ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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※原作のイベントの時系列を変えております。ご了承ください。


第七話

プロ試験の予選を終えてやってきたアマチュア囲碁フェスティバル。会場は地方にも関わらず沢山の人が詰めかけていた。

 

年配の方やお年寄りが多かったが、中には家族連れで来ている人達も居て微笑ましい。

 

最初、ヒカルは週刊碁でイベントを見つけた時に驚いた。前はプロになってからの筈が、プロになる前にイベントがあったからだ。

 

ただ、考えてみると単純に二回開催されていて、最初に気づいていなかったのかもしれないと思っていた。興味がなくてスルーしている光景が簡単に思い浮かんで苦笑する。

 

別段、またイベントがあることがわかっていたから、参加しなくても良いかもしれない……そうヒカルは考えていたのだが、そこで何があったのかを思い出して考えを改めたのだ。

 

もしかすると、また新カヤの碁盤を偽りカヤと売り出しているのかもしれない。また、あのニセモノの字を御器曽プロが本因坊秀策の字だと言い張っているかもしれないと懸念されたからだ。

 

本来なら会場の雰囲気を楽しんでいる所だが、そうもいっていられない。ヒカルは場を見渡すとまっすぐ売り場へと向かう。

 

売り場では予想通りの業者が居たため、ヒカルは目を細めた。業者は軽快なセールストークで接客をしているものの、残念ながらお客は渋っている様だった。

 

以前とは違う。石を打ったりして、迂闊(うかつ)に商品に傷を付けたりなんて真似はしない。値札にカヤと明記されている碁盤を見るだけで良かった。

 

(前は分からなかったけど、今の俺なら分かるよ佐為。カヤに似ているけど、これは違う。間違いなく、新カヤだ)

 

確信を持ってからは、一番手っ取り早い方法として会場の係員に訴えることにする。

 

「ちょっとおじさん!」

 

「なんだい?」

 

「あそこに売っている碁盤なんだけど、あれニセモノだよ。カヤだって偽って売ってるんだ。それに秀策の署名もニセモノ。何とかしてよ!」

 

「なんだって。う―――ん、碁盤の方は確かに違う気も……しかし、証拠がないからねェ」

 

「証拠なら一回でも打ってみたら直ぐ分かるじゃん」

 

「しかし、売り物だからそうも言ってられないんだ。ヘコんでしまうからね」

 

だめだった。子供だからと話を聞いて貰えない訳ではなかったものの、売り物を下げるまでには至らなかった。注意して欲しい旨を伝えるとヒカルは一旦引き下がる。

 

次はどうするべきか。確か会場には倉田さんが居た筈だ。前は終局した時に話を聞きつけて飛んできたっけ。そこまで考えると会場内を探索することにした。

 

具体的な時間と場所は分からないものの、プロがいそうな場所は限られていく。マップを片手に目星をつける。

 

(パソコンで囲碁ゲームは違うだろ。自由対局場も違う。講座……大盤解説……)

 

それらしい場所を早歩きをしながら巡る。しかし、巡れど巡れど倉田は見つからない。ヒカルは少し焦った。倉田が来てくれたからあの業者は間違いを認めたと言ってもいいだろう。自分が一人売り場で騒いでも、子供が営業妨害しているとしか捉えて貰えない。

 

ヘタをすると、会場から追い出されてしまう可能性もある。

 

かといって、ヒカルは今の事態を見逃すことは絶対にしたくなかった。

 

ならば、仕方ない。業者と繋がっている御器曽と直接対決をするしかないだろう。そうヒカルは意を決すると、指導碁のブースへと向かうのだった。

 

指導碁のブースでは、メガネを掛けた男性が、御器曽に盤上でフルボッコにされている。スキだらけと言いながら、いたぶる様はとても指導碁とは思えない。

 

男性はタジタジになりながらも打ってはいるが、終始諦めが顔に出ている。

 

「おじさん、こんな奴に負けないで。まだ勝てるさ!」

 

「こんな奴? 全く近頃のガキは……」

 

「応援は嬉しいけど、この状況から逆転なんて不可能だよ」

 

御器曽は顔を不快そうに歪めている。そのまま、荒っぽく一手を打つ。途端に左上が死んでしまった。

 

「ああっ。これはもうダメだ」

 

「大丈夫ですよ。あの碁盤で練習したら良いじゃないですか。あれは良い碁盤なんですから今はダメでも効果が期待出来ますよ」

 

「えっ! 嘘。おじさんあの碁盤、買っちゃったの?」

 

「あ、ああ。いずれは……と考えていたんだけど、押し切られてしまって、つい」

 

「つい?! 今すぐ、返品した方がイイよ。アレは新カヤ。本物のカヤじゃないって」

 

途端に、御器曽が青ざめたが直ぐに平然とした顔に戻して食ってかかる。

 

「何を言い出すんだ! 適当なことを言うものじゃねェ」

 

「適当なもんか! 見る人が見たら分かる」

 

「へェ。ガキに何が分かるっていうんだか」

 

ヒカルと御器曽で言い争いになっていることに、男性が割って入る。

 

「やっぱりあんな高額な碁盤を買うのが間違っていたんだ。返品出来ないか、ちょっと行ってきます」

 

散々迷っていて買ってもまだ迷っていたらしい。ヒカルに向かって、君の言うことが本当かは判断出来ないけど、お陰で決心がついたよ。と告げて、椅子から慌てて飛び出して行ったのだった。

 

「ちっ、何てこと言いやがるんだ! せっかくのカ……いや、客が」

 

「今、カモって言おうとしただろ。それに秀策の碁盤だって字が違ったぜ」

 

「フン、さっきの奴は仕方ねェが、子供の言うことなんか誰が聞くのやら」

 

「だろうね。だから、この対局で決着を付けようよ。アンタも幾ら子供の言うことだって売り場で騒がれたくないだろ。ここから打ってもし俺が勝ったなら、秀策の碁盤やニセモノを全部撤去するんだな」

 

「なるほどな、俺が勝てば会場から出て行くって事か……乗った」

 

互の間で火花が飛び散る。ヒカルは目の前の椅子に腰掛ける。負けるつもりは微塵(みじん)もなかった。黒石を握り、反撃の一手を放つ。

 

御器曽は盤面でも挑発に乗り、子供相手だと敢えて更に強引に奪いに行ったのが失着だった。それに焦り、固着してしまった事で、何とか形を得ることが出来たものの、ここまでになってしまうと無意味だった。

 

この局面をどうにか打破してやろうと仕掛けた勝負手も、あっさりと意図を見抜かれ飲み込まれる始末。そして、最初から分かっていて誘導したのではないか?と思わせる一手。

 

顔色が蒼白に変化する。飛んで石を分断するべきだった。あの時点でああするべきだったと考えは浮かぶも、それすら読まれているのではないかと思わせられる。

 

あれほどあった差はどんどん縮まり、今ではとっくに逆転されてしまった。

 

これで終わりだと御器曽は歯を食いしばり、項垂れる他なかった。しかし、大人の意地でこの現実は認めたくなかった。御器曽は咄嗟に席を立ち、否定し出した。

 

「こ……こんなことがある訳がない!」

 

「は?」

 

「俺はプロなんだ。それがこんな子供に……」

 

ごくりと御器曽は息を飲む。周囲を見渡すも、特にこちらを注目している人物は見当たらない。それぞれが楽しんでおり、人の流れがあるだけだ。それを確認するやヒカルが止める間もなく、碁石をグチャグチャに混ぜてしまった。

 

「あっ!」

 

「……俺は油断しただけだ」

 

それだけ告げると、早足で御器曽はその場から逃げ出したのだった。

 

「約束守れよな!」

 

 

◇◆◆◇

 

 

確かに御器曽は周囲を確認していた。特にこの対局を気にして見ている人物が居ないことを。しかし、それは"人物"に限定されていた。

 

この対局がまさか偶然、家族連れのビデオカメラに映っているとは誰も予想がつかなかったに違いない。声は雑踏に紛れて聞こえないものの、この隅に映っている映像を祖父が、子供がプロ棋士に勝っている光景を指摘するに至り……

 

――顔にモザイク加工を(ほどこ)し、仰天映像をテーマにする番組にそれを投稿してしまったのだった。


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