緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第32夜 ミッションインポッシブル2

 △

 

 サイレン。

 それは女神に選ばれし勇者だけが入れる精神世界の修練場。

 一切の装備とアイテムを縛り、敵の攻撃に一発でも当たれば負けになるシビアな精神世界で、自身の心を鍛える試練らしい。

 ダンジョン内には15個の「しずく」が隠されており、それを「心の器」の中にすべてはめ込むことで、試練クリア。晴れて、この悪夢世界から脱出出来、ご褒美に神器を貰える(たぶん

 

 なんつーか、あれよ。

 このゲーム持っていない人は、ムジュラの大妖精の破片集めやトワプリの光の雫集めだ。あれをノーデスノーダメ縛りでやれば大体あってる。

 

 追加ルールとしては主なものは3つ。

 1つめは地面や壁に咲いてる白い蓮の花みたいな「光の実」を取ると30秒間、しずくのある場所に光の柱が立つってこと。

 

 これはものごとの真贋を見抜くまことのめがねも心眼も持っていない俺にとっては救世主的な存在で、これが入り口近くにあったおかげで、廊下の片隅でひっそりと透明化した箱の中にある「しずく」とかいうくっそ分かり難いものを発見することが出来た。

 

 たぶんこれ、「この神殿にはこういう透明化したしずくがある。各々注意して探すように」っていうカヤバーンからのメッセージというか、注意勧告というか、そういう捻くれた優しさだよね。今はありがたく受け取っておこう。

 

 2つめにサイレンの世界の中では守護者(例の金ぴか三銃士だ)が俺を倒そうとひたすらつけまわしてくる。もう超能力おまわりさん並にどこからともなく現れる。スタアアアアップ!!

 でもこいつらにも弱点がある。入口の魔法陣の中にいる間と、しずくを取って約90秒間は活動を停止するってことだ。こいつらは地形をガン無視して突っ込んで来てはスタミナとか知った事か言わんばかりに大剣ブンブン丸と化すので、大変ありがたい仕様である。カヤバーン、有情!

 

 ただし、注意しなくてはならないのは、しずくを取れば確かに守護者は停止するが、リーデッドなどのモンスターは停止しないっていことだ。さすがにファイさんの張った結界魔法陣の中にいる時なら大丈夫なんだが、しずくを取ってもモンスターには関係ないらしく、いつも通りに俺を攻撃してくる。

 そして厄介なことにモンスターに見つかると、守護者に無線通報でもしてるのか、即座に守護者が殺しに来る。やっぱりあいつら超能力おまわりさんだよ。スタアアアアップ!!

 

 こうなってしまうと、別のしずくを取るか入り口の魔法陣まで戻るかの2択である。しずくがあればいいが、なければ時間を停止された状態で即死攻撃の乱舞を回避する無理ゲーに挑むか、さもなくば魔法陣まで戻るしかない。

 

 そして3つめの追加ルール。

 退魔の魔法陣は確かに、守護者だろうがモンスターだろうが追い払うことが出来る。しずくと違って時間制限も回数制限もない。まさに退魔の陣、まさに篝火的な安全地帯!

 

 だが乗るたびにモンスターの敵意や配置をリセットしてくれる代わりに、手に入れたしずくまでリセットしちゃうのだ。苦労して崖から突き落としたモンスターももれなく復活するおまけ付きである。まさに時を司るマスターソードの精霊が作った魔法陣! ショッギョ=ムッジョ!

 

 っていう、シビアを通り越してもはやマゾなんじゃないかっていう仕様もあって、意気揚々と闇の神殿攻略に乗り出した俺たちは、早速暗礁に乗り上げていた。

 

 俺はこっそりと目の前の空洞を観察する。隅から隅まで、だ。

 

 わ、渡れねえ。

 神殿に入って最初の角を右に曲がったところにある巨大な穴、あるいは深い溝とか谷とか言うべきものがデカすぎて渡れないのだ。

 

 VRゲームになって上がったリンクさんのジャンプ力でゴリ押しさせないためとはいえ、この穴、いくらなんでもデカすぎ&深すぎだろ。

 

 こんな断崖絶壁がどうして神殿内にあるんだ。空でも飛ぶか、梯子でもかけなきゃ使いづらいだろ。盾も爆弾もねえから大ジャンプも使えねえし、まったく常識ねえのかよ……

 

 しかもスイッチとか、見えない足場とかを探してると、すーぐあの金ぴか三銃士がやってきやがる。こっちはもうゴロンパンチすらない完全な生身なので、そのたびに撤退するしかないのだ。おかげで調査が遅々として進まない。

 

 マリオ的に考えると、モンスターか何かを空中に投げて、それを足場にジャンプして……って感じなんだけど……リーデッドは近づくとザ・ワールドからのだいしゅきホールドしてくるし、キースは燃えていて持てないし、フロアマスターは作品によっては触っただけでダメージ受けたり、牢屋にINしたりするしなあ。

 

 こっちは1ダメージも受けちゃなんねえってのに、向こうはタッグマッチしてくるわ、スタンド能力使ってくるわ、不公平だぜ。

 

 特にリーデッド、お前だよお前!

 

 金ぴか三銃士は守護者とかいう明らかにボス格というか、海王の神殿のファントム枠というか、そんな感じの強モブ感があるから、壁すり抜け奇襲も特別に良しとしよう。

 

 フォールマスターのテレポーテーションからのキャトルミューティレーションとかいう極悪コンボもかなり有罪だが、数は一体しかいないから、特別に執行猶予をくれてやる。

 

 だが、リーデッド! てめーはダメだ!

 お前ら数も体力もやたら多いゾンビ枠のくせに、視線だけで時空間停止とかいう糞強アビリティ持ってんじゃねえぞ!

 今どきなあ、無双系主人公やライバルだって、時間停止能力はチート過ぎて大概一日数回とか、一度使うと長めのインターバルを挟むとかするんだぞ。そうでなくても時空間系能力は主人公とかラスボスとかが持つ特別な能力のはずなのに、数頼みのゾンビ枠がさも当然の権利のように時間停止を連打してくるとか……

 

 しかも一体に見つかったら大声を上げて仲間を呼び寄せて、攻撃手段すら持たない俺たちに集団で時間停止能力連打してくるって……ほんと闇の神殿は地獄だぜ! フゥハッハッハアーー!

 

 でも、こういうのって生きてる実感が湧いて来るから俺、好き!

 

 とでも言うと思ったかブァーカ、大っ嫌いだ!(ドイツ伍長感

 

 ……ふぅ、一通り愚痴を叫んですっきりした。

 

 いや、リーデッドの時間停止、フォールマスターのテレポーテーションアタック、黄金三銃士の壁抜け斬り、この即死コンボで死に掛けること幾星霜。これくらい心の中で叫んでもバチは当たらんと思うの。

 善意とはいえ、こんなステージを作っちゃったファイさんとアニタさんは後で俺に優しくすることを要求する。

 あっ、大本の原因であるロードとカヤバーンは焼き土下座か、リーデッドにだいしゅきホールドされる刑ね。ライクライクにモグモグされても良いぞ。お尻ぺんぺんでも可。たぶん今頃、腹を抱えてゲラゲラ笑っているだろうし、それぐらい良いだろう。

 

「ゴロっ、ゴロロ(ぷぷっ、いい気味だね)」

 

 次に問題なのが、こいつ。なんでか後をついて来るちびゴロン君。

 

 こいつときたら来るなと言ってもついて来るくせにデッカイ音立ててせっかくのスニーキングをパアにするわ、モンスターに捕まりそうになったらこっちの身を盾にしてでも助けなきゃならないわで、大変なんだ。

 

 何度言っても離れてくれないし。闇の神殿が怖いのは分かるけどさあ。もう一回言ってみるか。

 

 膝を着き、ゴロン君の目線で話しかける。

 

「なあ、ゴロン君。この神殿から出るには君の協力が必要なんだ。手伝ってくれないかな?」

 

「ゴロ(やだ)」

 

 ぷいっと首を横に振るゴロン君。

 

「じゃあ、手伝うのはいいから、安全なここで待っていてくれないかな?」

 

「ゴロー(べー)」

 

 あっかんベーするちびゴロン。

 

 こいつ、非協力的すぎぃ!?

 

 そのくせついて来て邪魔だけはするって、君はいったいどこのナターリアだ! あるいはジャンゴか! 悪い事したトリーとでも言ってみろ!

 

 なんなん、手伝わないけど、足手まといにはなるってなんなん!?

 

 ったく、玉ねぎみたいな間抜け面しやがって、腹立つわー。

 

 君のおかげで毎回、モンスターに見つかるわ、騒いで他のモンスターを呼び起こすわ、毎度対処するこっちは大変なんだぞ。

 

「ちょっとくらい手伝ってくれてもバチは当たらないぞ」

 

(ぷい)

 

 アアアア! 可愛くねえ。

 ゴロン族♂のツンデレとか誰得だよ。こいつの場合、ツン100%だから、ますます可愛くない。

 

「せめてこの安全地帯にいてくれないか?」

 

(ぷい)

 

 こいつ……はあ……せめて来るなら来るで、なんかの役に立たないかなぁ。

 

 体が重いからスイッチの押し役に!

(スイッチが)ないです

 

 ちょっと外道だけど囮に!

(すぐこっちに来ちゃうので使え)ないです

 

 もういっそ踏み台に……

(出来るけど、踏み台の使い道が)ないです

 

 うーむ、こいつは難問だ。

 

 味方NPCに体力は設定されないのがゼル伝の伝統だが、神トラのゼルダ姫護衛ミッションのように例外もあるしなあ。

 

 それに振り回してハンマーの代わりにってのは流石に可哀想だし………ルト姫みたいに安全が保障されていれば使うんだけど……

 

 うーん、あっいいこと考えた。壺を集めてこの子を安全地帯の台座に拘束しよう。

 

 風のタクトとかトワイライトプリンセスとかで使われた、動き回るNPCを任意に移動させたり拘束したりするための小技だ。

 俺一人ならコッソリ行って、崖の壁に張り付いて移動できるかもしれん。

 

 こいつは妙案だ。さっそく実行することにした。

 

 

 

 ♰

 

 この陰気な神殿に来てはや数時間が経った。

 

 拷問道具とか死体とかが溢れる暗い雰囲気の神殿とは対照的に、ボクの機嫌は有頂天だった。

 どうやらボクは大きな、とても大きな誤解をしていたみたいなんだ。

 

 ボクは勇者リンクがボクを嵌めたと思っていた。

 だってそうじゃないと、突然ボクがゴロンゴロン回された理由が分からないからね。あ、思い出したら急速に気分が悪くなってきた。よし、こういう時は……

 

「ゴロー!ゴロゴロゴー!(ウワー、転んじゃったー!)」

 

 大声を上げながら大げさに転び、足をばたつかせる。ツボをひっくり返して、更に大きな音を出してやった。

 

 すると先程までボクの前で、足音を殺し、姿勢を低くしていた緑の勇者がすっ飛んで来た。大慌てでボクを立ち上がらせるが、もう遅い。

 

 ぎゅぴーん、と目を赤くして壁の中をすっ飛んでくる仮面の戦士たち。起き上がる土気色の死体たち、飛んでくる火のついた吸血蝙蝠。

 

 勇者はその対応に大わらわ。ボクはその様子を近くで見ながら、大爆笑ってわけ!!

 

 はあー、心が洗われるようだ。命の洗濯ってこういうことを言うんだね。

 

 どうやら勇者リンクはボクが子供のゴロン族だということに気付いていない。あるいは気付いていても助けざるを得ないようなのだ。

 

 ゾンビたちの邪視により変なポーズで空中に縫い留められた勇者は必死の表情で、足先だけ動かして飛んでくる蝙蝠を躱したり、首を捻ったり腹を引っ込めたりして仮面の戦士たちの斬撃を潜り抜ける。ボクはそれを高みの見物だ。

 

 ボクは精神の専門家だからね。恐怖で怯えた顔をしながら、心の中では腹を抱えて大笑いなんて容易い事なのだー。

 

 あと魔物は基本的に近くのやつを襲うから、注意を引いた後は少し離れていれば襲われない。ノアのボクから頑張り屋の勇者リンクくんに、特別ワンポイントアドバイスだよ♡ 

 

 あ、ボクゴロン語しかしゃべれないんだ、ごめーんね♡

 

 うーん、でもなんだかリンクの奴、もう攻撃に慣れてきたのか。危うげなく避け初めて詰まらなくなってきたなあ。

 

 よーし、ここは夢を作って幾星霜。

 ドリーム☆マイスターなボクが特製のスパイスを効かせてあげよう♡

 

「ゴロー、ゴロロ―ゴロゴロ-!(ウワー、敵が来たーこわいよー!)」

 

 大声を上げてわざとゾンビの大群の方に走る。当然、邪視にやられて硬直する体。

 

「ゴロー、ゴロゴロー!(きゃー助けてー、勇者さまー♡!)」

 

 すると勇者リンクは決死の表情ですっとんできては、ボクの体を肩車して、入り口に向かって全力ダッシュを開始した。魔物を追いつかせない猛ダッシュである。

 

 ヒュー、さすが勇者様だー。いざって時はすごいねえ。頼りになる~。まさに、ナイト!

 

 感謝の気持ちを込めて、なんかゴロン化を解いて以来、背が伸びて大人になった勇者の頭をポンポンと叩く。

 

「ゴロゴロー、ゴロゴロー(ありがとう、ボクのナイト様♡)」

 

 じゃあ、あと一万回くらいしようか(ゲス顔

 

 何回目に死ぬかなー♪

 

 

 

 ボクを担いで拠点にしている魔法陣に帰って来た勇者は、しばらく何かに耐える様に虚空を睨んでいたが、ゆっくりと膝を着き、ボクの目線に合わせると穏やかな声で話しかけてきた。

 

 いやー、こうして間近で見るとこいつホントイケメンだよねー。

 

 たぶんすげー苛ついてるだろうに怒鳴り散らしたりせず、足手まといの子供のために膝を着いて目線を合わせるところなんか、今どき中々出来ることじゃない。お姉さん的にポイント高いぞー青年。

 

「なあ、ゴロン君。この神殿から出るには君の協力が必要なんだ。手伝ってくれないかな?」

「ゴロ(やだ)」

 

 でも、意地悪は止めてあげなーい♡

 

 ぷいっと首を横に振るボク。ボクを頷かせたければ、飴を一年分持ってくるんだな。あとイチゴの乗った美味しいケーキもね!

 

「じゃあ、手伝うのはいいから、安全なここで待っていてくれないかな?」

 

「ゴロー(べー)」

 

 あっかんベーするちびゴロンことボク。

 

 ゴロン族の玉ねぎみたいな間抜け面でやると威力倍増だろー怒れ怒れー。君は敵じゃない幼児には手を上げられないタイプだってことは、お姉さんにはお見通しなのだー。

 

「ちょっとくらい手伝ってくれてもバチは当たらないぞ」

 

(ぷい)

 

「せめてこの安全地帯にいてくれないか?」

 

(ぷい)

 

 困り果てた様子のリンク君。うんうん、その位の方が見た目相応で可愛いぞ~。

 

 ああ、愉快、愉快。

 

 相手の夢に侵入し、相手が絶対に手を出せない奴に変身して、相手の心を弄ぶ。

 

 夢のノア、かくあるべし。

 

 そう標語にして飾りたいほどのボクの八面六臂の大活躍に、ボクの中のノアメモリーも非常に満足気だ。猫ならゴロゴロと喉をならしているだろう。

 

 さーて、次はどんな意地悪をしてやろうかなぁ。

 

 ん? なんだリンクの奴、部屋の四隅に猛ダッシュしたと思ったら、壺をかき集めだしたぞ。

 

 何をしているのか、不思議に思って眺めていたら、壺をボクの周りに重ねだした。

 

 ? 何がしたいんだろう。バリケードのつもりなのだろうか。

 

 一通り重ねて満足したらしく、勇者は頷き「ここで待ってるんだよ」と言って、風のように去っていった。

 

 おいおい、アホのゴロン族とか非力な人間ならともかく、夢のノアのボクにそれはちょ~っとお粗末じゃないかなあ。

 

 これはボクを舐めてますね。間違いない。

 ボクの許可なくボクをペロペロするなんて。やれやれリンクにはきついお仕置きが必要なようだ。

 

 こんな壺の塔なんてボクの念動力で……あ、今ゴロン族だから使えないや。いやーすっかり夢のノアに戻った気分だったから、忘れてた。

 

 でも今は元の姿に戻れないことなんて気にならないくらい気分がいい。だから勇者への刑は全治10年くらいにしてやろう。ボク優しいなあ、アイツなら全治100年とか言い出すところだろう。

 

 ボクはさっさとゴロン族の腕力で塔の山を叩き壊すと、勇者の後を追った。この身体の欠点は一杯あるけど、その一つは空も飛べなければ足も遅いってことかな。

 

 その代わり地面を凄い速度で転がって走れるけど……やめよう。あれはボクの中ではなかったことになっているんだ。美麗で可憐なロードちゃんは、泥にまみれてゲ〇なんて吐かない。吐かないんだ……

 

 ちょっとトラウマを思い出して軽くゲ〇りそうになりながら走っていると、やっと勇者に追いつくことが出来た。

 どうやら勇者リンクは壁に張り付いて進むという体力勝負の力技に出たようだ。夢の中でも体力勝負とは、君はつくづく脳筋だなあ。

 

 ふむ、ところでリンク君。

 

 ボクは君に日頃の感謝を込めて贈り物をしたいと思っているんだ。

 

 ボクだって鬼じゃないからね。して貰ったことへのお礼はたっぷりと、それはもう嫌というほど、たっぷりじっくりとしてあげようと思うんだ。

 

 ここに君が置いて行った壺の山の一部があるんだけど……これを君にあげたらどうなるかな。

 

 うーん、どうなるかなあ。ボクあたまがわるいから、あげてみないとわかんないなぁ。

 

 ということで~、ぽいっ~と。

 

 バリーンっ!

 

 勇者の足元で壺が割れ、静寂の中に甲高い音が響き渡る。それと同時に、例のギュピーンって音がして、周囲の空気が赤く染まった。

 

 これは……くるぞくるぞ~

 

 何が起こったのか察した勇者が全速力で、向こう岸に進みだしたけど、もう遅い。

 

 突如、勇者の右手の在った場所から剣が生えてくる。

 

 リンクは慌てて手を引っ込めたが、今度は左足のあたりから刀が生えて来て、それを避けたら今度は首元に……それらを上下左右に体を振って躱していくリンクはまるで虫かなんかのようで……くくく。あはははははは、あふふ、なんだあの動きっ。あははバネみたい。はひっ、笑いすぎてお腹痛くなってきたよっ。

 

 壁の中から十重二十重に攻撃されて、必死に避けまくるリンク。その姿は死に掛けのセミという言葉をつけて額に入れて飾っておきたいくらいだ。

 

 ああ、最高だ。

 

 今、ボク、すっごく充実してる。

 

 ―――トントン

 

 なんだよ、今いいとこなんだ。邪魔すんなよ。おおっ、すっごい連続ブリッジだ!? あんな躱し方があったとは……

 

 ―――ぺたぺた

 

 うっさいな!! 今良い所って言ってん、だ、ろ…… 

 

 

 ……え? 

 

 振り返ったボクの視線の先にいたのは、リーデッドたちの山、そしてその奥からやって来る得体の知れないうぞうぞした穴のついた柱だった。

 

「ゴロぉ!?(っひぃ!?)」

 

 なんだあれ!? なんだこれ!? 

 

 パニックになりかけたボクは気づいた。

 

 魔物は一番近くの敵に襲いかかる習性がある。

 

 勇者は向こう岸に渡るために壁に張り付いているのだから、当然ボクがいる側のモンスターというモンスターは全部ボクの方に来る計算に……

 

 やっとそのことに気づいたボクは必死に動くか、声を上げようとしたが、邪視の数が多すぎてピクリとも動けない。その隙を突くかのように、ゆっくりと一歩一歩近づいて来るリーデッド。

 

 ムゥウウウウウウ……

 

 ムゥウウウウウウ……

 

 リーデッドたちの唸り声の合唱が響く。駄目だ、目玉一つ、指一本動かせない。

 

 徐々に近づいて来るリーデッド。見たくもない死相がドアップになる。

 

 カサカサに乾ききった茶色い肌、すえた雑巾のような匂い、眼球の無い眼孔の群れが、こちらを無感情に見つめている。

 

 こ、こんなはずじゃあ!?

 

 このままじゃ、せっかくゴロンレースから抜け出せたのに、ゾンビどもに生きながらにして永遠に食われ続けることになる。そんなのやだよ!

 

(助けて勇者様!)

 

 今回はマジ、マジだから!

 

 って心の中で叫んでも、件の勇者様はボクが仕掛けた罠のせいで、黄金の剣士とバトルの真っ最中だ。とても助けに来れそうにない。

 

 自分で仕掛けた罠で自分の首を絞めるとか、ボクは馬鹿か! 学習しろよ! 

 

 でも勇者を苛めるの、すっごく楽しかったんだもん! しょうがないじゃん!!

 

 しかし現実(悪夢)は待ってくれない……

 

 ――――ウゾゾ、ゾゾゾゾ……

 

 なんかどんどんキモイのが近づいて来るんですけど!?

 

 緑黒白青赤黄色、絵の具をぶちまけて混ぜ合わせたような汚い色の、穴の開いたうねる柱がこれまたゆっくりと這うようにして近づいて来る。

 

 こ、これに食われると、たぶん、永遠に消化され続けることになる……のか?

 

 や、やだー!

 そんなのいやだー!

 

 勇者リンク! いや、リンクさん! いやリンク様ぁ! 早く助けてー!! なんとかしてー!?

 

 謝るから! 壺投げたり、わざと足を引っ張ったりしたことも謝るから!! ね? ね?

 

 必死に祈るボクの祈りが通じたのか、ボクの頭がぐわっしと掴まれた。

 

 そのままゆっくりと持ち上げられていく。

 

 かなり痛いが、生きながら消化されるよりマシだ。

 

 ああ、怖かった。

 でもリンクが来たならもう大丈夫、そう思って上を見ると……

 

 ……え?

 

 それは黒々としていた。濡れたようにヌラヌラテカテカしていた。

 

 それはまさに生手首だった。

 

 ボクの頭より遥かにデカい手が、ボクの頭を鷲掴みにしてふわふわと浮かんでいる。

 

 ってこれ、リンクが言ってたフォールマスターじゃん!?

 

『いいかい、ゴロンくん。フォールマスターに掴まっちゃいけないよ。彼らに掴まるとどこかへ連れ去られてしまうからね』

 

 勇者に言われたことが脳内に蘇る。まるで森に入っちゃいけないよとでも言うような口調だったが、言っていることは子供だましではなく、本当のことだったのだ。

 

 本当のことだったのだ……じゃない!

 それを言った当の本人はどこだ。

 って、なんか腕が翼みたいになってる女の脚に掴まって空飛んでる!? 

 

 おい自分だけ助かるんじゃない!!

 

 そんな女に構ってないで、ボクに構ってよ! 

 

 ボク連れ去られる、連れ去られちゃうからぁ!?

 

 そう思った瞬間には、出てきた時と同じ位の唐突さで放り出された。

 

「ごろぉ!?(ぷぎゃ!?)」

 

 は、鼻打った……痛い……

 

 涙目のまま痛みをこらえて起き上がると、そこは牢獄だった。

 窓のない石造りの部屋で、一方には鉄格子が嵌められている。鉄格子の向こうは悪趣味な船が赤い川の上でつながれていた。

 ボクは牢屋に転移させられたらしい。出口は土で塗り固められている。

 

「鎧女、妖精女、鳥女のお次はゴロン族、いやゴロン族もどきゾラ……アイツ、わらわがちょっと目を離した隙に女を作りすぎゾラ……」

 

 あと、イルカと人を混ぜ合わせたような種族、ゾーラ族がアンニュイなため息を吐いていた。

 

 どういう状況なんだよ、これ……

 

 

 

 ♰

 

 

「マスター、ご武運を……アニタ様、通信を切っていただいて結構です」

「はい、では……」

 

 アニタは目を閉じたまま、弦を一つ弾く。するとリンクとファイを覆っていた緑の光が揺らめき、すうっと消えていった。

 

「……魂の賢者によるマスターの魂との繋がり(リンク)補助(アシスト)、停止を確認。初めてにしては上々と言える戦果です。アニタ様」

 

「……はあ、はっ、はあっ。はい、ありがとうございます」

 

 ファイの淡々とした賞賛に、アニタは息も絶え絶えに答えた。

 アニタ自身は今まで自覚していなかったが、勇者の魂の記憶に干渉したり、聖剣との繫がりを強化補助したりするために、ほとんどトランス状態に近いレベルで集中していた。

 

 まるで深く潜水した後のように、いや実際に勇者の魂という深淵に潜った後ゆえに、心身魂が野生の息吹(ブレスオブザワイルド)を求めていた。ほとんど消耗し尽くした呪力を回復させようとしているのだ。

 

「アニタ様、闇雲に息を吸うのは非効率的です。目を閉じ、あなたの中にある旋律に耳を傾けてください」

 

 ファイの忠告に従ってアニタは自分の心の中にある曲に耳を澄ませた。聞こえてくるゲルドの砂漠に誘う歌。どこか懐かしく、物悲しい風のような旋律に耳を傾けているうちに、自然と彼女の呼吸は整えられていった。

 

「バイタルの安定を確認……アニタ様、気分はいかがですか」

 

「……はい、大丈夫です。これが……私の呼吸なのですね。今まで意識したこともありませんでした」

 

 アニタは海と港町で生きてきた人間だ。ゲルド砂漠は遠い憧れと郷愁の場所であり、実生活とはほど遠い。その砂漠の風がこれほどまでに自分の中に根付いていたことに驚きを隠せない。

 

「イエスレディ。貴方の中に息づく(かぜ)が、あなたを導くでしょう。今までも、これからも。大切になさってください」

 

「はい……ご指南ありがとうございます」

 

 また一つ魂の賢者としての階段を上がった、アニタは神妙に頭を下げた。

 だが、それはそれとして、先程からずっと気になっていたことを聞くことにした。

 

「ですがよろしかったのでしょうか。リンクさんはだいぶお怒りのようでしたが」

 

「賢者候補たちの魂を闇の神殿内に導いたことですか」

 

「はい。リンクさんのお怒りから察するにだいぶ危険な行為のようでしたが……」

 

 自分の安全にあれほど気を使ってくれたファイにしては、あの判断は非情というか、らしくないとアニタはリンクたちの話を聴いてからずっと思っていたのだ。

 

「ファイは問題ないと分析しています。既にマスターはあの時点で夢のノアを大幅に疲弊させており、95%無力化していました。マスターへの負担はほぼないに等しいでしょう」

 

「そ、そんなにですか。リンクさん、さすが手が速いというか、なんというか……」

 

「マスターは迅速な対処をしたまでです。さらにマスターのいる夢の世界と我々のいる現実世界では時間の流れ方が異なっていることも原因に上げられます」

 

「なるほど……」

 

 またしても一炊の夢理論。夢の中での時間はまさに光陰矢の如しというわけだ。

 

「また賢者候補の方々は既に何らかの方法で非公式にマスターの魂との繫がりを得ているようです。それゆえに彼女達は夢のノアの攻撃に巻き込まれていました」

 

「そんなことが起こっていたのですか!? で、でも、非公式につながりを作る……そんなことが可能だったなんて……」

 

 新米とはいえ魂の賢者たるアニタには、勇者と魂のつながりを作り、それを維持することがどれだけ困難か分かっていた。それも魂の賢者として勇者と聖剣に許可を得てやっているアニタさえ、百里先から針の穴を通すような繊細な作業を求められるというのに、それを専門外の者が許可を得ずに出来るなど、どれほどの才能の持ち主だと言うのだ。

 

「可能か不可能かと問われれば、可能です。ですが非正規の繫がりゆえに守りが甘く、夢のノアの攻撃に巻き込まれていました。それにどうやら賢者候補たちは非常に熱心にマスターに祈りを捧げていたようです。恐らく火急の要件があったと推測。あのままノアが作りかけた悪夢の中を彷徨い続けるより、マスターに引き合わせる方が良いと判断しました」

 

 アニタの疑問にファイは推測混じりながらも真摯に答えた。こういうことは勇者のナビゲーターとして造られた彼女にとって得意分野である。

 

「そういうことだったのですね……でもどうしてそれをリンクさんにお伝えをしなかったのですか」

 

 聴いてみれば納得の理由だっただけに、どうしてファイはそれをリンクに伝えなかったのかアニタは尋ねた。そうすれば彼女はマスターの無用な怒りを買わずに済んだだろう、

 

「アニタさまの呪力と集中力が切れそうでしたので、他の重要な案件を伝えることを優先しました」

 

「あっ……も、申し訳ありません!」

 

 原因がまさかの自分であったことに、アニタは赤面して頭を下げた。さっきから気付かない内に他人に治療を施されたり、庇われたりと不甲斐無い自分が嫌になる。

 賢者として、ゲルドの女として、もっと精進せねば。アニタは心の中でぐっと両手を胸の前に構えて誓った。

 

「いえ、マスターが夢から目覚めた後に説明すれば良い事です」

 

「そ、そうですよね。夢から醒めた後に……」

 

「夢から、醒めれればいいデスネェ♡」

 

 朗らかな老人の声が、会話に割って入って来た。

 

 はて、老人などこの部屋にいただろうか。

 

 そう思うアニタの頭上に、不意に黒々とした不吉な影が差す。

 

 思わず空を見上げたアニタが見たのは、まさに怪物だった。

 

 派手な蝶の飾りが付いた黒いシルクハット、うさぎのように長く尖った耳、ネズミのような前歯、冗談みたいに太った腹が白い燕尾服を押し広げている。

 そんなユーモラスな体型だというのに、紳士的な丸眼鏡の奥には隠そうにも隠しきれない冷たく歪んだ殺意と憎悪、嘲りと罵倒、憤怒と狂気、あらゆる負の感情が滲んでいた。

 

 そして賢者たるアニタにも測ることすら出来ない莫大な力を纏い、その両の手には、黒塗りの刀身に大人の身の丈ほどある十字架をあしらった異形の巨剣が、断頭台の斧のようにふりかぶられている。

 

「こんばんは勇者諸君♡ そして、さようなら勇者諸君♡」

 

 AKUMAの製造者にして、絶大なる力を持つノア一族の首領。世界を終焉へと導くもの。

 

 千年伯爵が、そこにいた。

 


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