[凍結中]魔弾の王×戦姫×狂戦士×赤い竜   作:ヴェルバーン

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後半ちょっとグロありです。









第十三話

「私はお前がほしい」

 

 エレンは言い終わってから一瞬、自身の言葉に頬を赤くした。

 傍目から見ると、まるで男を寝所に誘う遊女の様な言葉だと、自分で言っていて気付いたからだ。

 

 しかし、自身の様子を相手に気付かれた様子はない。前髪を掻き回し自身の誘いに悩んでいる。

 知らず安堵するエレンだが、次いで出てくるであろう返答に注目する。

 

 そんなに待っていないだろう、二呼吸分位の間に自身の捕虜である男は口を開いた。

 

「断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレンは十数日前、ディナント平原でブリューヌ軍に勝利した際、一人の敵兵を捕らえ捕虜とした。

 

 名をティグルヴルムド=ヴォルン。

 

 エレンはこの名前に何処か引っ掛かりを覚えるのだが、未だに思い出せないでいる。副官であるリムも同様だそうだ。

 まあ、忘れてしまう程の事なら大したことはないだろうと、ティグルを捕虜とした後二人で結論を出したが。

 

 そして、この捕虜───ティグルは凄まじい弓の技量の持ち主だった。

 

 戦が終わった掃討戦の最中に、エレンを討ち取ろうと三百アルシン(約三百メートル)も先から射掛けてきた。

 エレンは自軍の敗戦にも関わらず、確実に自分を仕留めようとする気概を気に入り、彼を捕虜とし自身が治めるライトメリッツ公国に連れ帰った。

 

 それからジスタート国王ヴィクトールへ、戦勝の報告を済ませ自身の公宮に戻って来たのが一昨日。

 

 そして昨日は、ティグルに自身の処遇を伝え、弓の腕前を披露させた。

 ティグルの処遇は、期日内にエレンのもとに身代金が届けられない場合、彼の身柄がエレンのものとなる事。

 弓の腕前の披露に関しては弓で三百アルシン(約三百メートル)先の的を射抜かせる積もりだったのだが、披露する際にエレンを狙う暗殺者の足を狙い射止めたことで良しとした。

 

 さらに翌日経った昼前の今、エレンはティグルを自身の執務室に呼び出し、エレンの前に立たせ話を聞かせている。

 

「楽しませた? 俺が?」

 

「ああ、お前がだ」

 

 始めは、弓の腕前を披露する際の粗末な弓を渡した件の謝罪から始まり、彼女がティグルの弓の技量に惚れたやら、そもそも何故披露させるに至ったかを説明した。

 そしてそれに関連して、ティグルを捕虜としたのは自分を楽しませたからだと語る。

 それから敵軍の呆気なさとブリューヌの王子の戦死を告げる。

 

 そして今、

 

 

 

 

 

 

「私に仕えないか」

 

 話の本題に移りティグルに厚遇を約束し自身に仕えるよう提案するが……。

 

「断る」

 

 ティグルはエレンの誘いをはっきりと拒絶する。

 

「有り難い話しだとは思う。事実、今でも嬉しい。

こんな誘い、これからの一生でもう二度とないだろうと確信できるよ」

 

 エレンの裡に落胆の色はある。それは確かだ。

 しかし手に入れば役に立つ程度で、それ以上のものではない。

 

 

「では何故私の誘いを拒むのだ?」

 

 ただ、そこまで判っていて何故自分の誘いを断るのか、その理由が知りたかった。

 

「俺は戻りたい、守りたい場所がある」

 

 ティグルは決意を感じさせる声音でエレンに続ける。

 

 そして続いて出てきた言葉にエレンは瞠目した。

 

「アルサス。亡き父から受け継いだ俺の領地だ。

中央から離れた田舎で、こことは比べるまでもなく貧しい領地だが、俺はそこを守りたい。放り出す気も毛頭ない。

 

だから、その誘いを受ける事はできない」

 

 

 すまないなと、続けるティグルの言葉が殆ど頭に入ってこない。

 エレンは話しの中に自身の琴線に引っ掛かる単語を聞いた。

 唖然とするエレンは自身の記憶を思い起こすかのようにその単語を呟く。

 

「アルサス……だと?」

 

 エレンはその領地の名に聞き覚えがあった。リムもエレンの呟きを聞き思い出したのだろう顔色を変えて、エレンをそしてティグルを見る。

 確か自身と同じ戦姫、ソフィーからの情報ではその地に喋る竜が居るとの話だが……。

 

 いや、しかし先ずは事実の確認だとエレンは思い直す。

 

 竜が居ること事態が眉唾物だし、ソフィーが似た名前の違う領地を誤って自分達に伝えてしまった場合もある。

 勿論、自分達も短い期間なりに調べたが、ブリューヌ軍に竜が居ないと確認した時にアルサスの名は二人の記憶の隅に追いやられ、今の今まで忘れ去られていた。

 ティグルの名はその時調べた資料に載っていたと二人は思い返した。

 

 エレンは胸のつかえが取れた気分だったが、仮に竜が居た場合テナルディエ───ブリューヌで竜を調教している者と関係している可能性もあり、現状まだ予断は許されない。

 気を引き締め先ずは地理的なものをティグルに確認する。

 

「……その地は我が国と国境を接しているか?」

 

「……? 山を一つ隔ててはいるが……?」

 

 前に立つエレンと、自身の後ろで警戒していたリムの纏う空気が変わったのが分かったのだろう、ティグルは困惑した口調で答えた。

 

 ここまではソフィーの情報通り、エレンは更に確認する。

 

「その地に喋る竜が居ると噂で耳にしたが……本当か?」

 

「ああ! アンヘルさんの事か! 確かにアルサスに居るよ。

 

……いや、

 

居る筈だ」

 

 どうやら、ティグルはその喋る竜を知っているらしく、竜の名前らしきものを口にした。

 しかし、ティグルの口調は何処か遺憾混じりで、はっきりと竜の所在を明言しない。不審に思ったエレンは、

 

「居る筈、とはどういう意味だ? お前の領地の事だろう?

名前まで知っている位なのだから、その居場所だって判っているだろう?」

 

 当然ティグルの発言に対し言及するが、ティグルは俯き慚愧の念に堪えぬと言った風情で首を横に振る。

 

「確かに、二人には俺がいない間俺の領地のセレスタの町を頼んだが、俺が捕虜となってからはどうしているか判らない。

 

俺が戻るまで町を守ってくれているか、俺が戻れないと知ってもう旅立ったか。

 

逗留予定の半年はもう過ぎる頃だしなあ」

 

 

 そんな事を頼んだ自身を責める気持ちか、そんな状況に追いやってしまった二人への申し訳なさか。多分その両方だろう。

 二つの気持ちが入り交じった表情をしながらエレンに語る。

 

 エレンはティグルの表情を努めて気にせず、彼の言葉を反芻する。

 関係ないのか?……いや、しかし……それにしても……二人?

 

 エレンは情報が足りずに考えが纏まらず、さらに詳しい情報を引き出すべく彼と竜との関係を質問する。

 

「……頼み事をするくらい仲が良かったのか?

 

というか、二人とはなんだ?

 

どういう経緯で知り合ったんだ?」

 

 ティグルはどう答えたものかという風に少し考え込み、やがて口を開き始めた。

 

「二人っていうのは喋る竜のアンヘルさんと、その竜と一緒にいる喋れない人間のカイムさんだ。

 

俺と二人の仲は……どうなんだろうな?

悪くない事だけは確かだが。

邪険に扱ったり、話しも聞いてくれない何て事はないしな。

 

二人と出合ったのは半年程前で……」

 

 

 ティグルが語る話の内容はエレンに取って俄には信じ難いものだった。

 リムを見ると彼女も如何にも胡散臭いと言うような表情で聞いている。

 常人なら、寝言は寝てほざけと一喝する様な類いの話しだった。

 

 百歩譲ってその二人の素性はいい。

 普通の竜の二倍以上の体躯や、自分達ジスタートに気付かれずヴォージュの山々を越えたのも良しとしよう。

 だが、

 

「よくそんな目的で領民が納得するな。

 

普通騒ぎ立てそうなものだが」

 

 それもあくまで個人単位の話。

 

 その二人は安住の地を探して旅をしているようだが、どこまで本当か疑わしい。

 他国の細作といった方がまだ信じられる。

 

 そして、集団心理というのは難しいのだ。そこに危険があるかもしれないと言うだけで、不必要に不安や不満を露にし騒ぎ立てる。

 ライトメリッツ公国の主として、そういう案件に幾度も悩まされてきたエレンには、そのアルサスという土地の住民が摩訶不思議なるものに思えて仕方なかった。

 

 ティグルは、自身の話しに疑わしい視線や言葉を隠そうともしない二人に反駁して、

 

「ちゃんと町の主だった者には、事前に説明の場を設けたぞ。

二人が問題を起こした場合、俺が補償や補填をすることを触れで領内に出した」

 

 と憮然した口調と態度で応じる。

 

 

 

 そんなティグルの様子にエレンは依然として納得しないが、フムと一つ頷く。

 そう仮定しなければ話し自体が進まないと判断して、自身の中で折り合いを付ける。

 そしてそれを念頭に置いた時、彼の話しに幾つか気になった点があり質問する。

 

「……その、カイム? とかいう男は、竜を調教できるのか?」

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 お前何を言ってるんだ? と口を呆然と開き、気でも違えたかという様な視線でエレンを見てきた。

 しかしそれも一瞬の事で直ぐ様リムの殺気を浴びて慌てて佇まいを直し、エレンの質問にはあり得ない問いを聞いた風に答える。

 

「た、多分できないと思うぞ。

 

というか、調教するしないの問題じゃないと思うから」

 

 ティグルは答える途中その光景を思い浮かべたのか、青ざめた表情で断言した。

 

 突然青ざめたティグルに訝しい表情をするエレンとリムだが、まだ質問があり思ったより時間が経っているためその場で言及はしなかった。

 

「フム? まあその二人については後日、時間を設けよう。

 

最後に、ブリューヌのテナルディエ公爵の元に、竜を調教できる者が居ると聞いたがお前は何か知っているか?」

 

「? いや、そんな話し初めて耳にするな」

 

 僅かに殺気を込め質問するエレンは、これで嘘だったら大した役者だなと思いながらティグルを見る。

 

「……本当か?」

 

 しかしティグルは額に冷や汗を滲ませながら戸惑う表情でエレンを見詰める。

 

「あ、ああ。聞いたことはない」

 

 徐々に高まる殺気と緊張で、両者の顔は強張っている。

 見詰め合う二人のそれが頂点に達しようとした時、副官のリムがエレンを制止した。

 

「エレオノーラ様、その辺りで」

 

 ふぅ、と息を吐く二人の呼吸が重なる。

 ティグルが本当に何も知らないと判断したエレンは、彼に殺気を向けたことを謝罪した。

 

「試して悪かったな。

何か関係があるんじゃないかと疑った。

 

謝罪する。すまなかった」

 

「……どうして嘘をついてないって判断したんだ?」

 

 頭を下げる自身に代わり、心底不思議だと言いたげなティグルの問いに答えたのは、リムだった。

 

 

「これが嘘をついている者ならば、素知らぬ顔で惚けエレオノーラ様の殺気を受け流すか、

或いは逆に身に覚えのない事を詰問されたという体で怒りを面に出してきます。

 

エレオノーラ様の謝罪はそういうことです。

 

貴方が余程の役者であるならば、話しは違ってきますが」

 

 

 リムの言外な

「困惑していたお前は白だ。だが、それも絶対ではないがな」

 という思いが伝わったのだろう、ティグルはあまりいい気分にはならなかった様で、自身のくすんだ赤髪を掻き回しながら

 

「……物騒な判別方法だな」

 

 とだけ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからエレンはティグルの今後と暗殺者の件、自身の竜具──アリファールの風は適当にぼかした──や公宮内の出入りなどを話すとティグルを自室に戻し、リムも一旦退室した。

 

「……竜と男か」

 

 確かアンヘルとカイムだったかな? と続けて呟きエレンは嘆息を洩らした。

 

 さて、どうしたものかと考えているとノックの音が自身の執務室に響き我に帰る。

 

「は、入れ!?」

 

 慌てて入室を促す声を上げたが思わず上擦ってしまった。

 

「? 失礼します」

 

 自身の声音に訝しげな表情で入室するリムだが、特に追求はせず淡々と報告を述べる。

 

「ティグルヴルムド卿を送ってきました」

 

「ご苦労」

 

 今度はちゃんと答えられた。

 エレンは内心の思いを悟られない様に陶杯を口にして誤魔化そうとした。が、

 

「やはり先程の竜と男の件、ですか」

 

「ぶほっ!」

 

 リムの言葉に思わず吹き出し、咳き込む。

 エレンは乙女として上げてはいけない声も同時に出たが、呼吸を落ち着けるのに必死で気が付かなかった。

 

 呼吸が落ち着いた頃を見計らってか、リムが自身のハンカチを差し出し、

 

「大丈夫ですか?」

 

 と悪びれもせず声を掛ける。

 これが他人ならエレンもいっそ感謝の念を懐くのだろうが、相手はこの事態の元凶だ。

 エレンはハンカチを受け取り口を拭うと、若干恨めしげな視線でリムを見るが彼女に気にした様子はない。

 不機嫌な顔を隠しもせずハンカチを洗って返す旨を伝えると、リムは再度問い掛ける。

 

「先程のティグルヴルムド卿の話しで出た、竜と男の件についてお悩みでしょうか?」

 

「……ああ」

 

 認めるのはかなり癪だったが、ここで認めなければ今の醜態は何だったのかということになる。何処か拗ねた様な声で言うエレンの声音も仕方のない事だ。

 

「エレオノーラ様のお考えは?」

 

 しかしリムは自身の声音を意に介した様子はなく、相も変わらず愛想のない表情を崩していない。

 

「……そうだなあ、まあ面白いの一言に尽きるな。

 

ティグルも、喋る竜も喋れない男も」

 

 

「そういう意味ではありません。

 

男の方はともかく、竜がティグルヴルムド卿を助けに来たら、我々では為す術もないということを言っているのです」

 

 

「あるいは、それを囮として徒歩で脱走するということもあり得るぞ?

 

何せ小さい山程もあるらしいからな。

大人数で出向かなければ対処は出来まい。その手薄になった警備の隙を突くということも」

 

「エレオノーラ様」

 

 からかう様に笑うエレンの話しを遮ったリムの表情は真剣だ。

 エレンも笑いを収めリムを見て告げる。

 

「分かっているさ、リム。

 

竜が出てきたら私が出る。それでいいだろう?」

 

「ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる自身の副官に、エレンは抑揚に頷くとその可能性が低いことを指摘する。

 

「しかし心配性だな、リム

ティグルの話しでは、助けに来るどころかもう旅立っているかもしれないのに」

 

「その言葉は、彼の言い分です。その時、竜が来てからでは遅過ぎます。

 

それに、彼に公宮内での自由を与えてしまいました。

部下への誘いもそうですが、何故彼にここまでの厚遇を?」

 

 エレンはリムの最もな発言に対し首を竦めて聞いていたが、次いで出てきた不満の声には彼女を宥めるかのように、自身の考えを語った。

 

「軍同士の戦いが私のすべてではない。個人の武が必要な場面だって当然ある。

 

弓でこの公宮にあいつに敵う者がいるか?

 

緊張して手が震えてもおかしくないあの場面で、冷静に、確実に私を仕留めようとしたあいつに。

あいつは、ティグルは強い。こと、弓に関しては。

手元に置いておく価値は充分あるさ」

 

「……」

 

 エレンの言葉に考え込むように黙ってしまったリムを慮り、笑いながら言葉を紡ぐ。

 

「まあ、暫くは城壁の歩哨の数を増やして様子を見よう。部下にするにしても、あいつの事をもっとよく知りたいしな」

 

 エレンは竜に対して気を抜いていないことを軽やかな声色で告げると、自身の執務に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドナルベインは今年で三十三になる元傭兵だった。それも歴然といって言い程の。

 近隣諸国に勇猛を知られる戦士や、その国の王の覚えも目出度い将兵を討ち取ったこともある。

 名のある会戦にも参加した。

 

 しかし今は、このヴォージュ山脈の南部で盗賊や野盗などの頭目をしている。

 

 何故か?

 

 最初はただ旨みが少ないと思い、仕方なく手を染めてしまった。

 

 初めて何の罪もない村人を殺したとき、それまで殺していた兵士達には感じなかった思いに突如手が震えた。

 最初は罪悪感故の震えだと思った。

 

 しかし、最初の村を手下と供に襲い終え周りの光景を見渡した瞬間

ドナルベインの身体は、えも言われぬ快感に打ち奮えた。

 

──抵抗する村人を殺し。

──家畜や財貨を奪い。

──気に入った女を犯し。

──命乞いに哄笑し。

──家屋に火を放つ。

 

 自分の行為を自覚したその瞬間から、この歓喜の行いを止めることをやめた。

 

 段々とその味を占め、のめり込む様に悪事に手を染めていく。

 

 殺し、奪い、舐り尽くす。

 

 後から思えば、この時から自分の終わりは見えていたのだろう。

 

 だから、その終わりも唐突で必然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げる者

 

「ひっ! ヒィィ!」

 

 この未来を想定すらしていなかった者

 

「こ、こんな! こんな筈じゃ!」

 

 何とかこの場から逃げ延びようとする者

 

「逃げろ! 逃げるんだ!」

 

 茫然と立ち竦み、次いで狂ったように恐怖に向かう者

 

「あ、あ、あぁ、あぁぁぁ!」

 

 悔しさで怨嗟の呟きを口にしながら息絶える者

 

「畜生、ちくしょ……っ、……」

 

そして、その惨状に狂ったように哄笑する者

 

「ハハ! ハハハ! ハハハハハ!」

 

 

 そこは惨劇の屠殺場だった。

 

 

 

 

「う、腕が! 俺のうでがぁぁぁ!!!」

 

 男の振り下ろした斧が両の腕ごと彼方へと切り飛ばされ。

 

 

 

 

「やめてくれ! 殺さなぃ……ぁ」

 

 ある男は脚を切り落とされ蹲り平伏して命を乞うが、頭蓋を踏み潰され脳漿をぶち撒ける。

 

 

 

 

「嫌だ、いやだ、イヤだぁぁぁぁぁ!」

 

 そしてある男は、この場の惨状を認めたくないが為に剣を取り、元凶に向かうも手にした剣を振りかぶることすら出来ず首を跳ね飛ばされ。

 

 

 

 

「ァ? ァァ!? ァァァァア!!!」

 

 そしてまたある男は、恐怖の権化からの剣を躱し仲間の仇を討とうとした瞬間、何かを引き摺る違和感に気付く、見回せば自身の臓物が飛び出ていて慌てて戻そうとする。

 

 

 

 

「……死に……たくない。まだ……死にた……くな……ぃ……」

 

 その男は、上半身と下半身に別たれ奇跡的に未だ命の灯を消さずにいるも、徐々に強くなる剣風に抗わんと生への執着を口にしながら、完全に瞳から光が失われ。

 

 

 

 

「来るな、来るなァァァァァァァァ!」

 

 この男は半狂乱になり、迫り来る恐怖を拒絶する言葉を吐くが、何故かその恐怖に向かって駆け寄るという訳のわからない行動をとり、今その恐怖の拳を頬に受け上顎から上が血霧となって爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう! なんだ奴は!」

 

 ドナルベインの叫びも無理はない。

 

 これが戦の最中であったならまだ解る。

 

 

 しかしこの場は、自身の塒である城砦であり。

 己はこの真夜中に、手下が襲撃だと叫び回り叩き起こされて。

 そして現場に来てみれば阿鼻叫喚と混乱の坩堝。

 

 ドナルベインは、剣を握り締める己の手が震えていることにも気付かずに、己の手下十数人に囲まれているこの処刑場の主を見る。

 

 

 その男は黒い上等な衣を血で汚し。

 両腕には金色に鈍く光る腕甲を装着し。

 本来両腕で振るうべき大きさの大剣を片腕で振り回し。

 年の頃は壮年だろうか、炎の様な装飾がなされた眼帯で、顔の左半分が隠れているので確かなことは判らないが。

 

 

 

 

 そして何と言っても、目の前の命を奪うのが楽しくて愉しくて、仕方ないという。

 眼帯で隠れていても判る程の端整な顔が、愉悦により歪む満面の笑み。

 

 

 

 

 

 

 

 その顔に浮かぶ笑みに覚えがあるドナルベインは、この男に戦慄した。

 自分達盗賊が村々を襲い、

 

──財貨を

──家を

──女を

──誇りを

──命を

 

 それらすべてを奪う時に浮かべる笑みを、さらに凝縮した凄絶なる破顔。

 

 自身の経験上、この手の輩は決まって────

 

 

「っ! ウォォォォ!」

 

『ハァァァァ!』

 

 今、男を取り囲んだ手下の一人が、この恐怖に耐えられんと一歩を踏み出し、槍を突き入れる。

 同じく耐えられなかった残りの手下達が、その機を逃さんと一気呵成に己の得物を繰り出し、男を仕留めんとする。

 

 自身に迫る白刃にも、男は笑みを崩さない。

 むしろ、手下達が死の恐怖に抗おうとするその行為さえも愛おしいと感じているのか、浮かべる笑みを深めた。

 

 手下達の得物が男の元に到達するとドナルベインが確信した瞬間、男は消えそして数瞬後、いつの間にか包囲の外に抜け出ていた。

 

 そして手下達が男の姿を探そうと、思い思いの場所を振り返ろうとした時には、既に手下達の腰から上は血飛沫を上げて別たれていた。

 

 驚いたことに、男は身に迫る白刃を超高速で跳躍して躱し、そのまま着地の勢いを殺さぬまま一歩踏み込んで剣を一閃させ惨殺した。

 

 凡そ十二アルシン(約十二メートル)先から見ていた歴戦のドナルベインしか分からぬであろう、人外の身体能力による早業。

 

 

 

 

 そして遂に、男がこちら振り向き歩み寄る。

 

 残る味方はドナルベインを含めて僅か三人。

 二百人いた盗賊団がたった一人に撫で切りにされた。

 

 このヴォージュ山脈の南部の山道は、この城砦から続く僅か一本。それも中腹で蛇のようにのたくっていて、簡単に脱出出来ない。

 守るに易く攻めるに難しを選んだこの城砦なのだが、今回それが仇となった。

 

 手下の二人は今月入ったばかりの雑用兼見習いで、まだ殺しも済ませていない町のチンピラ上がり。

 

 当然この恐怖に耐えられる筈もなく。

 

「う、うわぁぁぁぁ!」

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

「バカ野郎! そっちは!」

 

 武器を放り出しあらぬ方へ逃げていく二人の悲鳴は、唐突に途切れた。

 

 その場所は深い藪の後ろにある切り立った崖で、この盗賊団に入るときに散々注意したというのに。

 

 ドナルベインはたった一人となり絶望感に苛まれながらも、目の前の男を注視する。

 

 男の表情は勝手に自滅した二人の手下に興醒めといった体で、残りのドナルベインをつまらなそうに見ている。

 

 そして男の大剣が自身に振りかぶるのを茫然として見ていると、幾多の戦を潜り抜けた身体は反射的に動き、受け太刀の構えを取らせた。

 そしてドナルベインは、男の腕が霞むのを見ると同時に自身の剣に衝撃が奔り、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムは最後の男の首を、その剣ごと薙ぎ払った。

 首は跳ね飛んで転がり、剣は砕け折れ何処かに飛んでいき、返す刀で大剣の血を振り払い鞘に収める。

 

 途中までは楽しめた。だが、最後はつまらなかった。

 まさしくそんな感想を抱いた様な表情を消し、カイムは金目の物を物色しようと城砦内に足を踏み入れる。

 

 

 ティグルが捕虜となった知らせがアルサスに届いて丁度一ヶ月。その身代金を工面するのに勤しむカイムとアンヘルだが、予想以上に盗賊達の懐具合が悪く嘆息している。

 そして今回もまた、大規模と言っていい盗賊団の塒を襲ったのだが、また外れだった様だ。

 

 

 カイムは奥に十数人程の気配が感じ取ったが、別段気にもせず足を進め各部屋を物色し細々とした金品を袋にいれる。

 

 部屋を回っているとカイムの脳裡に『声』が響く。

 

───カイム。この近くの領兵が、異常を感じてそちらに馬を飛ばしておるぞ。

───お主また派手にやったな。

 

 全くそういう所は変わって居らんのだからな、というアンヘルの小言を聞き流しながら各部屋を四刻半程で周り終えると、今度は拐われた女達が居るであろう牢屋に向かう。

 

 廊下を歩き扉を開けると、一糸纏わぬ女達の悲鳴と泣き声が牢屋に反響してかなり喧しい。

 女達はまた陵辱されると思ったのか泣き喚くが、カイムはそれらを一顧だにせず大剣を抜いて鉄格子の錠前ごと叩き切る。

 そして女達に一瞥すらせずその場所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 カイムは城砦の扉から、人の血肉と臓物が散らばる山道までの入り口を通り抜けると、アンヘルが着陸する為の開けた場所に向かった。

 

 百も数えていない位の頃合いに、カイムの後を追ってきたのだろう牢屋の女達が怖々と進み寄ってきた。

 

 彼女達は悲鳴を上げ血臭に顔を顰めたり、人の原型を留めていない様に嘔吐したりと忙しいが、素足が汚れるのも構わず真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 そして、どうにかカイムの元に辿り着いた総勢十六人の彼女達は一斉に頭を下げた。

 

 賊達に犯された恐怖がこびり付いているのだろう、同じ男であるカイムにも恐れを隠さないがか細い声で確り感謝の言葉を述べる。

 

「あの……ありがとう、ございました」

 

「……助けて頂いて、本当に……ありがとうございます」

 

「ぁ、ありがとう! おじさん!」

 

 

 

 

「……」

 

 しかし、カイムは彼女達の言葉に一瞥したのみで反応を示さない。

 黙り込むカイムを不思議に思ったのか、一人の女性が代表してカイムに問い掛ける。

 

「あの、……あなたは、一体……?」

 

 誰なのか、何者なのかという言葉は聞けなかった。

 まるで巨大な布を翻した様な音が規則的に鼓膜を打ち、只でさえ恐怖している彼女達は息を呑み込む様な短い悲鳴を上げた。

 

 そして、彼女達の上空に月明かりに照らされた影が掛かる。

 

「あ、あれ!」

 

 上空に指を指し示す一人の少女の声が彼女達を振り向かせ、一斉に息を呑んだ音がした。

 

『り、竜!』

 

 しかし彼女達が逃げる間もなくアンヘルは急降下してカイムの目の前に降り立つ。

 カイムは荷物を肩に担ぎ直しアンヘルに近寄る。

 

「? 何だ、この小娘共は?」

 

「…………」

 

「フム、お主にしては珍しいな」

 

「……?」

 

「いや、別段どうとも思わん。

 

しかし、人間とはつくづく旺盛な生き物だな。

 

猿の方がまだ分別が有りそうだ」

 

「……」

 

 カイムはアンヘルとの会話を強制的に終了させその背に跳び乗ると、少し考えて自身の言葉を己の半身に告げる。

 

 

「…………、……?」

 

「? 放って置けば良いものを。

 

まあ、良い。

 

小娘共、直に此の場に領兵が来る。その者達に保護を頼め」

 

 アンヘルはやれやれと言った口調で彼女達の今後を伝える。

 

 その彼女達はアンヘルが人の言葉を喋っていることに驚きその恐ろしい外見に絶句していた様で、自分達に話し掛けられると漸く頭が働くようになったのか、一人の少女がやっとの事で口を開いた。

 

「ぁ、あの! あなた達は……!?」

 

 何者なんですか? という意味での問い掛けだろうとカイムは思ったが、アンヘルは

 

「我らは直ぐに此の場を去る。

 

お主らが気にする事ではない」

 

 これからどこへ? という意味で捉えたのか封殺する様に答えてカイムを乗せその場を去った。

 

 

 

 

 

 アンヘルは翼を翻し、上空の冷たい風を翼に受け眼下を俯瞰している。

 

 遠ざかる城砦と囚われていた女達の姿が完全に見えなくなった時、カイムは次は何処で獲物を探すかと問い掛ける。

 

 

「それも良いが、一旦アルサスに戻るべきではないか?

 

進捗次第だが我らが賊を狩っていても限界があろう。

昨今の盗賊事情とは侘しいものの様だしな」

 

「……」

 

「それに此の国の情勢もきな臭い」

 

 資金は確実に集まっている。普通の村人が凡そ二十年は食うに困らない程だ

 しかし、このペースでは確実に間に合わない。一旦大物の賊の情報を探る為小物を襲うのを控えるか、小物を襲い続け確実に集めるか。

 

 内乱が近いのか獲物である賊が傭兵に転向し、狩り難くなっている事も問題だ

 

 アンヘルの言葉通りこのままでは限界がある、総て合わせて今現在どれだけ集まっているかも判らないのでは判断も出来ない。

 

 一旦アルサスに戻る事を伝えると、アンヘルは翼を翻した。







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