緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

9 / 32
今回はクリミアさんの牧場物語とルベリエ長官の胃痛物語の第1章。
上下のシリアスにだいぶ差がある。

日付はリンク君が眠気と腹ペコでぶっ倒れたあたり。今回は日記風にしてみました。


牧場物語と胃が痛くなり始めた人の話

 クリミア日記

 

 

 リンクがここを去って今日で11日経つ。

 

 心配だから最低でも1日1回は私にオカリナで連絡をするように言っておいたし、昨日までは毎朝ほぼ同じ時間に連絡があった。

 

 でも今日の定時連絡が来ない。マロンやテワクたちのところにも来ていないらしい。こちらからの連絡にも出ない。

 

 一日位どうってことはない。何か忙しいのかもしれないし、もしかしたら単に朝寝坊しているだけかもしれない。

 

 そう自分や皆に言い聞かせてみたが、それでも私はリンクの事が心配だった。私だけじゃなくて、他の皆も。

 

 リンクには人を惹きつける何かがあるのかもしれない。

 リンクと出会ってからたった2週間ちょっとしか経っていないのに、まるで長年の友人や家族のように心配してしまう。

 

 そう家族や友人だ。決して恋人とか王子様とかそういうのではない。

 

 マロンもテワクもしつこい。この間はアンジュちゃんまでオカリナでこっそりと聴いてきた。

 

 あの出発する時のキスは家族にお休みなさいのキスをするのと同じだ。

 偶々、偶然、ほっぺたじゃなくて唇に当たってしまったに過ぎないし、赤く等なっていない。

 

 だからマロンはほっぺたを膨らませない。テワクも疑わしいですとか言わないの。

 アンジュちゃん、分かっていますよみたいな切なそうな女の笑顔を浮かべないで。あなたはまだ8歳だから。

 

 だいたいリンクは私より7つも年下なんだから。……たまに私より年上なんじゃないかと思う時もあるけど。

 

 

 でもマロンたちの気持ちは分かっている。要するに姉にやきもちを焼いているのだ。

 

 マロンは元々夢見がちな所があると言うか、白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれるというお姫様願望を持っている節があった。これはテワクやアンジュちゃんにも当てはまる気がするが。

 

 彼女達は皆、自分たちではどうしようも出来ない病や餓えから自分や友達を助けてくれたリンクに熱を上げている。いわゆる初恋というやつ。

 冷たく言えばシチュエーションに酔っているとも言えるけど、きっと恋なんてそんなもんだろう。

 

 まあ白馬に乗った王子が自分を迎えに来てくれるという大抵の女の子が一度は思い浮かべ、憧れるものだ。

 それは時と共に忘れていく、というか現実の厳しさに打ちのめされていくものなのだが。

 

 

 それにしてもリンクがいなくなって11日、意外な事に牧場は平和だった。

 

 ルベリエやその部下がここに来るかもしれないと覚悟していたのだが、全く来ないので逆に拍子抜けしてしまったくらい。

 

 代々家の牧場のミルクを卸し続けている商人さんやミルクバーの店主曰く、リンクは今やケルンの街のヒーローになっていて、彼を体良く利用しようとしている黒の教団やその後ろ盾であるヴァチカンに対する不信感が広がっているらしい。領主は民衆の感情を利用してこの街からヴァチカンの影響力や献金額を出来る限り削ろうとしているそうだ。

 

 ヴァチカンといえばヨーロッパ全土で信仰されているキリスト教の総本山だ。まあ、私達はハイリア人だから信仰してないけど。

 

 家に来た領主の使者は、教団があなたとリンク殿に会いたがっているが、教団との交渉は我々に任せてマダム・メロンとリンク殿はここでゆっくりしていて欲しい、と言ってきた。

 

 どうやら領主も他の地主も黒の教団も皆リンクはここにいると思っているらしい。真実を知っているのは私達と鍛冶屋さんの一家だけ。

 

 私は彼らに体調が優れないので会議に出席出来ませんと言うと、使者は笑みを浮かべて帰って行った。

 

 ……あなたたちはそうやって大好きな権力闘争をしているといい。

 

 私は私の大切な物を守る。

 リンクも、私の家族も、牛や馬たちも、このロンロン牧場も、みんなみんな守ってみせる。

 

 私は彼が帰ったのを見計らって、アンジュちゃんにオカリナで連絡を取り、事情を話してリンクが旅に出た事について口止めした。

 

 黒の教団様も領主様も誤解したままでいてもらいたい。

 

 聡いアンジュちゃんは私の上手じゃない説明をあっさり理解し、お父さんにも口止めしておくと言っていた。

 

 ……あんなに賢いのにどうしてリンクが絡むとマロンやテワクと同レベルになってしまうのか。分かんないなぁ。

 

 私はその後みんなを集めて事情の説明をし、領主と黒の教団の交渉が終わるまで牧場の外に出ないようにと言った。

 途中でお父さんが寝ていたから、個室でじっくりとお話ししといた。全くこんな時に寝るなんて信じられない。だからタロンさんは居ても居なくても一緒とか言われるのだ。

 

 それがリンクが旅に出た日の夜の話。それ以降私達は今日まで牧場から出ていない。

 

 元々この牧場は自給自足出来るようになっているし、どうしても足りない物は商人さんに頼めば手に入れてくれる。

 

 街の人と話したいことがある時はアンジュちゃんにオカリナで連絡をすればいい。これなら電話と違って盗聴も出来ない。……我が家は貧乏だから電話なんてないけどね。

 

 リンクのくれた妖精のオカリナは不思議な力を持っていて、奏でる曲によって異なる力を発揮する魔法のオカリナだ。

 初めて見せてもらったときはびっくりしたなあ。

 彼がどこか懐かしい曲を吹いたと思ったら、弱って餌も水も飲めなくなっていた牛がみるみる内に元気になってとっても美味しい牛乳を出すんだもの。

 

 サリアの歌はオカリナを持っている人と心の中で会話出来る曲。

 エポナの歌はどんな牛でもたちまち牛乳の出と味を良くする曲。後最近生まれた馬のエポナがこの歌が大好きで吹くと寄って来る。

 

 他にも嵐の歌とか色々あるけど、皆が一番吹いているのはこの二曲。

 

 特に馬の女神の名前であるエポナの歌は牧場を預かる身としては本当にありがたい歌だ。

 あの歌を聞かせてから牛たちはとっても元気になったし、出す牛乳の量も増え、味もとても良くなった。

 

 あとこれはアンジュちゃんとそのお父さんが教えてくれたことなのだが、どうやらこの歌を聞いた牛から出てくる牛乳には魔法がかかっていて、飲むと病気や怪我がすぐに治っちゃうのだ。

 

 彼ら親子はこの街で流行っていた病にかかり、医者にも手遅れだと言われたが、リンクの持っていた牛乳であっさりと治ってしまったそうだ。

 

 私もお料理をしていて手を切ってしまった時に飲んだら傷が治っていた。それどころか膝にあった古傷まで消えていた。

 

 これはもうブランド品として売れるんじゃないか考えてしまう。

 名前は何が良いだろう、今まで通り元気爆発ロンロン牛乳? 

 それとも私たちの家名からとってシャトー=ロマーニとかかな?

 

 みんなにも相談してみよう。もちろんリンクにも。

 

 

 

 

 

 

 

 ルベリエ日記

 

 神との邂逅から11日あまり経ったが、私はいまだケルンにとどまっている。部下にはこの街や近隣の村を見張らせ、万が一にもハワード・リンクを逃さないようにしていた。

 

 その理由の1つはケルンとの交渉が白紙に戻ってしまったから、もう一つはハワード・リンクを黒の教団のエクソシストにするためだ。

 

 あの時のハワード・リンクとのやり取りを街の誰かに視られていたらしく、今では領主や裏町のボスどころか街中に情報が広がってしまい、住民たちは我々の活動を邪魔こそしないもののひどく非協力的になってしまった。

 

 部下たちの報告によると、パブで食事をとったら自分たちだけ生焼け肉と半分焦げたパンが出てきた。道を歩いていると道を塞ぐ様にたくさんの住民が自分達の周りを横切り続け、10分以上立ち往生した。などなど苦情を入れづらい地味な嫌がらせが続いている。

 

 領主や地主たちも民意が自分達の側にある事、私達が少年に手を出すなという警告を守らなかった事をかさに着て、教皇への献金の全額免除を要求してきた。

 

 そんな条件はとても飲めない。そんなことをすれば教皇に見限られ、ルベリエ家は終わりだ。

 

 

 さらに問題なのがハワード・リンクの保護者であるマダム・メロンが会議をボイコットしていることだ。

 

 この11日間、牧場の者は誰1人牧場の外に出て来ない。

 

 部下をやったり、時には私自らが牧場を尋ねようとしたが、牧場の近くの木立で延々と迷ってしまったり、局地的大嵐に見舞われて吹き飛ばされたりしてさっぱり辿り着けない。

 

 まるでイノセンスの起こす奇怪現象によって牧場が迷宮にでもなってしまったかのように。

 

 だが、死人は一人も出ず、元々出入りしている商人や領主からの使者は問題なく牧場に入れることから、人為的に起こした奇怪現象だという事は明らかだった。そんなことが出来そうな奴は私の知る限りハワード・リンクしかいない。どこまでもデタラメな奴だ。

 

 元々出入りしている連中に紛れ込んでも、変装しても、エクソシストのスーマンだけを送り込んでみても駄目だった。

 

 商人や領主の使者に伝言を頼んでも『マダムはご加減が悪く、伝えることは出来ませんでした』と澄まし顔で言われる始末だ。

 

 奇跡のミルクがあの牧場にはたんまりあるのに加減が悪いわけがあるか! と怒鳴りそうになったことも1度や2度では無い。おそらく商人も使者も我々とケルンの交渉を有利にするために、マダム・メロンや領主からそう言うように命じられたのだろう。

 

 メロンは私の思っていた以上に強かだったらしい。

 この街に来てからハワード・リンクといいメロンといい、私は見誤ってばかりだ。

 

 故に私と部下たちはケルンとの交渉を全力で白紙に戻すしかなかった。実質私達の負けだ。

 

 これまで散々賄賂を贈って今の条件にしたのを白紙に戻し、始めから交渉をやり直さなくてはならなったため、滞在費や交友費、様々な賄賂、その他諸々がさらに嵩んでいく。

 

 中央庁と黒の教団にこれまでの経緯を報告して経費の増額も頼まなければならなかったし、私や私の家などとは比べ物にならないほどのお偉方からネチネチと嫌味を言われて胃の痛い思いをした。

 

 しかも少年がAKUMAを倒せることから、イノセンス適合者だとはっきりしてしまった。

 

 私にはハワード・リンクと彼のイノセンスや奇跡のミルクを回収する命令が下され、彼を諦めて帰るという選択肢は消えてなくなった。

 

 

 正直な気持ちとしては、私はもうハワード・リンクに関わりたくなかった。

 

 病や傷を治す奇跡のミルクを民衆に与え、牧場に奇怪現象を起こして結界とし、凡庸な剣を不可思議な大剣に変えてレベル3のAKUMAを消し飛ばした男、ハワード・リンク。

 

 レベル3のAKUMAを瞬殺する、それ位なら経験と訓練を積んだ上位のエクソシストや元帥なら可能だ。

 私は彼らを知っているが、彼らの事を恐ろしいとも、神の使徒だとも思わない。AKUMAを破壊できる兵器を持つただの異能者だ。

 

 私の家庭教師ズゥ・メイ・チャンなら癒闇蛇で人を癒せるが、それは寿命という相応の代償を払わされる魔術でしかない。十数人も癒せば、彼は寿命を使い果たして死ぬだろう。

 

 だが、ハワード・リンクは何の訓練も経験もなければエクソシストでも魔術師でもない。

 ただのイノセンス適合者の子供のはずだ。

 

 だというのに、万を超える人々を軽々と癒し、牧場に完璧に制御された奇怪現象を起こし、イノセンスでも何でもなかったはずの私の剣を使ってレベル3のAKUMAを一瞬で滅ぼした。

 

 戸惑いも喜びも無く、目の前の敵をただ排除するだけという様子で淡々と振るわれた力はAKUMAを切り裂くだけに留まらず、大地に深く抉り、山を斬り飛ばし、空を覆っていた雲を消し飛ばしてしまった。

 

 そしてなにより私は、銀色に輝く眼と彼の戦う姿を見た時に本能で感じてしまった。理性で考えさせられてしまった。

 

 あれは人では無い。人の姿をした戦いの神、軍神なのだと。

 

 普段の子供の姿は真の姿を隠す高度な擬態なのか、それとも普段は力を抑えていて必要な時だけ解放しているのかは分からない。

 

 分かるのは、あれは人が手を出してはならない恐ろしい存在という事だけだ。

 

 

 しかし運命は私を彼とどうしても関わらせたがっているらしい。

 

 気絶から目覚めた私は馬車の床に突き刺さる彼の大剣を見つけてしまったのだ。

 

 私は長官としての義務感からそれをすぐにアジア支部に送った。そこが一番近くて、優秀な人材が集まっていたからだ。現在本部にはおべっかつかいの無能ばかり集まっているし、中央庁にはどうも人ならざる怪しい者がいるということも、もちろん考慮に入っていた。

 

 そして今日、アジア支部の科学班からの連絡で新たに衝撃的な事実が分かった。

 

 アジア支部がセカンドエクソシスト計画を中断してまで調べて分かった事は、この剣は金属がイノセンスの力を纏っているのではなく、材質そのものがイノセンスに変質しているという事実だ。

 

 私が儀礼用に身に着けていたレイピアはハワード・リンクが手放して10日経っても、彼の使っていた不可思議な形状の大剣に変わったままであり、今ではその二つの蛇がお互いを噛み合っているような刀身の形から「ウロボロスソード(無限の剣)」と呼ばれているらしい。

 

 ウロボロス、「尾を飲みこむ蛇」を表す古代ギリシャ語だ。死と再生や永遠、無限を象徴する竜蛇の名前。凡庸な人の剣から非凡な神の剣へと変わった剣には相応しいかもしれない。

 

 今までもイノセンスを物質に纏わせることの出来る者はいた。例えばスーマン・ダークは風にイノセンスの力を付与して操っている。

 

 だが、ハワード・リンクはすでに奇跡のミルクを生産できるイノセンスの宿った牝牛を所有している。また牧場を迷宮化してもいる。さらに姿を変えることが出来るのも分かっている。この上、鉄をイノセンスに変質させてしまった。

 

 この脈絡のない力から導き出される仮説は3つ。

 

 彼は複数のイノセンスを扱うことが出来る初めての人材という事か、今まで誰も出来なかった“物質へのイノセンスの寄生”もしくは“イノセンスの生産”が出来るのか、あるいはそれら全部ということだ。

 

 私は報告を聞いてそう考えたし、アジア支部も、教団本部も、中央庁もそう考えたはずだ。

 

 そして誰も言わなかったが皆が考えただろう。「もしかして彼がハートのイノセンスの適合者なのでは」と。

 

 だから私はお偉方から電話で毎日のように嫌味を言われる立場から手の平を返したように称賛されるようになったし、本部はこの街にケビン・イエーガー元帥とイノセンスに寄生された猿を操るクラウド・ナイン元帥候補を派遣した。中央庁とアジア支部はセカンドエクソシスト計画を延期し、彼の残した大剣を調べ続けている。

 

 イノセンスは全部で109個。その中に核となるハートがあり、それが壊されれば全てのインセンスは消滅する。キューブの予言の文句だ。

 

 つまりイノセンスは始めから数が決まっており、今までは限られた物を千年伯爵と奪い合っていた。

 

 戦争は数だ。

 

 我々の兵士となるエクソシストが、武器であるイノセンスが多ければ多いほど、我々は有利になっていく。

 

 もし彼がイノセンスを増やせるならば、彼はこの戦争のカギとなる。

 

 元帥と元帥候補が到着するのは明日だ。明日ロンロン牧場に彼らは踏み込む。

 

 それまでに私も出来る事をしておかねばならない。

 奇跡のミルク、全て研究室に送ってしまったからな……胃薬の準備をせねば。

 

 




鬼神さんは大変な物を残していきました……彼の剣です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。