やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。 作:フリューゲル
前回と内容が似ていますが、寒いです。マジで寒いです。
久しぶりに寒くて布団から出るのが嫌になりました。
ただ、小学生の頃に比べると明らかに厚着をしているはずなのに、なぜか今の方が寒く感じます。
真冬の朝を短パンで歩いていたって、今考えると凄いですよね……。
それでは、ご覧下さい。
「あ、お兄ちゃーん、こっち、こっち!」
サイゼリアに到着すると、鈴が鳴るような声が奥の方から聞こえてくる。
夕陽に照らされている店内を見渡してみると、授業終わりの大学生や、どう考えても仕事をサボっていると思われるサラリーマンが大部分を占めているものの、混雑はしていない。
近寄ってきた定員に川崎の名前を伝えると、得心が行ったような顔をして、店内最奥のテーブル席へと案内される。
俺たちに気付いた小町がこちらに手を振り、切花が頭を下げて軽く会釈ているが、件の川崎の弟はこちらに背を向けた形で座っていた。
「おう、待たせて悪かったな」
小町たちへ向けて返事をすると、川崎の弟が振り返って立ち上がる。
中学生らしい短めの髪型に、川崎と似たような少し強気なつり目が印象的だが、それでも全体に優しげな雰囲気を纏った、なかなかの好青年である。この調子なら、粛正をせずにかもしれない。
「あ、お兄さんたちっすか? 呼び立てて申し訳ないっす」
「誰がお兄さんだ、絞め殺すぞ」
思わず反射的に答えてしまう。だが俺は悪くない。
「ちょっと! うちの弟に何言ってるの?」
「お、おう。悪い……」
訂正、俺が悪かった。
視線を感じて思わず左右を見渡すと、川崎姉弟以外の視線が頬に突き刺さって痛い。……いや、雪ノ下がひとり、口元で手を隠しながらくすりと笑っている。
あんな某ランチャーさんみたいな視線で殺せそうな目をされたら、謝るしかないだろ。
「ほら、大志もしっかり自己紹介する」
「あー、そうだった。川崎大志っす、比企谷と切花のクラスメイトです」
……すげえ、川崎がちゃんとお姉ちゃんをやっている。あと小町はちゃんと正しい発音で言われているのな……。
空いている席に適当に座り、四人分のドリンクバーを注文して、それぞれ好きな飲み物を取りに行き、一息つく。
「さて、それでは川崎くんのお話を聞かせてもらいましょうか?」
雪ノ下は髪をかき上げると、話を切り出した。
大志はストローを口から話すと、緊張した面もちで背筋を伸ばし、「そうっす」と分からない返事をする。
なんとなく隣に座る切花の顔を覗いてみるが、興味がなさそうにコップの表面にできた滴を眺めていた。この調子からして、小町と切花は事前に内容を知っているのだろう。
「比企谷と切花は知ってると思うけど、総武高校の人を知りたいんすよ」
「そのことは、あなたのお姉さんから聞いているわ。私たちが知りたいのはその詳細よ」
「あ、そうっすね」
それから大志が話した内容をまとめると、要するにこういうことらしい。
先日部活を終えた大志は、いつもの通学路ではなく、回り道をして帰ったらしい。その理由を聞いてみると「ま、まあ、本屋に行ってたんすよ」と口を濁して答えたため、おそらくそういう用事なのだろう。
そして何事もなく買い物を済ませた大志は、既に日が落ちてところどころ照明が切れかけている街灯に照らされている道を帰っていたが、そこで財布を落としたことに気付いたそうだ。
急いで来た道を引き返したが、既に夜の帳が降り注いでいる歩道は、街灯の光だけでは足下を見るのに不十分で、ゆっくりと時間をかけて本屋までの道のりを歩いたらしい。
本屋も近くなり、いよいよ大志が諦め掛けた頃、道端でぽつんと立っているショートカットの女子高生を大志は見つけた。総武高校の制服を着たその女の手には、大志の財布が握られていて、すぐに大志は女に声を掛けたらしい。
女は驚いたように大志へ向き合うと、
『良かった、ここに落ちてたから、戻ってくるかもしれないと思って待ってたの』
と安堵の息をつき、大志へ財布を手渡したそうだ。
そのまま大志に背を向けた女は、見返り美人のように振り返り、『今度は無くさないようにね』と言って、大志の帰路とは別の方向へ去ってしまったらしい。
……まあ、つまり
「つまり、あなたはその女性に一目惚れをしてしまった、ということね」
雪ノ下が俺の思ったことを代弁してくれる。
「い、いや、そんなことないっすよ。ただ、ちゃんとお礼が言いたいというか……」
「なら高校名が分かっているのだから、正門で待ち伏せでもして、お礼を言えばいいでしょう?」
雪ノ下と大志がやり合っているのを横目に見ながら考える。
なんというか、よく出来た話というか、この後何かオチがないか探してしまう。例えばその女が実は男だっただとか。
何より財布が落ちていたからって、その場に留まっている女子がこの世にいるのだろうか?
「なあ、切花。お前この話を聞いてどう思った?」
「『はい』か『いいえ』だと『いいえ』なんですけど、『YES』か『NO』だと『YES』みたいなだなーと」
少しぼうっとした様子で切花は答える。
「……その心は?」
「本命で相手の気まぐれ、対抗は新手の美人局、大穴で怪談といった所です」
「奇遇だな、俺も美人局に三千点くらいだ」
つまりお互い、大志側に全く芽がないと思っているわけだ。
ああ、だからこいつは退屈そうにしているのか。
由比ヶ浜があたふたし、川崎が機嫌を悪そうに、小町が楽しげに大志の言い訳を聞いていたが、とうとう大志が根を上げたのか、がっくりとうなだれる。
「そうっす……、できれば名前と、彼氏がいるかどうか知りたいっす。あと好きなタイプとか」
「そう、最初からそう言えばいいのよ」
雪ノ下が口元に笑みをたたえ、上品に紅茶に口をつける。
……こいつ、途中から楽しんでたな。まあ、ここまで来て言葉を濁している大志も悪くはあるんだが。
「探すとしても、どうやろっか? 学年とかは分からないの?」
「大人っぽかったっす。あとは、身長は姉ちゃんくらいで、少し明るめの茶髪でした。あと美人です」
「それでは、何も分からないと同じね」
雪ノ下の言う通りだ。美人の基準も人によって違うし、目が眩むような金髪とか、燃えるような赤色なら見つけやすいが、茶髪でショートカットだと、該当する人数が割と多い。
それにその女を見つけたところで、どうアプローチをすればいいのかも分からない。あなたのことを好きになった中学生がいるのですが、彼氏がいるか教えてくれなんて言えるわけがないだろう。
「とりあえず、川崎くんには私たちの学校の校門の前で、その人を特定してもらうわ。問題はその後ね」
問題というのは、先ほど俺が考えたことと同じだろう。初対面の人間があけすけに恋人の有無や好みのタイプを聞くのはどこかおかしい。俺と雪ノ下はそもそも交友関係が皆無だし、由比ヶ浜にしたって別の学年にまで知り合いがいるわけではない。
顎に手を当て、悩ましげな表情をしていた雪ノ下は、大志を上から下までじろじろと見ると、一人で頷く。
「あと、何個か私の質問に答えてくれないかしら。川崎くんのことを知らなければ、私たちもどう攻めていくか決められないから まあ、価値観チェックみたいなものよ」
「ういっ、何でも聞いてください!」
大志は緊張した面もちで佇まいを直して、手を握って膝の上に置く。そりゃ、雪ノ下に見られたら緊張もする。
そうして簡単な問答が始まる。雪ノ下は趣味から始まり、休日の過ごし方、長所や短所、家族構成、葬儀に出席するのは何等親かまで細かく聞いていく。
「あっ、私もいいですか?」
「かまわないわ、どうぞお好きに」
切花の頼みに、雪ノ下は気軽に応じた。もちろん大志には確認をとらずに。……その切花への配慮を、もう少し周りに分けてやれよ。例えば俺とか。
「宝くじで一億円当たったらどうするの?」
「おい、それって必要か?」
どう考えても、適当に思いついたやつだろ、それ。
にしても宝くじを買いに行く姿の父親の背中は、何度見ても心に来るものがある。もし当たったとしても、その大半がローンの返済に当てられるところが特に悲しい。
確かに俺たちは夢を買っているはずなのに、叶った後に出てくるのは過酷な現実である。
「いや、お金の使い方って、割と人の性格が出るじゃないですか?」
思わず納得してしまったので、そのまま黙ることにする。
百万円の束が百個あることを想像している傍らで、大志は割と真剣に考えた末に答えを出した。
「とりあえず、家買います、家。あと外車も欲しいっす」
なかなか夢に溢れている。さすがドリームの名を冠しているだけある。
切花は天井を見ながら考えた後、笑顔で俺に手のひらを向けてくる。
「参考程度に八幡さんどうぞ」
「まず俺に百万、小町に百万分けるだろ。その後は誰にも言わずに貯金をしたままにして、主夫業の傍らで贅沢をする」
「相変わらず、あなたはブレないわね」
親父には悪いが、家のローンは親父に働いて返してもらう。大丈夫、あと二十年くらい働くだけだから!
その後も何個か質問が続いたが、ほとんどがお家に関する話題だった。いや、大事といえば大事なんだが、いくら何でも危惧する段階を飛ばしすぎだろう。
詰まりながらも全てを答えきった大志は、疲れ切った様子で机に突っ伏すと、そのままぐったりとしたまま起き上がらない。
「もう無理っす。細かい宗派まで覚えているわけないっすよ……」
「どうやら身辺におかしなところはないようね。誰かと違って性格に問題があるわけでもないし、あとは相手次第かしら?」
「あの、私が言うのも何ですけど、最後の辺りって必要ですか?」
流石に切花も疑問に思ったのか口を挟む。
「あら、親族問題というのは重要よ。本人たちだけでは対処がしにくいし、縁を切ろうと思っても金銭が絡むから難しいわ」
確かにそうだ。家族というのは最小にして最初の社会単位であるから、それ以上は割り切れない。だから、遺産の相続には家族が最も優先される。たとえ互いに無関心でも、社会が縁を作ってしまう。
どんなことがあっても、否が応でも、楔を打ち込まれる。それが家族である。
切花が「そうですね。嫁姑問題にしても、赤の他人を勝手に家族として結び付けるからこその問題ですもんね」と納得するように返事をすると、雪ノ下が出来の良い生徒を持った教師のように、満足げな顔をする。
こういう切花の頭の良さを、雪ノ下は結構気に入っていたりする。波長が合うというか、由比ヶ浜とは違った意味で、話をしていた楽しいタイプらしい。
「さっきも言ったけれども、とりあえず明日の放課後に総武高まで来てもらってもいいかしら?」
「はいっ、よろしくお願いします」
最後まで川崎は姉として口を挟まなかったが、終始不満そうな顔をしたまま、話はまとまる。まあ、同級生とかならともかく、知らない高校生に一目ぼれしたと言われても、応援しにくいだろう。
明後日の方向からの依頼というだけ、なんだか面倒くさい。その上、知らない人間と話すかもしれないことを考えると、さらに憂鬱になってくる。
「……そうだ。おい、小町たちも手伝えよ。お前たちが巻き込んだだろ」
「いいよ、いいよー。そこまで忙しくないし」
「まあ、それを言われると痛いので……」
小町たちの協力を取り付けたところで、この会合がお開きとなる。
「総武高って、女子のレベル高いんすか? 姉ちゃんはともかく、二人ともスゴいっすね」
共通の分かれ道へ向かう途中、女性陣が姦しく話しているのを後方で眺めていると、大志から小声で話しかけられる。
「小町と切花と同じクラスの時点で、人のこと言えないだろ……」
雪ノ下と由比ヶ浜は、部活が一緒でもクラスは違う。そう考えれば、小町と切花と同じクラスの方が貴重である。
「それにあの人だっていますし、俺絶対、総武高入ります」
なにやらやる気を漲らせている大志から視線を外して、雪ノ下たちの横顔を覗き見る。
……まあ、割と女子のレベルは高いな。
ご覧いただきありがとうございます。
まだまだ先だと思っていたゲームの発売日が今週末で本気で驚きました。
最近は時間の流れがとても速く、三か月くらい発売日が先だと、あっというまに発売当日まで来てしまいます。
なぜこんなことを後書きに書いたのかは察してください。
それでは、また次回。