緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第20夜 賢者の覚醒(前)

 どことも知れぬ深い闇の中、山高帽を被った風船のお化けのような怪人がいた。

 

「時の勇者、やはり賢者の末裔たちの前に現れましたか♥」

 

 間延びした独特な、しかしいつまでも聞いていたいような不思議な魅力を持った声がロウソクの灯りさえない真っ暗な空間に吸い込まれていく。

 

 怪人、千年伯爵の眼鏡の中には多数の高レベルアクマに囲まれて、その圧倒的物量に苦戦する少年の姿があった。

 

「ふふふ、相変わらず甘いですねぇ勇者リンク♥ あのくそ忌々しい神の力で町ごと薙ぎ払えば良いものを、足手まといを気にして全力を出せないとは♥ まあ、そうなるように我々が誘導したんですが♥」

 

 千年伯爵は実に楽しそうにリンクを嘲笑う。 リンクが恐ろしい鬼の神の力を手に入れたことをすでに千年伯爵は知っていた。

 そもそも前回の中国での襲撃は表向きは勇者の抹殺が目的だったが、実際は鬼神の力の有無を確かめること、そしてもしも所持しているのならばその対抗策を得ることが目的だった。

 襲撃自体は鬼神の剣の一撃で全部隊を一瞬で蹴散らされるという酷い結果になってしまったが、リンクが既に鬼神の力を所持しているということを知れただけでも成果はあった。更に対勇者用のアクマの素材まで手に入ったのだから、戦術的には伯爵の敗北だったが戦略的には伯爵は優勢のままだった。

 

「それにしても相変わらず優秀デスネェ、あのアクマは♥」

 

 機嫌良さげに手元の傘を振り回す伯爵。

 

「なにしろ昔、我輩たちの侵入に気づき、口の上手さと火縄銃を使って日本を統一しようとした男とその配下を使って作成したアクマ♥ですからネ♥」

 

 今勇者に対して弾幕を張っている個体はレベル3アクマの中でも特に古く優秀な個体の一つであり、対勇者用にチューニングまでした伯爵の肝入りの一つだった。

 口述火器という口にした文章に含まれる数字の数だけ砲弾を形成し発射するという有用な能力を発現させ、しかも能力ごり押しのスタンドプレーに走りがちなアクマの中では数少ない頭を使ったチームプレーを重視する個体だった。

 彼はその気になればレベル4に進化できたにも関わらず、レベル4化に伴う固有能力の喪失や自我の変化を嫌い、部下にしたアクマの育成のために自分は牽制と指揮に専念し、殺しは他の低レベルアクマにさせるという手法で数多くの高レベルの部下を作り出した有能な個体だった。その経緯で彼を慕うアクマも多い。

 

 基本的に近距離での戦闘を得意とする勇者に対して遠距離特化のアクマは有利であったが、彼はその事実に胡座をかくことなくより自分達に有利な戦場を求めた。

 

 狭い戦場を用意して奇襲をしかけて俊足を謡われる勇者の足を止めさせる。

 更に勇者が逃亡せぬように、部下にしたアクマに命じて結界を張り巡らす。

 そして最も厄介な鬼神の力を使わせないために、戦場は賢者の一族が住み、かつ人工密集地の市街地に設定する。戦場を誘導出来るように賢者の一族が住みついている町や屋敷に人に化けたアクマを忍ばせておくなど下準備もバッチリだ。

 これだけのことを伯爵やノアがいちいち指示しなくても、勇者の基本的な性格と戦闘スタイルの情報を伝えただけで自分で考えて行える。歴戦の将に恥じない戦術眼であった。

 

「緑衣の勇者リンク、あなたは昔っからソウでした♥ 自分のために民や兵士に死ねと言えない甘さ。愛だの優しさだの勇気だのを信じる青臭さには、ヘドが出るンデスヨ♥」

 

 勇者は弱者を見捨てない。切り捨てることが出来ない。

 

 将軍が首都を守るために兵士に防衛を命じるように、 重要度の高いものを守るために重要度の低いものを犠牲にするのは、人を率いる者の権限であり責務でもあった。

 

 替えの効かない勇者と、能力が多少落ちても替えが効く賢者候補の少女とたいした価値のない町の住民。

 千年伯爵を倒せる数少ない存在である時の勇者が死ねば人類の命運は尽きたも同然である以上、どちらを犠牲にすべきかは明白であった。にも関わらず、勇者リンクは弱者を見捨てない。見捨てることが出来ない。

 

「我輩たちを侮りましたネ♥ 勇者リンク、アクマの目は我輩の目であり、耳でもある。ここ数年の足取りをまったく掴めなかったのはお見事ですが、今世のあなたのやったことは大方調べさせて貰いましタ♥ ナニやら企んでいたようですが、フフフ、賢者の末裔どもに網を張った甲斐がありました♥ さて、と……」

 

 チリンチリン、と千年公は手元の鈴を鳴らす。すると彼の片眼鏡の中に石造りの立派な街並みと一匹の美しい毛並みの黒猫が現れた。

 

 黒猫は千年公に気づくと振り替えってちょこんとお辞儀をし、柳のようにしなやかな尻尾をぴんと立てて建物の陰に入っていく。

 

 すると石畳に延びる子猫の影がニュウッと伸びていき、あっという間に子猫の影は人のものとなる。やがて子猫の消えた街角から黒いスーツをパリッと着こなした少女が現れた。

 

 黒髪を肩の辺りで切り揃えたスタイルの良い10台後半くらいの美少女だ。灰色の肌の額には髪に隠れてはいるがノアの一族の証である十字架がいくつも刻まれている。

 

「お呼びですか、伯爵様」

 

「ええ、ええ。ルル=ベル、お仕事ですよ♥ かねてからの計画をスタートさせます♥ 吾が輩のかわいいオモチャたちを使って時の神殿の賢者とその末裔たちを捕らえなさい♥」

 

「かしこまりました。……それは賢者に連なる者たち全員ということで間違いありませんか、主」

 

「ええ、今までは勇者を殺すための罠として賢者どもとあの忌まわしい神殿を残しておきましたが、 勇者が現れた今となってはもう必要ありませんからね♥」

 

 邪魔になるだけです♥ とうそぶく千年公。勇者と世界各地に点在する賢者を同時に攻撃すれば、勇者が一人しかいない以上、確実に賢者を潰せるというものだ。

 

「承りました」

 

 伯爵の命令に眉一つ動かさないルル=ベル。変身能力を持つ彼女にとって拉致や暗殺は日常なのである。

 

「言い忘れてましたが、決して貴女自身が賢者に近づいてはいけませんよ。貴女の役目はあくまで神殿への道案内と結界の破壊の手引きだけ、神殿の中へはアクマだけを行かせなさい♥」

 

「何故、でしょうか」

 

 美少女の表情は変わらない。だが、ルル=ベルの育て親である千年公には彼女が自身の力量が不足しているのではないかと懸念しているのが手に取るように分かる。そういう風になるよう育てたのだから当然だ。

 

 伯爵は慈愛の表情を作り、気遣わしげに言った。

 

「貴女の力量を軽視している訳ではありません♥ あなたが「色」のノアとして万物への変身能力を持つように、賢者どもは全員己の職分にみあった特殊な力があります♥」

 

「我々のノアの一族のように、ですか」

 

「ええ、実に忌々しいことですが、過去にはノアの一族の者が賢者たちに消されたこともありました♥ 無論我輩たちの総力を上げてその時代の賢者どもは叩き潰しましタが……ゴキブリのようにまた湧いてきて♥ 本当に鬱陶しい一族です♥」

 

 最後の呟きには伯爵に心酔するルル=ベルさえ背筋がぞっとする程の憎悪がこもっていた。

 

「だから替えが効き、疲れを知らぬアクマを送り込むのです♥賢者どもは確かに厄介な能力を持ちますが、所詮は脆弱な人間。昼夜を問わず飽和攻撃をし続ければ、神殿の力を借りてもいずれは力尽きる♥」

 

 伯爵の声には抑えようにも抑えきれぬ暗い喜悦が滲んでいた。

 

「かしこまりました、主」

 

「賢者の一族を抹殺したら、アクマを通して我輩を呼びなさい。神殿の占拠に向かいます♥」

 

「神殿は破壊しないのですか?」

 

「ええ、ちょっとしたサプライズを、ネ♥」

 

 リサイクルですヨ♥ リサイクル♥ とうそぶく千年公。

 

「かしこまりました」

 

 うやうやしく頭を下げるルル=ベル。伯爵も満足そうに頷くと通信を絶ち切った。

 

「フフ、今回はいい感じデスネエ♥ レロ、アナタもそう思いませんか?」

 

 千年伯爵は手元の傘に話しかける。傘はなにも答えない。

 

「? どうしたんですか♥ レロ……えっ♥」

 

 伯爵は手元の傘を見て、気づく。それが伯爵謹製のゴーレムレロではなく、ただのピンクの傘だということに。

 

「またロードですネ♥ 我輩の傘をちょろまかして、どこに行ったん……!? ま、まさか……!?」

 

 その時伯爵に最悪の考えが浮かんだ。まさかロードは勇者の所に……!!

 

「ロード! ロード!」

 

(もしそうだとしたら、一刻も早く連れ戻さなくては……!!)

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかきつい状況だな」

『今しばしの辛抱を、マスター』

 

 俺たちは金剛の剣を振るいまくって、赤黒い弾丸を叩き落としながら呟いた。

 

 いつものゼル伝なら近距離戦を挑んでくるはずの鎧武者タートナックが背中に蝶の羽のようなものをつけて宙を舞い、体の全身についた小型のバルカン砲から、バカみたいな数の砲弾をばらまいている。

 

 使える武器を剣と盾しか持ってない近距離型の俺は、 遠距離特化の新しいタートナックとその取り巻きたちの集中放火を掻い潜り、 敵に接近するしかない。

 

 だが俺の後ろには足を怪我してろくに動けない女の子がいる。そのため、敵に接近するどころか回避もままならない。

 

「シナナイムシハイイムシサ!」

 

 4771億と6481万、おまけに1643、悪夢のような数の砲弾が、タートナックの唯の一言で形成された。血のように赤い砲弾の列がタートナックの背中から沸き上がり、渦を巻いて館の上空を覆い尽くしていく。

 

「どうだい、エクソシスト! ヤクザさんの能力、口述火器(こうじゅつひっき)の味わよお!」

「ヒャッハー! 蜂の巣にしてやるぜ!」

 

 奴の取り巻きたちが自慢気に叫んだ。取り巻きたちは人面ボールが数体と胴長短足の紫タコオクタロックしかいないが、その連射力は旧作の比ではない。人面ボールは体から生えた大砲から、オクタロックは口と吸盤から、冗談みたいな数の砲弾を飛ばしてくる。

 口述火器(こうじゅつひっき)とやらも、だじゃれみたいな名前の能力だが、その脅威は今まで俺が戦ってきたどの敵より強い。一斉に発射する訳ではないのと、リンクさんの防御能力でなんとかなっているが正直かなりきつい。お前ホントに序盤のボスか?

 

 繰り返しになるがひたすらに弾幕を張るという戦法は、遠距離武器が皆無の俺にとって非常に不利だ。つーかゼル伝に弾幕ゲーを持ち込むんじゃねーよ、殺すぞ。

 

 くそ、今ここにボウガンがあれば、リンクのボウガントレーニングで鍛えた腕であいつらなんか蜂の巣にしてやるんだが。

 

 やはり、この状況を打開するにはボスである新型タートナックを倒すしかない。そのためにはこの場で得られる可能性のある唯一の遠距離攻撃スカイウォードソード、別名剣ビームを習得するしかなかった。

 

 

 

 時間は数分前にさかのぼる。

 

「スカイウォードソード?」

『イエス。アニタ様を魂の賢者に覚醒させることが出来れば、マスターはスカイウォードソードを放つことが出来るはずです』

 

 タイトル回収?と激しく戦いながら内心首をかしげた俺と、部屋の隅で実際に首をかしげているアニタさん。

 アニタさん、さっきまでわりと怖がっていたのだが、ファイさんから賢者について、己の役割についての説明を受けているうちに覚悟が決まったらしい。賢者の使う楽器っぽいものを持ってるし、メドリちゃんみたいに先代賢者とお話したのだろうか。

 

「申し訳ないのですが、スカイウォードソードとはなにか教えてくれませんか」

『スカイウォードソードとは天空に満ちるエネルギー、スカイウォードを剣に集め、射出する技です』

 

 なるほどと頷くアニタさん。

 戦いながら聞いていた俺は色めきたった。それって剣ビーム、神トラや4つの剣に出てきた剣ビームなんじゃないですか!?

 

『イエスマスター、その認識で間違っておりません。ただしスカイウォードをためるために、剣を一定時間天空に向けて掲げねばなりません』

 

 ヒャッハー! 剣ビーム、リアル剣ビームじゃ! 剣を天に掲げてチャージとか実に必殺技っぽい。ゼル伝スタッフも分かっているじゃないか。

 

「その技を使えばあの怪物たちを倒せるでしょうか」

 

 俺が掛け声はエクスカリバー! にしようか、それとも「壁にでも話してろ」の人にするか、真剣に迷っているとアニタさんが真剣な顔でファイに訪ねていた。

 

「そこは俺も気になるな、どうなんだ」

『十分破壊可能な威力であると断言いたします。しかしアニタ様が首尾よく賢者に覚醒されても、スカイウォードソードには問題も存在します』

 

「問題、ですか」

「イエス、現状でのスカイウォードソードの発動は一度のみ。それ以上はこの剣がもちません。また、スカイウォードをためている間、マスターは無防備です。歩くことは出来ますが、走ることも盾を構えることすら出来ません。無防備のままスカイウォードをためようとすればAKUMA の弾丸により敗北する可能性98%』

 

 98%ってそんなにか。しかしチャージに時間がかかるのもやばいが、一発で打ち止めって。いくらなんでもそれは……

 

「具体的には何秒ぐらいかかるんだ」

『およそ30秒です。マスター』

「確かに、30秒間この砲弾の嵐の中で剣も盾も使わずに突っ立ってたら死ぬな」

 

 たぶん肉片も残らないんじゃないか。今もなんか新型タートナック=サンは弾丸をチャージしてるし。

 

「なんとかスカイウォードを速くためられないのか。あるいは回数を増やす方法でもいいが」

 

 こう、オラに元気を分けてくれ!って呼び掛けるとか。

 

『残念ながら賢者を一人覚醒するだけではスカイウォードソードを日に1度使用可能にするのが限界でしょう。マスターが更に賢者を覚醒させれば性能は向上すると考えられます』

 

…………ま、まあ賢者がいなくなったせいでマスターソードは邪悪な存在の封印にエネルギーの大半をとられている上に、今回剣ビームを発射するのは金剛の剣。名剣とはいえ、マスターソードじゃない剣からの発射は難しいということなんだろう。前に30%しか機能を再現できないって言っていってたしな。

 

「それしか方法がないようですね。……分かりました。その作戦でいきましょう」

 

 おう、アニタさんに先に言われてしまった。ただのお姫さまじゃないと思っていたが果断な性格なようだ。

 

「俺もそれでいい。アニタさんの覚醒はファイに任せてしまって大丈夫か?」

『イエスマスター、問題ありません。しかしスカイウォードをためる時間はどうなさるおつもりですか』

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 リンクさんに良い考えがあります。

 

 

 

 

 




更新遅れてすみません。ちょっとここ半年くらい原作科学班ばりの量の仕事が作者と同僚に襲いかかり、てんてこ舞いでした。
でもdグレがまたアニメになると聞いたので、テンション上がって更新した次第です。
次回の更新は明日です(予約投稿済み)

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