カチコミ聖杯戦争   作:福神漬け

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9話 始まり聖杯戦争

既に完全に日の落ちた夜の倉庫街。あちこちにある街灯がその中を照らし、少しだけ開いた場所にいる槍を構えた青年を映し出していた。その青年の容姿を一言で例えるのならば、きっと美形やイケメンと言う言葉が最適だろう。

 

しかし現在、そんな青年の全身からは穏やかとは言えないような闘気が溢れ出している。そう、彼はランサーのサーヴァントなのだ。

だがそれでも、現在彼が出している闘争に殺気すら含まれているのは明らかにおかしい。その原因は、きっと彼のマスターにあるのだろう。

 

「アインツベルンに雇われた人間……衛宮切嗣……。魔術師の面汚しめっ……!」

 

そのマスターである男性――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはギリギリと歯軋りの音を立てながら手元の紙を握り締めている。

そんなケイネスの怒りに反応してなのか、ランサーもまた怒りに表情を歪めていた。

 

「今だ見ぬセイバーのマスターの仲間よ……見損なったぞっ。正々堂々と戦う事をせずにあのような行為に走るとはっ! 来いッ、その根性叩き直してくれる!」

 

一体何故そこまで彼は激怒しているのか。その理由は、ケイネスの持つ一枚の紙にあった。以下、その内容を抜粋する事としよう。

 

 

『やあ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

僕は自称魔術師殺しを名乗っている者だ。

恐らく、君はこの街に来た時数々の不幸に襲われた事だろう。例えば、突然電車にスモークが投げ込まれたりとか、突然食事中にスモークが投げ込まれたりとか、突然空からスモークを投げ込まれたりとかね。

言うまでもないだろうが、それをしたのは僕だ。あのまま一酸化炭素中毒になって死んでくれれば結構だったんだけど、しぶといと言うか何と言うか。

とにかく、僕はこれからも君を付け狙う事にするさ。科学の結晶であるライフルとかでね』

 

 

以上がケイネスが握っている手紙の内容を軽く抜粋した物であり、明記してはいないがその中には騎士の侮辱やら魔術師はコミュ症等と言ったとても表現出来ないように事が書かれていたのだった。

恐らく、それを読めばケイネスでなくとも怒りを覚える事だろう。

 

そんな風にケイネスが思考している中、漸く倉庫街へと来訪者が現れた。

 

「――下がってください、アイリスフィール」

 

そこに現れたのは金髪の男装をした少女。翡翠の瞳はランサーを捉えると、マスターと思われる女性――アイリスフィールと呼ばれたその人物を背中へと隠した。

しかし、今のランサーとケイネスにはそんな事など関係がない。ランサーはその少女が女性を背後へと隠し、服装を騎士のような鎧へと変化させた事を確認すると、ゆっくりと静かに問い掛けた。

 

「お前がセイバーで間違いはないな?」

 

「そう言う貴方は、ランサーだとお見受けする」

 

問い返して来る少女――セイバーへと頷いたランサーは再び問い掛ける事とする。即ち、ケイネスの目的である人物はどこにいるのかと。

 

「単刀直入に聞こう。セイバーよ、衛宮切嗣と言う人間が今どこにいるか知っているか」

 

「――っ!」

 

背後で息を飲むアイリスフィールと、僅かに目を見開くセイバー。アイリスフィールの頭の中には、″何故″と言う疑問が浮かび上がる。

ここで衛宮切嗣について聞かれる事は想定外どころの話ではない。アイリスフィール陣にとって衛宮切嗣とはそれ程までの生命線なのだから。

故に、それを分かっているセイバーは明確に答える事なく再び問い掛け直した。

 

「何故、今貴方がそれを聞く……?」

 

しかし、ランサーの反応はセイバーの思わぬ物であった。

 

「何故……だと? 見損なったぞセイバー!」

 

「なっ!?」

 

突然の″見損なったぞ″と言うセイバーからすれば訳の分からない切り返し。一体先程の問答の何処に見損なう要素があったのかセイバー含めアイリスフィールにも分からなかった。

だが、その怒りが本物である事だけは感じ取れた。

 

「ま、待てランサー! 一体先程の話の何処が気に食わなかったのだ!」

 

「あくまでも庇い立てるつもりか……」

 

会話が噛み合わない。セイバーとアイリスフィールは勿論、その様子を遠くから伺っていた本人――衛宮切嗣もどう言う事なのかと内心焦っていた。

 

(一体どう言う事だ……? 僕が本物のセイバーのマスターと言う事はバレていないようだが、何故あれ程までに激昂している?)

 

切嗣は覗き込むスコープでランサーのマスターを探しながらも、思考を謎の現象へと向けていた。

切嗣が調べた所によれば、ランサーのマスターだと思われる人物はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと言う時計塔の人物だ。ケイネスが生粋の魔術師であると言う事は調べがついているが、魔術師が科学を嫌うとしても自分へと向けられているあの怒りは異常過ぎる。

何か自分の知らない所で誰かが動いていると、切嗣の勘は告げいた。

 

だがしかし、そんな彼の思考が完結するまでランサーが待っている筈もなく、事態は進行して行く。

 

「主よ、この者達に救いはありません。宝具の開帳の許可を!」

 

まさか、とセイバーは今度こそ瞳を驚愕に開いた。僅かな攻防を行う事もなく宝具を開帳しようとすると言う事は、相手が此方を全力で仕留めに来たと言う事だ。セイバーは、それ程までにランサーが怒りを感じている切嗣へと疑念を深めると同時、油断出来ない相手だと表情を引き締めた。

そしてケイネスも、アインツベルンを追い詰めれば切嗣も出て来るだろうと思考し、言葉を紡ぐ。

 

「ランサーよ、宝具の開帳を許す」

 

「御意に」

 

殺伐とした空気が周囲を支配し、ランサーとセイバーの視線が混じり合う。

方やマスターに疑念を浮かべ、方や主の為にと闘気を更に増やす。

 

そんなサーヴァントの気配をライフルで狙えないだろうコンテナの裏から感じ取ったケイネスは、僅かに顔を出しながら切嗣を探している。

また切嗣も、思わぬ予想外の事態に動じながらもケイネスをスコープ越しに探していた。

 

そんな時だった。誰にも聞かれないよう、不気味な笑い声がある一角から漏れたのは。

 

 

 

――――――

 

 

 

「キヒヒヒヒヒクハハハハ……アァハハハハ……!」

 

「うわぁ……」

 

勿論、そんな笑い声を上げているのは俺に他ならない。

すぐ近くでそんな笑い声を聞いたアサシンは、手にリュックを持ちながら物理的に俺から引く。気持ちは分かるが、そこまでされたら流石に傷付くぞ。だがまあ、意外と思惑通りに進む物だな。

 

「ハハハ……ハハ……はぁ……あぁ、面白かった」

 

「知っていましたが、やっぱりマスターって外道ですよね」

 

「何を言っているんだアサシン。俺からしてみれば、親切以外の何物でもない行動だよ。アレは」

 

そう言って指差す先にあるのは、槍と不可視の剣をぶつけ合い戦う二人のサーヴァント。元より戦い合う運命にある彼等を、こうやって最初からしっかり敵と認識させてやったのだから。

そこまで考え再び口元が緩み始めた俺は顔を俯かせ、肩を震わせながら笑い声を押し殺す。

 

「キヒヒハハハ……」

 

「マスターが壊れましたぁっ!」

 

失礼な奴だな。まあ確かに、初めて英雄同士の異能バトルの最高点とも戦いを見てテンションが上がってしまった事は否めない。少し冷静にならなければな。

結論し、なんとか笑い声を押さえた俺は震える指先をポケットに伸ばして長方形の物体を取り出した。

 

「全く高い買い物をした物だ。まあ、この五ヶ月で色々と仕込むには必要な出費だったか」

 

「あ、正気に戻りました。それで、えーと確かそれは……」

 

俺がクツクツと笑い続けていた事で焦っていたアサシンだったが、俺が漸く落ち着いた事でほっと息をつき取り出した長方形の物を指差す。

それに対し俺は頷くと、プラプラとそれを指先で揺らしながら少しがっかりした声で答えた。

 

「ああ、古過ぎる携帯電話だ。ほんと、スマホ世代の人間にこれは酷すぎるよ。しかもスマホより高いとか、アサシンのメンタル並みに世の中終わってる」

 

「――こふっ!?」

 

相変わらずと言うべきなのか、そんな俺の本音にアサシンは毎度の如く俺へと血液をぶっかけてくれた。僅かな灯りに照される血塗れの青年とか、一体誰得なんだろうな。

とにかく、俺は慣れた事だとアサシンの持つリュックからバスタオルを取り出すと、血塗れになった顔面を拭い始める。アサシンを召喚してからと言うもの、俺は恋人の如くバスタオルを手放せなくなってしまったのだった。

 

「まあ取り敢えず、龍之介に報告するとするか」

 

「最近マスターが吐血しても無視するようになって来ました」

 

「なんだ、お前が吐血するのは構って欲しかったからなのか? 確かに吐血なら人の気は引けるだろうが、変態と思われるだろうから余りオススメは出来ないな」

 

「――こふっ! わぷっ!?」

 

素早くタオルで吐血を防ぎ、その血液の流れを殺さないように反転し俺はそれをアサシンへと投げ棄てる。その結果、アサシンは吐血直後の硬直の為に動けずまともに自らの血液を頭から浴びる結果となった。これぞ、俺がこの五ヶ月の間に極めた、無駄のない無駄に洗練された無駄な動き。全く、無駄に動かしやがって。無駄なんだよ、無駄無駄。

 

「これぞ無駄のゲシュタルト崩壊ってな」

 

自らの余りにセンスのない思考の冗談に失笑しつつも、俺は前世代どころか大昔の携帯電話を操りある電話番号をプッシュする。

そして待つ事無機質な数コール。漸く目的の人物は通話口へと声を上げた。

 

『もしもし、旦那?』

 

「よお、見てるか龍之介。面白い位に引っ掛かってくれたぜ」

 

耳へと押し当てた携帯電話から聞こえたその龍之介の声へと、俺は笑いを含めた声でそう返答する。

龍之介もどこかからサーヴァント同士の戦いを見ているのか、嬉々を含んだ声で返答して来た。

 

『見てる見てる! スゲーよアレ! 亡霊同士の殺し合いってスゲー迫力! どっちの中身が飛び出すのか楽しみだよ!』

 

「まあ、そうなってくれたら嬉しい限りだが……」

 

恐らくは無理だろうな、と言う言葉を飲み込む。龍之介には悪いが、ここには乱入者が三人も現れる予定なのだ。ここでの決着は付かないと見て良いだろう。

しかしだが、先ずは今回の功労者である龍之介へと労いの言葉を掛ける事としよう。

 

「とにかく、良くやってくれた龍之介。こうまで上手く行ったのも、全部お前のお陰だよ」

 

『あれぐらいヨユーだって』

 

龍之介はそう言うが、アサシンと500メートル以上離れられない俺には絶対に出来ない事であった。謙遜は良くないだろう。

そんな風に思考しながらも、俺はサーヴァントの異能バトルを見ながら喜びにうち震えるのだった。

 

まあ、言うまでもないだろうが、ケイネスがおこなのは俺達のせいだ。しかし、俺は別に切嗣に罪を擦り付けた訳じゃない。アレはケイネスが″勝手に衛宮切嗣のせい″だと思い込み、″勝手に怒っている″だけ。俺は″自称″魔術師殺しなのだから。

 

「いやはや、勘違いとは恐ろしい。これだから魔術師はコミュ症だとか偏見を持たれるんだよ」

 

主に俺からだが。しかし、本当にここまで上手く行くとは思わなかった。

俺はそんな事を思考の片隅で考えながら、数日前の事を思い出していた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「龍之介、少し頼みたい事があるんだ」

 

「またかよ旦那……」

 

俺がそう言っただけで、龍之介は目に見えて肩を落とした。残り数日で仕込みも完了する事もあり、急ピッチで進めている作業の疲れが出ているのだろう。

だが、今回はそう思ったからこその頼み事なのである。

 

「まあそう気を落とすな。今回のこれは仕込み作業よりも随分と楽だし、それが終われば今日は休んでもらって構わない」

 

「マジ……?」

 

そう呟いた龍之介の目には喜びの色が伺え、余程今までの作業が堪えたと分かった。完全な休日とは言えないが、心ばかりのお礼である。

とにかく、龍之介が乗り気になっている今の内に仕事の内容を伝える事にしよう。

 

「ああ本当だ。駅に仕込んでいた結界が壊れた。恐らく魔術師の仕業だろう。だから龍之介には駅に向かって異国人とか怪しそうな奴を見付けたら携帯で電話して欲しいんだ。下手な接触とか危ない事はせず、取り敢えず見付けたら電話しろ」

 

「ん、わかったぁ」

 

気怠げに返事をする龍之介に俺は少々の不安を覚えたが、アサシンが俺から離れられない以上俺は魔術師らしき人物には近付けない。取り敢えずは龍之介を信頼して任せて見る事しか出来なかった。

 

そうして、龍之介を送り出した俺は、聖杯戦争を掻き乱す為の小道具作成を始める。後は龍之介の報告を待つしかない。龍之介の連絡を待ちながら、俺は卓球に使うピンポン玉を砕いたり、アサシンにはアルミホイルをヤスリで削ったりしてもらないながら時間を潰したのだった。

 

そして、約二十分が経った頃。携帯電話が無機質な着信音を出しながら持ち主を呼び出す。

 

「もしもし、見付けたか?」

 

『旦那の言った通り二人組の外国人がいたよ。それで、このまま帰ったら良いの?』

 

二人組の外国人と言う言葉に、俺は喜びから口元を緩めた。二人組の外国人がこの時期に冬木に来る等、理由は一つしかない。

だからこそ、俺は龍之介へと脈炉のない質問をする。

 

「龍之介、今小道具は持ってるよな?」

 

『小道具って旦那がピンポン玉で作ってる奴? 持ってるけど』

 

「使い方も教えたよな」

 

『アルミホイルで巻いた底をライターで炙る……だっけ?』

 

龍之介は小道具の使い方を覚えてくれていたようである。ならば、やるべき事は一つだ。

俺は龍之介へと指示を出す為に、再び言葉を紡いだ。

 

「良いか良く聞け龍之介。その小道具に火を点けて、煙が出だしたら電車に投げ込んで逃げろ。顔はちゃんと隠せ」

 

龍之介へと渡したその小道具の正体は知っている者なら知っているスモーク弾擬き。運が良いことに丁度奴等が電車に乗り込んだようである為、仕込むのならば今しかないだろう。

そう判断した俺は、龍之介へとそう指示を出したのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

これが、ケイネスが衛宮切嗣に怒りを覚えている全貌だ。俺が態々そんな事をしたのは後に渡す予定の手紙を″発見しやすくする為″だけであり、手紙の名前に関しては聖杯戦争だから『魔術師殺ししちゃうかも』と宣戦布告しただけだ。何も悪い事なんてしていない。

まあ、それ以降も時々龍之介にスモークを投げ入れさせていた事は否定しないがな。純粋な嫌がらせの心を忘れずにいただけなんです。悪意しかなかったんです。

 

「本当に良くやってくれたよ龍之介。お前はそのままそこで亡霊同士の殺し合いを観察してな。ただし、絶対に近付くなよ」

 

『はいはい、今良い所だからじゃあね旦那』

 

言葉早くそう言った龍之介が電話を切ったのか、耳元の携帯電話からは通話が切れた事を示す音が鳴り始めた。堪え性のない奴だな。しかし、良い所と言うのは否定しない。

 

「来たな……」

 

そう呟く俺の視線の先に映り込んで来たのは、正しく雷鳴と言うべきか。

その雷鳴の主であるライダーのサーヴァントは牛車に乗り、殺伐とした二人の英霊の元へと降り立った。

ならば、もうすぐ来る事だろう。五ヶ月前にも言った通り、俺の作戦はカモネギ狙い。高々と宣言し始めるライダーを視界に納めながら、俺は僅かな黄金の粒子を見付け嬉々とした声を上げた。

 

「ほら、カモがネギ背負ってやって来た」

 

黄金が形付くるのは一人の英雄。太陽の下ではきっと目を痛めるだろう黄金の鎧を纏った彼を、俺はカモと称す。後は状況を読み取り、最適のタイミングを持って本物のカモとするだけだ。

 

「さあさあ、準備は整ったぞアサシン。――プラン開始だ」

 

そう宣言し振り替えると、俺は妙に静かなアサシンを視界へと納めたのだった。

 

「――むぐぅ!? まふふぁーらすへてください!?」

 

アサシンは、今だタオルとじゃれていた。

 

格好が付かない……。

 


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