キュゥべえである毎日   作:唐草

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「私はあなたを利用する」

 

 

「それじゃあ、魔法少女について話すわね。キュゥべえに選ばれた以上、あなたたちにとっても他人事じゃないから」

 

 選ばれた、ねえ……。少々引っかかるが、確かに彼女たちのような人は、選ばれたと言っても過言ではないだろう。

 人類の、生け贄として。

 そんな僕の考えなど知りもしないで、マミちゃんが説明を続ける。

 

「魔法少女になるといっても、何の見返りもないわけじゃないのよ」

「そこから先は、ボクが」

 

 さっきまで、マミちゃんの足下でちょろちょろと動いていた淫獣が、テーブルの上にぴょんと飛び乗って、せっかくマミちゃんが説明しようとしてくれたことをわざわざ自分でする。

 

「ボクは、きみたちの願い事を何でも一つ、叶えてあげることができるんだ」

「な、何でもって、何でも!?」

 

 さやかちゃんが思慮浅めに、赤穂即で食いつく。僕の脳内に、釣り堀でキュゥべえが、下半身が魚のさやかちゃんを一本釣りしているヴィジョンが思い浮かんだ。くそ、どんな状況だ。

 

「そう、何だって構わない。どんな奇跡でも起こしてみせよう」

「『願い事の数を増やす』でもかい?」

 

 胡散臭い、『何でも』というキャッチフレーズにケチをつける。魔法のランプや龍の球だって、何でもというわけにはいかないのだ。たかが淫獣ごときがどんな願いでもだなんて、馬鹿らし過ぎる。『何でも』なんて言うからには、せめて嘘が本当になる嘴や、言ったことが嘘になる薬でも用意しろってんだ。

 

「……訂正しよう。ボクに叶えられる願いなら、何でも叶えてあげるよ」

「へぇ、その叶えられる願いと叶えられない願いのボーダーは一体どこなんだい?それがわからなくちゃ、せっかく考えた願いが駄目で、出鼻をくじかれてガーンだな、となる可能性も否定できないだろう?」

「そうだそうだー」

 

 さやかちゃんが僕の言葉に便乗していた。ちょっとウザい。

 

「……そうだね。叶えられる願い事の大きさは、その本人の持つ魔法少女としての資質に比例するんだ。例えば、これ以上ないほどの魔法少女の資質を持ったまどかなら、この世の法則すら変えられるんじゃないかな」

「ふぇっ!?」

「ねぇ、あたしは?あたしは?」

 

 まどかちゃんは口を押さえるようにして驚き、さやかちゃんはテーブルへと身を乗り出すようにしてキュゥべえへと迫った。

 

「さやかの資質は、まどかに比べると劣るけれども、それでも魔法少女としての適性は高いね。大抵の願い事なら叶えることができると思うよ」

「いやっほう!これはまさかの魔法少女マジカル☆さやかちゃん誕生の予感!?」

「でもそれと引き替えにできあがるのがソウルジェムだ」

 

 さやかちゃんが喜んでいるところに水を差して、ちゃんとデメリットもあるんだぜアピールをするキュゥべえ。涙ぐましい努力というか、この淫獣もきちんとタイミングわかってやってんだなあと思う。

 それに、さやかちゃんの魔法の特性から考えるに、どちらかというと魔法少女マジカル☆さやかちゃんじゃなくて、物理少女フィジカル☆さやかちゃんの方が近い。

 マミちゃんが右手から取り出した黄色いソウルジェムを、テーブルの上に乗せて見せる。

 

「これがソウルジェムよ。キュゥべえと契約した証で、魔力の源。これを持った魔法少女は、魔女と戦う使命を負うの」

「魔女って……魔法少女とは違うんですか?」

「ほら、あれだよまどか!魔法少女は変身するけど、魔女は箒に乗りそうじゃん」

 

 イメージ的には間違っていないのだが、全体的に大分違う。シャルロッテやエルザマリアあたりならまだ箒に乗っていても違和感は薄いのだが、ゲルトルートやオクタヴィアが箒に乗っている様子など、想像もつかない。というか、あの足じゃあ乗れないだろう。

 

「願いから生まれるのが魔法少女だとすれば、呪いから生まれたのが魔女。魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望をまき散らすんだ」

「へぇ、希望(銃器)か……」

「……ねえまどか。あたし、何かエツさんが素直に感心しているように見えない」

「さやかちゃん、それは考えすぎじゃないかな……」

 

 残念だがまどかちゃん、そいつの言ってること正しいんだ……。さやかちゃんは案外勘が良かった。仁美ちゃんの恋心には気付かなかったくせに、気付かなかったくせに!

 

「……何か馬鹿にされてる気がする」

「さやかちゃん?」

「美樹さん……」

「えっと、美樹さんェ……」

「さやかちゃんマジ残念」

「うおおおぉぉお!何故ここまで言われにゃならんのだあぁ!!」

 

 きみの勘は良かったのだが、きみのエアーリーディングがいけないのだよ!

 きちんと、発言する際の空気には気をつけましょう。

 

「あ、ケーキあと一口だけど、食べる?」

「頂く」

 

 ハルカちゃんが残り少しのチョコケーキをフォークに乗せて差し出してきたので、間髪入れずに返事をして、物理的にも精神的にも食いつく。

 

「あわわ……」

「……やっぱあの二人って……」

 

 まどさや組がまたもや勝手な邪推を始める。僕は口を動かすスピードを早めて、チョコの味を堪能してから飲み込んだ。

 

「こら思春期ども。何でもかんでも恋愛と結びつけるのはやめよう!お兄さんとの約束だ!」

「そんなこと言って、本当は」「何もない。いいね?」

 

 さやかちゃんのからかいに割り込み、これを聞いたら最後、「アッハイ」としか言えなくなってしまう魔法の言葉をぽぽぽぽんと放つ。さやかちゃんはそこに、実際に何もないだけという真意以上の何かを察してか、「お、おう」と言うと、黙って紅茶を飲み始めた。

 

「……それで、魔女って具体的に何をするんですか?」

「魔女は基本的に結界の奥に隠れ住んでいて、呪いで人に自殺や殺人をさせたり、結界の中に人を引きずり込んで食べたりするんだ」

「あなたたち、結構危ないところだったのよ。あれに飲み込まれたら、普通は生きては帰れないんだから」

 

 まどかちゃんとさやかちゃんが息を飲む。

 ハルカちゃんが欠伸をする。ええい、緊張感のないやつめ。

 まあ、それぞれの反応は、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。まどかちゃんとさやかちゃんは、実際にその危険性を目の当たりにして一歩間違えば死んでいたかもしれなくて、ハルカちゃんは既に命の危機なんか、日常茶飯事だったのだから。それに、彼女はマミちゃんには『魔法少女にはなる気がない』と公言しているし、これも彼女の演技なのだろうか。

 

「死んで帰ってくることさえできないのが、結界らしいけど」

「あら、キュゥべえが言ったのかしら?米田さんの言う通り、結界の中で死んだ人は、死体さえ残らない。永遠に行方不明として扱われるの」

「…………マジですか」

 

 マジです。実にマジカルだな!……今の、オフレコで。僕の心の中で誰が覗いてるわけでもないから、オフもオンもあったもんじゃないけどさ。

 

「マミさん、えっと、その……怖くないんですか。……魔女と戦うのって」

「怖いわよ。命のやり取りなんて、今でも怖い。慣れるものじゃないわ。……それでも、私は、魔法少女だから」

「……なんて言うか、格好いいですね。憧れます、マミさんのこと」

 

 まどかちゃんの台詞にマミちゃんがほんのり微笑んで、それから、顔を引き締めた。

 

「いい?鹿目さん、美樹さん。魔法少女になるのは、命懸けなの。キュゥべえに選ばれたあなたたちにはどんな願いでも叶えるチャンスがあるけれど、それは死と隣り合わせなのよ」

 

 とても真剣な表情で、マミちゃんが言う。その表情は、まどかちゃんやさやかちゃんのことを真面目に考えて、その身を案じているように───とか、本人はそんな表情をしているつもりなのだろうけど、その内心を知ってしまっている僕から見ると、魔法少女になってほしくてなってほしくて仕方がないように見える。

 さすがに、これは錯覚かな。うん、色眼鏡で見すぎだろう。

 僕が世界を見たとしても、それは僕があってほしいようにしか映らない。

 いくら見つめても、真実なんてわからない。

 今僕がこうして見ているのだって、誰の目にもそうやって映っているのか、怪しいものだ。もしかしたら、僕は今精神病棟の一室にいるのかもしれないし、寂れた神社で一人賽銭箱の横に座っているのかもしれない。

 もしこれが夢なのだとするのなら、覚めないでほしい。僕から友達を、奪わないでほしい。…………なんて。思考の中で巫山戯て戯けて格好つけたって意味なんかあるまいに。

 考えている内に、もう帰る雰囲気になっていた。……一応、一気に絶望しないように保険くらいはかけとくか。

 

「さやかちゃん」

「何ですか?もしや、あまりにも可愛らしいあたしに告白を……」

「うん、そうなんだ」

「やっぱり……はひゅいっ!?」

 

 さやかちゃんの顔が一気にわかりやすく赤色に染まり、部屋の空気がなんとも言えないような感じになる。

 

「ジョークだけど。冗談言うんなら、ちゃんと切り返しも考えておきましょうね」

「く、くそう……弄ばれた……」

「今のは冗談だったけど、まあ、伝えたいことというか、言っておきたいことがあってね」

 

 さやかちゃんは未だに赤面しており、それに連鎖反応を起こしてか、まどかちゃんも顔の色を赤くしたり、青くしたりと忙しそうに一人信号機に勤しんでいる。

 

「『悲しみがやってくるときは、単騎ではやってこない。かならず軍団で押し寄せる』」

「……何、それ」

「シェイクスピアの言葉だよ。まあ、占いみたいなものかな。きみにちょっと不幸が起きそうな匂いがしたから、一応。心の準備だけはしていた方がいいと思うよ、とね」

 

 本当に。不幸は重なるものだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プルルルル、とクラシックな着信音を鳴らしながら、携帯が小刻みに震える。携帯を開き、スマートフォンでないことに少しの不便さを感じながら、通話ボタンを押す。

 

「はいもしもしこちら葛飾区亀有公園前」

『すみません間違えました』

 

 切られた。ツーツーという音が耳に残って鼓膜を揺さぶる。数秒後、同じ番号から再び電話がかかってきた。

 

「もしもし、僕だ」

『……あのときの不審者、かしら?』

 

 一度間違えたと思っているからか、ゆっくりと確認するように聞いてくる。そんなことをされたらもう一回遊びたくなってしまうが、さすがにまた切られて、嘘の電話番号を教えたと思われるのもまずい。

 

「不審者っていう表現は頂けないかな。出会い頭に拳銃を向けられたんだから、むしろ不審者はきみの方だよ、ほむらちゃん」

『あなたにその呼び方を許可した憶えはないわ。……それで、聞いてもいいかしら?』

「何を」

『あなたが何故私を知っているのか、よ』

 

 こちらはかけてこない可能性も考えていたというのに、ほむらちゃんは行動が早く、僕の予想よりも前に電話をかけてきた。くそ、きちんと暗躍してから満を持してラスボスっぽく電話に出たかったのだが、贅沢も言ってられない。

 どちらにせよ、今彼女から電話がかかっていることに間違いはなく、これから考えるつもりだった彼女への言い訳を、今から考えなくちゃいけないことは確かだ。もっと頑張れ、僕。超頑張れ。

 

「何故……と言われてもね。例えば『以前会ったことがある』とか『超能力だ』とか言って、きみは信じるかな」

『時と場合によりけりよ。とりあえず、結論から言いなさい』

「あいこぴー。……と言いたいところなんだけどね。こっちにも事情や理由なんてものがあるんだよね。まあ、ヒントくらいなら出せるから、それで推理して、その体に似合わない大人の頭脳を披露してくれ」

 

 何十回と繰り返しているのなら、少なくとも高校生よりは大人だろう。……それにしては、メンタル中学生のまますぎませんかねぇ……。もしかして、心はいつまでも中二歳とか、そんな感じか。永遠の十七歳よりひでえや。

 

『……で、ヒントは?』

「ヒントは……『僕は、この先何が起きるか知っている』ことかな」

『……?どういうこと?」

「わからないならいいさ。続いて、次のおたよりですが……ペンネーム、クレイジーサイコレズさんからのおたよりですね。……はい、質問どうぞ」

『ふざけないで。ちゃんと質問に答えなさい』

「だから、今は言えないんだって。だから、次の質問がないなら切るけど」

『待って。あの生物……インキュベーターが何故見えるの?……もしかしてあなた、魔法少女だったりするのかしら?』

 

 電話越しに、冗談なのかそうでないのか、判断に困る平坦な声が返ってくる。もういっそ、魔法少年だと名乗ってしまうか。……普通に魔法とか使えないから、すぐにバレますよね。

 

「魔法少女……じゃあないけど、魔法少女関連の力は持っているよ。もっとも、それも教えることができないんだけど」

 

 嘘はついてない。ンキュベーターだってしっかりと魔法少女に関係しているし、(僕の一方的な都合により)教えることができないのだ。

 

『そう……。じゃあ、あのとき私に言った言葉の意図は?』

「そのまんまだよ。僕はきみの味方だ。きみがまどかちゃんの味方であり続けるようにね」

『……っ!どこでそのことを』

「何度も言わせないでくれよ。きみ、友達少ないだろう。友達が愛と勇気とボールだけなんて笑えないぜ?ああ、でも、愛は大事だ。愛が無ければ視えないし、スーパーヒーローにだってなれないからね」

 

 声だけの笑いを電話口に貼り付けながら、爪の欠片ほどの価値もない台詞を吐く。まったく、いつから僕はこんなに心にもないことを吐き出す機械になってしまったんだか。

 

『……はぁ。まともに話が通じないのかしら』

「まともに話せないだけだよ。察してくれ」

 

 適当なことを言ってはぐらかす。意味のないことも含みを持たせれば、途端に何か裏のありそうな発言に早変わり。

 

『……そう。まだあなたのことを信用したわけではないから。私はあなたを利用する。それだけよ』

 

 そう言い放たれ、通話が終了する。ツーツーという機械音と、いつだって僕と一緒にいる耳鳴りだけが僕の脳味噌に届く。

 頭の中で明日のことを考える。確か明日は、魔法少女体験ツアーで、ゲルトルート戦だったか。大きくアクションを起こすつもりのシャルロッテ戦にはまだ時間があるけれど……。

 

「使わなくったって、伏線は貼っとくべき、かな」

 

 僕の考えだって、完璧じゃない。というか、むしろ穴の方が通常の部分よりも多いほど欠点が多く存在する。

 頭が痛い。常に一人のときにしか痛まないのがこの頭痛の特徴だが、これは二人以上人がいたら、防げるものなのだろうか。

 なんとなく、そうは思えないけれど。

 頭皮を掻き毟り、白い髪の毛を数本頭から分離させる。こんなことをしたところで頭痛が治まらないのは知っているが、それでも、やらずにはいられない。

 何なら、叫びたい気分だ。

 だが、いつまでもそうやっているわけにはいかない。きちんと、明日の仕込みもしておかないと。

 携帯を操作して、この前登録した番号に電話をかける。数回のコール音の後、相手の携帯に通話できるようになった。

 

「はい、もしもし。僕僕。ちょっときみの力が必要になったんだけど、いいかな。織莉子ちゃん」

 

 さて、友達を作ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、二話に出てきた「オランダの魔女の使い魔」は、まったくのオリジナルというわけではなく、「オランダの魔女」自体は原作にも出てきます。
……名前だけですけど。


-魔法のランプ
-龍の球
願い事を増やすのは不可能。その願いは彼等の力を超えている。

-嘘が本当になる嘴
-言ったことが本当になる薬
上から、ソノウソホント。ウソ800。

-出鼻をくじかれてガーンだな
あ、それ来月からなんですよ。

-物理少女フィジカル☆さやかちゃん
普通の魔法少女は剣を片手に回復力任せで特攻したりしない。

-希望(銃器)
魔法少女なら魔法で戦ってほしい。

-きみの○○がいけないのだよ!
多分シャアも本当に友人とは思っていないはず。

-お兄さんとの約束だ
大抵はくだらない約束事が多い。

-「いいね?」「アッハイ」
アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

-魔法の言葉
正しくは、あいさつの魔法。合体ロボになることもある。

-こちら葛飾区亀有公園前
ギネスにも載ってる漫画。

-頑張れ、僕。超頑張れ
ハッブルくらい頑張れ。

-あいこぴー
了解しました。英語の綴りはI copy。

-体に似合わない大人の頭脳
高校生は大人と表現していいものか。

-クレイジーサイコレズ
叛逆では超びびった。完全にこれやん。

-友達が愛と勇気とボール
小麦粉を練って発酵させて焼いたものの友達と、人類共通の足蹴にしてもいい友達。

-愛がなければ視えない
飾られた虚実を見通すためには、これが必要らしい。

-スーパーヒーローにだってなれない
強いつもりで走って滑って見事に転んでも、心に愛があれば。


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