[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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感想に返信するのって、誤って削除に指が行っちゃいそうで怖い。


第三話

 アンヘルとカイム、そしてティグルの三人は、四半刻(三十分)と掛からずセレスタの町の東側に広がる森に舞い降りた。

 此処からセレスタの町まで、距離にして二ベルスタ(二キロ)程の処だ。

 

「俺の一日半掛けて歩いた道のりを、たった四半刻足らずで……」

 

「フン、此れでも速さは抑えた方だ。

然し、お主に気を使った分、思いの外時間が掛かったな」

 

 かなりの距離を歩いた記憶があるティグルは、空路という移動方法の便利さ、その想像を絶する風の強さ、そして、今も寒さに震えている冷たさに改めて慄然とした様だった。

 然し、久方ぶりのカイムを乗せた空の旅を、自由に飛ぶことが出来ずにいたアンヘルは不満そうである。

 ティグルという無粋者が居なければ、思う存分昔の感覚に浸れだろうに、と不満も露にティグルに言い返す。

 

「ともあれ、朝も早い頃合いに到着したのは幸いだろう。

小僧、我らの事を町の住人に何と説明するか、ある程度考えは纏まったか?」

 

「う~ん。それなんだよな……」

 

 そう言ってティグルは、未だ上手く纏まっていないていないことを誤魔化すかのように、自身のくすんだ赤髪をなで回した。

 

「あなた達がどこから来たのは知らないけど、幸いアルサスは東の国境のヴォージュ山脈に接してる。

そこを越えてきた、ってことで話しは通るし、カイムさんの言いたいことはあなたが、俺かみんなに『声』で伝えてくれたらいい。

問題は、……喋る竜と、その竜の安全性をどう説明するかなんだよなぁ」

 

 ティグルは若干慣れたのだろう──それでも「あなた」呼びだが──砕けた言葉で、しかし最後の方は言いづらそうにアンヘルとカイムに告げる。

 

「フム、我らの生まれた地では珍しくもないが……。

此方の竜は喋らないのか?」

 

「俺は、聞いた事がないな。

というよりも、普通の人間は竜という存在自体に馴染みがない」

 

 ティグルは少し自身の経験と記憶を遡り、アンヘルの問いに答えた。

 

「そもそも、あなたは本当に竜なのか?

人間が化けているとかじゃなくて?」

 

 ティグルはそちらの方がまだ信じられる、と言わんばかりの表情でアンヘルに問い返す。

 問われたアンヘルは心外な、と言う風情で頭をふり断言する。

 

「お主も我の背に乗って判っておるだろう。我は紛う事なき竜だ。

お主には残念な事かもしれんがな」

 

「そっか。まあ、そうだよな。

じゃあ、こういうのはどうだろう」

 

 ティグルは余り疑っていなかったのかそう納得し、アンヘルに自身の考えを告げる。

 

 主として、五つのことを上げた。

 

──

・アンヘルとカイムはここから東の、異国の地で生まれ育ち、今日ヴォージュ山脈を越えてアルサスの町に辿り着いた。

 

・その地では、竜が喋ることは珍しくない。

 

・アンヘルは自分の『声』を遠方の者に届けられる。

 

・カイムは喋ることはできないが、アンヘルと喋ることができ、アンヘルがカイムの言葉を代弁する。

 

・アンヘルとカイムに危険性はない。これを領主として、ティグルヴルムド=ヴォルンが保証する。

──

 

「まぁ。出身地以外は今日、俺が見たままだし、最後の危険性云々は二人を信じるほかないんだけど」

 

「その辺りは信じよ、としか言えんな。

他に関しても、下手に嘘を重ねるとボロが出る。此の辺りが無難だな」

 

「そうだな。まぁ、俺がしっかり説明すれば、領地内の人にはあまり問題はないだろう。

領地外の人間に関しても、二人の方から手を出さなければ問題には発展しないだろうしな。

カイムさんも、それでいいか?」

 

 カイムも話しを聞いていた限り問題ないと判断し、微かに首肯する。

 それを見たティグルは、二人との会話を切り上げ行動に移す。

 

「さてと、俺は先ずはティッタ──俺の屋敷の侍女や従者のバートラン。町の顔役や有力者に話しを通してここに連れて来るよ。他の人や近くの村には、俺から触れを出した上で今言った人達から話して貰おう。

町のみんなはもう起きてるだろうから、連れて来るのに一刻(二時間)も掛からないと思うけど。

カイムさんはどうする? 一緒に行くか、ここに残るか?」

 

 カイムはティグルにそう問われ少し考えた。三つは数えるか数えないか位に首肯すると、左腰に佩いた大剣と、右後ろの腰に装備していた投剣を外し、アンヘルの近くの岩の上に置いた。

 

 確かに、これから世話になる相手に武器を持って行く馬鹿はいない。

 

「じゃあ、行こうか。

アンヘルさん、すぐ戻って来るから」

 

「ああ。

カイムよ、判っておるとは思うが、何かあったら『声』を飛ばせ」

 

「……」

 

 ティグルはアンヘルに一旦別れることを告げると、カイムを伴いセレスタの町へ歩みを進めた。

 カイムは一瞬アンヘルを見たが、直ぐに視線を逸らしティグルの後に続き、アンヘルは二人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気まずい。

 

 ティグルの心境はただひたすらそれだった。

 

 

 ティグルはカイムを伴い、セレスタの町を目指して歩き続けている。

 平素なら慣れ親しんだその道行きにも、ティグルの心中は決して穏やかなものではなかった。

 

 原因はカイムの存在だ、これに尽きる。

 初めのうちは、ティグルも気にしなかった。馴れない土地で緊張しているかもしれないと、言葉を発せないカイムを思い、頷くか首を振るかで出来る会話を続けていた。

 

──良い天気ですね?

 

──ブリューヌの春はいつもこんな感じなんだけど、馴染めそうですか?

 

──それにしても、空は凄かったですね。俺は寒さに震えてただけだけど、カイムさんは平気でしたか?

 

──へえ。旅は長いんですか?

 

──そうか。疲れていたら遠慮なく言って下さいね?

 

──アルサスは山と森ばかりの田舎だけど、好い人ばかりだから、きっと早く受け入れてくれますよ。

 

 そんなティグルが話し続ける話題も、歩き始めの一ベルスタほどで尽きた。

 

 カイムの雰囲気が変わらないからだ。

 カイムの風情は、控えめに言っても無愛想。良く言っても打ち解けない、そして初めて会った時からまるで変わらない。

 どうしたものかと思い悩むティグルを気にも留めず、カイムは唯ひたすらティグルの一歩後ろを歩いている。

 

 そして漸く、思い悩むティグルを救うかのようにセレスタの町を囲む防壁と、その入り口である門、そして門番が見えてきた。

 

「見えて来た。あれがセレスタの門です」

 

「……」

 

 ティグルの言葉に微かに首肯を返すカイム。

 

 二人はセレスタの町に入った。

 

 

 

 

 

 

 二人は町の住民と挨拶を交わしながらヴォルン家の屋敷へ歩みを進める。

 と言っても、カイムは微かに首肯するだけで、挨拶自体はティグルがした。

 当然、住民は喋らないカイムの事を不思議そうに見て、何者なのかを問い掛ける。

 

「お帰りなさい、領主様」

 

「ああ、ただいま」

 

「お帰りなさいませ、領主様。お早いお帰りですね?」

 

「ただいま。ちょっと用ができてね」

 

「お帰りなさい、若様。……隣の方は?」

 

「ああ、この人は暫く町に逗留することになったカイムさんだ。

あとで主だった人を集めて、詳しく説明するが、彼は喋れないんだ。

よろしく頼むよ」

 

 ティグルは気さくに住民に接し、事情を話せぬことへの罪悪感を感じたが、詳しい説明は後という体を崩さず目的地であるヴォルン家の屋敷へ向かう。

 

 

 一通りティグルを目にした人との挨拶を終え、漸く目的地に着いた二人は屋敷の門をくぐる。

 屋敷の玄関の前では妹分兼侍女のティッタが掃き掃除をしていた。

 

 帰って来たんだなあ、と実感するよりも先にティッタは気付き、慌てた風にティグルを出迎える。

 

「お、お帰りなさい、ティグル様。ずいぶん早いですね?」

 

「ああ、ただいまティッタ。

ちょっと急用ができてね。途中で狩りを切り上げたんだ」

 

「急用ですか、何かありましたか?

それに、そちらの方は?」

 

ティッタはティグルの隣にいるカイムの風貌を恐ろしげに感じているのか、警戒しつつティグルに問う。

 

「ああ、この人の事でね。

これから少し時間を貰えるかな? 着いて来て欲しい所があるんだけど」

 

 ティッタは少しの間逡巡し、ティグルがカイムのことを警戒していないという事が分かったのだろう、少し警戒を解きティグルに問い返す。

 

「……あたし達三人だけで、ですか?」

 

「バートランや数人の兵士。主だった商会の人や顔が利く地主、神殿の方達と一緒だ」

 

「……分かりました。あたしは構いません」

 

「ありがとう」

 

 結局ティッタは、ティグルの言葉を了承した。まだ警戒はしているがそれでもカイムに礼儀正しく会釈する。

 

「初めまして、ティッタといいます」

 

「……」

 

 カイムはティッタを一瞥し微かに頷きを返す。

 

 名乗らないカイムにティッタは再度警戒を強めるが、ティグルが慌てて間に入り弁解する。

 

「す、すまないティッタ、カイムさんは喋れないんだ。

だから、気を悪くしないで欲しい」

 

「そ、そうなんですか。ごめんなさい!

 

もう! ティグル様、そういう大事な事は初めに言って下さい!」

 

 説明の足りない主に、ティッタは少量の申し訳なさと羞恥、そして多分にふくまれる怒りに顔を赤くし、ぷんぷん怒りだし説教を始めた。

 

 

 

 

 

 ティグルは頬を膨らませて怒るティッタを宥めすかし、神殿に話しを通してれるよう頼み見送ると、今度は父の代からヴォルン家に使えている、従者のバートランに話しを持っていった。

 

 ティグルは、バートランが不審な男と共にいる自分に疑問の声を上げるよりも先に、ティッタと話した内容と同じ話を聞かせる。

 

「まぁ、若がそう言うんなら……」

 

 と暗に、まだ自分はその男を信用していないぞ、という不満が入り交じった言葉を告げるが、早速バートランは準備に取り掛かる。

 数人の兵士を連れ四半刻後、東の門で落ち合う約束をとった。

 

 セレスタの町の商会は規模が小さく、十数店舗しかない。あとは露店だがそれでも結構時間が掛かった。

 朝の呼び込みを始める忙しい時間帯で、詳しい説明もせずにだ。

 それでも、地主と併せて十六人もの人が集まってくれた。

 集まれなかった数人も腰や足、体調を悪くしている者か、本当に手が放せない者のみだ。彼らは無茶な要求をしている自分達に、本当に申し訳なさそうに謝った。

 

「申し訳ありません、領主様。

この老いぼれの足が、もう少し動けたらば」

 

「いいんだ。こちらこそ、すまない。

身体の方が大事だ。良く労ってくれ」

 

 結局、この老人は代理を立てた。

 

 

 

 

 

 そうして、ティグルとカイム、ティッタにバートランの四人。セレスタの警備に当たる中から六人の兵士と、神殿関係者一人。主だった地主と商会の人物十六人。

 

 併せて約三十人近くの集団がセレスタの町の、東の門に集まった

 

 

 

 

 

「分かってたけど。かなり、目立つな」

 

 ティグルは自分達を遠目に見る、町の住民達と、集まってくれた人達の不安そうな視線にそう呟いた。

 ティッタはそんなティグルに不安そうに皆を集めた理由を訊ねる。

 

「あの、ティグル様。これからどこへ?」

 

「ああ。

みんな、詳しい説明もせずに、集まってくれてありがとう!

しかし、話しはこれから二ベルスタほど歩いた森の中でする。

疑問に思うだろうが、もう少し辛抱してくれ」

 

 集まった人々は、自分達を集めた理由を教えないティグルに、疑問と困惑を抱いたようだ。

 しかし、皆は不満には思わなかった用で、問題ない大丈夫だと言う台詞を口にした。それどころか

 

「問題ありゃしませんて、領主様。

逆に、日頃の運動不足を解消してくれる機会に感謝ですわ」

 

「お前さんは、もう少し運動しろ。

儂なんぞ、その距離では運動にもならんわ」

 

「何を、この爺! 冗談はその曲がった腰だけにしとけ!」

 

「何だ、若造! やる気か!」

 

「上等だ、爺!」

 

 慌てて止めたが、こんな軽口すら口にする位だった。

 ティグルは皆に感謝の言葉を告げ、カイムですら僅かに頭を下げた。

 

 そして集団は、アンヘルの待つ森の中へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 道中は、喧しいものだった。

 

 ティグルは普段、目にしているはずの人達が同じ理由で、同じ時、同じ場所にいるだけでここまで騒々しくなるのかという思いを抱かずには要られいほど。

 

「ワシらを、集めてどうするんじゃろ?」

 

「さあ、見当もつきませんね」

 

 等はいい方で。

 

「先月ね、孫が産まれたのよ。

もう可愛くって」

 

「あら、本当?」

 

 近況や、

 

「ジスタートとの国境の河で、また氾濫が起きたそうで」

 

「はあ、麦が値上がりしないといいが……」

 

 等の、商人通しの会話。

 

「ふん。この程度で息を乱す等、だらしのない奴じゃのう」

 

「爺……、何でそんなに……、身軽なんだ?」

 

 他愛ない雑談が途切れない。

 

 不安はあるのだろうが、自分を信じて獣道を行く彼らに、ティグルは心中で改めて感謝した。

 

 

 

 そして、アンヘルのいる場所まで三百アルシン程の処、緑が広がる遠くに、赤い何かが緑の中にちらつくのが見えると、ティグルは一旦止まって振り返り、こう告げた。

 

「みんな、目的の場所はもうすぐだ。

そこにいる存在に対して、みんなは多分驚くだろう、恐れるだろう。

しかし、領主である俺が保証する。その存在に危険はない。

そして、アルサスで受け容れたいと思っている。

それだけを覚えておいて欲しい」

 

「ティグル様……」

 

 皆一様に、見える赤い物体に不安を露にし、ティッタが皆の言葉を代弁するかのようにティグルの名を呼ぶ。

しかし、皆ティグルの事を信じたのか困惑は直ぐに収まった。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 ティグルは感謝の言葉を述べ、カイムは出発時に頭を下げたときより、明らかに下げ謝意を表す。

 

 そして、再び歩みを進めた一向に、森は拓け。

 

 視界一杯の赤い巨躯が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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