やはり幼馴染なんてものは、どこかまちがっている。   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

冬アニメが始まったために、そのチェックに追われて忙しくなってきました。元々は見るアニメを絞るタイプなのですが、クソアニメ愛好家の友達に影響されて、できる限り目を通すようにしようと思っています。

アニメネタとかも入れられたらいいなー。


それでは、ご覧下さい。


その12 ~比企谷小町は狼狽える~

「色々聞きたいこともあるし、途中まで一緒に帰ろっか?」

 

 

 

 井杖先輩は蠱惑的な表情で、人差し指をぴんと立てる。大変魅力的であるが、全力で遠慮をしたい提案であった。

 

 

 放課後、俺はつい先日と同じように校門で手持無沙汰にしていた。昼休みには灰色一色だった空は、今では所々が黒ずんできて、今にもほろほろと泣き出しそうだ。

 

 

 校門を通り過ぎる生徒たちも、ちらほらと片手に傘を持ちながら心配そうに空を見上げていた。

 

 

 今日の天気予報は曇りのち晩から小雨が降るとのことだったが、この分だと夕方ぐらいから降り始めるかもしれない。

 

 

 午後の二限分を睡眠と井杖先輩への口説き文句の思考に費やした結果、俺のスパコンが弾いた答えはアドリブで適当にやれであった。……マジで壊れているんじゃねえかな、俺の頭。

 

 

 アドリブほど失敗の可能性が高いものは存在しない。そもそも即興というのは、熟練者がやるからこそ味があるものであり、素人がやったところで大した意味がない。ただ、しっかり練って失敗すると嫌だから、アドリブでやった方が傷つかないし、言い訳になるだけだ。

 

 

 こうして一人で校門に突っ立っていても、以前のようにこちらに目をやる人間は誰もいない。誰かの視線を乗せることのない風は心地よく、ぼっちにとってはこの軽さが最も過ごしやすい。

 

 

 

「この後、クレープでも食べにいかない? それかパフェでもいいけど」

 

 

「私はいいけど、加世は厳しいかも。……ねっ、加世?」

 

 

「知ってる? 炭水化物を摂らなければ、いくら甘いものを摂っても太らないんだよ……」

 

 

「あんた昼におにぎり食べてたでしょうが……」

 

 

 聞いたことがある声がしたので、その方向へと顔を向ける。 

 

 

 先日に引き続き、ゆるふわウェーブの先輩に、井杖先輩よりも少し明るめの茶髪を肩まで伸ばした先輩、そして件の井杖先輩のトリオが何やらスイートな会話をしている所だった。

 

 

 ……やばい、本当に目の前まで来てしまった。マジで何も考えてねえぞ。

 

 

 そもそもこうやって待ち伏せをするのではなく、最初に会った時のように廊下で声を掛ける方が良かったのかもしれない。

 

 

 あーだ、こーだ考えているうちに、井杖先輩たちが近づいて来る。どのように話しかけようと思って眺めていると、ちょうどすぐ目の前で井杖先輩と目が合う。

 

 

 

「ああ、ヒキガヤくん。この前もここにいたけど、またお姉さんでも捜しているの?」

 

 

 

 井杖先輩は手を伸ばせば触れそうな距離で立ち止まり、明後日の方向に人指し指を向ける。

 

 

 残りの二人が井杖先輩につられて足を止める。そして俺を一瞥すると、一人はあからさまに不信な表情で井杖先輩の方を見て、もう一人は呆れたように額に手を当てていた。

 

 

 

「どうも……。ちょっと用事がありまして……」

 

 

 

 よく考えてみると、近いうちに奉仕部に来て欲しいと言うだけなんだよな。しかも俺の用事ではなく、大志の用事であるので、別段俺が気を使う必要もない。俺は何を言われようとかまわないし、この人の噂からして、俺が告白しているように見えても大したことにはならないだろう。

 

 

 

「先輩、奉仕部って知ってます?」

 

 

「聞いたことないなー。美弥たちは知ってる?」

 

 

 

 井杖先輩が聞くと、残りの二人が首を横に振る。どうやら、ゆるふわウェーブの方が美弥で、セミロングの人が加世という名前らしい。

 

 

 それにしても、奉仕部の知名度の無さは流石である。というかこの学校は文化部の数がやたらと多い。ゲーム研究会やら生物部などの部員が少ない部活を簡単に承認しているのが原因らしいが、部活動の数を削減する話は一向に聞こえて来ない。延べ床面積の無駄遣いな気もするが、その恩恵を受けている身からすると何も言うことはできない。

 

 

 

「あの……、その部長が井杖先輩に会いたいって言っているんですけど、どこかで時間を作れますかね?」

 

 

「詳しい話を聞かないと分からないけど、別にいいよ。明日の放課後でいい?」

 

 

「……あ、はい。多分大丈夫です」

 

 

 

 いとも簡単に話が進んでしまった。誘った俺が言うのも何だが、この人大丈夫なのだろうか。

 

 

「恵さあ、こんな濁った目をした子を拾って、ちゃんと面倒見られるの? どうなっても知らないよ?」

 

 

「多分大丈夫だよ。この子、悪いことする度胸がなさそうだから」

 

 

 

 この人たち、目の前にいる俺を犬扱いしていることについては、罪悪感を抱かないのだろうか。

 

 

 そうして井杖先輩はこちらへ振り向き、魅惑的な表情で言う。

 

 

 

「色々聞きたいこともあるし、一緒に帰ろっか?」

 

 

 

 そうして話は現在へと至る。

 

 

 話を聞いたところによると、井杖先輩は俺の家の隣の校区に住んでいるそうだ。つまり家が同じ方向にあるということであり、こうして同じ帰り道を歩いている訳である。

 

 

 年上の女性と二人きりで歩くというのは、俺の人生では初めてでどこか落ち着かない。

 

 

 美弥先輩と加世先輩は俺との下校を丁重にお断りしている。別に「絶対いやだ」とか「ちょっと無理」」とかのキツイ言葉を掛けられたりはしていない。

 

 

 頭が俺の頭一つ低い先輩は、タクトのように人指し指を振りながらのんびりと俺の隣を歩いていた。

 

 

 

「つまり、文化的領域間で緊張関係が起きると、それぞれの文化が内向きに進むの。他の法則が進入することなく、それまでも模倣、発展、否定によって文化は成熟されていくわけ。ピカソがそれまでの単一焦点を否定してキュビズムに走ったように、ジョン・ケージが旋律の分解、そして不協和音の導入の先に『4分33秒』に至ったみたいにね。でもそれって文化領域を狭めているんだよ」

 

 

「はあ、そうなんですか……」

 

 

 

 年上の先輩と制服姿で帰るというのは、男のロマンである。夕暮れの中、他愛もない話をしながら、少しどきまぎしながらも距離が詰まればなお良い。

 

 

 

「否定を理解するには前例が必要になってくるでしょ? 芸術にしろ、サブカルチャーにしろ、基本的に現代の創作作品は受信者に前提知識を求めているの。だから理論が発展するにつれて、文化は細分化されて対象は少なくなる。それが今の多様社会の一端を説明できると思わない?」

 

 

 ……それなのに、この会話は一体何だろう。少なくとも下校途中の高校生の会話ではないだろう。何で下校途中まで勉強をしないといけないんだよ……。

 

 

 二人で一緒に帰路へ着いたはいいが、話の導入が見つけられないので井杖先輩に主導権を渡していたら、いつの間にかこうなっていた。

 

 

 

「あの、もう少し分かりやすく話して下さい」

 

 

「『俺Tueee』が流行ると、次は最弱系主人公だったり、転生しても能力がしょぼいとかそういうのが出てきたりするでしょ?」

 

 

「確かにそういうのありますよね」

 

 

「でもそのタイプって、『俺Tueee』を知らない人にとっては、割とどうでもいいんだよねーってこと」

 

 

「分かりやすいですけど、その例えはやめろ」

 

 

 

 割と色んな方面に敵を作るぞ。

 

 

 

「あ、そう? じゃあ、なんで私が君たちの部活に呼ばれるのか教えて?」

 

 

 

 井杖先輩は一旦立ち止まると、口元に笑みをたたえながら聞いてくる。少し距離を縮められて、端正な顔立ちがすぐ目の前にやってくる。その目はどこか見透かしているように見えて、どこか居心地が悪い。

 

 

 

「別に大したことではないですよ。ちょっとした恋愛相談みたいなものです」

 

 

「ふうん、もしかしてヒキガヤくんの恋愛相談だったりする?」

 

 

 

 嫌らしく微笑みながら、髪をかき上げる。

 

 

 そうしてようやく顔を遠ざけると、体を翻してなめらかに歩き出す。

 

 

 

「……違いますよ。ちょっと井杖先輩と絡むことがありまして、先輩に聞きたいことがあるだけです」

 

 

「そう、それは楽しみだね」

 

 

 

 それからはしばらく、校内の恋愛事情について話をした。

 

 

 一体どこから情報を仕入れているのかは分からないが、何故か井杖先輩は学年問わずに恋模様については詳しい。誰と誰が雪解け期だとか、三年生の女子が葉山に告白してやんわりと振られただとか、誰それが二股をしてそれが親にバレただとか、そんなろくでもない情報ばかりだったが、なかなかどうして面白い。

 

 

 また井杖先輩の語り部が上手いのだ。単純に事実だけをばらまくのではなく、出来事を大げさに表現しながら話しているせいか、なにやらドラマでも見ている気分になる。どうして先ほどにこの話し方が出来なかったのかを、しつこく問い詰めたい。

 

 

 

「よくもまあ、そんなに知っていますね」

 

 

「うんまあ、実益を兼ねた趣味みたいなものだしね。だから、君の好きな人を教えてくれてもいいんだよ?」

 

 

「それにしても、美弥先輩と加世先輩はいいんですか? さっきデザートでも食べに行くような話をしてましたけど……」

 

 

「君、話を逸らすのが下手だよね……」

 

 

 

 全く持って同意である。

 

 

 そろそろ俺が住んでいる校区へと入ろうかという頃、進行方向の先に小町と切花が歩いているのが目に入る。

 

 

 小町たちは仲良く談笑をしており、こちらに気付く気配はない。あいつら、こうやって離れて眺めると本当に姉妹のように見えるな。身長の差が大き過ぎる。

 

 

 そのままニアミスするかと思ったが、切花が首を巡らす拍子にちょうど俺と目が合う。

 

 

 切花は、最初は珍しいものでも見るような目をしていたが、隣でくるくる人指し指を回している井杖先輩を確認すると、何やら得心の言った表情をする。

 

 

 

「あの子たち知り合い? というか大きい子、どこかで見たことあるんだけど」

 

 

「妹とその友達です。でっかい方は、この前俺と一緒にいた奴ですね」

 

 

 

 大きい子とかでっかい方だったりと、本人に聞こえないことをいいことに好き勝手に言う俺たちであった。

 

 

「どっちが妹さん?」

 

 

「小さい方っすよ」

 

 

「なるほどね」

 

 

 

 ここでこいつらを井杖先輩に紹介するべきかで少し迷う。普段ならば間違いなくスルーする所だが、大志の件もある。

 

 

 切花の視線につられて小町がこちらに気付いたので、仕方なく覚悟を決める。俺たちから大志に井杖先輩の印象を話すよりも、小町たちから話をさせたほうが手っ取り早いだろう。

 

 

 

 歩くテンポを早足にすると、「おっ、紹介してくれるの?」と嬉そうな声が後ろから付

てくる。……あんた割とうるさいな。

 

 

 

「う、嘘だ。お、お兄ちゃんが綺麗な人を従えてる!」

 

 

 

 小町が大げさに狼狽えて井杖先輩へと視線をちらちらとやる。

 

 

 わざとらしさが半端ないが、井杖先輩には効果てきめんだったようだ。何やら目を輝かせている。

 

 

 

「……やだ、この子可愛い。ねえヒキガヤくん、この子私の妹にしてもいい?」

 

 

 

 いいわけないだろ。

 

 

 小町と井杖先輩が弾んだ声で自己紹介をしているのを横目で、切花が近寄ってくると小声で呆れた声を出す。

 

 

 

「どうやったら恋愛相談の対象と一緒に帰れるんですか? 全くどこの少女マンガですか?」

 

 

「部室に来てくれって頼んだら、何故か一緒に帰ることになったんだよ」

 

 

 

 もし少女マンガならば、仲介をしているうちに井杖先輩のことを好きになってしまって、いつの間にか井杖先輩と両想いになるのだろう。そのことを隠しながら大志と話をしていくうちにそのうち罪悪感に耐えられなくなり、大志に真実を告げる。当然俺と大志は絶縁になるが、その後大志は傷心しながらも、新たな恋に向かっていくというところだろう。

 

 

 うむ、少女マンガというのは相変わらずカオスだ。

 

 

 

「そっちの子は二度目だね。お久しぶり、井杖恵です」

 

 

「切花朱音です。よろしくお願いします」

 

 

「うん、よろしく。せっかくだし、小町ちゃんたちも一緒に帰ろっか」

 

 

 

 小町と切花が俺に伺いの目を立ててくるので、両手を外側に開いて降参のポーズを作る。今日のところはこちらの立場が低いので、どうにも断り辛いのだ。

 

 

 それに井杖先輩の話からすると、先輩の家はここから大した距離もないだろう。だったらもういっそ諦めた方が気が楽だ。

 

 

 そうして、ほぼ初対面の井杖先輩を中心としたカルテットができあがる。とはいっても、俺は三人の後ろに控えているだけなので、実質はトリオだが。

 

 

 

「朱音ちゃんと小町ちゃんは、彼氏とかはいないの?」

 

 

 

 やはりというか、女子の会話の主題は恋バナになるらしい。最近の中学生の恋愛事情について一通り尋ねた井杖先輩は、最終的に二人にそう聞いた。

 

 

「私たちはいないですよー」

 

 

「あら、そうなの? 二人ともモテそうなのに。……じゃあ、好きな人とかは?」

 

 

 

 先輩が笑顔と共に、小町たちを全方向に人差し指を回す。

 

 

 

「私は思いつきませんねー。……あっ、強いていうならお兄ちゃんですかねー。やだ、今の小町的にポイント高いかもです」

 

 

 

 兄として嬉しいことを言ってくれる。

 

 

 

「私も、思いつきませんね。それより井杖さんとかは、どうなんですか? 彼氏とかいないんですか?」

 

 

 切花がさりげなく恋人の有無を聞いてくれる。改まって聞くとなんだかおかしいし、だからといって俺がさりげなく聞いたところで、俺が井杖先輩にアピールしているようにしか聞こえないだろう。

 

 

 女子と男子では、同じ言葉を使っても相手に与える印象が全く違う。例えば、「こ、恋人とかいますか?」を男子が言うと、明らかに恋愛経験がない奴が見苦しく聞いているだけであり、女子が引く可能性が高い(ショタは例外である)。だが女子が言うと、憧れの人に必死に勇気を出して、恥ずかしそうに聞いている姿が目に浮かぶ。全くもって可愛い。

 

 

 井杖先輩は驚いたように自分を指さすと、そのままの手を横に振る。

 

 

 

「私? 今はいないよ。気になっている男の子もいないかなー」

 

 

 とりあえずは、景気の良い回答が返ってきた。

 

 

 その後もう一回俺に好きな人がいないかを確認しながら、井杖先輩は小町たちとメールアドレスの交換をし始める。凄いなこの人。会ってから十分くらいの女子中学生のメールアドレスを入手しやがった。

 

 

 少し歩いて開けた道に出ると、井杖先輩は俺の家とは逆の方向へと指を向ける。

 

 

 

「ん、私の家はここを曲がったとこだから、ここまでだね」

 

 

「そうですか。じゃあまた明日、よろしくお願いします」

 

 

 

「うん、放課後に行かせてもらうよ。じゃあね」

 

 

 

 そう言って井杖先輩は鮮やかな街路樹の先へと消えていく。

 

 

 

「なんか、凄い生命力がある人だね」

 

 

 

 小町がそう呟くことに思わず納得してしまう。

 

 

 バイタリティがありすぎて、こちらから何かを吸い取られたようだ。肩にのしかかる疲労感が半端ない。

 

 

 空はどんどんと仄暗くなっていき、だんだんと雨の臭いが浮き上がってくる。アスファルトの上をアマガエルがひょこひょこと飛び跳ね、雀たちは木の枝で羽を休めている。

 

 

 もうすぐにでも雨が降りそうだ。

 

 




ご覧頂きありがとうございます。

最近漫画を集めることに、またハマってしまいました。漫画は基本的に追っているものしか買わないんですけど、本屋でじっくりと眺めているとついつい買ってしまいます。

衝動買いが激しいといいますか、好きなことに対してはお金が湯水のように飛んでいってしまいます。


それでは、また次回。

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