると教えられるより自分で気付くことの方が多いっていうか、自習の方が身に入るのかな?」

「さっすが沢渡さんですね!」

 

「ならなんでこの人LDSに入ったんだ……?」

「いやでも実際テストの成績は悪くないし……その分性質が悪いとも言えるが」

「実技もやっぱすげーしな……だから余計に調子に乗っちゃうんだけど」

 

「そこ、何か言った!?」「おい、何か言ったか!?」

 

「「「ひぃ!」」」

 

相変わらず余計なお喋りをする三人組に視線で釘を刺すだけでは済まずに、つい言葉にしてしまう。そしてそれが沢渡さんとかぶった! 以心伝心ですね! ……って当たり前でしょうが! 沢渡さんを馬鹿にされて私と沢渡さん自身が黙ってるわけないでしょう!

 

「まあいい、さっさと行くぞっ」

「へへへっ、うぃっす」

「ん、ああ、でも久守はやめといた方がいいっすね」

 

「……は?」

 

踵を返した沢渡さんに私を含めて四人でついていこうとした矢先、大伴がそんな事をのたまった。それに思わず自分でも恐ろしいくらい低い声が出る。

 

「私だけやめておいた方が良いってどういうことですか」

「いやだってお前、まだ必修の科目も終わってないだろ。早いとこ終わらせといた方がいいぞ?」

 

……LDSは決して多くはないが各コースに必修とされている講義がいくつかある。それらを受けなければコースの変更どころか、同じコースでもいつまで経っても次の段階に進めないのだ。例を挙げるなら融合コースで基礎の講義とデュエルフィールドでの融合実技を修了しなければ融合魔法の亜種についての講義や手札融合の実技を受ける事が出来ない。そうして同コースでもどんどんと差がついていき、落ちこぼれとなってしまえば最悪の場合、強制的に塾を辞めさせられることもあるという……。逆に必修さえ全て終わらせてしまえばLDS内の設備を使い、自己研鑽に励めるんですが……。

そうか、さっさとそれを終わらせないと沢渡さんと過ごす時間もなくなってしまう! くそぅ、何で私はもっと早くLDSに入らなかったんですか!

 

「そうか、なら久守、しっかりと受けろ。お前ならLDSの講義でも学べることはあるはずだからな」

「……はい、沢渡さん」

 

……くっ、沢渡さんにまでそんなことを言われてしまったら、素直に頷くしかないじゃないですか……!

 

「それじゃあな」

「……はい、気を付けて、沢渡さん」

 

今度こそ颯爽と踵を返し、出口へと向かっていく沢渡さんを静かに見送る他、私に選択肢はなかった。

 

「……おい、何かすげえ目で俺たちを見てるぞ」

「呪われそうな目だな……」

「いや今にも襲い掛かってきそうな……」

 

「……山部、大伴、柿本」

「な、なんだよ?」

「……これ、あげる」

「お、おう、サンキュー……」

「受け取ったならさっさと沢渡さんを追いかける!」

 

ケーキ屋の袋を柿本に手渡し、すぐに沢渡さんを追いかけるように言うとまるでクモの子を散らすように三人は慌てて走りだした。まったくもう、沢渡さんを一人にして何かあったらどうするんですか!

………………はあ、帰りたい。いやむしろ追いかけたい……。

 

まずはデュエルスフィンクス、じゃなくてデュエルタクティクス基礎か……はぁ。

 

 

 

 

「ありがとうございました。良いデュエルでした」

 

テンションダダ下がりの中、全コース共通の基礎科目を終え、後は実技。今日のノルマは3戦、今2戦目まで終了したから残る1戦でお終い。……その後じゃ、沢渡さんも帰っちゃうだろうなあ。

対戦相手に一礼し、次の対戦相手を探しデュエル場を見渡す。相手も塾側で決めてくれればいいのに……。

さて誰かデュエルが終わった人はいないかな……。

 

「やあ、久守」

 

そんな私の背後から声が掛かる。振り向くとそこに立っていたのは……

 

「……エクシーズコースの志島さん、でしたか」

「おや、知ってたのか」

「新設されたエクシーズコースに移動してから勝率を一気に伸ばしている方が居るとだけ」

 

後、バウンスを使う人がエクシーズ程ではないですが珍しいので。それに昨日デュエルした光津さんと仲がいいエクシーズコースの志島さん(バウンス)とシンクロコースの刀堂さん(ハンデス)は名前と使うデッキ程度なら知っています。

 

「ふふ、噂は早いね。確かに僕はエクシーズ召喚をマスターしてから34連勝中でね」

「……はあ。それで35連勝目の相手に私を?」

「察しが良くて助かるよ。真澄を負かした君を倒せば、僕はもっと上に行ける。何より君もエクシーズを使うんだろう? それに融合召喚も」

「ええ、まあ」

「二つも特殊な召喚方法が使えて何故総合コースに居るのかは分からないが、エクシーズ召喚も融合召喚も、同時に扱って極められる物ではないと証明してあげよう」

 

……随分な自信ですね。連勝中で少し気が昂ぶっているのでしょうか。まあエクシーズ召喚が稀有な存在で、しかもLDSでも新設されたばかりのコースともなればそうなるのも仕方ないのかもしれませんが。……けど運がないですね。今の私は少し機嫌が悪いんです(1日ぶり2度目)。そして何より、その自信満々な態度にほんの僅かでも沢渡さんを重ねてしまった事が苛立たしい!

 

「そうですか。私もノルマの3戦まで後1戦です。私にとっても有難い申し出でした」

「……では僕とデュエルしてもらえるのかな?」

「ええ。こちらこそお願いします」

 

自身の35連勝目と私のノルマ3戦を同じように並べられたのが気に障ったのか、少し口元を引きつらせる志島さんに頭を下げる。ちなみにわざとですよ?

お互いに距離を取り、デュエルディスクを構える。またしても私たちの雰囲気のせいなのか塾生たちがぞろぞろとデュエル場を離れていく。

 

 

 

HOKUTO VS EIKA

LP:4000

 

 

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

 

 

「先行は僕がいただく!」

 

昨日の光津さんは初手からキーカードを引き当てた。志島さんはどうなのか。

 

「僕はセイクリッド・グレディを召喚! そしてグレディの効果によりレベル4のセイクリッド・モンスターを一体、手札から召喚できる! 僕はセイクリッド・カウストを召喚!」

 

セイクリッド・グレディ

レベル4

攻撃力 1600

 

セイクリッド・カウスト

レベル4

攻撃力 1800

 

続け様に現れた二体の星の輝きを持つモンスター。

レベル4のモンスターが二体、来るぞ! ……と言いたいところですが、カウストの効果が残っている。

「セイクリッド・カウストの効果発動! 一ターンに二度、自分フィールドのモンスターのレベルを一つ上下させることが出来る! 僕はセイクリッド・グレディとカウストのレベルをそれぞれ1上げる!」

よって二体のモンスターのレベルは共に5。

「見せてあげよう、これが本当のエクシーズ召喚というものだ! 僕はレベル5となったグレディとカウストでオーバーレイ! 星々の光よ、今、大地を震わせ降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク5、セイクリッド・プレアデス!」

 

セイクリッド・プレアデス

ランク5

攻撃力 2500

ORU2

 

志島さんのフィールドから二体のモンスターが光となって消え、新たに牡牛座を司るエクシーズモンスターが姿を現した。オーバーレイユニットがまるで星の輝きを思わせる、白騎士。

その効果はオーバーレイユニットを一つ使う事でフィールドのカードを手札に戻す、バウンス効果。姑息な手、なんて言いはしませんが。

けれど先行でいきなりバウンス効果を持つモンスター。しかも私のティアラミスと違うのはその効果が相手ターンでも発動できるという点。そして、一枚しか戻せないという点だ。

 

「このカードの効果はオーバーレイユニットを一つ使う事で相手フィールドのカードを一枚手札に戻す。君の使うエクシーズモンスターと融合モンスターの事は聞いている。どちらも強力な効果だが、プレアデスが居る限りすぐに退場してもらうことになる」

 

先行で出された以上、私のターンで召喚したモンスターは確実に手札に戻される。いや戻されるのはエクストラデッキか。私の使うデッキには決め手となるような最上級モンスターは入ってはいない。私のフィニッシャーとなるカードは全てエクストラデッキに入っているから。

けど、やりようはある。

 

「僕はカードを一枚セットし、ターンエンド」

「私のターン、ドローします」

 

その為のカードも揃っている。沢渡さんのようにカードに選ばれてるわけではないけれど。

 

「私は手札から永続魔法、マドルチェ・チケットを発動。このカードは一ターンに一度、自分フィールド上、墓地からマドルチェと名の付くモンスターが手札、デッキに戻った際にデッキからマドルチェと名の付くモンスターを手札に加えることが出来ます」

ただしエクストラデッキに戻った場合、効果は発動できない。

「……そして手札から速攻魔法、神の写し身との接触(エルシャドール・フュージョン)を発動。

 

手札のシャドール・リザードとシャドールヘッジホッグを融合」

光津さんのデュエルと同じように融合を発動させると志島さんは驚愕ではなくニヤついた笑みを浮かべた。

 

「どんなモンスターを召喚しようと、君のモンスターには退場してもらう!」

「融合召喚、エルシャドール・ミドラーシュ」

「無駄だよ! セイクリッド・プレアデスの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、君のカードを一枚手札に戻す! 消え去れ木偶人形!」

「……ミドラーシュは手札ではなくエクストラデッキに戻ります」

 

ギチギチと音を鳴らしながら首をこちらに向けたミドラーシュが「え、これで出番終わり?」とでも言いたげな空虚な瞳で私を見る。これで私が先行だったらあなたで終わらせられたんだけど……。召喚後僅か数秒で退場したミドラーシュに心の中で謝罪する。

Q ねえ今どこ? A エクストラデッキん中。

 

「私は融合素材となったシャドールたちの効果発動。効果で墓地に送られた時、リザードはデッキからシャドールを墓地へ、ヘッジホッグはシャドールを手札に加える。私はデッキのシャドール・ビーストを墓地へ、シャドール・ファルコンを手札に。さらに墓地へ送られたビーストの効果により、カードを一枚ドローします」

「くっ……」

 

二枚から四枚へと増えた私の手札を見て、僅かに志島さんが動揺する。

 

「さらに私は手札から魔法カード、二重召喚(デュアル・サモン)を発動。このターン、私は通常召喚を二回行うことが出来ます」

 

手札は残り三枚。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚」

 

残り二枚。

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500

 

「ミィルフィーヤの効果発動、このカードの召喚に成功した時、手札からマドルチェと名の付くモンスターを一体、特殊召喚できる。私は手札からマドルチェ・マーマメイドを守備表示で特殊召喚」

 

一枚。

 

マドルチェ・マーマメイド

レベル4

守備力 2000

 

「そして二度目の通常召喚、私は手札に加えたシャドール・ファルコンを攻撃表示で召喚」

0。

 

シャドール・ファルコン

レベル2

攻撃力 600

 

手札0、フィールドに存在するのは3体の人形とマドルチェ・チケット。手札と違い、鳥に猫にメイドと随分賑やかなフィールドになっている。

 

「くっ、くくくくっ! いや大したものだ、融合召喚を無に帰されてもそこまでフィールドにモンスターを揃えたんだ。正直驚かせられたよ」

 

賑やかなのは志島さんも同じようですが。

 

「プレアデスの効果は一ターンに一度しか使えない……だが君の場のモンスターのレベルは全て違う! さらに手札も0! それじゃあ融合もエクシーズも行うことは出来ない! 二重召喚を引けても上級モンスターを引くことは出来なかったようだね。上級モンスターをアドバンス召喚出来ればまだ状況も違っていたかもしれないな!」

 

笑いながらベラベラと喋る志島さん。……これは私が悪いのでしょうか。ちゃんと手札に加える際に『この子』は公開したのですが。

 

「本当なら」

「……何?」

「本当なら使うつもりはなかったんですよ。まだしっかりとした対策が練れてるわけじゃないですし、何よりお伽の国には不似合いなカードだと思いましたから」

「君は何を言っているんだ?」

 

訝しげな表情の志島さんを無視し、私は言葉を続ける。

 

「確かにこの子たちは人形です。魔導人形と影人形……けど、決して木偶じゃない。たとえ魔導だろうと糸で操られる人形だろうと、人形にも心は宿る。人形を操る者に心は在る。ただの舞台装置(つくりもの)なんかじゃない」

 

……犠牲になったミドラーシュの怨嗟の声が聞こえそうなのは無視しておきましょう。

 

「失礼、デュエルを再開します」

「あ、ああ」

 

若干引いてる志島さん。いやこれぐらいの自分語りは皆するじゃないですか!

 

「君のモンスターを侮辱した事は謝ろう。……だが状況は変わらない! 君にはもう手札も、このターン打つ手もない!」

 

しかし気を取り直してデュエルを再開してくれる志島さんは根は良い人なんだろう。余計やりづらくなってしまいましたが。

 

「いいえ、手ならあります――私はレベル4のマドルチェ・マーマメイドにレベル2のチューナー・モンスター、シャドール・ファルコンをチューニング」

「な――何だと!?」

 

リバース・モンスターである下級シャドールを攻撃表示で出す機会はあまりないが、出す理由があるとするならそれは主にエクシーズ召喚する場合と、

 

「シンクロ召喚……レベル6、獣神ヴァルカン」

今回のようにシンクロ召喚を行う場合だ。

 

獣神ヴァルカン

レベル6

攻撃力 2000

 

「シンクロ召喚……まさか融合、エクシーズだけじゃなくシンクロまでも……! だが獣神ヴァルカンの攻撃力は2000、僕のプレアデスには届かない!」

「ヴァルカンの効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、互いのフィールドの表側表示のカードを一枚手札に戻す。私は自分フィールドのマドルチェ・ミィルフィーヤとあなたのプレアデスを選択」

 

二体の人形が光と輪に変わり、それが重なり合い新たなモンスターへと変わる。そうして現れた獣神ヴァルカンの効果はプレアデスと同じ、手札バウンス。ただし私自身のカードも戻さなければならず、戻したカードはそのターン使用することが出来ない。

ヴァルカンの咆哮によりプレアデスが志島さんのエクストラデッキに、オーバーレイユニットは墓地へ。そしてミィルフィーヤが私の手札へと戻る。プレアデスは寡黙に、それを受け入れるように光となって消えたが私のフィールドのミィルフィーヤは飛び上がり、眠たげだった目を見開きながら逃げるように光となって消えた。

……やっぱりヴァルカンは私のデッキには合わないかな、ペンデュラムカードがフィールドから離れた時除外される、なんて効果があれば対策になるけれど……やはり情報が少なすぎる。

 

「さらにミィルフィーヤが手札に戻った事により、マドルチェ・チケットの効果発動。私はデッキからマドルチェ・メッセンジェラートを手札に加えます」

 

これで次のターンの準備も整った。後出来ることはただ一つ。

 

「バトルフェイズ、私はヴァルカンで直接攻撃(ダイレクトアタック)

「くぅ……!」

 

HOKUT LP:2000

 

「ターンエンドです」

「……まさか34連勝中、一度も削られたことのない僕のライフを一気に半分まで削るとはね……僕のターン、ドロー!」

 

志島さんの手札は4枚。そこから何が出てくるか。

 

「手札から永続魔法、セイクリッドの星痕を発動! 一ターンに一度セイクリッドと名の付くエクシーズモンスターの召喚に成功した時、カードを一枚ドロー出来る!」

 

ドロー補助、エクシーズに特化したセイクリッドデッキなら確実に毎ターン1ドローを許すことになる。長引けば私が不利ですね。

 

「さらに僕はセイクリッド・シェアトを特殊召喚! このモンスターは自分フィールドにモンスターが存在せず、相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、手札から特殊召喚することが出来る!」

 

セイクリッド・シェアト

レベル1

攻撃力 100

 

「そしてセイクリッド・シェアトをリリースし、セイクリッド・レスカをアドバンス召喚!」

 

セイクリッド・レスカ

レベル6

攻撃力 2200

 

「セイクリッド・レスカの効果発動! このモンスターの召喚に成功した時、手札からセイクリッド・モンスターを守備表示で特殊召喚出来る! 来い、セイクリッド・アンタレス!」

 

セイクリッド・アンタレス

レベル6

守備力 900

 

「アンタレスが召喚に成功した時、墓地からセイクリッド・モンスター一体を手札に加える。僕は墓地のセイクリッド・カウストを手札に!」

 

上級モンスターが二体、セイクリッド・レスカでも私のフィールドのヴァルカンの攻撃力を超えていますが、これで終わりじゃない。

 

「僕はレベル6のセイクリッド・レスカとセイクリッド・アンタレスでオーバーレイ! 眩き光もて 降り注げ――エクシーズ召喚! 現れろ、ランク6! セイクリッド・トレミスM7(メシエセブン)!」

 

セイクリッド・トレミスM7

ランク6

攻撃力 2700

ORU2

 

志島さんの言葉の通り眩い光と共に現れたのはセイクリッドの頂点とも言える、神星龍。頭部の翼が何処か鋏を広げる蠍を思わせる蠍座を司るセイクリッド。

 

「セイクリッドの星痕によりカードを一枚ドロー、さらにトレミスの効果発動ォ! オーバーレイユニットを一つ使い、フィールド、墓地のモンスターを一枚持ち主の手札に戻す! 僕は獣神ヴァルカンを選択! 次は君が戻る番だ!」

 

プレアデスを戻した仕返しとばかりにヴァルカンがトレミスによってエクストラデッキへと戻る。バウンス合戦になっていますね。

 

「僕はセイクリッドの星痕の効果でドローした速攻魔法、サイクロンを発動! マドルチェ・チケットを破壊する! これで君のフィールドはがら空き! いけトレミス! 直接攻撃だ!」

 

私の手札はメッセンジェラートとミィルフィーヤ。防ぐ手立てはない。

 

「……」

 

EIKA LP:1300

 

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

私のフィールドはがら空き。ライフも半分以下、34連勝と言うのは伊達ではないようです。

 

「私のターン、ドロー」

 

…………バウンス使いを相手にして改めて分かった。確かにこれは敵に回したくない。そこにさらに特殊召喚メタまで組み込む私はさらに性格が悪いのだろうけど。

 

「私はマドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。効果によりマドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚。そして特殊召喚時マドルチェと名の付く獣族モンスターが存在するとき、手札にマドルチェと

名の付く魔法、罠カードを手札に加える。私はマドルチェ・シャトーを手札に加え、発動します」

 

フィールドがお菓子の国へと変化する。しかし此処に存在するのは猫と郵便屋、それに星の輝きを持つ神星龍。不似合いすぎる。ならばそれに似合う相手を紹介してあげましょう。

 

「マドルチェ・シャトーの効果によりフィールドのマドルチェたちの攻撃力、守備力が500ポイントアップ。さらにマドルチェ・シャトーが発動した時、墓地のマドルチェと名の付くモンスターをデッキへ戻す。私はマドルチェ・マーマメイドをデッキへ」

 

マドルチェ・ミィルフィーヤ

レベル3

攻撃力 500 → 1000

 

マドルチェ・メッセンジェラート

レベル4

攻撃力 1600 → 2100

 

「そして私は手札から魔法カード、影依融合(シャドール・フュージョン)を発動」

 

これで私の手札は0。けどこれで決める。

 

「融合カード……! まさかマドルチェにも融合モンスターが……!?」

「いいえ、マドルチェたちには融合モンスターはいません。私のデッキに居る融合モンスターはシャドールだけです。このカードは相手フィールドにエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する時、手札、フィールドに加えてデッキのモンスターを素材とし融合召喚出来る――私はデッキのシャドール・ビーストとエフェクト・ヴェーラーを融合……!」

「なっ――デッキから融合だと!?」

「人形を操る巨人よ、お伽の国に誘われた堕天使よ、新たな道を見出し、宿命を砕け……! 融合召喚、来て、エルシャドール・ネフィリム」

 

エルシャドール・ネフィリム

レベル8

攻撃力 2800

 

リアルソリッドビジョンシステムを使用していないスタンディングデュエル。だけど私は感じる、この子の鼓動を、この子の心を。

光と闇が混ざり合い、そこから新たな光となってネフィリムが堕ちて来る。

 

「ん、な……」

「ネフィリムの効果発動。特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールと名の付くカードを墓地へ送る。私はシャドール・ドラゴンを墓地へ」

 

瞳を閉じながら降り立ったネフィリムはトレミスと比べるまでもないほどに巨大だった。私はもはやこの子の足首までの高さもない。デュエル場の天井ギリギリまでの大きさを持つネフィリムだけど、本来のネフィリムはさらに巨大だ。ソリッドビジョンシステム、特にアクションデュエル用のリアルソリッドビジョンシステムはモンスターに質量を持たせるが故にモンスターたちのサイズや挙動が制限される。デュエルディスクに内蔵されている通常のソリッドビジョンシステムも制限が緩いとはいえ同様だ。本来のサイズのネフィリムを召喚すればそれこそ怪獣映画の世界になってしまうから。

 

「ネフィリムの効果で送られたシャドール・ドラゴンと融合素材として墓地に送られたシャドール・ビーストの効果発動。カードを一枚ドロー、さらにフィールド上の魔法・罠カードを一枚破壊する。私はあなたのフィールドの伏せカードを一枚破壊」

 

破壊されたのは聖なるバリアーミラーフォースー。説明するまでもない、強力な罠カード。残るは最初のターンに伏せられたカードだけ。

 

「私は速攻魔法サイクロンを発動、残りの伏せカードを破壊。

 

カードに選ばれてる、という程でもない。志島さんがセイクリッドの星痕でドロー出来たのと同じ

だ。たまたま、運が良かっただけ。

シャドール・ビーストの効果でドローしたサイクロンによって破壊されたのはセイクリッド・テンペスト。

セイクリッド・エクシーズモンスターが二体以上存在するとき、エンドフェイズ時に相手のライフを半減させる永続魔法だったか。恐らく最初の私のターンでプレアデスをエクストラデッキに戻していなければ次のターンには発動条件を満たして、私のライフはさらに削られていただろう。いやもしも彼が後攻だったならドローカードによっては1ターン目で条件を満たしていたかもしれない。

けれど今の志島さんには発動できないカードだ。サイクロンを引いていようが引いていまいが、結果は変わらなかった。

……やっぱり私にドロー力はない。

 

「バトル。私はネフィリムでトレミスを攻撃。ネフィリムは特殊召喚されたモンスターとの戦闘時、そのモンスターを破壊する……ストリング・バインド……!」

 

元々攻撃力はネフィリムの方が上だが、これは強制効果。効果による破壊の為、志島さんのライフは削られない。

ネフィリムの体から伸びる、髪のようにも、翼のようにも見える影糸がトレミスへと伸び、操り人形のように空中へ吊し上げ、光となって消えた。

 

「マドルチェ・メッセンジェラートで直接攻撃」

「あ、う、うわああああ!」

 

HOKUTO LP 0

 

WIN EIKA

 

 

 

 

「ありがとうございました」

「……僕の、35連勝……エクシーズ召喚をマスターしてからの連勝が……」

……昨日の光津さんよりも落ち込み方が凄いです。まあ昨日の光津さんはデュエルが終わってすぐに立ち去ったのでもしかしたらこれぐらい落ち込んでいたのかもしれませんが。

 

うーん、仕方ないですね。今日は急ぐ必要もないですし、慰めてあげるとしましょう。

 

「志島さん」

「……何だい」

「35連勝は出来ませんでしたが、代わりに今度は通算40勝を目指してみてはいかがでしょう」

「そんな情けない真似が出来るかぁ!」

 

そんな! 沢渡さんなら「甘いな、目指すなら50勝だ!」とさらに高みを目指してやる気を出すはずなのに!

 

「ならもう一度35戦して来る事です。もしくはもう一度エクシーズ召喚を一からマスターし直してみてはどうでしょう」

 

……いや拗ねてないですよ? せっかく私が気を使ったのに、とか、沢渡さんならこんな面倒臭い落ち込み方しないのに、とか思ってもないですよ?

 

「それでは私はノルマを達成しましたので、これで失礼します

 

さらに落ち込む志島さんに一礼し、私はデュエル場を去った。

 

 

 

「なんであんなデュエリストが沢渡の取り巻きなんか……」

 

 

 

昨日の光津真澄と同様、志島北斗は涙目で呟いた。

昨日の光津真澄と同じく幸運だったのはその発言を久守詠歌が聞いていなかったことだろう。もしも聞かれていれば、もっと恐ろしいことになっていたのだろうから。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「沢渡さん、小腹空いてないっすか?」

「ダーツでまた動いた後に甘いものなんてどうです?」

「ああ? 何だお前ら、急に」

「いや久守の奴が……」

「って馬鹿、もしバレたらあいつに何されるか分からねえぞ!」

 

「……寄越せ、丁度腹が空いてきた」

「うっす!」

「……後紅茶。冷たいタルトには温かい紅茶が絶妙にマッチするからな」

「へへ、買ってきます!」

 

「タルトに紅茶って、沢渡さん、何か久守に餌付けされてきてねえ……?」

「いやそれが習慣になって来てるだけだろ……」

「あいつがさっさと必修終わらせないと、俺らが毎日パシリだな……」

「さっさと行って来い!」

「「「は、はい!」」」

 




手札バウンスとは姑息な手を……(デッキバウンスしながら)

劇中の台詞から沢渡さんと新しく出来たエクシーズコースの北斗は少し前まで同じ総合コースに居て、少しは仲良かったんじゃないかなあ、と深読みしてしまう。シンクロコースと融合コースがいつできたのかは分かりませんが。
とりあえず次回はこの流れで刃くんとデュエルです。
ちなみに今回使ったヴァルカンは恐らくもう登場しません、書いてあるようにシャドルチェの中じゃ浮きますし、ペンデュラム対策としては弱いので。

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