やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

最近めっきり寒くなってきて、いよいよホワイトアルバムの季節がやってきました。

冬と言えば雪、ホワイトアルバムと言えば雪ということで、雪が降ってくれないかなーと思っているのですが、私の住んでる地域はめったに雪が降りません。

一度でいいから、少し曇った冬空に向かって「とうとう降ってきた」とやってみたいのです。

ただ雪かきって本当に大変そうですよね。


それでは、ご覧ください。



その7 ~比企谷八幡は暇を持て余す~

 

 

 世界がゆらゆらと揺れている。

 

 

 半透明の薄い膜を通したように視界は不明瞭で、見ているものを上手く認識できない。それどころか、名前を思い出すことすらもできない。

 

 

 どこかへ叩きつけられて、意識がごちゃまぜになっているようだ。

 

 

 曖昧な世界で自分を保っているが、それを掴みとることができず、自己が定義できない。

 

 

 だが不思議と心地よい。

 

 

 さっきまで自分がどこにいたのか全く思い出せないくせに、まるで危機感が沸いてこない。それどころか、ここにずっと居たいとすら思ってしまう。

 

 

 まるで崩れ落ちるお伽噺の世界にいるようだ。

 

 

 矛盾点に気付くことができない、疑問点が思い浮かばない、違和感が消失してしまっている。壊れかけの人形のように、消え去るまで自壊を知らずに踊り続けるだろう。

 

 

 ……ああ、そうだ。こういう現象のことを、夢の中にいると言ったな。

 

 

―――――――

 

 

 いきなり意識が降り戻されて、飛び起きる。

 

 

 急に意識が戻った拍子で体が跳ねて、机を揺らしてしまった。耳障りな金属音が部室内に響き、雪ノ下と由比ヶ浜がこちらに驚きの目を向けてきた。

 

 

 

「あ、ヒッキー起きた?」

 

 

「全く部活中に寝るなんて、とうとう頭まで働かなくなったのかしら?」

 

 

 ……寝起きに冷水を浴びせられた気分になった。

  

 

 一度頭を振って、意識をはっきりさせる。ぼやけていた視界が鮮明になり、思考もクリアになる。そうして再び顔を上げると、雪ノ下たちがいつものように過ごしていた。

 

 

 

「働いてないのはお前ら同じだろ。戸塚以降、誰も相談に来てないだろが」

 

 

 

 ただ、いつものように過ごしているということは、客が全く来てないことでもある。そのことを証明するように、雪ノ下も由比ヶ浜も紅茶を啜りながら、各々に時間を潰している。

 

 

 

「依頼がないということは、平和の証拠よ。むしろ喜びなさい」

 

 

「いや、そんな一人暮らしの娘を心配様子で言われても……」

 

 

 

 便りがないのは、元気の証拠というが、娘にやられたら間違いなく傷つくと思うぞ。

 

 

 戸塚が相談に来てからは、閑古鳥が鳴く勢いで誰も来ない。そのせいか、あまりにも暇すぎて、手持ちの本を読み終えるとすぐに眠くなってしまう。

 

 

 五月の終わり、昼間はすでに暑さが支配を始めているが、夕方には四月の香りが残り、うたた寝には丁度いいくらいの気温になっている。

 

 

 

「でも、あれだねー。簡単な悩みでもいいから、相談に来てくれたら嬉しいよねー」

 

 

 

 由比ヶ浜がのほほんと遠くの空を見ながら呟く。綺麗に澄み渡っている青空は平穏そのもので、なんだか時間がゆっくり流れているように感じてしまう。

 

 

 窓から侵入してくる風がカーテンを揺し、吹奏楽部が演奏しているであろう管楽器が閑散とした校舎内に響いている。確かにこの光景は平和そのものだ。

 

 

 なんだか放課後に紅茶を飲んで、だらだらする部活に変わっている。奉仕部というが、むしろ俺たちが学校から奉仕されているように感じる。

 

 

 

「そもそも知名度が低すぎるだろ。平塚先生からの紹介だと、母数が少なすぎる」

 

 

「なら、ポスターみたいなの作ってみようよ! なんか可愛いやつ」

 

 

「ポスター……ね」

 

 

 

 頭の中で宣伝ポスターを思い描いてみるが、やたらポップな書体で、「最近困っているアナタ!」やら「お悩み解決!」とか「神が許せない罪はありません」などの胡散臭い健康食品や宗教の勧誘のような謳い文句しか思い浮かばない。

 

 

 ……どう考えても相談しにくるとは思えない。

 

 

 そもそも奉仕というのは、言葉だけならボランティアの意味合いのほうが強い。それが校外活動ではなく、生徒の手助けをするというのは、名前だけなら想像しにくいだろう。

 

 

 雪ノ下と目が合うと、首を横に振られる。あの微妙そうな顔からして、俺と同じようなことを思ったらしい。

 

 

 

「……やめとくか。さっき雪ノ下が言った通り、相談がないことが一番だ」

 

 

 

 それに相談が来たら、それはそれで面倒臭いのだ。ならば多少暇なくらいが一番いいのかもしれない。

 

 

 

「そうね。この件は一回寝かせておいて、また必要になったら、掘り出しましょう」

 

 

「そっかー、でも相談が来ないのはちょっと寂しいね」

 

 

 

 由比ヶ浜が切なそうに言うと、会話が途切れて静寂が訪れる。

 

 

 ……紙コップに注がれた紅茶を一口飲む。少し砂糖を入れすぎたのか、それとも温くなってしまって甘さを余計感じるようになってしまったのか、苦ったい甘さがいつまでも口の中に残ってしまった。

 

 

 それにしても本当に暇である。梅雨が近づいているからか少し湿った風が開け放たれた窓を抜けて俺たちの髪を揺らしていた。

 

 

 

「ここって、奉仕部で合ってる?」

 

 

 

 退屈を持て余して、再び船を漕ぎそうになっているところに、気だるげで、ややハスキーな声と一緒にドアを開けられた。  

 

 

 流れる様な黒髪をポニーテールで纏めたその女は、奉仕部内を見渡すと、気が強そうな瞳で俺を一瞥する。

 

 

 ……はて、プリーツから伸びる足には多少見覚えがあるが、誰だろう。

 

 

 どこかで会ったかもしれないが、俺の勘違いだったらとてつもなく恥ずかしいので、知らない人間ということにする。

 

 

 

「そうだけれども、何か用かしら?」

 

 

 

 俺たちを代表して雪ノ下が答える。

 

 

 それにしても、本当に誰だったか。Kから始まる名前な気がするが。川崎……は、鷹のプリンスの名前だし、川端は文筆家だな。……カーメロはそもそも外人だから違う。というかカーメロは頭文字がCだった。全く俺は精神的に向上心がない、ばかなのかもしれない。

 

 

 

「川崎さんじゃん! どうったの?」

 

 

 

 最初に思いついたのが正解だったわけか……。ただ 名前が分かっただけで、どこで会ったのかは未だに思い出せない。

 

 

 俺の場合、この学校の大半が会ったことはあるが、知り合いですらないので、顔を覚えていないのも無理はないかもしれない。いや、まじで。

 

 

 

「由比ヶ浜、お前知り合いか?」

 

 

「ヒッキー、川崎さん、同じクラスだよ……」

 

 

 

 川崎に聞こえないように小声で聞くと、由比ヶ浜が呆れた声を出す。

 

 

 道理でどこかで見た覚えがあるわけだ。

 

 

 

「あなた、クラスメイトくらい覚えておきなさい……」

 

 

「向こうだって、俺を覚えていないから問題ない」

 

 

 

 未だに俺の名前が正しく呼ばれたことって、あまりないんだよな。教師にしたって時々、「ひ、ヒキタ……、比企谷くん、ここ読んで」とか言っている始末である。

 

 

 

「盛り上がってるとこ悪いんだけど、相談があるの」

 

 

 

 驚きのあまり、思わず三人で顔を見合わせる。雪ノ下も若干驚いているところを見ると、どうやら雪ノ下は雪ノ下で暇になっていたらしい。

 

 

 噂をすればなんとやらとは、このことだ。

 

 

 

「どんなご相談かしら?」

 

 

「ああー、そ、それは、何というか……」

 

 

 

 川崎は少し気まずそうに、目を逸らすと口ごもる・

 

 

 最初の勝ち気な印象とは違い、どこか遠慮がちな言葉に違和感を覚える。どんな性格かは覚えていないが、それでもサバサバ言うような性格に思える。

 

 

 

「弟が人を調べて欲しいって言ってんだけど……」

 

 

「……弟?」

 

 

 

 由比ヶ浜が首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

 

 

「それで、その弟さんはどこかしら?」

 

 

 

 雪ノ下が言外になぜ弟本人が出てこないかを聞いてくる。確かに本人が出てこないのは、不作法である。

 

 

 少し体を乗り出して川崎の後方を覗いてみるが、もちろん誰もいない。

 

 

 なるほど、だから微妙によそよそしいのか。自分の用件ならともかく、弟の代理なら居心地が悪いわけである。

 

 

 

「中学生だから、今はここにはいない。一応会おうと思えば、すぐに会えると思うけど」

 

 

 

 携帯電話を取り出して、こちらに見せてくる川崎。三十年くらい前ならやたら丈の長いスカートを履いているような外見とは裏腹に、姉弟仲は良いらしい。

 

 

 ただ、なんだか嫌な予感というか、依頼主が中学生の時点で、この件の黒幕が見えた気がする。あの小娘二人のせせら笑いが、遠くの空から聞こえてきそうだ。

 

 

 

「では、連絡をとってもらってもいいかしら? 直接会ってみなければ、私たちが何をすればいいか分からないわ」

 

 

「そう。じゃあ電話してみる」

 

 

 

 川崎は二回ボタンを押すと、携帯電話を耳に当てて、電話をし始める。

 

 

 あの操作回数の少なさからして、弟の番号を短縮に入れているか、履歴が一番上にあるのだろう。

 

 

 ……こいつ、ブラコンだな。俺も似たようなことをしたことがあるから良く分かる。

 

 

 

「おい雪ノ下、この依頼受けるつもりか?」

 

 

「分からないわ。そこは会ってみて判断するしかないわね」

 

 

 

 顎に手を当てて考える雪ノ下の姿を見て、少し安心する。サンプルが少なすぎて判断に困っていたが、どうやら何でもかんでも引き受けるわけではないらしい。

 

 

 

「うん、じゃあ、あそこのサイゼで」

 

 

 

 電話口から漏れる声を拾う限り、川崎の弟と対面することはできるらしい。川崎はそのあと一言二言話すと、気を付けてくるようにとの注意を付け足して電話を切った。案外、お姉ちゃんとやらをしているらしい。

 

 

 体を翻した川崎は、ちらちらと俺の方を見ながら口を開く。

 

 

 

「じゃあ、着いきてもらってもいい?」

 

 

「そう、じゃあ行きましょうか?」

 

 

 

 雪ノ下は、ティーカップに残った紅茶を飲み干して立ち上がって、俺と由比ヶ浜を誘ってくる。

 

 

 俺も由比ヶ浜もそれに倣って急いで紅茶を飲み干すと、カップを片づけ、帰り支度を始める。

 

 

 ……できれば行きたくないんだが、ここで断ったところで、あとであいつらに小言を言われるのがオチだ。ならば最初から関わったほうが気分も楽になるし、依頼を断るときも理由をつけやすい。

 

 

 

 

「あとさ、比企谷だっけ? あんたの妹たちも一緒にいるっぽいんだけど」

 

 

「…………」

 

 

 

 この瞬間、俺が川崎の弟と面会することが決定した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

あと二週間ほどで、年末休みに入りますね。

今年は休みは思いっきりこれを書いて、話を一気に進めようと思っているのですが、すでに予定が埋まってきています。

毎年そうなんですが、年末年始は休みの期間の割には忙しく、あっという間に過ぎてしまいます。休みが合うのは、ここかお盆だけなので当たり前といえば、当たり前なのですが。


まあ、大半が飲み会なんですけどね。



それでは、また次回。

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