統制機構諜報部のハザマさん   作:作者さん

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すてーじ6

 第十三素体の運搬は完了、あとはラグナ=ザ=ブラッドエッジが来るのを待つだけ、ねぇ。またこの結果か、つまんねえの。

 ノエル・ヴァーミリオンの生存確率は上がったが、あの人形が蒼に目覚めるわけもない。……まあ出来が悪いと言っていた素体に期待するのは馬鹿らしい。

 荒々しい足取りで一応自分の執務室へとなっている場所へ向かう。軍用の携帯食料はとても食えたものじゃないが、腹に溜まった以上、何か追加で食いたくはない。

 おそらく昼の休憩が終わったのだろう、統制機構本部の中で、移動する足音も多い。どいつもこいつも腹一杯で幸せそうな顔をしていて、思わず吐き気がした。イラツク。

 

「……チッ、クソが。だが今の俺にできる事が無ぇ」

 

 元々あった力の残りカス程度しかない現状、やれる事は舞台作りをするだけだ。だが……気に食わねぇ。『タカマガハラ』の連中の犬のようになって、わんわん吠えるだけってのは。

 らしくない。

 『滅日』を進める、これに対して意義も何も無い、大賛成をくれてやるだろう。だが観測されていない以上、こうした頼代が無ければ、世界に自分を確立させることさえできない。

 観測自体、上位存在や蒼への覚醒者の存在が必要だ。知っている上位存在と言えば糞吸血鬼と化け猫だけだ。たとえ自分の利になったとしても、そいつらには唾を吐いて断るか、騙して憎しみの目を受けるように動かすだろう。

 面倒だ、と一人ごちる。いつになるか分からない可能性を探すのか…………いや、

 一応居る。観測者に比べれば月と肥溜に群れる蝿以上の差が有るが、と自分という存在を確立させられる者/物が。

 

「あ、……大尉!」

 

 廊下を歩いている最中、自分に向けられる気軽い声が聞こえた。

 それはスーツをきっちりと着込んだマコトだった。そこには何時もの明るい笑みは無く、片手には書類が持たれていた。

 

「……おやマコト少尉、もう昼ですが、おはようございます。どうかしたのですか?」

 

「……ハッ、大尉に依頼されていました、書類の整理が完了しましたので、報告に参りました」

 

 真剣な表情の彼女に対し考えた事は、面倒だ、の一言だった。

 自分の事に対して何をしようが、どうでも良かった。ただ獣臭い目の前のゴミが居ることが気に食わないだけだ。

 最初、自分に対する態度としては妙だと考えたが、仕事のオンオフの切替と考えれば疑問も片付く。ついでに言うなら、舞台に上がることすら無かった獣一匹、正体を知られたところでなんの問題も有りはしない

 

「分かりました、とはいえ私は今少し忙しい身です。少し経ったら執務室へ運んでください」

 

「……ハッ、了解しました!」

 

 素直に引き下がるマコトに内心で評価を少し上げた。

 こういう命令をしっかり聞いてくれる存在が、一番面倒でなくていい。 操るのにも一番やりやすい存在でもある。

 向かう先は執務室。それで俺がやることはもう殆ど無ぇ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 こんにちは、今日はなぜか執務室で目を覚ましたハザマです。

 あーなんでしょうこの朝目覚めたばかりの怠慢感は。書類を書いている最中に寝てしまったというわけではありません。ですが数センチの束になった書類の束が増えているあたり、おそらくテルミさんと入れ替わっていたのでしょう。

 最近はあまりなかったのですこし驚きましたが、まだ時刻は昼を少し過ぎたぐらい。しっかり食事の楽しみもとられ満腹感があり、選択肢は書類仕事の一択になったあたり作為を覚えます。というか書類仕事してくださいよテルミさん。

 とりあえず私は書類の束を読み始めました。

 ……ふむふむ。どうやら午前中にテルミさんは仕事を済ませていたようです。なんでも『素体』という代物を諜報部でカグツチまで届けるだけの簡単な仕事だったそうですね。

 次の書類は……あらら、諜報任務の命令書でしたか。

 内容はとある違法研究所の調査をしてこいと、ようするにちょっと目につく研究所があるから様子見してこいってことですね。

 この程度の仕事ならわざわざ私が行く必要もありません。少尉にも普通に任される仕事ですし、私が直接現場に行く必要もありません。……そういえば上官つけろって命令来てました。だから上官は私しかいませんってば。舌打ちしたくなりますね。

 緊急の、というわけではありませんが、さっさと行ってさっさと誰かに中継させましょう。私は書類仕事をしたいんです。旅行以外で現場に行きたくありません。

 

「出発は明日、準備はさっさと済ませておけってことですね」

 

 たしかマコトさんは書類仕事を任せていましたし、今日はたぶん出会うこともなかったでしょう。

 そんな大量の書類でもありませんから、今日中に終わると思われ…

 

『失礼しますハザマ大尉。書類の作成が終わりましたので報告に参りました。ご入室しても構いませんか?』

 

 と、よいタイミングで来たようですね。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「では、失礼します」

 

 相変わらずオンとオフの切り替えが凄いですね、と私はきびきびと動くマコトさんに尊敬の念を送りました。

 

「……ハザマ大尉、ですよね?」

 

「? そうですけど、どうかしました?」

 

「いえ、なんでもありません。これが今回の報告書です」

 

「ご苦労様ですマコト少尉。あー次の任務が入ってきてるので、そこのソファーにでも座りながら確認してください」

 

 少しマコトさんがよりいっそう真面目な顔つきをしていたので、思わず首をかしげました。

 とはいえ仕事中でもあり、私は机の上にあった書類の束の一部を渡し、報告書へと目を通し始めました。

 前回の任務(旅行)での報告は、私としては異常なしの一言で送りたいのですが、それができないのが仕事人というものです。

 正直面倒だったのでマコトさんへと丸投げしたのですが、快く承諾してくれました。すばらしいですね部下って。ただ罪悪感も半分あります。やはり自分で出したほうが心臓に有情ですし。

 辺りには書類をめくる音だけが響きわたりました。私もマコトさんも仕事であるときは真面目なんです。たぶん。

 一通り見終わったところで私は軽く息を吐き、手元にあるコーヒーを一口飲みました。なぜか紅茶を飲もうとすると拒絶反応が起こるんですよね。テルミさんが嫌いなんでしょうか?

 さておき誤字訂正する場所もなく、私はパサリと書類を机に置いて書類を読んでいるであろうマコトさんへと目を向けました。

 

「読み終わりました?」

 

「はい。翌日1800時現場到着、各自偵察行動を行い研究所の見取り図を参考に、証拠、研究資料等を奪取後に各自の判断で撤退。2200時に合流後帰還。……相違はありませんか?」

 

「パーフェクトです。準備もありますから今日の仕事はおしまいです。肩の力を抜いてもいいですよ」

 

「わかりました。では失礼して……あーつっかれたぁ。書類仕事なんてだいっ嫌いだぁ~」

 

 と、仕事ではなくなったとたんにだれるマコトさん。

 ソファーに申し訳ないように浅く腰掛けながら書類を読んでいたのもつかの間、両手を広げ深く真ん中に寄りかかり、おもいっきりくつろいでいます。

 いや、まあ、確かにオンオフの切り替えがすごいとは思いましたけど。人が来られたら大変ですよね。クローバー大佐ぐらいしかここ来ませんけど。任務の伝達全部メールですし。

 まあ友人らしく接してくれるのは楽でいいですけどね。

 

「いえいえ現場の方が面倒くさくないですか? 危険ですし疲れますし」

 

「だってー、体を動かす疲れはまだ健康的だけど、書類の疲れは悪い疲れだから嫌い。……というより頭を使いたくないじゃん?」

 

「ぶっちゃけましたねー、諜報部大尉の目の前で」

 

「いや、ハザマさんの目の前でしょ?」

 

 なるほど、今はオフですからこれは一本取られました。しかし諜報活動とは基本的に頭を使うものです。調査し、資料をまとめ、情報を作り出す。正直頭を使ってばかりの仕事ですよ。

 まあ多分何年か仕事を重ねれば慣れることですから、急いで教えることもありません。

 

「うれしいことを言ってくれますね。とはいえメリハリは大切ですから。おっとそうでした、お茶でも飲みますか?」

 

「あ、じゃあ私煎れて来るよ。食器借りるね」

 

「そうですか、ではお願いします」

 

 緑茶と呼ばれるそれは前の旅行…じゃなくて任務でお土産で買ってきたものです。小さなユノミというカップに緑のお茶はとても綺麗に映えるものでした。

 

「んじゃ、どーぞハザマさん」

 

「ありがとうごさいます」

 

 とは言え、そればかりに視線を送るわけにも行きません。

 少し視線を逸らせば書類の束がまだ残っているのですから。今日中に明日の現場での準備を終わらせなければならないので、少し急ぐ必要があります。

 とりあえずユノミを脇に置いた私は、書き込む事が中心の書類を片付け始めました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー支援物資これだけですか……相変わらず諜報員を鉄砲弾と勘違いしてるんですか…もう」

 

 書類読んで頭を悩ませるハザマさんを、私はソファーに座ってお茶を飲みながら横目で見ていた。

 やれやれといった様子でため息を吐き、端末を弄りながら時折お茶を飲む……言うならいつもよく見ているハザマさんの姿だった。

 それはまるで仕事に忙殺される中間管理職の姿。とてもじゃないけど頭の中で導きだされた姿に当てはまらない。

 

 いや、目の前に居るのはハザマさんだ。だったらさっきの『ハザマさんに似た人物』は?

 

 気配が違う。多分よくハザマさんと共に居る私だからかもしれない、その微妙な、されど大きすぎる違和感に気がついたのは。

 あれば『やばいかもしれない』。そう直感が告げていた。

 書類に眼を下ろす。

 諜報、潜入任務。何時もの任務。自分が大きな事件に巻き込まれている様子も無い。だから、ハザマさん聞くのは危険かもしれない。

だけど、

 

「ハザマさん」

 

 私は声をかける。

 

「せめて危険手当の増額を……ん? どうかしましたかマコトさん?」

 

 ハザマさんはやはり、何時ものように応答する。

 

「その、聞きたい事があるんですけど……」

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

 きょとんと首を傾げるハザマに、私は言葉を続けた。

 

 

「はい……ハザマさんって何者ですか?」

 

 

 その率直な問いかけをした瞬間、微笑みを浮かべていたハザマさんの表情が固まった。

 

 

「私が何者、ですか」

 

 

 ゆっくりと確かめるように呟きハザマさんは暫し思考していた。ひょっとしたら、本当に聞いてはまずい事だったのかもしれない。

 眼を瞑り黙っていたハザマさんは、ゆっくりといつも浮かべていた細目の笑みを浮かべず、真剣な表情だった。

 

「何者、と言われましても、私も上手く説明することはできませんね。それは聞かなければならない事ですか?」

 

「……はい」

 

「ん~諜報部としては自分で調べて欲しいところですが……まあいいでしょう。私、ハザマと言う名前ですが、苗字は有りません。正しく言うなら知らないのです」

 

 知らない?

 首を傾げる私に、補足するように話しを続けた。

 

「私は衛士になる以前、正確には今から七年半より以前の記憶が無いのです。勿論、諜報活動の合間に自身の事を調べましたが、統制機構諜報部のハザマ、ということ以外は調べられませんでしたから」

 

 姓が無い理由をあっさりと言った事に私は驚いた。

 別に貴族では無いからといって、姓も無いなんてことは無い。だけど姓は自分の家族をつなぐ物でもある。

 だから、ハザマさんに家族が居ない、そして自身を繋ぐことのできる存在が居ない、という事が分かってしまい、私は口の中が苦く感じた。それは、口にさせてしまってはいけないものだったのに。

 

「できれば、そんな表情はしてくれないと嬉しいですね。一応、あんまりこの空気が好きじゃないから言わなかったことですから」

 

「……あ、その……すみません」

 

「いえいえ、こちらこそ気を使わせてすみません。とは言え、私が話せるのはそれくらいです。貴女の目の前に居るのは統制機構諜報部大尉のハザマ、それ以上の事は必要ですか?」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

「なら安心ですね。明日は出発まで時間がだいぶありますけど、準備だけはしっかりしてください」

 ハザマさんはそう言って再度書類を相手に仕事を開始していた。

 私はただ、座ったまま書類に目を落とす。内容は何も入ってこない、気落ちした気分はなんとなくその場所の空気をも重くしたような気がした。

 そこで話は途絶え、私は書類をハザマさんに帰した後、すぐにその部屋から離れるように立ち去った。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったことの罪悪感もあった。 だから、肝心なことを聞くことができなかった。

 

 この先、私はハザマさんの隣ではなく、反対側に立って対峙しなきゃならなくなる。

 もしこの時に聞くことができたなら、運命はどんなふうに動いていたのだろう。

 それは私にも、ハザマさんにも、ひょっとしたら神様にも分かんないことかもしれなかった。


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