ヒカルの碁並行世界にて   作:A。

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第十話

奇しくもヒカルは例のテレビをリアルタイムで見てしまった。その時は丁度ご飯時だった為に、飲んでいた味噌汁を吹き出してしまっていた。

 

「ぶ―――っ」

 

「何やっているのヒカル。汚いでしょう」

 

「だ、だ……って、いや、ごめんなさい」

 

モザイクをかけられていて良かった。これが、モロ顔が映っている状態で放映されてしまっていたなら終わっていた。ヒカルは顔が青ざめる。そして、もうなるべくイベントには行かない様にしようと方針を打ち立てるのだった。

 

本当は囲碁関連のイベントならば行きたくて仕方がないものの、もしも今度も同じ様な事があったらと考えると気が進まなくなる。

 

しかし、だからといって普段の対局を控える気はヒカルには毛頭なかった。顔を隠して碁を打つ。それならば適切なツールがある――ネット碁だ。

 

イベントはアレで終了だし、延長の申し入れがあったものの断ってしまった。けれど、一般的な普通のアカウントであるならいつだって参戦が可能なのだ。一応はと心配したヒカルは桑原に連絡を入れ、問題ないかを確認した。

 

返答はOK。寧ろ喜んでおったよと言われてしまった。丁度回収する予定だった碁会所のパソコンすら永久に貸してくれるらしい。

 

NCC側が高価なパソコンをポンとくれたことに恐縮してしまったヒカルだが、桑原は上機嫌に笑うばかりだった。

 

そういう訳で、遠慮なくプロ試験の本選まではネット碁に打ち込めるというものだ。パソコンの電源を入れ、さあ打つかと思ったところで、早速対局の申し込みがあった。

 

『ogataseiji』

 

(ん? これってマジでアノ緒方さん?)

 

緒方が本名でネット碁をしてるとは考えられないヒカルだったが、取り敢えず対局を受けることにする。しかし、受けた途端に投了の画面になる。不審に思うも、直ぐに答えは得られた。

 

対局相手の目的はチャットをすることにあったのだ。再戦を申し入れられる。受けるか迷ったもののアカウント名が気になったヒカルは了承することに決めた。明日の午後1時を指定すると、あっさり決まる。

 

そのまま他の相手と対局をしても良かったのだが、出鼻をくじかれたヒカルはその日の対局はやめにすることにしたのだった。

 

 

◇◆◆◇

 

(ホントに緒方さんだった。戦い甲斐のある楽しい一局だったな)

 

対局後ヒカルはそう思った。再戦をしてみると『ogataseiji』は本物だったのだ。そして、対局していて楽しかったのと打った手について考えたいこともあり、桑原と検討をしようと思い立ったのだった。

 

何日か前に予定を聞いた時は、確か今日は日本棋院に居る筈だ。ヒカルは家を飛び出した。

 

そして日本棋院の入口で、ばったり緒方と出くわしたのだった。ちなみにヒカルは入る為、緒方は桑原と会うことが出来ず空振りに終わり出る為だったりする。

 

「なっ」

「え」

 

相手を認識すると反射的にヒカルは逃げようと反対方向を向き足を動かしたが、それよりも早く腕を引っ掴まれてしまった。そして、ヒカルの様子を見て緒方は眉間に皺を寄せる。

 

「待て。何故、逃げる」

「何でって言われても条件反射でとしか……」

「条件反射? そんな訳はないだろう。何か心当たりがあるんじゃないのか? あぁ、そういえばテレビに出演したらしいじゃないか」

「テレビぃ? 何のことか俺分かんないんですけど」

「とぼけても無駄だ。その前髪は特徴的だからな」

 

ヒカルは反射的に思った。コレは鎌を掛けているぞ、と。何故なら、ヒカル自身が例のテレビを丁度見ていたからだ。

 

アレは隅に偶然映ったモノだった。映像としては映りが良いとは言い難い。モザイクを掛けていたのも大きいがヒカルは殆どが後ろ姿しか写っていない為、特徴的な前髪はほぼ映っていなかったといってもいいだろう。

 

しかも緒方は人から聞いた的な言い方をしているのだし、直接見た訳ではない。あの番組にしたって、ビデオに最初からわざわざ撮っている人は多いとは言えないだろう。

 

しかし、ここで迂闊(うかつ)にその事を指摘してしまうのもマズイ気がする。緒方の事だから、きっと何らかの綻びを見つけてしまう。そのまま会話の流れを持っていかれ、テレビに映ってしまっているのは自分だと分かり、コチラが逆に窮地(きゅうち)に立ってしまう可能性がある。

 

ここは無難にすっとぼけるのがいいだろう。そう思い、ヒカルが口を開きかけた時だった。

 

「何をやっているんだね、緒方君」

 

まさかのタイミングで塔矢行洋がやって来た。緒方は驚いて追求を辞めたものの、未だ手は離していない。

 

「いえ、少しこの子供に用があったものですから」

 

「手を離してあげたらどうかね。……君は?」

 

言われて渋々緒方は手を離した。そして、名人に名前を尋ねられて答えないという考えはヒカルには無い。

 

「俺は進藤ヒカルです」

 

「そうか、君が。アキラに勝った件は聞き及んでいるよ」

 

「そうですか」

 

「私は進藤君。君の実力が知りたいと思う。どうだろう一局打たないだろうか?」

 

言葉に詰まった。確かに名人と真剣に対局をしたい。しかし、この場では――対局出来る場所があるとはいえ幾らなんでも――集中して対局は望めそうにない。

 

場所を移してなら、是非お願いしたかったが緒方が居る。先ほどの様子からして、絶対についてくるに違いない。別段、実力を隠し通すつもりはないのだが、露見すると色々と大変な気がするのだ。

 

「……俺、今プロ試験を受けているんです」

 

「…………」

 

「絶対に受かる気でいます。けど、もし対局して下さるのならその後にお願いしても良いですか?」

 

「あぁ、分かった。では、待っていよう。先の楽しみがあるというのも良いものだ」

 

プロ試験は実力も必要だが、水ものでもある。にも関わらず大それたことを宣言してみせたヒカルに対して頷いてみせる名人。ヒカルにとって対局をするからには本気でという気持ちは今でも変わっていない。打つからには例え名人相手でも勝ってみせる。ただ、タイミングの問題だ。

 

これがもしも佐為だったらこんな美味しい展開を逃す筈もなく、対局しましょうのオンパレードだったに違いない。ちらり、と緒方を見ると未だ物凄く何かを言いたそうな顔をしているが師の手前我慢をしている様だ。

 

この我慢がいつまで続くか分からない。早々に退却してしまおう。ヒカルの判断は素早かった。

 

名人と緒方に頭を下げて挨拶をするとヒカルは日本棋院を後にすることにする。ネット碁の検討をしようとして、まさか本人と名人に会うとは思わなかったのだ。桑原には後で電話をすることにしよう。

 

 

◇◆◆◇

 

 

ヒカルが去った後、緒方は恨めしそうに視線を送っていたものの諦め、行洋に視線を向けた。

 

「今回彼と打たなくて本当に良かったのですか?」

「うむ」

 

頷いた行洋に緒方は少し考えると、これから時間があるのかを尋ねたのだった。

 

「時間は空いているがどうしたんだね?」

「実は見て欲しい対局があります」

 

そして場所を移し、盤上で表現されたその戦いに行洋は目を大きく見開いた。

 

「ここで俺が投了です」

「これは……」

 

驚いている行洋に更に緒方は畳み掛ける様に伝える。

 

「恐らく彼です」

「?」

「進藤ヒカル。俺の推測が正しければ、この対局相手――公式NCCアカウントの正体は彼で間違いありません」

 

行洋は何やら深く考え込んでいる。しかし、その目の色は明らかに変化を遂げていたのだった。




残念ながら次回は名人戦ではないです。
次回が最終話になります。

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