緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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あけましておめでとうございます(小声



第29夜 地獄の2丁目

――――3、2,1

 

 ゴロンリンクの一日は一杯の溶岩汁で始まる。

 

 熱すぎるほど熱い溶岩のスープをグビッと飲み干して、大きめのロース岩肉とゴーゴータケをバリバリ食らう。そうして一日分のエネルギーを蓄えた所で、レース開始だ。

 

 ―――GO!!

 

 猛然と皆が走り抜けていく中で、余計な魔力を使わないように、ちんたら進む俺。

 

 ……あれから何日も何日もぐるぐるとレースしていて、いくつか分かったことがある。

 

 一本目のレースは慣らし運転だ。これは鉄則である。

 

 というのも、夢魔的存在であるロードの、あるいは製作者カヤバーンのおかげでこのゴロンレース会場が不思議なダンジョン的なものにパワーアップしているからだ。たぶんこれがリンクさんの記憶からロードちゃんに作られた悪夢という設定だからだろう。

 

 64時代から糞マップとして有名だったコースは、ゲームスタートと同時にある程度のパターンからランダム生成されるのだ。この時点で割と絶望的なんだが……こんなの序の口だってんだからやってられないZE.

 

 だから初回はコース確認と、そこから予想される次以降の試合のコースに向けての調整に終始し、無理はしない。

 

 俺は途中の道で特定の木に何度か頭突きをしたり、自身の最高速度や旋回速度を確認したりしながら、コースを進んでいく。

 

『一番ゴロン、二番ゴロン快調な滑り出しを見せていますゴロ! 一方かつての王者ダルマーニ三世はのんびりと貫禄の歩みゴロ! これは追いつけるのかあ!?』

 

 もう何度聞いたか分からないほど聞いたMCの実況。変わり続けるが変わり映えのしない風景。

 

 そんな限りない繰り返しの中にもう何日もいる俺だが、収穫がなかったわけではなかった。

 ちょっと、いやかなり面白い事が分かったのだ。

 どうやら今作では、妖精やお薬だけでなく特定の素材を使った食事によってHPやMPが回復するだけではなく、なんとスピードにバフがかかるということだ。

 

 遡ること数日前、色々あって崖から突き落とされた俺が頑張って崖をよじ登っている折に、腹が減ったのでつい崖っぷちに生えている紫色の巨大キノコをつまみ食いした所、リアル時間で約1分ほどいつもより動きが素早くなったのだ。ご丁寧にも視界の端にはスピードアップを示すマークまで着いていた。

 

 その後実験として、溶岩の熱と岩盤を使ってキノコを焼いてみたところ、効果時間がアップ。ロース岩肉やその辺の野草と一緒に料理したところ効果時間が更に伸びて10分まで伸びたのだ。

 

 怪我の功名とでも言おうか、さすがは転んでもただは起きないことに定評のある俺、と自画自賛したい気持ちでいっぱいである。

 

 え、何故今まで食事のバフと回復に気付かなかったって?

 ……えー、今までのゼルダはそういう強力なバフがかかる食べ物はほとんどなかったのでありまして……あー、その点につきましては反省することしきりであります。

 

 そう今までは精々ミルクやスープでHPが全快したり、攻撃力が二倍になったり、魔力が無限になるくらいで、ぜんぜん大したバフは……うん、普通にヤバいバフ出てたね。特にシャトーロマーニのHP全快かつ魔力無限はやべーわ。

 鬼神の仮面で剣ビーム撃ち放題だもん。無限カリバー出来ちゃってたもん。世界を滅ぼすラスボスムジュラの仮面があっという間に微塵切りになってたもんなあ。しかもあるステージでは魔力を常時消費して巨人になれる仮面と同時使用出来るとか、もうね。お前が世界を滅ぼす気かと。

 

 それでもそういった強力な特殊効果を持つ食糧を手に入れるには長く苦しいイベントをクリアしなくてはならず、一種のご褒美アイテムだったわけで。

 崖になんとなく生えていた変なキノコが俺にハイスピードをもたらしてくれるなんて、初見で分かるわけねえだろ、カヤバーン。腹ペコじゃなかったら食べねえよ、あんな怪しいもん。見た目は紫色の巨大きくらげだそ。

 

 しっかしそうなると俺が貰ったシャトーロマーニもHP全快魔力無限になるんかねえ。

 

 ムジュラの仮面の世界タルミナの大地を再現したこの夢世界では、リンクさんは魔力を持っている。持っているだけで使い方と言えばゴロンゴロン転がっている内に自動で魔力を少しずつ消費しながらトゲダルマになって加速するくらいしかないんだが。他に仮面もアイテムもねえから試せねえ。

 

 一方普段ハイラルを旅している方のリンクさんには魔力ゲージは表示されていない。表示されてないってことは、魔力を持っていないのか、それとも持っているけど引き出し方が分からないから使えないとかなのか。

 

 リンクさんの魔力に関しては、大妖精に分けて貰ったり、才能を開花させてもらったりと歴代作品でもまちまちなので、今作ではどうなるのか正直分からない。あるといいなあ。剣ビーム連打したり、風タクの大回転切りしたりしたい。

 

 いやまあ空に剣を掲げてチャージする、スカイウォードソードがあるんだから望み薄だって分かってるんだけどさ。

 でもあれは威力はあるけどチャージに時間かかるし、一日に一発しか撃てないしで、正直切り札というかロマン砲枠なんだよなあ。だから普段使いが出来る手ごろな遠距離攻撃が欲しいわけで。

 

 とまあそんなリンクさんの魔力事情を考えている間に一回戦が終了する。

 どうせレース中にスピード飯を作って食わねばならない都合上負けは見えているので結果についてはどうでもいい。微かに聞こえる時の歌と共に夢の中の時間が巻き戻り、再びゴロンレースが開始される。

 

『位置についてー!』

 

 二週目の開始に当たってはすることは多い。急いでさっきのレース中に作った飯を口の中に放り込み、モグモグしながら助走を開始。こちらを舐め腐って突っ立っている他の選手の間を縫うように転がり、加速をつけていく。

 

 えっ、ドーピングやレース開始前に助走をつけるのはありなのかって?

 

 ありなんだなあ、このゴロンレースでは。

 

 スタートラインさえ出なけりゃ良いので、ライン前で助走をつけて魔力を使った加速状態である棘ゴロンリンクになっておくのは、ムジュラ時代からの常識である。

 

 スポーツマンシップ? フェアプレイ精神? 

 

 そんな甘っちょろいものは溶岩にでも熔かしておけ。スープにして食ってやる。

 

 やらなきゃ、負ける。

 それだけの話なんだ。

 

 このレースでは障害物の設置や、体当たりからの谷底への情け容赦ない突き落とし、果てはレーサーの爆殺まで許可されている。助走の一つや二つでガタガタ抜かすなゴロ。

 

 一部の隙もない完璧な自己弁護を行ったところで、第二レースの開幕だ。

 

 今度こそ一位をとってこの理不尽な世界を脱出するぞ、とレース開始に飽きることなく歓声を上げる他のゴロン族に混じって、ウォオオオオオオ! と気炎を上げる。

 

『レース開始3秒前……2……1……レース開始ィイイイゴロオオオオオ!』

 

 助走によってスピードが乗っていた俺は、レース開始と同時にトップに躍り出た。

 

 最初っからクライマックス、トップスピードってやつだ。このままぶっちぎってやるぜ!

 

 意気揚々と転がる俺だが、スタートダッシュで稼いだ差は時間と共に徐々に詰められつつあった。

 俺が仮面で変身しただけのなんちゃってゴロン族なのに対して、奴らは生粋のゴロン族だ。ゴロン族のレーサーとなってまだほんのちょいの俺と違って、やつらは設定上とはいえうん十年やってんだ。馬力と初速はこっちが優っていても年季が違った。

 

 今はまだ俺がトップだが、何かの拍子であっさり抜かれてもおかしくない状態だ。

 

 気を引き締める俺に最初の試練が立ちふさがる。

 

 最初の難関は並木道。いや獣道と言った方がいいかもしれない。

 

 曲がりくねった道を埋め尽くす大量の樹木。

 

 当然ツタや葉が生い茂って視界は悪く、考えなしに無理矢理潜り抜けようものなら大木やモンスターがぬうっと出て来て無様に激突、なんてこともありえる。

 

 それを避けるように走ったら、茂みの先は急カーブで曲がり切れずに崖下へ真っ逆さま、なんてことも何度もあった。

 

 ムジュラ時代の林道に生えていたのは葉っぱの無い枯れ木で、トラップもなかったってのに、何でパワーアップしてるんすかねえ、と責任者を小一時間問い詰めたい気分である。責任者はどこか。

 

 崖下に落ちても死亡判定にならないのは不幸中の幸いだが、あの時は半日かけて崖を素手でよじ登る羽目になった。やってらんねえぜ。

 

 でもおかげでこのゲームでは崖を登れることと、紫キノコがパワーアップアイテムだという事が分かったのだ。今までのゼルダは登れなかったので、今作もそうだろうと思って試したことはなかったのだが、嬉しい発見である。

 

 何事も先入観に囚われるのは良くない。

 もっと自由な発想をする勇者に、俺はなりたい。

 

 そんなことを考えながら走る、いや転がる並木道もそろそろ終盤だ。

 

 このあたりは張り巡らされた根っこのせいで地面はデコボコしていて、そうと意識していても体が勝手に跳ね上がる。おかげでまっすぐ走ることさえ困難だった。

 

 必死に目を見開いて、文字通り瞬きの間に通り過ぎる一瞬一瞬で地形を見極め、そこから最善の道を選び取る技能が必須だ。

 

 前へ転がって、額が地面にくっつく。その一瞬の間に進行方向と道の状態を把握する。後ろを向いている間に敵レーサーの位置を確認し、体当たりされない位置取りを掴む。

 

 一度ではない。機会は高速かつ連続して訪れ続ける。

 それら全てに正確無比に反応し、身体の向きを制御することで、初めて自分の望む方向へと進むことが出来るのだ。

 

 幸いにもゴロンリンクの回転は自動というかほとんど無意識のレベルで行われるので、中の人である俺は状況の把握と旋回のための体重移動に努めるだけでいい。これで回転まで俺が意識的にやらなきゃならかったら忙しさで目が回ってしまったかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、後方から執拗に体当たりしてくるゴロンレーサーを躱して近くの木に誘導して、激突させる。

 

 君には以前のレースで何度も谷底ダイブを強いられたからな。これはささやかなお返しだ。

 本命を楽しみにしておくといいぞ。俺は心の中でニヤリと笑った。

 

 ちなみに木に激突してもダメージはないが、跳ね返されて一時的にスピードが大幅にダウンする。

 

 重たいトゲダルマが高速でぶつかっているというのに、ゴロンと樹木の双方がダメージなしというのは少々おかしい気もするが、そこはゼル伝、しかも夢時空なのでしょうがない。何の変哲もない店主が唐突に殺人光線を撃ってこないだけマシってもんだ。あれマジでゼペリオン光線ばりに必殺光線だから。

 

 とにもかくにも序盤の難所である並木道でのミスは致命的である。

 

 いやまあゴロンレースでは大抵のミスは致命傷なんだが、ここで追い抜かれるとリカバリーは本当に絶望的なので、多少スピードを落としてでもなんとかミスだけは避けて通過するのがセオリーだ。

 

 ……なんて思っていた時期が僕にもありました。

 

 そんな生温い方法をロードは、いやカヤバーンは、いやゼル伝は許容しない。

 

 全速力だ。

 

 一心不乱の全速力である。

 

 そうでもなければ追い抜かれる。

 他のゴロンレーサーも並木道を全力疾走するのである。半分くらいは木に激突したり、崖から落ちて谷底にまっさかまだったりするが、半分はそのままここを超えていく。

 

 だからこちらも全速力。直進もカーブも関係なく、全速力だ。そんでもって……

 

「ここ、だぁ!」

 

 コースの左中央に生えた木の根っこを利用してジャンピングアウェイ!

 

「あがれぇ!」

 

 全速力はこのための布石でもあった。スピードが足らないと森の木の枝の作る天蓋を突破できないのだ。

 

 森の上空を高速縦回転しながら、弾道を素早く計算して到達地点を割り出す。

 

 よし着地狩りしてくる卑劣なやつは居ない。スピード足らないと着地狩りからのお手玉コンボで、崖下一直線なんだ。

 始めてこの森脱出ルートを思いついて成功した時、歓喜に沸く俺に着地地点でよってたかって体当たりし、無慈悲に谷底に突き落としたゴロン族たちのことを俺は忘れない。スマブラかよ……と谷底で怒りと虚脱のあまり呟いたのも無理からぬ話だ。

 

 さて、厄介な森ゾーンを一足早く抜けた俺を待っているのは、ジャンプ台ゾーンである。

 

 個人的には天国か地獄ゾーンと名付けたい。

 

 というのも、ここには急な坂がジャンプ台としてY(太陽万歳)の字になって並んでおり、ジャンプ台の上にはこれみよがしに最高速度を維持するのに必要な魔力回復用の緑壺が置いてある。

 

 選手たちはここで魔力を補給し、スピードに乗ってジャンプ台から次のエリアに飛翔していくのだ。

 

 ここは一見すると癒しの補給エリアに見える。

 

 しかしここはカヤバ―ンとロードの作った悪夢のステージ。

 言うなれば地獄の一丁目二番地であることを忘れてはならない。

 

『ゴロおおおおおおぉぉぉぉ!?』

 

 着地に失敗したゴロン族が悲鳴を上げて崖を転がり落ちていく。

 

 そう、このエリアは、片方は道が続いているが、もう片方は続いていない。

 

 Yの字になった道は急な上り坂になっていて、先が見通せないので、初見ではどっちに当たるかは完全に運ゲー、2週目以降については覚えゲーである。俺も初回は見事に墜落したもんだ。

 

 魔力を回復して意気揚々とジャンプした先には道が途絶えていて、谷底へ真っ逆さま。製作者は本当イイ趣味をしている。

 

 そんなことを想いながら、坂道の途中にある魔力回復用の壺を右端から掠めるようにして獲得。左のジャンプ台から跳躍する。このパターンは左だって調査済みだぜ。

 

 もうすぐ勝負所だ。気を引き締めなくてはならない。

 

 そんなことを考えているとすぐ後ろで激しい爆発音がした。

 

 空中を回りながら後ろを注視していると、何故かボロボロになったドレスを着た小さなゴロン族が近くのゴロンを巻き込んで盛大に爆発していた。

 

 極度の集中状態にある俺にはその光景がスローモーションのように見えた。

 擦り切れてタスキのようになったドレスを着るゴロンは、目を丸くして何が起きているのか分からないという顔をしていた。

 その後、徐々に崖の下に落ちていく自分に気付き、目と口をあんぐりと開ける。

 その手は必死に宙を掻くが、重量級のゴロン族が夢とはいえ空を飛べるはずもなく、谷底へ空しく墜落していった。

 

 ……あのゴロン族、話したことはないけど、このレースに割と最初の頃からいたんだよな。新キャラだろうか。たぶん初めて第一関門の森を越えてここに来たと思うんだけど……運がなかったな。

 

 ムジュラ時代と違って、この辺の魔力回復の壺は、中央付近に壺に偽装されたバクダン花が混ざっており、迂闊に触れると大爆発する文字通りの地雷なのだ。

 だから端っこを掠めるように取らなくてはならない。あと後続は他人の爆発に巻き込まれる可能性がある上に、魔力壺が爆発で消滅して魔力補給が出来ず、じり貧になるので注意が必要だ。

 

 ちなみにバクダン花とは主に火山地帯に生息する植物であり、見た目はバスケットボール大の爆弾に、申し訳程度の花と草がついた代物だ。引っこ抜いて数秒後、あるいは衝撃を与えれば即座に爆発する。それも人の倍以上あるような岩盤を木端微塵にする勢いで。

 ……バクダン花もゼル伝では割とシリーズ通して出てくる準レギュラーなのだが、どうしてダイナマイト並の爆発を魔物でも何でもない植物が起こすのかは謎に包まれている。スタッフはホウセンカの一種とでも言い張るつもりなのだろうか……

 

 今作では先端と地面に付いた緑色の大きな葉で黒いバクダンの実を隠して魔力壺の束の中に紛れているので、緑色=魔力回復! と脊髄反射で飛び込むと、隠れていたバクダン花がコンニチワして、触れたゴロン=サンは哀れ爆発四散するのだ。サツバツ!

 

 同じ緑だからと言って魔力壺をバクダン花にすり替えておくとは、語感が似ているからと言ってマラソン選手のアクエリアス(清涼飲料)をアポカリプス(終末世界)に変えるがごとき外道行為である。製作者は愉悦部に違いない。

 

 0コンマ何秒以下の高速世界で一瞬の判断を迫っておきながら、カヤバーンは勇者に脊髄反射を許さない。脊髄反射ではなく、きちんと見て考えて反応しろ、さもなければ永遠にこの地獄をさまよえ、と言うのだ。カヤバーンマジ鬼畜。

 

 爆発してしまったゴロンたちを気の毒に思いながらも、爆発に巻き込まれなくてよかったとほっと息をつく。ジャンプ台ゾーンを走り切り、いよいよ最後のコースだ。

 

 ラストコースはギミックなしの曲がりくねった下り坂。そこを他のゴロンと共に駆け抜けていく。ムジュラ時代と違って左右に壁は無く、一歩逸れれば谷底真っ逆さまだ。

 

 ここで起こるのはレーサー同士の純粋な潰し合い。

 

 他のレーサー達が次々と体当たりを仕掛けてくるのを躱し、あるいはこちらからぶつかって、ライバルたちを文字通り蹴落としていく。その様子を大盛り上がりで見る観客たちは、もうダメかもしれんね。コロッセオに詰めかけるローマ市民かな。住民はパンとサーカスさえあれば良いんだよ!とは誰の言葉だったか。

 

 ここから先、ゴロン達は謎の加速力を得て、どんなにこっちが加速しても絶対に追い抜かれるか、連続体当たりでトゲダルマ状態を強制解除させられて谷底にダイブさせられる。

 

 フェアプレイを重視し、体当たりとかラフプレイダメ絶対の紳士スタイルを貫いていた過去の俺は、いつもここでリタイアさせられてきた。それでも頑なに紳士スタイルを維持していた俺は、この地獄のマラソンコースを延々と走っていたわけだ。

 

 意外に思う人もいるかもしれないが、俺はこういうマラソン行為が決して嫌いではないというのもある。聖杯ダンジョン血晶石マラソンとか、銀騎士男坂青舌マラソン・墓地の骨とデブ司教ファランのグルー・ダークレイスも添えて、とかも楽しくこなした男だ。別会社の別ゲーだけど。

 

 だがいい加減、このレースにも飽きた。

 リアル時間で約2週間、ゲーム時間で……えーと分かんねえけど、とにかく朝から晩まで毎日転がりまくっていたのは確かだ。回転しすぎて吐きそうになった回数も一度や二度ではない。

 

 俺に残された手段はただ一つ。邪魔するゴロンレーサーは一人残らず谷底に叩き落すことだ。

 

 勝つためには手段を選ぶのが勇者というものだが、落とされたゴロン達は別に死ぬわけではない。むしろ谷底に落ちても次のレースで普通に復帰するので、勇者に体当たりするような不届き者は遠慮なく谷底にダイブさせてやろう。

 

 時代はただの紳士ではなく、建前と本音を十重二十重に使い分ける英国紳士スタイルなのだ。

 そう決意していた俺の行動は速かった。

 最終コースの谷に入るや否や、体勢をぐっと低くして速度を敢えて急激に落とすことで、後ろで俺を風よけにしていたゴロン族に追突させる。追突した衝撃で身体が浮きそうになるが、あらかじめ重心を低くしていたので何とか耐えた。

 

 追突したゴロンは鞠のように跳ね返ってコースアウト、続いて彼のすぐ後ろを走っていたゴロン2名がそれに巻き込まれて態勢を崩しコースアウト。

 

 だが残りは俺がスピードを落としたのを良い事に追い抜いていく。

 

 脱落者を除いて暫定的に最後尾になってしまった俺だが、焦ることはない。

 脳内でGOサインを出すと弾かれたようにゴロンリンクさんが回り出し、猛スピードで追走する。ここ数週間でなんだかんだゴロンリンクモードにすっかり慣れてしまった俺です。もういくら回転しても吐き気どころか、目が回る気配すらしない。これも地味に収穫かもしれない。

 

 再び加速した俺達は時を置くことなくS字型の急カーブゾーンに突っ込んで行く。

 

「……!」

「ゴロッ!」

「……ッ!」

 

 ここまでくると地面から伝わる轟音もレーサーの罵声も観客の声援も聞こえない。水の中にいるような遠い音が聞こえるのみだ。

 

 ここでの狙いはインだ。ひたすらインを突く。絶対にアウトコースから抜かしてやろうとか色気を出してはならない。そのままコースアウトさせられるからな。

 

 案の定、外周を回っていた連中が他のレーサーによって叩き出される。ライバルレーサー同士の衝突によって生まれた一瞬の間隙を逃すわけにはいかない。

 

 ここが決め時だ。多くのライバルが消えても、俺はまだ三位。ここから全速力であと二人、なんとしても抜かして見せる。

 

 ゴロンリンクの仮面の元になったのは、多くのゴロン族に慕われる英雄ダルマーニ三世。

 ゴロンの里に吹き付ける猛吹雪を止めるためにスノーヘッドの神殿へ向かうが、猛吹雪により崖から転落し、そのまま氷漬けになって無念の死を遂げた。しかし苦しむ同胞への思い故に成仏できず、幽霊の姿でゴロン族を救う勇者の訪れを待っていた。

 

 俺の体は彼の力を、精神を、魂を受け継いでいるのだ。

 ゴロン族で一番のレーサーでもあった彼の力と意志を受け継いだ俺が、こんなところで負け続けるわけにはいかない。

 

 速く……もっと早く、もっと疾く―――!

 

 

 

 

 

『おめでとおーー!! 優勝は往年のレーサー、ダルマーニ三世!! 俺達のダルマーニ兄貴だゴロおおおお!!』

 

 うおおおおおおっ!! と観客が沸き上がる。

 

 気が付くと、俺たちは他のゴロン族の兄弟たちに肩車されていた。

 

 兄弟たちは自分のことでもないのに、とても喜んでくれていて、それが俺たちにはたまらなく嬉しい。

 

『ありがとよ、兄弟。夢の中とはいえ、俺をもう一度走らせてくれて』

 

 暖炉のように暖かい声が聞こえた気がした。それは幻聴かもしれなかったが、幻聴でも真実でもそんなことはもう関係ない。

 

 俺も満足だ。

 カヤバーンとロードの地獄のイベントを終えられて。

 ダルマーニさんの未練をほんの少しでも解消できた気がして。

 

「ゴロッ(おい)」

 

 そろそろゴロン族に別れを告げ、名残惜しむ彼らに降ろしてもらおう。正体がばれない様に彼らから離れてから、ゴロンの仮面を外そう。さっきまでならどうやっても外せなかった仮面も今なら外せる自信があった。

 

 さあ、行こう。

 

「ゴロ(あれ)!? ゴロロッ(なんでっ)!?」

 

 次に……次に……あの、袖を掴むのは止めてくれませんか?

 

「ゴ、ゴロ(こ、声)、ゴロゴロゴロ(声が出せない)?!」

 

 いや、ゴロゴロ言いながら腕をバタバタしても分からんぞ、ちびゴロン君。なんかパ二くってるらしいのは分かるんだけど。

 

 なんかのイベントだろうか?

 もう一度ここに来れるか分からないし、付き合ってあげるべきだろうか。

 

 でももう一度ゴロンレースをやってくれとか言われたらさすがに嫌だしなあ。置いてきちゃったファイさんやアニタさんも気になるし。あと緊急の要件も一段落したこったし、そろそろ牧場やトアル村の皆にも連絡を取りたい。ファイさんによると数年が経過しているらしいから、心配しているかもしれない。

 

 そんなことを考えていた俺は知らなかった。俺を担いだゴロン族たちがどこに向かっているのかを。数多くの善良な少年少女にトラウマを植え付けたあの村へと向かっていたことなど。

 


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