沢渡さんの取り巻き+1   作:うた野

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今回はアニメ31話を見ていないとデュエルの状況が分からないと思います。



ネオ・ニュー沢渡さん 編
人形とエンタメデュエルショー


「レディース&ジェントルメーン!」

 

「すっげぇ!」

「おもしれぇぞ!」

 

観客を、そして対戦相手すらも魅了する榊さんのエンタメデュエル。

その甘さを、優しさを、貫く事が出来るなら、それは強さだ。

けれど、

 

「私にはそんな甘さも優しさも必要ない」

 

「くっ……」

「さあ、来い! 久守詠歌!」

 

 

雑木林の中、私と榊さんはそれぞれ二人のデュエリストと相対していた。

現在スタジアムで行われている権現坂さんと暗黒寺のデュエル。権現坂さんを動揺させるための暗黒寺の策略により、榊さんは此処に誘き寄せられた。

それを目撃し、追いかけた私の前に立ちはだかっているのは以前にもデュエルした鎌瀬と名前も知らないデュエリスト。

 

「特にあなたたちのような落ちる所まで落ちたデュエリスト相手には」

「言ってくれるじゃあないか、久守詠歌……!」

「大会を邪魔したあなたたちは全員、然るべき処罰を受けてもらいます。勿論、それを依頼した暗黒寺ゲンにも。もっとも、彼に関しては権現坂さんが排除してくれるでしょうが」

 

暗黒寺はフリーで大会出場資格を得た数少ない参加者の一人だったので、少しは期待していましたが……取るに足らないデュエリストだった。そしてそれに与するこの男たちもまた。

 

「時間を掛けるつもりはありません。私のターン……スケール1のクリフォート・アーカイブとスケール9のクリフォート・ゲノムでペンデュラムスケールをセッティング……ペンデュラム召喚! 現れろ、三体のクリフォート・アセンブラ……!」

 

クリフォート・アセンブラ ×3

レベル5

攻撃力 2400

 

「おおっ、ペンデュラム召喚!? 流石だ久守詠歌! いつの間にペンデュラムカードを!」

「くっ、でも無駄だ! 僕のフィールドの永続魔法、つまずきの効果でそいつらも守備表示に変更される!」

 

クリフォート・アセンブラ

攻撃力 2400 → 守備力 1000

 

思わず溜め息が出る。

 

「進歩がない、成長する見込みも、余地もない……最初から期待なんてしていませんが」

 

以前と同じロックデッキ。そんなもの、今の私には何の意味もない。

 

「私は三体のアセンブラをリリース」

 

そう、この圧倒的な力の前では何の意味も。

 

「隠されし機殻よ今姿を現し、形在るモノ全てを壊せ! アドバンス召喚! 起動せよ、無慈悲な殺戮機械、アポクリフォート・キラー!」

 

アポクリフォート・キラー

レベル10

攻撃力 3000

 

「このカードは魔法、罠カードの効果を受けない……潰れてしまえ」

 

冷めきった声で私はそう命じた。

 

 

 

 

 

「……」

 

それから数分後、決着は着いた。アクションデュエルでの衝撃で気を失った二人を見下ろす私に、榊さんが声を掛ける。

 

「久守……」

「流石ですね、榊さん。二人を相手にこうも容易く勝利するなんて」

「それはお前も同じだろ。ありがとな、手伝ってくれて……でも、さっき使ってたのは」

「察しの通りです。レオ・コーポレーションが開発した、ペンデュラムカード」

「やっぱり……って事は沢渡も」

 

覚悟を決めた顔で榊さんは一人頷く。

 

「ところでさ、沢渡となんかあった?」

「っ……」

 

あなたも、ですか。会う人が皆、その名を口にする。私はもう、あの男とは何の関係もないのに。

 

「どうしてそう思うんですか」

「え……いや、だってそんな顔してたらな……」

 

頭をかきながら榊さんが言う。

そんな顔……一体、どんな表情を浮かべているというのだろう。今の私は無表情そのもののはずだ。だって、私の心をかき乱すあの男と縁を切ったのだから。

 

「今の久守、今にも泣き出しそうでさ」

「……」

「俺は柚子たちほど久守の事は知らないけど、それでも分かるよ。今の久守は全然楽しそうじゃないんだ。辛そうで、苦しそうで、泣きそうな顔で」

「……それは」

 

……それは勘違いだ。そんなはずはない。

 

「友達として、何よりエンタメデュエルの遊勝塾として、見過ごせないよ」

「……」

「だからさ、俺が昔父さんから教えてもらった言葉を贈るよ」

「え……?」

「俺が泣きたい時、いつも思い出す言葉。俺に勇気をくれる言葉なんだ」

 

榊さんが教えてくれた言葉は、何故か私の心に馴染んだ。

 

「……急いだ方がいいです。権現坂さんが待ってるんでしょう?」

「あっ、ああ! そうだ、権現坂にタスキを届けなきゃ!」

「行ってください。この四人の事は私が運営に報告しておきます」

「ああ! 頼む!」

 

取り戻したタスキを掴み、榊さんは走りだした。

それを見送り、私は呟く。

 

「……‟泣きたい時は笑え”、ですか」

 

良い言葉です。でも、今の私には必要ない。

……それでも覚えておこう。そう思った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

その場で大会運営本部に連絡し、四人を引き渡した後、私はスタジアムに向かった。

ディスクで確認すると、ついさっき権現坂さんの試合が終わったようだ。結果は彼の勝利、暗黒寺にも然るべき処置が取られるだろう。

とはいえこんな手を使うデュエリストが素直に認めるとも思えないが。

 

「あっ、おはようございます!」

「……おはようございます。待っていたんですか?」

 

スタジアムの入り口に着くと、見覚えのある女性が小走りで駆け寄って来た。

 

「ええ。約束してましたからっ」

「気にせずに入ってくれても良かったんですが……」

「あはは……何だか一人だと入り難くて」

「そうですか。……では、行きましょう」

 

女性を伴い、私は観客席へと向かう。

 

「楽しみですねっ、次の試合!」

「……」

 

嬉しそうに笑う女性に、私は無言で居る事しか出来なかった。

次の試合は榊さんと……沢渡シンゴの対戦。権現坂さんの試合以上に、結果の分かり切った試合だ。

だがせめて、自分の役割ぐらいは果たしてもらいたいものです。レオ・コーポレーション製のペンデュラムカード、その存在をしっかりと全世界にアピールしてもらわなくてはならない。

 

「席空いてるといいんですけど……」

 

私はチケットを持っているが、彼女にはそれがない。自由席もあるし、立ち見も出来るが……一応、探してみよう。

そう考え、自由席のある方向のゲートを目指して歩く。

 

「……おっ、来た来た」

「ギリギリじゃんか」

「ったく、今まで何してたんだ?」

 

「……あなたたちは」

 

しかし、私たちを三人が呼び止めた。

 

「あれ、そっちの人、何処かで……?」

 

そして私の隣の女性に気付き、首を傾げた。

 

「あっ、いつもありがとうございます!」

 

その視線に気づき、女性は微笑んで頭を下げた。

 

「ああっ、沢渡さんのお気に入りの店の店員!」

「ああ……そういえば何度か見た事あるな」

 

「お知り合いだったんですねっ」

「ええ、まあ。けれど良く覚えていましたね、私ほど通い詰めていたわけでもないはずですが」

 

……あの男の好みそうな物を買いに行かされるのはいつも私だったから。

 

「はいっ。いつも決まってスイートミルクアップルベリーパイ~とろけるハニー添え~を買って行ってくれるから覚えていたんですっ。男性だと珍しいんですよ、結構甘さがありますから」

「あはは……沢渡さんのお気に入りなもんで」

「あの人、見た目が華やかだからって言ってるけど、甘党だからなあ」

 

山部たちが苦笑し、女性も笑う。

 

「っといけねえ、早く行こうぜ。試合が始まっちまう」

「そうだな、店員さんも観戦に来たんだろ?」

「あ、はい。彼女と約束して」

「……」

 

女性が私を見て、笑う。何故かそれが照れくさくて顔を背けてしまった。

 

「ああ、久守はほとんど毎日通ってるみたいなもんだったもんな。仲良くもなるか」

「あ、久守さんって仰るんですね」

「? 何だ、名前も知らなかったの?」

「ええ。でも何だかそれも素敵だなって。名前を知らなくてもこうして約束して、お話しできるって」

「……なら、まだ暫く名乗らないでおきますね。私も、こういう関係は嫌いじゃありません」

「ふふっ、はい」

 

深く関わり過ぎず、けれど心地の良い関係。今の私にはそれが良い。

 

「んじゃ行こうぜ。後一席くらいならどうにかなるだろ」

「っ、私はあなたたちと一緒に観戦する気は――」

「ままっ、いいからいいから」

「ほら行くぞ」

 

柿本と大伴にそれぞれ押され、私たちは観客席へと入る。

……どうして、この三人は……。

 

 

「遅い。君たち、いつまで待たせるつもりだ」

「まったく、何で私たちが場所取りなんて……」

 

入った観客席、その自由席の一角に不満そうな顔で座る志島さんたちが居た。

 

「来たか、久守」

「刀堂さん……」

「ま、座れよ」

 

刀堂さんの隣に私が、その隣に女性が、そして柿本たちが横並びに座る。

 

「……光津さん、昨日は申し訳ありませんでした」

 

一日経って私も少しは落ち着いた。昨日のは私の失言だった。

 

「何の事かしら」

「ですから昨日の件で……」

「覚えてないわね」

「……そうですか。ありがとう、ございます」

「おかしな子ね。まあ、いいわ」

 

ムスッとした顔で言う光津さんに頭を下げる。……私は、子供だ。

 

「……ふふっ」

 

そんな私を見て、女性は微笑んでいた。

 

「良い友達ですね?」

「……ええ」

 

私には勿体ないくらいに。

 

女性が光津さんたちに挨拶をしている間に、実況、ニコ・スマイリーが次の試合のアナウンスを始めた。

 

『続きましては本日の第二試合! 遊勝塾所属、榊遊矢対LDS(レオ・デュエル・スクール)所属、沢渡シンゴの一戦でございまぁす!』

 

そして、デュエルコートに榊さんが姿を現した。

 

「あれが噂のペンデュラム使いか……」

「でもペンデュラムなんて本当はないって言ってる人もいるわよ?」

「まあストロング石島とのデュエルもインチキだったって噂もあるけどな……」

 

その姿に、何処からともなくそんな言葉が聞こえて来た。愚かしい、現実を受けいれられず、新たな力も認められない者たちには期待はしないけれど。

 

「あの……」

「はい、何か?」

 

遠慮がちに女性が私に話しかけて来た。

 

「私もニュースで見たんですけど、ペンデュラム召喚って……」

「実際に存在します、間違いなく。そしてあの榊さんがペンデュラムの始祖である事は嘘偽りのない事実です」

「そうなんですか……何だかこういう野次、少し悲しいです」

「そうですね。でも、榊さんはデュエリスト。デュエルで証明するだけです。かつて榊遊勝が自らアクションデュエルの新たな境地を見せつけた時のように」

「……でも、やっぱり彼に勝って欲しいんですよね?」

「……別に。強い方が勝つ、それだけです。そして榊さんは強い、結果は見えています」

「ふふっ、なら私が二人分応援しちゃいますね、沢渡さん……えっと、ネオ沢渡さんの事」

「……誰を応援するのは個人の自由ですから」

 

それを咎めるつもりはない。この心の苛立ちは止められそうにないけれど。

 

「ふっふっふ」

「……何、山部。変な笑いはやめて」

「それが違うんだなあ、今の沢渡さんは」

 

私の言葉にもめげず、山部は偉そうに笑う。

 

「何だか知らねえけど、生まれ変わったんだってさ」

「そうっ。昨日、買い出しから戻ったら何か急にやる気になっててさ」

 

「……ふっ」

「……どうしたの、刃? 急に笑って。あんたまで気持ち悪いのが感染(うつ)った?」

「んなっ、違えよ!」

 

光津さんたちが何か言い合う中、反対側のゲートから入場する人影。当然、あの男だ。

あの男なのだが……

 

――――♪

 

「……何ですか、あのふざけた格好は」

 

草笛の音と共に入場する、和装に身を包んだ男。

 

――――♪

 

その登場に会場が静まり返る。

……なんだ、あれは。

 

「――カードが俺を呼んでいる。ドローしてよと呼んでいる」

 

「「「待ってました!」」」

 

私の横で囃し立てる山部たち。……つくづくふざけた男だ。

 

「天に瞬く星一つ! 御覧、デュエルの一番星ッ!」

 

「……」

 

ようやく、会場にざわめきが戻る。

 

「……ふふふっ、俺が誰だか分かるか」

「……沢渡だろ?」

「――違う!」

 

榊さんの尤もな言葉を否定し、男は和装を脱ぎ捨てた。なら初めから着て来なければいいのに。

 

 

「ネオ! ニュー! 沢渡だッ!」

 

 

「「「ネオ・ニュー沢渡最高ッ!!」」」

 

「うるさっ……」

 

横で声を上げる三人に、思わず耳を塞ぐ。

 

「そもそもネオとニューは……」

 

 

「……同じ意味じゃん」

 

榊さんと意見が一致した。あの男の恥で済めばいいが、LDSの恥になるとも限らない。これ以上恥を上塗りするような真似はやめてもらいたいが……無駄だろう。

 

「榊遊矢! お前には数々の恨みがある」

「……怨み?」

「その1! 俺からペンデュラムカードを奪い、俺に敗北を味あわせた! 屈辱だ!」

 

「……元は自分が奪ったというのに」

 

それに加担した事もまた、私にとって拭い去れない過去だ。

 

「んぐっ……その2! お前そっくりのエクシーズ使いに怪我を負わされた! 屈辱だ!!」

 

「自分でそっくりって言っているんですが……逆恨みにも程があります」

 

そして怪我をしたのは私だ。

 

「んんッ、その3! 俺の尊敬するパパを襲って怪我をさせた! 屈辱この上ない!!!」

 

「だからそれは榊さんじゃない」

 

そして沢渡議員も大した怪我はしていない。

 

「お前に受けた屈辱の数々、今こそ何百倍にもして返してやるぜッ! ……と言いたい所だが、お前には借りもある」

 

「……借り?」

 

あの男が榊さんに借りを作るとは思えないが…………いや、一つだけあった。

 

――『沢渡が本気で心配して言った事だから、待ってようって』

 

私から榊さんたちを遠ざけた事だ。

 

「だがッ! それとこれとは話が別! 此処に宣言する! 榊遊矢、お前をこのデュエルで完膚無きまでに叩きのめす!」

 

「……結局変わっていないじゃないか」

 

あの男に貸し借りの概念を期待しただけ無駄だった。

 

『おおっとぉ! 早くも沢渡選手の勝利宣言です!』

 

「お前をこれまで勝利へと導いたペンデュラム召喚、それが今日はお前を敗北へと導くだろう」

「……ははっ」

「んなっ! 何笑ってやがる!」

「いや……良いデュエルにしよう、沢渡。皆が笑顔になれるような、そんなデュエルに」

「ふんっ、そう言っていられるのも今の内だ。その皆の笑顔に、お前の笑顔はねえ!」

 

『一体この勝負どうなるのか! ではっ、アクションフィールドをセットしましょう! カモーン!』

 

ニコ・スマイリーの言葉と共に、ランダムにフィールド魔法が選出される。選ばれたのは――

 

『決定しましたァ! アクションフィールド、オン! フィールド魔法、夕日の荒城!』

 

決定されたフィールド魔法にデュエルコートが塗り替わっていく。

夕焼けに佇む、荒れた城へと。

 

「いくぜ! 戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い!」

「「フィールド内を駆け巡る!」」

『見よ! これぞデュエルの最強進化系! アクショーン!』

 

「デュエル!」「デュエル!」

 

YUYA VS SAWATARI

LP:4000

アクションフィールド:夕日の荒城

 

「先行は譲ってやるぜッ」

「俺のターン!」

 

始まった二人のデュエル。結果は分かり切っているとはいえ、ペンデュラムカードの披露は見届けなければならない。

 

「……やっぱり、素敵ですね」

「……誰の事を言ってるんですか?」

 

まさかあの男の事を? ……そうなら止めなくてはならない。新しく出来た友人を不幸にしたくはない。

 

「あなたと、沢渡さんの関係です。本当にあの人の事を思ってるんだなって」

「……あの、何を言ってるのか良く分からないんですが」

「さっきの二人の会話一つ一つに合いの手を入れて、すっごく楽しそうでしたよ?」

「合いの手って、私はただあの男のふざけた勘違いを訂正しただけで……」

「思わず声に出ちゃったんですよねっ?」

「……まあ、そうですが」

 

それはあの男がふざけた事を言うから……。

 

『な、なんと沢渡選手! 三回の召喚を決めた!』

 

「スゲェ沢渡さん! いや、ネオ・ニュー沢渡さん!」

「まさに最強だぜ!」

 

私が弁解をしようとしている間に、沢渡シンゴは三体のモンスターを召喚していた。

 

妖仙獣。あのカードたちのデータは見ている。一見デメリットにも見える、召喚されたターンに手札に戻る効果を持つが、それは毎ターン自らの効果を使用できるという事だ。

勿論フィールドががら空きになる事に違いはないが、それを防ぐためのカードも妖仙獣には存在している。

 

「さあショーを続けようぜ、エンタメデュエリスト、榊遊矢!」

 

『沢渡選手、まさに余裕を見せて榊選手を挑発!』

 

 

「その油断がなければまだ勝負の結果も分からないだろうに……本当に愚かな男」

 

……私とのデュエルの時のように。

……いや、何を考えているんだ、私は。

 

「いくぞ、俺のターン! ――俺はスケール1の星読みの魔術師とスケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

来た。かつてのデュエルでも使われた榊さんのペンデュラムカード。

 

「これでレベル2から7のモンスターが同時に召喚可能! 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスターたち!」

 

「来たか、榊遊矢のペンデュラム召喚……!」

「これが……ペンデュラム召喚」

 

刀堂さんが警戒するように、女性が驚きの声を上げる。

 

『来ましたァ! かのストロング石島選手をも破った、榊選手のペンデュラム召喚!』

 

榊さんのペンデュラム召喚を初めて自らの目で目の当たりにした観客たちが沸き立つ。

……さて、この状況で、榊さんに注目の集まったこのデュエルで、あなたはどう会場を湧かせる? 今このデュエルを見ているのはあなたを持ち上げる取り巻きたちだけじゃない。

 

……ッ。何を、一体何を期待しているような事を考えているんだ。別に会場が湧こうが湧くまいが、関係ない。ただレオ・コーポレーションのペンデュラムカードを披露すれば、最低限の目的は達せられる。

 

首を振り、愚かな考えを霧散させる。

 

SAWATARI LP:2800

 

「俺はターンエンド!」

「ふふっ、此処からが本番だ……沢渡シンゴ、伝説のリベンジデュエル……! 榊遊矢! お前はこれからペンデュラム召喚の恐ろしさを知る!」

 

「ったく、一々勿体着けるわよね、あいつ」

「同感です。無駄この上ない」

 

光津さんの言葉に同意する。

 

「あなたが言っても説得力ないわよ。演出なんでしょ」

 

しかし、それはバッサリと切り捨てられてしまう。……。

 

「――妖仙獣一枚を手札に加える! 俺が加えるのは――ペンデュラムモンスター、妖仙獣 左鎌神柱!」

 

『何とォ! 沢渡選手がペンデュラムカードを!?』

 

あの男の公開したカードに、会場がどよめく。

 

「やっぱり、持っていたのか……!」

 

榊さんも覚悟はしていたのだろう。私のクリフォートたちを見た時点で、或いはそれ以前に。

 

「修験の妖社の効果発動! 妖仙カウンターを三つ使い、デッキから妖仙獣カードを一枚手札に加える! 俺はペンデュラムモンスター、妖仙獣 右鎌神柱を手札に加える!」

 

これで、ペンデュラムカードが二枚。

 

「榊遊矢! 宣言通り、ペンデュラム召喚がお前を敗北に導く!」

 

会場が、観客が、あの男の一挙一動に注目している。

 

「俺はスケール3の妖仙獣 左鎌神柱とスケール5の右鎌神柱でペンデュラムスケールをセッティング!」

 

来た……!

 

「あ、あれ? でもスケール3と5じゃ……」

「いいえ、違います。あのカードにはペンデュラム効果がある」

 

女性が気付いた事に少し驚く。

 

「生憎だったなあ。右鎌神柱の効果発動ッ、もう片方のペンデュラムゾーンに妖仙獣が居る時、ペンデュラムスケールが11に上がる!」

 

「あっ、これで……!」

 

「これでレベル4から10のモンスターが同時に召喚可能! ペンデュラム召喚!」

 

左鎌神柱と右錬神柱、二つの間の虚空から竜巻が飛来する。

あれが、妖仙獣の切り札。

 

「烈風纏いし妖の長よ、荒ぶるその衣を解き放ち、大河を巻き上げ大地を抉れ! 出でよ、魔妖仙獣 大刃禍是!」

 

実際にこの目で見るのは初めてになる。これが、魔妖仙獣 大刃禍是……。

‟あの人”の、新しい力……。

 

「……!?」

 

今私は、何を……。

 

『驚きましたッ! 沢渡選手のペンデュラム召喚ですッ!』

 

頭を過ぎった考えをまた首を振って振り切る。

 

「スゲェぜ、ネオ・ニュー沢渡……!」

「妖仙獣最強だぜ……!」

 

「――やっぱりお客様の言った通りでした」

「え……」

「この大会、忘れられないものになりそうです!」

「……そう、ですか」

 

「そうだ湧けッ、もっと湧け! お楽しみはこれからだッ!」

 

「っ、それはあなたの台詞じゃない……」

 

本当に、一々あの男は……。

 

「俺こそ選ばれた男……ネオ・ニュー沢渡だ……!」

 

「緩みきっただらしのない顔……」

 

もはや呆れかえる事しか出来ない。

 

「そして俺はペンデュラム召喚を出来るようになっただけじゃあねえ。その上を行くッ!」

 

ペンデュラムの上、なんて大仰に言ってはいるが、結局は大刃禍是のモンスター効果によるバウンスでしかない。

それはかつての私や志島さんが得意としていた戦法だ。そして私は手札バウンスではなくデッキバウンスを、志島さんは相手ターンでのバウンスを。今のあの男よりも上を行っている。

 

「俺はターンエンドッ。だが、ただのターンエンドではない! 見せてやろう、沢渡レジェンドコンボ! 妖仙ロスト・トルネード!」

 

……だが、不覚だった。

 

「妖仙大旋風の効果は自分フィールドの妖仙獣一体が手札に戻る時、相手フィールドのカード一枚を手札に戻す! そして妖仙郷の眩暈風(めまいかぜ)の効果は妖仙獣以外のカードが手札に戻る時、手札ではなくデッキに戻す」

 

あの男は、少なくともバウンスという点においてはかつての私を超えていた。

 

「鎌壱太刀三兄弟はエンドフェイズ、手札に戻るッ。これにより妖仙大旋風の効果でお前のカード三枚を手札に戻し、眩暈風の効果でデッキに消し去る!」

 

鎌壱太刀三兄弟の利点は手札に戻り、次のターンでまた同じ効果を使える事。けれどこのコンボはそれを遥かに上回る利点を与える。

 

「大刃禍是の効果発動! このカードは特殊召喚したターンの終了時、手札に戻る! 妖仙ロスト・トルネードォ!」

 

「……」

 

ペンデュラムカードにデッキバウンスは有効な戦術、それは分かっていた。だけど以前私が使っていたティアラミスで戻せるのは一ターンに二枚まで、それもオーバーレイユニットを使う効果であるが故に最大でも二ターンで四枚。

だがこのコンボならば鎌壱太刀三兄弟と大刃禍是、一ターンで四枚ものバウンスが可能。しかも手札に戻る以上、次のターンで再び同じ事が出来る。エンドフェイズという特性上、このターンで勝負を決める事は出来ないが、このコンボを破るには残された僅かな手札とドローカードに賭けるしかない。

……認めよう、このコンボの完成度は極めて高い。たとえサイクロンなどで一枚を破壊しても、自分の場ががら空きになるのは間違いない。完全に打ち破り、その上で勝利へと繋げるにはあの男以上にカードを展開しなければならない。

 

「どうだ……! この大旋風は文字通り相手のカードを巻き上げ、舞い上がったカードは眩暈風に誘われフラフラとデッキへ行っちまう! これぞ沢渡レジェンドコンボ、妖仙ロスト・トルネードだ!」

 

「榊遊矢のペンデュラムを封じ込めたか……」

 

僅かに感心したように志島さんが呟く。

 

「……ま、沢渡にしちゃ上出来じゃねえか」

 

刀堂さんが笑いながら、言う。

 

「コンボのネーミングセンスは最悪だけど、ね」

 

光津さんが呆れながら、告げる。

 

……光津さんたちが、あの男を認めたように、言葉を紡いでいた。

 

「俺はネオ・ニュー沢渡ッ。伝説を生む男……!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「これが社長の仰った、ペンデュラム封じ……!」

 

LDSの管制室、モニターを見つめる三人の人影。中島、赤馬零児、赤馬零羅。

 

「ペンデュラムは手札に戻されようと破壊されようと、次のターンで復活出来る。そこが最大の強みだ。だが、デッキに戻すことが出来れば……」

 

封じる事が出来る。それに赤馬零児も気付いていた。詠歌もまた知っていた。

そして、

 

「それに沢渡が気付くかは彼次第だったが……少々彼を甘く見ていたようだ」

 

沢渡シンゴもまた、分かっていた。

 

「久守詠歌に勝利したのは運や彼女の不調だけではない。彼の実力だった、というわけだ」

「……」

 

沢渡を認める零児の言葉に、中島は複雑そうな表情を浮かべる。沢渡に振り回されている彼にとっては、納得しづらい事実なのだろう。

 

 

――『素晴らしいプレイングで! 間違いなく、私の中で最高で最大のデュエルでした!』

 

「彼女の目も節穴ではなかったという事か」

 

零児はまだ知らぬ事だが榊遊矢がペンデュラムの先、ペンデュラム融合に辿り着いたように、沢渡もまた榊遊矢のライバルと言えるだけの実力を手に入れていた。

そして或いは、ランサーズの一員に成り得るだけの力を。

 

「残るは――」

 

零児の視線がモニターの隅に表示された、観客席の一角へと移る。そこには二人のデュエルを食い入るように真剣な眼差しで見つめる、久守詠歌が映し出されていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「お前との因縁、決着を着けるぜ……!」

「決着? 馬鹿言うなよっ。デュエルは始まったばかりだ!」

 

榊さんの言う通りだ。まだデュエルは始まったばかり。だというのにあの男は既に勝った気でいる。その油断が命取りになると、まだ気付かないのか。

……けれど、今はもういい。そんな苛立ちも、不満も、今は捨て置こう。

 

「お楽しみはこれからだッ!」

 

……今はただ、結末を見届けよう。

一人の観客として。このエンタメデュエルショーの。

 

沢渡シンゴという愚かな男の、いや、一人のデュエリストのリベンジを。

 




二十話目(番外編含む)にしてついにネオ・ニュー沢渡さん登場。
このSSを書く切っ掛けとなったアニメ31、32話の話となります。

ちなみに鎌瀬くんの再登場は考えていませんでしたが、ハゲについては最初から暗黒寺の取り巻き(?)のイメージで書いていました。

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