なんか楽しいです、はい。
(―――――――「あなたに此処は相応しくない」―――――――)
その日、判で押したように漫然と変わらない生活を享受する俺の目の前に、自称『大妖怪』は何の前置きも前触れも無く、諺を引用すれば藪から棒に、擬音で修飾するならばぬるりと、現れた。
驚いた?いいや、あれはそんなチープな表現で述べれるものじゃない。
戦慄した。これが最も言い得て妙だろう。
で、俺と目が合って開口一番言った言葉が『八雲紫』という自分の名前と冒頭にある――――うん……まぁ、書いてる通りだわ。そんな事を初対面の美女に言われた。何か色んな意味(主にメンタル)で沈んだのは言うまでもない。ツーか誰だお前。
(―――――――「此処にいたら、あなたは間違いなくこの世から乖離する」―――――――)
恐ろしく流麗な金の長髪に、明眸皓歯を意のままに体現した艶姿。文句無しの容姿端麗玉肌美人だ。正直見惚れてもしょうがないと思う。当然俺はしょうがないの部類。
紫色のフリルの付いたドレスに、すらりと伸びた細い腕には白い手袋と扇子。いや何故に扇子?似合うけれども………。
後は特筆すべきところは無い。……いやないよ?うん。絶対無いさ間違いない。あいつの背後でガッパリ開いたゾワゾワ蠢く謎空間とそこから覗く眼光鋭い無数の眼なんて俺には見えないよ?あれにふれたら負けかなとか思ってないよ?だって見えないもん。
―――――――――――とか言いながらあの女がそこから出てくるところをおもっくそ見てしまったっていう。
(―――――――「雑踏に埋没し、反復する日常の惰性に呑まれて、自覚もなく霧散してしまうのよ」―――――)
そういえば今日弁当作って食材切らしてたっけとか妹もう先帰ってるかなとか学校の課題まだ終えてないやとか、果ては超ひも理論に基づき宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし深く掘り下げようと考察しかけていや俺ひも理論そもそも知らねーだろと2秒足らずで匙を投げたりと、半ば自棄に現実
勿論性的な意味では一切なく、襲撃とか奇襲の類で、だ。
それこそ戦慄したわ。
言っておくがこの時点で俺のSAN値は既に零の一歩手前である。
発狂しなかったのは奇跡としか言いようが無い。
(―――――――「あなたは、消えてはならない存在なの」―――――――)
びびった。今だから言えるけどあの時若干ちびってた。それだけあいつの攻撃は残酷で、震え上がるほど凶悪で、それでいて熾烈を極めた。
今までのこの17年の半生にも満たない短い生涯で、あんなに圧倒的且つ強大な猛者に会ったことはない。
恐らく、親父と同等か、或いはそれ以上だったかもしれない。
それこそ本気を出す暇すら与えられず、刹那のうちに畳み掛けられて瞬殺だったさ。瞬く間ってのはまさしくあの状況を指す俗語なんだろうな……。正直、悔しい。
つーか何だよあいつは?一本の直径が俺の頭のサイズから、等身の1.5倍はありそうな化け物光線を、有ろうことか数十本………いや、それ以上だ。目測だけで数十本以上なんだから本来の数なんて計り知れない。下手すれば数百本あったんじゃないか?
その矛先を全て俺に向けて、絨毯爆撃よろしく打ち出してきやがったんだ。いやいやお前鬼畜かよと。悪鬼羅刹はお前のことだったのかと。と言うより修羅だな今畜生――なんて、吼える間も無く叩かれた訳だが。
大妖怪の名は伊達じゃなかったってこったな。
…………いやー、事後だからこそ言えたもんだけど、ホント生きてて良かったです。
(―――――――「あなたにはもっと相応しい場所がある」―――――――)
ぼろ雑巾同然だった俺を前に、彼女は聞いてもいないのに自分の事を洩らし出した。自分は妖怪で、しかもとってもお強い大妖怪だという事実(まずこの世界に妖怪たる者が実在していた事実に呆けてしまった)や、自分が『境界を操る程度の能力』を有している事(後ろの空間もその能力の産物で、自身は『スキマ』と称してるらしい。……どうでもいいかもしんないけど『境界を操る程度』って何故謙虚な言い回しを使ってたんだ?)、後はその他諸々に分類。
『スキマ』についてだが、これは彼女自身が見た外の世界の「欲望が渦巻いている様子」と言うイメージの表れであるらしい。知らんがな。
…………因みに情景を掴みにくい方々に一応補足として付け加えておこう。現在この場所に有るのは俺と八雲紫、後は溢れかえる瓦礫の山。ええ、瓦礫の山です。敢えて語句を足せば焦土です……あれ?
後、言うまでもありませんが、この時にはSAN値はとっくに底辺です。いや寧ろ下限値突破してます。マントル大直下ですね、はい。
今はこうして精神的に落ち着いてますが、当時はガクブルでした。
(――――――― 「私の、『幻想郷』が――――――――――――」 ―――――――)
あっさりと、拍子抜けするくらいに。
八雲紫が一言そう切り出しかけたその直後、俺らは離別する。
気づけば俺の身体は高所から飛び降りた時の浮遊感と、それによる臓物が居場所をなくすような喪失感と不快感、そして吐き気に見舞われることとなった。
頭は何故か酷く冷静で、冴えていた。だからこそ俺の現状を客観的に理解することが出来た。
それにこの感覚は、何度も経験してる。
――ああ、落ちるな俺――って。
どうして落ちる?答えはすぐ出た、あいつだと。彼女の能力の産物『スキマ』と言う空間を使ったんだと。
どんな原理、仕掛けを用いてるのかは彼女の口からしか聞いてないから詳しくは分からんが、おおまかにはあれは能力で境界を操って離れた場所をつなげることが出来る代物だと言っていた。
それを使われたのだ。
じゃあ何故行使する?それもすぐ分かった。というより彼女の今までの――一部抜け落ちてるが――主張を鑑みれば誰でもわかる事だと思う。
彼女の口調からして最初は俺を殺そうとしてるのかと思ったが、もしそうなら問答無用で言葉も交わさず後ろから仕留めたって良かったはずだ。そっちの方が効率もいいんじゃないか。あいつにその考えが無かったなんて有り得ない。
でも、なのにあいつは敢えて俺の正面に立った。あまつさえ言葉を交えて。
……まあ、あいつが嗜虐的な思想を有していて、他者をいたぶる上での過程の一環に会話を含めるような高慢で残虐な快楽を求める性格なんだって言われたら口を緘せざるを得ないが、そんなことは……やヴぇ、ありそうで怖い。
で、彼女がそんな性格ではなかったと仮定して考察してみれば、どうやら俺を別の場所に拉致したいのではないかという推論が出来た。多分これは間違ってない、自信がある。主に「相応しい場所」云々で。
てことはだ。
これで落ちる先に、彼女の言う「相応しい場所」が待っているって事になる。どうしよう、帰ってこれるかな?妹になんて言おう?すぐ帰れるならいいけど、当分帰ってこれないなんて事になったら飯とか大変だ。あいつ料理以外の家事はそつなくこなせるのに、肝心の料理は致命的だから大丈夫だろうか?親父は戦闘以外は全て犬並みだから使いモンになんないし、ああ不安だ心配だ心残り
なんて考えてた所で、ようやく落ちた。
不思議なのは足場が消えてから落ちるまでのコンマ数秒の短い間にそこまで思考が行き着いた自分の思考回路の秀逸さだが…………まあ人は死ぬ直前とか自らに危険が迫っている際に脳が活性化するって言うし(走馬灯などはその作用の一つだ)、特段気にすることでもあるまい。
最後に見えたのは、この状況を作った当人である筈の彼女が顔を驚愕に染めている光景と。
その後に爆発するように拡大した、眩いばかりの視界を塗りつぶす、真っ白な光だった。
▼ ▼ ▼
――――以上で回想終了。気づいたら俺は空から落ちていたって訳だ。おぉ、怖い怖い。
うーむ、なにはともあれこうして『ここ』に降り立ってしまったのだが、考えれば考えるほど疑問の残る最後だった。
頭から落ちた筈がいつの間にか背中から落ちていたりとか、八雲紫の当事者とは思えない反応とか、スキマの中で見た真っ白な光とか。
あの光は八雲紫が説明してなかっただけで実際はああいう仕様だったのかもしれないし、落下の体勢だって目が機能してなかったから平衡感覚が狂って体勢が変わってたのに気づかなかっただけ、て言えば証明できるような些細な問題で通る。
だとしても。だったとしても。
あの彼女の表情だけはどうしても引っかかる。
どうして彼女があんな顔をする?行使したのは彼女だろう?俺が何かしたのか?そんな事、あのどうしようもない状況で何かしようにも無理がある。現に俺にはただその結果になった契機を考え廻らす程度しかできなかった。だとしたら、一体あれはなんだ?
………非常に、あの状況を顧みればなおのこと、有り得ない可能性であるが。
あの時…………もしかしたら彼女の予期せぬ何らかの作用が発生し、双方予想だにしない『何か』が起こったのかもしれない。それは超自然が起因して引き起こされた突発的なものなのか、或いは人為的意図が含まれたなものなのかは今は置いといて。
あくまで揣摩臆測、仮定に過ぎない。――こじ付けっぽい所もあるけれど、だとしても今のところ、それが一番有力で、それしか案が出てこない。駄目な頭だ。
数十分前の冴えた海馬は急速に衰退の一途を辿ってしまったようだ。
……うん、まあ――どちらにしろ、『ここ』にいるってことはつまり、彼女の目的は達成されているわけだが………。
あと、他にも問題はある。
目が回復して身体を見てみれば、擦過傷やら内臓破裂やら切創やら裂創やら、もっとあげれば打撲、挫滅創、爆傷、熱傷、刺創もしくは貫通銃創うんちゃらかんちゃら。
生きてることがおかしい筈の夥しい創傷が、全て綺麗さっぱり消えていた。
血が足りなくて貧血気味――何てことも無く、いたって良好。健康に関して何一つ害もなく、倒れる心配も無い。強いてあるとすれば背中に受けた衝撃が多少あるのみだ。
いやおかしいだろ?なんだこれ?
さすがに俺死を覚悟してたんだよ?描写分かりにくかったろうけど痛みの感覚無くなって来て本気でヤバイなこれって今後の運命悟りかけてたんだよ?いや確かに妹の事とか親父の事とか他のことも考えてたけどもさ。
それに、根本的疑点としてなぜ彼女は俺をここ――――『幻想郷』へ、無理やりにでも連れ去ったのか。
その理由は何なのか。俺を此処に置いておけば彼女にどんな有益があるか。俺が乖離するとか言っていたが、そもそも彼女はなぜ俺が知らない俺のことを存知であったか。
分からない、全く分からない。
いくらなんでも課題が多すぎる。頭がパンクしそうだ。
掘り下げれば掘り下げるほど埋もれてしまいそうで、抜け出せなくなる。まるで底なし沼、もしくは迷路だ。
……つーかさぁ、わざわざ話しかけたりするんだからここに連れてく了承の一つや二つとってくれてもいいじゃんさ。いや恐らく断っただろうけども、それでも俺だってあんな瀕死になる位の大怪我負うって知ってたら少しは考え変わってたかもしれないじゃん。それこそ、「お前断るとぼっこぼこだぞ分かってんなゴルァ?」ってあからさまに脅されてた方がまだ良かったわ。痛いのは嫌いなんだよ、だって俺人間だもの。
それなのにあいつときたら、問答無用で襲い掛かってくるわSAN値根こそぎもぎ取ってくわ体中ぼろっぼろにされるわ、おまけに『スキマ』は睨み付けてくるわ、こんの外道めっ!!
――――でも……それはこうも解釈できる。彼女は焦っていた、と。
何を焦っていた?何に焦っていた?何で焦っていた?当然そんなこと、俺は知らない。知る由も無い。
彼女は『私の』幻想郷と言っていた。
ならばここは彼女の私有地ということになる。
だったら。
またあいつに――――『八雲紫』に会えるかもしれない。
できればあんなキチガイになんて二度と会いたくない。あいつと一緒にいたら命がいくつあっても心許無い。
それでも、あいつを探し出して真意を問いただす必要がある。分からないままなのは嫌だ、俺はそんな人間だから。
…………本気で会いたくないが。うぅ、再会した時失神しなきゃいいけどなぁ……。
てなわけで、今は物事を考えるよりも前に進むのを最優先とすべきだ。だから、
閑話休題。
ほいで、現状把握。
大声出してちょっとだけ心が晴れたあの時から多分、数時間。なぜ確証を持てず曖昧な言い回しを使っているのかというと、第一にどこぞの少女しゅ(ryの所為で携帯電話が壊れてしまい時間が分からないことと、第二に茜色の夕暮れ時だった空が今は完全な闇と化していること、第三に腹時計。あー腹減った。
森の中だからしょうがないが、明かりと呼べる光源が月くらいしか存在しない。要は真っ暗だ。上下左右何処を向いても木しかなかった空間は、今となってはそれすらも存在しない漆黒の真中となってる。これは非道い。
で、俺はそんな暗闇でいったい何をしているのかといえば――――――――――――
「6978………6979………6980………6981…………………」
聞いて驚け?
星数えてる。
……………………みんなの蔑むような冷たい視線を感じるぜぃ。
いや、最初から本当にただひたすら星の数数えてただけじゃないんだよ?まだ明るかった時はちゃんと歩いて探索してたし、これからどうすべきか後のこともしっかり考えてたんだけども、生憎頭使って疲れてるし、腹減ったし、歩いても歩いても人っ子一人いやしない。
いるのは気色悪い生き物ばかりだし、有無も言わさず襲ってくるし、追い払うのに体力使うし……ねぇ?周りも暗くなってきたし、動いて無駄に体力すり減らしたって後々参っちまうだけだし――――今日の探索はやるだけ無駄かなーって。てへっ☆
…………いやだからその液体窒素みたいな凍てつく視線をやめろと。寒いじゃねぇかよ。
実際こうやって休みながらの方が能率的なんだって。今後のためにもさ?
明日だって明後日だって、下手すりゃそれ以上に時間食うかもしんないんだ。急ぐのは悪くないけど、急いては事を仕損じるとも言うし、急がば回れなんて諺もある。要するに休養は必須なんだよ分かるかな諸君?
てゆーかね、頭休めるためと思って始めたんだけど……いやはや、これが意外と落ち着くんだよね。腹は減るけども。
……ほら、だんだん頭が、ポワーンてなって……。
「7009………7010………7011………7012………………701……4……………7……うぁ…………ねむぅ…」
ポワーンてさ……ポワーンて………………ポワーン……………………ポォー………………。
あー………、このままー……………寝てーもー……………いーかもーなー。
なんて思ったりしながら。
瞼を閉じ
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!
て………………………ぇ?
「うわっひゃあ――――ぬぶぉっ!?」
びっくりした!めっちゃびっくりした!!びっくりしすぎて寝床の木から落ちてしまった!!!うわあああああああエクスクラメーション・マークのオンパレードだあああああああ!!!!(!←コレ)
なんだ、何だ今の爆発音は?此処からそう遠くなかったぞ?ていうかなんで爆発音が?超展開なのか、超展開来たのかコレ!?
「いや、待てよ?」
落ち着け俺のメンタル。こんなときに心を静める呼吸法は……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……あ、これ違うか。スーハースーハー……よし。
――コレは、チャンスかもしれない。この停滞した動きを見せない状況を打破するべき唯一の。
今は夜、一縷ばかりの星明りと月光が、頼りなく大地を照らすだけの闇の中。しかも周りは鬱蒼と茂る森の海、迂闊に動かない方がいいだろうさ。能率的だし。
だがしかし、言うなればこれは文字通りの超展開。事態の進展を図る最も有効な術なんだ。原因はこれから見に行けばすぐに分かること、そうだろう俺?ついさっき、ただ黙って待つより能率的なことが出来た、ただそれだけのことなんだよ。
それにもしかしたらさっきのは八雲紫からの俺に対するアクションかもしれない。来いって言ってるのか、或いは……。
兎にも角にも、あいつに接触できる可能性がたった今出来たんだ。罠とかどうとか関係なく、行くしかない。
それになにより、
(……いざ人が寝ようってうたたねして、気持ちいいなぁって時に起こされるなんて)
降ろしていた腰を上げ、諸悪の根源……もとい、諸悪の「音源」へ身体を向け、駆ける。距離は近い。
……うん、やっぱ俺は考えるよりも――――
「胸糞悪いッたらありゃしない!!!」
――――体を動かす方が、向いてるらしいな。
どうせ俺は脳筋だよこん畜生。
お分かりいただけただろうか。
この主人公が、彼の住む世界が異常だということが。
恐らく誰でも分かるようなことから、これは分からないのではないのかという無駄な自信を持ったものまで入れております。
ですが唯でさえ拙い文章なので、見つけるのは至難の業かと。ですから今は深く考えずにありのままを読んでいただければ幸いです。
あえてヒントを言うなれば――――うわ、ちょ、誰だおま、いや待っ、なにをするきさまらーっ!アーッ!