艦これのレ(仮題)   作:針山

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捲弩重来(けんどちょうらい)【後編】

 

「……交戦開始」

 双眼鏡を覗く男が、静かに現状を報告する。

 場所は司令所であり、双眼鏡の男の他に各機器を操作する数名の者、そして艦長らしき男が椅子に腰かけ、そのすぐ横では副館長らしき人物が後ろに手を組み立っていた。

 位置は艦橋ではなく艦内に当たるそこは、対艦ミサイルの発達により現代では昔のように艦橋ではなく、艦内に設置されるようになっていた。頂のように高い艦橋には現在、各種レーダーが配置されており、重要区画には違いないが指示を出す者はいないのだ。

「まったく、夜襲かと思えば仲間割れとはな」

 腕を組んだ艦長らしき人物が大仰に溜息を吐く。

 レ級の接近は人類側にきちんと感知されていた。

 レーダーの発達により、昔とは比べ物にならないほど索敵能力が上がっているお蔭で……とは言えない。いくらレーダーが発達したとは言え、人間サイズである深海棲艦が相手で対処は難しい。例えばステルス戦闘機がレーダーを掻い潜るのに、熱や音、振動など自らの電子機器が持つ特徴的な信号を最小限にしているのは、自身に当たった各波のようは周波をキャッチさせずらくしているためである。

 さすがに人間サイズの相手となると、海上を探知するためのレーダーでは捉えきれない。赤外線や光学センサーなどで確認すればまた別だが、通常の兵器を相手にしたレーダーでは、人間程度はノイズとして処理される。

 しかし、深海棲艦の出現によりそれでは話にならないことが解っている。

 ならばどうするか。

 現在の技術で難しいのならば、過去の技術で補うしかない。

 結果、近隣海域の巡回に人間の目を使って監視するという、やや時代錯誤な探知方法が行われていた。

 椅子に項垂れる艦長がもう一度溜息を吐き、傍らに立つ副館長に愚痴を零し始めた。

「明日は結婚記念日なんだ。もう五回もすっぽかしてる。家に帰る度、カミさんが見知らぬ男とよろしくやってないか不安になる」

「最近じゃ巡視船は独身部隊と呼ばれているそうです」

「上の奥様方はお見合い紹介に嵌っているそうだぞ」

「先日、私も紹介されました」

「それは何よりだ。良い相手は見つかったかね?」

「我々の職業を知った上で来られる方は、大抵別に本命がいますね」

 艦内に笑いが起きた。

 ある種の戦時中と言っていい状況の中、司令室ではそれほど切迫した空気はない。

 敵が同士討ちをしているのもあるが、一番の理由は戦闘を行うのは別の部隊だからだ。

 深海棲艦と戦うのは、基本艦娘である。

 通常の艦が戦闘をすることは、よほどの事がない限りない。

「日本の駐屯地への報告は済んでいるな?」

「はい、戦艦二隻、重巡二隻、軽巡二隻が向かっているそうです」

「そうか。では、我々は射程圏外からの監視を維持しつつ待機だ」

 億劫そうに告げる艦長に、傍らに立つ副館長が進言する。

「今なら魚雷もミサイルも当たると思いますが」

「対岸の火事に近づく理由はないだろう。出来ればこのまま、我が国の海域から出て貰えると助かる」

「今のは聞かなかったことにします」

 肩を竦める副館長の横で、艦長は肘をつきながら口を開く。

「明日は結婚記念日なんだ」

 

『よし、このまま砲撃を避けつつ突撃しろ』

 観客席の人類を知らぬ深海棲艦達は、戦場の真っ只中にいるレ級と尾は、作戦と呼ぶには自殺行為の案を採用しようとしていた。

「……? ドウヤッテ?」

『空気抵抗と砲撃の推進力で方向を操作する。お前はさっきやったように砲撃を受け流せ』

「ダカラ、ドウヤッテ?」

『いいからさっきと同じようにやれ! ほら、来たぞ!』

 尾が叫ぶと同時、ル級の砲弾が飛んでくる。尾についている砲塔を使い軌道修正を行いつつ、レ級は先刻と同じく合気道の要領で砲弾を受け流す予定だったのだが。

 爆発、黒煙。

 ほぼ直撃と言って差し支えない攻撃を受けた。

『ゲホッ、おい! 受け流せと言っただろう!』

「痛イ! 受ケ流スッテ何!?」

『だからさっきやったように』

「サッキッテ解ンナイ!」

『なっ……!?』

 レ級の叫びに、尾が絶句する。言葉の意味を、理解して。

 尾だけではない。ル級もタ級も、レ級が砲撃を受け流したと思っていた。

 だが、違うのだ。

 あれはたまたま、空中に打ち上げられ振り回した手が当たっただけだった。無邪気にアトラクションを楽しむ子供のように、はしゃいだ結果の奇跡だった。

 いくらレ級と言えど、砲弾を受け流すなど出来やしない。

 そんな事が出来るのなら、艦娘との戦闘で行っている。

 尾としては先日の艦娘との敗北から、何かを学び活かしたのかと勘違いしていただけだった。

『お前……バカかっ!?』

「ナンデ! ボク、悪クナイヨ!」

『ぐっ、ぬぅ……!』

 レ級の言う通り、レ級は悪くない。

 強いて言えば、状況が悪かった。

 レ級の訴えに反論するわけにもいかず、勘違いしたのは尾なのだから責めるわけにもいかず、けれどもやり場のない憤りがつい語調を荒げてしまう。

『ええい! なら撤退だ! 逃げるぞ!』

「ナンデ? 戦ワナイノ?」

『この状況でどうやって戦うつもりだ!? 勝てるもんなら勝ってみろ!』

 と、尾が半ばやけくそ気味に叫ぶ。

 

 するとレ級は、

 

       「ワカッタ」

 

              と頷いた。

 

 気軽にいつもの調子で言うレ級に、尾は本当に解っているのかと訝しむ。尾がどうするのかと問い掛けようとした時、先ほどよりも連射の間隔が短い副砲での間断射撃が襲ってきた。

 尾がした打ちし届かぬがこちらも撃ち返すべきかと思案する隙間に、レ級は反撃も防御もすることなく、落ちる準備をする。

 頭を下に、海面に。

 身体を真っ直ぐ、棒のように。

 限りなく空気抵抗を減らし、かつ重力に逆らわず身に纏うように、落下する。

 気が付けば、あっという間に世界は水に埋まっていた。

 

「なんダ? 今度は受け流さないのカ?」

 タ級が眉を眉間に寄せ、様子を窺うように指示を飛ばす。

「ワタシの副砲で動きを止める。逃げたところを主砲で撃ち落とセ」

「………」

 ル級はタ級の指示通り、主砲での対艦攻撃を中止し、タ級が副砲での弾幕掃射に切り替えるのを見ている。

 タ級もル級も、主砲を受け流されたところを見た時は、あまりの事に言葉を失ったが、その後は一度も成功せずむしろ命中弾が何発か当たったのを見て、まだ完璧に弾を受け流すことは出来ないのだろうと結論付けていた。

 だからこそ遠距離での艦砲射撃で仕留めようとしていた。だが、レ級が次に取った行動は弾幕の嵐を突き抜ける方法だった。

 弾丸が当たるのも構わず、一直線真っ逆さまに落っこちる。

「おい! 落下地点に主砲を叩き込メ!」

 焦るタ級の横で、ル級は静かに狙いを定める――が。

 途中、後方にたなびくレ級の尾が火を吹き、砲撃を行い、わずかに加速した。ほんの些細なズレだったが、そのせいでタイミングが外れてしまった。水飛沫を上げ海中に突っ込むレ級をル級は見過ごす。辺りは一先ず、火薬の匂いと砲撃の熱気が立ち込める。

「クソッ! 逃げられタ!」

「…………」

「ル級! なぜ撃たなかっタ! タイミングがずれたとは言え、あそこで撃てば海中でもダメージは与えられただロ!」

 無言のル級の胸倉を掴むタ級。並の深海棲艦なら漏らしてしまいそうな激昂の迫力に、ル級は無言で為すがままにされていた。

 落ち度であった。ル級の落ち度は、誰が見ても明らかだ。

 反省しているのか、一切反論しない黙するル級に業を煮やし、タ級は次の行動に移ろうとする。中々に様になっている指揮官姿だった。部下や仲間を叱責し責任を押し付けるといったモノではなく、早い切り替えは相手を追い詰めるのに必要なものだ。

 これでダメなら次を、次がダメでもその次を。

 手数は尽きず、手段はある。

「チッ……もういい、癪だがカ級に連絡を取るゾ」

 海のスナイパー、潜水艦。

 静かに標的に近づき、気付かぬうちに放たれた魚雷が、その身を粉微塵にする。

 真っ向勝負好きのタ級としては、カ級のような潜水艦の戦闘方法はあまり好ましくなかった。

 相手に姿さえ見せず、殺すのは。

 だからレ級相手と言えど、自身の姿を堂々と曝け出し正面から戦いを挑んだ。

「行くゾ、あれだけ派手に暴れれバ艦娘が来るかもしれン。レ級がいない以上、ここに留まる理由はなイ」

 言い放つタ級がル級を見ると、震えていた。

 泣いているのか、悔しがっているのか。

 これ以上、責める言葉は意味がないと理解したタ級は、有能な指揮官らしく、慰めることはせずとも奮起させる言葉をかける。

「……失態は取り返せばいイ。次は仕留めル。カ級共に獲物を盗られる前ニ、我々が仕留めればいイ」

「……ウン」

「行くゾ、まずは電探で」

「アア……もウ、最ッッッッ高ゥじゃなイ!」

 自らの身体を抱きしめ、恍惚とした表情を浮かべ叫ぶル級。

 その様子は人間だったら遠巻きにお巡りさんを呼びたくなる姿だった。

「ル、ル級?」

「アンタ凄いじゃなイ、レ級って本当に化け物じゃなイ! 何アレ凄イ! 噂に尾ひれがついただけだと思ってたケド、本当の本当にマジじゃなイ!」

 身悶えるル級。

 引くタ級。

「ネェ見てたでしょネェ!? タ級も凄いと思わなイ!?」

「あ、ああ……確かに砲弾を受け流された時は驚いたガ……」

「バカじゃないノ! そんなことはどうでもいいデショ!」

「は?」

 砲弾を避けることが、どうでもいい。

 それは誰が聞いても、意味が解らない判断だった。

 タ級の困惑を余所に、ル級は一人興奮する。

「アイツ、アイツとなら”戦える”! アイツとなら”戦争”がデキル!」

 ル級の瞳は、まるで恋する乙女のようだった。

「砲弾の嵐を潜り抜けるんじゃなくテ、突き抜けるようなアイツとなら”戦える”!!」

 ル級の声は、愛しい人に紡ぐ愛の言葉のようだった。

「逃げないワ! 逃げるわけないジャナイ! アイツが! たった一人で戦争を起こせるアイツが、アタシから逃げるなんてあり得ないワ!」

 そのセリフと、ほぼ同時。

 タ級とル級の、目前。正面。

 水の柱が、顕現する。

 

 満面の笑みを携え――

 

  愉快に陽気な空気を醸し出し――

 

   ソイツは二人の真っ正面に現れた――

 

 

「ヤァ、コンニチハ」

 

 

 レ級は言う、嬉しそうに楽しそうに。

 

 

「エェ、イラッシャイ」

 

 

 ル級は答える、愛しそうに堪らなさそうに。

 

 そして二人は、共に告げる。

 

 

――― 「 「 サァ、戦オウ 」 」 ―――

 

 

 たった二人の大戦が、始まる。

 

 





 以下次回の盛大なネタバレ。
 嫌な人はここで戻るを。




























 レ級とル級の戦闘、カット。

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