緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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君たちも退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた

 諸君、俺は高い所が嫌いだ。

 

 繰り返す、俺は高い所が嫌いだ!

 

 学校の屋上くらいならいいんだけど、それより上に行くと駄目だ。

 

 恐怖で足がすくんで一歩も動けなくなる。

 

 飛行機とか吐きそうになるし、スカイツリーの展望台とかもう怖くてたまらなかった。

 

 崖の上の吊り橋とかも駄目だ。

 

 脆そうな木製の橋とか絶対無理。

 

 ほれほれとか言って橋を揺らす奴には殺意すら覚える。

 

 

 そんな俺がフィローネの森と禁断の森との間にある深い深い谷を繋ぐ長い1本のロープの上に立っていた。

 

 もはや橋ですらねぇ!

 

 ロープの下は見通せないほど深い谷だぞ! 

 

 足元には体を支えるにはあまりにも細くて頼りないロープが一本しかなく、落ちたら奈落の底までまっさかさまだよ!

 

 超怖いよぉおおお!!

 

 所詮ゲームなのに、何ビビってんの? 落っこちたって死なないじゃん。

 

 馬鹿なの? チキンなの? コッコさんなの? とか思った奴、表へ出ろ! 

 

 表へ出て、命綱付けてバンジージャンプでもしてくれば少しは俺の気持ちが分かるだろうぜ!

 

 

 確かにこれは安全が保障されているはずのゲームだ。

 

 だが、安全が保障されている事と、怖いか怖くないかは別問題だと俺は信仰している。

 

 例えば鏡に映る幽霊とか、謎のウイルスによって世界中の人間がゾンビ化とか、仮想現実で死ぬと脳味噌をチンされて現実でも死ぬとか、普通に考えればありえない。実際に起こるはずがない事だ。

 

 だけど優れた作品は人々にそれが本当に起こる“かもしれない”と思わせる説得力を持っている。

 

 だから人々はホラーを見れば怖がるのだ。山田先生は夜中に鏡を見れなくなるのだ。

 

 そしてここは天才茅場さんと優秀な任●堂のスタッフが精巧に作り上げた仮想現実。そりゃあ1学生には否定できない説得力があった。

 

 つまりゲームでも怖い物は怖いよね!

 

 

 俺もできれば別の道やアイテムを探すなり、最悪ここを通らなくてはならないとしてもロープにしがみついてコアラのように進みたかった。

 

 それなのにロープの強度を確かめようと触った途端にリンク=サンの体は勝手に直立し、両腕を広げ、バランスをとってロープの上を歩き出してしまったのだ。

 

 恐らく綱を渡るイベントのトリガーが綱に触る事だったのだろう。

 

 ロープの上をまるで地面に立っているかのようにスイスイと進んだところで、リンク=サンの中で恐怖に震えていた俺に唐突に操作が戻った。

 

 アィエエエエエエ!! リンク=サン!? リンク=サン! ナンデ!? 

 

 まだあと800メートル位残ってるよ! 残りも宜しくお願いしますよ!

 

 パニックになった俺は途端にバランスを崩しそうになった。

 

 しばらく全身全霊で踏ん張り、なんとか落ちるのを回避する。

 

 心臓発作で死んでしまう前に早く元の場所に戻らないと。

 

「あ、やってる。やってる」

 

 そこに追い打ちをかけるかのごとく現れるリナリー一家。

 

「おお、リンク君さすがだなぁ。僕はインドア派だから最初は10分くらいかかったのに」

 

 断崖絶壁にかかる目測で1キロ近くあるロープを、10分で渡り切れる奴はインドア派って呼ばねえよ! 

 

 バリバリのインドア派である俺が認めねえ! 現実の俺なら一歩目で墜落するどころか、乗ろうとすら思わねえよ。

 

「最初は誰でもそんなものよ。慣れれば5分もかからないわ。リナリーだってもう6分位で行けるしね」

 

 マジで!?

 リナリーちゃん、そんな凄い子だったの?!

 

 アリアさんも5分って。

 ここはいつからオリンピック選手みたいな身体能力の奴が底辺ですみたいな人外魔境の世界になったんだ!?

 

「でも、お母さん。リンクは時の勇者だからお母さんよりももっと凄いんだよね!」

 

 やめてぇ! 

 リナリーちゃん、凄いなぁ、憧れちゃうなぁ、みたいなキラキラした視線を飛ばさないでぇ!

 

 お兄さん、そっち側に戻れなくなっちゃう!

 

「そうね。時の勇者なら最初から5分、いえきっと3分半くらいで行ってくれるに違いないわ」

 

 アリアさんもこれ以上ハードルを上げないでください! 

 

 もう上がりきったハードルはハードルと呼んでいいレベルを遥かに超えて羅生門の域に達している。

 

 自分でももう何を言っているのかよく分からないが、1つだけ確実に言えることがある。

 

 

 罠は子供だましが2,3個だと言ったな。あれは嘘だ!

 

 

 

 

「がんばれーリンクー!」

 

 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。

 

 俺は生まれたばかりの小鹿の様にプルプル震える足と新人パイロットな心を懸命に叱咤し、前に進んでいた。

 

 スピードは遅く、行程は遅々として進まないがとりあえず立ち止まる事も、後ろに下がることもなかった。

 

 マラソン大会と一緒で一度立ち止まったら、また走り出すのは辛いし、また立ち止まってしまうだろう。

 

 純粋なリナリーちゃんの期待を裏切りたくないと思っている今でも、本心は逃げたくてたまらないのだ。

 

 今逃げだしたらきっと一生ここを渡れない。つまり一生リアルマスターソードは手に入らない。

 

 ゼル伝ファンとして、それは嫌だ。

 

 故に今の俺の辞書には撤退も、後退も、敗北も、恐怖もない。

 

 ただ前に進む。一歩、一歩、確実に。

 

「ねえ、彼随分とおそ……慎重ね」

「いや、彼は思慮深いからね。きっと見えない罠を警戒しているんだろう」

 

 ま、惑わされないぞ。

 外野がなんと言おうと、渡り切った者が勝ちなのだ。

 

「そうよね。何と言っても時の勇者様だし」

「そうさ、勇者がこんなことを恐れる筈がない」

 

 ……ねえ、もしかして君たちわざとやってる? 

 もしかしてこれいじめ? いじめなの? よくある新人潰しの勇者版なの? 

 

 でも新人勇者がここで潰れちゃったら、きっとこの世界滅んじゃうよ?

 

 他人の城や国をリフォームする事にかけては定評のあるガノンドロフさんに滅ぼされちゃうよ? 

 

 ガノンさんはハイラル王国やハイラル城、はたまた聖地のある世界を丸ごと自分好みのおどろおどろしい感じに毎回変えちゃうんだよ?

 

 あの人は文字通り世界の匠なんだよ?

 

 それでいいの?

 

 

 

 

 これが画面越しにやるゲームなら、ちょっとビビりながらコントロールスティックを前に倒しておくだけのヌルゲーなんだけど、VRゲームになると格段に難易度が増す。開発スタッフもそれを十分に分かっていたからこそ、こんな何のギミックも無い一本道を作ったのだ。

 

 

 ……そう考えていた時期が俺にもありました。

 

 距離を残り半分まで詰めた所でやつらが現れた。

 

 木の上から俺に群がって来るキース(鋭い牙のコウモリ)

 リナリーたちとは反対側から現れるボコブリン(ゼル伝版ゴブリン)

 俺の両サイドの壁から唐突に生えてくるビーモス(ビームターレット)

 

『君たちも退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた』

 

 ……何か茅場さんの声が聞こえた気がした。

 

 こんなところで剣を振ったら間違いなく反動で墜落する。

 遠距離攻撃できる武器なんて最初から持ってない。

 そもそも綱渡りのせいでただでさえ精神値がガリガリ削られているのに、脳内にインベントリを出す余裕はない。

 

 わらわらと頭上に群がってくる大量のキース。一発でも当たれば体のバランスが崩れかねない。

 

 綱に乗って正面から迫ってくるボコブリン。ゆ、揺らすんじゃねえ! もっと慎重に乗れ! いや降りろ!

 

 紅い宝玉を輝かせて熱線を一斉に放とうとして来るビーモス。あのビームって追尾してくるんだよなぁ、毎回。

 

 つまり茅場さんは『ゆっくり死んで逝ってね!!』って言いたいんですね。

 分かります。

 

 チクショー、やってやんよー!! 

 

 

 

 

 

 中国の上空。そこには色とりどりの物体がひしめきあいながら飛んでいた。

 下から見れば黒い雲にしか見えないそれらの実体は「機械」と「魂」と「悲劇」を元に千年伯爵によって造られたAKUMAたちである。

 

 鋼鉄の玉に大砲を取り付けたようなレベル1。

 黒い炎の塊や昆虫、ピエロのような奴までいる個性豊かなレベル2。

 小さな羽をつけた鋼鉄の全身甲冑のような形のレベル3。

 そしてそれらより圧倒的に大きい人型と昆虫型のAKUMA。

 

「おい、あいつのこと知っているか」

 

 昆虫のようなレベル2が巨大なAKUMAをそっと指さして、ピエロのようなレベル2にキーキー声で訊いた。

 

「知ってる、知ってる。なんでも今回の作戦のために伯爵さまがレベル2と3を何体も合体させて特別に作ったやつらでしょ」

「そうそう。あっちの人型の奴はデカい剣で近接攻撃したり、昆虫型のレベル2を大量に呼べるらしいぜ」

「あの巨体で大剣か。おっかねえな」

 

 そこに他のレベル2が甲高い声で混ざる。

 

「あっちのでかい昆虫型もすげえ強力なビームをぶっ放せるらしいぞ。あと腕も体もすんごく硬いらしいぜ」

「レベル3より強いのかな」

「そりゃお前レベル3を何体も材料にしてるのに、弱くなるわけねえだろ」

 

 ぎゃははははと爆笑するレベル2のAKUMAたち。

 

「おい、作戦前だ。私語は慎め」

「そうですよ」

 

 頭の悪そうな会話を見かねて、帽子を被った黒っぽい人型のAKUMAとメイド服を着た少女の姿のAKUMAが止めに入った。

 

「んだと、おらあ!」

「貴方達みたいなのがルル=ベル様や伯爵様の立ててくださった作戦をぶち壊すんですよ! せめて足手まといにだけはならないでくださいね! 私は無能は許せるけど足手まといは我慢ならないんです」

「こぉのやぁろおおお! 好き放題言いやがって!」

 

 少女の物言いにカチンときたピエロのような形のAKUMAが成人男性の倍はある長さと太さの腕で少女に掴みかかろうとする。

 少女も巨大な鉄扇を2つ取り出して、応戦する気満々だ。

 

 周りのAKUMA達もそれを止めない。むしろ積極的に野次を飛ばしている。レベル1は自我の無い人形に過ぎず、他のAKUMAも血や争い事が大好きだからだ。巨大なAKUMAたちは煽らないが、止める気も無いらしく黙って目的地に向かって飛んでいる。

 

 一触即発の事態になったその場を沈めたのは黒っぽい人型のAKUMAだった。

 

「止めろ。これ以上場を乱すならお前ら全員をぶっ壊す」

「なんだとぉおおおお、てめえさっきから横からごちゃごちゃとぉ。じゃあまずてめえから俺の追尾式ミサイル81連発を喰らわせて……」

「俺はレベル3だ」

「やるのは辞めました」

 

 AKUMAにとってレベルは絶対だ。レベルが1つ違うだけで戦力に埋めがたい圧倒的差が生じるのだ。

 

「お前も少し黙っていろ」

「……はい。承知しました」

 

 ピエロも少女もレベル2、たとえ戦っても勝ち目は無かった。

 悔しさでぎりぎり歯を食いしばるレベル2と、退屈を紛らわせなかったレベル3の不満が高まった時、AKUMAが絶対の忠誠を誓う千年伯爵の声が彼らの脳裏に響き渡った。

 

『いいですかぁ、我輩のかわいいAKUMAタチ♥ 今回の目標は緑色の服と帽子の少年、または青年デス♥ 見つけたら即抹殺♥ いなかったら帰ってきなさイ。分かりましたネ❤』

 




ちなみにビーモスはリンク君の現状の武器では倒せません。攻撃力はハート半分。

弓矢もしくはチェーンハンマーなどが要ります。
隣村をショートカットなんてするから、大時な物を取り逃がすのだよ。

仮面? せめて守り袋がインベントリから出ていれば……

え、ロープから墜落したらどうなるかって。

HAHAHA現状の装備ではゲームオーバーDEATH。
デクの葉とかパラショール、あるいは妖精とかがあれば助かるんだけど……

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