[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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第四話

 アンヘルはティグルを先頭に、恐る恐ると言っていい程の歩みで自身に近付く人間達を知覚し、言葉を発した。

 

「来たか」

 

『り、竜だ!』

 

『しゃ、喋った!』

 

 一瞬、「黙れ!」と一喝しそうになったアンヘルだが、此方はカイムの為に頼みを願い出る立場と思い直し、かなり癪ではあるものの、喧しい人間達が口々に囀ずるのを黙って眺めていた。

 

「りょ、領主様! これは一体!」

 

「ワ、ワシらは食べられるのか!」

 

「ひぃぃぃ!」

 

 等々、

 ──あるものはアンヘルを指を差しながら口を開け広げる者、

 ──またあるものは腰を抜かしながら後退する者、

 ──そして、悲鳴を上げながら蹲る者、

 

 アンヘルは喧喧諤諤な様相を呈する此の場に今、自分から何を言っても無駄だと判断し、怒りの声を押さえながらせめて視覚だけでもと、目を閉じて場が落ち着くのを待った。

 

 そして、三十をたっぷり数えた頃、そろそろアンヘルの忍耐が限界に達しようとしていた時、漸く場を治めようとする一人の老人の声を耳にした。

 従者のバートランだ。

 

「落ち着けえぃぃぃ!」

 

 混乱の場を水を打ったように静まり返る。

 バートランは続ける。

 

「若が危険はねぇ、と言って下さっただろうが!

先ず若の話を聞け!」

 

「で、でも! バートラン……」

 

「でもも、しかしもねぇ!

若の話を聞け!

 

若、お願いしやす」

 

 混乱は引いたがまだ戦々恐々とした眼差しで皆アンヘルと距離をとると、皆一様にティグルを見る。

 その目は困惑まじりだ。

 バートランもティグルを見る目は厳しくもあり、困惑の色合いもある。

 

 ティグルは先程から声を張り上げ、混乱を治めようしていた自分の声が、漸く皆に届くと思いバートランに感謝しながら、意を決して語り始めた。

 

「質問は話し終わってから受け付けるよ。

実は……」

 

 

 

狼に囲まれたこと。

 

二人が来て助かったこと。

 

安住の地を求めて旅をしていること。

 

二人は必要な物を求めて、近くの町に行きたいこと。

 

近くの町の場所を教える為、三人で空を飛んだこと。

 

アルサスに暫く逗留して、近隣の情報を得たいこと。

 

 

 

 加えて、

 

 

アンヘルとカイムはここから東の、異国の地で生まれ育ち、今日ヴォージュ山脈を越えてアルサスの町に辿り着いたこと。

 

その地では、竜が喋ることは珍しくないこと。

 

アンヘルは自分の『声』を遠方の者に届けられること。

 

カイムは喋ることはできないが、アンヘルと喋ることができ、アンヘルがカイムの言葉を代弁すること。

 

アンヘルとカイムに危険性はない。これを領主として、ティグルヴルムド=ヴォルンが保証すること。

 

 

 これらのことを語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティグルは語りながら皆の反応を窺うが、その表情は様々なものだったが、

 

 そうなのかと、頷くように聞く者。

 半信半疑で首を傾げる者。

 まるっきり出鱈目だと信じ込みティグルを含む三人に非難の視線を浴びせる者。

 

 大体、この三者に別れた。

 

「……という訳なんだ」

 

 アンヘルとカイムの出会いから現在に到るまでの話しを、最後まで語り終えたティグルは皆の様子を黙って窺った。

 

 集まった人々は暫く黙っていた。

 

 どこか声を出すのを躊躇う風にも見え、終われば質問の嵐だと身構えていたティグルは若干拍子抜けした。

 

 そんな中、ティグルの話し聞き終わって、十数える位の間黙っていたバートランが口を開く。

 

「若は、その話を信じなさるんで?」

 

「ああ」

 

 ティグルは即答した。自分が疑っては話しそのものが終わるし、何よりティグルは二人を信じると決めていた。

 少なくとも、こちらから理不尽な要求と手を出さなければ、手出ししないと言うアンヘルの言を。

 カイムの方も、危険な雰囲気を醸し出してはいるが、これまで行動を共にして少々無愛想な面が目立つが、根は悪い人

ではないと判断していたし、好んで争いを起こす人には見えなかった。

 

「……そうですかい」

 

 バートランは困惑した様相を隠せず、そう言って沈黙した。

 一同は再び訪れた沈黙を嫌ってか、今度は積極的に質問した。

 

「ティグル様、そのアンヘル……さん? に関しては安全、何でしょうか?

例えば、その……いきなり咬まれるとか?」

 

 ティッタは今も不安そうに、アンヘルの横に居るティグルを見ながら発言する。

 

「そういったことは心配しなくていいよ、ティッタ。

普通の人と同じ様に敬意を持って接していれば、いきなり咬み付かれる様なことはない筈だ。

少なくとも俺はそうだった」

 

 そう言いながらティグルは隣のアンヘルを見遣る。

 アンヘルはティグルの視線の意味を察したのか仕方なく口を開く。

 

「そうだな。

物珍しげな動物を見る様な眼で我を観るなら、その限りではないが」

 

 皆恐々としてアンヘルを見たが、言った本人は歯牙にも掛けない。慌ててティグルがフォローに入る。

 

「つまり、無遠慮な言動は慎んでくれってことだ」

 

質問はまだまだ増える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家畜に被害は。

子供が怖がる。

何時までアルサスに。

何を食べるんだ。

その男──カイムに危険性は。

どうして、竜が喋るんだ。

何の目的で旅をしているの。

東って、ジスタートよりもか。

何処で寝泊まりするの。

『声』って何。

王や他の貴族に目をつけられたら。

被害を受けたら、誰が責任を。

アルサスでは、何を生計に。

 

 

 等々、プライベートにまで踏み込む質問も多数ある。

 これらの質問に対して、アンヘルは苛立ち紛れに答える。

 

 

我は家畜など襲わぬ。

知らぬ、近づけるな。

半年を目処に。

我は何も食べぬ。

先に手を出さねば概ね問題ない。

そういうものだと理解しろ。

安住の地を求めてだ。

遠方の地だ。

小僧の屋敷だ。

━━こう言うものだ。

消し飛ばしてやるわ。

小僧──ティグルが取る。

カイムは戦うことしかできぬ。

 

 

 と言ったものを、ティグルが──ティグルも答えに驚きながら──婉曲的に誤魔化しつつ答える。

 

 

 

 

 そして最後に、バートランの

 

「なぜ若は、この二人をアルサスに受け容れる事をお決めになったんで?

 

それに、何でわしらにこの場を設けて下さったんです?

 

若がお決めになったことなら、わしらは逆らえねぇのに」

 

 という質問を最後に、皆が閉口する。

 

 

 

 領主であるティグルがこの二人を受け容れると、アルサスの領地は確実に混乱する。

 

 そんなことを自分達に言われるまでもなくティグルは判っているだろうし、自分達がそんな事態に陥ることを良しとしないということも、ティグルの人柄を見知っている自分達には分かっている。

 

 

 

では何故? という思い、

 

そして、この場を設けた理由が分からない。

 

 

 封建制であるブリューヌでは、領民にとって領主は絶対の存在だ。

 

 一同は普段ティグルに気安く話し掛けているものの、その権威は絶対だと判っているし、領主の決定に異論を唱えるなど一族郎党、殺されても文句は言えないということも判っている。

 

 普通の領主なら、自分達に「この二人を受け容れる。便宜を図れ」と命令すれば済む話。

 

 何故わざわざ自分達に質疑の場を設けるのか。

 

 未だティグル自身が迷っていて、自分達の意見を取り入れてくれるのか。

 或いは既に、受け容れるのは決定事項で質疑の場を設けたのは、町に顔が利く自分達に下達するためなのか。

 

 それとも──

 いや或いは──

 

 

 

 

 

 様々な考えが一同の脳裏をよぎる中ティグルか返した答えは、

 

「いや、この二人はどっち道この町に来る予定だった様だからな。

しかし、それだとみんなが混乱する。

なら予め、俺の口からみんなに説明しておこうと思ってな。

 

俺がこの二人に出会えたのは僥幸だったよ。いきなり大混乱って可能性もあったからな」

 

 という気楽な発言だった。

 

『は?』

 

 一同は唖然とした。

 次いで、困惑したようにそれぞれの顔を見渡す。

 

 困惑から立ち直れない一同の一人が、おもむろに口を開いた。

 

「それは、つまり……二人が来ることは止められない。

そして止められないことが判っているなら、自分から招き二人に危険性はないことを説明しようと?

その為にこの場を設けたと?」

 

「それと、もう一つ。

カイムさんは喋れない。その事で不自由して欲しくなかった。

アンヘルさんから『声』で事情を説明しても、みんなは混乱して信じなかっただろうからなあ」

 

 ティグルの最後の言葉は何処かしょうがないと言いたげだった。

 質問した者も納得したようだ。

 そして未だ困惑していた中からもう一人、アンヘルとカイムを憚るように質問する。

 

「あの、領主様。

この二人の前で言うのはあれなんですが、その……二人に他の領地へ行って貰おうとは考えなかったんですか?

そうすりゃ、混乱なんか起きないですよね?」

 

「そうだな。確かに俺も、最初はそう考えた」

 

 ティグルは質問の内容に首肯し、そう返した。しかし、続けて頭を振る。

 

「だけど、俺がそう言っても二人が素直に聞くかという点、言わなくても二人が直ぐセレスタの町を自分で見つけてしまうだろうという点。

その二つが気になった。

それに……」

 

「……それに?」

 

 ティグルは話しの途中に何故か逡巡した。

 ティグルの従者バートランは、一同を代表し言い淀む主人に続きを促す。

 

「それに、他の領地でこの二人が騒ぎになったら、俺は自分を責める。

他の領地の住民と、領主に対して申し訳ないからな。

 

勿論、みんなに苦労を掛けるのは心苦しいが」

 

 ティグルは何処か困ったように答えた。

 しかし、この答えが決め手になったのだろう。

 ティグルの気遣いが垣間見え、一同は納得し、困惑から立ち直る。

 

 

──大丈夫だ、領主様はちゃんと自分達の事を考えて下さっている。

 領主様は、儂達が混乱しないようにこの場を設けて下さった。

 領主様は、自分たちを、この二人を、信じている。

 なら、俺たちも──

 

 

 

 

「ティグル様のお考えは分かりました。

でも、具体的にあたし達は何をすれば?」

 

 これまで黙っていたティッタが皆を代弁し、ティグルに問う。

 ティグルはティッタを含める皆を安心させるかのように微笑んで見渡し、こう説いた。

 

「何も難しい事はない。今言った事に配慮して普通に接してくれ。

そして、町のみんなに同じ様に伝えてくれ。

最初は戸惑うだろうけど、次第に二人に危険はないということがわかる筈だ」

 

「分かりました」

 

 ティッタはティグルの言葉に頷きを返すと、恐る恐るカイムとアンヘルに向き直った。

 

「ティッタと言います。困った事があったら言ってください。

カイムさん、アンヘルさん、よろしくお願いします」

 

 そう言ってスカートの端をつまみ上げ一礼した。

 つまみ上げた手は震えていたが、ティッタは精一杯の笑顔を見せた。

 

 従者のバートランも笑みを浮かべて、会釈した。

 

「バートランだ。困った事があったら言え」

 

 だが、笑みを浮かべているが若干硬く、視線も油断がない。

 

 

 

 カイムは微かに頭を下げ、アンヘルはティッタの勇気と誠意を──面倒臭くも──感じ取り、

 

「カイムの事を宜しく頼む」

 

 と言うに止めた。

 

 

 一同は女の子であるティッタと、老人のバートランに負けじと、口々に挨拶の言葉を交わす。

 

 アンヘルはカイムの為と自分を抑え、鬱陶しい人間達に逐一、言葉を返すが、目が徐々に冷やかになっている。

 カイムは、本当は人間に名を呼ばれるのが嫌な筈のアンヘルが、自分の為に骨を折ってくれているという事実を無駄にしないため、見知らぬ人達に頭を下げたり首肯したりと忙しない。しかし、カイムの眉間に皺が寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 二人の、余り大きくない許容の杯が溢れそうになる寸前に、ティグルが止めてくれなければアンヘルは人々を消し炭にし、カイム人々を蹴り倒していただろう。

 

「みんな、その辺で勘弁してくれ。

一度に紹介されても分からなくなるだろう?」

 

 アンヘルとカイムは、未だどこか残念そうな一同を一瞥し、この二人にしてはかなり珍しい感謝の念を持った。

 アンヘルは思わずティグルに感謝の言葉を漏らし、カイムは首肯した。

 

「感謝するぞ、小僧」

 

「……」

 

「初めてなら、俺でも誰が誰か判らなくなるからな」

 

 

 一瞬、何の事だと思った二人だが、少し考えて思い至る。ティグルは自分達が顔と名前を覚えられずに混乱しているように見えたのだろう。

 実際は、此処まで苦労した結果を、自分達で無にせずに済んだという意味なのだが。

 まさか、目の前の者達を殺そうとしようとしていたとは思い当たらない様だ。

 

 アンヘルは咄嗟に言葉を返せず黙りこみ、カイムはこういう時喋れないと楽だな、と思い普段通り沈黙する。

 

 アンヘルは若干恨めしげにカイムを見た後、突然黙った自分達を不思議そうに見ていたティグルに、些か精彩を欠いた言葉を呟く。

 

「そうだな」

 

 アンヘルはこんな言葉しか吐けない己の余裕のなさに自嘲しながらも、新しい世界でこれからカイムと共に過ごす日々を思った。

 

 

 

 


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