緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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三年も連載して原作開始に届かない二次小説ってどうなのよ……でも仕事を疎かにするわけには……
ともかく更新遅れて申し訳ない。時間がかかっても完結までもっていこうと思います。

前回までのあらすじ

リンクとロードのビューティフルドリーマー

アクマさん「ヒャッハー! 殺人タイムだ!」
むらびと 「ヒャッハー! 緑の服を穢す奴は消毒だー!」
コッコさん「ヒャッハー! 頭捩じ切ってオモチャにしてやるぜー!」



第27夜 ノアと賢者(後編)

「ああっ、ルル=ベル様がモズの早贄みたいな姿に!? い、今お助けします! このっ、このっ、何ですかこのニワトリは! あっちに行きなさい!」

 

「なんだこのニワトリはっ、石化光線が効かねえぞ! ギャアアア!」

 

「超電磁砲も駄目だ、ビクともしねえ! ヤメロ、こっちに来るなあ! グフゥ!」

 

「シンジィ! 駄目だ、コアを破壊されてる……くそ、やめろ! シンジを食うんじゃねえ!」

 

「俺達のオイルは猛毒のはずなのに……! 糞がぁ、焼き鳥になりやがれええええ!」

 

「ちくしょう! 俺の原子崩壊砲がッ! くそっ次から次に現れやがって! ……ッ、こいつら、俺達の体に卵を植え付けてっ、ガハッ!」

 

「きゃああああああ!? どこに顔突っ込んでんですか! ぶっ飛ばしますよ!? 痛、痛い! この、家畜の分際でいい気に……イタタタ! そんなところつつかないでください!」 

 

 

 第3勢力の乱入により戦場は混乱を極めていた。

 

 攻撃されると仲間を呼び集めて反撃する特性を持つコッコは、まず直接攻撃してきたルル=ベルを寄って集って突つき回し、続いて彼女を守るためにコッコを攻撃したミミたちAKUMA部隊を小突き回していた。あちこちでAKUMAたちが爆発四散し、汚い花火になっていく。

 

 勇者を秒殺しうる火力を持つコッコたちが数千羽。

 

 しかもノアやアクマは体が大きく、勇者にはない数々の特殊能力を持つ代わりに、歴代勇者なら共通して持っている被弾時の瞬間的な肉体強化、いわゆるダメージ後の無敵時間がない。

 

 考えても見て欲しい。

 ダメージ後の無敵時間があり、一度攻撃を喰らえば数秒の間はダメージを受けない体質の勇者でさえ、練度の低い勇者は秒殺され、幾多の世界を救ってきた熟練の勇者でも生身では15分も生き残れれば御の字なのだ。

 

 まあ、熟練の勇者ならば余程変態的な縛りプレイでもしてない限り、コッコに対する防御策ぐらいあるのだが、それは横に置いておく。

 

 重要なのは、ダメージ後の無敵時間なんて能力を備えておらず、特にシールドとかの防御能力も持っていない、色のノアやAKUMAたちにとっては自前の装甲と体だけが頼りだということだ。

 

 ルル=ベルやミミは巨大なドラゴンに変身している。一般のAKUMAたちも人間より遥かに大きく、熊や象ぐらいあるものもいる。

 

 それは格闘戦ではリーチとウェイトという点でとても大きなアドバンテージだったのだが、対コッコ戦では明確な弱点になる。

 

 身体が大きいということは、的が大きいということであり、ゲーム的に言えば当たり判定が巨大かつ大量にあるということでもある。

 

 彼ら彼女らは目の前を埋め尽くすような弾幕を、その巨大な身体を引きずって回避し続けなくてはならない。しかも弾幕は威力もスピードも十分すぎる程高く、前だけでなく死角となる背後や頭上、足元からも湧き出てくるのだ。

 

 はっきり言って全弾回避し続けるのは不可能と言ってもいい。

 

 暗殺者や指揮官として教育を受けているルル=ベルも、コッコたちの波状攻撃を受けて、ボロボロになりながら回避は不可能と理解した。

 

 回避が駄目となると防御、あるいは迎撃ということになる。

 

 しかし、今のルル=ベルの変身できるものの中で防御力が一番高いのがこのドラゴンなのだ。

 これ以上の防御力となると彼女にはもう彼女の主であり絶対的な力を持つ千年伯爵ぐらいしか思いつかない。そして今の彼女の力量では千年伯爵を再現するのは不可能であった。

 

 回避も防御も駄目。となれば迎撃するしかない。ルル=ベルはそう考え、意識を集中する。

 

「ッ、喰らえ!」

 

 ルル=ベルはノアの共通の特殊能力であるイノセンス破壊の力を行使した。

 

 一般的なイノセンスなら赤子の手をひねるように破壊出来るが、ドラゴンになった自分に大きなダメージを与えていることから、このニワトリはふざけた見た目に反してかなり強力な臨界者級イノセンスと推定される。

 

 故に破壊の範囲を狭める代わりに威力を極限まで上げた一撃を放った。

 

 紫電を纏った濃い紫色の光線が、ドラゴンとなったルル=ベルの口から発射され、運悪く射線上にいたコッコたちを射貫く。

 

 ルル=ベル渾身の一撃は功を奏した。

 コッコの中の「神に連なる性質」を破壊し、ただの鶏にすることに成功したのだ。

 

 しかし対コッコ戦において迎撃は非常に悪手だ。

 「攻撃は最大の防御」「殺られる前に殺れ」と言われることがある。それは戦争におけるある種の真理であり、必勝法でもあるが、ことコッコに対しては当てはまらない。何故ならば……

 

 コケコッコー!!

 

 倒れる寸前のコッコたちが断末魔の声を上げる。仲間の声を聴いた他のコッコたちもそろって声を上げた。

 すると、今までルル=ベルたちを襲っていた数千羽のコッコたちが一斉に卵を産んだ。

 

 数千の卵は一瞬で孵化し、ひよこの段階をすっとばしてコッコとなった。しかも声を聞きつけた別のコッコの群れがどこからともなく現れる。

 

 コッコは攻撃を喰らうと、それをトリガーにして別の群れを大量に召喚したり、卵をいくつも産んで増えるという恐ろしい特性がある。そしてそれは戦闘中だろうと変わらないのである。

 

 コッコたちは一斉に飛び立つと同胞の仇を取ろうと、さらに勢いを増して押し寄せた。

 

 コッコを数羽倒すごとに数千羽のコッコが追加される。

 悪夢のような状況を理解した、理解させられたルル=ベルたちの目が底なし沼のように濁った。

 

 

△ △ △

 

 

 白い死神たちの圧倒的な数と質の暴力に阿鼻叫喚の様相を呈するAKUMA部隊。

 

「今じゃ、聖域に逃げ込め!」

 

 その隙に長老の命令で、トアル村の村人たちは一目散に森の聖域に駆け込んで行く。

 

 追撃すべきAKUMA部隊はコッコの攻撃にてんやわんやで、村人たちに攻撃を仕掛けている余裕がまったくない。

 

 トアル村の住人たちは大した追撃を受けることなく、森の聖域に逃げ込むことが出来た。

 

 朽ちた時の神殿に続く森の聖域は、霧深いフィローネの森のさらに深い所にある。

 

 自然に帰りかけている石の門をくぐった先は、巨大な木々と乳白色の霧、ひっそりと飛び交う蛍、かすかに聞こえてくるオカリナやラッパのメロディーが待っている。

 

 途中地元民ならではのショートカットをしてきたアリアとリナリーは息を荒げながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 森の聖域は入り口を入ってすぐに小さな広場になっており、ほぼ全ての村人がそこに集まっていた。皆不安げな表情をしている。

 

「アリア、リナリー! こっちだ!」

 

「お父さん!」

 

 リナリーが母親の腕から抜け出て、駆け寄ってきた父親に抱きついた。

 恐怖がぶり返してきたのか、小刻みに震えている。

 

「わた、私、怖くて……お父さんや村の皆が死んじゃうんじゃないかって怖くて、それで……」

 

「リナリー、ありがとう。よく頑張ったね。でももうこんな無茶はしないでくれ」

 

 ロックは涙ぐむ彼女を受け止めると、しっかりと抱きしめた。アリアもほっとした笑みを浮かべている。

 

 しかし、その笑みも凍りつくことになる。

 

 赤紫色の甲冑が彼らの頭上に降りてきたからだ。

 

「タイトル 感動の再会」

 

 ヴァイキングの兜を被り、獅子の鬣のような髪をなびかせながら、カリスマ性のある独特の低音が響く。リンクが聞いたら、フリー〇様ボイスだ! と内心騒ぐに違いない。

 

「タイトル 凍りつく微笑み」

 

 指で四角形の穴を作り、そこにリナリーたちを絵のように映して呟く。

 

 近接戦闘特化型レベル3アクマ「エシ」、後にリナリーと死闘を繰り広げることになる彼との早すぎる邂逅だった。

 

 

 

 

 + + + + + +

 

 

 

 気がついた時、ロードは見知らぬ街の途切れた桟橋に立っていた。

 

「浮いてる……」

 

 街は空を飛んでいた。

 

 街の下には分厚い雲しかない。

 

「勇者の心象風景……精神世界は空に浮かぶ街か。なんだかノアの方舟みたいだなあ」

 

 まあ、どっちもアホみたいに古い時代の人間だしね、と呟きながらロードは街に向かって歩き出した。

 

「さあて、(トラウマ)探しゲームの始まり始まり」

 

 ロードは夢のノアだ。

 

 扉を介したワープや浮遊術、鋭利な蝋燭の召喚と射出、全身が崩壊しても再生する不死に近い再生力、イノセンス破壊の力、結界の生成、箱舟の操縦などなどロードに出来ることは多岐にわたる。

 

 だが、その本領は自身の夢と他者の夢を繋いで、相手の夢に侵入し、記憶を読んで、悪夢を使った精神攻撃を仕掛けることである。

 

 彼女にとって相手を知ることが相手を倒すことに直接繋がっているのだから、表面的にはこの風景を楽しみながらも内心真剣である。

 

 彼女は探しているのだ、勇者の心のどこを突けば、血が噴き出すのかを。

 

 勇者は強い。現状でも高位のアクマを一蹴するほどだ。成長しきってしまえば、ノアの一族は疎か千年伯爵や彼らの『神』すら倒せる程になると聞いている。

 

 だが、どんなに強い人間にも人間である限り、弱点がある。

 

 それは魂と心だ。

 

 『夢』を司るロードにとって、心を探り、人格を破壊することなど造作もないことである。

 

 肉体とは魂の入れ物であり、中身の欠けた勇者など恐れるに足りない。むしろ手駒にすら出来るかもしれない。

 

 ロードは見るとも無く辺りを見渡す。

 自然豊かな美しい街だった。道の周りは芝生で覆われ、あちこちに草花や樹木が植えられている。

 赤や白の煉瓦で作られた街には色とりどりの旗が掲げられ、中央には巨大な天幕が張られている。どうやらバザールのようだが、人はいない。

 

 街の一番北側には巨大な女神像、反対側には灯台が街を見守るように立っている。

 

 東には小さな洞窟と湖があって、こんこんと湧き出た水が滝となって湖に流れ込み空に流れていく。

 

「綺麗な街だけど、静かなところだなあ。人っこ一人いないや」

 

 街を一通り見たロードの感想はそんなところだ。彼はどうやら孤独な男のようだ。

 

 いい加減、退屈になってきたところで新しい発見があった。

 

 浮き島の上に宝箱があったのだ。ロードは手掛かりを求めて小島に飛び移る。

 

「勇者が隠した宝物、なーにかなぁ、えい」

 

 勇者が箱に入れてしまっておく、大切な記憶とはいったい何なのだろうか、それ次第で彼がどういう男か見えてくるだろう。

 ロードはわくわくしながら宝箱を開けた。宝箱の中から光が漏れる。

 

『レロを手に入れた。伯爵の剣を預かる傘型ゴーレム。話すこともできるが、精神世界では特に役に立たないゴミも同然なアイテム』

 

 デデデデーという謎の音楽と若干悪意のあるテロップと共に輝きながらかぼちゃ頭のピンク傘、レロが出て来た。

 

「レロォ? なんでここにいんだよぉ」

 

 返事がない。気絶しているようだ。

 

 ハッと何かに気付いたロードはイライラとした様子でレロを振り上げると、空になった宝箱に向かって容赦なく振り下ろした。

 

「アイタあっっ、なんだレロ!? 敵レロ!? ヘブゥッ、レロを壊すと伯爵さまが黙ってないで……ってロードたま、レロで物を叩くのはやめるレロォ!!」

 

 しばらく宝箱をレロでスパンキングしていたロードだったが、跳び起きたレロが悲鳴と共に抗議してきたので、慈悲深くもひっぱたくのを止めてニッコリと微笑んだ。

 

「おはよう、レロ。よく眠れたあ?」

 

 頭の端に怒りマークが見えそうな迫力のある笑顔である。しおれかけたレロも思わず姿勢を正す。

 

「お、おはようございますレロ……ロードたまはなんでそんなに怒ってるレロォ……」

 

 前半はハキハキと後半はロードに聞こえないようにボソボソと呟くレロだったが、耳聡いロードは益々笑みを深めた。ただし目だけは笑っていない。レロは恐れ慄いた。

 

「えーなんで僕が怒ってんのか、本当に分かんないのぉ?」

 

「わ、分かんないレロ。ちっとも分かんないレロ」

 

 獲物を見る目で笑うロードに、ビビりまくるレロ。気分は猫に喰われる寸前のネズミである。もちろんどちらがネズミか言うまでもない。

 

「それじゃあ、ここがどこだか分かるー?」

 

「わ、分かんないレロ……」

 

 ロードから逃げたい。だが、こうもがっちり柄を掴まれては傘のレロは逃げられない。半月を描くロードの唇に、レロは失神寸前である。

 

「じゃあ、なんでレロと僕がここにいるのかなあ?」

 

「そんなのレロには分かんないレロ! 目が覚めたらここにいたレロ! ロードたまがレロを伯爵さまの所からちょろまかすのがいけないんだレロォ!」

 

 ロードの放つプレッシャーに耐えきれなくなったレロは遂にプッツンと逆切れしてしまった。ハッと正気に戻った時には、もう遅かった。

 

「じゃあ教えてあげるよぉ。ここは勇者の夢の中。僕は夢のノアの能力を使って入り込んだんだけどぉ、ゴーレムのレロはどうしてここにいると思うー?」

 

「…………」

 

 レロはもう声が出なかった。答えを持っていないというのももちろんだったが、それだけではない。

 優しい声をしたロードの笑みは狂気的なレベルに達していた。グロテスクなことに定評のあるAKUMAを鼻で笑える程度にはホラーだ。

 

「可能性そのいちぃ、レロは偶然僕の能力に巻き込まれて、たまたま宝箱に入っていたッていうレロ被害者説ー」

 

 ロードは楽しそうにぺシぺシとレロを叩く。面白くて仕方ないといった具合だ。

 

「でもこの説じゃ、あの嫌味なテロップは説明つかないし、第一夢を繋げている僕が真っ先に気付くんだよなぁ」

 

 指をハサミの形にして、すうっとレロの頭の下に持っていく。

 

「可能性そのに~、今ここにいるレロは僕の記憶を何らかの方法で読み取った勇者の意識が作り出した真っ赤な偽物説ー」

 

 目を細めたロードに、このまま黙っていたら殺される、と直感したレロが必死に弁解し出す。

 

「違うレロ! レロは本物のレロだレロ!」

 

「じゃあ、証明出来る?」

 

 自分が本物の自分であることを証明するというのは、本物の哲学者でも困難なのだが、ロードの意地の悪い質問の意図に気付かず、レロはそれなら出来ると胸を張った。

 

「そんなの簡単レロ! レロは本物のレロだから、伯爵様の剣を出せるレロ!……あれっ?」

 

 レロは体を震わせたが魔法陣が出ることも、伯爵の剣が出ることもなかった。ちなみに伯爵の剣が出せたところで、ここが夢の中である以上、特になんの証明も出来ないのだが、ロードは黙っていた。

 

「えいやっ、ふんぬっ、ぬーん!」

 

 叫んでも、いきんでも、何も出ることはなかった。ロードの目がますます細まり、レロは泣きそうになった。

 

「どうしてレロ! なんでレロ! 何で剣が出ないレロ!」

 

「レロ、うるさい」

「へぶぅ!」

 

 恐怖のあまりまた癇癪を起したレロをロードはひっぱたいた。苛めるのも飽きたので、許してやることにする。

 

「はあ、もういいよ。レロが本物でも偽物でも」

「ほ、ほんとレロ? いや、レロは本物だけど、叩いたり壊したりしないレロ?」

 

「うん。よく考えたら、レロが本物でも偽物でも僕にとって何の不都合もなかったや」

 

「それはそれでなんか複雑だレロ……」

 

(まあ、勇者が精神系統の能力を持っているってのは聞いた事ないし、たぶん変に抵抗されて巻き込んだんだと思うんだけど、確証はないなあ。まあ保留)

 

 まあ、レロが本物だろうと偽物だろうと、逆らったら拘束して、場合によっては破壊する。それだけである。

 

「ああ、なんでレロまで、なんでレロまでぇ」

「うーん、たぶん僕の力を勇者が中途半端に跳ね返したんじゃないかなぁ」

「えぇぇ、完全にとばっちりレロォ……」

 

 萎れるカボチャ傘をロードは慰めるようにポンポンと叩く。

 

「大丈夫だよ。レロ」

「ロードたま……」

 

 慈愛の目でロードはカボチャを眺め、あっけらかんと言い放つ。

 

「壊れても千年公が修理してくれるよ!」

「壊れたくないんだレロ!!」

 

 楽しく騒ぎながら、勇者の心を探検していくロードたち。しばらくすると、神殿の女神像に怪しげな入口を発見する。

 

「勇者の秘密はここかなあ」

 

 ニンマリと笑いロードは神殿に侵入しようとした。だがすぐ真顔に戻る。この世界に張り巡らしていた精神感応の触手が、異常を知らせてきたのだ。

 

「勇者の意識体……追ってきたか」

 

「え……勇、者? どど、どうゆうことレロ。ここってロードさまの許可なく入って来れないんじゃなかったレロ?」

 

「そうなんだけど、相手は勇者だからなあ」

 

(まだ意識に近い浅い部分しか取り出せてないんだけど、時間を稼ぐだけなら問題ないか)

 

 ロードは魔力の一部を解放し、勇者の精神世界を侵し始める。そこに焦りも不安も罪悪感もない。あるのはアリの巣を観察する子供のような好奇心と愉悦の予感だけ。

 

 精神の傷を抉り出し、結び付け、さらに深い傷となす。それこそが夢のノアの本領なれば。

 

 ロードはつつがなく作業を終え、さあ勇者の精神の本丸に突入せんと一歩踏み出した瞬間、視界が暗転した。

 

(……っ、罠か。やっぱ魔力の開放は目立ちすぎたかな)

 

 しかし問題はない。精神の世界では現実の世界の武器は使えない。精神の強さと柔軟さ、無意識の深さと強大さが勝負のカギになるのだ。

 

 往々にして強いものほど心は弱いもの、使命に尽くす硬い心は脆いものだ。

 

 何より夢のノアの無意識は新人類すべての無意識と言っても過言ではない。勇者とはいえ個人でどうにかできるものか。

 

 そう思っていた……この時までは……

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「……え?」

 

 

  △ △ △

 

 

 

 目を開けると、そこは途切れた桟橋の上だった。

 

 木で出来た桟橋は雲の上に向かって突き出ていて、あと数歩踏み出せば、奈落の底へと真っ逆さまといった有様だ。

 

 なにこれ、危険。

 でも、雲海に突き出る途切れた桟橋って浪漫だなあ。

 

 ……うん? 

 そういやどうして俺はこんなところにいるんだ? 山登りを始めた覚えはないのだが……

 

 そう思って辺りを見回す。

 

 前方は青空だ。小さな雲と鳥以外特に何も飛んでいない。

 

 下方は雲海だ。一面の雲に覆われて、その下に何があるのかはわからない。

 

 どうやらここはかなり高いところのようだ。

 

 ゼル伝で高いところ……デスマウンテンかな?

 

 デスマウンテン、その言葉を聞くだけで背筋に悪寒が走る位には苦手である。

 

 デスマウンテンはシリーズ恒例の活火山で、しょっちゅう噴火しては火山岩やら溶岩やらが梅雨時の雨と同じ位の頻度で気軽に降って来る。

 

 しかも道中にはライクライクという草や岩に擬態して、高価な盾を食べてしまう魔物もおり、草を切って回復しようとしたリンクが丸呑みされる事件も多発している。初回時には俺も盾を失い、大変な目にあった。

 

 さらに火口付近は温度も非常に高く、対火装備なしではゴロン族のような特殊な種族を除いてあっと言う間に黒焦げになってしまうなどなど、登山初心者にはとてもおすすめ出来ない危険な山だ。

 

 だが、溶岩だとかライクライクだとか、そんなものを鼻で笑って吹き飛ばしてしまう位、危険な存在がデスマウンテンには住み着いていた。

 

 大妖精である。

 

 かつて、時のオカリナのデスマウンテン山頂には、トラウマ量産機として歴代トップクラスに悪名高い大妖精の泉があったのだ。

 

 何が悪名高いってその容姿だ。

 

 身体は大人リンクの倍以上の大きさで4m近くあり、妖精という可愛らしい名前からは想像することさえできない毒々しい赤と紫のメイクを施された白目がちな目をしている。血のように赤い唇はとても大きく、人間なんてリンゴのように丸齧りされてしまうだろうことは想像に難くない。

 

 更に実年齢ほにゃらら歳、外見年齢BBAのくせに、ショッキングピンクの髪の毛を分厚い三つ編みにしている。

 更にさらにぃ清純なイメージを他者に抱かせるだろう三つ編みを冒涜するかのように、服は草と蔦のような物を体に巻いただけという露出狂そのものな恰好なのだ。

 

 そんなのと冒険中に出会ってしまった時の勇者リンクさん、当時7歳。奇しくも初プレイ当時俺も7歳だった。

 

 幼い少年が、降り注ぐ火山岩からひいひい言いながら逃れ、逃げ込んだ洞窟の中には……なんということでしょう! 旅のお供にぴったりな小さくて可愛い回復妖精さんが、やたらデカくてゴテゴテした厚化粧中年女(全裸)に高笑いしながら大変身したではありませんか!

 これでもう空き瓶に入れられる心配はありません! ありません!

 

 この悲劇的すぎるビフォーアフターに当時多くのプレイヤーがトラウマを植え付けられた。死んだ時に身を挺して助けてくれるあの小さくて可愛い健気な妖精ちゃんの親玉が、まさかこんなのだったなんて……と。

 

 以後トラウマを植え付けられた人々に配慮して、ニマニマ動画では大妖精にモザイク処理が施され、冒険を共にするナビィやチャットや回復妖精にまで疑惑の目が一部向けられれるなど、様々な波紋を呼ぶことになる……

 

 ここまでが、時オカプレイヤー一般の話だ。

 

 が、この話には世にも恐ろしい続きがあった。

 

 トラウマを植え付けられた少年はほうほうの体で、大妖精の泉を脱出した。一秒でも早く、一㎝でも遠くに行きたい、その一心だった。

 一つしかない入口兼出口を通り、硝煙と青空が広がる外へ。

 

 外へ、外へ……出られなかった。

 

 画面が切り替わると同時に現れたのは、白い祭壇と泉に浮かぶ小さなピンクの妖精。そこに強制的に視点が固定され、体が勝手に泉に走り寄る。高笑いとも嬌声ともとれる声が上がって大妖精が、大妖精が……!

 

 

 この話題はやめよう。

 

 

 ま、まあ、そんなこんなで俺は後ろを振り向きたくない。

 

 でもいつまでも、空を眺めているのも時間の無駄だ。ゲームをする時間だって有限なのだ。なのでせーのっ、で振り向こう。時オカ仕様の大妖精様がいたら、黙ってログアウトしよう。

 

「せーのっ」

 

 そこには赤と白のレンガで出来た村があった。大きな神殿や風車、巨大なテントや滝もある。雲より高いところにあるのに気温は春のように温かく、蝶々まで飛んでいる。

 

 天空都市、そんな言葉が浮かぶ。マチュピチュだろうか。トワプリで天空人の都市があったから、その亜種か。

 

 しかし、初めて見たのに故郷に帰ってきたかのように懐かしい。この懐かしさはなんだろう、デジャブ?

 

 ふと、桟橋の隙間から、この町の下部が目に入った。この町の下は山ではなく、空であった。

 

 どうやらマチュピチュかと思ったら、ラピュタだったようだ。

 

「バルs……おっと危ない」

 

 危うく盲目になった挙げ句に、天空都市ごと吹き飛ぶところだった。

 

 でも誰だってラピュタに乗ったらバ●スしたくなる。俺だってそうなる。きっと茅場さん、いやロードはそれを利用した罠を仕掛けているに違いない……なんて卑劣な罠なんだ……

 

 そういえば、ロードはどこに行ったんだ。俺で遊ぶとかなんとか、言ってたけど。

 

 とりあえず、彼女を探しつつ町を見て回ろうかな。

 

 そう思い、一歩踏み出した時だった。急に目の前が暗転し、気付くと岩山に立っていた。目の前には見覚えのあるゴロン族の子供が腕を振り上げている。

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「……え?」

 

 




ちなみに謎の大妖精の泉ループバグはおおむね作者の実話。

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