緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第28夜 悪夢の饗宴:まずは地獄の一丁目

「ゴロンレースだゴロ!」

 

 太く幼い声で俺は目覚めた。あれ、俺は何してんの?

 

 目と鼻の先にはゴロン族の子供がいて、キラキラした目で俺を見ている。それをぼんやりと見る俺。

 

 なんだか視点がすげえ高いな。大人の男の視点どころか、大男の視点だ。

 

「久しぶりに、にいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 興奮した様子で俺の腕をつかみ、ぶんぶんしてくるゴロン族の少年。

 

 いつの間にか、俺の腕はゴロン族のものになっていた。

 

 はて、いつゴロンの仮面を被ったっけと、頭を掻こうと手をやると帽子に手が当たった。良かった、牧場のみんなに貰った大切な帽子はなくしてないらしい。

 

 そんなことを考えているうちに、どやどやとゴロン族が集まる場所に連れられて行き、ゴロンレースの選手として並ばされていた。

 

 そう言えば自称アーサー王ことロード・キャメロットちゃんが俺のトラウマをほじくり返して遊ぶとか言ってたけど、もしかしてこれがそうなのだろうか……

 

 それがこのゴロンレース……あれ、やばくね。

 魔王カヤバーン作成のリアルゴロンレースとか、嫌な予感しかしない。

 

 なんだたかがレースか、と侮るなかれ。

 

 ゴロンレース、それは当時マリオカートとかをやってレースゲームを出来る気になっていたゼル伝ムジュラプレイヤーを阿鼻叫喚の渦に叩き込んだトラウマレースである。

 

 俺が今回序盤で裏技的に手に入れてしまった金剛の剣。

 本来それを得るには雪山のダンジョンをクリアし、鍛冶屋イベントを起こして、このレースで勝利し、賞品の砂金を手に入れる、という面倒な手順を踏まなければならない。少なくともムジュラの仮面ではそうだった。

 

 道中手に入るゴロンの仮面を装備することで、高速ででんぐり返しすることによる高速移動という一見するとよく分からないがゴロン族に共通の技、を覚えてゴロン族のレースに参加するというのが、このイベントの流れだ。

 

 このイベントの問題は主に2つある。

 

 まず第一に、この高速前転移動の操作性が悪いという点。

 当時の操作スティックの操作性では指示が間に合わない、あるいは早すぎるなんてことがしばしばだった。初心者はまず確実にコースに激突し、熟練者でも精密な移動は難しく、ささいなミスで壁や爆弾に接触して吹き飛ぶ。相手のゴロンもプロなので一度吹き飛んでしまうと逆転優勝は絶望的である。

 

 第二にとても有能なレース会場が使われている点。

 

 レース会場は隙間がほとんどないほど木が生い茂った林道や、一歩足を踏み外せば崖真っ逆様な細道、急な坂道や急カーブといったデンジャラスなレースの基本を押さえつつ、高スピードを維持するための魔力回復の壺、それに紛れるように設置された爆弾花、高速移動のために体に棘を生やしたゴロンリンクの体に全力でぶつかってくるSなのかⅯなのかよく分からないゴロン族といった応用編まできちんとこなす、大変(悪い意味で)有能なレース会場が使われている。

 

 その有能さは開発した本人すらクリアするのに、何回も何回もやり直しが必要なレベルだ。難易度は推して知るべしだろう。

 なんとかクリアこそしたものの、もう二度とやりたくないというのが当時の俺(8歳)の嘘偽りのない本音であった。

 

 まあ、プレイヤーを絶望させることに定評のあるゼル伝スタッフがそんな儚い願いをかなえてくれるはずもなく、後に月の中で人一人通れるか通れないかって場所で、難易度が遥かに上がったゴロンレースもどきを、させられるんですけどね! やはり月は斬るべし、慈悲はない。

 

 

 

「3……2……1……」

 

 そんなことを考えている間に始まるカウントダウン。イベントモードに入ったリンクさんの体はゴロンレースからの逃亡を許さない。勇者の辞書に後退の二文字はないということか? そんな辞書は不良品だから、早く新しい辞書を買おう?

 

 ねえ、待って。ほんと、待って。

 

 マジで? マジでゴロンレースをリアルでやんの?

 

 ちょ、ちょっと、いやかなり、いや、全力で遠慮したいかなあ、なんて。

 

 コントローラー操作でもバカみたいに難しかったのに、主観視点のヴァーチャルリアリティでやるとか……

 

「GO!」

 

 遠慮したいんですけどおおおおおお!?

 

「さすがにいちゃん! 良いスタートだ!」

 

 なにこれ、体が勝手に進む!? 自動で回る!? 前進も移動も速すぎて、訳が分かんねえゾラ!

 

 

 

 ……バーチャルリアリティーゲームになった際の大きな変更点の一つとして、視点の位置というものがある。

 

 今までのゼル伝は2Ⅾなら上からの見下ろし、3Ⅾならリンクさんを後ろから眺める感じであったが、今回はVRゲームということで、リンクさんと俺の視点は完全に同期している。いわゆるFPS視点というやつだ。

 

 リンクさんの目線=俺の目線、一見すると何の問題もないように見えたこの視点には、実は大きな、非常に大きな問題があったことを俺は実感していた。

 

 考えても見てほしい。

 

 ゴロン族はいうなれば団子虫のように丸まって転がることで馬よりも早く移動する種族だ。もちろん不思議な仮面の魔力でゴロン族に変身したゴロンリンクさんもそれに倣っている。

 

 TPS視点、後ろからそれを眺めているだけだったムジュラ時代は、それでもよかっただろう。精々スティック操作がムズカシスギー!、くらいの軽症ですむ。

 

 だが現在はFPS視点、それも視覚だけでなく聴覚、触覚、嗅覚、味覚、三半規管や平衡感覚、その他もろもろの神経まで同期させているVRゲームである。

 

 そんな状態で、この馬よりも早い高速ダンゴムシ移動を、時速80km超えの高速前転移動をしたら、どうなるだろうか。

 

「!? !? !?」

 

 

 答えは今の俺の状態が示している。

 

 まず凄まじい速さの前転で進んでいるから、空、岩、地面、前、空……って感じに、見える景色が一瞬ごとに大きく変わる。コマ送り再生(なお時速は80km以上とする)である。

 

 その結果平衡感覚が滅茶苦茶になる。

 

 以前俺はロープ上を連続ブリッジすることで移動したが、あれの比ではない。何せ一瞬たりとも同じ映像がないうえに、体はごつごつした岩だらけの道の上を、遠心分離機に放り込まれたかのように高速回転しているのだ。

 

 また、そんなんだから口や鼻に砂やら小石やら木片やらが入り込む。ゴロン族的に石は食べ物なので味や食感が分かるのが、中身が人間の俺としてはかえって嫌だ。あとあっちこっちぶつかりまくるわ、あちこちで爆発が起きるわで、ものすごいうるさい。

 

 オフロードレースカーのタイヤってこんな気分かな。

 

 そんなことを考えて現実逃避しながらゴロゴロしているうちに案の定、コースに設置されている爆弾にぶつかって吹き飛ばされた。痛覚を切ってるから痛くないんだけど、衝撃が酷い。

 

 でも体がバラバラにならないあたり、ゴロンリンクは耐久力高いなあ。

  

「にいちゃん、冬が長かったせいでなまっちまったゴロね」

 

 いや、なまるなまらない以前の問題だと思うんだゴロ。視点がグルグルで酔いそうだし、それ以前にレース会場に障害物や爆弾を設置するのも止めてほしいゴロ。

 

「ほんとうのにいちゃんはこんなもんじゃないゴロ。昔を思い出してもう一度走るゴロ!」

 

 分かった/yes

 

 あの……拒否の選択肢を、ください、ごろ……

 

 そんなことを思ったが、これはイベント判定らしく、俺には逃げ道も拒否権もないらしかったんだゴロ……

 

 それもこれも俺に月読ごっこを仕掛けてくるロード・キャメロットとこのイベントを仕組んだ魔王カヤバーンがいけないんだゴロ。

 

 何がキャメロットの主だ、アーサー王は男に決まってんだろ!

 お前なんかロッド・キャラメルコーンに変更だゴロ。

 つーか同じ中二病でも君はどっちかというと黒髪に月読にヤンデレなんだから、うちは一族でも名乗ってろいゴロ!

 

 あと、こんな鬼畜イベントを強化蘇生した魔王カヤバーンも悪い。普通復活怪人は弱くなるんじゃねえの?

 

 元から悪かった操作性が、ますます悪くなるとか聞いてない。テストプレイしたのかよぉ! 

 これであのやたら難しいステージをやらせるとか、それでもお前は本当に人間か!?

 

 いつぞやのアイアンブーツといい、こんな原作再現はノーセンキューだゴロ!!

 

 

『まずは地獄の一丁目』 

 

 そんなカヤバーンの声すら聞こえてくるようだ。待って、なんで一丁目なんだ。まさか二丁目があるんじゃなかろうな……

 

「3,2,1……GO!!」

 

 うぉおおおおおお! 視点が回る、回転するぅううう! 

 

 

 

+ + + + +

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

 太く幼い声でボクは目覚め、即座にこれを夢だと悟る。

 

 これはボクの作った勇者を苦しめるための悪夢だ。

 時間がなくてあまり深層心理の深い所までは潜れなかったが、トラウマには違いない。どうやらボクは勇者に悪夢を反射されたようだ。無駄なことを。

 

 目の前には岩を纏った山のようなゴロン族がいて、長い腕を興奮で振り回している。

 

「久しぶりに、にいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 意味の分からないことを言っているが、無視して意識を浮上させるべく魔力を高めていく。

 夢はすべからく覚めるもの、夢のノアに悪夢を見せようとは片腹痛い。

 

 だが、その時、晴れやかな空にピリッと一瞬だけ稲妻が走った。

 

「うむぅ!?」

 

 突然目の前が真っ暗になった。

 

「うぅー、ううぅぅ!?」

 

 顔に何かがぴったりと張り付いてきた。手で剝がそうとしたけど、異様な滑らかさで指がツルツルと滑って取れない。何かがボクの、ナカに、ナカに、入ってく、る……!

 

「うぅ、うぁ、うう、ああああっ!?」

 

 顔に張り付いた何かに魔力を強制的に吸い出され、精神が侵食され肉体が変容していくのを感じる。

 

「はあっ、はああ、ぁああ……」

 

 魔力のほとんどを吸い取られたボクは、酸欠と魔力不足で息を荒げながら目を開ける。

 

 まず両手が見えた。細長かった手は、醜い黄土色の太い腕に代わっていた。

 

 次にお腹が見えた。くびれていた腰まわりは酒浸りの親父のようにだらしないものに変わり、しかも黄土色の吹き出物だらけで、砂のようにざらざらしていた。

 

 自分のあまりにも醜い姿に慄いていると、水たまりに自分の姿が映り込む。

 

 黄土色の肌、背中には甲羅のような岩を背負い、顔は大きな栗か玉ねぎのようだ。お気に入りの綺麗なドレスはまったく似合っておらず、逆に痛々しいものに成り果てている。

 

 

 つまり、ボクはゴロン族になっていた……

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「久しぶりにおにいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 呆然としていると、勝手にレースのスタート地点に並ばされていた。団子虫のようにゴロンたちが丸まってレース開始の合図を待っている。

 

「3……2……1……」

 

 カウントダウンが始まる中、見覚えのある緑の帽子をかぶったゴロン族を見つけた。ノアの直感にビビッときた。間違いない勇者リンクだ。どうやら彼も悪夢を反射しきれず、この夢の中にいるらしい。

 

「おい、ちょっと……」

 

「GO!!」

 

 ボクがこの状況に文句をつけようとした瞬間、レースが始まった。勇者もゴロンも一斉に転がり出し、すごい速さで駆け抜けていく。

 

「ちょ、ちょっと待っうわあああああ!?」

 

 レーススタートと同時にボクの体が強制的に動き出した。お尻を突き出すように体を丸めたと思ったら、勢いよく前転を繰り返して、凄い速度で進み出したのだ。

 

 視界が青空と地面の間をぐるぐると回って、ボクはあっという間にどっちが前後左右か分からなくなった。

 

「止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれえええええええ!!」

 

 叫んでも、喚いても、体の回転は止まらない、止められない。

 

 残りの力を全部集中してこの夢の主導権を取り戻そうとしたが、集めた先から魔力がこの回転を強化・維持するために使われてしまい、余計にスピードが上がってしまう。

 

「止まってええええええええ!!」

 

 意思に反して、強制的に高速で転がされ続ける。

 

 すごい勢いで回転が繰り返される。

 

 転がる、転がる、ころがる、コロガル……

 

 しばらくゴロゴロと転がされ続けて、自分が誰かすら曖昧になってきたころ、不意に強い衝撃が後頭部を襲い、体が傾いた。

 

 あっ、と思った時は崖から落ちて、岩盤に叩き付けられていた。

 

 ぶつかったところがものすごく痛んだが、やっと体が止まってくれたという思いが大きい。

 

 でも完全に目が回っていて、どっちが上でどっちが下なのか分からない。

 

「うええぇ、うぷっ、吐きそう……ゴロ……」

 

 強烈な吐き気が襲ってきた。勇者の前で無様はさらすわけにはいかないと、ノアメモリーが必死にボクをサポートしてくれたが、それでも吐き気の波がいくつも押し寄せてくる。ボクはそれに必死に耐えた。

 

 もう平衡感覚が滅茶苦茶だった。

 昔空をくるくると回りながら飛んだことがあるが、その比ではない。何せ一瞬たりとも同じ所を見れないうえに、体はごつごつした岩だらけの道の上を、馬車の車輪のように高速回転していたのだ。

 

 口や鼻に砂やら小石やら木片やらが入り込んでいるのを吐き出す。

 ゴロン族になってしまった今では石やの味や食感が分かる。それら独特の風味が自分はもうゴロン族であるということをダイレクトに伝えてきていて、もともと感じている吐き気と合わさって、頭がおかしくなりそうだ、

 

 でもこれでレースは終わりだ。拷問以上に拷問のようなこのレースさえ終われば、魔力を取り戻して、夢の制御を取り戻すことだって夢ではない……

 

 そこまで考えて、ボクは澄ました顔でレースコースの入口に立つゴロン化したリンクを発見し、はっとする。

 

 いや、待て。確かこのレースは地獄の一丁目……このレースが終わっても……勇者がこのレースをクリアするか、NOと言わない限り……いやたとえクリアしたとしても……

 

「にいちゃん、冬が長いせいでなまっちまったゴロね。ほんとうのにいちゃんはこんなもんじゃないゴロ。昔を思い出してもう一度走るゴロ!」

 

 あ、ああ、ああああ……

 

 その絶望の呪文を聴いた途端、体がもう一度、勝手に動き出した……

 

 

「も、もう、いやあ……ごろお……」

 


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