感激です!
それからの半月間はカイムにとって、ティグルが居ない以外特段変わりなく過ぎた。
朝目覚めたら、腕が錆び付かぬよう剣を振り。
朝食をとった後は昼までアンヘルの処に。
昼から夕方は、ティグルに頼まれたセレスタの町を警羅したり、守備兵の調練などに参加する。
アンヘルも時折、上空から不審な影を見つけたら報告するようにしている。
夜は屋敷に戻り、夕食を食べ身体を洗い寝る。
アンヘルと過ごす時間は減った。
カイムとアンヘルにとってはかけがえのない時間ではあるが、しかし一時の事。
ティグルが帰ればまた同じ様な日々が戻り、そして遠くない内に二人は此処を去る。
逗留予定の半年はもう過ぎようとしていたが、ティグルが戻るまでこの町を守る約束をしてしまった以上、此処を去れない。
その日を待ち望むカイムだが、此処で過ごした日々は、存外悪いものではなかったと感じていた。
アルサスという此の領地は、争いとは無縁で物が溢れかえると言うよりは寒々しい懐具合だが、田舎故に人は純朴でありカイムとアンヘルを受け容れてくれた。
この先この国で、二人を受け容れてくれる土地が見付かる可能性は低い。どころかほぼ無いだろう。
隣国のジスタートやアスヴァールなら竜を奉じている為可能性はあるが、人付き合いが煩わしい二人にとってそこで一から環境を作るのは億劫だ。
何しろカイムは喋れないため、会話はほぼアンヘル任せになるだろう。
アンヘルと契約した事を微塵も後悔はしていないが、こういう時は不便だとカイムは感じる。
契約で得たものは多いが、失ったものも多い。
そんなことを自室で考え込んでいると、屋敷の玄関の扉が開く音がした。
契約者の身体機能で漸く捉えられる程の微かな音だ。
音の発声原因は、ティッタだった。
ティッタは毎夜、神殿にティグルの無事を祈りに行っている。
気持ちは理解できなくはない。
しかし、町中とはとは言え夜道は危険だからあまり出歩かないで欲しいのだが、ティッタ自身の不安も和らげる意味合いがあるのかカイムは止められなかった。
ただティッタを気に掛け、屋敷に帰って来るまでカイムは寝ずに待っている日々が続く。
ティグルとの約束にはティッタの事も含まれているので、最大限彼女の意に沿う形で過ごさせるには、これくらいの肉体的負担は問題にはならない。
暫くして廊下を歩く彼女の足音が続き、彼女の部屋の扉が閉まる音がすると漸くカイムは寝台に入る。
しかし、肉体的には三、四日眠らなくても問題はないとしても、いい歳して子女の帰りを寝ずに待つのは精神的にはいい加減嫌になる、こんな日々があと何日か続くのかと思うとカイムの方が参ってしまいそうだ。
若干憂鬱になるカイムは、寝台に身を横たえながらさっさと眠ろうと目を瞑る。
しかし、……何か違和感があり眠れない。
睡魔は確かにある。だがそれを上回る違和感で頭が強制的に冴え渡っているのだ。そしてこの虫の知らせの様な嫌な感覚には覚えはあるが、久しく感じていなかったせいか思い出せない。
かなり重要な事だった筈だが一体何だっただろうかと悶々と悩み、気付いたら夜も明けようとしていた。
短く嘆息を吐き、仕方なく寝台から出て剣を取り屋敷の裏庭に行く。
一心不乱と言った風情で剣を振るもやはり思い出せない。
あまりに集中し過ぎてティッタが朝食の声を掛けるまで、彼女の気配に気付かない程だった。
彼女の気配程度を感じ取れなくなるのは不味いと思い、まだ続いている胸騒ぎを一旦思考の隅に追い遣り、朝食に集中する。
結局その日は何事もなく過ぎ、自身の杞憂かと判断しようとしていた翌日の昼。
アルサスにブリューヌ軍、ディナント平原にて敗北との報せが届いた。
敗戦の報せから一週間が経ったがカイムの日常に変化はない。今もこうしてティッタの帰りを待っている。
ブリューヌ敗報を聞いたティッタは大きく取り乱した。
しかし、アンヘルの助けを借りてティグルが配置されているのは後方である、ブリューヌは負けたがティグルが死んだとは限らない等、を伝えると一旦は落ち着きを取り戻した。
しかしやはり不安なのか、その日の夜から一昨日の夜までティグルの名を呼び啜り泣く音が途絶えなかった。
そして日中も酷いもので、料理中に指を切ったり洗濯物を取り込み忘れたりと、些細な失敗を繰り返した。
そしてその間にも神殿には欠かさず行き、祈る時間が日毎に増えていく。
昨日、どうにか表面上は立ち直り何時もと変わらぬ風を装っていたが、却って痛々しく見ていて気持ちの良いものではない。
距離と日数から考えれば、ティグル達は今夜から明日の朝にはアルサスに着いてもおかしくはないと考えていると、不意に来客を報せる打音が屋敷に響いた。
咄嗟に気配を探ると二つの気配が玄関の方にいる。次いでよく知る気配の一つを確認し一先ず安心する。
一つは馴染み深いバートランだ。
しかし、もう一つの気配は知らない。
バートランが共にいるので必要ないとは思うが、万一の為に備えて腰に剣を佩く。
しかし殺気が無いとはいえ、見知らぬ気配の接近を此処まで許す等、この町の空気に馴染み過ぎたかと自省しながら玄関に向かう。
ティグルの存在が無いことがカイムの脳裏を過るが、先ずは出迎えだと思い直し扉を開ける。
そして驚かれた。
「お、おぬしは……」
扉の前の老人は大変驚いた様でカイムを見て瞠目する。
老人は灰色の髪と同じ色の立派な髭を生やし、派手ではないが品のある服を纏っているが、どちらも泥や土埃、汗の汚れが隠せない。
続いてバートランも見遣るが、彼も同じ様な状態で二人とも顔に疲れが出ている。
カイムは初対面の老人と馴染みの従者に、挨拶と労いの意味で微かに目礼すると先ずバートランが動き出す。
「マスハス卿、こいつは先日の話にも出てきたカイムです。
おう、カイム今戻ったぞ。
こちらの方はマスハス卿だ、前にも話したことがあるかもしれんがウルス様のご友人で、若の後見人代わりを務めてくださっとる」
カイムは再度目礼するとマスハスやっと動きだしカイムに挨拶をする。
「いや、失礼した。カイム殿。噂はかねがね。
わしは此処より北西のオードという土地の領主のマスハス=ローダントじゃ。
日も暮れた時分に伺って申し訳ない。
しかし、ティグルに関係のあること故伺わせて貰ったのじゃ。
ティッタは今屋敷におるかのう?」
マスハスは疲れきった顔に微笑を浮かべティッタの所在を問うが、カイムは首を横に振り彼女は今いないことを告げる。
マスハスもバートランも不思議に思ったのか顔を見合わせ、今度はバートランが問い掛ける。
「カイム。もう夜だぞ?
ティッタは今どこに?」
カイムは眉間に皺を寄せて、顔をアンヘルのいる方角に向け『声』を飛ばす。
突然顔をあらぬ方向に向けたカイムを不思議そうな表情で見ているマスハスと、文字を教えた頃に見慣れているバートランは辛抱強く待つ。
やや、あって三人の頭に何処か気怠げな、しかし威厳を感じさせる皺枯れた『声』が響いた。
───やれやれ、あの小娘はまた神殿に祈りに行っているようだ。そろそろカイムの苦労も知って欲しいものだが。
初めて体験するであろう脳に直接響く声にマスハスは絶句し、バートランはアンヘルの言葉に痛ましさを湛えた表情で目を暝り、唇を噛み締める。
カイムは一瞬バートランの表情に最悪な事態を想像するが、すべてはティッタが帰ってきてからだと思い二人を居間に通す為に扉を大きく開ける。
マスハスは驚きから立ち直り玄関の扉を潜りながら今の『声』について質問する。
「カイム殿。い、今の声について聞かせて貰いたいのじゃが」
「マスハス卿、それについてはわしが……」
喋れないカイムを気遣ったのかバートランが代わりに説明を買って出た。
カイムはその間、居間の明かりを灯しティッタには少し悪いと思いながらも、厨房を使い茶を淹れる準備に取り掛かった。
「なるほどのう。事前に聞いてはいたが、こういうものじゃったか……」
マスハスは先程の不思議な現象に納得するかの様に頻りに髭を撫でている。
バートランの説明はどういう原理かは彼も知らないので、ただ東の竜が使う不思議な能力であると、些か簡潔過ぎる説明をした様だ。
まあ、マスハスも実際に聞いているのでそういうものだと理解したようだが。
カイムは大変遺憾ながら、剣の魔法で茶を沸かし陶杯を配り終えると、居間の壁に背を預けティッタを待ちながらアンヘルに『声』を飛ばす。
───小娘には『声』を飛ばした。直に来るだろう。
「そうか」
何処か安堵した様な二人の表情は、これから話す内容が分かっているのか少々硬い。
それから千も数えていない位に玄関の扉が勢いよく開く音がし、此処まで駆ける音が聞こえ、居間の扉が開かれた。
「つ、捕まったって……どういう事ですか!?」
ティッタの悲痛を帯びた声にバートランが項垂れ、マスハスは苦しそうに汗を流し、カイムは思わず天を仰いだ。
思い起こせば、詳しい説明しない二人にも問題はあったが、それを言及せずさらにティグルが居ないと『声』で説明しなかったカイムにも非はあっただろう。
アンヘルが何と『声』を飛ばしたのか知らないが、開扉と同時に「ティグル様!」と叫ぶティッタをカイムは止められなかった。
戦と行軍で疲れている筈の彼ら二人に、この言葉はさらに堪えただろう。
主君を守れず、亡き友人の息子を救えなかったこの二人には。
それからティッタは非礼を詫び、マスハスとバートランは参軍した兵の状況と、彼らの俸給と手当て、埋葬の件を話す。
しかしティグルの事を一更に話そうとしない二人に焦れて、ついに彼女はその所在を不安げな声色で問う。
申し訳なさそうにティグルは敵に捕まったと二人は話す。
そしてティッタの悲痛な叫びがカイムの耳に響く。
項垂れたバートランを慮ってか、マスハスが話しを引き継ぎ説明を始める。
カイムはその内容に嘆息した。
マスハスの言に因れば、今から四十日以内にティグルを捕虜としたジスタートのライトメリッツ公国、戦姫エレオノーラ=ヴィルターリアまで身代金を届けなければならないとの事なのだが。
「そ、そんな大金払えません!
アルサスの税収三年分だなんて、何を売ったって無理です!」
問題は身代金の額だった。
一年分の蓄えしかないとティッタは悲嘆し、足りない分をどう補うか言い募る三人
に、カイムはもう一度短く嘆息して壁から背を離した。
過熱する話しを邪魔しないように静かに居間を後にすると、剣を持ち自室へと向かう。
そして、荷物を漁って目的のものを取りだし中身を確認した。
続けて必要なものを数点装着し、目的の三つの包みを持って再び居間に戻る。
重苦しい空気を放つ扉を開けると遅まきながら気付いたバートランが怒りの声をカイムに上げる。
「カイム、おめぇさんいったい……ど……こに?」
「何処に行っていた?」と聞きたかったのだろう。しかし言い淀み戸惑うバートランに、ティッタとマスハスも振り返りながらカイムに視線を向ける。
次いで二人も同じ様に戸惑った。
大剣を左腰に佩き鈍く光る腕甲を両腕に、右腰には投擲用の剣と短剣を帯びて、外套を羽織っている。
まるでこれから戦いに赴くのかの様な格好をしているカイムに戸惑うのは当然だった。
しかし、カイムは三人の困惑する様な視線に一瞥すらせず、机の上に大中小三つの包みを置き、そして開く。
三人の顔が驚きに彩られた。
「こ、こりゃ!」
「ほ、宝石……!」
「それに……こっちは砂金じゃ!」
カイムの拳が二つは入る大きさの包みの中には、親指の第一間接くらいの大きさの様々な宝石がごろごろと入っている。
小さい包みの方には、最大で小指の爪くらいの大きさの砂金がびっしりとは言わないが詰まっている。それでもティッタの両手ですっぽり収まるくらいの量だ
残りの包みの中身はブリューヌの硬貨だ。銀貨と銅貨が多く、中には数枚金貨も入っている。
シャンデリアの灯りの火がそれらを反射して輝き、幻想的な光りが覗き込む三人の顔に当たる。
カイムは驚きの声を上げそれらを凝視する三人を一瞥し、アンヘルに『声』を飛ばす。
その内容を聞いたアンヘルはやれやれと言った風情で、その場の者達にカイムの言葉を伝える。
───カイムからの伝言だ。それらを身代金の足しにしろ、自分達はこれから少し稼いでくる、だそうだ。
全く以て世話の焼ける小僧よ、と溜め息混じりで続けるアンヘルの言葉にも、三人は反応を示さない。
唖然とした面持ちの三人を尻目に、カイムは居間を出た。
三人は暫く呆けた様に光る宝石と砂金、硬貨を見るが、慌ててカイムの姿を探し後を追う。
カイムは自室には居らず、玄関から出て門へ向かおうとしているのだろう、石畳の中央を歩いていた。
息急き切って追ってきた三人の声がカイムの背に掛かる。
「カ、カイム! ちょっと待て! あれはどうしたってぇんだぁ!」
「カイム殿! ぁ、あの宝石はどういう事じゃ!」
「カ、カイムさん! 待って下さぃ」
ぜぇぜぇと息を荒げながらカイムに言い詰まる三人に、カイムはいかにも面倒臭げな表情で振り返る。
三人が追い付くとカイムの何だと問いたげな視線が突き刺さり、三人の心に思わずイラっとした思いが走るが、先ずは呼吸を整える事に集中する。
各々、屈んで手を膝に衝いたり胸に手を当てたりと体が上下している。
ゆっくり数えて十ほど経ち、漸く落ち着いてきた三人を見計らってか、アンヘルから『声』が掛かる。
───何だ?
三人の心に確かな苛立ちが芽生え、代表してティッタが詰問する。
「何だ、じゃありません!
あの宝石はどういう事ですか!?
一体いつの間にあんなものを!?」
がなり立てるティッタの言葉の内容には二人も賛成だが、子女としての言動には賛成しかねるので、諌めるマスハスの声がティッタを止める。
「落ち着くんじゃ、ティッタ。
そうも詰め寄られては答えられまい。
カイム殿、あれらの出所やら本当に良いのかを聞きたいのじゃが……?」
マスハスはティッタの肩に手を置き制しながらカイムを見る。
三人の視線を浴びたカイムは本日何度目の嘆息か、短く息を吐くと自身の言葉をアンヘルに伝える。
三人の間に緊迫した空気が流れ、辛抱強く待つこと三呼吸分。アンヘルの皺枯れた声が脳内に響いた。
───然るべき所へ持っていけば問題はないそうだ。
───元々カイムが持っていた路銀に加え、返り討ちにした賊共が持っていたものだと言っておる。
───決して盗んだり強盗紛いな真似はしていないともな。
三人の間の空気が僅かに弛緩した。
盗品である品物もあるだろうが、持ち主に返す際に謝礼として何割か貰える可能性もあるし、闇市などに出品する商人を仲介して現金化できる可能性もあるとマスハスは考える。
幸いにも自身は顔が広い。これらの取り引き相手には困らない。
非常時には、あまり好ましくないが値を釣り上げる事もマスハスは視野に入れる。
しかし、今度は緊張の色を隠さないバートランがカイムに詰め寄る。
バートランはカイムがどうやって稼ぐのか気になり疑問をそのままぶつける。
「カイムおめぇさん、どうやって稼ぐ気だ?
まさかとは思うが……」
人を襲うのかと、若干心配した風なバートランの視線も何のその、カイムは自分達の予定と目的を教える。
───無論、賊狩りだが? 何だ老僕、何か言いたい事でもあるのか?
「いや……、しかしなぁ……」
答えに詰まるバートラン。
やはりと言うべきか、それしか考えられなかった。カイムの強さは、バートランも身をもって知っている。
戦が終わった以上雇い入れた傭兵も賊の真似事をしていてもおかしくはない。それを狙っているのだろう。
しかしいくら強いとは言えたった一人で賊達に挑むなんてと、バートランは心配の色を隠せない。
だが、そんな問いはどうでもいいと言いたげなティッタが、バートランと並んでいたその足を一歩踏み出し、前に出てカイムの真意を問う。
「カイムさん。
あなたは、なんでここまでしてくれるんですか?
あなたにはここまでする理由はないのに……」
有り難い申し出だ。これによってティグルが戻ってくる可能性もかなり上がるだろう。
しかし、カイムがここまでする理由が分からない。
この事が後に負い目となり、自分達が不利な関係となるようなら申し出を拒まなければならない。
ティグルの留守を預かるティッタとしては引けない問題だ。
ティッタは覚悟を籠めてカイムをじっと見る。
見られたカイムは変わらぬ無表情だがティッタを注視している。
マスハスもバートランもカイムの返答が気になり自然無言になる。
黙りこんだ一同が返答を待っていると、不意にカイムの視線が逸れ、アンヘルの皺枯れた声が三人に響く。
───そうまで気にせずともよいわ。
───単なるカイム自身の気紛れだ。この件に関して後にお主らに無理を強いる心算はない。
───その事は我が保証しよう。
「そ、そうですか。……すいませんカイムさん。
折角の厚意を疑ってしまって。
本当に申し訳ありません」
アンヘルの言葉にティッタは安心すると同時に己を責めた。そして、折角の厚意に水をさす質問と自身の下種な勘繰りに恥じた。
ティッタにとってティグルの命に変えられるものなどない。それをカイムは私財をなげうってまで、彼の命を救おうとしてくれているのに、その厚意を疑うなど何事か。
マスハスは恥じ入るティッタを庇うかのように、カイムに謝罪する。
「申し訳ない、カイム殿。
ティッタはただ、ティグルの立場を慮っただけなのじゃ。
この事でティグルが、延いては領民が辛い立場に追いやられるかもしれぬと。
どうか赦して欲しい」
カイムは気にしていない風に手で制すると、三人の間にほっとした空気が流れる。
そしてそんな空気の中、ティッタが真剣な表情で三人に宣言する。
「あ、あたし、町や村をまわって足りない分のお金を借りてきます!」
ティッタの声は上ずっていたが、言葉には覚悟が宿っていた。
「ティグル様は領主になって二年目です。
けど、このアルサスを立派に治めてきたってわかってくれる人や、力を貸してくれる人はいるはずです。
その人達からお金を借りてきます!」
ティッタの言葉にマスハスとバートランも決意を新たに今後の事を告げる。
「ああ、そうじゃな。
よし! ティッタとバートランにはそれを頼もう!
わしは知り合いの商人や好事家、身代金を出してくれそうなものに当たってみる!
よいか?」
「お任せ下さい、マスハス卿!
カイム達が頑張ってるってぇのにわしらが動かなきゃ、若が戻ってきた時に顔向けできねぇ!」
方針を決める三人の瞳には希望の光りが灯り始める。
そして、
───話しは終わったか?
そんな希望の火種を煽るかの如く、声と共に上空から飛来した赤い轟風。
「な、何じゃ!」
「こりゃ!」
「っアンヘルさん!」
三人は思わず砂塵や木葉から目を庇い、髪を押さえる。
「こ、これが竜……!」
マスハスは初めて見るその巨躯に目を奪われる。
なんと大きく、荘厳か。
威風堂々たる佇まいに思わず感嘆し瞠目する。
そして、その赤い翼が翻る度にたじろぐ三人を一瞥し、カイムは只人では敵わない跳躍を見せた。
『な、!』
カイムは助走も無しに膝を屈めて跳んだだけで、十アルシン(約十メートル)も跳躍しアンヘルの背に降り立つ。
カイムの人外の身体能力に驚愕する三人にアンヘルは告げる。
「我らは十日に一度戻ってくる。
その時に事の進捗を聞かせよ」
ではな、と続けてそのまま遥か上空に舞い上がるアンヘルとカイム。
茫然とする三人は、黒い夜空の遥か彼方に飛び去っていく鮮烈な赤を見送る事しか出来なかった。
まるで嵐の様に去って行った二人に、マスハスとティッタ、バートランは顔を見合わせる。
三人は見るも無惨な有り様だった。
マスハスは疲労していても、綺麗に撫で付けていた灰色の髪と髭は乱れ。
ティッタの栗色のツインテールはボサボサになり、侍女服の白い前掛けに土埃が目立っている。
バートランに至っては服の裾が捲れ上がり、少ない頭髪には木葉が刺さっている。
あんまりな惨状に三人は同時に吹き出し、笑い声を上げた。
大丈夫、まだ笑える。と希望を胸に。
その笑い声に呼応するかのように、遠い夜空でアンヘルの咆哮が木霊した。
次回から一日一回です。そして、次の次が問題です。
もしかしたら更新が途切れるかも……。
追記、少し駆け足気味なので加筆するかもしれません。