緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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彼の(勘違い)勇者伝説はすでに始まっていたのだ!


とある長官の記録(2)

 イノセンスが牝牛に寄生するという珍事。

 

 ラウ・シーミンというサーカスの猿にイノセンスが寄生した例もあるので、初めての例ではないが限りなく珍しいタイプだ。

 あの猿は遠近共に攻撃できたが、今度の牛はどうなのだろうか。もしできるなら前線に出てもらうことになるし、攻撃出来ないなら教団で保護して牛乳を提供してもらうことになるだろう。後者ならヘブラスカに次ぐ前線に全く出ない完全な後方支援型エクソシストの誕生だ。

 

 回復力はおとぎ話の万能薬レベルだし、回復速度も速く、飲んだ瞬間に効果が表れる。また味も最上級らしい。料理に使ったらどうなるのか気になる所だ。

 

 対AKUMA武器開発者であり、治癒魔術師でもあるズゥ・メイ・チャンも闇癒蛇で似たような回復ができるが、あれはズゥの寿命を消費するので頻繁にはできない。

 

 

 私が城の貸し出された部屋で寝巻に着替えていると、ふと疑問を覚えた。

 

 彼がイノセンス適合者ではなく、ただイノセンスの力の宿った牛からでる牛乳を配っていただけの少年である可能性に気付いたのだ。

 

 だが、ベッドに座って報告書の続きを読んでいくうちにその疑問は消えていった。

 

 この町で疫病が貧民を中心にじわじわと広がりだしたのが約1か月前。

 まだ死者は出ていないが、感染力が高くかなり広がっている。中流や上流階級の者もかなりかかっており、かかっても部屋で安静にしていればひどい症状は出ないらしいが、正直大量の死者が出るのも時間の問題だったろう。

 

 この町で「奇跡のミルク」と呼ばれるものが出回りだしたのは1週間前。

 そしてこの少年がこの町に現れて、牧場で保護されたのも1週間前だ。

 

 この一致がただの偶然だとは思えない。

 

 彼が来る以前からロンロン牧場は存在していたし、牛乳も出回っていた。だが、それは味は良いが間違ってもエリクサー級の回復薬では無かった。

 

 そんなものがあったらとっくの昔に評判になって、この街にイノセンス探索部隊であるファインダーが来ているはずだ。

 

 そして彼自身がイノセンス牛乳を無償で大量に配り出したのが4日前。

 

 奇跡のミルクの回復力は伝説のエリクサー級。実際に飲んで病気が治った貴族の話では味も王族が飲む様な最上級品らしい。

 それなのに一本20ルピーとその味と効能を知るものからすれば冗談のような安値だ。

 

 魔術師や錬金術師が訊いたら、お手頃価格でエリクサーを売ってまわるな! と頭をかきむしるだろう。

 

 だが、それでも1日を10数ルピーで生きているような貧民にはギリギリ手が届かない。

 その貧民こそが疫病の主な罹患者だと言うのに、だ。

 

 そこで彼は牛乳の試飲販売という形で彼らの救済を始めた。

 試飲、つまりこの一杯はお試しであり料金はとらないという訳だ。

 

 タダで飲める、しかも味は至上で怪我も病気も一発で治る。これに飛びつかない貧民はいなかった。

 

 彼ら貧民は社会的弱者であるが故に、仲間意識が強く、独自の情報ネットワークを持っている。

 瞬く間にその情報は広がり、我も我もと貧民が押し寄せてくる。動けないほど弱っている者は担いででも連れてきていたようだ。

 

 生き残るためには盗みや売春、最悪暴力や殺人だろうが厭わない彼らは自分達が嫌われていることを知っている。少しでも暖をとるために貴族街や公衆浴場の近くの下水道に住んでいる者も多く、不潔であり悪臭を放ってしまっていることも。

 

 それをハワード・リンクは嫌な顔一つせずにニコニコと給仕してくれた。

 

 誰からも相手にされない自分たちを救ってくれる、彼らの中で少年がヒーローになるのに時間はかからなかった。

 

 人間は例え貧民でも命を救われれば、恩を感じる。

 

 だが少年は、彼らが自分達の雀の涙ほどの金や財産を、あるいは自分たちの体を少年に捧げようとする者がいても決して首を縦には振らなかった。

 

 それどころか彼ら彼女らを風呂に連れていき自腹を切って体を清潔にさせた後、自分が助けた貴族や裕福な商人たち、あるいは食堂や道具屋などに連れていって、彼らを雇って欲しいと頭を下げて回る始末だ。

 

 最初は貧民だからと渋っていた雇用側も命の恩人である少年に熱心に頼み込まれては嫌とは言えなかった。少年はその場で雇用条件を決め、彼らがもし何かすれば自分に言ってくれとまで言う。

 

 少年は貧民たちに、ここで真面目に働いてあなたが幸せになってくれるのが、最高のお礼だ。最初は難しいだろうけど、頑張ってほしい。もしあなた方が幸せになった時には、今度は自分の売りに来た牛乳を買って欲しいと言った。貧民たちはむせび泣きながらこれを承諾し、絶対に不義理な真似はしないと誓ったそうだ。

 

 ここまでしておいて少年には何の利益も無い。すがすがしいまでのお人好しである。

 

 今では少年は「小さな勇者(ヒーロー)」と呼ばれているそうだ。ついでにロンロン牧場の売り上げが急激に伸びているらしい。まあこれは味や効能の上昇のせいでもあるだろうが。

 

 無論、人間の中にはそうした少年のお人好しぶりを利用してやろうとする者が出てくる。

 しかしそれは未だに一件も成功していない。

 なぜなら少年に命を救われた住民たちが街のいたるところにおり、階級の差なく彼を守っているからだ。

 

 明るい所では住民や憲兵がそれとなく彼を見守り、物陰から彼らのボスから少年の護衛を受けた者や自主的に参加した貧民たちが見守っている。

 

 貧民たちは悪意や敵意に晒され続けてきたが故に人の悪意に非常に敏感である。むしろそうでなければ生き残れない。

 少年を害したり、陥れようとするものは彼らによって即座に発見され、秘密裏に闇に葬られるのだ。

 

 ある時は体格の良い男たちに囲まれて、ある時は艶然と微笑む売春婦に袖を引かれて、路地裏に連れていかれ、街の裏側を支配する彼らのボスの前でやろうとしたことを洗いざらい吐かされてから裁かれるのである。

 

 ちなみにこの情報は女に釣られてホイホイついて行った馬鹿鴉からの情報である。

 任務中に女に現を抜かすとは、呆れてものも言えない。まあ町全体が彼を守っているという有益な情報を得たことは確かなので、首にはせず半年の減給ですませてやった。

 

 疫病は簡単に万単位で人命を奪っていく。

 ケルンのような大都市で昔から最も恐れられているのは、神でも悪魔でも戦争でもなく疫病なのだ。

 

 つまりそれを解決した少年は彼らのヒーローであり、彼を守る事に関しては街の表側を支配する領主や地主たちと、裏側を支配する者たち、そして住民たちが結託しており、強引に連れていくことはヴァチカンの権威を以てしても難しいという事だ。

 

 それにケルン大聖堂帰属問題を扱っているこの微妙な時期に問題を起こしたくない。

 もう取り決めはほとんど済んでしまっている。

 もしケルンがローマ・カトリックから独立してしまえば、我々は大聖堂再建にかかる莫大な費用のみを負担した挙句、献金や寄付などの見返りが無くなってしまう。

 

 戦争は金だ。

 

 千年伯爵との戦いにも膨大な資金が必要であり、我々は日々金策にあくせくしているのだ。

 

 この状況で膨大な資金だけかかって、見返りはゼロ、なんてことしたら私の首が飛ぶだけではすまない。ルベリエ家がおとりつぶしになってしまう可能性もある。ただでさえ英国国教会ではなくローマ・カトリックに所属するわが家はイギリスでは肩が狭いのに、ヴァチカンから見放されたら終わりである。

 

 あくまで彼が自分の意思で黒の教団のエクソシストになってもらわねばならないのだ。

 

 逆にそうなれば後はこっちのものだ。

 情報からすれば彼は甘い。どうしようもなくお人好しでケーキの様に甘い人間なのだろう。そういう人間を御するのは容易い。

 

 困っている人間を放っておけない。

 そこを利用してやれば、奇跡のミルクを無償で提供させることも簡単なはずだ。

 

 奇跡のミルクはエクソシストや鴉、ファインダーの標準装備となるだろう。イノセンスの力が宿っているのだからAKUMAにだって効くかもしれない。

 各国の要人や大商人に神の奇跡ということで売りつければ、外交も資金集めもはかどる。

 

 絶対に彼を我々の仲間にする。私は心に決めて眠りについた。

 

 

 

 翌日の早朝、彼が牧場を出発したという報告を受けて、私は部下と伴に街の入り口で彼を待っていた。

 

 私の後ろには私が趣味でやっているお菓子作りで作ったケーキやパイが積まれた馬車が控えていた。

 やはり子供と仲良くなるには食べ物、特に甘いものである。ある程度仲良くなったら彼と一緒にケーキ作りというのもいいかもしれない。

 

「待っていましたよ、ハワード・リンク」

 

 やってきた彼は濃い緑色の帽子を被り、同色の服を着ていた。ズボンは昨日と同じ薄い茶色だ。

 奇妙な格好だが不思議とよく彼に似合っていた。

 

「なんでここに」

「あなたを野放しにして置く訳ないでしょう」

 

 あくまでも確認といった感じで聞いて来る少年。監視がついていたことに気付いていたようだ。

 

 私が話しかけようとしたその時、突然見知らぬ男が少年の後ろから現れた。

 

「ハワード・リンクっううう!! 貴様の、貴様のせいで、私のウイルス拡散計画が! 私の一か月の我慢が!! 台無しDA――!!」

 

 顔を真っ赤にして叫び出すその男は明らかに錯乱していた。

 

 これと言って特徴のない普通の中年男性の顔だが、口からよだれをたらし、目は虚ろで、顔は酒をあおったのか真っ赤だった。

 

 私の前に護衛部隊がさりげなくたち、少年は動揺することも無く男の方を向いて尋ねた。

 

「誰だ、あんた」

「私は誰かだとー! 良いだろう教えてやる。私はレベル3ィイイイイイのAKUMAだ!!」

「い、いかん!!」

 

 最悪の状況に私は大いに焦りながら、緊急ブザーを押した。これでしばらくすれば増援が来るはず。

 

 レベル3、現在確認されている中では最高位のAKUMAだ。

 

 レベル2より更に発展した能力を操り、身体も格段に硬くなり、戦闘力や知恵もはるかに高くなっている大物AKUMAだ。

 

 その力は並のエクソシストではまるで歯が立たず、ここにいる新人エクソシストとエクソシスト候補、護衛の鴉ではとても倒しきれない。

 

 ここで私や少年が倒れるわけにはいかない。

 

 ここはスーマンと鴉をAKUMAにぶつけて時間稼ぎをさせるしかない。

 少年は何時の間にか茶色い革袋を手にして、突っ立っていた。何をするつもりか知らないがあのままでは死んでしまう。

 

「っく、逃げるぞ! ハワード・リン」

「何をしようとしているのか知らねえが、もう遅え。消えてなくなれェエエエエ!!」

 

 AKUMAが腕を突き出した瞬間、AKUMAの手から紫色の光が飛び出して少年を蹴散らし、その後ろの我々をひき肉にする……はずだった。

 

 

 私は見た。

 

 少年の右手の袋から仮面がひとりでに飛び出し、少年の顔を覆うのを。

 少年から黄金の光が発せられ、AKUMAの光を掻き消したのを。

 

 そして光が収まった時、少年がいた所には1人の青年が立っていたのを。

 

 私はその時確かに、神を感じた。

 

 少年と同じ先のとがった白い帽子と服、肩を覆う銀の鎧。

 身長195cmの私よりなお高い背。流れるような銀色の髪。

 

 そしてあふれ出る禍々しくも神々しいオーラ。

 

 かの軍神アーレスのように万夫不当。

 かの英雄オデュッセウスのごとく不撓不屈。

 かのアーサー王にも劣らぬ常勝不敗の勇者。

 

「な、な、なんなんだよ!! 何なんだよ、お前ぇえええ!!」

 

 AKUMAの叫びを無視し、私の方を向いて歩いて来た。

 

 その端整な顔にはいくつもの紅い線が走り、額には蒼い線が走る。

 彼の目は銀色に光り、尖った耳は彼が古の民族ハイリア人であることを誇示していた。

 

 彼が近づいて来るにつれて、私の体が震えはじめる。

 今すぐ跪いて慈悲を請え! と私の中の全てが叫ぶ。

 今まで幾多の神秘の深奥に触れてきた、この私が!

 

「……借りるぞ」

 

 彼は震えて声も出ない私から、剣を取り上げた。

 

 彼が手にした瞬間、儀礼用の細剣は異様な大剣へと生まれ変わる。

 

 その剣身は中心で捻じり狂い、お互いを喰い合うウロボロスのごとし。

 

 それは剣というにはあまりにも禍々しすぎた。分厚く、重く、そして神々しすぎた。

 

 それはまさしく神の、神による、神のための兵器。

 

 彼が青銀に輝く剣を両手でゆっくりと振り上げる。

 

 私達はAKUMAさえ魅せられたようにそれを見上げた。

 

 そして振り下ろす。

 

 其の青銀の一撃は、AKUMAを滅し、大地を砕き、雲を穿ちて、空間を切り裂く。

 

 今ここに魔を滅する勇者の、復活を告げる一撃であった。

 

 

 

 

 




やあ、(´・ω・`) ようこそ、KISHINの街へ。

この一撃はサービスだから、まずは喰らって死んで欲しい。

うん、絶対に勝てないんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この姿を見たとき、君は、
きっと言葉では言い表せない 「絶望」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中でそういう気持ちを忘れないで欲しい、

そう思ってこの攻撃をしかけたんだ。

______________じゃあ、リセットしようか。



ちなみに剣はルベリエさんに返却されました。借りパク、ダメ絶対。
次はヒロイン視点にしようか、それともリンク君視点にしようか、考え中。

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