ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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第二話

ヒカルの予想に反し、桑原は油断など全くしてこなかった。じっくりと手堅い打ちまわしだ。間違っても子供相手にする打ち方ではない。

 

当初、指導碁としての対局になるかと思われた。しかし、結果はどうだろう。慎重さを重ねながらも、虎視眈々と此方を狙っている。甘い手を打ったりしたならば、瞬く間に噛みつかれるだろう。

 

どこまでも真剣に打ってくれる。それが今、子供の身分であるヒカルにとってどれほど貴重な事か。

 

自然と心が躍るのを感じる。解放感に満ち溢れているままに、ここならば佐為ならこう打つだろうと思う一手を宣告する。

 

向き合う桑原が唸る。眉根を寄せ、沈黙が続く。長考だ。

 

暫くの時を要してから次の一手を告げられる。その後は、流れる様に決着がついた。

 

「……ワシの負けのようじゃの。小僧、何者じゃ?」

 

「えっ、いや、その何者とか言われても」

 

「ひゃっひゃっひゃ。わしに勝っておいて、只者という訳はあるまいて。まぁ、何者でも構わんよ。その代わり、ワシとまた打ってくれんかのお?」

 

疑問形にも関わらず、眼力が肯定以外を許さない。そんな凄みがある。

 

「はい、俺でよければ」

 

「安心せい。その年齢に全く見合わない威圧感の正体も、その強大な棋力の由縁も聞かずにおくからの。まぁ、小僧のことじゃ。聞こうとした所で逃げるじゃろ?」

 

「えーっと」

 

佐為の力は示したいが説明をつけられない。今のヒカルならば全力で子供の特権を活用してしらばっくれる、それを見越しているらしい。桑原はにたりと笑むと、名前を聞いた。

 

その後、桑原と検討をして、連絡先を交換し別れると日は傾いていた。もうすっかり日没だ。今日はもう碁会所に行くのは諦めた方が良いだろう。それ所か門限に差し掛かりそうになっている。そのままヒカルは慌てて帰路についた。

 

 

◇◆◆◇

 

 

翌日、学校で放課後あかりの誘いを断る羽目になり抗議されてしまった。

 

「ヒカルってば、そんなにコソコソどこいくのよ!」

「コソコソなんて人聞き悪い事いうなって。予定があるんだよ」

「どんな予定?」

「碁会所だよ。囲碁を打つんだ」

「碁っておじいちゃんとかがやってる奴の事?」

「そーそ」

「ヒカルが出来るの? 面白い?」

「そりゃ面白いさ。大体、俺って強いんだぜ」

「えー」

 

冗談めかして言ってみたせいか、全く信じていない様子だ。今日も朝の登校の会話や授業中、当てられた算数の問題をあっけらかんと解答してしまった事もあって、あかりはヒカルの違いに一番に気付いているが囲碁の事は初耳だ。

 

仲の良かった男子の急な意外性のある発言や、学習状況の変化は有り得ることかもしれない。しかし、今までサッカーやバスケットボールなどアウトドア志向の趣味ばかりしていた筈が一転し、囲碁という全く未知のものに熱中していたなど晴天の霹靂だった。

 

だからこそ、あかりは躊躇わずヒカルに詰め寄る。

 

「私も行く! ヒカル連れてって」

「えええええ。お前が?」

「何よ。いいじゃない」

「別に構わねぇけど、ルール分かんないんじゃ、暇だと思うぞ」

「いーの」

 

許可を出したとたんに上機嫌になるあかりに、ヒカルは苦笑した。ここまで喜ばれるとは思わなかったのだ。予想外の展開となったが二人で碁会所へ向かう事となった。

 

囲碁サロンの扉を潜る。目の前には年配の人物ばかりが碁を打っている姿が見られる。あかりは心細いのか後ろからヒカルの服の裾を握っていた。

 

ここへ来る間際から徐々に心配ばかりするようになり、やっぱり帰ろうよと発言をしており消極的姿勢だったのだ。大丈夫だからまかせておけって。と、ヒカルが堂々とした様子なので恐る恐る付いてきた。

 

ビクビクした様子を見て、安心をさせる様に優しく市河が話しかけてくる。

 

「ここに来るのは初めて?」

 

「うん、そうなんだっ」

 

ヒカルは成るべく年相応に見える様な話し方を意識して答える。なにせ、昨日の検討の時、桑原と熱中して話過ぎたため、地が出てしまったのだ。容姿に見合わない不自然なまでの完璧な大人の受け答えだ。

 

すると、「なんとも年にそぐわぬ話し方よ。小僧、それも隠した方が良いんじゃろ?ひゃっひゃっひゃっ」と指摘を受けたのだった。

 

それ以来、子供っぽくを脳内に意識して話す事にしている。ちなみに、母は見事にバレなかった。しかし、機嫌にムラッ気がなく落ちついた様子や、小言を口にしても反抗心から怒ることなく受け入れる姿は珍しいと言われてしまい、難しいと困った事位だ。

 

だから成るべくテンションを上げて返答をする。これで、明るい子供と思ってくれないだろうかという計算を込めて。

 

「あら、元気な子ね。ここの席料は五百円よ」

 

「うん、分かった。あ、隣のコイツは見学だから無しでいいかな?」

 

そのまま学校から来たため、あかりが金銭を用意していない事は想像がつく。もしも、断られればヒカルが纏めて払う心づもりだ。

 

「えぇ、いいわよ。彼女、可愛いわね」

「だろ。クラスでも人気なんだぜ」

「ええっ。ちょっと、ヒカルってば何言い出すのっ」

 

市河は軽くからかうつもりだが、あっさりと流されてしまい、逆に自慢をされてしまった。話題の種である彼女の方が何ともほほえましい反応を返すので、くすくす笑ってしまう。

 

「はい、じゃあここに名前書いて。棋力はどれ位かしら」

 

「えーっと。そーだなぁ、分かんねー。こっちに来てから比較対象が……っと、あ!あー…駄目だ。でも強いと思うよ、ウン」

 

この時間軸の世界にやって来てから、比較対象が居ない。勿論、頭には桑原が浮かんだのだが、真剣に勝負して貰ったとはいえ全力の本気の勝負とはいえないものだ。更に、それを抜きにして本当の事を告げた所で、市河には子供の冗談としか受け取って貰えない。

 

結果として、正直に言ってしまおうかと思ったのだが、濁す形になってしまった。

 

市河はこの年の子供にしては達筆な字を書くのね、と感心しながら自信家なんだとも思う。

 

「へー強いなんて君、アキラ君のレベル位あったりして」

 

だからこそ、冗談で口にした一言だった。しかし、それに噛みついた人物がいる。

 

「けっ、若先生レベルなんてある訳がねぇ」

「北島さん、落ちついて」

 

痩せ身の老人男性。常連客の北島だ。ここを訪れる塔矢アキラのファンである北島にとって、棋力をアキラレベルと聞いては黙ってはいられなかったのだ。丁度、広瀬との対局を打ち終わっていた事もあり、受付カウンターまですっとんで来た次第だ。

 

「坊主、自信があるのは分かるが、若先生レベルと偽るのはいただけねーな」

「北島さん、あれは私が勝手に言った事でこの子とは関係がない事よ」

 

市河が窘めるも効果が見られない。ヒカル相手に近づき凄んで見せた。あかりは完全に怯えてヒカルの後ろに隠れこんでしまう。また、北島が大声をあげた事で、なんだなんだと他の客も集まりだした。

 

塔矢アキラと打つはずが、その前に思わぬ壁が立ちはだかってしまった。この騒ぎをどう抑えたら良いのか悩むヒカルだが、このままだと打てずに追い返されてしまうかもしれない危険性もある。せっかく来た意味がなくなってしまう。

 

北島はヒカルの棋力が不足していると考えているのだ。ならば、レベルは充分にあるのだと伝えれば良い。要は、単純明快に打てば良いだけの話なのだ。

 

「じゃあ、俺と打ってよ。そうしたら実力が分かるでしょ」

「おぅ、言い度胸じゃねぇか。乗った」

「おいおい、子供相手に何を言うんだね」

「そうだよ。幾らなんでも大人げないよ、北島さん」

「面白そうじゃねーか、やっちまえ」

 

周囲は北島を抑える声が五割、ノリノリで対局をすすめる者が三割、残りの二割は傍観の構えである。どうやら、窘めてはいる者の中にも碁会所にちょっとした刺激がもたらされたと考えている様だ。

 

どこか楽しそうな眼差しがヒカルに注がれる。騒ぎを起こした事が、アキラとはまた変わっていると思われたらしい。

 

「北島さんと打ったら、私が相手してあげようか?」

「おー。若い子と打つとはいいな。ワシも教えてあげるよ」

 

ヒカルに好意的な大人も多い様だ。対局の申し込みがくる。しかし、受けてしまってはそれこそ本末転倒だ。だからこそ、ヒカルは笑顔で答えた。

 

「じゃあ、皆と打つよ」

 

理解が出来ずに取り囲む大人が疑問符を浮かべる。それを気にせず、ヒカルは良い考えだとばかりに宣言した。

 

「俺と多面打ちしよう!」

 

 


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